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カテゴリー「音楽>YouTube」の382件の記事

2021年10月20日 (水)

Lee Conklin Reed Organ Museum の Estey 社のリードオルガン「Church Model」で、Sydney H. Gambrell(around 1900) 作曲『The King’s March』を

2年前の2019年10月中旬に Reed Organ Society gathering が行われた、ミシガン州の小さな村:ハノーヴァーにある Lee Conklin Reed Organ Museum の動画シリーズ(ちょうど2年前の今日10/20の午前中に一気に10本ちょい録りました(^^)v)継続ちぅ〜。ココには100台ものリードオルガンが展示されており(公開は日曜午後の4時間のみ;;;)、遠く遠くの日本からはるばる訪ねたよしみで(?)まとめて録画する時間を取らせてもらえたのでした (*´-`)

ウォルター・ヘンリー・ルイスの『休日の鍵盤愛好家のための曲集 〜あらゆる機会のために〜』(1914年)には小品が36曲おさめられておりますが、実は玉石混淆で弾き手の理解力が問われるのはココだけのハナシw。その中から第6番、Sydney H. Gambrell 作曲という表記の『The King’s March』を、有名な Estey 社で作られたリードオルガン「Church Model」で弾きました。このころは世界中に厄介な疫病がはびこるなんて夢にも思わずに、 渡邉 祐治 さんと北京&メキシコシティ経由で遊び倒してたんでしたっけw

Estey 社はいわば「リードオルガン界のスタインウェイ」的な存在でして、がっしりした躯体をバッチリ鳴らす楽器がとりわけモノ凄いです。この楽器もいかにも頑丈で周りの楽器よりガタイが一回り大きく、大迫力の鳴りを誇っています。とゆ〜ことは空気も大量に消費して足踏みペダルも重く、懸命に踏んでいるとワタクシの貧弱な身体ではマジで少し浮くんですよ〜w。それが証拠にこの動画では椅子が後ろに後ろにジリジリ下がっているのが観察できますので、どうぞお愉しみくださいませwww

作曲とされている Sydney H. Gambrell は1900年前後に作品番号100を超える楽譜を出版(!)しており、大変にウレた作曲家であったことがうかがえます。問題は人物についての資料が全く検索に引っかかってくれなかったところで、これが本名なのかペンネームなのかさえわからなかったりします。オリジナルは1901年にバーミンガムで出版された『Miniature Recireations, Six Pieces for the Pianoforte No.6, The King’s March』として出版されたピアノ曲で、A-B-A-C-A の A-B-A の部分が採用されています。

2021年10月15日 (金)

Lee Conklin Reed Organ Museum の Western Cottage Organ 社のリードオルガンで、Jean-Baptiste Jaillet(1819-1884) 作曲『Communion』を

2019年の Reed Organ Society gathering が行われた、ミシガン州の小さな村:ハノーヴァーにある Lee Conklin Reed Organ Museum には100台ものリードオルガンが展示されており(公開は日曜午後の4時間のみ;;;)遠く遠くの日本からはるばる訪ねたよしみで(?)まとめて録画する時間を取らせてもらえました。このころは世界中に厄介な疫病がはびこるなんて夢にも思わずに、 渡邉 祐治 さんと北京&メキシコシティ経由で遊び倒してたんでしたっけw

フレデリック・アーチャーの『アメリカンリードオルガン教本』(1889年)の第2巻には小品が70曲おさめられており、なかなか感じ良くリードオルガン用に編集されているように思えます。その中の第2番、Jaillet 作曲という表記の『Communion』を、Western Cottage Organ 社のオルガンで弾きました。Western Cottage Organ 社はイリノイ州Mendotaで1875年創業、1887年に同じイリノイ州のOttawaに工場を移し、1918年に惜しくも火災で失われたメーカーです。

作曲とされている Jaillet は19世紀半ばの作曲家ということ以外にほとんど情報がなかったのですが、なんとか Jean-Baptiste Jaillet(1819-1884) という資料に出会えました。この資料に作品として『Recueil d’Offertoires, d’Élévations Communions et Sorties pour les principales fêtes de l’année』があり、ひょっとするとこの『Communion』のオリジナルはこの曲集からなのかも知れませんね〜。YouTube 上には異なる編曲の演奏が1曲あり、コレがオリジナルだったら愉しいことだなぁと。

2021年10月13日 (水)

