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カテゴリー「音楽>メーカー>Bösendorfer」の105件の記事

2022年4月23日 (土)

中島みゆき 作詞/作曲『Nobody is Right』ピアノソロ:1894年ベーゼンドルファー社製ピアノ(ウィーン式アクション/85鍵)

中島みゆきの『Nobody is Right』を、いつもの1894年製アンティークピアノで弾きました。

『Nobody is Right』は、2007年発売のアルバム《I Love You, 答えてくれ》に収録されています。この曲の歌詞はこの動画の前にアップした『ひまわり "SUNWARD"』とセットにしたくなるような意味を持っておりまして、これまた今現在ウクライナとロシアの間で繰り広げられている戦火そして双方政府による情報戦、さらにはその情報戦に踊らされて自分だけは他者と違って視野が広く聡明かつ冷静であるとアピールしたがりな知ったかぶりの数限りない烏合のネット民の虚しさを見透かしているように思えます。
*『ひまわり "SUNWARD"』
 https://bergheil.air-nifty.com/blog/2022/03/post-e5c335.html

我々日本人にとって、国境が入り組んで時代によって国境線が頻繁に変わり、さまざまな民族の混在そして混血が当たり前である世界を実感を持ってイメージすることは相当に困難なはずなのに、たかだか侵攻が始まって一ヶ月ちょいの間にたまたまネットで目にした程度の情報で精査できた気になってきいた風な口を叩くなんて恥知らずと言わずして何と言う。それに止まらず、どこぞで「ウクライナに味方するようなプーチンを悪く言うような情報を選びたがる自分には注意しなければと思う」とかほざく御高説を複数拝見いたしまして、その十重二十重にネジくれた醜悪な自己愛に満ちたうぬぼれを目の当たりにした気がしてそっと閉じましたわぃ。ネット上の言論なんぞ欺瞞や偽善に満ちているというのはこの25年間思い知らされていますが、今回もまたまたま〜たまた同じですわ。

中島みゆきはこの『Nobody Is Right』を発表した2007年、インタビュー記事でこのように語ってます。

 物を求める戦争なら、いつか収まる。でも、相手が心から正しいと思っていることを否定する争いに終わりはない
  (2007年10月17日「東京新聞」

これは狭い意味の戦争のみならず、およそ人間社会にいる限り必ずついてまわる行き違い・誤解・勘違いもろもろ全てに当てはまるのではないでしょうか。人間関係そして人間社会とはお互いの立場の数だけ異なる論理なくしては成り立たないものでして、そこに自らの信じる狭量な正義のみを振りかざして悦にいる輩のなんと多いことでしょう。

 もしもあなたが全て正しくて とても正しくて 周りを見れば
  世にある限り全てのものは あなた以外は間違いばかり


たいていの人は、程度の差こそあれ、思春期を迎えて自我を形成し始めて身の周りの小さな社会とぶつかりつつ(揉まれて、の方がイイかなw)、その中で少しずつ自らを育んでいくものではないでしょうか。そんな初期のころ、世間の不合理やら不条理やらにいちいち憤って「世の中間違っとる!」と感じる段階があること自体は、至極まっとうと思います。いつしかそれを隠しながら生きる悪知恵を身につけて(「堕落」とも言われますがねwww)世間さまに馴染むことがオトナのたしなみの一つでしょうが、まぁ、なかなか、難しい、です、よ、ね〜。

 つらいだろうね その一日は
  嫌いな人しか 出会えない
  寒いだろうね その一生は
  軽蔑だけしか いだけない


ここの指摘がさすがは中島みゆきで、どんなに自分が最高の存在であるという尊大な人物でもこのような感覚は持たないのではないでしょうか。まぁ逆もまた真でもあり、尊大で傲慢不遜な人物であるからこそ、このような感覚にはなり得ないのでしょうけど。「孤高の存在」になればなるほど孤独なものである、という文学的な表現もありましょうが、それこそ自分に酔っているだけのうぬぼれですナw

 正しさと正しさとが 相容れないのはいったい何故なんだ

人はそれぞれ全く異なる存在であり、しかも自分の中ですら論理的に整合した姿勢でいられるのは極めて難しいこと、誰もが(認めたくはナイでしょうが)わかっているのではないでしょうか。それならばそれぞれの<正しさが相容れない>のが当ったり前な当然で、それぞれの<正しさが相容れない>という現実を認めない姿勢こそが、真の「相容れなさ」を生み出す元凶であります。

 争う人は正しさを説く 正しさゆえの争いを説く
  その正しさは気分がいいか
  正しさの勝利が気分いいんじゃないのか


大義がありさえすれば他を打ちのめしてもいいのでしょうか、大義がありさえすれば他は我に屈服すべきと主張してもいいのでしょうか、そのような大義とはいったいなんなのでしょうか。にわかに過ぎぬ大義を振りかざして悦に入る烏合のネット民ども、うるさ過ぎますな。

 Nobody Is Right, Nobody Is Right, Nobody Is Right, 正しさは
  Nobody Is Right, Nobody Is Right, Nobody Is Right, 道具じゃない




この動画で使っているピアノは100年以上昔、1894年製のアンティークピアノ。このような楽器を使ってこのような曲を弾くのはまことに愉しいです。現代では世間で聞こえる音のほとんどは電気を通していますが、このころに世間で聞こえていた音は生音が主流でした。1877年にエジソンが蓄音機を実用化し、このピアノが作られた1894年にはSPレコードの大量生産ができるようになって、次第に「録音」というシロモノが世間に知られるようになった時代。こんな時代の楽器がどれほど豊かな音世界を伝えていたのか、この動画で使っている楽器は奇跡的にオリジナルほぼそのまま、まさに時代の生き証人です。

2022年3月30日 (水)

中島みゆき 作詞/作曲『ひまわり "SUNWARD"』ピアノソロ:1894年ベーゼンドルファー社製ピアノ(ウィーン式アクション/85鍵)

