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カテゴリー「音楽>YouTube」の439件の記事

2023年1月29日 (日)

中島みゆき 作詞/作曲『銀の龍の背に乗って』ピアノソロ:1894年ベーゼンドルファー社製ピアノ(ウィーン式アクション/85鍵)

中島みゆきの『銀の龍の背に乗って』を、いつもの1894年製アンティークピアノで弾きました(*´-`)

『銀の龍の背に乗って』はドラマ『Dr. コトー診療所』(第一期:2003年7月3日〜9月11日。第二期:2006年10月12日〜12月21日)の主題歌として書き下ろされ、同年2003年にリリースされたシングル《銀の龍の背に乗って》の一曲(B面は『恋文』)です。ドラマ『Dr.コトー診療所』は南国の離島で地域医療に日夜挑む青年医師の物語で、この主題歌『銀の龍の背に乗って』では青年医師の苦悩そして決意が壮大に唄われています。昨年2022年12月16日にこの『Dr.コトー診療所』の続編が劇場版としてなんと16年の時を経て封切られてただいま絶賛上映中、ひさびさにこの曲を耳にした方も少なくないのではないでしょうか。

 あの蒼ざめた海の彼方で 今まさに誰かが傷んでいる
  まだ飛べない雛たちみたいに 僕はこの非力を嘆いている


ドラマは具体的なできごとを描きますが、詞や音楽は抽象的だからこそ受け手の心のあり方によって姿を変えてくれますね。誰かが傷んでいるのがわかっているのに自分は力及ばず駆けつけられぬ、というもどかしさは、『Dr.コトー診療所』の内容にてらせば、よそ者である青年医師の心のうちとか、充分な医療支援を受けさせられない離島の現状とか、誤解曲解を正しきれない現実とか、強大な自然を目の当たりにした無力感とかが想起されるのでしょうか。まぁ人生の荒波やら不条理やらは多かれ少なかれ自らの「力及ばず」がきっかけとなるモンでしょうから、皆さんこの一節から自分のさまざまな体験を想起して頷かせられるところ大なのではないでしょうか。

 急げ悲しみ 翼に変われ
  急げ傷跡 羅針盤になれ


「力及ばず」は悔しくつらい体験ですが、その結果として<悲しみ>そして<傷跡>は案外と奮起する方向を決める原動力となるものでして、それが<>であり<羅針盤>なんでしょね。<>がなくては移動できませんし同時に<羅針盤>がなくては進む方向が示せないワケで、この暗喩、さすがというべきか相変わらずというべきか、ほんっっっと冴えてますわ〜。

ここまでが1番の前段、これからが後段です。

 夢が迎えに来てくれるまで 震えて待ってるだけだった昨日
  明日 僕は龍の足元へ崖を登り 呼ぶよ「さあ、行こうぜ」
  銀の龍の背に乗って 届けに行こう 命の砂漠へ
  銀の龍の背に乗って 運んで行こう 雨雲の渦を


震えて待ってるだけだった昨日>とは<この非力を嘆いている>かつての自分ですが、いよいよ<夢が迎えに>きてくれて<悲しみ>が<>に変わり<傷跡>が<羅針盤>になって、曲もそれに合わせて嬰へ短調から嬰ヘ長調に転調させてグッと前向きになっています。コレはまぁ常套手段なのですが、それに止まることなくわずか2行=8小節でサビの<銀の龍の背に乗って…>を嬰ヘ長調の平行短調である嬰ニ短調にグイッと寄せているテクがなんともニクいです。

「長調は明るい、短調は暗い」という紋切り型二元論wがそこいらでよく語られますが、こんなに単純にしたら理解できるものも理解できなくなるのではないかしらんねぃ・・・とかねがね思っているワタクシでして。このサビの<銀の龍の背に乗って…>では、長調から短調にグイッと寄ることで中島みゆきのドスの効いた声質も相まって決意表明としてむっちゃ力強い表現となっていると感じます。そりゃ〜暗めであることで力強さをより感じさせているのも確かなのですが、「短調は暗い」というテストの回答で止まってしまってはチト感心しませんね〜(・x・ゞ

 銀の龍の背に乗って 届けに行こう 命の砂漠へ
  銀の龍の背に乗って 運んで行こう 雨雲の渦を


自らの翼で羽ばたいてではなくいつの間にか<銀の龍の背に乗って>になっているトコに突っ込むのは野暮の極みとしてwww、このサビの2行のカッコよさたるや、中島みゆきには素晴らしき「応援ソング」が数多いですがその中でも白眉とさえ思わされます。TVドラマの製作発表の際の中島みゆきからのこのコメントもむべなるかな!

