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カテゴリー「音楽>メーカー>Bösendorfer」の78件の記事

2021年2月23日 (火)

中島みゆき 作詞/作曲『進化樹』ピアノソロ:1894年ベーゼンドルファー社製ピアノ(ウィーン式アクション/85鍵)で

中島みゆきの誕生日は本日2月23日、これに合わせて『進化樹』を、いつもの1894年製アンティークピアノで弾きました。

『進化樹』は、テレビ朝日系『帯ドラマ劇場・やすらぎの郷』の続編として2019年4月9日から1年にわたって放送された『テレビ朝日開局60周年記念・帯ドラマ劇場 やすらぎの刻~道』主題歌の1曲です。『やすらぎの刻~道』は前作に引き続き老人ホーム「やすらぎの郷 La Strada」のその後を描く【郷】編と、山梨を舞台に昭和~平成を生き抜いた無名の夫婦の生涯を描いた【道】編の2層仕立て。当初は『進化樹』『離郷の歌』の2曲が主題歌に使われていましたが、【道】の物語が「平成」編に入るタイミングで『観音橋』『終り初物』の2曲が追加されています。

この一連の主題歌群はまず2019年にシングル盤《離郷の歌/進化樹》として2曲発売され、翌2020年の正月明け1月8日に発売が始まった中島みゆき43作めのアルバム《CONTRALTO》に全て収録されています。このアルバム発売開始と同じタイミングで中島みゆきは「最後の全国ツアー」と銘打って2020年の全国ツアーを1月12日にスタートしましたが折悪しく例の厄介な疫病の蔓延にともなう政府からのイベント開催自粛要請のため途中2月28日から中止を余儀なくされてしまいました。中島みゆきの68歳(!)の誕生日が2月23日で、直後2月26日の大阪公演を終えたタイミングでのツアー中止とは、なんだか自然が中島みゆきの全国ツアーを終わらせたくなかったんぢゃね? とすら思える展開に思えたことは白状しますが、う〜ん、まぁ、考えてみればコンサート自体ができなくなっているのでそれはどうなのよとw

 高い空 腕を伸ばして どこまでも咲こうとした
  めぐりあわせの儚さに まだ気づきもせず


『進化樹』はこのように始まります。すでに2行めで不穏な空気を漂わせてくれるところは、安定の中島みゆきクオリティ。この巨木は屋久杉か淡墨桜か、はたまた「この木なんの木」か、巨木って案外と近所の神社に「保存樹木」としてあったりしますね。環境省が「巨樹・巨木林データベース」を公開してますので、興味のある方はどうぞ。日本の巨木のトップクラスってクスノキやイチョウが多いんですよ〜。

 誰か教えて
  僕たちは今 ほんとうに進化をしただろうか
  この進化樹の最初の粒と
  僕は たじろがずに向きあえるのか


1番のサビはこうなっています。人類が個人でも集合体でもなにやらごちゃごちゃ頑張る営みって、時代が変わっても本質的にはな〜んにも変わってないんですよね〜。ホレ、中国の数千年昔の古文書に「最近の若いモノは」と書かれていたって言うぢゃあ〜りませんか(何か違うw)。それでも、自らの生を生き抜くためにもがき苦しみ、人との<めぐりあわせ>に活路を見出し、ウマく行ったと思ったらけつまづいたりして<儚さ>に涙する、ま〜なんとも人間って懲りない生きモノですわ ヽ( ̄▽ ̄)ノ

 踏み固めた道も薄れて また始めから荒れ野原
  人はなんて幼いのだろう 転ばなければわからない


同じ失敗を繰り返すのはアホだとはわかっていても、先人たちが身をもって懇切丁寧に道を示してくれていても、見えないときは見えないんですよね〜。転んだことにさえ気づかずにいることもままあったりしてほんっっっとにイヤになりますが、ここ10年くらいのSNSの興隆のおかげ/せいで、このような人間の愚かさそして醜さってつくづく無限大なんだなぁと思わされます。今般の厄介な疫病って、このようなおバカな人類に対する警告ではないかなぁと感じている人は少なくないと思うのですが、そこでどんなに崇高な人類愛を謳ったところで悪意ある権力/武力/経済力wに対しては無力なのもまた真実で。それだからこそ、せめて自らの近しい範囲でのささやかな幸福を愛でられるような心を大切にはぐくみたいものではございませんか。