中島みゆきの『ひまわり "SUNWARD"』を、いつもの1894年製アンティークピアノで弾きました。

『ひまわり "SUNWARD"』は、1994年発売のアルバム《LOVE OR NOTHING》に収録されています。この曲の歌詞はまことに示唆に富んでいまして、今現在ウクライナとロシアの間で繰り広げられている戦火そして双方政府による情報戦、さらにはその情報戦に踊らされて自分だけは他者と違って視野が広く聡明かつ冷静であるとアピールしたがりな知ったかぶりの数限りない烏合のネット民の虚しさを見透かしているように思えます。

我々日本人にとって、国境が入り組んで時代によって国境線が頻繁に変わり、さまざまな民族の混在そして混血が当たり前である世界を実感を持ってイメージすることは相当に困難なはずなのに、たかだか侵攻が始まって一ヶ月ちょいの間にたまたまネットで目にした程度の情報で精査できた気になってきいた風な口を叩くなんて恥知らずと言わずして何と言う。それに止まらず、どこぞで「ウクライナに味方するようなプーチンを悪く言うような情報を選びたがる自分には注意しなければと思う」とかほざく御高説を複数拝見いたしまして、その十重二十重にネジくれた醜悪な自己愛に満ちたうぬぼれを目の当たりにした気がしてそっと閉じましたわぃ。ネット上の言論なんぞ欺瞞や偽善に満ちているというのはこの25年間思い知らされていますが、今回もまたまたま〜たまた同じですわ。

『ひまわり "SUNWARD"』所収のアルバム《LOVE OR NOTHING》が発売された1994年は激しく悲惨なユーゴスラビア内戦の真っただ中というタイミングですが、特にユーゴスラビア内戦を題材にした唄というワケではなさそうに思われます。バルカン半島が「ヨーロッパの火薬庫」と呼ばれていたと世界史で習った記憶がある方も少なくないでしょうし、第一次世界大戦はそのバルカン半島のサラエボでの一発の銃弾をきっかけとして始まったのでしたよね。「sunward」とは「太陽に向かって」とか「太陽を向いて」とかいう意味です(forward の for が sun に置き換わっただけですネ)が、太陽の方角を向いているその裏側にはもれなく「影」がついてくるのが現実でありま〜す。

さて不肖ワタクシ、2003年9月にユーゴスラビア内戦の大激戦地、ボスニア・ヘルツェゴビナの Mostar を訪れておりまして、戦火が収まってから10年近く経つのにそのまま残る破壊された建物の凄まじさと「地雷あり立入禁止」の黄色いテープとともに、それでも日々を普通に生きるたくましい現地の人々の姿にいたく感動させられました。そのときに撮った1枚、左奥に見えるピカピカの建物は、EUの支援で修復されたばかりの建物です。

18. Sep. 2003. - Mostar, Bosna i Hercegovina
030918084146

隣人はおろか親子が敵味方に分かれて殺し合わねばならぬ場合すらあり得るのが陸続きの国境地帯の現実なのでしょうが、この程度のヌルい言葉では到底言い尽くせぬ複雑さを肌で感じさせられました。戦争を知らぬ世代であり陸続きの現実を知らぬ日本人として、本当に Mostar を訪れてよかったと思います。下の写真のような民族融和への希望が込められたサインも見られ、いやがおうでも Mostar という街の難しさを感じざるを得ませんでした。このサインに描かれている「スタリ・モスト/古い橋」はクロアチア軍に破壊されましたが2004年に再建され、翌2005年に「モスタル旧市街の古い橋の地区」という名で、ユネスコの世界遺産に登録されています。登録に際しては歴史的価値だけでなく内戦からの再建を経ることによって多民族・多文化の共生や和解の象徴となったことも加味され、「負の遺産」という側面もあるとのことです。

17. Sep. 2003. - Mostar, Bosna i Hercegovina
030917153501

1番をどうぞ。

 あの遠くはりめぐらせた 妙な柵のそこかしこから
  今日も銃声は鳴り響く 夜明け前から
  目を覚まされた鳥たちが 燃え立つように舞い上がる
  その音に驚かされて 赤ん坊が泣く
    たとえ どんな名前で呼ばれるときも
    花は香り続けるだろう
    たとえ どんな名前の人の庭でも
    花は香り続けるだろう


2番です。

 私の中の父の血と 私の中の母の血と
  どちらか選ばせるように 柵は伸びてゆく
    たとえ どんな名前で呼ばれるときも
    花は香り続けるだろう
    たとえ どんな名前の人の庭でも
    花は香り続けるだろう>


そして3番!

 あのひまわりに訊きにゆけ あのひまわりに訊きにゆけ
  どこにでも降り注ぎうるものはないかと
  だれにでも降り注ぐ愛はないかと
    たとえ どんな名前で呼ばれるときも
    花は香り続けるだろう
    たとえ どんな名前の人の庭でも
    花は香り続けるだろう
    たとえ どんな名前で呼ばれるときも
    花は香り続けるだろう
    たとえ どんな名前の人の庭でも
    花は香り続けるだろう


ウクライナの国花がひまわりであること、さすがに偶然でしょうが、慄然とさせられましたよ〜。歴史は繰り返すと申しますが、なんという人の愚かさでしょうか。妙な柵のそこかしこから鳴り響く銃声>は現実にウクライナで聞こえているだけでなく、我々が見ているネット空間のそこかしこからも鳴り響いているのであります。

 正しさと正しさとが 相容れないのはいったい何故なんだ『Nobody is Right』2007年)

人はそれぞれ全く異なる存在であり、しかも自分の中ですら論理的に整合した姿勢でいられるのは極めて難しいこと、誰もが(認めたくはナイでしょうが)わかっているのではないでしょうか。それならばそれぞれの<正しさが相容れない>のが当ったり前な当然で、それぞれの<正しさが相容れない>という現実を認めない姿勢こそが、真の「相容れなさ」を生み出す元凶であります。
*『Nobody is Right』
  https://bergheil.air-nifty.com/blog/2022/04/post-e5c9c7.html

