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カテゴリー「音楽>中島みゆき」の74件の記事

2022年9月 7日 (水)

中島みゆき 作詞/作曲『かもめの歌』ピアノソロ:1894年ベーゼンドルファー社製ピアノ(ウィーン式アクション/85鍵)

中島みゆきの『かもめの歌』を、いつもの1894年製アンティークピアノで弾きました。

『かもめの歌』は、1993年発売のアルバム《時代 -Time goes around-》のラストに収録されています。もともとはフランスで活躍する歌手・バトリシア・カースの3rdアルバム《永遠に愛する人へ/je te disvous》の日本盤のボーナストラックのために書き下ろされた曲で、中島みゆき初の海外アーティストへの書き下ろし曲だったりします。

『かもめの歌』は重々しい3拍子で始まるのですが、歌が入ってきたときに異様に引きずるようにリズムが軋みます。ワタクシ中島みゆきはそれなりに聴いていますが、このような歌い方をしている曲はちょっと他に見当たらず、いつもの独特な節回しとも違うのでこりゃ困ったなぁ・・・と。まぁコレ何日かで怪決できたのですが、伴奏が3拍子で歌が2拍子としやがっているせいでリズムが軋んで、基本が3拍子という前進しやすい性格を2拍子の歌がムリヤリ引き戻すような効果を生んでいるんですね〜〜〜。実はアルバムでは少なからず混乱していたりしてますが、それが狙いなのかそうでないのかは判断不能です。・・・イヤ、コレ、ど〜やってピアノソロで弾きゃぁイイのよ!!www

1番です
 いつかひとりになった時に
  この歌を思い出しなさい
  どんななぐさめも追いつかない
  ひとりの時に歌いなさい
  おまえより多くあきらめた人の
  吐息をつづって風よ吹け
  おまえより多く泣いた人の
  涙をつづって雨よ降れ


「人は独りで生まれて独りで死ぬ」とは、めんどくさい連中にもそうでもない連中にもw古来ワリと言い古されていようかと思います。そのときに残った「何か」こそが自分が生きた証・・・ともめんどくさく説かれますが、ん〜、ワタクシそれなりに半世紀以上人生を歩んでいますが「あんときにこうしときゃ/しとかなきゃヨかった」という後悔ぐらいしか残ってないんですよね〜。とほほほ。

それでも世間はむっちゃ広いワケで、<おまえより多くあきらめた人>も必ずいるでしょうし、<おまえより多く泣いた人>もいくらでもいることでしょう。そしてそのような状況にならざるを得ない人たちが昨今の世間の混乱でどれほど増えてしまったことでしょう。政治に分断され、疫病に分断され、戦争に分断され、庶民はそれこそ踏んだり蹴ったりですが、そこにいささかなりともうるおいを差し出せるのは他でもない芸術ではないでしょうか。それを自らの歌で体現するのが歌手でして、中島みゆきがその頂点の一つであることは他でもない数字が証明していますね。

「音楽の力」とかなんとか言って安っぽく感動を誘いたがる風潮は以前からありますが、そんなのとは一線を画して(当然かw)この歌はここにあるだけでゆるぎなく広く聴き手を抱擁する力があるように思います。

 あらゆる藝術の士は人の世を長閑にし、人の心を豊かにするが故に尊とい。>(夏目漱石『草枕』1907(M40)年)

そしてサビの表現、好きなんですよ〜。

 生まれつきのかもめはいない
  あれは其処で笑ってる女
  心だけが身体をぬけて
  空へ空へと昇るよ


思い出すのも難しいほどにさまざまな経験をしたことで、煩悩の象徴である<身体>から解き放たれた<>だけで<イツモシヅカニワラッテヰル(宮澤賢治『雨ニモマケズ』1931年)ことがもしもできたとしたら、なんと嬉しいことでしょうか(反語w)。



この動画で使っているピアノは100年以上昔、1894年製のアンティークピアノ。このような楽器を使ってこのような曲を弾くのはまことに愉しいです。現代では世間で聞こえる音のほとんどは電気を通していますが、このころに世間で聞こえていた音は生音が主流でした。1877年にエジソンが蓄音機を実用化し、このピアノが作られた1894年にはSPレコードの大量生産ができるようになって、次第に「録音」というシロモノが世間に知られるようになった時代。こんな時代の楽器がどれほど豊かな音世界を伝えていたのか、この動画で使っている楽器は奇跡的にオリジナルほぼそのまま、まさに時代の生き証人です。

2022年8月 7日 (日)

中島みゆき 作詞/作曲『Maybe』ピアノソロ:1894年ベーゼンドルファー社製ピアノ(ウィーン式アクション/85鍵)

中島みゆきの『Maybe』を、いつもの1894年製アンティークピアノで弾きました。

『Maybe』は、1991年発売のアルバム《歌でしか言えない》に収録されています。この曲はその前年1990年の『夜会』で最初にお披露目されたときには「都会で働く孤独な女性が強がっている」という場面で歌われていました。なお翌年の『邯鄲 夜会1991』(幻冬舎文庫)のシナリオによると、このシーンは<ここまでのストーリーが、急速に早送りのように総括されます>との由。なるほどラストから2曲めですもんね〜。『夜会』は1989年に始まっていますので1990年は第2作め、そして『Maybe』は1995年に発売された『夜会』の曲を集めたアルバム《10 WINGS》にも収録されており《歌でしか言えない》《10 WINGS》とではま〜るでアレンジが異なっています。どちらも魅力があって捨て難いのですが、今回は強がりを全面に押し出したアレンジの《10 WINGS》の方を採用(?)しました。

1番です
 雲の流れは西から東 4つの季節をつないでゆく
  今日も地上に吹きつける風は 左から右 右から左
  1秒毎に気が変わる 予測のつかない癇癪持ち
  1つのビルの角を曲がる度に意外な向きで吹きつけて来る
  私は唇かみしめて胸をそらして歩いてゆく
  なんでもないわ 私は大丈夫 どこにも隙がない
  なんでもないわ 私は大丈夫 なんでもないわ どこにも隙がない
  Maybe 夢見れば Maybe 人生は
  Maybe つらい思いが多くなるけれど
  Maybe 夢見ずに Maybe いられない
  Maybe もしかしたら


情景描写が非常にわかりやすくて、これなら『夜会』の内容を知らなくてもな〜んか「都会で働く孤独な女性が強がっている」という感じが伝わってきますね〜。<>がポイントの一つでして、まぁ単純な<>ではなく「逆風」であるのも簡単にわかりますね。コレ、仕事に対する逆風であるばかりでなくて人生を送る上で必ず立ちはだかってくる「予想外の展開」なんだよなぁ・・・と思ってしまったソコのアナタ、もはや面倒っちぃオトナになってますネ(・o・ゞ