 誰か聞かせて
  遥か昔へ 僕は 何を置いて来たのだろう
  何も知らずに 僕はひとりだ
  この樹の根は 何処に在ったのだろう


人類というこの懲りない存在をナゼ神は創り出したもうたのか、自分というこの醜く矛盾に満ちた存在がなんのために産み落とされたのか。人類が遥か昔へ置いて来てしまったのはナニか、<>は本当はナニモノなのか、これまた古来から優秀でメンドーな奴らが邪魔くさくw考え続けていることではございますが、いわゆる「業」やら「原罪」やらはそこを象徴的に提示しているんでしょうね。自らの根っこを見つけられたヒト、そしてその根っこを活かせたヒト、決して多くはいないと思いますが、中島みゆきがその中でもトップクラスの存在であることは疑いないでしょう。

「初心忘るべからず」と申します。出逢ったときのえも言われぬワクワク感って、それが日常となるにしたがってどうしても薄れてしまうもの。ですが、我々が活躍を目にできるほどの大きな存在は新しいワクワク感を感じる豊かさが日常であって、いわゆる「怠惰な日常」とは無縁なんですね。だからこそ到達できた高みを凡人である我々が享受できる豊かさをかみしめつつ、自分がワクワクと出逢ったときの心持ちを折に触れて思い出したいですね〜 (*´-`)

2021年2月20日 (土)

スクリャービン『4つのプレリュード op.22』から第2曲を、1894年ベーゼンドルファー社製ピアノ(ウィーン式アクション/85鍵)で

スクリャービンの『4つのプレリュード op.22』から第2曲を、いつもの1894年ベーゼンドルファー製ウィーンアクションのピアノで弾きました。

このop.22は1898年の出版、ということはこのウィーンアクションのベーゼンドルファーと同じ時代に世に出された曲集だったりします。第2曲めのop.22-2は1分足らずですが。いかにもスクリャービンらしいネジくれた半音階の断片がそこら中にちりばめられていて、しかも2連符と3連符との入り混じり方もなかなか素敵に変態チックwだなぁと。2連符と3連符との同時進行ってピアノ弾きにとってはもはや空気のような存在で難しくはないと思われますが、それっぽい処理は案外と難物なんですよ〜。

真剣に生真面目に取ってしまうと単なる分数を通分した結果の無味乾燥な「たんたかたんw」になってリズムが錯綜した雰囲気がまるで出ませんし、なんとなくさらっと流してしまうとアタマ使っていない/使えていないのがモロバレになりますし、それっぽく弾こうとすると無理矢理そう作っている意図がにじみ出てしまったりして、なかなかに手ごわい相手でありま〜す。

しつこいですが基本として大切なのはやはり複旋律的な認識でして、それと同時に2連符と3連符の「密度の違い」がうねうねと目まぐるしく曲中を駆け巡ってくれてこそのネジくれたスクリャービンだと思います。初期のスクリャービンの根っこはなるほどショパンとリストだなぁと思いますが、同時にこの時代のピアノが持つ不思議な響きは必要不可欠だったのではないでしょうか。世紀末のウィーンの爛熟した文化の結実である1894年製ベーゼンドルファーと帝政末期のロシアに花開いたスクリャービンとのマリア〜ジュ、興味深い結果になりました (*´-`)

2021年2月12日 (金)

ベートーヴェン『ピアノソナタ第12番 op.26』から第1楽章を1894年ベーゼンドルファー社製ピアノ(ウィーン式アクション/85鍵)で

ベートーヴェン(1770-1827)の『ピアノソナタ第12番 op.26』から第1楽章を、いつもの1894年ベーゼンドルファー製ウィーンアクションのピアノで弾きました。

第1楽章が変奏曲になっているピアノソナタはモーツァルトのいわゆる「トルコ行進曲つきソナタ」に例がありますが、か〜なり珍しいです。変奏曲ってなかなか悩ましくて、あくまでも「変装」いや「変奏」ですからwあまりにもテンポや雰囲気を変えて主題がどこかにすっ飛んじまうのもどうかと思いますが、「変奏」とは元ネタの雰囲気をどう変えていくかがウデの見せどころでもあり、どないせぇっちゅ〜んじゃと。「変装」なら元ネタがバレちゃ失敗なんですけどw (*´-`)

