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カテゴリー「音楽>メーカー>Bösendorfer」の46件の記事

2020年3月 2日 (月)

シューマン『幻想小曲集 op.12』から、第3曲『なぜに?/Warum?』を1894年ベーゼンドルファー社製ピアノ(ウィーン式アクション/85鍵)で

シューマン(1810-1856)の『幻想小曲集 op.12』から、第3曲『Warum?/なぜに?』を、いつもの1894年ベーゼンドルファー製ウィーンアクションのピアノで弾きました。

シューマンは現実の世界とファンタジーの世界を行き来していた・・・どころか現実とファンタジーとの区別をつけずに芸術の世界に生きていたように思えてなりません。シューマンの曲は、楽器の指定がナニであってもその楽器にとって「どうにもしっくりこない」ところがそこら中にwありますからね。シューマンの音楽は自身の空想の中でのみ最も美しく鳴り響いていたのでしょう。

昔の楽器の周りに立ちのぼる霊的な雰囲気は現代人の大多数が知らない世界ですし、その楽器を奏でる人間もまた現代人の想像を絶する霊的な能力を備えていたに相違ありますまい。創造者である作曲家にとってイメージの源泉として極めて大切であったのが楽器でありそれを奏でる演奏者であったのは論をまたず、そもそもその世界は霊的な世界ですから、現実とはなんぞや、とかファンタジーとはなんぞや、とかいうむちゃくちゃメンドウなテツガクな世界に突入することに。シューマンは、その「ハマり方」が尋常でなかったのではないでしょうか。

この動画で使っているウィーン式アクションのベーゼンドルファーは1894年製、「霊性を備えた楽器」という意味を十全に残していた時代のお道具ですから、とりわけこの曲のように不思議な曲では威力を存分に発揮してくれます。単純に音色の美しさというだけでなく、多彩に何層にも折り重なった響きの美しさを際立たせてくれるんですよ〜(・ω・ゞ

2020年2月 7日 (金)

中島みゆき 作詞/作曲『二隻の舟』(アルバム《10 WINGS》版)ピアノソロ:1894年ベーゼンドルファー社製ピアノ(ウィーン式アクション/85鍵)で

中島みゆきの『二隻の舟』を、いつもの1894年製アンティークベーゼンドルファーで弾きました。

『二隻の舟』は既に1992年のアルバム《EAST ASIA》の中に入っていましたが、1995年に発売されたアルバム《10 WINGS》ではリメイクされて冒頭を飾っています。『二隻の舟』はファン筋には言わずと知れた「夜会」のテーマソング。「夜会」とは、コンサートでもなく、演劇でもなく、ミュージカルでもない「言葉の実験劇場」をコンセプトとして1989年に始められた舞台で、言葉の使い手である中島みゆきにとってライフワークとも言える存在。そのテーマソングですからワタクシごときが軽々しく見解を述べるのもおこがましく思うのですが、まぁ弾いてしまったからには書かないワケにもいきませぬ。

 おまえとわたしは たとえば二隻の舟
  暗い海を渡ってゆくひとつひとつの舟
  互いの姿は波に隔てられても
  同じ歌を歌いながらゆく二隻の舟


この詩は<おまえとわたし>は<二隻>の<>に乗って<暗い海>を渡っている設定。「隻」という漢字は「ひとつの」という意味を持ち、すなわちそれぞれの舟は分かれておらず「二つでひとつ」という、1+1=1の世界が示されています。・・・という解説はそれこそそこら中にあふれていますね。この曲の歌詞の比喩は中島みゆきにしては異常なまでにwわかりやすく、同時に抽象性をも十全に兼ね備えています。それだけに聴き手それぞれにさまざまな感興を呼び起こすのでしょう。

 時は全てを連れてゆくものらしい
  なのにどうして寂しさを置き忘れてゆくの
  いくつになれば人懐かしさを
  うまく捨てられるようになるの


この曲のイントロはこれ。どんなに人生経験を積んでも<寂しさ>や<人懐かしさ>を捨て去るのは不可能ですもんね。だいたい、人間なんつ〜弱い存在は他者との関係が希薄だと不安に陥るwもので、孤独感とは他者から必要とされていないだけで生じるものではなく、他者を必要としないと思い込んでいるはずの「己」にも実はのしかかってくるんだよなぁ・・・と。

 ひとりでも私は生きられるけど
  でもだれかとならば 人生ははるかに違う
  強気で強気で生きてる人ほど
  些細な寂しさでつまずくものよ
『誕生』1992年)