それにしても、サビの

 Maybe 夢見れば Maybe 人生は
  Maybe つらい思いが多くなるけれど
  Maybe 夢見ずに Maybe いられない
  Maybe もしかしたら


って、たまらないですね〜。<Maybe>を執拗に挟み込むという歌唱に特有なレトリック、そして倒置と省略技法が盛り込まれており、つまりは

 人生は 夢みれば つらい思いが多くなるけれど
  もしかしたらと 夢見ずに いられない


がメインで伝えたいことなんだろうなぁと。そうなのです、「夢」なんかに関心なくてただただ日々を過ごしてしまいたい人も実は決して少なくないのが現実社会ですが、そのような人たちでも、否、そのような人たちだからこそ「逆風」には人一倍さらされたくなく、それこそが「夢」というか「切なる願い」なのではないでしょうか。大それた「夢」ではなく、日々のちょっとしたほんのささやかな幸せを願いつつ社会にその存在を一切知られずに一生を送る圧倒的多数の人たちを直撃したのは、昨今流行りのこの国の政治不信でもなんでもなく、遠く離れた国の争いに端を発した物流の停滞に伴う大〜幅な物価高です。夢見ればつらい思いが多くなるのはある意味予測できる逆風ですけれど、夢見てないのに逆風にさらされるのってむっちゃくちゃに理不尽ですぞ。あ、ハナシがそれました。

2番です
 弱気になった人たちは 強いビル風に飛ばされる
  私は髪をきつく結いあげて大きなバッグを持ち直す
  思い出なんか何ひとつ私を助けちゃくれないわ
  私をいつも守ってくれるのはパウダールームの自己暗示
  感情的な顔にならないで 誰にも弱味を知られないで
  なんでもないわ 私は大丈夫 どこにも隙がない
  なんでもないわ 私は大丈夫 なんでもないわ どこにも隙がない
  Maybe 夢見れば Maybe 人生は
  Maybe つらい思いが多くなるけれど
  Maybe 夢見ずに Maybe いられない
  Maybe もしかしたら


どんな頑丈な鎧を着ていても、どんなに強い人であっても、その裏側には必ずや弱い自分を隠しているのであります。コロナ禍があってもなくても戦争があってもなくても人生には逆風がついてまわりますが、それに飛ばされないためにはやはり個々人のささやかな自分だけの満足感が必要不可欠なのではないでしょうか。強い自分も弱い自分も、正直な自分も嘘つく自分も、嬉しい自分も悲しい自分も、それらがどんなに矛盾だらけであっても全てが自分そのものですね。それは自分こそが最も痛切に感じているモノで、そりゃ〜偽りたくなるのも当〜然ですよね〜。

 思い出なんか何ひとつ私を助けちゃくれないわ
  私をいつも守ってくれるのはパウダールームの自己暗示


思い出に浸っていても逆風は止みませんし先送りになってしまうのがオチでしょうが、自分だけの密かな「推し」の存在があれば、それこそが心を支えてくれるのではないでしょうか。こうなってくると「推し」が夢か現実か思い出かなんて些細なことなのかも知れないとさえ思います。いやはや、この2行、ワタクシ的には『Maybe』の最大のポイントなんですね〜(*´-`)



この動画で使っているピアノは100年以上昔、1894年製のアンティークピアノ。このような楽器を使ってこのような曲を弾くのはまことに愉しいです。現代では世間で聞こえる音のほとんどは電気を通していますが、このころに世間で聞こえていた音は生音が主流でした。1877年にエジソンが蓄音機を実用化し、このピアノが作られた1894年にはSPレコードの大量生産ができるようになって、次第に「録音」というシロモノが世間に知られるようになった時代。こんな時代の楽器がどれほど豊かな音世界を伝えていたのか、この動画で使っている楽器は奇跡的にオリジナルほぼそのまま、まさに時代の生き証人です。

2022年6月30日 (木)

中島みゆき 作詞/作曲『愛よりも』ピアノソロ:1894年ベーゼンドルファー社製ピアノ(ウィーン式アクション/85鍵)

中島みゆきの『愛よりも』を、いつもの1894年製アンティークピアノで弾きました。

『愛よりも』は、1988年発売のアルバム《グッバイ ガール》に収録されています。《グッバイ ガール》はちょうど音楽業界がLPからCDへとそれこそ雪崩をうったかのように総転換したタイミングで、LPはプレミア価格になってしまっているというイワクツキのアルバムでもありま〜す。え? ワタクシ? 数年ちょい前でしたが、うっかりほぼ新品同様のLP盤を手に入れてしまいましたよ〜。とほほほwww

閑話休題、この詩、ちょっと一筋縄では行かぬ強さそして厳しさを感じさせられます。ナニしろ、出だしからしてこうですからね〜。1番をどうぞ。

 人よ信じるな けして信じるな
  見えないものを
  人よ欲しがるな けして欲しがるな
  見果てぬものを
   形あるものさえも あやういのに
    愛よりも夢よりも 人恋しさに誘われて
    愛さえも夢さえも 粉々になるよ


人間社会なんつ〜シロモノは生き馬の目を抜くがごとき権謀術数に満ちておるのはみなさまよ〜くご存知の通りでございまして、いわゆる<>として象徴される<見えないもの>を撹乱しようと手ぐすねひいて待ち構えているんですよね〜。ですが、ちょ〜っと待っていただきたい。それならば<形あるもの>って一体全体ナンなんざんしょ???