だいたいこのピアノソナタの主題がクセモノでして、主題の中ですでに変奏してやがるワケですよ〜。同じ芸を二度見せるのは恥だったwでしょうから二度目にはちょっと変装いや変奏(しつこいw)を加えるのが当然だったにしても、このような多重構造っていわゆるドイツっぽい「構築性」の発露なんでしょうね〜。最後の第五変奏で主題の出だしの「カタチ」が二小節連続でベースに出て来るところ、あぁそう言えばこんな「カタチ」を何度も聞いたよなぁ・・・とナニか腑に落ちるような感覚にさせられませんかの?

それにしても、若きベートーヴェン先生ってば、後期のピアノソナタ第30番の終楽章を彷彿とさせるような変奏曲を既にこの時点で書いているとはおそるべし。ベートーヴェン先生はあまたの天才の中でも超弩級の天才ですからその進化なんて我々凡人からはおよそ窺い知ることなんてできようはずもございませんが、そのような天才が世に出して良いと判断した大変なレベルの作品(=人類の宝ですよね〜)を自由に弾いて良いこの世界、ワリと捨てたモンじゃ〜ないなぁと思います (`・ω・´)

2021年1月28日 (木)

中島みゆき 作詞/作曲『無限・軌道』ピアノソロ:1894年ベーゼンドルファー社製ピアノ(ウィーン式アクション/85鍵)で

中島みゆきの『無限・軌道』を、いつもの1894年製アンティークピアノで弾きました。

『無限・軌道』のオリジナルは、2004年1月の《夜会VOL.13─24時着 0時発》のために作られ、第8場「法廷」で中島みゆき扮する“あかり”によって唄われています。そして、2005年発売のアルバム《転生(TEN-SEI)》にタイトルを『無限・軌道』と変えて新たに3番を追加して収録されています。なお、アルバム《転生(TEN-SEI)》は《夜会VOL.13─24時着 0時発》のオリジナル曲から11曲をセレクトしたもので、いわばサウンド・トラック盤ともいえるアルバムです。

 無限・軌道は真空の川  終わりと始めを繋ぐ『無限・軌道』2004年)
 今日は倒れた旅人たちも 生まれ変って歩きだすよ『時代』1975年)
 伝えておくれ故郷へ ここで生きてゆくと『麦の唄』2014年)

アルバム《転生(TEN-SEI)》のタイトルともなっている転生という思想は1989年から続く「夜会」すべてに関わっておりまして、中島みゆきの実質のデビュー曲である『時代』の世界観そして中島みゆきの音楽世界で頻繁に目にする思想でもあります。文字通り生まれ変わるのみならず、人生の転換点であっても時代の転換点であっても転生となり得るワケで、今般の厄介な疫病にさらされている我々はすなはち《転生(TEN-SEI)》の真っただ中にいるのかも知れませんね〜。タイトルが無限軌道ではなく『無限・軌道』ですから、軌道が無限に続くという単純なイメージではなく、自然界というか宇宙の果てしなさと人生の限りない可能性とを並列に感じてほしいのではないでしょうか。宮沢賢治の『銀河鉄道の夜』を思い起こす方も少なからずいらっしゃるのでは。

 本当のことは  無限大にある
  すべて失くしても  すべては始まる


『無限・軌道』はこのように始まりますが、これ、まさに今の時代にふさわしい語りかけではないでしょうか。厄介な疫病がためにあらゆる人が人生をひっくり返されてしまうほどの激動がとどまるところを知らないですが、厳しくも、始まりは<すべて失くした>ところだったりするんですよね〜。そして、ネタって実はそこいら中に転がっているはずで、それをどのように生活の糧とするか結局はアイディア勝負なのが突きつけられているという。まぁ実はコレって自分にとってはか〜なり厳しいんですけど。ど〜しましょw

 行く先表示のまばゆい灯りは
  列車の中から  誰にも見えない


この指摘はまことにわかりやすく、一瞬にして納得のたとえですね〜。このようなちょっとした視点の変化を使って印象深く語りかけてくるのは、言葉の使い手である中島みゆきのまさに真骨頂。まぁ列車に乗るときにゃ必ず行先表示を確認してから乗るでしょ〜、と突っ込むのはヤボですぜ、ヤボw