湯山昭『お菓子の世界』から第1曲「シュー・クリーム」と第2曲「バウムクーヘン」を、1894年ベーゼンドルファー社製ピアノ(ウィーン式アクション/85鍵)で

湯山昭(1932- )のピアノ小品集『お菓子の世界』(1974)から第1曲「シュー・クリーム」と第2曲「バウムクーヘン」を、いつもの1894年ベーゼンドルファー製ウィーンアクションのピアノで弾きました。

古今東西のさまざまな楽曲のスタイルを親しみやすく、というネタは誰もが一度は考えるとは思いますが、コレは真の実力の試金石となるほどに難しい仕事ではないでしょうか。その難しさをさらりとコナして150版を数える大ロングセラーの実力は半端なく、楽譜の<まえがき>にありますが、湯山昭氏の子どものためのピアノ曲集というより、大人も子どもも弾いて楽しめ聴いて楽しめるピアノ曲という、大変欲ばった考えで作曲しました。という意図は十二分に達成されているんですね〜。

第1曲「シュー・クリーム」も、第2曲「バウムクーヘン」も、子どもたちのピアノの発表会にはたいてい耳にする曲でした。2曲ともけっして難しくなく、古典派古典派した杓子定規な音の羅列(子どもたちにとってはチェルニーやソナチネアルバムなんてそんなモンでしょw)でなく「それっぽい」充実感も与えてくれる曲だったのでしょうか。まぁ「生徒がつまらなそうにしたらこの曲」とピアノの先生がたが決め打ちしていたフシもございますが、それも大アリで(・x・ゞ

新しすぎず古くもないところを狙うのは多岐にわたる方面へのバランス感覚がないと難しいことですが、この曲集は1974年(元は1973年の連載用作品だった由)当時にしてその任をみごとに果たしたのではないでしょうか。その控えめに新しくオシャレな世界をそもそもがやたらと複雑な響きを持つ1894年製ベーゼンドルファーで弾いてみたところ、まことに滋味深い世界が生まれたような気がします (`・ω・´)

2021年10月11日 (月)

Lee Conklin Reed Organ Museum の Crown リードオルガンで、Jan Waňaus(1837-1893) 作曲『Chœur de Pélerin』を

2年前の2019年10月中旬に Reed Organ Society gathering が行われた、ミシガン州の小さな村:ハノーヴァーにある Conklin Reed Organ & History Museum には100台ものリードオルガンが展示されており(公開は日曜午後の4時間のみ;;;)、遠く遠くの日本からはるばる訪ねたよしみで(?)まとめて録画する時間を取らせてもらえました。このころは世界中に厄介な疫病がはびこるなんて夢にも思わず、アエロメヒコの最安航空券で北京&メキシコシティ経由で遊び倒してたんでしたっけw

フレデリック・アーチャーの『アメリカンリードオルガン教本』(1889年)の第2巻には小品が70曲おさめられており、なかなか感じ良くリードオルガン用に編集されているように思えます。その中の第16番、J.Wanaus 作曲という表記の『Chœur de Pélerin』を、Crown Organ で弾きました。この Crown Organ は George Payne Bent が1880年ごろから精力的に作り始めたリードオルガンの一機種で、Lee Conklin Reed organ Museum では1908-1915年生産としています。

作曲とされている J.Wanaus は正しくは Jan Waňaus(1837-1893) なのですが、この方、チェコ語圏の人物の例に漏れず情報が極めて少なくオリジナルを探すのが厄介この上ないのでありま〜す。この曲の『Chœur de Pélerin』という標題はそもそも米国弁でなく仏蘭西弁であり、しかも仏蘭西弁では本来『巡礼の合唱』は複数形の『Chœur des Pèlerins』である(=合唱だから巡礼も複数人に決まっておるw)ところから、いかにも複雑な来歴でアーチャーの元に届いたのだろうなぁと・・・果たしてオリジナルの捜索は全く見当がつけられずでした。YouTube 上には1曲演奏がございますが、コレと同じアーチャーの『アメリカンリードオルガン教本』第2巻が出典でした。うぅむ残念っ (´・ω・`)

2021年10月 9日 (土)

デオダ・ド・セヴラック『休暇の日々から』第1集の組曲『お城で、そして公園で』から第1曲「おばあさまが撫でてくれる」を、1905年製プレイエル3bisピアノ(85鍵)で