立場や条件が変われば解釈が変わる・・・なんつ〜のは政治屋連中の手のひら返しを思い出すwまでもなく、これまたみなさまよ〜くご存知の通りでございまして、っつ〜コトは、実は、我々が信じている<形あるもの>こそが<見えないもの>であったり<見果てぬもの>であったりするのではないでしょうか。さぁさぁ、ワカラナクなってまいりましたw

2番をどうぞ。

 嘘をつきなさい ものを盗りなさい
  悪人になり
  傷をつけなさい 春を売りなさい
  悪人になり
   救いなど待つよりも 罪は軽い
    愛よりも夢よりも 人恋しさに誘われて
    愛さえも夢さえも 粉々になるよ


期待を裏切らぬ中島みゆきらしい毒な表現ですよね〜。ココでカギなのかなぁと思うのは<救いなど待つよりも 罪は軽い>の一節。<形あるもの>をよりどころとして待ちの姿勢で<救い>を願ったところで、そんなモンは所詮は<見果てぬ>夢なのではないでしょうか。1番で<信じるな>そして<欲しがるな>と喝破したにもかかわらず、2番では信じさせる側そして欲しがらせる側という<悪人>になりなさいと説く中島みゆき、わからんでもないですが、どないせぇっちゅ〜んじゃとwww

つまりは、ナニも考えず判断もしないままに漫然と生を送っていながら口だけは一丁前に「救いがねぇ」と文句ばかり垂れるような存在ではなく、たとえそれが世間から悪とされるようなことであっても自分が今信じるナニかに向かって突き進め、というめっちゃ厳しいエールなのではないだろうかなと。まぁコレってナニげにワタクシ自身にめっちゃ突き刺さってくるというのは内緒ヨwww

3番をどうぞ。

 星を追いかけて 月を追いかけて
  どこまでも行け
  黄金(かね)を追いかけて 過去を追いかけて
  どこまでも行け
   裏切らぬものだけを 慕って行け
    愛よりも夢よりも 人恋しさに誘われて
    愛さえも夢さえも 粉々になるよ


>そして<>とは、1番の<見えないもの>そして<見果てぬもの>の隠喩でしょうね。さすれば、<黄金(かね)>そして<過去>とは、1番の<形あるもの>の隠喩でしょう。それらを追いかけてどこまでも行くときに慕うべき<裏切らぬもの>というのは、結局のところは世間一般的に正しかったり常識的だったり道徳的だったりする滅菌消毒された正論的存在な定型文w(書いててムシズが走るぞw)なんかではなく、それぞれが引き起こす間違いや過ちというそのひと独自の体験を支える矛盾に満ちたナニかなのではないでしょうか。

このように考えてみると実は、ナニも考えず判断もしないままに漫然と生を送るというのは案外と難しいような気がしますね〜。ただ現代ってホントにヨく仕組まれていて、全てを他人の判断に任せて自分にとって都合の良い「真実」だけを見ていても一生を過ごせるんですよね〜。所詮は一人で生まれてきた弱い人間ですから<人恋しさ>から逃れるのはなかなか難しいワケで、そこにつけ込まれると弱い自分なんぞ簡単に見失わさせられてしまうのでしょう。それにしても、この現代の状況を35年も昔の1988年に予見していたかのような詩を書いた中島みゆきが凄まじいのか、人間が懲りない存在なのか、まぁ両方なんでしょうね(*´-`)

 愛よりも夢よりも 人恋しさに誘われ
  愛さえも夢さえも 粉々になるよ




この動画で使っているピアノは100年以上昔、1894年製のアンティークピアノ。このような楽器を使ってこのような曲を弾くのはまことに愉しいです。現代では世間で聞こえる音のほとんどは電気を通していますが、このころに世間で聞こえていた音は生音が主流でした。1877年にエジソンが蓄音機を実用化し、このピアノが作られた1894年にはSPレコードの大量生産ができるようになって、次第に「録音」というシロモノが世間に知られるようになった時代。こんな時代の楽器がどれほど豊かな音世界を伝えていたのか、この動画で使っている楽器は奇跡的にオリジナルほぼそのまま、まさに時代の生き証人です。

2022年5月30日 (月)

中島みゆき 作詞/作曲『熱病』ソロ:モーツァルトの旅行用クラヴィコード(1763, J.A.Stein)の複製(2002年)で

中島みゆきの『熱病』を、かの神童モーツァルトが7歳のとき(1763年)に買ってもらったJ.A.シュタイン製の旅行用クラヴィコードの複製で弾きました。

『熱病』は、1985年発売のアルバム《miss M.》に収録されています。《miss M.》はいわゆる中島みゆきの「ご乱心期」のアルバムですが、少し落ち着きも見られる存在なのかなぁとは思っています。この歌詞は論理的に考えると支離滅裂であるかのように思えますがテクニックとしては比較的簡単で、若さそして青春という「期待と不安に満ちていて、だからこその危うい輝きに満ちた一時期」のことを、それに連関する言葉を紡ぐことで象徴的に謳っているのではないだろうかと。

青春の危うい魅力については古来それこそ星の数よりまだ多いwほどの表現がされていますが、単純に過ぎ去った昔を懐かしむというばかりではなく、果たせなかった夢に対して何やらチクチクするようななんとも言えない感覚が入り込むことが多いような印象があります。後悔とはちょ〜っと違うのがまたフクザツなんですよね〜。

コレは2番ですが、前半が鋭く美しく冴えわたっていると思いませんかの?

 僕たちは熱病だった 知恵が身につく寸前だった
  熱の中でみんな白紙のテスト用紙で空を飛んでいた
  僕たちは氷の海へ 上着のままで飛び込んでいた
  ずるくなって腐りきるより阿呆のままで昇天したかった
  でも Ha Ha Ha 春は扉の外で
  でも Ha Ha Ha 春は誘いをかける
  教えて教えて 秘密を教えて  いっそ熱病




ここで使っているクラヴィコードは筒井本人の所有、モーツァルトが7歳のとき(1763年)にアウグスブルクのシュタインの工房で父親のレオポルドに買ってもらって以後終生愛用した、旅行用クラヴィコード(現在、ブダペスト、ハンガリー国立博物館所蔵)の忠実な複製です。旅行用クラヴィコードは、18世紀の旅の空に生きる演奏家や作曲家によく使われていました。このモーツァルトが使っていた旅行用クラヴィコードはたった1m程度の幅しかありませんが意外と重く丈夫で、音域はなんと4オクターヴ半もあったのでした。

2022年4月23日 (土)

中島みゆき 作詞/作曲『Nobody is Right』ピアノソロ:1894年ベーゼンドルファー社製ピアノ(ウィーン式アクション/85鍵)

中島みゆきの『Nobody is Right』を、いつもの1894年製アンティークピアノで弾きました。

『Nobody is Right』は、2007年発売のアルバム《I Love You, 答えてくれ》に収録されています。この曲の歌詞はこの動画の前にアップした『ひまわり "SUNWARD"』とセットにしたくなるような意味を持っておりまして、これまた今現在ウクライナとロシアの間で繰り広げられている戦火そして双方政府による情報戦、さらにはその情報戦に踊らされて自分だけは他者と違って視野が広く聡明かつ冷静であるとアピールしたがりな知ったかぶりの数限りない烏合のネット民の虚しさを見透かしているように思えます。
*『ひまわり "SUNWARD"』
 https://bergheil.air-nifty.com/blog/2022/03/post-e5c335.html

