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カテゴリー「音楽>メーカー>Bösendorfer」の88件の記事

2021年5月15日 (土)

ヒンデミット『フルートソナタ』から第1楽章を、20世紀初頭の木製フルートとベーゼンドルファーで(フルート:石井孝治)

ヒンデミット(1895-1963)の『フルートソナタ』から第1楽章を、石井孝治さんの20世紀初頭のハンミッヒによる銘器と1894年製ウィーン式ベーゼンドルファーとで合わせました。我ながら、よもやヒンデミットをこのベーゼンドルファーで弾く日が来るとは想像だにしませんでしたが、なんともイイ感じの合奏ができたと思います。

ヒンデミットのフルートソナタは1936年の作曲。この年にナチスによって公式にヒンデミット作品の演奏が禁止されるなど弾圧が強まり始めていたタイミングですが、このような外的要因が作品にどの程度影響したかは本人が明白な意図を持っていると表明した場合以外に邪推するのは全く無意味ですね。政治的な要因にしても、楽器の限界的な要因にしても、音楽語法の好み的な要因にしても、一言で「要因」として片付けるにはあまりにも複雑にからみ合っていますからね〜。

石井孝治さんのハンミッヒ製木管フルートは、フランスのベーム式ではありますがまさにヒンデミットがドイツで活動していた時代のドイツの楽器。楽器に寄り添うように偏りなくす〜っと鳴らせるのが石井さんの真骨頂で、ウチの1894年製(ヒンデミットの1歳年上ですネ)ベーゼンドルファーとの合奏がなんとも心地良くて (*´-`)

2021年5月14日 (金)

ヒンデミット『フルートソナタ』から第2楽章を、20世紀初頭の木製フルートとベーゼンドルファーで(フルート:石井孝治)

ヒンデミット(1895-1963)の『フルートソナタ』から第2楽章を、石井孝治さんの20世紀初頭のハンミッヒによる銘器と1894年製ウィーン式ベーゼンドルファーとで合わせました。

ヒンデミットのフルートソナタは1936年の作曲。この年にナチスによって公式にヒンデミット作品の演奏が禁止されるなど弾圧が強まり始めていたタイミングですが、このような外的要因が作品にどの程度影響したかは本人が明白な意図を持っていると表明した場合以外に邪推するのは全く無意味ですね。政治的な要因にしても、楽器の限界的な要因にしても、音楽語法の好み的な要因にしても、一言で「要因」として片付けるにはあまりにも複雑にからみ合っていますからね〜。

石井孝治さんのハンミッヒ製木管フルートは、フランスのベーム式ではありますがまさにヒンデミットがドイツで活動していた時代のドイツの楽器。楽器に寄り添うように偏りなくす〜っと鳴らせるのが石井さんの真骨頂で、ウチの1894年製(ヒンデミットの1歳年上ですネ)ベーゼンドルファーとの合奏がなんとも心地良くて (*´-`)

2021年4月30日 (金)

中島みゆき 作詞/作曲『あした』ピアノソロ:1894年ベーゼンドルファー社製ピアノ(ウィーン式アクション/85鍵)で

中島みゆきの『あした』を、いつもの1894年製アンティークピアノで弾きました。

『あした』は、KDD(現KDDI)のCM「001」に使われた、中島みゆき初のCMソングです。1989年3月リリースの第24作めのシングル《あした》が発売され、翌1990年のアルバム《夜を往け》に少しだけアレンジを変えて収録されていまして、この動画はアルバム《夜を往け》収録バージョンを耳コピしました。『あした』『糸』大ヒット以前の定番とも言われることがあるほどの曲だそうですが、なるほど確かにしっとりした落ち着きの中に相手に向けた強い感情に満ちた迫力を秘めた、はかなくも強く美しい曲だと思います。

 イヤリングを外して 綺麗じゃなくなっても
  まだ私のことを見失ってしまわないでね


恋は盲目と申しまして一瞬にして燃え上がるものですが、それが愛となるためには持続可能wになるためのさまざまな障壁がございますね。非日常が日常となるみたいなモンですから、その過程でそれまで気づかなかった相手のしょ〜もない素顔がわらわらとw湧いて出てきて「百年の恋もいっぺんで醒める」ような悲劇も数知れず。しかも、ここでは<見失ってしまわないでね>ですからそれどころではなく、恋人という特別な存在(=目につく存在)が特別でない存在(=目につかない存在)になってしまいかねない、という日常化の残酷な一面をえぐっていますね (`・ω・´)