 争う人は正しさを説く 正しさゆえの争いを説く
  その正しさは気分がいいか
  正しさの勝利が気分いいんじゃないのか
『Nobody is Right』2007年)

大義がありさえすれば他を打ちのめしてもいいのでしょうか、大義がありさえすれば他は我に屈服すべきと主張してもいいのでしょうか、そのような大義とはいったいなんなのでしょうか。にわかに過ぎぬ大義を振りかざして悦に入る烏合のネット民ども、うるさ過ぎますな。

 たとえ どんな名前で呼ばれるときも
  花は香り続けるだろう
  たとえ どんな名前の人の庭でも
  花は香り続けるだろう




この動画で使っているピアノは100年以上昔、1894年製のアンティークピアノ。このような楽器を使ってこのような曲を弾くのはまことに愉しいです。現代では世間で聞こえる音のほとんどは電気を通していますが、このころに世間で聞こえていた音は生音が主流でした。1877年にエジソンが蓄音機を実用化し、このピアノが作られた1894年にはSPレコードの大量生産ができるようになって、次第に「録音」というシロモノが世間に知られるようになった時代。こんな時代の楽器がどれほど豊かな音世界を伝えていたのか、この動画で使っている楽器は奇跡的にオリジナルほぼそのまま、まさに時代の生き証人です。

2022年2月23日 (水)

中島みゆき 作詞/作曲『流星』ピアノソロ:1894年ベーゼンドルファー社製ピアノ(ウィーン式アクション/85鍵)

中島みゆきの『流星』を、いつもの1894年製アンティークピアノで弾きました。

本日2月23日は中島みゆきの誕生日、しかも1952年生まれで今年は2022年ですから、なんとなんと70歳の大台に乗ってしまったという。ファンにとっては永遠に歳を取らない歌姫であっても、そしてファンならずとも、現実のこの数字はなかなかに衝撃的な数字ですよね〜。2020年1月12日にスタートした『中島みゆき 2020 ラスト・ツアー「結果オーライ」』はあちこちをまわるコンサートツアーとしては最後となる予定でしたが、新型コロナウイルスの感染急拡大を受けて8公演のみで惜しくも中断。しかもこのラスト・ツアーの再開はないことが発表されて、このラスト・ツアーは“幻のラスト・ツアー”となってしまいました。まぁ〜、なんというドラマティックな幕切れであったことでしょう(ホントに幕切れだったかわからんですけどね)

『流星』は、この『中島みゆき 2020 ラスト・ツアー「結果オーライ」』の前半で歌われており、もともと1994年発売のアルバム《LOVE OR NOTHING》に収録されています。深夜のサービスエリアという舞台装置ということで、コンサートツアーで夜行バスを使っての移動中のちょっとした出会いをつづった作品だろうと言われています。中島みゆきがコンサートツアーを始めたのは1976年のこと、そして1986年に初の書き下ろし小説集『女歌ーおんなうたー』を上梓しており、この中の『23:00熊本発鹿児島行き急行バス』という作品に、コンサートツアー中のわちゃわちゃ具合が愉しく活き活きと描かれていますぜ。

 バスがとまった気配に気づき そっとまぶたをあけてみると
  ここは山頂のサービスエリア 次の町まであと何百キロ

マニアなら<山頂のサービスエリア>かつ<次の町まであと何百キロ>でかなり場所を特定できてしまうのでしょうが、まぁ、コレ、現実を下敷きにした(かどうかもわからぬw)舞台装置ですからね〜。熊本から鹿児島までは170キロ程度で移動時間は3時間程度ですから、少なくとも『23:00熊本発鹿児島行き急行バス』の舞台装置ではナイだろうなぁと。しかも九州自動車道の熊本ー鹿児島の開通は案外と遅く、1986年出版のこの『23:00熊本発鹿児島行き急行バス』には<バスが国道脇の広場に停車>とか<急行バスは国道をひた走る>とかいう描写が見られて高速道路開通以前の移動だということが確認できます(だからなにw)

 埃まみれの長距離トラックが鼻先ならべる闇の中
  自販機のコーヒーは甘ったるいけど 暖まるならそれでいい

ワタクシ夜行バスは偏愛wしておりまして(安いからwww)、この情景は頻繁に目にしています。甘ったるい<自販機のコーヒー>は、缶コーヒーならば昭和の象徴の一つとも言えそうなUCC缶コーヒーでしょうが、少し安い「販売機の中で豆を引いて抽出して紙コップに注ぎ入れる」という形式のコーヒーとココアの自販機もありまして、これかもしれないなぁと。「砂糖増量」と「クリーム増量」のボタンがあって、ごく稀なお出かけで買わせてもらえるときには必ず両方とも増量にしていた幼きワタクシでありました。なお、UCCが世界初の缶コーヒー「UCCコーヒーミルク入り」を発売したのは1969(昭和44)年4月で、値段は喫茶店のコーヒーとほぼ同じの1本70円であったとのこと。考えてみれば、50年以上経つのに値段が5割増ちょいってスゴいことですよね〜。

 どこまで行くの 何しているの
  歌を歌っているんです
  そうかい、おいらは歌は知らねえな 演歌じゃねえんだろ、そのなりじゃあな

いやいやいや、演歌歌手だって夜行バスでは舞台衣装ぢゃないでしょうし、歌を知らなくたって中島みゆきの歌はフツーにみんな何曲か知ってるでしょうねん。その上でのごくごく他愛もない会話なのがサービスエリアでたまたま出会った旅人らしさで、舞台装置の補強としてまことに的確なんでしょね。

 香川 新潟 大阪 宮城 姫路 山口 袖ヶ浦

もう、このナンバープレートの地名の並び、いかにもホントに長距離トラックな雰囲気満載でひそかに大ウケしてましてな。「袖ヶ浦」は東京湾アクアラインの千葉県側付け根、木更津のすぐ北隣のなにげに大きな市で、実は市政施行以前は袖「ヶ」浦町で今は袖「ケ」浦市というのがど〜でもいいトリビアw