我々日本人にとって、国境が入り組んで時代によって国境線が頻繁に変わり、さまざまな民族の混在そして混血が当たり前である世界を実感を持ってイメージすることは相当に困難なはずなのに、たかだか侵攻が始まって一ヶ月ちょいの間にたまたまネットで目にした程度の情報で精査できた気になってきいた風な口を叩くなんて恥知らずと言わずして何と言う。それに止まらず、どこぞで「ウクライナに味方するようなプーチンを悪く言うような情報を選びたがる自分には注意しなければと思う」とかほざく御高説を複数拝見いたしまして、その十重二十重にネジくれた醜悪な自己愛に満ちたうぬぼれを目の当たりにした気がしてそっと閉じましたわぃ。ネット上の言論なんぞ欺瞞や偽善に満ちているというのはこの25年間思い知らされていますが、今回もまたまたま〜たまた同じですわ。

中島みゆきはこの『Nobody Is Right』を発表した2007年、インタビュー記事でこのように語ってます。

 物を求める戦争なら、いつか収まる。でも、相手が心から正しいと思っていることを否定する争いに終わりはない
  (2007年10月17日「東京新聞」

これは狭い意味の戦争のみならず、およそ人間社会にいる限り必ずついてまわる行き違い・誤解・勘違いもろもろ全てに当てはまるのではないでしょうか。人間関係そして人間社会とはお互いの立場の数だけ異なる論理なくしては成り立たないものでして、そこに自らの信じる狭量な正義のみを振りかざして悦にいる輩のなんと多いことでしょう。

 もしもあなたが全て正しくて とても正しくて 周りを見れば
  世にある限り全てのものは あなた以外は間違いばかり


たいていの人は、程度の差こそあれ、思春期を迎えて自我を形成し始めて身の周りの小さな社会とぶつかりつつ(揉まれて、の方がイイかなw)、その中で少しずつ自らを育んでいくものではないでしょうか。そんな初期のころ、世間の不合理やら不条理やらにいちいち憤って「世の中間違っとる!」と感じる段階があること自体は、至極まっとうと思います。いつしかそれを隠しながら生きる悪知恵を身につけて(「堕落」とも言われますがねwww)世間さまに馴染むことがオトナのたしなみの一つでしょうが、まぁ、なかなか、難しい、です、よ、ね〜。

 つらいだろうね その一日は
  嫌いな人しか 出会えない
  寒いだろうね その一生は
  軽蔑だけしか いだけない


ここの指摘がさすがは中島みゆきで、どんなに自分が最高の存在であるという尊大な人物でもこのような感覚は持たないのではないでしょうか。まぁ逆もまた真でもあり、尊大で傲慢不遜な人物であるからこそ、このような感覚にはなり得ないのでしょうけど。「孤高の存在」になればなるほど孤独なものである、という文学的な表現もありましょうが、それこそ自分に酔っているだけのうぬぼれですナw

 正しさと正しさとが 相容れないのはいったい何故なんだ

人はそれぞれ全く異なる存在であり、しかも自分の中ですら論理的に整合した姿勢でいられるのは極めて難しいこと、誰もが(認めたくはナイでしょうが)わかっているのではないでしょうか。それならばそれぞれの<正しさが相容れない>のが当ったり前な当然で、それぞれの<正しさが相容れない>という現実を認めない姿勢こそが、真の「相容れなさ」を生み出す元凶であります。

 争う人は正しさを説く 正しさゆえの争いを説く
  その正しさは気分がいいか
  正しさの勝利が気分いいんじゃないのか


大義がありさえすれば他を打ちのめしてもいいのでしょうか、大義がありさえすれば他は我に屈服すべきと主張してもいいのでしょうか、そのような大義とはいったいなんなのでしょうか。にわかに過ぎぬ大義を振りかざして悦に入る烏合のネット民ども、うるさ過ぎますな。

 Nobody Is Right, Nobody Is Right, Nobody Is Right, 正しさは
  Nobody Is Right, Nobody Is Right, Nobody Is Right, 道具じゃない




この動画で使っているピアノは100年以上昔、1894年製のアンティークピアノ。このような楽器を使ってこのような曲を弾くのはまことに愉しいです。現代では世間で聞こえる音のほとんどは電気を通していますが、このころに世間で聞こえていた音は生音が主流でした。1877年にエジソンが蓄音機を実用化し、このピアノが作られた1894年にはSPレコードの大量生産ができるようになって、次第に「録音」というシロモノが世間に知られるようになった時代。こんな時代の楽器がどれほど豊かな音世界を伝えていたのか、この動画で使っている楽器は奇跡的にオリジナルほぼそのまま、まさに時代の生き証人です。

2022年3月30日 (水)

中島みゆき 作詞/作曲『ひまわり "SUNWARD"』ピアノソロ:1894年ベーゼンドルファー社製ピアノ(ウィーン式アクション/85鍵)

中島みゆきの『ひまわり "SUNWARD"』を、いつもの1894年製アンティークピアノで弾きました。

『ひまわり "SUNWARD"』は、1994年発売のアルバム《LOVE OR NOTHING》に収録されています。この曲の歌詞はまことに示唆に富んでいまして、今現在ウクライナとロシアの間で繰り広げられている戦火そして双方政府による情報戦、さらにはその情報戦に踊らされて自分だけは他者と違って視野が広く聡明かつ冷静であるとアピールしたがりな知ったかぶりの数限りない烏合のネット民の虚しさを見透かしているように思えます。

我々日本人にとって、国境が入り組んで時代によって国境線が頻繁に変わり、さまざまな民族の混在そして混血が当たり前である世界を実感を持ってイメージすることは相当に困難なはずなのに、たかだか侵攻が始まって一ヶ月ちょいの間にたまたまネットで目にした程度の情報で精査できた気になってきいた風な口を叩くなんて恥知らずと言わずして何と言う。それに止まらず、どこぞで「ウクライナに味方するようなプーチンを悪く言うような情報を選びたがる自分には注意しなければと思う」とかほざく御高説を複数拝見いたしまして、その十重二十重にネジくれた醜悪な自己愛に満ちたうぬぼれを目の当たりにした気がしてそっと閉じましたわぃ。ネット上の言論なんぞ欺瞞や偽善に満ちているというのはこの25年間思い知らされていますが、今回もまたまたま〜たまた同じですわ。

