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カテゴリー「音楽>ピアノなど鍵盤楽器の歴史」の122件の記事

2019年12月24日 (火)

独逸はシュトゥットガルトの Ph.J.Trayser 社による1895年ごろのハルモニウムで、エルガーの「Vesper Voluntaries, op.14」から第4曲を

独逸はシュトゥットガルトの Ph.J.Trayser 社による1895年ごろ製と推定されるハルモニウムで、Elgar(1857-1934) の「Vesper Voluntaries, op.14」から4曲めを弾きました。この曲集は1曲めが「INTRODUCTION」なので4曲めを「第3曲」という表記をするのも正しく、チト混乱が生じるかもです ヽ( ̄▽ ̄)ノ

ハルモニウムもリードオルガンも足でふいごを踏んで風を送って音を出すオルガンなのですが、風を送る考え方が根本的に異なります。ハルモニウムは大オルガンと同じく空気を圧縮してそれが吹き出す勢いで風を送ります。リードオルガンは空気圧を下げてそこに空気を吸い込ませる勢いで風を送ります。そのためハルモニウムは「吹き出し式」と呼ばれ、リードオルガンは「吸い込み式」と呼ばれます。同じ足踏み式オルガンでも、世界は全く異なるんですよ〜。

このオルガンを修復しているカナダのオンタリオ在住の Rodney Janzi は、サイトトップに「Sharing the forgotten sounds of the reed organ」と記している通り、リードオルガンという忘れられた世界を信じられぬほど精力的に発信している第一人者です。本業のかたわら(!)リードオルガンに本格的に取り組み始めたのは2008年のこと、以前からの木工趣味が活かせたということもありましょうが、現象を細かく細かく切り分けるコンピューター技術者という本業がリードオルガンという未知の世界を切り拓くために極めて重要なポイントだったのだろうと思います。大規模なオルガンの修復場所は彼の本業のボスが好意で無料で使わせてくれている倉庫の二階とのことで、うむ、なるほど、そりゃ〜本業をストップするわけにもいかないですな(・x・ゞ
*Rodney Janzi Website: http://www.rodneyjantzi.com

今年2019年は2年に一回の Reed Organ Society gathering 開催の年。場所がミズーリ州デトロイトの近く(近くないw)と来れば、トロントに飛んでレンタカーを借りれば帰りに Rodney の家に寄れるぞ・・・というコトは盟友の渡邉祐治氏の運転に頼ってしまったのですが、まぁそれはともかく(ともかかないw)二人で存分に愉しんできたのでした。激安航空券を探したらなんと Aeromexico のメキシコシティ経由トロント便が73000円(ほんの数日だけだった模様www)だったので、まさかの中南米初体験も果たせたというおまけもつきました。これについては、このブログの10月をたどってみてくださいませ〜 (`・ω・´)
・リードオルガン修復:渡邉祐治
https://www.youtube.com/channel/UCSiix1iGPuO6XR54th_BjHw

2019年10月27日 (日)

北欧の化けものリードオルガンで、エルガーの「Vesper Voluntaries, op.14」から第1曲『INTRODUCTION』を

北欧はスウェーデンの K.A.Anderssons 社による1895年ごろ製と推定される3段鍵盤に足鍵盤付という化けものリードオルガンで、Elgar(1857-1934) の「Vesper Voluntaries, op.14」から第1曲『INTRODUCTION』を弾きました。人間の創意工夫と想像力は無限であらゆる分野にまさかの存在が隠されていますが、この化けものリードオルガンもその一つではないでしょうか。リードの数はゆうに1200本、足鍵盤があるので送風は当然ながら助手もしくは電動ポンプ。まだまだ修復途上な一大プロジェクトで、ムキ出しの送風機の音がヤカましいヤカましい。実はワタクシ体幹がめっぽう弱いため足鍵盤は全くダメなのですが、この楽器を前にしては試さないワケにもいかず(^ω^;;;