 流れる星よ いつか最後にどこへたどりつこうというのだろうか

トラックの運ちゃんのイメージとして「荒っぽく見えるが人情深い」というのが市民権を得ている気がしますが、その原型はおそらく菅原文太主演の『トラック野郎』という1975年から1979年にかけて公開された映画シリーズでしょう。そもそも主人公が乗るトラックが「一番星号」ですし(「流星号」でないのが惜しいw)、この大ヒットで車体を電飾で飾りたてたデコトラが増えたワケですし、中島みゆきがコンサートツアーを始めたのが1976年であることもこれまた時期がぴったりなんですよね〜。

 風の中のすばる
  砂の中の銀河『地上の星』2000年)

長距離トラックの運ちゃんたちも、また『地上の星』でありま〜す(*´-`)

 地平のはしから地平のはしまで
  皆、流星のひと走り
  ほら 流星がまたひとつ 君は願いを言えたかい

中島みゆきにしてはまっっったくヒネりがないオチですが、採譜するために何度も何度も聴いていたらこのヒネりの無さが逆にホロリと来るのに驚きましてな。小説集『女歌ーおんなうたー』の『23:00熊本発鹿児島行き急行バス』にこんなくだりがあって・・・

 トイレはさっき行ったからいいけど外の空気でも吸おうかなとみゆきもバスを降りて、夜空を見上げる。ひんやりした夜気とキラキラ満天の星に深呼吸。その時、すういときれいな光が真上の空を大きく流れた。『23:00熊本発鹿児島行き急行バス』1986年)

なんでも、みゆき嬢は一度も流れ星に願いを言えた試しがないんだとか。あたしゃそれ以前に流れ星を見たことが数回あるかないかなので、そもそも流れ星の神秘性を語る資格がナイんですわ。満天の星空はそれこそ数え切れないほど見たことがあるというのに、ツキがないのか、はたまた気づいていないだけなのか。真相は・・・おそらく後者www



この動画で使っているピアノは100年以上昔、1894年製のアンティークピアノ。このような楽器を使ってこのような曲を弾くのはまことに愉しいです。現代では世間で聞こえる音のほとんどは電気を通していますが、このころに世間で聞こえていた音は生音が主流でした。1877年にエジソンが蓄音機を実用化し、このピアノが作られた1894年にはSPレコードの大量生産ができるようになって、次第に「録音」というシロモノが世間に知られるようになった時代。こんな時代の楽器がどれほど豊かな音世界を伝えていたのか、この動画で使っている楽器は奇跡的にオリジナルほぼそのまま、まさに時代の生き証人です。

2022年1月30日 (日)

中島みゆき 作詞/作曲『エレーン』ピアノソロ:1894年ベーゼンドルファー社製ピアノ(ウィーン式アクション/85鍵)

早くも今年(2022年)の1/12が過ぎ去ろうとしていますが、中島みゆきの『エレーン』を、いつもの1894年製アンティークピアノで弾きました。後奏部で同じコード進行の別のメロを重ねるという複旋律音楽な技法を使っているのがな〜かなか興味深かったりしますぜ。

『エレーン』は1980年発売のアルバム、有名な問題作の《生きていてもいいですか》に収録されています。《生きていてもいいですか》は歌というより嗚咽を伴う慟哭そのものの『うらみ・ます』に始まり、叫ぶ力も無くなり強烈な淋しさと無力感そして孤独へと向かう『エレーン』そしてさらに救いのない『異国』に終わるという、中島みゆきみずから<真っ暗けの極致>というアルバムです。黒一色に白抜き縦書きで《生きていてもいいですか》というジャケットのインパクトたるや、もうたまらんですよ〜。

『エレーン』は実体験が下敷きであると中島みゆき本人が語っています。タレントとは生活が尋常でなく不規則なワケで、外人(1970年代だから「ガイジン」で無問題)向けマンションに暮らしていた中島みゆき、共用の洗濯室で時折顔を合わせる自称モデル嬢のヘレンとの交流。ヘレンは当時増加の傾向にあった外人娼婦の中でもかなり有名だった一人で、ある日何者かによって殺害され、全裸で遺棄されたといいます。

 風にとけていったおまえが残していったものといえば
  おそらく誰も着そうにもない
  安い生地のドレスが鞄にひとつと

  みんなたぶん一晩で忘れたいと思うような悪い噂
  どこにもおまえを知っていたと
  口に出せない奴らが流す悪口


ヘレンは華やかで生き生きとしていてドレスもたくさん持っていたにもかかわらず、それらはほとんどゴミにするしかない紛い物でした。娼婦の周りにはトラブルがつきものなのも、そりゃまぁ当然ですよね。

 みんなおまえを忘れて忘れようとして幾月流れて
  突然なにも知らぬ子供が
  ひき出しの裏からなにかをみつけ

  それはおまえの生まれた国の金に替えたわずかなあぶく銭
  その時 口をきかぬおまえの淋しさが
  突然私にも聞こえる


異国の地で娼婦として生きたヘレン、ビザの書き換えのために何度も帰国していたそうで、その郷愁がいかほどだったかはあずかり知ることはできませんが、外見が華やかであればあるほど心の底の淋しさは暗く深くなるのでしょう。

 エレーン 生きていてもいいですかと誰も問いたい
  エレーン その答を誰もが知ってるから 誰も問えない


絞り出すように歌われ、このアルバムのタイトルも入っているこの二行が『エレーン』のサビですが、ヘレンの境遇を知るとさらに強烈な淋しさに打たれますね〜。アルバム《生きていてもいいですか》の発売は1980年、このタイミングはまさにバブル前夜で、中島みゆきは数年後(1983年ごろからとされています)に流行語にまでなる「ジャパゆきさん」という主にフィリピンからの出稼ぎ女性たちが定着する少し前のタイミングを垣間見ていたんですね。同時に、1970年代後半にすでに警察当局が外人娼婦増加の傾向を掴んでいたというのもなかなか興味深いです。