『ひまわり "SUNWARD"』所収のアルバム《LOVE OR NOTHING》が発売された1994年は激しく悲惨なユーゴスラビア内戦の真っただ中というタイミングですが、特にユーゴスラビア内戦を題材にした唄というワケではなさそうに思われます。バルカン半島が「ヨーロッパの火薬庫」と呼ばれていたと世界史で習った記憶がある方も少なくないでしょうし、第一次世界大戦はそのバルカン半島のサラエボでの一発の銃弾をきっかけとして始まったのでしたよね。「sunward」とは「太陽に向かって」とか「太陽を向いて」とかいう意味です(forward の for が sun に置き換わっただけですネ)が、太陽の方角を向いているその裏側にはもれなく「影」がついてくるのが現実でありま〜す。

さて不肖ワタクシ、2003年9月にユーゴスラビア内戦の大激戦地、ボスニア・ヘルツェゴビナの Mostar を訪れておりまして、戦火が収まってから10年近く経つのにそのまま残る破壊された建物の凄まじさと「地雷あり立入禁止」の黄色いテープとともに、それでも日々を普通に生きるたくましい現地の人々の姿にいたく感動させられました。そのときに撮った1枚、左奥に見えるピカピカの建物は、EUの支援で修復されたばかりの建物です。

18. Sep. 2003. - Mostar, Bosna i Hercegovina
030918084146

隣人はおろか親子が敵味方に分かれて殺し合わねばならぬ場合すらあり得るのが陸続きの国境地帯の現実なのでしょうが、この程度のヌルい言葉では到底言い尽くせぬ複雑さを肌で感じさせられました。戦争を知らぬ世代であり陸続きの現実を知らぬ日本人として、本当に Mostar を訪れてよかったと思います。下の写真のような民族融和への希望が込められたサインも見られ、いやがおうでも Mostar という街の難しさを感じざるを得ませんでした。このサインに描かれている「スタリ・モスト/古い橋」はクロアチア軍に破壊されましたが2004年に再建され、翌2005年に「モスタル旧市街の古い橋の地区」という名で、ユネスコの世界遺産に登録されています。登録に際しては歴史的価値だけでなく内戦からの再建を経ることによって多民族・多文化の共生や和解の象徴となったことも加味され、「負の遺産」という側面もあるとのことです。

17. Sep. 2003. - Mostar, Bosna i Hercegovina
030917153501

1番をどうぞ。

 あの遠くはりめぐらせた 妙な柵のそこかしこから
  今日も銃声は鳴り響く 夜明け前から
  目を覚まされた鳥たちが 燃え立つように舞い上がる
  その音に驚かされて 赤ん坊が泣く
    たとえ どんな名前で呼ばれるときも
    花は香り続けるだろう
    たとえ どんな名前の人の庭でも
    花は香り続けるだろう


2番です。

 私の中の父の血と 私の中の母の血と
  どちらか選ばせるように 柵は伸びてゆく
    たとえ どんな名前で呼ばれるときも
    花は香り続けるだろう
    たとえ どんな名前の人の庭でも
    花は香り続けるだろう>


そして3番!

 あのひまわりに訊きにゆけ あのひまわりに訊きにゆけ
  どこにでも降り注ぎうるものはないかと
  だれにでも降り注ぐ愛はないかと
    たとえ どんな名前で呼ばれるときも
    花は香り続けるだろう
    たとえ どんな名前の人の庭でも
    花は香り続けるだろう
    たとえ どんな名前で呼ばれるときも
    花は香り続けるだろう
    たとえ どんな名前の人の庭でも
    花は香り続けるだろう


ウクライナの国花がひまわりであること、さすがに偶然でしょうが、慄然とさせられましたよ〜。歴史は繰り返すと申しますが、なんという人の愚かさでしょうか。妙な柵のそこかしこから鳴り響く銃声>は現実にウクライナで聞こえているだけでなく、我々が見ているネット空間のそこかしこからも鳴り響いているのであります。

 正しさと正しさとが 相容れないのはいったい何故なんだ『Nobody is Right』2007年)

人はそれぞれ全く異なる存在であり、しかも自分の中ですら論理的に整合した姿勢でいられるのは極めて難しいこと、誰もが(認めたくはナイでしょうが)わかっているのではないでしょうか。それならばそれぞれの<正しさが相容れない>のが当ったり前な当然で、それぞれの<正しさが相容れない>という現実を認めない姿勢こそが、真の「相容れなさ」を生み出す元凶であります。
*『Nobody is Right』
  https://bergheil.air-nifty.com/blog/2022/04/post-e5c9c7.html

 争う人は正しさを説く 正しさゆえの争いを説く
  その正しさは気分がいいか
  正しさの勝利が気分いいんじゃないのか
『Nobody is Right』2007年)

大義がありさえすれば他を打ちのめしてもいいのでしょうか、大義がありさえすれば他は我に屈服すべきと主張してもいいのでしょうか、そのような大義とはいったいなんなのでしょうか。にわかに過ぎぬ大義を振りかざして悦に入る烏合のネット民ども、うるさ過ぎますな。

 たとえ どんな名前で呼ばれるときも
  花は香り続けるだろう
  たとえ どんな名前の人の庭でも
  花は香り続けるだろう




この動画で使っているピアノは100年以上昔、1894年製のアンティークピアノ。このような楽器を使ってこのような曲を弾くのはまことに愉しいです。現代では世間で聞こえる音のほとんどは電気を通していますが、このころに世間で聞こえていた音は生音が主流でした。1877年にエジソンが蓄音機を実用化し、このピアノが作られた1894年にはSPレコードの大量生産ができるようになって、次第に「録音」というシロモノが世間に知られるようになった時代。こんな時代の楽器がどれほど豊かな音世界を伝えていたのか、この動画で使っている楽器は奇跡的にオリジナルほぼそのまま、まさに時代の生き証人です。

2022年2月23日 (水)

中島みゆき 作詞/作曲『流星』ピアノソロ:1894年ベーゼンドルファー社製ピアノ(ウィーン式アクション/85鍵)

中島みゆきの『流星』を、いつもの1894年製アンティークピアノで弾きました。

本日2月23日は中島みゆきの誕生日、しかも1952年生まれで今年は2022年ですから、なんとなんと70歳の大台に乗ってしまったという。ファンにとっては永遠に歳を取らない歌姫であっても、そしてファンならずとも、現実のこの数字はなかなかに衝撃的な数字ですよね〜。2020年1月12日にスタートした『中島みゆき 2020 ラスト・ツアー「結果オーライ」』はあちこちをまわるコンサートツアーとしては最後となる予定でしたが、新型コロナウイルスの感染急拡大を受けて8公演のみで惜しくも中断。しかもこのラスト・ツアーの再開はないことが発表されて、このラスト・ツアーは“幻のラスト・ツアー”となってしまいました。まぁ〜、なんというドラマティックな幕切れであったことでしょう(ホントに幕切れだったかわからんですけどね)