 誇らしくもなく  珍しくもなく
  普通の暮らしの一日のように
  或る朝  或る夜  君は乗るだろう
  懐かしいあの人々と  永遠をゆく鉄道の客となって


「夜会」版になくアルバムで追加されたのが、この一節です。そう言われてみると、詩的にも音楽的にもなんとな〜く唐突な印象もなきにしもあらずですが、一聴してそれとさとらせない技術はやはり一流であります。生きとし生けるもの全てその意思とは無関係に無限軌道の客であって、それを意識したタイミングからその人の人生が始まるんですね。それが2回目の『誕生』であり《転生》でもあるということは言い古されておりますが、いやはや、気づいたら最後、ず〜っと厳しくなるんですけどね〜 (`・ω・´)

2021年1月14日 (木)

瀧 廉太郎(1879-1903)『メヌエット』を、1894年ベーゼンドルファー社製ピアノ(ウィーン式アクション/85鍵)で

瀧 廉太郎(1879-1903)のピアノ小品『メヌエット』を、いつもの1894年ベーゼンドルファー製ウィーンアクションのピアノで弾きました。楽譜は、自筆譜をもとに2014年にミューズテック音楽出版が出版した原典版を使っています。

瀧 廉太郎が生まれた1879年は明治12年という文明開化華やかなりしタイミング、その生涯はわずか23歳10ヶ月でしたが幼少期から絵画や音楽に大変な才能を発揮した天才でありました。東京藝術大学音楽学部の前身である東京音楽学校に最年少で入学、ドイツへの官費留学を控えた1900(明治33)年に『荒城の月』や『箱根八里』そしてこのピアノ曲『メヌエット』などを発表しています。

瀧 廉太郎が生きた時代は西洋の文物がなだれを打つかのように流入していた時代、日本近代の黎明期にこのような本格的な西洋音楽の作品が産み出されたのは奇跡的に思えますが、まぁ同時に必然であったような気もいたします。実は1900年はヤマハが第1号のピアノを作り上げた年でもあり、この時代の日本人はスピードにしても量にしても現代人である我々の想像を絶するレベルで新しい文化を吸収して咀嚼していたのでしょうね〜。なお新橋ー神戸の東海道本線が1889年にすでに全通、上野ー青森の日本鉄道奥州線も1891年に全通、日清戦争(1894-1895)後の1899年以降にようやく順次列国との不平等条約改正を成し得たとか、国が国として大きく動いていた時代だったのでした (*´-`)

1894年製のベーゼンドルファーは瀧 廉太郎が生きていた時代のピアノで、かつ日本製のピアノがまだ影も形も存在していなかった時代のピアノです。当時は全てのピアノは舶来品で、蓄音器も普及する前で西洋音楽を耳にする機会なんぞあるハズもなし、音が合っているとか合っていないとか、揃っているとか揃っていないとかすら新しい知識であって、あらゆることが驚きに満ちていたことでしょう。そして、個人が入手できる記録装置なんぞ筆と紙ぐらいだったですから、この時代に「学ぶ」ということは現代とは全く異なる作業だったでしょう。「情報にたどりつく」ためにはまず自分が求める情報が何なのかを決めねばならぬワケで、まさに人生を賭けていたというか人生そのものだったんですね。

・・・まぁ我々はなんでも現代から昔を見て「大変だっただろうなぁ」とかなんとか思いますが、当時はあらゆる人が人生として直接観察して書物をひもといて、そして自分の手で書いて作ってみて失敗して苦心惨憺して習得していたんですね〜。いやはや、現代人ってばホントにラクさせてもらって、というか、ぬるま湯に漬けられてますわ〜(・ω・ゞ

2020年12月29日 (火)

ベートーヴェン『ピアノソナタ第11番 op.22』から第2楽章を1894年ベーゼンドルファー社製ピアノ(ウィーン式アクション/85鍵)で

もう今週末は来年ですよね〜。せっかくのベートーヴェン生誕250年なのにこんな年になってしまったのが残念でならず、せっかくピアノソナタの緩徐楽章串刺しネタを始めたのにだらだらしてロクに進めなかったのも残念でなりません。・・・とゆコトでw、ベートーヴェン(1770-1827)の『ピアノソナタ第11番 op.22』から第2楽章を、いつもの1894年ベーゼンドルファー製ウィーンアクションのピアノで弾きました。