 この作品なら多感な少年のみならず、多感な大人のみなさんにこそきっと何かを共感していただけるのではないかと確信いたしまして新しい曲が生まれました。放送を楽しみにしております



この動画で使っているピアノは100年以上昔、1894年製のアンティークピアノ。このような楽器を使ってこのような曲を弾くのはまことに愉しいです。現代では世間で聞こえる音のほとんどは電気を通していますが、このころに世間で聞こえていた音は生音が主流でした。1877年にエジソンが蓄音機を実用化し、このピアノが作られた1894年にはSPレコードの大量生産ができるようになって、次第に「録音」というシロモノが世間に知られるようになった時代。こんな時代の楽器がどれほど豊かな音世界を伝えていたのか、この動画で使っている楽器は奇跡的にオリジナルほぼそのまま、まさに時代の生き証人です。

2023年1月24日 (火)

BELTONのアップライトピアノFU33W(1976年製)で、ゴダール「20の小品, Op.58」の第6曲め『Petit canon/小さなカノン』を

Benjamin Godard(1849-1895)による「20の小品, Op.58」の第6曲め『Petit canon/小さなカノン』を、昭和51年(=1976年)納入調律という調律カードが入ったBELTONのアップライトピアノFU33W(Serial No. 303xx)で弾きました。なお、BELTONという綴りから「ベルトン」と表記されることも少なくないですが、最後期の従業員から直接「ベルトーンだった」という証言が得られていますぜ。

このピアノ、形式が「FU33」でウォルナット仕上げなので「W」が付けられているんだろうなぁと推測。この個体は某教会の所有で、調律カードによると2002年までは数年おきに手を加えられていたようですがそれから20年近く放置されていた由。そのワリには状態がまともで調律しただけでそれなりに豊かな響きが蘇ったのが僥倖で、2023年1月21日にごく小規模で行ったミニコンサートの実況録画でございます(*´-`)

BELTONは古き佳き時代の国産ピアノ、日本のピアノ製作のメッカであった浜松の冨士楽器/ベルトーンピアノ研究所で作られています。このベルトーンという名称は芸大教授でピアニストであったレオニード・クロイツァー/Leonid Kreutzer(1884-1953)氏によるもので、このピアノの鋳物フレームには誇らしげに<"BELTON" NAMED BY PROF. LEONID KREUTZER>と鋳込んであります。また、古い時代のBELTONの鋳物フレームで<MANUFACTURED SINCE 1937>と鋳込んである写真がネット上には複数転がっております。BELTONは「国産ピアノの中でとりわけ音色が良い」という定評はあるようですが、かたや「修復にエラく手がかかる」という評価もあるようで、まぁありがちなバラつきなんだろなぁというのがワタクシ個人の見怪でございます。とりわけ、楽器とはもともとの質よりもナニよりも「履歴の個体差」の方が圧倒的にモノを言いますからね〜。

作曲のゴダールは映画監督として知られるゴダールとは別人、多作家の天才として鳴らし、かつては『ジョスランの子守唄』という誰もが知る通俗名曲の作曲者として知られていました。この『ジョスランの子守唄』は、オペラ『Jocelyn, op.100』の中の一曲で、戦前にはフツーに蓄音機で聴かれていたんですよ〜、YouTubeにも昭和6年吹込で藤原義江が近藤朔風の詩に乗せて歌っている音源が上がっています。

2023年1月19日 (木)

シャミナード「Pièces humoristiques/ユーモラスなピアノ曲集, op.87」から第1曲『Réveil/目覚まし時計』を、1905年製プレイエル3bisピアノ(85鍵)で

シャミナード「Pièces humoristiques/ユーモラスなピアノ曲集, op.87」から第1曲『Réveil/目覚まし時計』を、高崎・アトリエミストラル所蔵の1905年製プレイエル 3bis(トロワビス)型ヴィンテージピアノで弾きました。

朝寝坊ってばこれほど怪適なモノは人生でそうそうないだろうなとさえ思いますが、だからこそそれをぶった斬るwための「目覚まし時計」が日々ヤカましく不快なアラーム音へと進化していくのもまた歴史の必然ですナwww。まさにシャミナードの時代の1874年にフランスの発明家アントワーヌ・レディエが調節可能な機械式目覚まし時計の特許を取得して、さまざまなメーカーが目覚まし時計の開発に乗り出すようになった由。どうも現代人である我々が空気のように使っている便利な機械のほとんどが19世紀後半から20世紀初頭の時代に実用化されているような気がしますナ(・o・ゞ)