このオルガンを修復しているカナダのオンタリオ在住の Rodney Janzi は、サイトトップに「Sharing the forgotten sounds of the reed organ」と記している通り、リードオルガンという忘れられた世界を信じられぬほど精力的に発信している第一人者です。本業のかたわら(!)リードオルガンに本格的に取り組み始めたのは2008年のこと、以前からの木工趣味が活かせたということもありましょうが、現象を細かく細かく切り分けるコンピューター技術者という本業がリードオルガンという未知の世界を切り拓くために極めて重要なポイントだったのだろうと思います。この K.A.Anderssons 社 のオルガンなど大規模なオルガンの保管・修復場所は彼の本業のボスが好意で無料で使わせてくれている倉庫の二階とのことで、うむ、なるほど、そりゃ〜本業をストップするわけにもいかないですな(・x・ゞ

2019年10月23日 (水)

トロント郊外、シムコー湖の秋

かの不世出の大天才、グレン・グールドはシムコー湖のほとりのアプターグローヴ村に別荘を構えていて、いつも同じレストランで同じメニューのランチを食していたとのこと。さすがにそのレストランを突き止めてそのランチを食するなんて無茶でしたが、ひょっとしたら同じ土は踏めたかも知れません (*´-`)

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グレン・グールドが1982年に亡くなって既に40年が経とうとしていますが、好き嫌いはあるにせよ、彼の音楽がいわゆる「クラシック音楽」な世界に与えた衝撃は計り知れないです。表面的な好き嫌いで論じるのは自由ですが、是非とも「むちゃくちゃ変なのに全て決まりごとを守っている」という方向で聴き直していただきたく。

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グレン・グールドは、普通に弾こうと思えばいくらでも当たり前に「普通に」弾けたほどの人物です。その人物が敢えて「変なコト」を世に問うたのはナゼなのか、まぁ我々凡人には理解できないでしょうが、折に触れて考えても損はなさそうに思います (`・ω・´)

2019年10月21日 (月)

ROS Gathering 2019 最終日/午後「Fayette Opera House」

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はやくも本日は ROS gathering 2019 の最終日。隣のオハイオ州の「Fayette Opera House」まで一時間ぐらいのドライブでみんなで聴いたのは、Pam RobisonMichael Hendron という協会屈指の名手二人によるコンサート。

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舞台上にはリードオルガンとハルモニウムとカワイの木目調ピアノ、さらに舞台下には超大型の足鍵盤付リードオルガン、という威容。実は100年前にはリードオルガンとピアノの二重奏編曲がた〜くさん作られておりまして。まぁ打弦楽器と管楽器の合奏なので当然とも思えど、実際に目の当たりにすると色彩感の変化が何層にも拡がる実感が得られてなるほどなぁでした (*´-`)

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会場近くの紅葉が青空に映えて二度美味しい最終日となりましたでした。我々はその足で再び国境を越えてカナダ側へ。明日はこれまた超ド級の修復家(一応アマチュアですがそんなのどうでもイイくらいにぶっ飛んでます)である Rodney Janzi 邸の襲撃です(^^)

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2019年10月20日 (日)

ROS Gathering 2019 三日め、コンサート出演!

さて明日がホントの最終日ですが、午後にみんなで離れたところでのコンサートを見に行くだけなので、今晩は早くも「farewell party」なんですね〜。なんとワタクシ、事前に「パーティーの後に何人かでコンサートをすることになっていて出て欲しいんだけど、どぉ?」と訊ねられておりまして、そりゃ〜当然二つ返事でOKに決まっておりますがな (`・ω・´)

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進行役の Rodney Janzi に、ROS の直前に台風が東京を直撃して来られるか心配だった、との説明をしてもらえて感激。会場から遠い順に、日本、イングランド、カナダ、アメリカという4人の演奏者それぞれがパーティーのあとの余興にしてはまさかの一人あたり20〜25分という大充実のプログラムを組ませてもらえて、リードオルガンでできる様々な表現を盛り込むことができました。満場のウケがとれてホッ (*´-`)

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2019年10月19日 (土)

ROS Gathering 2019 二日め

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ROS gathering 2019 の2日め、超〜強烈雨男なワタクシにしてはまさかのw快晴で、放射冷却のためか朝の気温が0度で車のガラスがばっちり凍りついていたのにビックリ。紅葉が綺麗なのは期待通りで、やったぜの朝(*´-`)

