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カテゴリー「音楽>中島みゆき」の43件の記事

2020年4月 2日 (木)

On Line / On Live 2020:2週間連続無観客コンサート支援のクラウドファンディング、本日(4/2)まで!

Olol2020_cloud



3/28に行った生配信初体験は、On Line / On Live 2020:2週間連続無観客コンサートの一環だったのですが、本日で終了です。コレ、実は、主催者による全額持ち出しにも関わらず主催者に一銭も収入がないことが大問題でして。持ち出しは決して少ない金額ではなく、具体的に・・・

・出演者への謝礼 計50万円👀
・コンサート運営費用(主にスタッフへの謝礼、会場利用料) 計51万円💦
・配信機材の費用 計60万円😵

しかもクラウドファンディング自体、迅速な対応が難しかったとのことで、始まったのがようやく数日前だったりします。あらゆる業種が大幅な縮小を余儀なくされていますが、なにとぞご支援を賜りたく思います。まずは、ココにお立ち寄りくださいませ!

https://silkhat.yoshimoto.co.jp/projects/1261

2020年3月 7日 (土)

中島みゆき 作詞/作曲『忘れな草をもう一度』ソロ:モーツァルトの旅行用クラヴィコード(1763, J.A.Stein)の複製(2002年)

中島みゆきの『忘れな草をもう一度』を、かの神童モーツァルトが7歳のとき(1763年)に買ってもらったJ.A.シュタイン製の旅行用クラヴィコードの複製で弾きました。

クラヴィコードはピアノ以前の鍵盤楽器のなかで最も大切とされていたフシがあり、現代古楽器界w周辺では「独りで音楽の神さまと向き合う」ための楽器とみなされて過度に神聖化wされていたりします。ですが、実は、そのような内なる世界は優しく親密な世界でもあるはずで、現代人にとって大切なのはむしろ後者の性格ですよね。なお、クラヴィコードの音量は世人の想像を超えて小さいですから、背景のノイズが気にならない程度の音量に抑えたうえで少〜し耳を澄ませてくださいませ。聴こえてきますよ〜(・o・ゞ

『忘れな草をもう一度』は1982(昭和57)年発売の中島みゆき13枚目のシングル《横恋慕》のB面で、実はアルバムには収録されていない曲です。忘れな草は春から夏にかけて咲く青い可憐な花、花言葉は「私を忘れないで」そしてそこから転じて「真実の愛」。3月は卒業や別れの季節でもあり、あちこちで「私を忘れないで」「真実の愛=ずっと一緒だよ」という場面が繰り広げられていることでしょう。この季節の花はなんといっても桜でしょうが、忘れな草も忘れないで・・・って、忘れな草ってホントに地味ですからね〜 ヽ( ̄▽ ̄)ノ

それにしてもこの曲の世界はまことに荒涼としていて、果てのないような淋しさを感じてしまいます。2番の出だしと言ったらもうね(T_T)

 春や夏や秋が あるのは
  しあわせ行きの 駅の客です
  君を乗せた 最後の汽車が
  消えた荒野は 長い冬です


主人公(「僕」なので男性です)の置かれた境遇は<長い冬>のままですが、1番の出だしがこうなっているので、主人公が失ってしまった「君」には春が来たのでしょうか。失ってしまった相手が幸せになってしまった経験は誰にでもあるでしょうが、コレ、ホントにホントにホントに切ないですよね。

 ふいに聞いた 噂によれば
  町はそろそろ 春のようです
  君のいない 広い荒野は
  いつも 今でも 冬というのに


まぁそれにしても、主人公の未練がましさもまたなかなかでw この曲の歌詞は中島みゆきにしてはストレートで読みやすいのがイイのか悪いのか。

 君は今も 咲いていますか
  誰のために 咲いていますか
  僕はここで 生きてゆきます
  未練な手紙になりました


さて・・・一定以上の年齢の方で<しあわせ行きの駅>で思い出されるのは、旧国鉄広尾線の『愛国から幸福ゆき』の切符ではないでしょうか。広尾線は中島みゆきが青春を送った帯広から南に伸びていた渋い渋いローカル線で、広大な十勝平野をトコトコ走る風情はなんとも通好みwでございました。そんなローカル線の一枚の切符が一大ブームとなったのは1974(昭和49)年ごろからとのこと、この区間の切符をいったい何百万人が買い求めたことでしょう。この切符を買っても幸せになれなかったヒトたちが国鉄職員に文句を言ったところ、とんちの利いたその職員、「そりゃ〜、アナタがたの最寄り駅から愛国までの往復切符を一緒にしてなきゃダメですよ、キセルじゃ幸せはやってきませんぜと返したとか返さなかったとかwww

広尾線の廃止は国鉄民営化直前の1987(昭和62)年2月2日、ワタクシ、前年の3月の一浪めの入試直後に広尾線を訪ねてそこそこの記録を撮ることができましたが入試の結果は惨敗で二浪へと道が開かれてしまいました(猛爆)。「愛国→幸福」も「幸福→愛国」も、そのとき使ったなつかしの北海道ワイド周遊券も一緒にしていたのになんたることぞw

2020年2月 7日 (金)

中島みゆき 作詞/作曲『二隻の舟』(アルバム《10 WINGS》版)ピアノソロ:1894年ベーゼンドルファー社製ピアノ(ウィーン式アクション/85鍵)で

中島みゆきの『二隻の舟』を、いつもの1894年製アンティークベーゼンドルファーで弾きました。

『二隻の舟』は既に1992年のアルバム《EAST ASIA》の中に入っていましたが、1995年に発売されたアルバム《10 WINGS》ではリメイクされて冒頭を飾っています。『二隻の舟』はファン筋には言わずと知れた「夜会」のテーマソング。「夜会」とは、コンサートでもなく、演劇でもなく、ミュージカルでもない「言葉の実験劇場」をコンセプトとして1989年に始められた舞台で、言葉の使い手である中島みゆきにとってライフワークとも言える存在。そのテーマソングですからワタクシごときが軽々しく見解を述べるのもおこがましく思うのですが、まぁ弾いてしまったからには書かないワケにもいきませぬ。