だからこそ、真に心を通わせられる相手/対象が見つけられたヒトは無敵であります。しみじみと「いぃなぁ」と思わせられるような素敵な老夫婦に出会うたびに、「生涯の伴侶」という日本語は表面的な夫婦関係にとどまらず精神的なつながりをも表現しているんだろうなぁ、と思います。ですが、この『二隻の舟』の世界はあくまでも舟が「ふたつ」ですから、ちぃとばかし状況は異なるようです (´・ω・`)

 敢えなくわたしが波に砕ける日には
  どこかでおまえの舟がかすかにきしむだろう
  それだけのことでわたしは海をゆけるよ
  たとえ舫い綱は切れて嵐に飲まれても


『二隻の舟』とは、心を通わせているとは言えあくまでも他者どうしなのでわかり合えることは絶対にない他者どうしのつながりなのでしょうね。しかしその他者どうしは<互いの姿は波に隔てられても><同じ歌を歌いながらゆく>という、特別な関係の他者なのです。この両者の間には確固たる信頼感がありますが、そこに茫漠たる不安感と静かな覚悟が同居しており、なんとも言い表せぬ心持ちにさせられますね。まぁそもそも人間なんて全てが他者どうしですから、「わかり合う」とはなんぞや、と併せて考えたいかも。

さて、ここで全く別の切り口を提示しておきましょうか。この『二隻の舟』の世界は舞台人にとって「客席」と「舞台」であり、同時に「芸術の神」と「自分」であり、はたまた「自分」と「自分」なんですね〜。神はおのれの心の裡にあり (`・ω・´)

2020年1月 7日 (火)

中島みゆき 作詞/作曲『India Goose』ピアノソロ:1894年ベーゼンドルファー社製ピアノ(ウィーン式アクション/85鍵)で

中島みゆきの『India Goose』を、いつもの1894年製ベーゼンドルファーで弾きました。

『India Goose』は2014年10月に発売されたアルバム《問題集》のラストを飾る曲、このアルバム《問題集》の2曲めはNHKの朝ドラ『マッサン』の主題歌の『麦の歌』で、覚えている方も少なくないのではないでしょうか。そして『India Goose』は翌月公開だった《夜会 VOL.18「橋の下のアルカディア」》のラストを締めくくる大曲でもあります。中島みゆきは《夜会 VOL.18「橋の下のアルカディア」》について、「今回は、テーマが"捨てる"なんです。"捨てる" "捨てられる"。その両方ですね」と語ったとのこと。何かを得るためには何かを失わなければならぬというのが冷厳な現実とはわかっているつもりですが、いざ自分の身に突きつけられると正面から向き合うのは至難の業。ワタクシのような凡人はどうしても逃げやごまかしに走りがちですが、なぁにかまいませんや。それでも死ぬまで生きていかねばならぬのが人生ですからね。今年こそ断捨離しなきゃと思って何年経ったことやらw

さて India Goose ってなんじゃらほい、と検索してもこの曲ばかりが出てくるのですがそれもそのはず、単に「インド」「雁または鵞鳥」と名詞が2つ並んでいるだけですからね。インド雁の学名は ‘Anser Indicus’ で Anser は「」、Indicus は「インドの」という意味なので英訳が Indian Goose となり、日本人向けwだし India Goose で・・・とゆ成り立ちと邪推できます。ちなみに英語ではインド雁のことを "Bar-headed goose" と言いまして、そりゃ検索に「インド雁」が出てこないのも当然でしょう。

さて、インド雁はモンゴル高原で繁殖して冬は越冬のためにインドで過ごします。その長い長〜い飛行の間には、そう、チベット高原とヒマラヤ山脈があるんですね〜 (`・ω・´)

1953年、ヒラリーとテムジンが世界で初めてエベレストに登頂しました。この時の登山隊の一人が「エベレストを越えていく雁を見た」と語ったとのこと(ヒマラヤじゃないの? と突っ込みたくもなりますがw)。8000mの高さでは気圧は平地の3分の1程度で、当然酸素の絶対量もそれに応じて少ないわけです。加えて空気の密度が低いので羽ばたいて揚力を得るのは困難を極めます。そのため空気の密度が高い夜に飛ぶことも多いとか。そう言えば、木曽御嶽山の噴火での救出作業のとき、高度3000mでホバリングできた日本のヘリコプター操縦技術が世界で神とあがめられたとかなんとか。

渡り鳥は年に2度の決死の旅を生涯続ける存在で「覚悟の象徴」とされるのは当然でしょう。それに加えてインド雁の渡りは薄い空気の中を何日も飛び続ける過酷なものですが、そこには「悲壮な決意」だけでなく「無限の勇気」をも感じますね。この唄もまことに強いこと強いこと。