 流れて来る噂はどれもみんな本当のことかもしれない
  おまえは たちの悪い女で
  死んでいって良かった奴かもしれない

  けれどどんな噂より
  けれどおまえのどんなつくり笑いより、私は
  笑わずにはいられない淋しさだけは真実だったと思う


歌詞に<真実>というムズカシイ単語をここまで違和感なくぶっこめる人材は少ないでしょうね。状況が酷くなりすぎるともはや笑うしかない・・・ということを知識として知っていても実体験としてピンと来ない方々も少なからずと思います。それはホントに喜ばしいことでして、ここで「オマエは本当の苦しさを知らない未熟者だ」とかなんとかマウント取る輩はてめーの方こそ未熟者ですナw

 今夜雨は冷たい
  行く先もなしにおまえがいつまでも
  灯りの暖かに点ったにぎやかな窓を
  ひとつずつ のぞいてる

  今夜雨は冷たい


娼婦はあくまでも日陰者で暖かで和やかな屋内に入ることは決してかなわない存在、そしてエレーンの置かれた屋外には中島みゆきの舞台装置に欠かせない降りしきる冷たい雨。このエレーンの行動は他でもなく徒労で、日陰者が置かれる淋しく虚しい境遇の象徴として秀逸と思います。そしてリフレインの<今夜雨は冷たい>がグ〜ッと来ますな。

 街は回ってゆく 人1人消えた日も
  何も変わる様子もなく 忙しく忙しく先へと
『永久欠番』1991年)

大多数の市井の人々の存在なんつ〜のは、いろいろとキレイごとは並べられますけれど、案外とこんなモン。まして1970年代後半の外人娼婦なんて、そもそも「いてはならない/消えねばならぬ存在」だったんですよね。ある日の夜明け前に洗濯室でヘレンを久しぶりに見かけて声をかけた中島みゆき、珍しく沈んだ様子にどうかしたのかと訊ねたところ・・・普段と違う異様なまでに強い目をして「これがあたしの、ふつうの顔なのよ」と返されてきたそうな。ヘレンが殺害されたのはそのほどなく後で、情報もなく迷宮入りになった由。

 エレーン 生きていてもいいですかと誰も問いたい
  エレーン その答を誰もが知ってるから 誰も問えない




この動画で使っているピアノは100年以上昔、1894年製のアンティークピアノ。このような楽器を使ってこのような曲を弾くのはまことに愉しいです。現代では世間で聞こえる音のほとんどは電気を通していますが、このころに世間で聞こえていた音は生音が主流でした。1877年にエジソンが蓄音機を実用化し、このピアノが作られた1894年にはSPレコードの大量生産ができるようになって、次第に「録音」というシロモノが世間に知られるようになった時代。こんな時代の楽器がどれほど豊かな音世界を伝えていたのか、この動画で使っている楽器は奇跡的にオリジナルほぼそのまま、まさに時代の生き証人です。

2021年12月31日 (金)

中島みゆき 作詞/作曲『百九番目の除夜の鐘』ピアノソロ:1894年ベーゼンドルファー社製ピアノ(ウィーン式アクション/85鍵)

いよいよ本年(2021年)もおしせまりまして、中島みゆきの『百九番目の除夜の鐘』を、いつもの1894年製アンティークピアノで弾きました。イヤ実は年越しの除夜の鐘に間に合わなさそうで名実ともに『百九番目の除夜の鐘』になりかねなかったのですが・・・間に合ってヨかったんだかワルかったんだかwww

『百九番目の除夜の鐘』は、2008年11月から2009年2月にかけて上演された《夜会 VOL.15『〜夜物語〜元祖・今晩屋』》のために書き下ろされた曲で、2009年発売のアルバム《DRAMA!》に収録されています。このアルバム《DRAMA!》は、ミュージカル『SEMPO 〜日本のシンドラー 杉原千畝物語〜』に提供した曲から選んだ前半6曲と、夜会 VOL.15『〜夜物語〜元祖・今晩屋』(2008年 - 2009年)、夜会 VOL.16『〜夜物語〜本家・今晩屋』(2009年)で歌われた書き下ろし曲から選んだ後半7曲との計13曲からなっています。

 百九番目の除夜の鐘 鳴り始めたならどうなろうか
  百九番目の除夜の鐘 鳴り止まなければどうなろうか

除夜の鐘というのは108という煩悩の数だけ鐘を撞くといわれていますが、由来や意味合いをニワカで調べ始めたらそれらしい説が複数あるようで、こりゃ年が明けちまいます。旧年中に107回撞いて残りの1回を年明けに撞くというのを昔どこぞで耳にしまして、調べたところ107番目が「最後の宣命」で108番目を「最初の警策」というとか。「最初の警策」は新年の最初に煩悩にまどわされないようにつかれるそうで、う〜ん、それだったら煩悩は107なんぢゃないのかなぁとかなんとかツッコミたくなったのですが、そっっっか、年明けに撞かれる108番目が煩悩の一つめなのか。それじゃ〜『百九番目の除夜の鐘』という概念は次の除夜の鐘の1番目、という怪釈もできそうですが、まぁ流石にそりゃないか〜w

 このまま明日になりもせず このまま来生になりもせず
  百と八つの悲しみが いつまでたっても止みもせず

「ゆく年」と「くる年」とが「除夜の鐘」で切り分けられるのが既定路線であっても、その境界領域近傍に怪しいナニかがうごめいていてナニかしら悪さを仕掛けてくるのが中島みゆき的な世界。自らが抱えていた<百と八つの悲しみ>が帳消しにされず<明日>や<来世>に持ち越されてしまうのはご勘弁願いたいのはヤマヤマですが、実はその「持ち越し」こそが輪廻転生の本質なんでしょうね。それにしても百九番目の除夜の鐘で不安定な時空から出られないとなると、か〜なりコワいですね〜。そもそも『百九番目の除夜の鐘』という着想自体が「向こう側」で、なんともタマらないとも。

