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カテゴリー「音楽>YouTube」の300件の記事

2020年9月 7日 (月)

中島みゆき 作詞/作曲『ほうせんか』ピアノソロ:1894年ベーゼンドルファー社製ピアノ(ウィーン式アクション/85鍵)で

中島みゆきの『ほうせんか』を、いつもの1894年製アンティークピアノで弾きました。

『ほうせんか』は1978年に発売されたシングルLP《おもいで河/ほうせんか》のB面の曲で、なんとオリジナルアルバムには収録されていません。A面の『おもいで河』もオリジナルアルバムに収録されていないのはなんの因果か。『ほうせんか』はいかにもこの時期の中島みゆきの失恋ソングの体をなしていますが、実は前年の1977年にわずか37歳で急死したディレクター竹田健二への追悼曲とのことです。松山千春を育てた名ディレクターの突然の死を、いつフラれるかわからない心と重ねるという、まぁよくあるネタとも言えるかなぁと。

 悲しいですね 人は誰にも
  明日 流す涙が見えません
  別れる人とわかっていれば
  はじめから 寄りつきもしないのに

いやはや、のっけからめっっっちゃ中島みゆきですね〜。失恋の悲しく淋しい心持ちを軽快なギターのリズムにのせて決して重くなく唄うスタイルは1974年山本コウタローとウィークエンドのシングル『岬めぐり』とカブりますが、関係ありやなしや。

 悲しみ深く 胸に沈めたら
  この旅終えて 街に帰ろう『岬めぐり』1974年/山本コウタローとウィークエンド)

この一節、一人旅をしょっちゅうしていたワタクシにとってけっこうハマる感覚でしてね。ここで<>は当然一人旅ですから孤独の象徴で、<>は人とのつながりの象徴。極めて平易な語法ですが、なにやら妙に心に残るんですよ〜。これこれ、しょっちゅう失恋していたからだろうって、そ〜ゆ〜コトは思っていても言わないようにw

 後姿のあの人に幸せになれなんて 祈れない
  いつか さすらいに耐えかねて 私をたずねて来てよ

コレまためっっっちゃ中島みゆきで、徹頭徹尾恨み節でありたいのに結局は戻ってきてほしいという屈折した主人公がどれだけ詠まれてきたことか。自分から追いかける元気も勇気もなく独り淋しく恨み節を重ねて戻ってこない相手を待ち続けるという、コレ、客観的に記述するとかなりコワい状況だなぁと思いつつ、このような人たちって表に現れないだけで決して少なくないだろうなとも感じさせられます。中島みゆきの詩の「闇」の世界は芝居がかっているとか作り過ぎているとか指摘されることがありますが、そのように感じるのは「闇」な世界とは無縁な「幸せな方々」なんだろうなぁと。いや、それが悪いワケでもなんでもなく、モチロン喜ばしいことなんですがね。

 ほうせんか 私の心
  砕けて 砕けて 紅くなれ
  ほうせんか 空まであがれ
  あの人に しがみつけ

最後の<あの人に しがみつけ>の一文、光ってますね。ググってみたら、ホウセンカは今でも普通に小学校で教材として使われることが多いみたいで。種をいっぱいにためた「さや」が熟するとちょっとの刺激ではじけて種を飛ばすという、なんともホントにヨくデキた仕組みに素直に感心していた時代もあったんですよ、ワタクシw

2020年8月28日 (金)

Lee Conklin Reed Organ Museum の 1901年 Edna Organ 社製リードオルガンで、Scotson Clark による『Reverie religieuse』を

2019年の Reed Organ Society gathering が行われた、ミシガン州の小さな村:ハノーヴァーにある Lee Conklin Reed Organ Museum には100台ものリードオルガンが展示されており(日曜午後の4時間のみ;;;)、遠く遠くの日本からはるばる訪ねたよしみで(?)まとめて録画する時間を取らせてもらえました。

フレデリック・アーチャーの『アメリカンリードオルガン教本』(1889年)の第2巻には小品が70曲おさめられており、なかなか感じ良くリードオルガン用に編集されているように思えます。その中の第15番、F. S. Clark 作曲という表記の『Reverie religieuse』を、オハイオ州の Monroeville の Edna Piano & Organ Co. で作られたリードオルガンで弾きました。