 次の次の北風が吹けば 次の峰を越えてゆける
  ひとつひとつ北風を待って 羽ばたきをやめない


導入としてまことに簡潔な場面説明。インド雁の生態を知らない聴き手(ワタクシもそうでした;;;)にとっても峰を越す渡り鳥のことを詠んでいることがわかります。不特定多数に届けさせるためには一読しておおむねの意味が取れることと深読みしようと思えばできるという両側面を備えていないとならん、という好例と思います。

 さみしい心先頭を飛んで 弱い心 中にかばって
  信じる心いちばん後から 歌いながら飛ぶよ


強い強いこの詩の中でのこの2行、とりわけ美しく印象的と感じるのはワタクシだけでしょうか。中島みゆきはここで声音と語り方を優しげな雰囲気に変えていますが、いやホンマ、見事の一言に尽きます。えてして狭い世界に閉じこもりがちなクラシック音楽な方々も、このような総合力に驚ける程度の判断力を備えてほしいモノです。そして<歌いながら飛ぶよ>で締めるとは、なんというセンスでしょう!

 ほら次の雪風にあおられて
  小さな小さな鳥の列が なぎ払われる
  小さな小さな鳥の列が 組み直される
  飛びたて 飛びたて 戻る場所はもうない
  飛びたて 飛びたて 夜の中へ


この5行こそがサビですが、普通は偶数行数で構成されるところをあえて破格の奇数行にしているのが興味深いですね。また<なぎ払われる>→<組み直される>という行動が暗示するインド雁の不屈の魂はそれが<小さな小さな鳥の列>であることでさらに強い印象になっているように思えます。そう言えば、中島みゆきの「不屈の魂」に対する応援歌はまことに勇ましく力強く、そして愛情にあふれていますね。

 望みの糸は切れても  救いの糸は切れない
  泣き慣れた者は強かろう  敗者復活戦
『倒木の敗者復活戦』(2012年)

 その船を漕いでゆけ おまえの手で漕いでゆけ
  おまえが消えて喜ぶ者に おまえのオールをまかせるな
『宙船』(2006年)

 暗い水の流れに打たれながら 魚たちのぼってゆく
  光ってるのは傷ついて はがれかけた鱗が揺れるから
  いっそ水の流れに身を任せ 流れ落ちてしまえば楽なのにね
  やせこけて そんなにやせこけて魚たちのぼってゆく
『ファイト!』(1983年)

さて第二番、ここでようやっと「逆風」というキーワードが出てきます。冷静に考えるとヒマラヤをインドに向けて越えるときは北風では逆風にならないのですが、まぁそこはイメ〜ジっつことで。消されるかな (((( ;゚Д゚)))

 強い鳥は雪が来る前に 既に峰を越えて行った
  薄い羽根を持つ鳥たちは 逆風を見上げる
  いつの風か約束はされない いちばん強い逆風だけが
  高く高く峰を越えるだろう 羽ばたきはやまない


空気の密度の低い超高度を翔る<小さな小さな鳥>たちですから、逆風を巧みに使わないと<高く高く峰を越える>のは困難。ですが、あくまでも逆風ですから先に進めないというリスクと向かい合わせ(隣り合わせではナイw)なんですよね〜。弱く小さき者たちであるからこそ宿命に立ち向かわざるを得ない場面に頻繁に遭遇するものでして、まぁ、なんつ〜か、やるっきゃないんですわな。とほほ。

 負けんもんね  負けんもんね
  負けとる場合じゃないんだもんね
『負けんもんね』(2010年)

 

2019年10月29日 (火)

グランドギャラリー東京ショールーム、紹介動画収録の巻

折に触れてお仕事をいただける茅場町のグランドギャラリー東京から、今回は楽器聴き比べ動画をお願いとのことで収録8台っ (`・ω・´)

Img_8965

・スタインウェイ(227cm)&ベーゼンドルファー(225cm)&ベヒシュタイン(210cm)のいわゆる「3大メーカー」比較
・スタインウェイB型(210cm)ハンブルクとニューヨークの比較
・ニューヨークのみで少量生産されたA3(=long A)のニューヨーク修復とヨーロッパ修復の比較
そして行き掛けの駄賃でスタインウェイのフルコンサートグランド1台というなかなかに充実した陣容。

Img_8969

収録ちぅに撮ってもらった写真が妙に らしくなく ハマっているので大〜公怪〜♪

2019年10月 7日 (月)

中島みゆき 作詞/作曲『伝説』ピアノソロ:1894年ベーゼンドルファー社製ピアノ(ウィーン式アクション/85鍵)で

中島みゆきの『伝説』を、いつもの1894年製アンティークピアノで弾きました。

この『伝説』は1996年に発売されたアルバム《パラダイス・カフェ》の2曲めに収録されています。元々は1994年の映画『四十七人の刺客』(監督:市川崑)のために作られたのですが、すでに別の曲の起用が決まっていたことでお蔵入りとなってしまった曲です。このエピソード、なんだかこの曲の詩と相通じるような気がしませんか?

