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カテゴリー「音楽>メーカー>Bösendorfer」の67件の記事

2020年9月 7日 (月)

中島みゆき 作詞/作曲『ほうせんか』ピアノソロ:1894年ベーゼンドルファー社製ピアノ(ウィーン式アクション/85鍵)で

中島みゆきの『ほうせんか』を、いつもの1894年製アンティークピアノで弾きました。

『ほうせんか』は1978年に発売されたシングルLP《おもいで河/ほうせんか》のB面の曲で、なんとオリジナルアルバムには収録されていません。A面の『おもいで河』もオリジナルアルバムに収録されていないのはなんの因果か。『ほうせんか』はいかにもこの時期の中島みゆきの失恋ソングの体をなしていますが、実は前年の1977年にわずか37歳で急死したディレクター竹田健二への追悼曲とのことです。松山千春を育てた名ディレクターの突然の死を、いつフラれるかわからない心と重ねるという、まぁよくあるネタとも言えるかなぁと。

 悲しいですね 人は誰にも
  明日 流す涙が見えません
  別れる人とわかっていれば
  はじめから 寄りつきもしないのに

いやはや、のっけからめっっっちゃ中島みゆきですね〜。失恋の悲しく淋しい心持ちを軽快なギターのリズムにのせて決して重くなく唄うスタイルは1974年山本コウタローとウィークエンドのシングル『岬めぐり』とカブりますが、関係ありやなしや。

 悲しみ深く 胸に沈めたら
  この旅終えて 街に帰ろう『岬めぐり』1974年/山本コウタローとウィークエンド)

この一節、一人旅をしょっちゅうしていたワタクシにとってけっこうハマる感覚でしてね。ここで<>は当然一人旅ですから孤独の象徴で、<>は人とのつながりの象徴。極めて平易な語法ですが、なにやら妙に心に残るんですよ〜。これこれ、しょっちゅう失恋していたからだろうって、そ〜ゆ〜コトは思っていても言わないようにw

 後姿のあの人に幸せになれなんて 祈れない
  いつか さすらいに耐えかねて 私をたずねて来てよ

コレまためっっっちゃ中島みゆきで、徹頭徹尾恨み節でありたいのに結局は戻ってきてほしいという屈折した主人公がどれだけ詠まれてきたことか。自分から追いかける元気も勇気もなく独り淋しく恨み節を重ねて戻ってこない相手を待ち続けるという、コレ、客観的に記述するとかなりコワい状況だなぁと思いつつ、このような人たちって表に現れないだけで決して少なくないだろうなとも感じさせられます。中島みゆきの詩の「闇」の世界は芝居がかっているとか作り過ぎているとか指摘されることがありますが、そのように感じるのは「闇」な世界とは無縁な「幸せな方々」なんだろうなぁと。いや、それが悪いワケでもなんでもなく、モチロン喜ばしいことなんですがね。

 ほうせんか 私の心
  砕けて 砕けて 紅くなれ
  ほうせんか 空まであがれ
  あの人に しがみつけ

最後の<あの人に しがみつけ>の一文、光ってますね。ググってみたら、ホウセンカは今でも普通に小学校で教材として使われることが多いみたいで。種をいっぱいにためた「さや」が熟するとちょっとの刺激ではじけて種を飛ばすという、なんともホントにヨくデキた仕組みに素直に感心していた時代もあったんですよ、ワタクシw

2020年8月16日 (日)

スクリャービン『2つの小品 op.57』から第1曲「欲望」を、1894年ベーゼンドルファー社製ピアノ(ウィーン式アクション/85鍵)で

スクリャービンの『2つの小品 op.57』から第1曲『欲望」 をいつもの1894年ベーゼンドルファー製ウィーンアクションのピアノで弾きました。

スクリャービンは神秘思想にたいへんに傾倒し、晩年(と言ってもせいぜい40際なのですが)には自らの生み出した「神秘和音」を執拗に使い倒す一種行き止まり的な音楽を書き続けました。神経質で大変な潔癖症だったのですが、なんと感染症で亡くなってしまったというのがなんとも気の毒というか人間の業の現れというか、複雑な気持ちにさせられますね〜。スクリャービンの世界は自らの独自な論理そして思想の中に閉じこもってその中での美しさそして幸せを追求し続けたかのように見えますが、さすがに人類の歴史に残るほどの大変態wですから、やはり妙に心に訴えてくる「ナニか」を強烈に備えているように思えます。