 おまえとわたしは たとえば二隻の舟
  暗い海を渡ってゆくひとつひとつの舟
  互いの姿は波に隔てられても
  同じ歌を歌いながらゆく二隻の舟


この詩は<おまえとわたし>は<二隻>の<>に乗って<暗い海>を渡っている設定。「隻」という漢字は「ひとつの」という意味を持ち、すなわちそれぞれの舟は分かれておらず「二つでひとつ」という、1+1=1の世界が示されています。・・・という解説はそれこそそこら中にあふれていますね。この曲の歌詞の比喩は中島みゆきにしては異常なまでにwわかりやすく、同時に抽象性をも十全に兼ね備えています。それだけに聴き手それぞれにさまざまな感興を呼び起こすのでしょう。

 時は全てを連れてゆくものらしい
  なのにどうして寂しさを置き忘れてゆくの
  いくつになれば人懐かしさを
  うまく捨てられるようになるの


この曲のイントロはこれ。どんなに人生経験を積んでも<寂しさ>や<人懐かしさ>を捨て去るのは不可能ですもんね。だいたい、人間なんつ〜弱い存在は他者との関係が希薄だと不安に陥るwもので、孤独感とは他者から必要とされていないだけで生じるものではなく、他者を必要としないと思い込んでいるはずの「己」にも実はのしかかってくるんだよなぁ・・・と。

 ひとりでも私は生きられるけど
  でもだれかとならば 人生ははるかに違う
  強気で強気で生きてる人ほど
  些細な寂しさでつまずくものよ
『誕生』1992年)

だからこそ、真に心を通わせられる相手/対象が見つけられたヒトは無敵であります。しみじみと「いぃなぁ」と思わせられるような素敵な老夫婦に出会うたびに、「生涯の伴侶」という日本語は表面的な夫婦関係にとどまらず精神的なつながりをも表現しているんだろうなぁ、と思います。ですが、この『二隻の舟』の世界はあくまでも舟が「ふたつ」ですから、ちぃとばかし状況は異なるようです (´・ω・`)

 敢えなくわたしが波に砕ける日には
  どこかでおまえの舟がかすかにきしむだろう
  それだけのことでわたしは海をゆけるよ
  たとえ舫い綱は切れて嵐に飲まれても


『二隻の舟』とは、心を通わせているとは言えあくまでも他者どうしなのでわかり合えることは絶対にない他者どうしのつながりなのでしょうね。しかしその他者どうしは<互いの姿は波に隔てられても><同じ歌を歌いながらゆく>という、特別な関係の他者なのです。この両者の間には確固たる信頼感がありますが、そこに茫漠たる不安感と静かな覚悟が同居しており、なんとも言い表せぬ心持ちにさせられますね。まぁそもそも人間なんて全てが他者どうしですから、「わかり合う」とはなんぞや、と併せて考えたいかも。

さて、ここで全く別の切り口を提示しておきましょうか。この『二隻の舟』の世界は舞台人にとって「客席」と「舞台」であり、同時に「芸術の神」と「自分」であり、はたまた「自分」と「自分」なんですね〜。神はおのれの心の裡にあり (`・ω・´)

2020年1月 7日 (火)

中島みゆき 作詞/作曲『India Goose』ピアノソロ:1894年ベーゼンドルファー社製ピアノ(ウィーン式アクション/85鍵)で

中島みゆきの『India Goose』を、いつもの1894年製ベーゼンドルファーで弾きました。

『India Goose』は2014年10月に発売されたアルバム《問題集》のラストを飾る曲、このアルバム《問題集》の2曲めはNHKの朝ドラ『マッサン』の主題歌の『麦の歌』で、覚えている方も少なくないのではないでしょうか。そして『India Goose』は翌月公開だった《夜会 VOL.18「橋の下のアルカディア」》のラストを締めくくる大曲でもあります。中島みゆきは《夜会 VOL.18「橋の下のアルカディア」》について、「今回は、テーマが"捨てる"なんです。"捨てる" "捨てられる"。その両方ですね」と語ったとのこと。何かを得るためには何かを失わなければならぬというのが冷厳な現実とはわかっているつもりですが、いざ自分の身に突きつけられると正面から向き合うのは至難の業。ワタクシのような凡人はどうしても逃げやごまかしに走りがちですが、なぁにかまいませんや。それでも死ぬまで生きていかねばならぬのが人生ですからね。今年こそ断捨離しなきゃと思って何年経ったことやらw

さて India Goose ってなんじゃらほい、と検索してもこの曲ばかりが出てくるのですがそれもそのはず、単に「インド」「雁または鵞鳥」と名詞が2つ並んでいるだけですからね。インド雁の学名は ‘Anser Indicus’ で Anser は「」、Indicus は「インドの」という意味なので英訳が Indian Goose となり、日本人向けwだし India Goose で・・・とゆ成り立ちと邪推できます。ちなみに英語ではインド雁のことを "Bar-headed goose" と言いまして、そりゃ検索に「インド雁」が出てこないのも当然でしょう。

さて、インド雁はモンゴル高原で繁殖して冬は越冬のためにインドで過ごします。その長い長〜い飛行の間には、そう、チベット高原とヒマラヤ山脈があるんですね〜 (`・ω・´)

1953年、ヒラリーとテムジンが世界で初めてエベレストに登頂しました。この時の登山隊の一人が「エベレストを越えていく雁を見た」と語ったとのこと(ヒマラヤじゃないの? と突っ込みたくもなりますがw)。8000mの高さでは気圧は平地の3分の1程度で、当然酸素の絶対量もそれに応じて少ないわけです。加えて空気の密度が低いので羽ばたいて揚力を得るのは困難を極めます。そのため空気の密度が高い夜に飛ぶことも多いとか。そう言えば、木曽御嶽山の噴火での救出作業のとき、高度3000mでホバリングできた日本のヘリコプター操縦技術が世界で神とあがめられたとかなんとか。