『流星』は、この『中島みゆき 2020 ラスト・ツアー「結果オーライ」』の前半で歌われており、もともと1994年発売のアルバム《LOVE OR NOTHING》に収録されています。深夜のサービスエリアという舞台装置ということで、コンサートツアーで夜行バスを使っての移動中のちょっとした出会いをつづった作品だろうと言われています。中島みゆきがコンサートツアーを始めたのは1976年のこと、そして1986年に初の書き下ろし小説集『女歌ーおんなうたー』を上梓しており、この中の『23:00熊本発鹿児島行き急行バス』という作品に、コンサートツアー中のわちゃわちゃ具合が愉しく活き活きと描かれていますぜ。

 バスがとまった気配に気づき そっとまぶたをあけてみると
  ここは山頂のサービスエリア 次の町まであと何百キロ

マニアなら<山頂のサービスエリア>かつ<次の町まであと何百キロ>でかなり場所を特定できてしまうのでしょうが、まぁ、コレ、現実を下敷きにした(かどうかもわからぬw)舞台装置ですからね〜。熊本から鹿児島までは170キロ程度で移動時間は3時間程度ですから、少なくとも『23:00熊本発鹿児島行き急行バス』の舞台装置ではナイだろうなぁと。しかも九州自動車道の熊本ー鹿児島の開通は案外と遅く、1986年出版のこの『23:00熊本発鹿児島行き急行バス』には<バスが国道脇の広場に停車>とか<急行バスは国道をひた走る>とかいう描写が見られて高速道路開通以前の移動だということが確認できます(だからなにw)

 埃まみれの長距離トラックが鼻先ならべる闇の中
  自販機のコーヒーは甘ったるいけど 暖まるならそれでいい

ワタクシ夜行バスは偏愛wしておりまして(安いからwww)、この情景は頻繁に目にしています。甘ったるい<自販機のコーヒー>は、缶コーヒーならば昭和の象徴の一つとも言えそうなUCC缶コーヒーでしょうが、少し安い「販売機の中で豆を引いて抽出して紙コップに注ぎ入れる」という形式のコーヒーとココアの自販機もありまして、これかもしれないなぁと。「砂糖増量」と「クリーム増量」のボタンがあって、ごく稀なお出かけで買わせてもらえるときには必ず両方とも増量にしていた幼きワタクシでありました。なお、UCCが世界初の缶コーヒー「UCCコーヒーミルク入り」を発売したのは1969(昭和44)年4月で、値段は喫茶店のコーヒーとほぼ同じの1本70円であったとのこと。考えてみれば、50年以上経つのに値段が5割増ちょいってスゴいことですよね〜。

 どこまで行くの 何しているの
  歌を歌っているんです
  そうかい、おいらは歌は知らねえな 演歌じゃねえんだろ、そのなりじゃあな

いやいやいや、演歌歌手だって夜行バスでは舞台衣装ぢゃないでしょうし、歌を知らなくたって中島みゆきの歌はフツーにみんな何曲か知ってるでしょうねん。その上でのごくごく他愛もない会話なのがサービスエリアでたまたま出会った旅人らしさで、舞台装置の補強としてまことに的確なんでしょね。

 香川 新潟 大阪 宮城 姫路 山口 袖ヶ浦

もう、このナンバープレートの地名の並び、いかにもホントに長距離トラックな雰囲気満載でひそかに大ウケしてましてな。「袖ヶ浦」は東京湾アクアラインの千葉県側付け根、木更津のすぐ北隣のなにげに大きな市で、実は市政施行以前は袖「ヶ」浦町で今は袖「ケ」浦市というのがど〜でもいいトリビアw

 流れる星よ いつか最後にどこへたどりつこうというのだろうか

トラックの運ちゃんのイメージとして「荒っぽく見えるが人情深い」というのが市民権を得ている気がしますが、その原型はおそらく菅原文太主演の『トラック野郎』という1975年から1979年にかけて公開された映画シリーズでしょう。そもそも主人公が乗るトラックが「一番星号」ですし(「流星号」でないのが惜しいw)、この大ヒットで車体を電飾で飾りたてたデコトラが増えたワケですし、中島みゆきがコンサートツアーを始めたのが1976年であることもこれまた時期がぴったりなんですよね〜。

 風の中のすばる
  砂の中の銀河『地上の星』2000年)

長距離トラックの運ちゃんたちも、また『地上の星』でありま〜す(*´-`)

 地平のはしから地平のはしまで
  皆、流星のひと走り
  ほら 流星がまたひとつ 君は願いを言えたかい

中島みゆきにしてはまっっったくヒネりがないオチですが、採譜するために何度も何度も聴いていたらこのヒネりの無さが逆にホロリと来るのに驚きましてな。小説集『女歌ーおんなうたー』の『23:00熊本発鹿児島行き急行バス』にこんなくだりがあって・・・

 トイレはさっき行ったからいいけど外の空気でも吸おうかなとみゆきもバスを降りて、夜空を見上げる。ひんやりした夜気とキラキラ満天の星に深呼吸。その時、すういときれいな光が真上の空を大きく流れた。『23:00熊本発鹿児島行き急行バス』1986年)

なんでも、みゆき嬢は一度も流れ星に願いを言えた試しがないんだとか。あたしゃそれ以前に流れ星を見たことが数回あるかないかなので、そもそも流れ星の神秘性を語る資格がナイんですわ。満天の星空はそれこそ数え切れないほど見たことがあるというのに、ツキがないのか、はたまた気づいていないだけなのか。真相は・・・おそらく後者www



この動画で使っているピアノは100年以上昔、1894年製のアンティークピアノ。このような楽器を使ってこのような曲を弾くのはまことに愉しいです。現代では世間で聞こえる音のほとんどは電気を通していますが、このころに世間で聞こえていた音は生音が主流でした。1877年にエジソンが蓄音機を実用化し、このピアノが作られた1894年にはSPレコードの大量生産ができるようになって、次第に「録音」というシロモノが世間に知られるようになった時代。こんな時代の楽器がどれほど豊かな音世界を伝えていたのか、この動画で使っている楽器は奇跡的にオリジナルほぼそのまま、まさに時代の生き証人です。

2022年1月30日 (日)

中島みゆき 作詞/作曲『エレーン』ピアノソロ:1894年ベーゼンドルファー社製ピアノ(ウィーン式アクション/85鍵)

早くも今年(2022年)の1/12が過ぎ去ろうとしていますが、中島みゆきの『エレーン』を、いつもの1894年製アンティークピアノで弾きました。後奏部で同じコード進行の別のメロを重ねるという複旋律音楽な技法を使っているのがな〜かなか興味深かったりしますぜ。