 カーラジオが嵐を告げている
  2人は黙りこんでいる
  形のないものに 誰が
  愛なんてつけたのだろう 教えてよ


隣に相手がいるのが当たり前の車の中ですが、普通の天気予報ではなく嵐の予報。恋という非日常には形がありますが愛という日常はに形がない・・・と指摘されれば、なるほど、そのような一面があってもおかしくはないのかも知れません。人生にはなんとも皮肉で切ない切り口があるもんですね〜。形がないから日常として持続するのか日常として持続させるために形がなくなるのかで分けてまとめるのも乱暴にすぎますけど。

 もしも明日 私たちが何もかもを失くして
  ただの心しか持たないやせた猫になっても
  もしも明日 あなたのため何の得もなくても
  言えるならその時 愛を聞かせて


『あした』のサビ、中島みゆきは真摯な愛を悲痛な声を絞り出すように唄いあげます。この『あした』が使われたKDD「001」のCMがネット上に2種類とも確認できましてな(すごい時代ですわ〜)。最初のCMはスーツケースが移動するだけの地味なものでAメロの2番が使われており、のちに切り替えられたCMは海外赴任とおぼしき彼氏を出国審査場入り口まで笑顔で見送るも彼氏が背中を見せたとたんに別れの辛さに号泣するというものでさすがのこのサビが使われておりました(この悲しきヒロインは若かりし奥貫薫とのこと)1989年といえばバブル真っ最中、そのような時代にこのような真摯な愛を唄いあげる曲をリリースしてしかもオリコンチャートの100位以内が33週連続を叩き出すとは、やはりさすがの中島みゆきではございませんか。

 ガラスならあなたの手の中で壊れたい
  ナイフならあなたを傷つけながら折れてしまいたい


真摯な愛であってもただひたすらに美しいだけでなくこのようないささか病的な方向に突き進んでしまう場合もあり得るのがひとの心の複雑なところですが、このような少し怖い人間の業を唄わせたら中島みゆきの右に出るものなし。この一連は冷静に考えれば現代のストーカーに他ならないワケですが、それを1989年のバブル真っ最中に唄いつつ、なにやら妙に美しい一連にまとめてくるんですよね〜。中島みゆきってホントに不思議な芸術家なんだなぁと。

 何もかも愛を追い越して
  どしゃ降りの1車線の人生
  凍えながら2人共が
  2人分傷ついている 教えてよ


非日常である恋は全てに勝りますが、ひとたび日常となった愛は形がないがゆえに「支払い」や「成績」などwという形がある生活やら仕事やら子育てやらに追い越されがちでしょう。この『あした』では人生とはどしゃ降りの中を凍えながら歩む1車線の片道道路。中島みゆきはすでに『あした』に先立つこと12年の1977年に『ホームにて』で成功という汽車に乗れるかどうかという比喩で人生を描いておりますし、その5年後の1982年には『傾斜』でひたすら坂道を登るという比喩で人生を描いています。

人生が苦難の連続であるのは誰しも認めざるを得ないと思いますが、この『あした』には同行者と共に1車線の人生を歩んでいるという何よりも大きな救いがありますね。愛には恋のように燃えるような形こそございませんが、愛そのものが人生の同行者という強い味方であり、よりどころなのでしょう。してみると、中島みゆきの絞り出すような悲痛な声はただ悲痛なだけでないように聴こえてきませんか? (*´-`)

 もしも明日 私たちが何もかもを失くして
  ただの心しか持たないやせた猫になっても
  もしも明日 あなたのため何の得もなくても
  言えるならその時 愛を聞かせて


2021年4月23日 (金)

フォーレ『コンクール用小品』を、19世紀末のフルートとベーゼンドルファーで(フルート:石井孝治)

先日(4/17)、古き佳き時代の楽器の音色そして表現をことのほかお好みなだけでなく、正統的な現代の楽器演奏としてまとめられる実力者:フルートの素来聡子さんと石井孝治さんとの YouTube しぅろくを激狭の拙宅秘蔵の1894年製ウィーン式アクションのベーゼンドルファーを使って決行しましてな。

この動画で石井孝治さんの使っているフルートは19世紀末の仏蘭西はクロード・リーヴ/Claude Rive 製の銘器です。リーヴはルイ・ロットと並び立つ名工という評価ですが、工房を開いていたのが1877〜1895年までの20年足らずで初代で終わってしまったためか、残存する楽器は非常に少ないです。

フォーレ(1845-1924)のこの『コンクール用小品』は、1898年に作曲されたパリ音楽院の初見視奏のための問題として作曲された単なる教育用の実用曲ですが、ま〜なんともヤルことてんこ盛りでいぢわるなことw。なお、フォーレは1896年にパリ音楽院の作曲法と対位法の教授となっています。

19世紀末は、科学技術と人間の霊的な感性とがおそるべき融合を見せていた時代です。このような時代に作り上げられた曲と楽器から生み出される深い響きの世界をどうぞ味わってくださいませ!