 裏切り前の1日へ
  誓いを戻せ除夜の鐘

あぁ、ナルホド、そういう観点もあるんだなぁと。コレ、失恋前後、コロナ前後、東京大運動会前後(覚えてます?)、行く年来る年、それぞれの立場やら環境やらに応じて何が連想されるかが全く違うワケで、これこそが抽象化による解釈の多様化であって詩の醍醐味なんでしょうね。音楽でも言葉がない器楽だとさらに抽象化されていますが、それだとあまりにもよりどころがなくて多様化どころの騒ぎではなくなってしまうという。言葉を使わぬ器楽はなかなかに大変なのでありま〜す(*´-`)

 前の生から次の生 今居る生へ
  浮橋に誓いをつなげ除夜の鐘

既定路線が安心安定なのは確かですが、境界領域の<浮橋>的な危うさ怪しさこそが偶然性に基づくまさかの多様性を生んでいるのだろうなぁと。コロナに振り回されっぱなしなこの2年間、この<浮橋>の対岸はまだまだ見えそうになくまたまたヤヤこしい雰囲気になっていますが、そこそこの活動ならば状況を理解していればまぁできないワケでもないんですよね〜。もうじき明ける新年に・・・

 浮橋に誓いをつなげ除夜の鐘



この動画で使っているピアノは100年以上昔、1894年製のアンティークピアノ。このような楽器を使ってこのような曲を弾くのはまことに愉しいです。現代では世間で聞こえる音のほとんどは電気を通していますが、このころに世間で聞こえていた音は生音が主流でした。1877年にエジソンが蓄音機を実用化し、このピアノが作られた1894年にはSPレコードの大量生産ができるようになって、次第に「録音」というシロモノが世間に知られるようになった時代。こんな時代の楽器がどれほど豊かな音世界を伝えていたのか、この動画で使っている楽器は奇跡的にオリジナルほぼそのまま、まさに時代の生き証人です。

2021年10月30日 (土)

中島みゆき 作詞/作曲『御機嫌如何』ピアノソロ:1894年ベーゼンドルファー社製ピアノ(ウィーン式アクション/85鍵)

中島みゆきの『御機嫌如何』を、いつもの1894年製アンティークピアノで弾きました。

『御機嫌如何』は、1987年10月にシングルLPで発売されました(B面は『シュガー』というアジな曲だったり)。そして翌1988年に発売されたアルバム《中島みゆき》に収録されており、1994〜1995年に郵政省「かもめ〜る」のCMソングに使われています。う〜む、一部分を切り取れば暑中見舞いのCMに使えるのは確かですが、実はこの曲、中島みゆき王道wの強がっているのに未練タラタラのオンナの唄なんですよね〜w

この曲、イントロがシャープ5つの嬰ト短調なとこからしれっとフラット4つの異名同音同主平行長調の変イ長調にシフトして歌が入ってくる、という実に魅力的な始まりだったりします。そもそもコレからしてネジくれている雰囲気満載で、題名の『御機嫌如何』にフクザツな意味が込められている暗示となっているのかなぁ、とかなんとか。

 もしも 離れ離れになっても 変わらないと
  あれほど誓った ことばが風に溶けてゆく
  なさけないものですね あなたを忘れました
  女は意外と 立ちなおれるものなのでしょう


あなたを忘れました>とわざわざ言葉にするってぇコトは、全っ然忘れてなんかいないってぇことですよね。それと同時に、特別だった存在やら感情やらが「日々の日常」を重ねることで少しずつ少しずつ脇に追いやられていつの間にか<風に溶けてゆく>というのもまた真実なのでしょうか、成り行きなのでしょうか。

 御機嫌如何ですか
  私は あいかわらずです


これって、まぁ便利というかまるで意味もないというか単なる慣用表現なのですが、だからこそ抽象的で読み手の想像力を掻き立てる詩的表現にふさわしいんでしょうね。それにしてもこの文脈で使いやがるwとはさすがやり手の中島みゆきで、読み手のアタマの中は否が応でも「あいかわらずど〜なのよ???」とならざるを得ないんですね〜。

 泣いてる日もあります 笑う日だってあります
  氷の女発の 手紙をしたためます
  あなたも 私を もう気づかわないでいいわ


来ました来ました。普通の日常を出してから<氷の女>というさすがのパワーワード。直後に<もう気づかわないでいいわ>と強がって見せるのも、さすがの二重三重のねじくれっぷり。う〜ん、これでこそ中島みゆきでありま〜すw

 そうよ日々の暮らしは 心とは別にゆく
  泣きすぎて 血を吐いて 喉でそれでも水を飲む


そうなんですよ〜。どれほど心(に限らずか)に痛手を受けても、喉は乾くしお腹は減るんですよ〜。このままいなくなってしまいたい、と何も喉に通らないハズなのにねぇ。これがまた自己嫌悪に拍車をかけてさらに落ち込むという経験、ワリと誰もがお持ちではないでしょうか。これもまた<あいかわらず>なんですけど、じょ〜だんじゃないっす (´・ω・`)

 御機嫌如何ですか
  私は あいかわらずです
  御機嫌如何ですか
  私を 覚えていますか


最後の一連ですが、この心の叫びはまことに強く痛々しいですね。<御機嫌如何ですか 私を 覚えていますか>というのが主人公の本音なのは明白ですが、これまたフクザツですね〜。「忘れないで」という気持ちと同時に「忘れてほしい」という気持ちも垣間見られますし、振り返って自分がどうなのかというのも無茶苦茶微妙〜なのではないでしょうか。そして安定のシメ。この<最後に>の意味もまた、これを最後に未練を断ち切る意思なのでしょうか、やっぱり最後は忘れられない涙なのでしょうか (´・_・`)