『2つの小品 op.57』は、スクリャービン後期への入り口とされる美しくもまことに不思議な作品です。第1曲が「欲望」で第2曲が「舞い踊る愛撫」ですから、それだけでもうタマランですよね〜。スクリャービン自身、この op.57 を好んでいたようで、わりと演奏しているようです。ピアノロールの録音も残っておりますし。

19世紀末から20世紀初頭にかけては現代的な科学技術が次々と花開いたタイミングで、ピアノに限らず人間の生活が大変に変化したタイミングでもありました。そしてこの時代に生み出された芸術もまた大きく変化したワケでして、あまたの才能そして魑魅魍魎がそれこそうじゃうじゃと湧いていた時代なんですね〜。この時代はまだまだ「魔力」に満ちていた時代ですから、たかが現代日本人がこの時代のピアノを使ったところでそれを強く強く念頭に置いて弾かないと一発で返り討ちされるのが怖く、またオモシロいのでありま〜す (`・ω・´)

2020年8月 7日 (金)

中島みゆき 作詞/作曲『記憶』ピアノソロ:1894年ベーゼンドルファー社製ピアノ(ウィーン式アクション/85鍵)で

中島みゆきの『記憶』を、いつもの1894年製アンティークピアノで弾きました。

『記憶』は2000年『夜会VOL.11 ウィンター・ガーデン』オリジナル曲。終結部で演奏された素晴らしく盛り上がる大曲でコアなファンの間では名曲の誉れ高い曲ですが、なんとアルバムに収録されていない秘曲でもあります。『記憶』はとりわけめまぐるしい転調の妙が素晴らしく、ハ長調(1番)→イ長調→変ロ長調(間奏)→変ニ長調→変ロ長調(2番)→ト長調→変ロ長調→ロ長調(後奏、なんとここから2分半!)→へ長調→イ長調→ハ長調という、まさに前世そして現世の断片的な『記憶』の数々をたどるかのようです。9分間というエラく長い曲ですが、是非ともこの転調をじっくり味わってくださいませ〜 (`・ω・´)

『夜会VOL.11 ウィンター・ガーデン』は、主人公の女(谷山浩子)と犬(中島みゆき)の周りに現在過去の時空を超えて繰り広げられる不思議な不思議な転生の物語。それぞれ前世の業と関連した人生(犬生w)を過ごしており、断片的に散りばめられている前世そして以前の生活の「かけら」をたよりに自らの生を見つめ、判断し覚悟を決めます。主人公の女は、原野商法に引っかかって不正をはたらいてまで貯めたお金を早晩底なし沼に沈んでしまう物件の頭金として取られてしまったという境遇、犬はその物件に居ついている存在・・・なのですが、この二者の間には前世で極めて複雑な関係があったのでした。『記憶』は、この二者が空に昇った魂のごとく、ともに人間の姿で舞台上空の止まり木で寄り添いながら唄っている、まことに美しい情景です。

 もしも過ぎた事を 総て覚えていたら
  何もかもが降り積もって 辛いかもしれない
  もしも生まれる前を 総て覚えていたら
  ここにいない人を探し 辛いかもしれない

生き物の「忘れる能力」って素晴らしく便利な能力なんですね〜。まぁそれ以前に現実世界は極めて複雑かつ多面性のカタマリですから、そもそも「こうである」と認識した時点でそれは自分の観点というフィルターを通して現実世界の切り口だけを見ているワケでして、実は気づかなかったことをすでに忘れていたりするんですけどそれはともかくw。その切り口が自分にとって素敵な思い出となるだけならそれだけで済むのでしょうが、人の心とは複雑なモンで、素敵な思い出であればあるほど逆にそれが現実でなく思い出にすぎないことに気づいて<辛い>という感覚が沸き起こってきたりもします。あ〜めんどくせ〜。