『エレーン』は1980年発売のアルバム、有名な問題作の《生きていてもいいですか》に収録されています。《生きていてもいいですか》は歌というより嗚咽を伴う慟哭そのものの『うらみ・ます』に始まり、叫ぶ力も無くなり強烈な淋しさと無力感そして孤独へと向かう『エレーン』そしてさらに救いのない『異国』に終わるという、中島みゆきみずから<真っ暗けの極致>というアルバムです。黒一色に白抜き縦書きで《生きていてもいいですか》というジャケットのインパクトたるや、もうたまらんですよ〜。

『エレーン』は実体験が下敷きであると中島みゆき本人が語っています。タレントとは生活が尋常でなく不規則なワケで、外人(1970年代だから「ガイジン」で無問題)向けマンションに暮らしていた中島みゆき、共用の洗濯室で時折顔を合わせる自称モデル嬢のヘレンとの交流。ヘレンは当時増加の傾向にあった外人娼婦の中でもかなり有名だった一人で、ある日何者かによって殺害され、全裸で遺棄されたといいます。

 風にとけていったおまえが残していったものといえば
  おそらく誰も着そうにもない
  安い生地のドレスが鞄にひとつと

  みんなたぶん一晩で忘れたいと思うような悪い噂
  どこにもおまえを知っていたと
  口に出せない奴らが流す悪口


ヘレンは華やかで生き生きとしていてドレスもたくさん持っていたにもかかわらず、それらはほとんどゴミにするしかない紛い物でした。娼婦の周りにはトラブルがつきものなのも、そりゃまぁ当然ですよね。

 みんなおまえを忘れて忘れようとして幾月流れて
  突然なにも知らぬ子供が
  ひき出しの裏からなにかをみつけ

  それはおまえの生まれた国の金に替えたわずかなあぶく銭
  その時 口をきかぬおまえの淋しさが
  突然私にも聞こえる


異国の地で娼婦として生きたヘレン、ビザの書き換えのために何度も帰国していたそうで、その郷愁がいかほどだったかはあずかり知ることはできませんが、外見が華やかであればあるほど心の底の淋しさは暗く深くなるのでしょう。

 エレーン 生きていてもいいですかと誰も問いたい
  エレーン その答を誰もが知ってるから 誰も問えない


絞り出すように歌われ、このアルバムのタイトルも入っているこの二行が『エレーン』のサビですが、ヘレンの境遇を知るとさらに強烈な淋しさに打たれますね〜。アルバム《生きていてもいいですか》の発売は1980年、このタイミングはまさにバブル前夜で、中島みゆきは数年後(1983年ごろからとされています)に流行語にまでなる「ジャパゆきさん」という主にフィリピンからの出稼ぎ女性たちが定着する少し前のタイミングを垣間見ていたんですね。同時に、1970年代後半にすでに警察当局が外人娼婦増加の傾向を掴んでいたというのもなかなか興味深いです。

 流れて来る噂はどれもみんな本当のことかもしれない
  おまえは たちの悪い女で
  死んでいって良かった奴かもしれない

  けれどどんな噂より
  けれどおまえのどんなつくり笑いより、私は
  笑わずにはいられない淋しさだけは真実だったと思う


歌詞に<真実>というムズカシイ単語をここまで違和感なくぶっこめる人材は少ないでしょうね。状況が酷くなりすぎるともはや笑うしかない・・・ということを知識として知っていても実体験としてピンと来ない方々も少なからずと思います。それはホントに喜ばしいことでして、ここで「オマエは本当の苦しさを知らない未熟者だ」とかなんとかマウント取る輩はてめーの方こそ未熟者ですナw

 今夜雨は冷たい
  行く先もなしにおまえがいつまでも
  灯りの暖かに点ったにぎやかな窓を
  ひとつずつ のぞいてる

  今夜雨は冷たい


娼婦はあくまでも日陰者で暖かで和やかな屋内に入ることは決してかなわない存在、そしてエレーンの置かれた屋外には中島みゆきの舞台装置に欠かせない降りしきる冷たい雨。このエレーンの行動は他でもなく徒労で、日陰者が置かれる淋しく虚しい境遇の象徴として秀逸と思います。そしてリフレインの<今夜雨は冷たい>がグ〜ッと来ますな。

 街は回ってゆく 人1人消えた日も
  何も変わる様子もなく 忙しく忙しく先へと
『永久欠番』1991年)

大多数の市井の人々の存在なんつ〜のは、いろいろとキレイごとは並べられますけれど、案外とこんなモン。まして1970年代後半の外人娼婦なんて、そもそも「いてはならない/消えねばならぬ存在」だったんですよね。ある日の夜明け前に洗濯室でヘレンを久しぶりに見かけて声をかけた中島みゆき、珍しく沈んだ様子にどうかしたのかと訊ねたところ・・・普段と違う異様なまでに強い目をして「これがあたしの、ふつうの顔なのよ」と返されてきたそうな。ヘレンが殺害されたのはそのほどなく後で、情報もなく迷宮入りになった由。

 エレーン 生きていてもいいですかと誰も問いたい
  エレーン その答を誰もが知ってるから 誰も問えない




この動画で使っているピアノは100年以上昔、1894年製のアンティークピアノ。このような楽器を使ってこのような曲を弾くのはまことに愉しいです。現代では世間で聞こえる音のほとんどは電気を通していますが、このころに世間で聞こえていた音は生音が主流でした。1877年にエジソンが蓄音機を実用化し、このピアノが作られた1894年にはSPレコードの大量生産ができるようになって、次第に「録音」というシロモノが世間に知られるようになった時代。こんな時代の楽器がどれほど豊かな音世界を伝えていたのか、この動画で使っている楽器は奇跡的にオリジナルほぼそのまま、まさに時代の生き証人です。

2021年12月31日 (金)

中島みゆき 作詞/作曲『百九番目の除夜の鐘』ピアノソロ:1894年ベーゼンドルファー社製ピアノ(ウィーン式アクション/85鍵)

いよいよ本年(2021年)もおしせまりまして、中島みゆきの『百九番目の除夜の鐘』を、いつもの1894年製アンティークピアノで弾きました。イヤ実は年越しの除夜の鐘に間に合わなさそうで名実ともに『百九番目の除夜の鐘』になりかねなかったのですが・・・間に合ってヨかったんだかワルかったんだかwww