目覚まし時計が庶民一般に普及するのはもう少し後になって1930年台あたりかららしいですが、この「ユーモラスなピアノ曲集, op.87」が出版された19世紀終わり頃には既にその在り方は知れ渡っていたのではないでしょうか。目覚まし時計って、ヒトを遅刻しないようにさせてくれる本来なら感謝されてしかるべき存在なのに、同時に毎朝毎朝エラく憎まれる存在だったりもしますからね〜。なるほど、シャミナードが「ユーモラスなピアノ曲集, op.87」の一曲めに『目覚まし時計』をぶっ込んできたのは誠に愉しいことではございませんか(*´-`)

2023年1月16日 (月)

ヘンデルのオペラ『セルセ』から『ラルゴ(オンブラ・マイ・フ)』を、1893年ごろシカゴコテージオルガン社の豪華棚付きリードオルガンで

1893年頃の CHICAGO COTTAGE ORGAN社による大型リードオルガンで、おなじみのヘンデルのオペラ『セルセ』から『ラルゴ(オンブラ・マイ・フ)』を弾きました。例によっての 渡邉祐治 さんからの足踏みオルガンが ピアピット に登場です。

北米はリードオルガンの本場、19世紀後半から20世紀初頭にかけてのアップライトピアノが家庭を席巻する前の時代には、それこそ星の数ほどのメーカーがこのような豪華な棚つき大型リードオルガンをこぞって作っており、柔らかで温かくそして大らかな音色の世界が普通の家庭の中に豊かに広がっておりました。Chicago Cottage Organ社は、1800年後半から1900年初めまでリードオルガンを大量に作っていた大手メーカーです。開拓者精神にあふれていた当時のアメリカを彷彿とさせる世界をどうぞ〜!

・お問合せ→リードオルガン修復:才気堂、渡邉祐治
https://pianoreedorgan.jimdofree.com/

*ピアノ工房ピアピット(千葉県印西市)
ピアノは本気で直せば古いピアノでも必ずよみがえります
http://www.piapit.com/repair.html

2023年1月14日 (土)

ヘルマン・ネッケ『夜のケーニヒス湖上散歩, op.241』を、1894年ベーゼンドルファー社製ピアノ(ウィーン式アクション/85鍵)で

ヘルマン・ネッケ/Hermann Necke(1850-1912) という名前でピンと来る方はもはや少なくなってしまったかも知れませんが、あの(懐かしのw)運動会の定番ちぅの定番『クシコス・ポスト』の作曲者でありま〜す。この曲『Nachtfahrt auf dem Königssee/夜のケーニヒス湖上散歩, op.241』は1892年にライプツィヒで出版されており、まさにそのタイミングである1894年にウィーンで作られたベーゼンドルファーで弾く音色には史料的価値があると思いますよ〜(*´-`)

さてこの曲はおそらく録音されておらず、当然ながら出来合いの邦訳があるハズもございませぬ。Nachtfahrt は Nacht(夜)+ fahren(乗り物で移動する)が名詞になったみたいなモンwで、auf dem は「〜の上(on the ですナ)」、そして Königssee はザルツブルクの南のドイツがオーストリアにぐいっと食い込んでいる場所に位置している山に囲まれたまことに風光明媚な湖で湖上遊覧が有名・・・と思いきや、Neckeが生涯を過ごしたドイツ西部のDürenの近郊にも小さくて素敵な Königssee がありまして、どのケーニヒス湖なのかはわからんというwww

ともあれ、獨逸弁の『Nachtfahrt auf dem Königssee』は直訳すると『ケーニヒス湖上での夜間移動』となりまして、さらにこの曲には「Barcarolle」という標記があることから、夜のケーニヒス湖で舟遊びしている様子を詠んだのだろなぁと。「ケーニヒス湖」という固有名詞に邪魔されてイカした邦訳をヒネり出しにくいですが、まぁ『夜のケーニヒス湖上散歩』とでも申しましょうかという流れでございました(・o・ゞ