 思い出すなら 幸せな記憶だけを 楽しかった記憶だけを
  辿れたらいいけれど

幸せな記憶>や<楽しかった記憶>は意外と早く忘れてしまい、苦しかった記憶や辛かった記憶ばかりが残ってしまう経験は誰もがお持ちだと思います。あぁどうして人間の記憶ってこんなに融通がきかないんだろ・・・と思いつつ、記憶はあくまでも記憶であって現実でないことに気づいてしまった人にとっては<幸せな記憶>や<楽しかった記憶>であってもやはり辛くなってしまう記憶なのでしょう。あ〜めんどくせ〜w

 忘れてしまったのは 幸せな記憶ばかり 嬉しかった記憶ばかり
  そうであってほしいけれど

かと言ってこんな感覚になってしまうのもチト歪んでいるような気もします(あ〜めんどくせ〜w)が、記憶と現実との乖離を強く感じるタイプの人にとってはこれが無理もない感覚なのでしょうね。まさにどうしようもなく辛く寂しく悲しい人生を歩まねばならぬ人間の「業」の一つの現れなのでしょうか。

 1人で生まれた日に 誰もが掌に握っていた
  未来は透きとおって 見分けのつかない手紙だ
  何が書いてあるの>

でもね、現実と記憶の乖離を強く感じてしまう人であってもワタクシのように単純なヤツであってもw、<未来は透きとおって 見分けのつかない手紙>なんですね。自らの持つ「業」と向き合いつつ自ら切り開いていくのが人生=<透きとおって 見分けのつかない手紙>であって、<何が書いてある>のかは誰にもわからないワケです。そして、まさに『記憶』こそがそこに何が書いてあったのかを見出すための手がかりに他ならないのでした。

 そんな時代もあったねと いつか話せる日がくるわ
  あんな時代もあったねと きっと笑って話せるわ『時代』(1975年))

中島みゆきが『時代』で『第10回ポピュラーソングコンテストつま恋本選会』そして『第6回世界歌謡祭』にてグランプリを受賞したのは、45年前の1975年のこと。さまざまな経験を経てこのような心境に至るのはなかなか厳しい道のりでしょうが、そのような心境になっても<未来は透きとおって 見分けのつかない手紙>であることに変わりはないはずです。『記憶』とは<そんな時代>であり<あんな時代>であり、ともに一個のにんげんを形づくる礎であるという意味において、実は『記憶』の世界観と『時代』の世界観とは相通ずるものなのではないでしょうか。このような『記憶』ほどの曲をアルバムに入れていないというのはチト不自然(まぁ濃すぎるのかもw)で、なにか中島みゆきの自らの芸能人生に対する深謀遠慮が隠されているような気がしてなりません。

2020年7月28日 (火)

ブラームス『7つの幻想曲 op.116)』から第6曲を、1941年製ベーゼンドルファー200で

ブラームス(1833-1897)は最晩年の1892年にop.116〜119のピアノ小品集をまとめて書いていまして。その斬り込み隊長『7つの幻想曲 op.116』より第6曲「間奏曲/Intermezzo」を、1941年製ベーゼンドルファー200で弾きました。この楽器は故イェルク・デムス大先生が日本での稽古用として持ってきていた楽器とされており、元はサローネ・クリストフォリ成城、今はサローネ・フォンタナで一般の用に供されています。

この楽器、スタイル自体は戦前のベーゼンドルファー200でかつ響板にあるシリアル番号も1941年製を示しているのにペダルが3本・・・というところから、故デムス大先生がご自分の稽古用として3本ペダルに改造させたのではないかなぁと邪推しています(それ以前に改造されている可能性もモチロンございますがw)。本体の塗装と脚の塗装が動画で見ても明らかに異なるところも、改造されたことを示しているように思えます。それはさておき、故デムス大先生はいわゆる「目利き」の権化のような御方でさまざまな逸話がございますが、さすがはご自身がお使いになるための楽器、素晴らしく優秀な戦前のベーゼンドルファー200です。今では暴れたり疲れたりしてしまっているようですが、それはまぁ一般の用に供されている楽器ですから、多かれ少なかれ仕方がないところですね〜。