渡り鳥は年に2度の決死の旅を生涯続ける存在で「覚悟の象徴」とされるのは当然でしょう。それに加えてインド雁の渡りは薄い空気の中を何日も飛び続ける過酷なものですが、そこには「悲壮な決意」だけでなく「無限の勇気」をも感じますね。この唄もまことに強いこと強いこと。

 次の次の北風が吹けば 次の峰を越えてゆける
  ひとつひとつ北風を待って 羽ばたきをやめない


導入としてまことに簡潔な場面説明。インド雁の生態を知らない聴き手(ワタクシもそうでした;;;)にとっても峰を越す渡り鳥のことを詠んでいることがわかります。不特定多数に届けさせるためには一読しておおむねの意味が取れることと深読みしようと思えばできるという両側面を備えていないとならん、という好例と思います。

 さみしい心先頭を飛んで 弱い心 中にかばって
  信じる心いちばん後から 歌いながら飛ぶよ


強い強いこの詩の中でのこの2行、とりわけ美しく印象的と感じるのはワタクシだけでしょうか。中島みゆきはここで声音と語り方を優しげな雰囲気に変えていますが、いやホンマ、見事の一言に尽きます。えてして狭い世界に閉じこもりがちなクラシック音楽な方々も、このような総合力に驚ける程度の判断力を備えてほしいモノです。そして<歌いながら飛ぶよ>で締めるとは、なんというセンスでしょう!

 ほら次の雪風にあおられて
  小さな小さな鳥の列が なぎ払われる
  小さな小さな鳥の列が 組み直される
  飛びたて 飛びたて 戻る場所はもうない
  飛びたて 飛びたて 夜の中へ


この5行こそがサビですが、普通は偶数行数で構成されるところをあえて破格の奇数行にしているのが興味深いですね。また<なぎ払われる>→<組み直される>という行動が暗示するインド雁の不屈の魂はそれが<小さな小さな鳥の列>であることでさらに強い印象になっているように思えます。そう言えば、中島みゆきの「不屈の魂」に対する応援歌はまことに勇ましく力強く、そして愛情にあふれていますね。

 望みの糸は切れても  救いの糸は切れない
  泣き慣れた者は強かろう  敗者復活戦
『倒木の敗者復活戦』(2012年)

 その船を漕いでゆけ おまえの手で漕いでゆけ
  おまえが消えて喜ぶ者に おまえのオールをまかせるな
『宙船』(2006年)

 暗い水の流れに打たれながら 魚たちのぼってゆく
  光ってるのは傷ついて はがれかけた鱗が揺れるから
  いっそ水の流れに身を任せ 流れ落ちてしまえば楽なのにね
  やせこけて そんなにやせこけて魚たちのぼってゆく
『ファイト!』(1983年)

さて第二番、ここでようやっと「逆風」というキーワードが出てきます。冷静に考えるとヒマラヤをインドに向けて越えるときは北風では逆風にならないのですが、まぁそこはイメ〜ジっつことで。消されるかな (((( ;゚Д゚)))

 強い鳥は雪が来る前に 既に峰を越えて行った
  薄い羽根を持つ鳥たちは 逆風を見上げる
  いつの風か約束はされない いちばん強い逆風だけが
  高く高く峰を越えるだろう 羽ばたきはやまない


空気の密度の低い超高度を翔る<小さな小さな鳥>たちですから、逆風を巧みに使わないと<高く高く峰を越える>のは困難。ですが、あくまでも逆風ですから先に進めないというリスクと向かい合わせ(隣り合わせではナイw)なんですよね〜。弱く小さき者たちであるからこそ宿命に立ち向かわざるを得ない場面に頻繁に遭遇するものでして、まぁ、なんつ〜か、やるっきゃないんですわな。とほほ。

 負けんもんね  負けんもんね
  負けとる場合じゃないんだもんね
『負けんもんね』(2010年)

 

2019年12月 2日 (月)

中島みゆき 作詞/作曲『十二月』ソロ:モーツァルトの旅行用クラヴィコード(1763, J.A.Stein)の複製(2002年)で

さぁいよいよ年の瀬が見えてくる12月2日は不肖ワタクシの誕生日でございます。この年齢になっても誕生日はそれなりに嬉しいモノでありますが、折り返し地点をとっくに過ぎたんだなぁ・・・とも思わざるを得ないフクザツな日とも。まぁワタクシ一回しか折り返さないつもりは毛頭ございませんがね〜 (`・ω・´)

さて、この記念すべき(?)日に全くふさわしくないw曲、中島みゆきの『十二月』を、かの神童モーツァルトが7歳のとき(1763年)に買ってもらったJ.A.シュタイン製の旅行用クラヴィコードの複製で弾きました。クラヴィコードはピアノ以前の鍵盤楽器のなかで最も大切とされていたフシがあり、現代古楽器界w周辺では「独りで音楽の神さまと向き合う」ための楽器とみなされて過度に神聖化wされていたりします。ですが、実は、そのような内なる世界は優しく親密な世界でもあるはずで、現代人にとって大切なのはむしろ後者の性格ですよね。なお、クラヴィコードの音量は世人の想像を超えて小さいですから、背景のノイズが気にならない程度の音量に抑えたうえで少〜し耳を澄ませてくださいませ。聴こえてきますよ〜(・o・ゞ

『十二月』は1988年発売のアルバム《グッバイ ガール》のA面ラストに収録されておりますが、二番の歌詞のあまりの鋭さにアルバムではカットしてしまったといういわくつきのとんでもない曲だったりするんですわ。なお、この「幻の二番」込みのフルバージョンは、アルバムリリース翌年1989年の『夜会』第一回と1997年のコンサート『パラダイス・カフェ』で披露されています。ニワカなもんで1番と2番のつなぎがどう処理されていたのかは知らないのですが、安直につなげて(おっと(^x^;)疑似的フルバージョンに仕立ててみました。なお、このアルバム《グッバイ ガール》と同じ題名の楽曲『グッバイ ガール』はこのアルバムには収録されておらずにシングルのみであるとか、このアルバムはCD時代になってからのLPアルバムのラストなのでプレス枚数が少なく中古市場では高値で取引されているとか、いろいろと余計なハナシもございまして。最近ちょっと値が下がったので某ヤフオクでウッカリ落札してしまったというのもココだけのハナシ(・x・ゞ