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修復工房併設の博物館なので(逆かもw)基本のお題が修復なのは当然のこと。調律&整音講座、風袋(ふうたい、空気袋のこと)張替の実演そしてリードオルガン演奏法解説に加えて、まさかのエジソン蝋管録音オリジナルを再生しながらの讃美歌講座、という大充実の一日(`・ω・´)

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アメリカはメシが決してウマくないのは織り込み済みですが、会場で供された lunch も supper もおそらく手づくりのためかwまことに美味だったのが嬉しい誤算(・x・ゞ

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風袋の張替えはくっそ面倒で時間がかかるのに、ま〜オトコのコたちってば実演を目の当たりにしながら疲れも見せずにしゃべくりながらだらだらと眺めつづけられるんですね〜。

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さすがに一人減り二人減りでしたけど(^o^;;;

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空き時間にはオルガンそっちのけでジグソーパズルに興ずる女性軍も(あ、あくまでも空き時間ねw)

2019年10月18日 (金)

"Reed Organ Society gathering", Conklin Reed Organ & History Museum, MI

今回の "ROS gathering" はミシガン州で公共交通機関では全く行けない場所、渡邉祐治氏にドライバーを任せられるのをイイことにトロントまで飛んだwので、まさかの いわゆる「南回り」(というのか?) だったんですよ〜。トロント空港到着が23:30なのは、さすがに長かったかも(^o^;

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翌朝、トロント空港でレンタカーを借りてハイウェイを数回曲がったら このまま350km と出てノケぞったのでした。カナダにしてもアメリカにしても、狭い日本とは広さの感覚が全くもって違うんですよね〜。このカーナビが日本語なのは、例によって Apple の「carPlay」のおかげ。iPhone をUSB接続すればそのままカーナビになるというスグレモノで、いやはやホントに頼りになりました!

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さて、今回の『ROS gathering 2019』は国境を越えてさらに200kmぐらい、デトロイトのさらに西の方のわずか人口450人弱の小さな村にある、なななんとリードオルガンが100台もある博物館にて開催〜 (`・ω・´)

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まぁ「fully restored」と謳っているワリにはいささか雑で音がちゃんとは出ない個体も少なからずですが、この威容を見てしまうと、そこに触れるのはヤボですね。しかもこれほどの台数なのにホコリがほとんどたかっていないのにはビックリでした。

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演奏家という存在はごくごく一部の超〜売れっ子以外はなかなか裕福にはなれないwのが悔しいのですが、まぁだからこその悪知恵がまわって冗談のように安い(往復コミコミ73000円とは破格ちぅの破格でしょ!)航空券を手に入れられたのは幸運でございました(*´-`)

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2019年8月 2日 (金)

ひさびさの久保田彰チェンバロ工房訪問

ひっさびさに久保田彰親方じきじきに呼び出しをくらいw、新座まで楽器見学な午後(`・ω・´)

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スタッフの牧田氏による古い時代のクラヴィコードと、シュレーターの発案で図面のみ現存のタンゲンテンフリューゲルとは、なんとも素敵に無敵に濃ゆい組み合わせ (((o(*゚▽゚*)o)))


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両方ともかなり愉しい出来栄えで、いろいろと悪事をハタラきたくなったのはココだけのハナシ。それにしても、ココ、何台楽器が転がっているんでしょ(*´-`)

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2019年4月 7日 (日)

中島みゆき 作詞/作曲『グッバイ ガール』ソロ:モーツァルトの旅行用クラヴィコード(1763, J.A.Stein)の複製(2002年)で

中島みゆきの『グッバイ ガール』を、かの神童モーツァルトが7歳のとき(1763年)に買ってもらったJ.A.シュタイン製の旅行用クラヴィコードの複製で弾きました。ん? 歴史的楽器で現代の音楽を弾く必然性? 別に全っ然ございませんがナニか? ( ̄ー ̄)

『グッバイ ガール』は1988年のアルバム《グッバイ ガール》の収録曲と思うのが当然でしょうが、なんとまぁ、このアルバムには入っていないどころかこの『グッバイ ガール』の発売は1989年のシングル盤のみ、しかも2曲めとしてリリースされているというオチ。なのでこの「曲」をWebで検索するのは案外と面倒なのですが、中島みゆきにはもっと手強い相手がおりまして。《グッバイ ガール》と同じ1988年に《中島みゆき》というアルバムを発売していやがって、なんとまぁ検索しづらいことw