今年2021年はデオダ・ド・セヴラック(1872-1921)の没後100年の節目の年。『休暇の日々から』第1集のメインとなる組曲『お城で、そして公園で』の第1曲「おばあさまが撫でてくれる」を、デオダ・ド・セヴラックが生きていた時代1905年製85鍵のプレイエル 3bis(トロワビス)型ヴィンテージピアノで弾きました。

デオダ・ド・セヴラックは南フランス出身の作曲家で、音楽の学習こそパリで行いましたが、都会風な雰囲気にイマイチなじめなかったのでしょうか、故郷の村にひっこんで教会でオルガンを弾いていたとされています。ドビュッシーに「土の薫りのする素敵な音楽」と評されたところにその傾向の一端が現れているのでしょうね。

デオダ・ド・セヴラックは作曲をダンディ、オルガンをギルマン、という当代一流の名手に師事しておりまして、どれもこれもなかなかどうして地味に複雑だったりします。その中で『休暇の日々から』第1集は、優しく素直なくつろぎがふんだんに聴こえてきますよ〜(・o・ゞ

2021年10月 3日 (日)

Chicago Cottage Organ 社1893年製リードオルガンと1894年ベーゼンドルファー製ウィーンアクションのピアノで、Charles Mayer(1799-1862) 作曲『Jugendblüten/うるはしき青春時代, op.121』から第3曲「酒場の唄」

Adobe Premiere Pro 導入の第1号、2019年12月に録ってアップ用に仕上げたのに忘れていたwリードオルガン動画です。色合いがイマイチだったのでついでにサクッと怪良〜♪

シカゴ・コテージ・オルガン社が1893年ごろに作った大型棚つきリードオルガンで、フレデリック・アーチャーの『アメリカンリードオルガン教本』(1889年)の第2巻から、第56番、C.Mayer作曲という表記の『Festlied』を弾きました。この第2巻には小品が70曲おさめられており、なかなか感じ良くリードオルガン用に編集されているんですよ〜。

さてこの手の曲集には必ず編曲の手が加えられておりまして、オリジナルを探し当てるのはな〜かなか根性(と偶然w)が必要です。作曲家はCharles Mayer(1799-1862) で合っていましたが、果たして絶妙に曲名が変えられており、原曲は24曲からなるピアノ小品集『Jugendblüten, op.121』から第3曲「Trinklied」でした。

この小品集の名称『Jugendblüten』は出版譜の英訳ではナンのヒネりもなく『Album for the Young』とされていましたが、ちょっと待てよと。それならシューマンの「Jugendalbum/子供のためのアルバム」と同じなワケで、いくら150年前の独逸であっても「Trinklied」という「酒場で歌われる歌」が子供のための曲集に入っているのはいかがなモンかw・・・てなワケでリサーチ怪始。Blüteの語感を識者に問うと「結実する前、花盛り」とのこと。こりゃ〜絶っ対に「the Young」でも「子ども」でもないなと。しかるに拙訳は『Jugendblüten/うるはしき青春時代, op.121』から第3曲「酒場の唄」とでも致しましょうぞ。



この手の大型棚つきリードオルガンは100年ちょい昔の北米にはごくごく普通にあった楽器です。見た目はパイプオルガンに匹敵するくらいに派手ですが、実は普通の箱型のリードオルガンの上に豪華な装飾棚(しかも意外と軽いw)を載せているだけなので、構造や機能自体は普通のリードオルガンと一緒と考えて差し支えないのでした。見た目で身構える必要は全〜然ないんですよ〜(・o・ゞ

・リードオルガン修復:渡邉祐治
https://pianoreedorgan.jimdofree.com/

原曲のピアノ曲も弾きました。いつもの1894年ベーゼンドルファー製ウィーンアクションのピアノです。

2021年9月30日 (木)

中島みゆき 作詞/作曲『あたいの夏休み』ソロ:モーツァルトの旅行用クラヴィコード(1763, J.A.Stein)の複製(2002年)で

行く夏を惜しむどころか今年の3/4が過ぎ去ろうとしている9月末、中島みゆきの『あたいの夏休み』を、かの神童モーツァルトが7歳のとき(1763年)に買ってもらったJ.A.シュタイン製の旅行用クラヴィコードの複製で弾きました。

クラヴィコードはピアノ以前の鍵盤楽器のなかで最も大切とされていたフシがあり、現代古楽器界w周辺では「独りで音楽の神さまと向き合う」ための楽器とみなされて過度に神聖化wされていたりします。ですが、実は、そのような内なる世界は優しく親密な世界でもあるはずで、現代人にとって大切なのはむしろ後者の性格ですよね。なお、クラヴィコードの音量は世人の想像を超えて小さいですから、背景のノイズが気にならない程度の音量に抑えたうえで少〜し耳を澄ませてくださいませ。聴こえてきますよ〜。