 風につづるしかなかった手紙 あなただけは読んで
  雪でつくるしかなかった形見 あなただけを抱いて
  記された文(ふみ)だけがこの世に残ってゆく
  形ある物だけがすべてを語ってゆく
  叫べども あがけども だれがそれを知るだろう
  だれも だれも だれも……
  (だれも だれも だれも……)>


>や<>を使うのは中島みゆきの常套手段で、やはり十勝平野ど真ん中の帯広で青春を送り感性を育んだ環境あればこそでしょう。風も雪も人間ごときの力では太刀打ちできないほどに強大な相手なのですが、過ぎ去ってしまえば嘘だったかのように跡形もなく消えてしまうこともまた同じ(被害ばかりが残ることもまた同じか(^^;;;)自分ごときの存在なんて広大な宇宙の中ではどれほどのものでもない、という意識に人知れず心乱れつつせめて被害ぐらいは与えたいモンですが、いやいやいやw

この曲ってタイトルとして『伝説』という言葉がつけられているのに、実際に詠われているのは残る伝説ではなく風や雪のように消えてしまう方の伝説、というのがなかなかのねじれっぷりですね。まぁ消えてしまう存在であってもてめぇは叫んであがいて精一杯生きねばならぬのが世の常でございまして、なんとも切ないです。そう感じないで人生を送れるようなおめでたさが羨ましくなることもありますが、それはそれでまたフクザツな人生であるという現実もあり。

この詩の<あなた>とは想いびとでも自分の理解者でもなんでもいいですが、とにかく<あなた>という存在を乞い願う気持ちは自分がただ消えるだけでない何か生きている証(=実感)を乞い願う気持ちなのでしょう。人間とは一個の孤独な存在なのは確かですが、本当に孤独になってしまうと生き続けるのは不可能であります。消える伝説も残る伝説もございますが、残る伝説であっても分野が違えば気にも留められないのが当然のことでして。それにかかわらず、全てのひとの生きざまは『伝説』にふさわしい存在なのです。存在自体が消えてしまうことは断じてございませぬぞ (`・ω・´)

 100億の人々が
  忘れても 見捨てても
  宇宙の掌の中
  人は永久欠番
『永久欠番』1991年)

2019年8月 7日 (水)

中島みゆき 作詞/作曲『愛が私に命ずること』ピアノソロ:1894年ベーゼンドルファー社製ピアノ(ウィーン式アクション/85鍵)で

中島みゆきの『愛が私に命ずること』を、いつもの1894年製ベーゼンドルファーで弾きました。

この『愛が私に命ずること』は2008年に公開されたミュージカル『SEMPO~日本のシンドラー杉原千畝物語』のために書き下ろされ、翌年2009年に発売されたアルバム《DRAMA!》の5曲めに収録されています。このアルバム《DRAMA!》は、ミュージカル『SEMPO 〜日本のシンドラー 杉原千畝物語〜』に提供した曲から選んだ前半6曲と、夜会 VOL.15『〜夜物語〜元祖・今晩屋』(2008年 - 2009年)、夜会 VOL.16『〜夜物語〜本家・今晩屋』(2009年)で歌われた書き下ろし曲から選んだ後半7曲との計13曲からなっています。

 すべて愛が私たちに命ずることなら
  ためらいはしない
  怖れもなく 後も見ず 歩いてゆけるだろう

朗々とした唄い出しにふさわしく、強靭で格好イイ決意表明ですね〜。他の者の言いなりにならず、あくまでも<>のみに従う、と。字面だけでも充分に格好イイのですが、この曲はミュージカルのための音楽ですから、主人公の人となりを併せて怪釈しなくちゃです (`・ω・´)

ミュージカル『SEMPO~日本のシンドラー杉原千畝物語』で描かれている杉原千畝(すぎはらちうね/1900-1986)は、第二次世界大戦中リトアニアに赴任していた際に、ナチスの迫害により欧州各地から逃れてきた難民たちに外務省からの訓令に反して1940年7月から8月にかけて大量の通過査証を発給したことで知られています。官僚組織とはどんなに冷酷な決定でも官僚個々人の罪悪感なしに粛々とコナせてしまう、という一面がありますよね。まぁそれぞれにお立場もご都合もございますし、それに対する評価をとやかく申し上げるのはヤボ。少なくとも、当時の杉原千畝氏にとっては本省からの「行先国の入国許可手続を完了し、旅費および本邦滞在費などの携帯金を有する者にのみに査証を発給せよ」という指示は<愛と違うものが命ずること>だったのでしょう。そして難民に対する人道的感情が<愛が私に命ずること>であったのでしょう。2番の唄い出しはナルホドさすがな対語法(・o・ゞ