この楽章、9/8拍子かつ Adagio con molta espressione という例によってベートーヴェン先生の容赦ないところ全開wでありま〜す。拍子には「単純拍子」と「複合拍子」があって云々…というのを現代でも音楽の授業で習うかどうかは知りませんが、9/8拍子が「複合拍子」であって単純に3/8拍子が連なっているワケではないこと、専門家スジでもコロッと忘れられることが案外と多い印象がございます。いちにぃさんにぃにっさんさんにっさん」という大きな3拍子で捉えないといかんワケなのですが、コレを Adagio でたゆまずダレずに行い続けるのはなかなか難儀ですよね〜。しかもベートーヴェン先生ってば、この楽章やたらと長く書きやがったしw

そしてさらに con molta espressione ですから、どないせぇっちゅんじゃと。左手の伴奏音型が基本的に同音連打で9/8拍子をキープしつつの con molta espressione ですから、縛りとして相当なモンですね。しかも、タダでさえテンポが揺れるとなんだか「サマにならなく」なってしまうのがベートーヴェン先生の緩徐楽章ですから、なんとも困ったモンです(困ってないw)。それでも金科玉条なのは基本の基本として四声体で書かれていることで、どこでテンポをキープしてどこで con molta espressione な表現をするのかを考えさせてくれる、というまことに教育的な存在でございますね〜 (*´-`)

長い長い時間の淘汰を乗り越えてきた「古典」という人類の財産は、多少の味つけの偏りなんぞモノともしない堅固な「型」を備えていますが、同時にわずかな味つけの偏りでもバレてしまうような「シビアさ」をも備えています。このような楽章を「それっぽくできるかどうか」こそが音楽の理解力の試金石なのであって、指がまわるとか音がそろえられるとかは理解した音楽を楽器で奏でるための「方便」にすぎないのでありま〜す(`・ω・´)

2020年12月 2日 (水)

中島みゆき 作詞/作曲『雪傘』ピアノソロ:1894年ベーゼンドルファー社製ピアノ(ウィーン式アクション/85鍵)で

中島みゆきの『雪傘』を、いつもの1894年製アンティークピアノで弾きました。

『雪傘』は2008年に発売された工藤静香のシングル《NIGHT WING/雪傘》のための1曲です。静かに独りつぶやくような淋しく切なくまことに哀しい唄で、中島みゆきは2010年発売の自身のアルバム《真夜中の動物園》でセルフコピーしています。『雪傘』《真夜中の動物園》ではラスト『愛だけを残せ』の前に置かれていますが、アルバムのラストへの道しるべとして秀逸な一曲と思います。この曲も転調の妙が素晴らしく、まずイントロがロ短調なのに一瞬でロ長調に変わる唄い出しが光ります。そこからニ長調に移るのはまぁ普通なのですが、ラストのラスト、ニ長調で万感の想いを込めて語り終わった刹那、後奏で「ふっ」とヘ長調にすべりこむのがもぅキュン死ですよ〜〜〜〜。

最初から最後まで人類が厄介な疫病の前に屈したこの2020年、こんなやるせない状況を自分の誕生日に語るためにふさわしい曲だと思って選曲したのですが、耳コピしていても弾く稽古をしていても沸き上がってくる無念さを抑えるのがことのほか難しく、たびたび中断を余儀なくされました。詩がしっくりきてしまうというのはなかなかに怖いことでしたが、それでもなにやら救われる感じにしてもらえるのは中島みゆきの力なのでしょうか、詩の力なのでしょうか、音楽の力なのでしょうか。是非ともこの『雪傘』『荒野より』とを併せて味わっていただければと思います。

 迷惑でなければ傍にいて  車を拾うまで雪の中
  これきりと心で決めている私の  最後のわがまま聞いてね
  灯り溢れる窓からは  疑いもしない歌がこぼれ来る
  「Happy Birthday 今日の主役は何処?」
  誰かが気づいて探しに来るまで
  雪傘の柄に指を添えて
  思い出を返しましょう


『雪傘』の1番です。雪の降る日、相手の誕生会にそっと別れを告げにきた主人公。限りない哀しみに満ちているのは確かですが、同時になんとも静かで美しい情景ですね。あくまでもひとときの情景に過ぎないのですがさまざまな感興を呼び起こしてくれますし、最後の<雪傘の柄に指を添えて 思い出を返しましょう>のまぁなんとも美しいこと。この情景からして<雪傘>とは相手が主人公にさしかけている傘のことで、その柄に指を添えるということは相手の手に指を添えているひとときに他ならないんですね。ちょ〜っとウルウル来ませんこと?