ブラームスのピアノ曲は「分厚い」とか「暑苦しい」とばかり評されてしまいがちに感じますが、本当に「暑苦し」かったのか、非常〜に疑問に思っているワタクシでして。プラームスの音の使い方はまぁ確かに独特で「分厚い」ことが多いのは確かですが、そればかりで大作曲家の仲間入りができようハズがないのは自明ではないですか〜。しかも実は、ブラームスはピアノ演奏に際してショパン同様に「柔らかさ」を常に要求していた作曲家で、そこに暑苦しさが入る余地はかなり少ないような気がしてなりません。現代のピアノよりもはるかに「柔らかさ」を表現しやすい戦前のベーゼンドルファーでブラームスの晩年の頑固オヤジっぷりを感じ取っていただけると嬉しいです!(・o・ゞ

2020年7月20日 (月)

ベートーヴェン『ピアノソナタ第8番 op.13(悲愴)』から第2楽章を1894年ベーゼンドルファー社製ピアノ(ウィーン式アクション/85鍵)で

ベートーヴェン(1770-1827)の『ピアノソナタ第8番 op.13(悲愴)』から第2楽章を、いつもの1894年ベーゼンドルファー製ウィーンアクションのピアノで弾きました。

あまりにも有名な「悲愴ソナタ」の第2楽章ですが、Adagio cantabile という、ピアノという楽器にとって鬼門な発想記号が指定されています。ベートーヴェン先生ってばその楽器では物理的に不可能なことを容赦無くやらせやがりますが、ピアノソナタの緩徐楽章ってその最右翼なんだよなぁと。ピアノという楽器は弦を叩いて音を出すので原理的に減衰音しか出せないから、歌うような表現がむっちゃ困難・・・なんてぇのは誰でも一度ならず耳にも口にもwしておられるでしょう。ベートーヴェン先生の音楽は、それに加えて基本の基本は四声体なんだし、それらを弾き分け歌い分けるのなんて当然に決まってるよね〜、とピアノ弾きに強要してくるんですよ〜〜〜〜(まぁ他のみんなもそうと言えばそうなんですがw)。コレ、単純に言えばピアノを弦楽四重奏そのまんまに両手で弾き分けろって指令で、そう言えばJ.S.Bachには四声どころか六声のフーガがあったっけ・・・と思い出せれば、アレよりは楽だと思えるんですけどね(思えないかw)。

それにしてもこの『悲愴ソナタ』って、200年以上の時間による残酷な淘汰をくぐり抜けてメジャーであり続ける、メジャーちぅのメジャーだったんだなぁとあらためて痛感させられました。これぞ古典ちぅの古典、多少の味つけの偏りなんぞモノともしない堅固な「型」と同時にわずかな味つけの偏りでもバレてしまうような「シビアさ」をも備えており、ワタクシのような芸風にとっては「シビアさ」ばかりが強烈に。やはりメジャーちぅのメジャーですから音楽としての密度も桁違いでいやはやキツかったのなんの、とにかく鍛えられましたわ〜 (*´-`)

「知られざる名作」なんつ〜のが常に探されて提案され続けておりますし、ワタクシもそのような作品を好む傾向にあるのですが、結局のところはその圧倒的多数が「マニアックな作品」やら何やらの域を脱することができないワケで。そもそも「発掘されて提案されて主張されている」時点で何百周も遅れをとっているのが冷厳な事実で、別に変に主張せずとも人それぞれの趣向が異なることを再確認しさえすれば四海波静か(・x・ゞ