 自殺する若い女が この月だけ急に増える
  それぞれに男たち 急に正気に返るシーズン
  大都会の薬屋では 睡眠薬が売り切れる
  なけなしのテレビでは 家族たちが笑っている


・・・イヤ、そもそも、ダメでしょ、この唄い出し。新年を控えた歳末にあらためて現実を整理して省みるというごく普通のことを、現実を家庭に置き換えて男たちが急に正気に・・・という表現のネタにするとはかなりのアタマのキレっぷり。しかもその家庭には<なけなしのテレビ>でテレビの中で<家族たちが笑っている>のですからね〜。《グッバイ ガール》が発売された1988年といえばバブル期まっただ中そして20年にわたるスキーブームの終末期、前年の1987年には映画『わたしをスキーに連れてって』の封切りもございました。そういえば『わたしをスキーに連れてって』の音楽はユーミンで『恋人がサンタクロース』が主題歌を凌駕して大当たりしましたね〜。そんな年のスキーシーズンが始まる時期の11月16日に、『十二月』をA面ラストそして『吹雪』をB面ラストに据えたアルバム《グッバイ ガール》をリリースするなんて、よくもまぁヤッたもんで。販売サイドでキラキラなユーミン vs ダークな中島みゆきという図式があったのかもしれませんが、バブル期でパワーが半端なかった時代とはいえいくらナンでも真っ黒に振らせ過ぎでしょw

 誰を責めるつもりもない 誰に語るつもりもない
  横たわる口元は 周到な愛を笑っている
  膝を抱えた掌が 力尽きて凍えていく
  開かれたアドレスは 連絡先がひとつもない
    何万人の女たちが あたしはちがうと思いながら
    何万人の女たちと 同じと気がついてしまう月
   人の叫びも 鴃(もず)の叫びも
   風の叫びも 警笛(ふえ)の叫びも
   みんな似ている みんな似ている
   人恋しと泣け 十二月


かの「幻の二番」がコレ。う〜ん、別に自主規制するほどの内容かな〜と思いますし、逆に昨今はやりの「自己責任」という決まり文句wとは次元の違う覚悟の強さを感じてしまうのはワタクシだけでしょうか。とは言え<開かれたアドレスは 連絡先がひとつもない>のはバブル期にあってはむちゃくちゃに淋しい状況ですし、いづれにせよ酷い歌詞ですわ (´・_・`)

一般的な十二月の景色はクリスマス・年の瀬・正月という華やかな景色で、しかも1988年当時はバブルまっただ中ですから年がら年中「華やか」だったところに上乗せされた華やかさでしたね。まぁ世間がそうであってもごくごく普通の人の日常とは華やかさとは無縁で世間に触れてもらえない部分で、そして世間に乗れていなかった人々こそがバブル崩壊を乗り切れたであろうことにも眼を向けたいと思います。タピオカは台湾では昔っから日常ですが、日本でのブームはいつまで続くんでしょうね〜w

 人よ信じるな けして信じるな
  見えないものを
  人よ欲しがるな けして欲しがるな
  見果てぬものを
   形あるものさえも あやういのに
    愛よりも夢よりも 人恋しさに誘われて
    愛さえも夢さえも 粉々になるよ
『愛よりも』1988年)

《グッバイ ガール》B面2曲めがこの『愛よりも』ですが、まさにバブルに浮かれていた時代を見極めていたかのようなこの1番の歌詞。そしてB面ラスト=アルバムのラストに置かれた『吹雪』の最後の最後で浮かれた雰囲気にとどめを刺されます。

 疑うブームが過ぎて 楯突くブームが過ぎて
  静かになる日が来たら 予定どおりに雪は降る
    どこから来たかと訊くのは 年老いた者たち
    何もない闇の上を 吹雪は吹くだろう
『吹雪』1988年)

<愛さえも夢さえも粉々に>なって<ブームが過ぎて静かになる日が来たら><何もない闇の上を 吹雪は吹くだろう>・・・と部分を切り取って物語を作りなおすwのもどうかとは思いますが、はやりすたりと無縁の「変わらぬもの」ってなんでしょうね。思春期を帯広で過ごした中島みゆきですから、一夜にして周囲を一変させる存在であって解けてしまえばウソのように元通りになる「雪」という自然現象に特別の感覚を持ち、はやりすたりと無縁の「変わらぬもの」を人間の力の及ばぬほど強大な自然の営みに例える感覚を育んでいたのかもしれません。「雪は天から送られた手紙である」と遺したのは雪の結晶の研究で名高い物理学者の中谷宇吉郎博士(1900-1962)ですが、中島みゆきはこの言葉を手がかりとして雪と氷の不思議な世界を『夜会VOL.11 ウィンター・ガーデン』で表現しようとしたとのこと。『夜会VOL.11 ウィンター・ガーデン』が上演されたのは2000年、<中谷博士が生まれてちょうど百年目の年の冬>であります。どうぞ『六花』の怪説もご覧になってくださいませ。

『六花』ピアノソロ:1894年ベーゼンドルファー社製ピアノ(ウィーン式アクション/85鍵)で

 好きになるのも 信じきるのも
  待ちわびるのも 思い切るのも
  みんな自由だ みんな自由だ
  人恋しと泣け 十二月


中島みゆきの詩の中でも指折りの酷さを誇るこの『十二月』の唯一の救いはここでしょうか。はてさて、自由とは。

2019年11月 7日 (木)