 もしも愛と違うものが命ずることなら
  従いはしない
  立ち塞がる悲しみや痛みを見据えても

誰しも好き好んで難民になるはずはございません。同じく、本省の官僚も単なる意地悪で難民に対する通過査証の発給を拒絶したはずもなく、ただ発給条件の通りにせよという指示をしただけだったことでしょう。万人に等しく絶対的な正義は存在しませんし、同時に万人に等しい愛も与えるのは不可能であります。かなりの紆余曲折を経て、杉原千畝氏の日本政府による公式の名誉回復はようやく2000年のこと。生誕100年の節目であったのは偶然でしょうか。

 ある朝 誰の国と名付けられても
  王冠は日暮れには転がるもの

島国日本にいる我々にとってこの感覚は普通ではないと思いますが、多民族入り乱れ混血も進んでいる大陸では当たり前の感覚です。絶対的な安全も正邪もそもそも存在しないのであれば絶対的な規範もまた存在しないこととなり、これはめっっっちゃ不安ですよね〜。そのため、例えば自分の中に規範を設けようとしてそれが「愛」となったり、自分の外に規範を設けようとしてそれが「神」となったりするのではないでしょうか(そこに「権力」という奴がひそむとヤヤこしいのですが、それは別のハナシw)規範がブレて他の者の甘い言葉についノってしまうと残念な結果になる・・・こんな例には枚挙にいとまがありませんが、それでも人間ってヤツは弱いモンでしてねぃ。う〜む(・o・ゞ

 さまよう民となって離れるときも
  2つのかけら遠く呼び合うだろう
  誰の救けもらえたなら 私たちは寄り添うだろう

たとえ難民となって祖国を離れても、心は常に祖国とともにあり。かのショパン(1810-1849)は祖国ポーランドを離れて二度と戻れませんでしたが、ショパンの音楽は強烈な愛国心に満たされたものでした。大国のはざまで翻弄され続けたポーランドの民の愛国心とは、日本人にはおよそ想像を絶するほど強く固いものであったことでしょう。まさに強靭な<>そのものであります。<ショパンの作品は、花のかげに隠れた大砲である(シューマン)

それと同時に、この<2つのかけら遠く呼び合うだろう>は、中島みゆきのライフワークである『夜会』のテーマ曲とされている『二隻の舟』の世界観に直結しています。

 敢えなくわたしが 波に砕ける日には
  どこかでおまえの舟が かすかにきしむだろう
  それだけのことで わたしは海をゆけるよ
  たとえ舫い綱は切れて 嵐に飲まれても『二隻の舟』1989年)

このように「ともに歩めなくても艱難辛苦を超えて幸せに!」と相手の幸せを願い続けるには、それぞれを大きく包み込み結びつけて「より大きく幅広いひとつ」にするなにかが共有できていないと不可能なこと(そう言えば「隻」という漢字は「ひとつの」という意味を持っていますね)それはそれで素晴らしく尊いのですが、やはりそれだけでなく物理的wに寄り添いたいと願うのが人情。そのためには、やはりなにかしらの<救け(たすけ)>が必要なのがいわゆる社会というものなんだろうなぁと。現代に生きる我々にとって、この<救け>ってますます大切になってきている気がしませんか?

2019年7月29日 (月)

吴 祖强・杜 鸣心『水草舞』(バレエ《魚美人》のための音楽から)を、1894年ベーゼンドルファー社製ピアノ(ウィーン式アクション/85鍵)で

文化大革命前夜の1959年に北京で初演されたバレエ《魚美人》のための音楽から『水草舞』を、ウィーンアクションの1894年製ベーゼンドルファーで弾きました。

バレエ《魚美人》のための音楽は、戦後にソビエト連邦のチャイコフスキー音楽院で作曲を学んで北京の中央音楽院で教鞭をとったエリート作曲家、吴 祖强/Wu Zuqiang(1927- )と、杜 鸣心/Du Mingxin(1928- )の合作です。バレエ《魚美人》は民間伝承に基づいた作品で、1959年に北京で初公開されました。古典的なバレエ構造を参考にして中国の神話を表現しようとする試みで製作され、中国の民族舞踊の素材を幅広く吸収し、表現方法やキャラクターの特性を革新し、中国のダンスドラマの発展に貢献した重要な作品とのことです。

このバレエ《魚美人》のための音楽はなかなかの名曲ぞろいで、単独で演奏される曲も少なくありません。そのなかでもこの『水草舞』は、いかにもそれらしい雰囲気と東洋人である我々日本人にとってすぐわかる中国情緒に溢れたまことに美しいピアノ曲です。こんな美しい曲、中国国内だけにとどめておくのはもったいないですぜよ (・o・