 足跡消しながら後ずさる  雪の上逃げる小ギツネみたいに
  小枝の代わりに嘘を抱いて  思い出消しながら遠ざかりましょう

  「Happy Birthday」
  今日を祝う人が居てくれたのなら  安心できるわ
  いつまで1人ずつなんて良くないことだわ  心配したのよ
  雪傘の柄に指を添えて
  ゆく時を聞いている


2番です。部屋の中にはすでに相手の誕生日を祝う人が居るのでしょう。それに対して<安心できるわ>と語るのは、主人公が最後まで相手を優しく思い遣る気持ち、否、精一杯の強がりなのでしょうね。<小枝の代わりに嘘を抱いて 思い出消しながら遠ざかりましょう>ですから、<思い出を消す>のも<安心できるわ>も、そして相手に別れを告げることも、全て主人公の嘘。そりゃまぁ当然のことで、このような状況で未練がなかろうハズがございませんわ。

 ありとあらゆる悲しいことから
  あなたが守ってくれていたんだね
  当たり前のように暮らした  あの頃
  アリガトって伝え忘れたね


3番、まさに起承転結の「転」のお手本のような一連ですね。大切ななにかこそ失ってはじめて存在の大きさを知る、というのは古来言い古されてきた真理ではありますが、それをこんなに短い一節に込められるとは。静かな静かな『雪傘』ですが、この短い一節に込められた激情たるや、まさに万感の想いというにも足りぬ、ほとばしり出る強い強い想いであります。

 「Happy Birthday」
  今日を祝う人が居てくれたのなら  安心できるわ
  いつまで1人ずつなんて良くないことだわ  心配したのよ
  雪傘の柄に指を添えて
  ゆく時を聞いている
  思い出全部  アリガト


厄介な疫病のために人類が失ったものは計り知れず、それはあらゆる人が人生を根本からひっくり返されてしまったほどの衝撃で、今なおとどまるところを知らないですね。既に指摘されていることではありますが、これって実は、従来いわゆる「人類の繁栄」とされてきたシロモノがきわめて脆弱だったことが明るみに出たということではないでしょうか。いわゆる「人類の繁栄」とは基本的に経済的物質的な繁栄だった(過去形にしますぞ)と思いますが、そのような「目に見えやすい何か」は多分に表面的な存在であって儚いものだというのもず〜〜〜っと指摘され続けていますよね。

 かんじんなことは、目に見えないんだよ(サン・テグジュペリ『星の王子さま』1943年/内藤濯訳)

まことに僭越ではありますが、今般の厄介な疫病によって断ち切られてしまった全てのつながりそして「目に見えない大切な何か」のために、この演奏を贈りたいと思います。

 思い出全部  アリガト



もう一本、この厄介な疫病による混乱当初に出演したオンラインコンサート『OLOL2020』で、「目に見えない大切な何か」について中島みゆきの詩と音楽を借りて語りました。併せてご覧くださればと思います。

2020年10月30日 (金)

中島みゆき 作詞/作曲『荒野より』ピアノソロ:1894年ベーゼンドルファー社製ピアノ(ウィーン式アクション/85鍵)で

中島みゆきの『荒野より』を、いつもの1894年製アンティークピアノで弾きました。

『荒野より』は2011年に発売されたアルバム《荒野より》の口開けの曲です。アルバムの1曲めにふさわしい、前向きな推進力と堂々たる決意表明とを併せ持った歌詞なのですが、コレ、音楽的に両立させるのはなかなか厄介でして。ここでポイントになるのは強〜烈に揺るぎないテンポ設定で、これぞスタジオミュージシャンたちの面目躍如。CDで聴ける決してスピード感を前面に出さずに完璧にメトロノーム的なテンポ設定は見事の一言で、少しでもスピードが速くても遅くても速くなっても遅くなってもこの揺るぎなく堂々と厳しくたゆまず進み続ける雰囲気はにじみ出なくなってしまいます。コレって〜、ユルく揺らぎだらけな音楽ばかりやっているワタクシにとって〜、めっちゃ鬼門なんですね〜ヽ( ̄▽ ̄)ノ