作曲者の F.S.Clark はオルガン音楽な方面では有名な Scotson Clark であるのは自明なのですが、この方、例によってとんでもない数の作品を出版しておりまして、オリジナルを探すのが厄介この上ない(愉しいとも言うw)のでありま〜す。この曲の『Reverie religieuse』という標題はそもそも英語でなく仏蘭西語であるところからして怪しさ満点で、果たしてオリジナルの捜索は徒労に終わったのでありました。YouTube 上には1曲演奏がございますが、コレと同じアーチャーの『アメリカンリードオルガン教本』第2巻が出典でした。うぅむ残念っ (´・ω・`)

2020年8月16日 (日)

スクリャービン『2つの小品 op.57』から第1曲「欲望」を、1894年ベーゼンドルファー社製ピアノ(ウィーン式アクション/85鍵)で

スクリャービンの『2つの小品 op.57』から第1曲『欲望」 をいつもの1894年ベーゼンドルファー製ウィーンアクションのピアノで弾きました。

スクリャービンは神秘思想にたいへんに傾倒し、晩年(と言ってもせいぜい40際なのですが)には自らの生み出した「神秘和音」を執拗に使い倒す一種行き止まり的な音楽を書き続けました。神経質で大変な潔癖症だったのですが、なんと感染症で亡くなってしまったというのがなんとも気の毒というか人間の業の現れというか、複雑な気持ちにさせられますね〜。スクリャービンの世界は自らの独自な論理そして思想の中に閉じこもってその中での美しさそして幸せを追求し続けたかのように見えますが、さすがに人類の歴史に残るほどの大変態wですから、やはり妙に心に訴えてくる「ナニか」を強烈に備えているように思えます。

『2つの小品 op.57』は、スクリャービン後期への入り口とされる美しくもまことに不思議な作品です。第1曲が「欲望」で第2曲が「舞い踊る愛撫」ですから、それだけでもうタマランですよね〜。スクリャービン自身、この op.57 を好んでいたようで、わりと演奏しているようです。ピアノロールの録音も残っておりますし。

19世紀末から20世紀初頭にかけては現代的な科学技術が次々と花開いたタイミングで、ピアノに限らず人間の生活が大変に変化したタイミングでもありました。そしてこの時代に生み出された芸術もまた大きく変化したワケでして、あまたの才能そして魑魅魍魎がそれこそうじゃうじゃと湧いていた時代なんですね〜。この時代はまだまだ「魔力」に満ちていた時代ですから、たかが現代日本人がこの時代のピアノを使ったところでそれを強く強く念頭に置いて弾かないと一発で返り討ちされるのが怖く、またオモシロいのでありま〜す (`・ω・´)

2020年8月14日 (金)

ルイ・ヴィエルヌ『自由な様式による24の小品 op.31』から第20曲「田園曲/Pastorale」を、100年前の大型リードオルガンで

おふらんすはパリのノートルダム大聖堂のオルガニストそして作曲家の Louis Vierne(1870-1937)の『自由な様式による24の小品 op.31/24 Pièces en style libre, op.31』から第20曲「田園曲/Pastorale」を、ボストン近郊の Bridgewater で1930年代始めまで頑張っていたパッカード社1905年製の大型棚つきリードオルガンで弾きました。

この曲集はか〜なり新しい和音を使っているように聴こえますが、実はルイ・ヴィエルヌはドビュッシーの8歳年下、ラヴェルの5歳年上なんですね〜。基本的にヨーロッパのオルガン曲はハルモニウムやパイプオルガンのような「吹き出し式」のオルガンが念頭に置かれているのでリードオルガンという「吸い込み式」のオルガンには「合わない」というのが「ごもっともな意見」ですが、それはねぇ、チトもったいないと思うんですわ (`・ω・´)

「吹き出し式」のオルガンは音の立ち上がりが速いのでピアノのような歯切れ良く速いパッセージもこなせますが、「吸い込み式」のオルガンは明らかに音の立ち上がりが鈍いので歯切れ良く速いパッセージを弾くのは本質的に無理があります。この基本の基本を常に意識して、リードオルガンで速いパッセージを弾きたいときには「それっぽくなるように工夫(=四苦八苦w)する」のが知恵を持つ人間としての当然の姿勢でしょう。実はコレはそんなに難しいコトではなく、なにげに「ゆっくりめに弾く」だけでか〜なり「それっぽく」なる場合も少なからず。まぁゆっくりめに弾いて音楽的に退屈でなく「まとめる」のはそんなに簡単でもないコトもまた事実だったりしますが。ハイふりだしに戻るw

『自由な様式による24の小品 op.31/24 Pièces en style libre, op.31』は2段の譜面で書かれていますが、下の段にときおり足鍵盤の指定がされていたりします。この「田園曲/Pastorale」は足鍵盤の指定はないので、オリジナルのままリードオルガンで「音にする」ことが可能です。なんとも新鮮で素敵な音になりますよ〜 (*´-`)