ベートーヴェンの時代のピアノのアクションはウィーン式アクションとイギリス式アクションに大別できてイギリス式アクションが現代のピアノと直結しているのですが、実はベートーヴェン自身はウィーン式アクションのピアノの方を好んでいたのです。この1894年製ベーゼンドルファーとベートーヴェンがまだ生きていた1820年代のウィーン式ピアノを同じ空間で弾き比べる機会があったのですが、なんと音も響きもそっくりでノケぞりました。さすがは時間が止まっているウィーンの楽器、いわゆる「ウィンナトーン」ってぇシロモノはシェーンベルク(1874-1951)が生まれ育った時代まであまり変わっていなかったんですね〜(・ω・ゞ

2020年7月17日 (金)

クレメンティ『ソナチネ op.36-4』から第2楽章を、1894年ベーゼンドルファー社製ピアノ(ウィーン式アクション/85鍵)で

クレメンティ(1752-1832)の『ソナチネ op.36-4』から第2楽章を、いつもの1894年製ウィーン式アクションのベーゼンドルファーで弾きました。

クレメンティの『6つのソナチネ op.36』は有名な『ソナチネアルバム』第1巻に収録されており、およそピアノを習った人ならば一度は弾かされたwことがあるぐらいに広く知られている曲かと思います。ですが、この有名な『ソナチネアルバム』は19世紀後半に編纂されており、このころに出版された楽譜の例に漏れず、譜面が当時の趣味に合うように書き変えられてしまっています。その結果、せっかくの古典派のソナチネがおよそ似ても似つかぬ姿に。まぁ逆に、この1894年製ベーゼンドルファーで弾くのであれば、実は19世紀後半編纂の『ソナチネアルバム』がオリジナルという解釈も成り立ちますよね〜^^

幸いにもIMSLPには1798-99年にウィーンで出版されたアルタリア版が転がっておりますので、それに基づいて収録しました。なお、全音楽譜出版社から発売されている 今井 顕 国立音楽大学名誉教授 校訂による『ソナチネアルバム』が初版及び初期楽譜に基づいており、古典派に取り組もうとする全てのピアノ教育者、演奏者そして学習者にとって、基礎資料として必須ですぞ。コレ、当然ながら「正しい値段」はしますが、正しい研究・考証に基づいていて解説もきわめて詳細かつ丁寧ですから当然のこと。安っちぃものにはちゃぁんと理由があるのですヨ(・o・ゞ

ソナチネ アルバム 第1巻〔今井 顕 校訂〕初版および初期楽譜に基づく校訂版
http://shop.zen-on.co.jp/p/101216

2020年6月30日 (火)

シューベルト『Originaltänze D365(op.9)』から第1〜6曲を、1941年製ベーゼンドルファー200で

ひさびさにウチのピアノ以外で収録できました〜(*´-`)
若きシューベルト(と言っても31歳で早すぎる死を迎えているのですが)が1821年ウィーンで出版した舞曲集 op.9(D365)から第1〜6曲を、1941年製ベーゼンドルファー200で弾きました。この楽器は故イェルク・デムス大先生が日本での稽古用として持ってきていた楽器とされており、元はサローネ・クリストフォリ成城、今はサローネ・フォンタナで一般の用に供されています。

この楽器、スタイル自体は戦前のベーゼンドルファー200でかつ響板にあるシリアル番号も1941年製を示しているのにペダルが3本・・・というところから、故デムス大先生がご自分の稽古用として3本ペダルに改造させたのではないかなぁと邪推しています(それ以前に改造されている可能性もモチロンございますがw)。本体の塗装と脚の塗装が動画で見ても明らかに異なるところも、改造されたことを示しているように思えます。それはさておき、故デムス大先生はいわゆる「目利き」の権化のような御方でさまざまな逸話がございますが、さすがはご自身がお使いになるための楽器、素晴らしく優秀な戦前のベーゼンドルファー200です。今では多少暴れたり疲れたりしているところもなきにしもあらずですが、それはまぁ一般の用に供されている楽器ですから、多かれ少なかれ仕方がないところですね〜。