 氷の女発の 手紙をしたためます
  涙で 濡らした 切手を最後に貼ります




*1994年「かもめ〜る」CM

2021年10月13日 (水)

湯山昭『お菓子の世界』から第1曲「シュー・クリーム」と第2曲「バウムクーヘン」を、1894年ベーゼンドルファー社製ピアノ(ウィーン式アクション/85鍵)で

湯山昭(1932- )のピアノ小品集『お菓子の世界』(1974)から第1曲「シュー・クリーム」と第2曲「バウムクーヘン」を、いつもの1894年ベーゼンドルファー製ウィーンアクションのピアノで弾きました。

古今東西のさまざまな楽曲のスタイルを親しみやすく、というネタは誰もが一度は考えるとは思いますが、コレは真の実力の試金石となるほどに難しい仕事ではないでしょうか。その難しさをさらりとコナして150版を数える大ロングセラーの実力は半端なく、楽譜の<まえがき>にありますが、湯山昭氏の子どものためのピアノ曲集というより、大人も子どもも弾いて楽しめ聴いて楽しめるピアノ曲という、大変欲ばった考えで作曲しました。という意図は十二分に達成されているんですね〜。

第1曲「シュー・クリーム」も、第2曲「バウムクーヘン」も、子どもたちのピアノの発表会にはたいてい耳にする曲でした。2曲ともけっして難しくなく、古典派古典派した杓子定規な音の羅列(子どもたちにとってはチェルニーやソナチネアルバムなんてそんなモンでしょw)でなく「それっぽい」充実感も与えてくれる曲だったのでしょうか。まぁ「生徒がつまらなそうにしたらこの曲」とピアノの先生がたが決め打ちしていたフシもございますが、それも大アリで(・x・ゞ

新しすぎず古くもないところを狙うのは多岐にわたる方面へのバランス感覚がないと難しいことですが、この曲集は1974年(元は1973年の連載用作品だった由)当時にしてその任をみごとに果たしたのではないでしょうか。その控えめに新しくオシャレな世界をそもそもがやたらと複雑な響きを持つ1894年製ベーゼンドルファーで弾いてみたところ、まことに滋味深い世界が生まれたような気がします (`・ω・´)

2021年10月 3日 (日)

Chicago Cottage Organ 社1893年製リードオルガンと1894年ベーゼンドルファー製ウィーンアクションのピアノで、Charles Mayer(1799-1862) 作曲『Jugendblüten/うるはしき青春時代, op.121』から第3曲「酒場の唄」

Adobe Premiere Pro 導入の第1号、2019年12月に録ってアップ用に仕上げたのに忘れていたwリードオルガン動画です。色合いがイマイチだったのでついでにサクッと怪良〜♪

シカゴ・コテージ・オルガン社が1893年ごろに作った大型棚つきリードオルガンで、フレデリック・アーチャーの『アメリカンリードオルガン教本』(1889年)の第2巻から、第56番、C.Mayer作曲という表記の『Festlied』を弾きました。この第2巻には小品が70曲おさめられており、なかなか感じ良くリードオルガン用に編集されているんですよ〜。

さてこの手の曲集には必ず編曲の手が加えられておりまして、オリジナルを探し当てるのはな〜かなか根性(と偶然w)が必要です。作曲家はCharles Mayer(1799-1862) で合っていましたが、果たして絶妙に曲名が変えられており、原曲は24曲からなるピアノ小品集『Jugendblüten, op.121』から第3曲「Trinklied」でした。

この小品集の名称『Jugendblüten』は出版譜の英訳ではナンのヒネりもなく『Album for the Young』とされていましたが、ちょっと待てよと。それならシューマンの「Jugendalbum/子供のためのアルバム」と同じなワケで、いくら150年前の独逸であっても「Trinklied」という「酒場で歌われる歌」が子供のための曲集に入っているのはいかがなモンかw・・・てなワケでリサーチ怪始。Blüteの語感を識者に問うと「結実する前、花盛り」とのこと。こりゃ〜絶っ対に「the Young」でも「子ども」でもないなと。しかるに拙訳は『Jugendblüten/うるはしき青春時代, op.121』から第3曲「酒場の唄」とでも致しましょうぞ。



この手の大型棚つきリードオルガンは100年ちょい昔の北米にはごくごく普通にあった楽器です。見た目はパイプオルガンに匹敵するくらいに派手ですが、実は普通の箱型のリードオルガンの上に豪華な装飾棚(しかも意外と軽いw)を載せているだけなので、構造や機能自体は普通のリードオルガンと一緒と考えて差し支えないのでした。見た目で身構える必要は全〜然ないんですよ〜(・o・ゞ

・リードオルガン修復:渡邉祐治
https://pianoreedorgan.jimdofree.com/

原曲のピアノ曲も弾きました。いつもの1894年ベーゼンドルファー製ウィーンアクションのピアノです。

2021年8月30日 (月)

中島みゆき 作詞/作曲『永久欠番』ピアノソロ:1894年ベーゼンドルファー社製ピアノ(ウィーン式アクション/85鍵)

中島みゆきの『永久欠番』を、いつもの1894年製アンティークピアノで弾きました。

『永久欠番』は、1991年に発売されたアルバム《歌でしか言えない》に収録されており、2001年から東京書籍『新編 新しい国語3』(=中学校3年の国語)の最初のページに掲載されています(いつまでだったのかは不明ね(^^;)『永久欠番』は発売当初から名曲の誉れ高い曲とのことですが、実はリメイク含めて他では使われておらず、アルバム《歌でしか言えない》のみでしか聴けないんですよね〜。