まぁ、100年前に作られたウィーンのピアノで現代中国のピアノ曲を演奏する必然は全く全然これっぽっちもwございませんが。狭量なオリジナル絶対至上主義は偉大な方々wにお任せいたしましょう。どうぞお楽しみくださいませ〜! ヽ( ̄▽ ̄)ノ

2019年7月 7日 (日)

中島みゆき 作詞/作曲『鷹の歌』ピアノソロ:1894年ベーゼンドルファー社製ピアノ(ウィーン式アクション/85鍵)で

中島みゆきの『鷹の歌』を、いつもの1894年製ベーゼンドルファーで弾きました。

この『鷹の歌』は2010年に発売されたアルバム《真夜中の動物園》所収。中島みゆきにしてはかなり単純な曲調ですが、この曲調がむしろ堂々たる「鷹」のイメージに見事に合致していると思います。詩もかなり簡潔で、とても一部分を取り上げられるようなものではない気がします。

 あなたは杖をついて  ゆっくりと歩いて来た
  見てはいけないようで  私の視線はたじろいだ
  あなたはとても遅く  身体を運んでいた
  まわりの人はみんな  いたわりの手を差しのべた
  鷹と呼ばれていた人が
  這うように命を運ぶ
  「見なさい」  あなたの目が
  「見なさい」  私を見た
  「怖れるなかれ  生きることを」
  鷹の目が  見つめて来た


「鷹」を「誇り高き存在の象徴」と例えるのは、ごく普通のことでしょう。すなはち「老いた鷹」とは、身体こそ衰えて意のままにならなくなってしまっても誇りを失わずに堂々とした存在。周囲は限りないリスペクトを老いた鷹に捧げるも、悲しいかな、老いとは残酷なもの。

 鷹と呼ばれていた人が
  這うように命を運ぶ


大空を悠然と翔けていたはずなのに、今となっては<這うように>というありさまに。しかし、それを受け入れねばならぬのが人生。なんともやるせないことですが、死ぬまで<命を運ぶ>のがさだめ/運命ですね。ホント、この二行の印象の強さといったらもう、グッと来ますよ〜。しかも、その老いた鷹がたじろいだ私に<「見なさい」「怖れるなかれ 生きることを」>と、これは強烈ですね。中島みゆきは、老いを詠う詩の一つである『傾斜』で・・・

 のぼれども のぼれども
  どこへも着きはしない そんな気がしてくるようだ
『傾斜』1982年)

と老いの一つの特質を衝いていますが、それでも、ひとりひとりの人生を裏打ちしているのは各人の「誇り」ではないでしょうか。まぁ無論、ホンモノの鷹を目の当たりにしてしまうとたじろいで視線をそらしてしまうのも無理はございませんが。ハイすんません、ワタクシにも思い当たるフシが数限りなく(・x・ゞ

さて二番。

 世界は変わってゆく  あなたはいつもそれの
  変えてはならないことを  つよく叫び続けて来た
  世界は変わってゆく  あなたを嘲笑いながら
  私はあなたの歌を  痛々しく聴き返す
  灰色の翼は痩せて
  かすれた鳴き声をあげて
  「見なさい」  あなたの目が
  「見なさい」  私を見た
  「命を超えて続くものを」
  鷹の目が  叫んでいた


いま現在、社会が加速度的に「おかしく」なっているような感覚を持っている人は少なくないだろうと思います。この違和感はあまりにも漠然としているために論理立てて説明するのは困難なこと、それがためにいわゆる「エビデンス」を求められたとたんに口をつぐまざるを得ないんですよね。コレ、自分が世界に嘲笑われた瞬間とも言えようかと思います。・・・はて、鷹が叫び続けてきた<変えてはならないこと>とは・・・そうです。命を超えて続くものに他なりませんね。

科学技術も医療も目覚ましい発達を始めたのはわずかに百数十年程度昔のこと、この動画で使っているベーゼンドルファーのピアノは1894年製ですから、まさにその時代の楽器です。まだまだ解明できないことだらけで音楽に呪術的な意味が多分に残っていた時代に作られた楽器ですからそもそも「持っているモノ」が現代の楽器とは全く異なり、入手してからけっこうな年月が経ちますが、いまだにこんなに不可思議な音が出てくるのか! と驚かされることが少なくありません。このベーゼンドルファーが作られた19世紀末のウィーンと言えば、クリムト(1862-1918)が活躍していた時代でもあり、その当時の美意識がこのピアノに吹き込まれていたのは想像に難くないでしょう。芸術や思想とはまさに<命を超えて続くもの>であり、それはゴッホ(1853-1890)の例を挙げるまでもなく、生前に世間に知られたかどうかとは無関係です!