中島みゆき 作詞/作曲『誘惑』ソロ:モーツァルトの旅行用クラヴィコード(1763, J.A.Stein)の複製(2002年)で

中島みゆきの『誘惑』を、かの神童モーツァルトが7歳のとき(1763年)に買ってもらったJ.A.シュタイン製の旅行用クラヴィコードの複製で弾きました。ん? 歴史的楽器で現代の音楽を弾く必然性? 別に全っ然ございませんがナニか? ( ̄ー ̄)

クラヴィコードはピアノ以前の鍵盤楽器のなかで最も大切とされていたフシがあり、現代古楽器界w周辺では「独りで音楽の神さまと向き合う」ための楽器とみなされて過度に神聖化wされていたりします。ですが、実は、そのような内なる世界は優しく親密な世界でもあるはずで、現代人にとって大切なのはむしろ後者の性格ですよね。なお、クラヴィコードの音量は世人の想像を超えて小さいですから、背景のノイズが気にならない程度の音量に抑えたうえで少〜し耳を澄ませてくださいませ。聴こえてきますよ〜(・o・ゞ

『誘惑』は1982年4月にシングルで発売され(カップリングは『やさしい女』)、前年に発売されてオリコンチャート第1位で80万枚以上のセールスとなった『悪女』に続いて40万枚以上のセールスを記録しています。なるほど、確かに『悪女』はそこらじゅうで耳にしていましたし、『誘惑』もおおむね記憶がありますが、この『誘惑』はオリジナルアルバムに収録されていないという。まぁこの曲のめっちゃ無理やりにアイドルっぽさ(当時の)を狙っているかのような「つくり方」からして、中島みゆきのアルバムにネジ込むのはチト難しそうな気もしますけどw

 やさしそうな表情は 女たちの流行
  崩れそうな強がりは 男たちの流行
  本当のことは 言えない
  誰も 口に出せない
  黙りあって 黙りあって
  ふたり 心は冬の海

  悲しみは 爪から
  やがて 髪の先まで
  天使たちの歌も 忘れてしまう


この『誘惑』はもの悲しくも軽くさらりと聴けちまいますが、なかなかにフクザツな歌詞であります。だいたい、一体全体この歌詞のどこに『誘惑』の要素があるんでしょ。これだけでは、切実さそしてやりきれなさに満ちた大人の苦悩に満ちた男女関係な唄ですがな。強いて言えば、<やさしそうな表情>がオンナの誘惑カードで、<強がり>がオトコの誘惑カードなのにはな〜るほど納得させられるよなぁと。オトコの<崩れそうな強がり>とバレては誘惑カードにはならないのですが、オンナには全てバレているのよ〜・・・というのは別のハナシかしらんw

 あなた 鍵を 置いて
   髪を 解いて
  さみしかった さみしかった
  夢のつづきを 始めましょう


ここでハタと気づかされます。会話で心を通じ合えなきゃなのにオトナになるほど素直になれなくなって、<ふたり 心は冬の海>というほどにどうにもならない状況を打開するため、否、ひとときでも忘れるための手段の一つが『誘惑』なのではないでしょうか。この場面ではオンナの方がお互いのつながりを確かめ合うべく一歩踏み出しての『誘惑』でしょう。あなた(=オトコ)は心の鍵を置いて、私(=オンナ)は髪を解いて(→情事の象徴)、ふたりのつながりを再確認して夢のようだったあのころのつづきに戻りましょう! という、妖しくも切実な詞と読んでしまいました。いや、マジでホントにこのサビは大モンダイですよ〜。

 淋しいなんて 口に出したら
  誰もみんな うとましくて逃げ出してゆく
  ・・・
  夢も哀しみも欲望も 歌い流してくれ
『歌姫』1982年)

 悲しい記憶の数ばかり
  飽和の量より増えたなら
  忘れるよりほかないじゃありませんか
『傾斜』1982年)

 肩に降る雨の冷たさは生きろと叫ぶ誰かの声
  肩に降る雨の冷たさは生きたいと迷う自分の声
『肩に降る雨』1985年)

大人とはさまざまな「どうしようもない現実」を抱えざるを得ない存在で、それでももがき苦しみながら生きねばならぬ・・・というのは中島みゆきの詩には枚挙にいとまがない、いわばテーマの一つである気がしています。その「どうしようもない現実」を癒すのが、『傾斜』では忘れるという積極的解決(なのか?w)、『誘惑』ではひとときの悦楽、『歌姫』では神の一つの化身であろう歌姫に委ねるという選択となっているのですね。はてさて、『誘惑』が1982年4月発売のシングルで『傾斜』と『歌姫』が1982年3月発売のアルバム《寒水魚》というのは単なる偶然でしょうか?

 悲しみを ひとひら
  かじるごとに 子供は
  悲しいと言えない 大人に育つ


いやはや、その通りで。『誘惑』というオトナな所業を題名にしている詞に同時にオトナのツラさを織り込むとは、中島みゆき恐るべしヽ( ̄▽ ̄)ノ

2019年10月 7日 (月)

中島みゆき 作詞/作曲『伝説』ピアノソロ:1894年ベーゼンドルファー社製ピアノ(ウィーン式アクション/85鍵)で

中島みゆきの『伝説』を、いつもの1894年製アンティークピアノで弾きました。

この『伝説』は1996年に発売されたアルバム《パラダイス・カフェ》の2曲めに収録されています。元々は1994年の映画『四十七人の刺客』(監督:市川崑)のために作られたのですが、すでに別の曲の起用が決まっていたことでお蔵入りとなってしまった曲です。このエピソード、なんだかこの曲の詩と相通じるような気がしませんか?