・・・閑話休題、クラヴィコードはピアノ以前の鍵盤楽器のなかで最も大切とされていたフシがあり、現代古楽器周辺では「独りで音楽の神さまと向き合う」ための楽器とみなされて過度に神聖化wされていたりします。ですが、実は、そのような内なる世界は優しく親密な世界でもあるはずで、現代人にとって大切なのはむしろ後者の性格ですよね。なお、クラヴィコードの音量は世人の想像を超えて小さいですから、背景のノイズが気にならない程度の音量に抑えたうえで少〜し耳を澄ませてくださいませ。聴こえてきますよ〜(・o・ゞ

 グッバイガール 何とでも 私のことを
  他人は語るがいいさ
  グッバイガール はじめから さよなら目当て
  そんなふうに 語るがいいさ


中島みゆきは「失恋歌の女王」とまで称されますし事実その通りだと思いますが、最初っっっから<さよなら目当て>と言われる主人公が登場するこの曲は、のっけからなかなかシビれますわな。「ふられぐせ」がついてしまったがごとき主人公ですが、今回ばかりは未練たっぷりで大変なようです。

 あの人は恋 私には恋
  誰も信じなくても だけど
  あの人は恋 私には恋
  あの人も信じないけど


この<あの人も信じないけど>が、ホントに切ないですね〜。主人公は自虐的になっているようなそぶりこそ見せて自分をも欺こうとしているようですが、この切なさはそれを突き抜けて心に刺さります。

 あの人は恋 私には恋
  いつでも忘れがたい だけど
  あの人は言う 街角で言う
  別れやすい奴だってさ


主人公が切々と恋いこがれているのに<あの人>と言ったら、まっっったくも〜。ですが、恋愛に限らずですが、強く強く想えば想うほど案外と自分一人で盛り上がってしまっていてナニも伝えられていないことが少なくない・・・と思いませんか? 態度に出しているつもりで全っ然出せていなかったとか、言葉に出したつもりなのに婉曲に過ぎてポカ〜ンとされちまうとか (´・ω・`)

 汚れてゆく雪のようです 女たちの心は
  汚れながら春になります 不埒でしょうか


もろもろのモヤモヤを吹き飛ばすような、締めくくりのこの二行。美しいだけでない、このナンとも言い難い雰囲気は一体どうしたことでしょうか。雪国で春が近づいて雪が溶け始めたときの凄まじい泥んこぐあいは札幌生まれ帯広育ちの中島みゆきですからイヤというほど経験しているわけで、そのような悲惨な泥んこぐあいがなければ<>は訪れない、と強く刷り込まれていることでしょう。中島みゆきにしては解りやすい比喩ではありますが、<汚れながら春になります>という表現ができるかどうかとはまた別なモンダイですね。まことに美しい表現でありますが・・・いやいや、泥んこで凄まじい汚れっぷりなんですけどw

さて、この動画で使っているクラヴィコードという鍵盤楽器の音は極めて小さく、弾き手の注意力は自然に研ぎ澄まされます。それがために「独りで音楽の神さまと向き合う」楽器とされるのでしょうが、その向き合い方は求道者のごとく禁欲的な姿だけではございません。クラヴィコードを弾くと世の中がいかに多種多彩な音に満ちているかにはっとさせられますし、それはとりもなおさず、自分が今まで気づかなかった外界の動きに気づかされる機会が与えられたことに他なりません。神さまとは実は身近な存在で、どれくらい身近かというと、自分の感性の中におはしまするぞ (`・ω・´)シャキーン

2019年2月 7日 (木)

中島みゆき 作詞/作曲『風にならないか』ソロ:モーツァルトの旅行用クラヴィコード(1763, J.A.Stein)の複製(2002年)で

中島みゆきの『風にならないか』を、かの神童モーツァルトが7歳のとき(1763年)に買ってもらったJ.A.シュタイン製の旅行用クラヴィコードの複製で弾きました。

『風にならないか』は1994年のアルバム《LOVR OR NOTHING》の一曲。演歌調にただただ独りごちて「・・・まいっか(・ω・ゞ」というような地味な曲調は、深遠で高潔な思想とは無縁の世界観。それでいながらちょっとした言葉のスパイスが耳に残る佳曲だと思います。いつもながら対語法が秀逸。