この動画で使っているピアノは100年以上昔、1894年製のアンティークピアノ。このような楽器を使ってこのような曲を弾くのはまことに愉しいです。現代では世間で聞こえる音のほとんどは電気を通していますが、このころに世間で聞こえていた音は生音が主流でした。1877年にエジソンが蓄音機を実用化し、このピアノが作られた1894年にはSPレコードの大量生産ができるようになって、次第に「録音」というシロモノが世間に知られるようになった時代。こんな時代の楽器がどれほど豊かな音世界を伝えていたのか、この動画で使っている楽器は奇跡的にオリジナルほぼそのまま、まさに時代の生き証人です。

2023年1月 8日 (日)

Caleb Simper(1856-1942)「17 Voluntaries for the Organ, American Organ or Harmonium」第3巻から第14曲『Opening Voluntery』を、1900年ごろカナダはベル社の豪華棚付きリードオルガンで

わたらせ渓谷鐵道の神戸(ごうど)駅から2km程度、群馬県みどり市「童謡ふるさと館」所蔵のカナダはベル社の1900年ころの豪華棚付きリードオルガン(17ストップ!)を使って、イギリスのオルガニストそして作曲家のカレブ・シンパー/Caleb Simper(1856-1942)の「17 Voluntaries for the Organ, American Organ or Harmonium」シリーズの第3巻から、第14曲『Opening Voluntary』を、ボストン近郊の Bridgewater で弾きました。

カレブ・シンパーは普通の愛好家にとって親しみやすく平易な作品を数多く作曲しており、それこそ何万冊の単位でむちゃくちゃに「売れて」いたんですね〜。この「17 Voluntaries for the Organ, American Organ or Harmonium」シリーズだけでも12冊出版されておりまして、その第3巻の第14曲がこの『Opening Voluntary』です。実はこの「17 Voluntaries for the Organ, American Organ or Harmonium」はオマケが入っているものが5冊もあるという、似たような雰囲気の曲もまぁ少なくはないにしても、多作家ってぇヤツはホントにスゴいんだなぁと。

このベル社のリードオルガンは1900年前後に北米で隆盛を極めていた豪華棚付きリードオルガンの生き残り。小学校低学年の授業で使われていた程度の楽器、というリードオルガンのイメージとは全く異なる堂々たる楽器です。管楽器や歌唱のイメージは「レガート」という表現に取り組む上で必要不可欠。リードオルガンは管楽器かつ持続音を得意とする楽器で、しかも空気を足踏みペダルで送るのですから工夫次第で強弱表現が可能、というかなり楽しい楽器です。素直で温かくしかも演奏者の悪知恵w次第で管楽器としての多種多彩な表現ができる魅力は、一部の世界だけに留めさせるにはあまりにも惜しい世界です。

・8フィートのみ


・8フィート+4フィート


言い古されたハコモノ行政の問題、自治体関連のハコモノに納入された楽器はえてして担当が変わるたびに疎まれる存在となり、売りつけたw業者の方も面倒なので売ったらほったらかし、いつしか見て見ぬ振りをされて人知れず朽ち果てる・・・という残念な現実があるようで。まぁこれは行政に限らず、同じように放置されて朽ちるに任せられている楽器は決して少なくないようです。「童謡ふるさと館」の鍵盤楽器たちも似たような状況でしたが、運良く識者に再発見されて2018年前半に2台がなんとか復活を遂げました (`・ω・´)

2023年1月 4日 (水)

DIAPASONのD-171BG グランドピアノで、ゴダール「20の小品, op.58」から、第19曲『アルバムの一葉』を

早くも今年の1/100が過ぎ去ってしまいましたがw、DIAPASON(ディアパソン)の1997年製 D-171BG グランドピアノでゴダール「20の小品, op.58」から、第19曲『アルバムの一葉』を弾きました。例によってのピアピットの気合いイレ過ぎなオーバーホールですぜ(*´-`)

 *ピアノ工房ピアピット(千葉県印西市)
 ピアノは本気で直せば古いピアノでも必ずよみがえります
 http://www.piapit.com/repair.html

DIAPASON(ディアパソン)はよく知られた国産ピアノで、天才技術者の誉れ高い大橋幡岩氏の高い志を実現すべく製造されたのが始まりです。この動画の楽器は1997年製ですのでディアパソンがカワイの子会社になって久しく、しかも独自の製造ラインでなくカワイの製造ラインで作られていた頃の楽器ですが、やはり血筋の良さが随所にあらわれていますね〜。
(オーバーホール直後で調律がアサッテ逝ってて御免💦💦💦)