 風につづるしかなかった手紙 あなただけは読んで
  雪でつくるしかなかった形見 あなただけを抱いて
  記された文(ふみ)だけがこの世に残ってゆく
  形ある物だけがすべてを語ってゆく
  叫べども あがけども だれがそれを知るだろう
  だれも だれも だれも……
  (だれも だれも だれも……)>


>や<>を使うのは中島みゆきの常套手段で、やはり十勝平野ど真ん中の帯広で青春を送り感性を育んだ環境あればこそでしょう。風も雪も人間ごときの力では太刀打ちできないほどに強大な相手なのですが、過ぎ去ってしまえば嘘だったかのように跡形もなく消えてしまうこともまた同じ(被害ばかりが残ることもまた同じか(^^;;;)自分ごときの存在なんて広大な宇宙の中ではどれほどのものでもない、という意識に人知れず心乱れつつせめて被害ぐらいは与えたいモンですが、いやいやいやw

この曲ってタイトルとして『伝説』という言葉がつけられているのに、実際に詠われているのは残る伝説ではなく風や雪のように消えてしまう方の伝説、というのがなかなかのねじれっぷりですね。まぁ消えてしまう存在であってもてめぇは叫んであがいて精一杯生きねばならぬのが世の常でございまして、なんとも切ないです。そう感じないで人生を送れるようなおめでたさが羨ましくなることもありますが、それはそれでまたフクザツな人生であるという現実もあり。

この詩の<あなた>とは想いびとでも自分の理解者でもなんでもいいですが、とにかく<あなた>という存在を乞い願う気持ちは自分がただ消えるだけでない何か生きている証(=実感)を乞い願う気持ちなのでしょう。人間とは一個の孤独な存在なのは確かですが、本当に孤独になってしまうと生き続けるのは不可能であります。消える伝説も残る伝説もございますが、残る伝説であっても分野が違えば気にも留められないのが当然のことでして。それにかかわらず、全てのひとの生きざまは『伝説』にふさわしい存在なのです。存在自体が消えてしまうことは断じてございませぬぞ (`・ω・´)

 100億の人々が
  忘れても 見捨てても
  宇宙の掌の中
  人は永久欠番
『永久欠番』1991年)

2019年9月 7日 (土)

中島みゆき 作詞/作曲『ひとり上手』ソロ:モーツァルトの旅行用クラヴィコード(1763, J.A.Stein)の複製(2002年)で

中島みゆきの『ひとり上手』を、かの神童モーツァルトが7歳のとき(1763年)に買ってもらったJ.A.シュタイン製の旅行用クラヴィコードの複製で弾きました。ん? 歴史的楽器で現代の音楽を弾く必然性? 別に全っ然ございませんがナニか? ( ̄ー ̄)

クラヴィコードはピアノ以前の鍵盤楽器のなかで最も大切とされていたフシがあり、現代古楽器界w周辺では「独りで音楽の神さまと向き合う」ための楽器とみなされて過度に神聖化wされていたりします。ですが、実は、そのような内なる世界は優しく親密な世界でもあるはずで、現代人にとって大切なのはむしろ後者の性格ですよね。なお、クラヴィコードの音量は世人の想像を超えて小さいですから、背景のノイズが気にならない程度の音量に抑えたうえで少〜し耳を澄ませてくださいませ。聴こえてきますよ〜(・o・ゞ

『ひとり上手』は1981年のアルバム《臨月》の中の一曲ですが、それに先行して1980年にシングルで発売されています。1977年にシングルで発売され、1978年のアルバム《愛していると云ってくれ》所収の『わかれうた』ほどの大ヒット(オリコンシングルチャート1位を獲得!)にこそなりませんでしたが、まさに「ふられソングの女王」としての面目躍如。フラれたときの複雑にねじ曲がった心の動きをこんなにも単刀直入に表現できるのは、やはり言葉の選び方が と び っ き り なんでしょうね〜。

さて、一番の歌詞全体をどうぞ。

 私の帰る家は
  あなたの声のする街角
  冬の雨に打たれて
  あなたの足音をさがすのよ

  あなたの帰る家は
  私を忘れたい街角
  肩を抱いているのは
  私と似ていない長い髪

  心が街角で泣いている
  ひとりはキライだとすねる
  ひとり上手とよばないで
  心だけ連れてゆかないで
  私を置いてゆかないで
  ひとりが好きなわけじゃないのよ


未練たっぷりの主人公に、すでに「済んだコト」として気にも止めていない昔のオトコ。いやそれどころか、その昔のオトコは主人公のことをひとり上手な女だからオレがいなくたって大丈夫だろ・・・とすら思っているようにすら読めます。中島みゆきの詩によ〜く登場する「ちょっと恋して(恋した気になって)すぐ独りになってしまう女」ですね〜。

 わかれはいつもついて来る 幸せの後ろをついて来る
  それが私のクセなのか いつも目覚めれば独り
『わかれうた』1977年)

 あの人は言う 街角で言う
  別れやすい奴だってさ
『グッバイ ガール』1989年)

ひとり上手>と思われてしまう主人公の芸風wにもいささかの問題はありましょうが、オトコってぇヤツは、ま〜、なんつ〜か、身勝手なヤツでございますね〜。まぁ人間世界、ま〜さかこんなパターンだけなハズはございませんが、中島みゆきの詩ですから泣くのは基本的に主人公のオンナなのでありま〜す ヽ( ̄▽ ̄)ノ

オンナでもオトコでも<ひとり上手>と自称していようが他称されていようが、程度の差こそあれひとりでは生きて行けないのがいわゆる社会的存在である人間。だからこそ、ラストの < ひ と り が 好 き な わ け じ ゃ な い の よ > という表現に大きな説得力が生まれるのではないでしょうか。それなのに、意識がお高くあらせられて「自分は世の中と一線を画していて、自分の美意識に生きている!」とかなんとか世間さまに猛アピールする方々が少なくないのには失笑を禁じ得ません。世間さまに猛アピールすること自体が独立独歩とは真逆でナンセンスの極みであることに気づけないおめでたい方々こそが「ひとりが好き」なんでしょね。否、「ひとりが好きな自分が好き」な自己愛をこじらせた連中でありま〜す。ネット歴が無駄に長いワタクシゆえ「本当は群れるのはキライなんだけど、ナゼか素敵な人たちが集まってくれて感謝してます」な〜んて発言を目にしたことは何度となくございますが、この十重二十重に歪みきった精神にはさすがに病理を感じてゾッとしますね〜 (((( ;゚Д゚)))