「個人とはどうしても社会の中で埋もれざるを得ない存在」という、当たり前と言えば当たり前のことを冷徹に諦観と無念さとを込めて語っておきながら、最後の最後で人間の尊厳を高らかに歌い上げるという、これまた当たり前の楽曲構成。唄のラストが「ひとは え〜いきゅう けつばん〜〜〜〜〜〜〜〜」なのですが、高らかに歌い上げた最後の最後で「ん〜〜〜〜〜〜〜〜」と伸ばすという効果的とはおよそ真逆の形はどうしたことか。いや、まぁ、どうしようもないのですがw、一般的な「効果的」というのを踏み越えた表現意図って絶っ対にありますからね。けっこう地味にトンでもない曲でして、こんな曲をピアノソロに編曲するって、ま〜た難儀なんですわ、ハイ(・o・ゞ

 どんな立場の人であろうと
  いつかはこの世におさらばをする
  たしかに順序にルールはあるけど
  ルールには必ず反則もある
    街は回ってゆく 人1人消えた日も
    何も変わる様子もなく 忙しく忙しく先へと

1番です。あたり前のことを<ルールには必ず反則もある>というセンスで語れる形に仕立てられるのはやはり真の実力のなせるワザなのでしょうが、歌詞に「反則」を使うセンス、これまたぶっ飛んでいるような。やはり、一般的な「効果的」というのを踏み越えた表現意図ですよね〜。

 100年前も100年後も
  私がいないことでは同じ
  同じことなのに
  生きていたことが帳消しになるかと思えば淋しい
    街は回ってゆく 人1人消えた日も
    何も変わる様子もなく 忙しく忙しく先へと
    かけがえのないものなどいないと風は吹く


2番です。「個」と「集団」についてはもはや語り尽くされている感が強いですが、コレって語り尽くされたところで原理的に解決不可能なんですよね〜。現代の日本ってぇヤツは集団としての効率化をストイックに求めつづけるあまりに積極的に「個」を無視、いや、迫害/弾圧するような社会に成り果てたとすら感じていますが、ふざけんなと。「個」というものは意識しているしていないに関わらず個人が生きていることそのものに他ならず、迫害や弾圧で抑え込めるようなシロモノでは断じてございませぬ。

 愛した人の席がからっぽになった朝
  もうだれも座らせないと
  人は誓ったはず
  でも その思い出を知らぬ他人が平気で座ってしまうもの
    どんな記念碑(メモリアル) 雨風にけずられて崩れ
    人は忘れられて 代わりなどいくらでもあるだろう
    だれか思い出すだろうか
    ここに生きてた私を


3番です。いや、まぁ、そうですよ、その通りなんですが、もぅ言い方が中島みゆきらし過ぎてwタマランですね。ここまでの3連で「個人なんてそんなモンだよね〜」と畳みかけられるといささかキツくなりそうなのですが、やはり中島みゆきの歌唱力のなせるワザなのでしょう、同時に「ホントにそんなもんなのかな?」という感覚を呼び覚まさせられるんですよね〜。中島みゆきの作品っていわゆる「応援歌」に限らず、なにやら「思い直させられる」ような傾向が強い気がします。

考えてみれば、中島みゆきというトップアーティストは今までの3連とはもっとも縁遠い存在なワケで、並みのアーティストだったら「オマエが言うなwww」で終わっちまいますよ〜。人間の感覚は個々人の想像をはるかに超えるほどにぶっ飛んで千差万別wなワケで、その中でトップアーティストを何十年も続けられるということは、作品の多面性がおそろしく幅広く深いがためにそれぞれの感覚に応じて姿を変えてくれることで「寄り添ってくる」感覚を呼び覚まさせられるからなのでありま〜す。これは「古典」として残っている作品に共通してみられる特徴でして、中島みゆきの作品は発表後かなりの期間を経て「売れる」ものが少なくないということ、やはり「古典」としての質を備えているのでしょうね。中学3年生の教科書に採用されたということもまたその現れであると言えましょう。

 100億の人々が
  忘れても 見捨てても
  宇宙の掌の中
  人は永久欠番


「個」の存在をはかるのは、社会的地位でも職業でも見た目でも生きた長さでも、ましてナニかの点数でもありません。否、そもそも「個として存在していること」自体が大きくて重い現象で「はかること」ができないということが本質で、これこそが「人間の尊厳」であります。

 宇宙の掌の中
  人は 永久欠番


2021年8月14日 (土)

アンドレ・カプレ『古風なスタイルに基づく3つの小品』から第1曲「メヌエット(リュリに基づく)」を、1894年ベーゼンドルファー社製ピアノ(ウィーン式アクション/85鍵)で

アンドレ・カプレ(1878-1925) の『3 petites pièces dans le style ancien/古風なスタイルに基づく3つの小品』の第1曲「Menuet (d’aprés LULLY)/メヌエット(リュリに基づく)」を、1894年製ベーゼンドルファーで弾きました。パリの作品をウィーンの楽器で弾くのは、まぁ、ヨーロッパ東西の大都会という以外に共通点はない気もしますwが、同じ時代の空気感が愉しめるかもしれませんよ〜 (*´-`)

André Caplet/アンドレ・カプレ(1878-1925) は仏蘭西中堅の作曲家でドビュッシーと親交が篤く、繊細な作風がとりわけ素敵だったとのことです。この時代はあらゆる分野で幾多の才能が存分に花開いていましたが、作曲家としてはどうしてもドビュッシーとラヴェルあたりの超〜有名な作曲家ばかりに目が向けられがちなのは、まぁ、う〜ん、仕方ないんでしょかね〜 (´・ω・`)

『3 petites pièces dans le style ancien/古風なスタイルに基づく3つの小品』は1897年の出版ですから、このベーゼンドルファーとまさに同年代の作品です。この時代の芸術はこれから進む新しい方向を向きつつも過去の遺産にもしっかりと憧れの眼を向けていたようで、擬古典的な作品もた〜くさん産み出されていました。そして、この時代のチェンバロ復興の趨勢がモダンチェンバロという、不当にも無視されていますがなかなか興味深く実は音楽的にも相当に豊かな方向に向かったこともなにげに愉しく、そのような時代性が聴こえるような気がしませんか?

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