クラヴィコードはピアノ以前の鍵盤楽器のなかで最も大切とされていたフシがあり、現代古楽器周辺では「独りで音楽の神さまと向き合う」ための楽器とみなされて過度に神聖化wされていたりします。ですが、実は、そのような内なる世界は優しく親密な世界でもあるはずで、現代人にとって大切なのはむしろ後者の性格ですよね。なお、クラヴィコードの音量は世人の想像を超えて小さいですから、背景のノイズが気にならない程度の音量に抑えたうえで少〜し耳を澄ませてくださいませ。聴こえてきますよ〜(・o・ゞ

 むずかしい言葉は自分を守ったかい
  振りまわす刃は自分を守ったかい
  降りかかる火の粉と 降り注ぐ愛情を
  けして間違わずに来たとは言えない


中島みゆきの曲でのっけからこう始まると「来たな」と身構えたくなりますが、このユルい曲調だとなんだか身構えようがないwのも事実。「頑張るのはご苦労なこったけど、わりかし勘違いするんだよねぃ」な程度の雰囲気を感じるのはワタクシだけでしょうかw ふむ、確かに<降りかかる火の粉>と<降り注ぐ愛情>って、意外と間違いやすいような気はしますね。

さて、モンダイは2番の歌詞、なかなか意味深でございます。

 自由になりたくて孤独になりたくない
  放っておいてほしい 見捨てないでほしい


なんだかコレ、かまってちゃんwな雰囲気満載ですが、誰しもこのような想いに至ってしまうのではないでしょうか。自由な状態とはある意味「我関せず」な状態ですが、だれしも多かれ少なかれ承認欲求はあるもので、本当に「我関せず」になってしまっては実は満足できないんですよね〜。声高に「人は人、自分は自分」と吹聴しながら実際のところは理解者を切望してしまうのは、仙人でもない限り、無理もないことでありま〜す。

 望みはすばしこく何処へでも毒をまく
  やがて自分の飲む水とも知らないで


自由でありたい人は往々にして意識が高い方々であることが多く、そのような方々の承認欲求は実は笑っちゃうぐらいに高かったりします。自分の「意識の高さ」はそもそも他者から独立しては存在し得ず、孤高の存在であろうとすればするほど逆にあちこちに顔を出して口を出して疎まれてしまったり。「自分は人とは違う」とか「自分の方が正しい」とか「自分が見ている世界こそが本物だ」とか、ま〜、なんつ〜か、いわゆる「勘違いオヤジ」なマウンティングの典型ですわな。・・・あ、しまった、こうやって書いているコト自体が<何処へでも毒をまく>展怪ではないかっっっw

 我が身可愛いと心は揺れる
  あてにならぬ地図を持ち ただ立ちすくんでいる
  もう風にならないか
  ねぇ風にならないか


人間なんて所詮は人間関係から逃れられるハズもなく、自分が可愛くてどうしようもない存在。そのようなものである人間にとっての本当の自由とは、さまざまな関係性を描いた<あてにならぬ地図>の間をさらさらと吹き抜けて行く風のような存在になることでしょう。まぁこのように利いた風な口を叩いたところで、この「風」とはなんぞやと常に考えずして自由は得られず、よしんば「風の通り道を記した地図」を手に入れたところで逆に地図に縛られる可能性が浮上しますから、結局、考えることでしか自由は得られないのです。・・・どないせぇっちゅ〜んじゃw

さて、この動画で使っているクラヴィコードという鍵盤楽器の音は極めて小さく、弾き手の注意力は自然に研ぎ澄まされます。それがために「独りで音楽の神さまと向き合う」楽器とされるのでしょうが、その向き合い方は求道者のごとく禁欲的な姿だけではございません。クラヴィコードを弾くと世の中がいかに多種多彩な音に満ちているかにはっとさせられますし、それはとりもなおさず、自分が今まで気づかなかった外界の動きに気づかされる機会が与えられたことに他なりません。この「外界の動き」とはある意味で空気の動きであり、それはまさに<風>であります。たとえ屋内であっても、クラヴィコードの周辺では<風>の存在を意識することができるんですよ〜 (`・ω・´)シャキーン

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