ゴダールは多作家の天才として鳴らし、かつては『ジョスランの子守唄』という誰もが知る通俗名曲の作曲者として知られていましたが、今ではほぼ忘れられた作曲家ではないでしょうか。『20の小品, op.58』は1881年の作曲、よくある手ごろな小品集ではありますが粒揃いで素敵な魅力に溢れていますよ〜。

2023年1月 1日 (日)

中島みゆき 作詞/作曲『最後の女神』ピアノソロ:1894年ベーゼンドルファー社製ピアノ(ウィーン式アクション/85鍵)

謹賀新年のタイミングで別にナニも出ませんがw、いつもながら中島みゆきの『最後の女神』を、いつもの1894年製アンティークピアノで弾きました。今年もよろしくお願いします(*´-`)

『最後の女神』は1993年にリリースされた両A面シングル《時代/最後の女神》の一曲で、カップリングされた名曲の誉れ高い『時代』はリメイク版です。リメイク版『時代』とカップリングされている曲ということで、今回の『最後の女神』は中島みゆき2枚目のシングル《時代》のB面『傷ついた翼』の次に弾く曲として一応は意味があるwんですね〜。

そして、この『最後の女神』は、TBS系報道番組「筑紫哲也NEWS23」の1993年10月~1994年3月のエンディング曲として書き下ろされています。1993年11月10日の放送では、筑紫哲也と対談して『最後の女神』の創作意図を語っています。

 願いみたいなものとか、私の憧れてる人間の心の熱みたいなもの。
  そういうところからできごとは起こってくるんです。そのおおもとの
  ところの歌にしたいな、って願いで作ったんですけどね
(1993年11月10日「筑紫哲也NEWS23」中島みゆき)

報道番組とは日々新しいできごとを伝えるのが使命ですが、そのような番組であってもエンディング曲を日々新しくするのは現実的ではないワケでw。それならば、その<おおもと>となる<人間の心の熱みたいなもの>を曲にしよう・・・と。いかにも根源性や普遍性を歌にすることが多い中島みゆきらしい着想だなぁと思います。

 いちばん最後に見た夢だけを
  人は覚えているのだろう
  幼い日に見た夢を 思い出してみないか


『最後の女神』はこんな緩やかなイントロで始まります。「三つ子の魂百まで」と申しますが、日々をコナすだけで精一杯になりがちなせわしない日常、その中で回帰できるような自らの魂のよりどころってなんなのでしょうね。

 あぁ あれは壊れたオモチャ
  いつもいつも好きだったのに
  僕には直せなかった
  夢の中で今も泣いてる


こ、これはなんとも切ないですわ〜。誰でも夢は持っていたでしょうが、それを正しく認識して的確に育んで「業」として生き抜いていけるヒトがどれほど稀であるか。フツーの「デキる人材」がこんなことを言ったところで「おまえが言うな」で終わってしまうでしょうが、中島みゆきの詩ではなにやら共感を覚えさせられてしまいます。さすがはポップス界でトップを駆け続けている稀な人材だからこその有無を言わせぬ説得力でありま〜す。

 まだ見ぬ陸を信じて
  何故に鳥は海をゆけるの
  約束を載せた紙は風の中
  受けとめてくれる人がいるだろうか


ひとりひとりは独自の人生を歩むわけで、その目的地がどこにあるかなんて誰にもわからない・・・というのはもはや言い古され尽くしたw古典的な感覚でしょう。その、いわば憧れに満ちながらも言いようのない不安な感覚は誰でも抱いているでしょうが、それをこのように美しく表現してしまうのが中島みゆきなんでしょうね。そういえば、

 、 人生は素人につき『人生の素人』2017年)

こんなアジな表現もしてましたっけ(*´-`)

 心は変わる誰もが変わる
  変わりゆけ変わりゆけ もっと好きになれ


心は変わる誰もが変わる>と中島みゆきに言われたら、安定の「心変わり→フラれる」に決まってるじゃ〜ん、と誰もが思うところでこう来るとはなんともニクく、起承転結の「転」としてさすがですな。冷静に考えれば、この曲、報道番組のエンディングなんですけどwww

 あぁ あれは最後の女神
  まぎれもなく君を待ってる


あれ>という指示代名詞は、指示する語がない場合にはなにやら漠然とした存在を指し示す語として使われ、という文法的な怪説がピッタリくるような。漠然とした存在であるのに同時に<まぎれもなく>なところが<最後の女神>たる所以かと。なるほど、中島みゆき本人の言うところの<願いみたいなものとか、私の憧れてる人間の心の熱みたいなもの>の暗喩として秀逸な言葉の選択だなぁと感じ入ります。