シューベルトの舞曲集は当時流行していた実用音楽の寄せ集め的な作品集と同じ性格でして、全曲を演奏会で通して演奏されるということは念頭に置かれていないと言えます。そもそもこの op.9(D365)はなんと36曲ものドイツ舞曲的な舞曲の集合体でして、さしものワタクシもこれを通して飽きさせずに弾き通す蛮勇は持ち合わしておりませんで。・・・繰り返しをほとんど省けばという考えが何度もアタマをよぎったことも白状しますけどw

この第2曲は1821年11月末に出版された op.9 の初版では『Trauerwalzer/哀しみのワルツ』という標題がつけられています。実はこの曲は出版前に既に詠み人知らずのままにウィーンで大流行しており、そこに目をつけてこの標題をつけたんだろうなぁ・・・と推測できます。さらに、op.9 出版の5年後の1826年、なんとまぁベートーヴェン作曲『Sehnsuchtswalzer/憧れのワルツ』としても出版されてしまったというオチすらございまして。1826年と言えばベートーヴェンもシューベルトもご存命のタイミング、著作権意識が牧歌的でのどかな時代だったという証ですね〜。ココであ〜でこ〜で善し悪しを申し上げるのは野暮というモンでしょうw(・o・ゞ

2020年6月29日 (月)

チャイコフスキー『四季、ピアノによる12の絵画的描写 op.37bis』から6月「舟歌」を、1894年ベーゼンドルファー社製ピアノ(ウィーン式アクション/85鍵)で

チャイコフスキーの『四季、ピアノによる12の絵画的描写 op.37bis』の6月『舟歌』を、いつもの1894年製ウィーン式アクションのベーゼンドルファーで弾きました。な〜んとか6月中に間に合いました(^o^;

ときは1875年末からのこと、ペテルブルクで出版されていた月刊誌『ヌヴェリスト(短篇作家)』上に各月の風物にマッチした詩を選んでその詩の性格に合わせた曲を1年間続けて掲載するという、なかなかイキなコラボレーションがございました。したがって作曲は1875年12月から翌年の11月にかけてという計算になり、チャイコフスキーは毎月の締切に苦しんでいた・・・というのが定説で証言もあるのですが、なんとなんと実は実は1876年の5月に既に最後の12月までが完成されていたことがわかっています。ですからこの定説はくつがえされ、証言も偽りであった可能性が高いのでありま〜す(・o・ゞ

この12ヶ月分をまとめて出版したのが、この『四季、ピアノによる12の絵画的描写 op.37bis』で、チャイコフスキーの天才的な音楽での情景描写力がいかんなく発揮されている素晴らしい曲集だと思っています。嬉しいというか困ったというか、チャイコフスキー先生ってばさまざまな楽器の音色や表現力を一台のピアノに見事に詰め込みやがりましてw、その結果、極めて高度な色彩豊かな表現力が演奏者に強要されているのです。エラいこっちゃで(^^;;;;;

1876年当時ロシアはまだ旧暦を使っていたので現代の季節感と1ヶ月ずれているとのことですが、そもそも日本人であるワタクシにはペテルブルクの季節感なんぞ皆無なので逆に無問題。「舟歌」とくればクラシック音楽な世界ではヴェネツィアのゴンドラの歌と相場は決まっているwのですが、この曲はロシアの詩人が描いたロシアの風物に対して作られた曲ですから、ヴェネツィアのゴンドラを念頭に置きつつあくまでもロシアの岸辺がイメージされていることぐらいの妄想力はハタラかせたいものですね〜 ヽ( ̄▽ ̄)ノ

2020年6月19日 (金)

チャイコフスキー『子供のアルバム op.39』から第24曲「教会にて」を、100年前の大型リードオルガン&1894年製ベーゼンドルファーで

ウォルター・ヘンリー・ルイスの『休日の鍵盤愛好家のための曲集 〜あらゆる機会のために〜』(1914年)には小品が36曲おさめられておりますが、実は玉石混淆で弾き手の理解力が問われるのはココだけのハナシw。その中からチャイコフスキーの『In the Church』を、ボストン近郊の Bridgewater で1930年代始めまで頑張っていたパッカード社1905年製の大型棚つきリードオルガンで弾きました。