 僕は走っているだろう  君と走っているだろう
  あいだにどんな距離があっても
  僕は笑っているだろう  君と笑っているだろう
  あいだにどんな時が流れても


サビへの導入のこの部分、加速度的に社会的分断が進んでいるところに厄介な疫病が蔓延している2020年現在の我々にズバッと刺さってきますね〜。会いたい人に会えず、仲間と集まろうとしても集まれず、というこの状況がいつまで続くか見当もつかない現在、人と人との間にあるのはつながりではなく、果てしない<距離>と<>ばかりになってしまいました。それでも<>は<>と共に走り共に笑っているという、この姿はまことに美しく気高いですね。中島みゆきの音楽は毒なばかりwでなく、強い強いメッセージなのです。

 望みは何かと訊かれたら  君がこの星に居てくれることだ
  力は何かと訊かれたら  君を想えば立ち直れることだ


『荒野より』の出だしはこのように始まります。<君がこの星に居てくれる>だけが望みで、<君を想う>だけで力が湧いてくるとは、なんといういさぎよさでしょうか。果てしない距離と時が間に立ちふさがっていても、このように強い信頼そして愛があればこその人間の強さではないでしょうか。ただ単純に「強い」だけではそれよりも強い何かに脆くも負けてしまいますが、真に意識を共有できる対象の象徴たる<>がいれば、そこに「粘り」という不思議な助太刀が現れるのでしょうね。はて、みなさんにとって、<>とは? 人とは必ずしも限らないですよね〜。

 朝陽の昇らぬ日は来ても  君の声を疑う日はないだろう
  誓いは嵐にちぎれても  君の声を忘れる日はないだろう


2番はこのように始まります。君の声>に対する無限の信頼そして愛、この閉塞しきって人間が我を失ってしまっている今を生き抜かねばならぬ我々に向けられた輝かしいメッセージですよね〜。我々に生命がある限りこの厄介な疫病から逃れるすべはございませんで、そのため少しでも他者とのつながりを薄くしなければならぬ・・・というそもそもの人間活動を否定されている現在の状況、まさに<朝陽の昇らぬ日>であり<誓いが嵐にちぎれた>状況であるように思えます。それでも疑わないのは<君の声>で、忘れないのも<君の声>。<君の声>とはこのように信頼できる存在の象徴であって、その存在さえあれば人は無敵になれるのではないでしょうか。ここで思い出すのは、やはり『二隻の舟』の一節。

 おまえとわたしは たとえば二隻の舟
  暗い海を渡ってゆくひとつひとつの舟
  互いの姿は波に隔てられても
  同じ歌を歌いながらゆく二隻の舟
『二隻の舟』1992年)

世の中が<荒野>となってしまった現在、一人の人間としてどのように敵(=疫病だけではなく、疫病に惑わされて我を失ってしまっている世間の姿)に屈せずに自らの尊厳を守り続けられるのかが問われていると思います。厳しいと言えばあまりにもあんまりにも厳しいのですが、その厳しい環境の居心地を少しでもわずかでも良くできるのは、ひたすらに藝術であります。我田引水とおっしゃらないでネw

 あらゆる藝術の士は人の世を長閑にし、人の心を豊かにするが故に尊とい。(夏目漱石『草枕』1907(M40)年)

『荒野より』は、現在を生きる我々へ中島みゆきそして藝術が向けてくれた、強く厳しく愛にあふれる応援歌です (`・ω・´)

 荒野より君に告ぐ  僕の為に立ち停まるな
  荒野より君を呼ぶ  後悔など何もない


2020年10月 3日 (土)

ベートーヴェン『ピアノソナタ第10番 op.14-2』から第2楽章を1894年ベーゼンドルファー社製ピアノ(ウィーン式アクション/85鍵)で

ベートーヴェン(1770-1827)の『ピアノソナタ第10番 op.14-2』から第2楽章を、いつもの1894年ベーゼンドルファー製ウィーンアクションのピアノで弾きました。