 あぁ あれは最後の女神
  天使たちが歌いやめても




この動画で使っているピアノは100年以上昔、1894年製のアンティークピアノ。このような楽器を使ってこのような曲を弾くのはまことに愉しいです。現代では世間で聞こえる音のほとんどは電気を通していますが、このころに世間で聞こえていた音は生音が主流でした。1877年にエジソンが蓄音機を実用化し、このピアノが作られた1894年にはSPレコードの大量生産ができるようになって、次第に「録音」というシロモノが世間に知られるようになった時代。こんな時代の楽器がどれほど豊かな音世界を伝えていたのか、この動画で使っている楽器は奇跡的にオリジナルほぼそのまま、まさに時代の生き証人です。

2022年12月25日 (日)

吉松隆「プレイアデス舞曲集 第5巻 op.51(1992)」第6曲『真夜中のノエル』を、1894年ベーゼンドルファー社製ピアノ(ウィーン式アクション/85鍵)で

吉松隆の素敵なピアノ曲集「プレイアデス舞曲集」の第5巻 op.51 は1992年の出版、その第6曲『真夜中のノエル』をいつもの1894年製ベーゼンドルファーで弾きました。この『真夜中のノエル』は数ある「プレイアデス舞曲集」の中でも非常に有名で、いかにも冷たく張り詰めた冬の夜の空気が美しく描かれていますよ〜。

この曲は冬の夜中の情景描写であると同時に、真夜中の夢であるとか、温かく幸せなクリスマスの団らんであるとか、はたまたプレゼントへの期待感であるとか、個々人それぞれのイメージによってさまざまな姿を見せてくれるような気がします。コレって音楽というきわめて抽象的な世界だからこそ起こりうる、多様性バンザイな方向ですね。

さて、皆さん、どのようなクリスマスをお過ごしでしょうか? メリークリスマス(*´-`)

2022年12月24日 (土)

Henry Coleman(1865-1935) 「10 Voluntaries, Book 1」の第9曲『Prelude for Christmas』を、1900年ごろカナダはベル社の豪華棚付きリードオルガンで

さぁ全国的にきょ〜れつな寒波に見舞われておりますが、本日はクリスマスイヴ🎄

わたらせ渓谷鐵道の神戸(ごうど)駅から2km程度、群馬県みどり市「童謡ふるさと館」所蔵のカナダはベル社の1900年ころの豪華棚付きリードオルガン(17ストップ!)を使って、Henry Coleman(1888-1965) による「10 Voluntaries, Book 1」の第9曲『クリスマスのためのプレリュード/Prelude for Christmas』を弾きました。このベル社のリードオルガンは長い(=低い)16フィートのストップが低音側だけでなく全音域にわたって使えるのが特徴、この曲は派手派手しさ全開ですので8フィートと4フィートと16フィートを重ね、ラストはさらに Full Organ(=全部乗せw)にしています。

このベル社のリードオルガンは1900年前後に北米で隆盛を極めていた豪華棚付きリードオルガンの生き残り。小学校低学年の授業で使われていた程度の楽器、というリードオルガンのイメージとは全く異なる堂々たる楽器です。管楽器や歌唱のイメージは「レガート」という表現に取り組む上で必要不可欠。リードオルガンは管楽器かつ持続音を得意とする楽器で、しかも空気を足踏みペダルで送るのですから工夫次第で強弱表現が可能、というかなり楽しい楽器です。素直で温かくしかも演奏者の悪知恵w次第で管楽器としての多種多彩な表現ができる魅力は、一部の世界だけに留めさせるにはあまりにも惜しい世界です。



言い古されたハコモノ行政の問題、自治体関連のハコモノに納入された楽器はえてして担当が変わるたびに疎まれる存在となり、売りつけたw業者の方も面倒なので売ったらほったらかし、いつしか見て見ぬ振りをされて人知れず朽ち果てる・・・という残念な現実があるようで。まぁこれは行政に限らず、同じように放置されて朽ちるに任せられている楽器は決して少なくないようです。「童謡ふるさと館」の鍵盤楽器たちも似たような状況でしたが、運良く識者に再発見されて2018年前半に2台がなんとか復活を遂げました (`・ω・´)

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