・リードオルガン修復:渡邉祐治
https://www.youtube.com/channel/UCSiix1iGPuO6XR54th_BjHw

2020年8月 7日 (金)

中島みゆき 作詞/作曲『記憶』ピアノソロ:1894年ベーゼンドルファー社製ピアノ(ウィーン式アクション/85鍵)で

中島みゆきの『記憶』を、いつもの1894年製アンティークピアノで弾きました。

『記憶』は2000年『夜会VOL.11 ウィンター・ガーデン』オリジナル曲。終結部で演奏された素晴らしく盛り上がる大曲でコアなファンの間では名曲の誉れ高い曲ですが、なんとアルバムに収録されていない秘曲でもあります。『記憶』はとりわけめまぐるしい転調の妙が素晴らしく、ハ長調(1番)→イ長調→変ロ長調(間奏)→変ニ長調→変ロ長調(2番)→ト長調→変ロ長調→ロ長調(後奏、なんとここから2分半!)→へ長調→イ長調→ハ長調という、まさに前世そして現世の断片的な『記憶』の数々をたどるかのようです。9分間というエラく長い曲ですが、是非ともこの転調をじっくり味わってくださいませ〜 (`・ω・´)

『夜会VOL.11 ウィンター・ガーデン』は、主人公の女(谷山浩子)と犬(中島みゆき)の周りに現在過去の時空を超えて繰り広げられる不思議な不思議な転生の物語。それぞれ前世の業と関連した人生(犬生w)を過ごしており、断片的に散りばめられている前世そして以前の生活の「かけら」をたよりに自らの生を見つめ、判断し覚悟を決めます。主人公の女は、原野商法に引っかかって不正をはたらいてまで貯めたお金を早晩底なし沼に沈んでしまう物件の頭金として取られてしまったという境遇、犬はその物件に居ついている存在・・・なのですが、この二者の間には前世で極めて複雑な関係があったのでした。『記憶』は、この二者が空に昇った魂のごとく、ともに人間の姿で舞台上空の止まり木で寄り添いながら唄っている、まことに美しい情景です。

 もしも過ぎた事を 総て覚えていたら
  何もかもが降り積もって 辛いかもしれない
  もしも生まれる前を 総て覚えていたら
  ここにいない人を探し 辛いかもしれない

生き物の「忘れる能力」って素晴らしく便利な能力なんですね〜。まぁそれ以前に現実世界は極めて複雑かつ多面性のカタマリですから、そもそも「こうである」と認識した時点でそれは自分の観点というフィルターを通して現実世界の切り口だけを見ているワケでして、実は気づかなかったことをすでに忘れていたりするんですけどそれはともかくw。その切り口が自分にとって素敵な思い出となるだけならそれだけで済むのでしょうが、人の心とは複雑なモンで、素敵な思い出であればあるほど逆にそれが現実でなく思い出にすぎないことに気づいて<辛い>という感覚が沸き起こってきたりもします。あ〜めんどくせ〜。

 思い出すなら 幸せな記憶だけを 楽しかった記憶だけを
  辿れたらいいけれど

幸せな記憶>や<楽しかった記憶>は意外と早く忘れてしまい、苦しかった記憶や辛かった記憶ばかりが残ってしまう経験は誰もがお持ちだと思います。あぁどうして人間の記憶ってこんなに融通がきかないんだろ・・・と思いつつ、記憶はあくまでも記憶であって現実でないことに気づいてしまった人にとっては<幸せな記憶>や<楽しかった記憶>であってもやはり辛くなってしまう記憶なのでしょう。あ〜めんどくせ〜w

 忘れてしまったのは 幸せな記憶ばかり 嬉しかった記憶ばかり
  そうであってほしいけれど

かと言ってこんな感覚になってしまうのもチト歪んでいるような気もします(あ〜めんどくせ〜w)が、記憶と現実との乖離を強く感じるタイプの人にとってはこれが無理もない感覚なのでしょうね。まさにどうしようもなく辛く寂しく悲しい人生を歩まねばならぬ人間の「業」の一つの現れなのでしょうか。

 1人で生まれた日に 誰もが掌に握っていた
  未来は透きとおって 見分けのつかない手紙だ
  何が書いてあるの>

でもね、現実と記憶の乖離を強く感じてしまう人であってもワタクシのように単純なヤツであってもw、<未来は透きとおって 見分けのつかない手紙>なんですね。自らの持つ「業」と向き合いつつ自ら切り開いていくのが人生=<透きとおって 見分けのつかない手紙>であって、<何が書いてある>のかは誰にもわからないワケです。そして、まさに『記憶』こそがそこに何が書いてあったのかを見出すための手がかりに他ならないのでした。