 争う人は正しさを説く  正しさゆえの争いを説く
  その正しさは気分がいいか
  正しさの勝利が気分いいんじゃないのか
『Nobody is Right』2007年)

いろいろ逸脱してすんません。こんな長い駄文をココまで読んでくださった貴方、ホント、心から感謝しております(・x・ゞ

2019年8月 7日 (水)

中島みゆき 作詞/作曲『愛が私に命ずること』ピアノソロ:1894年ベーゼンドルファー社製ピアノ(ウィーン式アクション/85鍵)で

中島みゆきの『愛が私に命ずること』を、いつもの1894年製ベーゼンドルファーで弾きました。

この『愛が私に命ずること』は2008年に公開されたミュージカル『SEMPO~日本のシンドラー杉原千畝物語』のために書き下ろされ、翌年2009年に発売されたアルバム《DRAMA!》の5曲めに収録されています。このアルバム《DRAMA!》は、ミュージカル『SEMPO 〜日本のシンドラー 杉原千畝物語〜』に提供した曲から選んだ前半6曲と、夜会 VOL.15『〜夜物語〜元祖・今晩屋』(2008年 - 2009年)、夜会 VOL.16『〜夜物語〜本家・今晩屋』(2009年)で歌われた書き下ろし曲から選んだ後半7曲との計13曲からなっています。

 すべて愛が私たちに命ずることなら
  ためらいはしない
  怖れもなく 後も見ず 歩いてゆけるだろう

朗々とした唄い出しにふさわしく、強靭で格好イイ決意表明ですね〜。他の者の言いなりにならず、あくまでも<>のみに従う、と。字面だけでも充分に格好イイのですが、この曲はミュージカルのための音楽ですから、主人公の人となりを併せて怪釈しなくちゃです (`・ω・´)

ミュージカル『SEMPO~日本のシンドラー杉原千畝物語』で描かれている杉原千畝(すぎはらちうね/1900-1986)は、第二次世界大戦中リトアニアに赴任していた際に、ナチスの迫害により欧州各地から逃れてきた難民たちに外務省からの訓令に反して1940年7月から8月にかけて大量の通過査証を発給したことで知られています。官僚組織とはどんなに冷酷な決定でも官僚個々人の罪悪感なしに粛々とコナせてしまう、という一面がありますよね。まぁそれぞれにお立場もご都合もございますし、それに対する評価をとやかく申し上げるのはヤボ。少なくとも、当時の杉原千畝氏にとっては本省からの「行先国の入国許可手続を完了し、旅費および本邦滞在費などの携帯金を有する者にのみに査証を発給せよ」という指示は<愛と違うものが命ずること>だったのでしょう。そして難民に対する人道的感情が<愛が私に命ずること>であったのでしょう。2番の唄い出しはナルホドさすがな対語法(・o・ゞ

 もしも愛と違うものが命ずることなら
  従いはしない
  立ち塞がる悲しみや痛みを見据えても

誰しも好き好んで難民になるはずはございません。同じく、本省の官僚も単なる意地悪で難民に対する通過査証の発給を拒絶したはずもなく、ただ発給条件の通りにせよという指示をしただけだったことでしょう。万人に等しく絶対的な正義は存在しませんし、同時に万人に等しい愛も与えるのは不可能であります。かなりの紆余曲折を経て、杉原千畝氏の日本政府による公式の名誉回復はようやく2000年のこと。生誕100年の節目であったのは偶然でしょうか。

 ある朝 誰の国と名付けられても
  王冠は日暮れには転がるもの

島国日本にいる我々にとってこの感覚は普通ではないと思いますが、多民族入り乱れ混血も進んでいる大陸では当たり前の感覚です。絶対的な安全も正邪もそもそも存在しないのであれば絶対的な規範もまた存在しないこととなり、これはめっっっちゃ不安ですよね〜。そのため、例えば自分の中に規範を設けようとしてそれが「愛」となったり、自分の外に規範を設けようとしてそれが「神」となったりするのではないでしょうか(そこに「権力」という奴がひそむとヤヤこしいのですが、それは別のハナシw)規範がブレて他の者の甘い言葉についノってしまうと残念な結果になる・・・こんな例には枚挙にいとまがありませんが、それでも人間ってヤツは弱いモンでしてねぃ。う〜む(・o・ゞ

 さまよう民となって離れるときも
  2つのかけら遠く呼び合うだろう
  誰の救けもらえたなら 私たちは寄り添うだろう

たとえ難民となって祖国を離れても、心は常に祖国とともにあり。かのショパン(1810-1849)は祖国ポーランドを離れて二度と戻れませんでしたが、ショパンの音楽は強烈な愛国心に満たされたものでした。大国のはざまで翻弄され続けたポーランドの民の愛国心とは、日本人にはおよそ想像を絶するほど強く固いものであったことでしょう。まさに強靭な<>そのものであります。<ショパンの作品は、花のかげに隠れた大砲である(シューマン)

それと同時に、この<2つのかけら遠く呼び合うだろう>は、中島みゆきのライフワークである『夜会』のテーマ曲とされている『二隻の舟』の世界観に直結しています。

 敢えなくわたしが 波に砕ける日には
  どこかでおまえの舟が かすかにきしむだろう
  それだけのことで わたしは海をゆけるよ
  たとえ舫い綱は切れて 嵐に飲まれても『二隻の舟』1989年)

このように「ともに歩めなくても艱難辛苦を超えて幸せに!」と相手の幸せを願い続けるには、それぞれを大きく包み込み結びつけて「より大きく幅広いひとつ」にするなにかが共有できていないと不可能なこと(そう言えば「隻」という漢字は「ひとつの」という意味を持っていますね)それはそれで素晴らしく尊いのですが、やはりそれだけでなく物理的wに寄り添いたいと願うのが人情。そのためには、やはりなにかしらの<救け(たすけ)>が必要なのがいわゆる社会というものなんだろうなぁと。現代に生きる我々にとって、この<救け>ってますます大切になってきている気がしませんか?