Gabriel Fauré(1845-1924)
- Morceau de concours for Flute and Piano(1898)

Flute: Koji ISHII - Claude Rive(late 19c.)
Piano: Kazutaka TSUTSUI - Bösendorfer(1894, 85keys) with Viennese action

2021年4月22日 (木)

フォーレ『コンクール用小品』を、19世紀末のフルートとベーゼンドルファーで(フルート:素来聡子)

先日(4/17)、古き佳き時代の楽器の音色そして表現をことのほかお好みなだけでなく、正統的な現代の楽器演奏としてまとめられる実力者:フルートの素来聡子さんと石井孝治さんとの YouTube しぅろくを激狭の拙宅秘蔵の1894年製ウィーン式アクションのベーゼンドルファーを使って決行しましてな。

この動画で素来聡子さんの使っているフルートは19世紀末の仏蘭西はクロード・リーヴ/Claude Rive 製の銘器です。リーヴはルイ・ロットと並び立つ名工という評価ですが、工房を開いていたのが1877〜1895年までの20年足らずで初代で終わってしまったためか、残存する楽器は非常に少ないです。

フォーレ(1845-1924)のこの『コンクール用小品』は、1898年に作曲されたパリ音楽院の初見視奏のための問題として作曲された単なる教育用の実用曲ですが、ま〜なんともヤルことてんこ盛りでいぢわるなことw。なお、フォーレは1896年にパリ音楽院の作曲法と対位法の教授となっています。

19世紀末は、科学技術と人間の霊的な感性とがおそるべき融合を見せていた時代です。このような時代に作り上げられた曲と楽器から生み出される深い響きの世界をどうぞ味わってくださいませ!


Gabriel Fauré(1845-1924)
- Morceau de concours for Flute and Piano(1898)

Flute: Satoko SORAI - Claude Rive(late 19c.)
Piano: Kazutaka TSUTSUI - Bösendorfer(1894, 85keys) with Viennese action

2021年4月 5日 (月)

ブルクミュラー『25の練習曲, op.100』から第7曲「清い小川/La courant limpide』を、1894年ベーゼンドルファー社製ピアノ(ウィーン式アクション/85鍵)で

F.ブルクミュラー(1806−1874)の有名な『25の練習曲, op.100』から第7曲「清い小川/La courant limpide」を、いつもの1894年ベーゼンドルファー製ウィーンアクションのピアノで弾きました。

標題ってそれに縛られ過ぎると自分程度の狭い経験の範囲の内側に固まりがちになっていかがかとは思いますが、教育者にしても学習者にしてもその表題のイメージを「表現を考えるためにウマく使っている」ことがどれほどあるかが大いに疑問でしてな。この曲は「清い小川」ですからイメージはしやすいでしょうけれどそれをピアノ演奏でどのように「落とし込むか」って案外とやっかいで、しかもそのやっかいさが認識されているとは言い難い状況なのがオジさん歯がゆいですw

まずこの曲は Allegro vivace ですから、あくまでもさらさらと流れる動的なイメージが大前提。とゆ〜コトは、さらさらと流れる4/4拍子が左手でできることが大前提なワケです。そしてこの曲はA-B-Aの二部形式で、Aの部分の左手とBの部分の左手の音型がまことに教育的に変えられているところもポイント。音符にかじりつかずにちょっと離れて「楽譜の景色」を眺めて、Aの部分とBの部分とで「なんか雰囲気が違うなぁ→どうしてかなぁ?」と思えるようになることも基本として大切なところですぞ。とりあえずこの基本を明確に認識せずにどんなに高尚な思想wをこねくりまわしたってナンの音楽表現にもならないこと、もちっと理怪してほしいモンです (ノ-_-)ノ~┻━┻

2021年4月 3日 (土)

ブルクミュラー『25の練習曲, op.100』から第3曲「牧歌/La pastorale』を、1894年ベーゼンドルファー社製ピアノ(ウィーン式アクション/85鍵)で

F.ブルクミュラー(1806−1874)の有名な『25の練習曲, op.100』から第3曲「牧歌/La pastorale」を、いつもの1894年ベーゼンドルファー製ウィーンアクションのピアノ(85鍵)で弾きました。