 そんな時代もあったねと いつか話せる日がくるわ
  あんな時代もあったねと きっと笑って話せるわ『時代』(1975年))

中島みゆきが『時代』で『第10回ポピュラーソングコンテストつま恋本選会』そして『第6回世界歌謡祭』にてグランプリを受賞したのは、45年前の1975年のこと。さまざまな経験を経てこのような心境に至るのはなかなか厳しい道のりでしょうが、そのような心境になっても<未来は透きとおって 見分けのつかない手紙>であることに変わりはないはずです。『記憶』とは<そんな時代>であり<あんな時代>であり、ともに一個のにんげんを形づくる礎であるという意味において、実は『記憶』の世界観と『時代』の世界観とは相通ずるものなのではないでしょうか。このような『記憶』ほどの曲をアルバムに入れていないというのはチト不自然(まぁ濃すぎるのかもw)で、なにか中島みゆきの自らの芸能人生に対する深謀遠慮が隠されているような気がしてなりません。

2020年8月 5日 (水)

Caleb Simper の「17 Voluntaries for the Organ, American Organ or Harmonium」シリーズの第7巻から、息子の Roland Chalmers Simper(1889−1917)による『Organ Melody』を、100年前の大型リードオルガンで

前回アップした Caleb Simper(1856-1942)の息子、Roland Chalmers Simper(1889−1917)の『Organ Melody』を、ボストン近郊の Bridgewater で1930年代始めまで頑張っていたパッカード社1905年製の大型棚つきリードオルガンで弾きました。

この曲は父親の Caleb Simper(1856-1942)の「17 Voluntaries for the Organ, American Organ or Harmonium」シリーズの第7巻の第16曲として所収されています。Roland Chalmers Simper の没年は1917年、父親の Caleb Simper の没年は1942年、100年前ですからまだまだ早逝する人も少なくない時代でしょうが、それにしても30歳にならずして亡くなるというのはさすがに早すぎますね〜。

Caleb Simper の「17 Voluntaries for the Organ, American Organ or Harmonium」は12冊出版されており、そのうち第1〜10巻まで Roland Chalmers Simper の曲が作曲者名明記の上、1曲ずつ仕込んでwあります。第1巻は1898年の出版なのですが、そのとき Roland Chalmers Simper はわずか9歳ですぞ!

2020年8月 3日 (月)

Caleb Simperによる「17 Voluntaries for the Organ, American Organ or Harmonium」シリーズの第7巻から、第1曲『Meditation』を「おぶせミュージアム・中島千波館」のヤマハ1923年製リードオルガンで

イギリスのオルガニストそして作曲家のカレブ・シンパー/Caleb Simper(1856-1942)の「17 Voluntaries for the Organ, American Organ or Harmonium」シリーズの第7巻から、第1曲『Meditation』を、YAMAHAの1923年製リードオルガンで弾きました。

このリードオルガンは栗で全国的に有名な長野県小布施(おぶせ)町の「おぶせミュージアム・中島千波館」に2020年7月に納入された楽器で、例によって群馬県館林の渡邉祐治さんによって完全修復、見事によみがえっています。世の中にあまたある「大切な品物だから鍵をかけてしまっておく」という、管理側の都合ばかりを優先させて楽器としての意味を全く無視する姿勢ではなく、流行りのストリートピアノがごとく自由に音を出してもらって愉しんでほしい、というおぶせミュージアムの姿勢はまことに素晴らしく尊いと思います (`・ω・´)

カレブ・シンパーは普通の愛好家にとって親しみやすく平易な作品を数多く作曲しており、それこそむちゃくちゃに「売れて」いたんですね〜。この「17 Voluntaries for the Organ, American Organ or Harmonium」だけでも12冊出版されておりまして、その第7巻の第1曲がこの『Meditation』です。実はこの「17 Voluntaries for the Organ, American Organ or Harmonium」は17曲と銘打っておきながらオマケが入っているものが5冊もあるwという、多作家ってぇヤツはホントにスゴいんだなぁと。この第7巻もオマケが1曲入っています。

2020年8月 1日 (土)

KAWAIのアップライトピアノBL-31(1976年製、PIAPIT修復)で、マクダウェルの「ニューイングランド牧歌集 op.62」から、第4曲『甘いラベンダーの花を持って/With Sweet Lavender』を