 街は回ってゆく 人1人消えた日も
  何も変わる様子もなく 忙しく忙しく先へと
  ・・・(中略)・・・
  100億の人々が
  忘れても 見捨てても
  宇宙の掌の中
  人は永久欠番
『永久欠番』1991年)

老いた鷹は生涯の終わりが近いことを知っているのでしょう。老兵は消え去るのみとも申しますが、それでも自分の歩みを変えず(変えてもイイ気もしますがネw)に命を超えて続くものを伝え続けてこその「生き様」であります (`・ω・´)

 あなたは停まりもせず  そのまま歩いてゆく
  面倒な道ばかりを  あえて歩き続けてゆく
  私は自分を恥じる  あなたを思って恥じる
  ラクな道へ流れくだる  自分の安さを恥じる
  鷹と呼ばれていた人が
  這うように命を運ぶ
  「見なさい」  あなたの目が
  「見なさい」  私を見た
  「怖れるなかれ  生きることを」
  鷹の目が見つめて来た


面倒な道ばかりをあえて歩く>ことが尊くて<ラクな道へ流れくだる>ことが恥ずかしい、と他を断ずるのはしてはならぬと思います。なにしろ、人間という存在はみな誰しも後ろめたさを背負って生きているワケでして。むしろだからこそ、偉大な存在を目の当たりにしたときに起きた自分の変化をどのように扱うかこそが、その人の個性としてにじみ出てくるのではないでしょうか。個性とは作るものではなく、普段の習慣や癖などなどから隠そうにも隠しきれずににじみ出てくるものなのでありま〜す。

2019年7月 2日 (火)

リスト『En rêve/夢のなかで(ノクターン)』を1894年ベーゼンドルファー社製ピアノ(ウィーン式アクション/85鍵)で

リスト(1811-1886)が亡くなる前の年(1885年)に作曲した『En rêve/夢のなかで(ノクターン)』を、まさに同時代の1894年ベーゼンドルファー製ウィーンアクションのピアノで弾きました。同時代の楽器を使いさえすればその時代の雰囲気が自動的に生成wされるほど現実は甘くございませんが、現代のピアノとは全く異なる雰囲気がかもし出されているのは聴き取っていただけようかと思います。

19世紀末の爛熟期のヨーロッパといえど科学技術が発展をはじめてあまり時間が経っていないころですから、人類の周りには理由が解らずに畏敬の念を呼び覚まさせられる存在に満ちていたでしょうし、そのような世界は、まだまだ夢のようであり、天界のようであり、言い知れぬ哀しみのようでもあり、魔界のようでもあったことでしょう。この動画で使っているウィーン式アクションのベーゼンドルファーも「神と対話するための楽器」という意味を十全に残していた時代のお道具ですから、とりわけこの曲のような不思議な曲では呪術的な威力を存分に発揮してくれます。単純に音色の美しさというだけでなく、多彩に何層にも折り重なった響きの美しさを際立たせてくれるんですよ〜(・ω・ゞ

『En rêve/夢のなかで(ノクターン)』が作曲された1885年は明治18年、日本ではようやく太政官制度に代わって内閣制度が創始された年です。ネット上には初代総理大臣の伊藤博文がこの数年前に西園寺公望と渡欧したときにリストの演奏を聴いて感銘を受け「あの者を日本に招くことはできないか」と思ったという記述が複数見られますがどれも出典が明示されておらず、不勉強ですみませんがウラも取れていないので、現時点では信憑性には難ありと言わざるを得ないなぁ・・・というのが正直な感想ですw

2019年6月 7日 (金)

中島みゆき 作詞/作曲『傾斜』ピアノソロ:1894年ベーゼンドルファー社製ピアノ(ウィーン式アクション/85鍵)で

中島みゆきの『傾斜』を、いつもの1894年製アンティークベーゼンドルファーで弾きました。

この『傾斜』は1982年に発売されたアルバム《寒水魚》のA面2曲め。死ぬまで長く長く一歩一歩歩み続けねばならぬ人生を「限りなき道程」に例えるのはごく普通の発想ですね。徳川家康の御遺訓が<人の一生は重荷を負ふて遠き道を行くが如し>で始まることを知っておられる方も少なからずと思います。
・東照公御遺訓:https://www.toshogu.or.jp/about/goikun.php

中島みゆきも、そのまんま『重き荷を負いて』という曲を2006年のアルバム《ララバイSINGER》に収録していたりします。この曲の歌詞もなかなかシビれるんですが、また今度(^o^;