2019年7月 7日 (日)

中島みゆき 作詞/作曲『鷹の歌』ピアノソロ:1894年ベーゼンドルファー社製ピアノ(ウィーン式アクション/85鍵)で

中島みゆきの『鷹の歌』を、いつもの1894年製ベーゼンドルファーで弾きました。

この『鷹の歌』は2010年に発売されたアルバム《真夜中の動物園》所収。中島みゆきにしてはかなり単純な曲調ですが、この曲調がむしろ堂々たる「鷹」のイメージに見事に合致していると思います。詩もかなり簡潔で、とても一部分を取り上げられるようなものではない気がします。

 あなたは杖をついて  ゆっくりと歩いて来た
  見てはいけないようで  私の視線はたじろいだ
  あなたはとても遅く  身体を運んでいた
  まわりの人はみんな  いたわりの手を差しのべた
  鷹と呼ばれていた人が
  這うように命を運ぶ
  「見なさい」  あなたの目が
  「見なさい」  私を見た
  「怖れるなかれ  生きることを」
  鷹の目が  見つめて来た


「鷹」を「誇り高き存在の象徴」と例えるのは、ごく普通のことでしょう。すなはち「老いた鷹」とは、身体こそ衰えて意のままにならなくなってしまっても誇りを失わずに堂々とした存在。周囲は限りないリスペクトを老いた鷹に捧げるも、悲しいかな、老いとは残酷なもの。

 鷹と呼ばれていた人が
  這うように命を運ぶ


大空を悠然と翔けていたはずなのに、今となっては<這うように>というありさまに。しかし、それを受け入れねばならぬのが人生。なんともやるせないことですが、死ぬまで<命を運ぶ>のがさだめ/運命ですね。ホント、この二行の印象の強さといったらもう、グッと来ますよ〜。しかも、その老いた鷹がたじろいだ私に<「見なさい」「怖れるなかれ 生きることを」>と、これは強烈ですね。中島みゆきは、老いを詠う詩の一つである『傾斜』で・・・

 のぼれども のぼれども
  どこへも着きはしない そんな気がしてくるようだ
『傾斜』1982年)

と老いの一つの特質を衝いていますが、それでも、ひとりひとりの人生を裏打ちしているのは各人の「誇り」ではないでしょうか。まぁ無論、ホンモノの鷹を目の当たりにしてしまうとたじろいで視線をそらしてしまうのも無理はございませんが。ハイすんません、ワタクシにも思い当たるフシが数限りなく(・x・ゞ

さて二番。

 世界は変わってゆく  あなたはいつもそれの
  変えてはならないことを  つよく叫び続けて来た
  世界は変わってゆく  あなたを嘲笑いながら
  私はあなたの歌を  痛々しく聴き返す
  灰色の翼は痩せて
  かすれた鳴き声をあげて
  「見なさい」  あなたの目が
  「見なさい」  私を見た
  「命を超えて続くものを」
  鷹の目が  叫んでいた


いま現在、社会が加速度的に「おかしく」なっているような感覚を持っている人は少なくないだろうと思います。この違和感はあまりにも漠然としているために論理立てて説明するのは困難なこと、それがためにいわゆる「エビデンス」を求められたとたんに口をつぐまざるを得ないんですよね。コレ、自分が世界に嘲笑われた瞬間とも言えようかと思います。・・・はて、鷹が叫び続けてきた<変えてはならないこと>とは・・・そうです。命を超えて続くものに他なりませんね。

科学技術も医療も目覚ましい発達を始めたのはわずかに百数十年程度昔のこと、この動画で使っているベーゼンドルファーのピアノは1894年製ですから、まさにその時代の楽器です。まだまだ解明できないことだらけで音楽に呪術的な意味が多分に残っていた時代に作られた楽器ですからそもそも「持っているモノ」が現代の楽器とは全く異なり、入手してからけっこうな年月が経ちますが、いまだにこんなに不可思議な音が出てくるのか! と驚かされることが少なくありません。このベーゼンドルファーが作られた19世紀末のウィーンと言えば、クリムト(1862-1918)が活躍していた時代でもあり、その当時の美意識がこのピアノに吹き込まれていたのは想像に難くないでしょう。芸術や思想とはまさに<命を超えて続くもの>であり、それはゴッホ(1853-1890)の例を挙げるまでもなく、生前に世間に知られたかどうかとは無関係です!

 街は回ってゆく 人1人消えた日も
  何も変わる様子もなく 忙しく忙しく先へと
  ・・・(中略)・・・
  100億の人々が
  忘れても 見捨てても
  宇宙の掌の中
  人は永久欠番
『永久欠番』1991年)

老いた鷹は生涯の終わりが近いことを知っているのでしょう。老兵は消え去るのみとも申しますが、それでも自分の歩みを変えず(変えてもイイ気もしますがネw)に命を超えて続くものを伝え続けてこその「生き様」であります (`・ω・´)

 あなたは停まりもせず  そのまま歩いてゆく
  面倒な道ばかりを  あえて歩き続けてゆく
  私は自分を恥じる  あなたを思って恥じる
  ラクな道へ流れくだる  自分の安さを恥じる
  鷹と呼ばれていた人が
  這うように命を運ぶ
  「見なさい」  あなたの目が
  「見なさい」  私を見た
  「怖れるなかれ  生きることを」
  鷹の目が見つめて来た


面倒な道ばかりをあえて歩く>ことが尊くて<ラクな道へ流れくだる>ことが恥ずかしい、と他を断ずるのはしてはならぬと思います。なにしろ、人間という存在はみな誰しも後ろめたさを背負って生きているワケでして。むしろだからこそ、偉大な存在を目の当たりにしたときに起きた自分の変化をどのように扱うかこそが、その人の個性としてにじみ出てくるのではないでしょうか。個性とは作るものではなく、普段の習慣や癖などなどから隠そうにも隠しきれずににじみ出てくるものなのでありま〜す。

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