先日襲撃した印西市のピアピット/PIAPITから、さっそくお仕事が舞い込みました (*´-`)

カワイとヤマハが互いにしのぎを削っていた時代、おなじみの中型機種の BL-31(1976年製)の紹介動画の撮影です。このピアノ、駒割れのため駒をきっちり作り直すところからの気合い入った修理、弦圧測定してバランスを再調整したためか、ひょっとしたらオリジナルより「良く」なっている気にさえさせられる心地よい楽器に仕上がりましたよ〜。つ〜か、マジで音イイんですけど (`・ω・´)

マクダウェル(1860-1908)作曲
「ニューイングランド牧歌集 op.62」から、第4曲『甘いラベンダーの花を持って/With Sweet Lavender』

2020年7月28日 (火)

ブラームス『7つの幻想曲 op.116)』から第6曲を、1941年製ベーゼンドルファー200で

ブラームス(1833-1897)は最晩年の1892年にop.116〜119のピアノ小品集をまとめて書いていまして。その斬り込み隊長『7つの幻想曲 op.116』より第6曲「間奏曲/Intermezzo」を、1941年製ベーゼンドルファー200で弾きました。この楽器は故イェルク・デムス大先生が日本での稽古用として持ってきていた楽器とされており、元はサローネ・クリストフォリ成城、今はサローネ・フォンタナで一般の用に供されています。

この楽器、スタイル自体は戦前のベーゼンドルファー200でかつ響板にあるシリアル番号も1941年製を示しているのにペダルが3本・・・というところから、故デムス大先生がご自分の稽古用として3本ペダルに改造させたのではないかなぁと邪推しています(それ以前に改造されている可能性もモチロンございますがw)。本体の塗装と脚の塗装が動画で見ても明らかに異なるところも、改造されたことを示しているように思えます。それはさておき、故デムス大先生はいわゆる「目利き」の権化のような御方でさまざまな逸話がございますが、さすがはご自身がお使いになるための楽器、素晴らしく優秀な戦前のベーゼンドルファー200です。今では暴れたり疲れたりしてしまっているようですが、それはまぁ一般の用に供されている楽器ですから、多かれ少なかれ仕方がないところですね〜。

ブラームスのピアノ曲は「分厚い」とか「暑苦しい」とばかり評されてしまいがちに感じますが、本当に「暑苦し」かったのか、非常〜に疑問に思っているワタクシでして。プラームスの音の使い方はまぁ確かに独特で「分厚い」ことが多いのは確かですが、そればかりで大作曲家の仲間入りができようハズがないのは自明ではないですか〜。しかも実は、ブラームスはピアノ演奏に際してショパン同様に「柔らかさ」を常に要求していた作曲家で、そこに暑苦しさが入る余地はかなり少ないような気がしてなりません。現代のピアノよりもはるかに「柔らかさ」を表現しやすい戦前のベーゼンドルファーでブラームスの晩年の頑固オヤジっぷりを感じ取っていただけると嬉しいです!(・o・ゞ

2020年7月24日 (金)

Biereyによる『Oster Kantate (Easter Cantata)』から第4曲を「おぶせミュージアム・中島千波館」のヤマハ1923年製リードオルガンで

フレデリック・アーチャーの『アメリカンリードオルガン教本』(1889年)の第2巻の第38番、Bierey作曲による『Ave Maria』を、YAMAHAの1923年製リードオルガンで弾きました。

このリードオルガンは栗で全国的に有名な長野県小布施(おぶせ)町の「おぶせミュージアム・中島千波館」に2020年7月に納入された楽器で、例によって群馬県館林の渡邉祐治さんによって完全修復、見事によみがえっています。世の中にあまたある「大切な品物だから鍵をかけてしまっておく」という、管理側の都合ばかりを優先させて楽器としての意味を全く無視する姿勢ではなく、流行りのストリートピアノがごとく自由に音を出してもらって愉しんでほしい、というおぶせミュージアムの姿勢はまことに素晴らしく尊いと思います (`・ω・´)

フレデリック・アーチャーの『アメリカンリードオルガン教本』(1889年)の第2巻にはリードオルガン用の小品が70曲おさめられており、なかなか感じ良くリードオルガン用に編集されているように思えます。このBiereyの『Ave Maria』の原曲は、『Oster Kantate (Easter Cantata)』の第4曲で、アーチャーはオリジナルの変イ長調からト長調に移調して後半を骨組みを残しつつ自由に改変、終結部に少しだけつけ足しを行なっています。

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