原曲はチャイコフスキーの『子供のアルバム op.39』の最後、第24曲「教会にて」です。この原曲の英訳題名は “In Church” で、編者はナゼか the を付け加えて "In the Church" としていますが他はとくに目立った改変は行っておらず、まぁおそらく伝言ゲームが発動されたにすぎないのかなぁと。

『子供のアルバム op.39』は、当時7歳の甥っ子に捧げられています。この曲集、教会に始まり教会に終わっているのがなるほどで、しかも7歳の子供が出会うであろうさまざまな日常の情景描写はさすがのチャイコフスキー、見事の一言です。この『教会にて』は教会ですから当然ながら徹頭徹尾オルガン的な表現にあふれており、響きの良い楽器で息をあまり使わずに静かに弾くと素晴らしい雰囲気が出ますよ〜(・o・ゞ

にしても、この楽器のてっぺんが顔文字に見えてしまって、しばらくニヤニヤが止められなかったワタクシってば(・x・ゞ



ピアノもリードオルガンも鍵盤楽器ではありますが、当然ながらそもそもの性格が異なりますから得意不得意も向き不向きもございます。そしてそこには弾き手という人間が必ず介在しますから、ハナシがやたらと複雑になりオカルトも介在しやすくなります。この複雑さこそが芸術の愉しさでして、「ピアノだから〜」とか「リードオルガンだから〜」とか単純に割り切ってしまうのはもったいないと思います。複雑な系を単純化することは理解するためにある意味必要ではありますが、その単純化の過程で必ずナニかが抜け落ちることを忘れてはならないでしょう。なかなか厄介な永遠の課題ですよね〜〜〜 (`・ω・´)

2020年6月16日 (火)

服部克久『Le Rhône 〜ル・ローヌ(河)〜』を1894年ベーゼンドルファー社製ピアノ(ウィーン式アクション/85鍵)で

つい先日2020年6月11日に83歳で亡くなった日本の音楽界のサラブレッド、服部克久(1936-2020)のおそらくは代表作の一つ『Le Rhône 〜ル・ローヌ(河)〜』を、いつもの1894年ベーゼンドルファー製ウィーンアクションのピアノで弾きました。合掌。

本当にデキる方々の仕事量そしてスタイルの使いわけの多彩さってハンパなく、コミックソングの範疇に入りそうな『すごい男の唄(1987年)』も服部克久の作曲だったのにノケぞった覚えがあります。この『Le Rhône』は服部克久のライフワークたる『音楽畑』シリーズ第3集(1986年)所収、インストゥルメンタルな心地良〜く優しい世界観は、自分にとってある意味理想の音楽の姿だったりします。

「なんとなく居心地が良い雰囲気」やら「雰囲気が一変する感じ」やら「敵が潜んでいるかもしれない雰囲気」やらを察知する能力って、数億年にわたって生き物の血に受け継がれてきた能力ですよね。単純に申し上げてそれに気づけなかった鈍クサいやつらは殺られてきたワケで、実は我々は等しくハンパでない感覚の持ち主だったりするのでありま〜す(・ω・ゞ

現代人は幸いにも自然界のマジで厳しい弱肉強食の世界に置かれていませんから、「見えない敵を雰囲気から察知する」という高度な空間能力を発揮せずとも生きのびられます。それならば、敵に襲われる心配なく「なんとなく居心地の良い雰囲気」をのんびりと愉しんでしまってもバチは当たらないかと。人間が「心地良い」と思う感覚って生き物が長い長い進化の過程で積み重ねてきたいわば「肌感覚」という「本能」レベルの感覚、いかにデジタルやらオンラインやらテレワークやらが進化したと言ってもそうそう簡単に置き換えられるようなものではないと思うんですね〜。この動画はあくまでもYouTubeで「ナマ」でないのがめっちゃ自己矛盾(つ〜かアタリマエw)なのですが、これがナマの世界をユルく愉しむきっかけの一つとなれば、こんなに嬉しいことはございません(*´-`)

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