『百九番目の除夜の鐘』は、2008年11月から2009年2月にかけて上演された《夜会 VOL.15『〜夜物語〜元祖・今晩屋』》のために書き下ろされた曲で、2009年発売のアルバム《DRAMA!》に収録されています。このアルバム《DRAMA!》は、ミュージカル『SEMPO 〜日本のシンドラー 杉原千畝物語〜』に提供した曲から選んだ前半6曲と、夜会 VOL.15『〜夜物語〜元祖・今晩屋』(2008年 - 2009年)、夜会 VOL.16『〜夜物語〜本家・今晩屋』(2009年)で歌われた書き下ろし曲から選んだ後半7曲との計13曲からなっています。

 百九番目の除夜の鐘 鳴り始めたならどうなろうか
  百九番目の除夜の鐘 鳴り止まなければどうなろうか

除夜の鐘というのは108という煩悩の数だけ鐘を撞くといわれていますが、由来や意味合いをニワカで調べ始めたらそれらしい説が複数あるようで、こりゃ年が明けちまいます。旧年中に107回撞いて残りの1回を年明けに撞くというのを昔どこぞで耳にしまして、調べたところ107番目が「最後の宣命」で108番目を「最初の警策」というとか。「最初の警策」は新年の最初に煩悩にまどわされないようにつかれるそうで、う〜ん、それだったら煩悩は107なんぢゃないのかなぁとかなんとかツッコミたくなったのですが、そっっっか、年明けに撞かれる108番目が煩悩の一つめなのか。それじゃ〜『百九番目の除夜の鐘』という概念は次の除夜の鐘の1番目、という怪釈もできそうですが、まぁ流石にそりゃないか〜w

 このまま明日になりもせず このまま来生になりもせず
  百と八つの悲しみが いつまでたっても止みもせず

「ゆく年」と「くる年」とが「除夜の鐘」で切り分けられるのが既定路線であっても、その境界領域近傍に怪しいナニかがうごめいていてナニかしら悪さを仕掛けてくるのが中島みゆき的な世界。自らが抱えていた<百と八つの悲しみ>が帳消しにされず<明日>や<来世>に持ち越されてしまうのはご勘弁願いたいのはヤマヤマですが、実はその「持ち越し」こそが輪廻転生の本質なんでしょうね。それにしても百九番目の除夜の鐘で不安定な時空から出られないとなると、か〜なりコワいですね〜。そもそも『百九番目の除夜の鐘』という着想自体が「向こう側」で、なんともタマらないとも。

 裏切り前の1日へ
  誓いを戻せ除夜の鐘

あぁ、ナルホド、そういう観点もあるんだなぁと。コレ、失恋前後、コロナ前後、東京大運動会前後(覚えてます?)、行く年来る年、それぞれの立場やら環境やらに応じて何が連想されるかが全く違うワケで、これこそが抽象化による解釈の多様化であって詩の醍醐味なんでしょうね。音楽でも言葉がない器楽だとさらに抽象化されていますが、それだとあまりにもよりどころがなくて多様化どころの騒ぎではなくなってしまうという。言葉を使わぬ器楽はなかなかに大変なのでありま〜す(*´-`)

 前の生から次の生 今居る生へ
  浮橋に誓いをつなげ除夜の鐘

既定路線が安心安定なのは確かですが、境界領域の<浮橋>的な危うさ怪しさこそが偶然性に基づくまさかの多様性を生んでいるのだろうなぁと。コロナに振り回されっぱなしなこの2年間、この<浮橋>の対岸はまだまだ見えそうになくまたまたヤヤこしい雰囲気になっていますが、そこそこの活動ならば状況を理解していればまぁできないワケでもないんですよね〜。もうじき明ける新年に・・・

 浮橋に誓いをつなげ除夜の鐘



この動画で使っているピアノは100年以上昔、1894年製のアンティークピアノ。このような楽器を使ってこのような曲を弾くのはまことに愉しいです。現代では世間で聞こえる音のほとんどは電気を通していますが、このころに世間で聞こえていた音は生音が主流でした。1877年にエジソンが蓄音機を実用化し、このピアノが作られた1894年にはSPレコードの大量生産ができるようになって、次第に「録音」というシロモノが世間に知られるようになった時代。こんな時代の楽器がどれほど豊かな音世界を伝えていたのか、この動画で使っている楽器は奇跡的にオリジナルほぼそのまま、まさに時代の生き証人です。

2021年12月 2日 (木)

中島みゆき 作詞/作曲『北の旅人』ソロ:モーツァルトの旅行用クラヴィコード(1763, J.A.Stein)の複製(2002年)で

本日(12/2)はワタクシの生誕日、いつの間にか55歳になってしまったようですが、なぁに、五捨六入すればまぁだ50歳の折り返し地点でさぁwww

中島みゆきの『北の旅人』という未録音の秘曲を、かの神童モーツァルトが7歳のとき(1763年)に買ってもらったJ.A.シュタイン製の旅行用クラヴィコードの複製で弾きました。

『北の旅人』は、1983年9月4日の天理教「あらきとうりょう・女子青年決起北海道大会」の大会歌として書き下ろされた曲です。ネット上にもあまり情報はなく、音源もわずか数種類程度にとどまるようです。「あらきとうりょう」とは「荒木棟梁」という建築や大工に関係した言葉で、どんな深山へでも恐れずに入っていって、立派な用材を伐採して建築に役立つように製材をする棟梁のこと。「荒木棟梁」とは天理教青年会が掲げている行動理念で、青年会員は自ら「あらきとうりょう」を自負し、日々、布教と求道に励んでいるとのことです。

このような理念を謳った特別な作品ということもあり歌詞を載せて偉そうに解釈を開陳することは控えますが、さすがは安定の中島みゆき、天理教の「あらきとうりょう」という理念を北海道の冬の自然の厳しさと見事に調和させた美しい歌詞として仕上げています。単純な中に力強さを秘めた佳曲だなぁと思いますが、同時にサビの部分で下の「ド」から上の「レ」までの跳躍を歌わせるのもまた、さすが容赦ない中島みゆきでありま〜す。



ここで使っているクラヴィコードは筒井本人の所有、モーツァルトが7歳のとき(1763年)にアウグスブルクのシュタインの工房で父親のレオポルドに買ってもらって以後終生愛用した、旅行用クラヴィコード(現在、ブダペスト、ハンガリー国立博物館所蔵)の忠実な複製です。旅行用クラヴィコードは、18世紀の旅の空に生きる演奏家や作曲家によく使われていました。このモーツァルトが使っていた旅行用クラヴィコードはたった1m程度の幅しかありませんが意外と重く丈夫で、音域はなんと4オクターヴ半もあったのでした。

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