ブルクミュラーは1806年生まれで1832年以降パリに居住していたということは、ショパンやリストより数歳年上であって同じ時期にパリで活動していたのでありました。この1894年ウィーン製のピアノでブルクミュラーを弾くというコトに対しての文献学的必然性は皆無ですが、うっせぇわw、鍵盤楽器って妄想力次第で案外と「交換可能」ですからやってみりゃイイんですよ〜 (*´-`)

2021年3月31日 (水)

中島みゆき 作詞/作曲『ホームにて』ピアノソロ:1894年ベーゼンドルファー社製ピアノ(ウィーン式アクション/85鍵)で

中島みゆきの『ホームにて』を、いつもの1894年製アンティークピアノで弾きました。

『ホームにて』は、1977年のアルバム《あ・り・が・と・う》のB面の2曲めという落ち着いた位置に収録されています。また、有名なシングル《わかれうた》のB面でもありますね〜。《あ・り・が・と・う》は中島みゆきのようやく3作めのオリジナルアルバム、いまだ20歳台半ばの若者が「ふるさと」に対する切ないだけでない心持ちをこれほどまで複雑に唄えるのかと驚かされます。まぁ優れた芸術家は年齢なんぞ無関係におそるべき能力を持っているんだなぁ、と絶望感さえ抱かせてくれますわ〜。

 ふるさとへ 向かう最終に
  乗れる人は 急ぎなさいと
  やさしい やさしい声の 駅長が
  街なかに 叫ぶ


もう、この唄い出しからして謎に満ちていますね〜。<乗れる人>という不可思議な表現、「故郷に錦を飾る」という古い言葉がありますが、成功者だけが胸を張って故郷に凱旋できた時代の感覚でしょうか。成功できなかった人物は「負け犬」としてさげすまれましたし、昭和の時代には「ご近所に顔向けできない」という表現もごく普通でしたし。このような感覚って現代でも案外と色濃く残っていて古くさい、ふざけんな、という目でみられますが、なんだかんだ言って結局、人よりもナニかしら優れた一面がなければ社会では「使えない」ヤツとみなされてしまって生き抜くのは難しいではございませんか。このような世間を渡りづらいヒトを差別してしまうのは古くさい感覚というだけでなく、はなはだ遺憾ながら残酷な真理を示している感覚のような気がします。まぁこれって裏を返せば、実は弱肉強食な生き物の世界では到底生き抜けなかった「使えない」存在をも許容してくれる、という人間社会の厳しくも不思議な一面をもあらわしているとも言えようかと思います。

 走りだせば 間に合うだろう
  かざり荷物を ふり捨てて
  街に 街に挨拶を
  振り向けば ドアは閉まる

なりふり構わず人生を急ぎ走ればふるさとに帰る資格をもてるかもしれない、しかし無情にも、今度の仕事でも芽が出なかったなぁとため息をつく主人公でしょうか。まぁ誰しもこのような感覚は身に覚えがあろうかと思います。我々がふだん目にする人物は成功者ですから、世の中のみんなうまく行っているのにどうして自分だけはうまく行かないのさ、と絶望感にうちひしがれて涙にくれる日々もありますよね〜。それほどでもないにしても、取り立てて取り柄もなく立身出世なんぞ関係なく、静かに人生をやり過ごしたいだけのひとも世の中にはたくさんいるに違いありません。それでも世間様とおつき合いしているとどうしても「成功しなければ失敗」という評価にさらされてしまうワケで、そのような世の中って煩わしいだけでしょう。この主人公、ただ単純にふるさとに帰りたい気持ちがあるだけなのに社会の目にさらされて迷い、諦めざるを得ないひとりなのかも知れませんね。

 ふるさとは 走り続けた ホームの果て
  叩き続けた 窓ガラスの果て
  そして 手のひらに残るのは
  白い煙と乗車券


人生は成功という汽車に乗るためのプラットホーム、失敗を許容してくれて長い目で見てくれるのは一見優しいかのように錯覚させられますが、実はいつまでも失敗や挫折しか経験できないひとを本当に救ってはいないのかもしれません。この一節はまことに美しくさらりと流してしまいそうになりますが、そのようなひとの心に寄り添い共感してくれる珠玉の一節であるように感じました。中島みゆきは取り立てて取り柄もなく目立たない普通の存在に光を当てると言われますし事実そうだとも思いますが『地上の星』2000年)、本当に目立たない普通の存在は光を当てられて世間の目にさらされたら煩わしいとしか感じないでしょう。この一節を味わってみると、中島みゆきの光の当て方が人目にさらすような当て方とは全く異なることに気づかされます。『ホームにて』のリリースは1977年で中島みゆきはようやく20歳台半ば、人生に対する徒労感や虚無感をみごとに表現したこの一節には慄然とさせられますわ〜。