ですが、この手の伝記資料は真偽が定かでない単なる「言い伝え」である可能性を常に頭において置かねばなりません。検索してみたら、やはり出てきました。さすがの「レファレンス協同データベース」で、これによると・・・
<この遺訓は家康が言ったという証拠はなく、徳川美術館館長徳川義宣氏の研究成果として、「いま流布している家康遺訓の底本は伝水戸光圀作「人のいましめ」『天保会記』1830年に見える)であったようである」と書かれています。>
とのことで、チト驚かされたでござる(・ω・ゞ
・細かくはこちらからどうぞ:http://crd.ndl.go.jp/reference/detail?page=ref_view&id=100009052

さて・・・『傾斜』の歌詞の一部分を切り取るのはチト面倒なので、1番の歌詞を。

 傾斜10度の坂道を
  腰の曲がった老婆が 少しずつのぼってゆく
  紫色の風呂敷包みは
  また少しまた少し 重くなったようだ
  彼女の自慢だった足は
  うすい草履の上で 横すべり横すべり
  のぼれども のぼれども
  どこへも着きはしない そんな気がしてくるようだ

  冬から春へと坂を降り 夏から夜へと坂を降り
  愛から冬へと人づたい
  のぼりの傾斜は けわしくなるばかり

  としをとるのはステキなことです そうじゃないですか
  忘れっぽいのはステキなことです そうじゃないですか
  悲しい記憶の数ばかり
  飽和の量より増えたなら
  忘れるよりほかないじゃありませんか


ワタクシ何十年も馬齢を重ねてきましたが、いろいろと重ねて来て思うのは、経験を重ねるということは実は何かをつかむってぇコトだけじゃないような気がするんですね。まぁ「経験」それ自体は「何かをつかむこと」なのでしょうが、その経験を重ねて行くうちに、こだわってしがみついている何かから解放されてラクになるときが何度となくあったんですわ。それと同時に加齢に伴って「老化」というこれまた避けづらい現象を突きつけられるのが残念なのですが、それもまたしゃ〜ないこと。

経験の多い少ないばかりを重視してしまうと、<風呂敷包みは また少しまた少し 重くなって>しまいますし、せっかく<自慢だった足>も長年の酷使ですり減ってしまった<うすい草履の上で 横すべり横すべり>してしまいます。そりゃ〜、<のぼれども のぼれども どこへも着きはしない そんな気がしてくる>に決まってますがな。そもそも<傾斜10度の坂道>は緩い上りにしか思えないかも知れませんが、スキーなら自然停止できないほどの急傾斜(中島みゆきは北海道出身!)であることにも気づいていただきたいです。傾斜10度の坂道>をずっっっと踏みしめながら上り続けるって、めっちゃキツいんですよ〜。

 足元の石くれをよけるのが精一杯
  道を運ぶ余裕もなく  自分を選ぶ余裕もなく
  目にしみる汗の粒をぬぐうのが精一杯
  風を聴く余裕もなく  人を聴く余裕もなく
『重き荷を負いて』2006年)

ですが、この『傾斜』の詩には素晴らしい救いの文言がありますね〜。

 としをとるのはステキなことです そうじゃないですか

この部分から、吹っ切れた感じどころかむしろ諦めを感じさせさえする明るさに楽曲の雰囲気が劇的に変貌しますが、この「経験の蓄積に伴う解放」「加齢に伴うほにゃららw」との間の葛藤がまことにウマいこと表現されているなぁと感服させられます。
「量より質」とは昨今のご時世では「ご無理ごもっとも」と受け取られるようになってしまったwフシもございますが、量ばかりを重視しているのは経験がロクに使えていない証拠。経験の量を忘れるほどに当たり前にできてこそ、その経験が自分の血となり肉となるのですぞ。逆にそうでないと記憶なんぞ簡単に<飽和の量>まで達してしまうワケで、それでは本当に<忘れるよりほかない>というチトもったいない状況に陥ってしまうと思いませんか? 量をどうやって質に転化させるか、情報過多というにも程があるほどの恐ろしい現代に生きる我々にこそ大切な視点であるはずでしょう (`・ω・´)
・・・ワタクシが人一倍物忘れがヨいことの言い訳とも言いますが(・x・ゞ

中島みゆきはこの『傾斜』発表から22年後(!)の2004年に別アルバム《いまのきもち》に違うアレンジで収録しており、<としをとるのはステキなことです>以降でも劇的に変化させず、全体を軽いサウンドに仕立てています。《いまのきもち》は中島みゆきのデビュー30年めのアルバム、それまで自分が横すべりすながらも少しずつのぼってきた傾斜を「ん〜、いろんなことがあったよね〜」てな一種の感慨をもって振り返っているのでしょうね〜。ココは深読みしなくてヨいでしょ(・o・ゞ

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