ベートーヴェンのピアノソナタ op.14 の2曲セットであるこの第9番と第10番は比較的易しいとされておりますが、なんのなんの、そうは問屋がおろしませんぞ。初期ピアノソナタの例に漏れずに少ない音数で J.S.Bach のフーガとは全く異なる多声部な構造があるのですから、演奏者は逃げも隠れもできません。この楽章の指定は Andante で2/2拍子、というなかなか悩ましい指定になっています。Andante は日本語の音楽事典では「歩くような速さで」と書かれていてそれ自体は悪くない見識だと思うのですが、受け取る人間の方が Andante を「ゆっくり」であると認識してしまうところに悩ましさの源泉があるような気がします。Andante はメトロノーム的スピード表記では Moderato よりゆっくりな位置に置かれていますが、これって Andante に「ゆっくりめ」という先入観を与える元凶である気がしてなりません。

Andante は伊太利亜弁ですから、伊太利亜弁でどのようなニュアンスである/あったのかを知るのは意味あることと思います。Andante の元となった動詞の「Andare」は「前に進む」というニュアンスを持ち、「andante」には「ごく普通」とか「まあまあ」という感じですが「moderato」という「イイ感じの普通」よりわずかに劣ったニュアンスが含まれるとのことです。とすると、「まぁまぁちょうど良い感じであくまでも前に進む感じを忘れずに」のようなテンポ感が求められているのではないかなぁとかなんとか (*´-`)

なんのこっちゃ〜とお思いかも知れません(自分でもそう思いますわw)が、そもそもテンポにしてもその他もろもろにしても表現意図と独立して存在するものではなく、てめぇがどんな Andante にしたいのかを抜きにして決められるシロモノではございません。表現意図と乖離した「お勉強」なんてまるっきり有害無益、表現意図さえしっかりしていれば自分に都合の良いお勉強をすりゃ充分・・・というのは極論ではありますが、稀代の大作曲家たちの作品を自分のレベルにまで引きずり落として楽しもうとしているのですから、所詮はそんなモンかと。とほほ ヽ( ̄▽ ̄)ノ

2020年10月 1日 (木)

ベートーヴェン『ピアノソナタ第9番 op.14-1』から第2楽章を1894年ベーゼンドルファー社製ピアノ(ウィーン式アクション/85鍵)で

ベートーヴェン(1770-1827)の『ピアノソナタ第9番 op.14-1』から第2楽章を、いつもの1894年ベーゼンドルファー製ウィーンアクションのピアノで弾きました。

ベートーヴェンのピアノソナタ op.14 の2曲セットであるこの第9番と第10番は比較的易しいとされておりますが、なんのなんの、そうは問屋がおろしませんぞ。初期ピアノソナタの例に漏れずに少ない音数で J.S.Bach のフーガとは全く異なる多声部な構造があるのですから、演奏者は逃げも隠れもできません。この Allegretto で落ち着いているかに見える第2楽章ですら、かなりきっちりと独立した司令が出せないと手も足も出ないんですね〜 (*´-`)

長い長い時間の淘汰を乗り越えてきた「古典」という人類の財産は、多少の味つけの偏りなんぞモノともしない堅固な「型」を備えていますが、同時にわずかな味つけの偏りでもバレてしまうような「シビアさ」をも備えています。このような楽章を「それっぽくできるかどうか」こそが音楽の理解力の試金石なのであって、指がまわるとか音がそろえられるとかは理解した音楽を楽器で奏でるための「方便」にすぎないのでありま〜す(`・ω・´)

ベートーヴェンの時代のピアノのアクションはウィーン式アクションとイギリス式アクションに大別できてイギリス式アクションが現代のピアノと直結しているのですが、実はベートーヴェン自身はウィーン式アクションのピアノの方を好んでいたのです。この1894年製ベーゼンドルファーとベートーヴェンがまだ生きていた1820年代のウィーン式ピアノを同じ空間で弾き比べる機会があったのですが、なんと音も響きもそっくりでノケぞりました。さすがは時間が止まっているウィーンの楽器、いわゆる「ウィンナトーン」ってぇシロモノはシェーンベルク(1874-1951)が生まれ育った時代まであまり変わっていなかったんですね〜(・ω・ゞ

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