 涙の数 ため息の数 溜ってゆく空色のキップ
  ネオンライトでは 燃やせない
  ふるさと行きの乗車券


1968年のいしだあゆみの《ブルー・ライト・ヨコハマ》ではないですが、青白く光る蛍光灯や赤くてもシャープで白熱灯のそれとは全く異なるネオンライトは都会の象徴。ふるさとこそが主人公の失敗や挫折の数々を癒せるのでしょうが、ふるさとという存在は同時に負け犬をさげすむ場所でもありましたね。主人公の傷を癒す場所はいったいどこにあるのでしょうか。

2021年3月18日 (木)

Mario Tarenghi (1870-1938) 『Song of the Fisherman, op.47-1』を、1894年ベーゼンドルファー社製ピアノ(ウィーン式アクション/85鍵)で

イタリアのピアニスト&作曲家、Mario Tarénghi (1870-1938) は結構な数のピアノ曲や劇音楽を作曲したようですが、ネット上の資料が乏しくて往生してます。故郷ベルガモの出版社だけでなくドイツの出版社による楽譜がちらちら見つかり、この動画の「Song of the Fisherman, op.47-1」は1909年に例によってニューヨークのシャーマー社から『Four Drawing-Room Pieces』として出版された第1曲めです。ちなみに、2曲めは「A Lullaby」3曲めは「In Fantastic Mood」4曲めは「Improvisation, op.53-1」なのですが、2曲めと3曲めの楽譜が出てこないんですね〜。このシャーマー版楽譜の表紙には、Boston では The Boston Misic Co. そして、Milano と Leipzig では Carisch & Jänishen が出版している旨の記載があり、当時は Tarenghi の作品がしっかりと出版されていたことがうかがえますね〜。

この『Song of the Fisherman, op.47-1』はいかにも舟歌な6/8拍子でメランコリックな歌がまことに好ましく、同じ時代のベーゼンドルファーにぴったりな佳作と思います (*´-`)

2021年3月 5日 (金)

ベートーヴェン『ピアノソナタ第12番 op.26』から第3楽章を1894年ベーゼンドルファー社製ピアノ(ウィーン式アクション/85鍵)で

ベートーヴェン(1770-1827)の『ピアノソナタ第12番 op.26』から第3楽章を、いつもの1894年ベーゼンドルファー製ウィーンアクションのピアノで弾きました。

この op.26 のピアノソナタ、実はソナタ形式の楽章がないんですよね〜。モーツァルトの例の「トルコ行進曲つきソナタ」もソナタ形式の楽章がなく、第1楽章が変奏曲であるという類似点から「ベートーヴェンはモーツァルトのこのソナタを意識して作曲したのであろう」とまとめる論調が散見されますが、いやいやいや待ってくだせぇ、トルコ行進曲つきソナタには葬送行進曲はないですってばさ。まぁ、よしんば「意識して作曲した」のが真実だったとしても、それってどんな作曲家でも珍しいことぢゃございませんで、それがナニか?ですなw

閑話休題、この第3楽章は葬送行進曲で副題として「MARCIA FUNEBRE sulla morte d’un Eroe/ある英雄の死を悼む葬送行進曲」とされており、この「英雄」が誰なのかは気になりますね。ベートーヴェンで英雄といえばナポレオンが最初に浮かびますが、このソナタが作曲されていた時期のナポレオンはまさに破竹の勢いでしたからそのセンはなさそうな気がします。このソナタが出版されたのは1802年、ベートーヴェンは二十代後半から自身の聴力障害を意識したとされており、有名な『ハイリゲンシュタットの遺書』が1802年ですから、ひょっとしたら自身の「音楽的な死」のための葬送行進曲だったのかも・・・と想像するのはさほど難しくはないでしょう。まぁそれがナニか?w

このタイミングのベートーヴェンは作曲家として順風満帆でこのソナタも変イ長調らしいさわやかな温かさ(主観ですヨw)に満ちているように思えますが、どうしたことか第3楽章だけが葬送行進曲、しかもこの当時としてはかなりぶっ飛んだ調性であるフラット7個の変イ短調とはこれいかに。順風満帆である人生の中に一点現れた音楽家にとって致命的な耳疾の衝撃たるや、フラット7個の変イ短調こそふさわしかったのかも。このピアノソナタはソナタ形式を持たないと最初に書きましたが、強烈な革新者変革者たるベートーヴェン自身を描いた曲だったのかも知れませんね (`・ω・´)

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