『あたいの夏休み』は1986年6月発売のシングルA面、そして同年11月に発売されたアルバム《36.5℃》に、ミックス違いのバージョンで収録されています。シングル発売前3ヶ月にわたったコンサートツアー「五番目の季節」で新曲として歌われたのが初出である由。

当時ワタクシが入り浸って製作に勤しんでいたw鉄道模型店にこの曲のシングル版がカセットテープでそれこそエンドレスでかかっておりまして、この『あたいの夏休み』はそれこそ隅々まで聴き慣れているというね。聞き慣れすぎていることはアレンジには邪魔で、「なぁんか違う〜」という感覚をもみ消すwのがいささか大変でした。アレンジって要はベツモノに仕立て直すことですから「なぁんか違う〜」のが当たり前なんですけどね〜(・o・ゞ

 短パンをはいた付け焼き刃レディたちが
  腕を組んでチンピラにぶらさがって歩く
  ここは別荘地 盛り場じゃないのよと
  レースのカーテンの陰 ささやく声


「高原の原宿」と呼ばれて首都圏の若者たちに爆発的な人気を誇った清里(きよさと)のペンションブームは1978年に始まっており、まぁそれを知る人はすでに熟年世代でしょうが、そのイメージはまさに「爽やかな高原にたたずむパステルカラーの瀟洒なペンション」であり、そこに欠かせない舞台装置は、まさにレースのカーテンでありました。そして1981年10月から倉本聰による『北の国から』の放映が始まって本州の高原と異なる富良野・美瑛の雄大な丘の風景が全国的に知られるようになり、次第に日本人の心の中に高原リゾートに反応する気質が育まれていったのではないかなぁと思っています。

そして満を持した1983年の「東京ディズニーランド」開園が日本に与えたインパクトは絶大で、これがきっかけとなって日本人の暮らし方は新しい地平を見出した感があります。同年に「長崎オランダ村」「リトルワールド」「日光江戸村」がオープンするなどテーマパークが一気に注目を集めるようになり、それらのイメージがあらゆる業態のサービスをくつがえして日本人の暮らしを激変させていったと言っても過言ではないと思います。重なるときは重なるモンで、任天堂がファミコンを発売したのも1983年、そういえばつくば万博は1985年でしたね〜。

社会が一気に変化するタイミングでは少なからず滑稽な現象が見られるモンでして、ナルホド、いつの世でも「ブーム」というシロモノは踊らされる人たちが浪費したお金で支えられているんだなぁと。あ、モチロン、それは決して悪いコトではなくって、人間活動としてはむしろ健全なんだろうなぁとも思ってますぜ。『あたいの夏休み』の主人公は<付け焼き刃>な滑稽さを冷笑的に見つつも、なんだかんだ言って自分は滑稽でなく華やかな場の一員になりたくて別荘地にやって来てるワケで、やっぱりウラヤマシくてしょ〜がないんですよね〜〜〜(・x・ゞ

 お金貯めて3日泊まるのが夏休み
  週刊誌読んでやって来れば 数珠つなぎ
  さめたスープ 放り投げるように 飲まされて
  二段ベッドでも あたいの夏休み


この一連はブームに人一倍憧れつつもさまざまな事情wで乗り切れない、という鬱屈とした感覚そのものですな。一見すると毒をはらんだ社会風刺のように見えますが、実は主人公の心のうちは風刺される側なのでありま〜す。この時代は夏の曲といえばこんな感じで爽やかな夏で売るのが当然でしたが、

 <フレッシュ!フレッシュ!フレッシュ!
  夏の扉を開けて
  私をどこか連れていって
(松田聖子『夏の扉』1981年)

ここにめっっっちゃ庶民的で鬱陶しく屈折した夏の主人公(「あたい」という一人称も最っ高〜に効いてるしw)をぶっ込んできた中島みゆきってば、も〜オモシロすぎますwww

 貴賓室のドアは金文字の VIP
  のぞきこんでつまみ出されてる夏休み
  あたいだって町じゃ 捨てたもんじゃないのよと
  慣れた酒を飲んで 酔う 十把ひとからげ


最初の<貴賓室のドアは金文字の VIP>って、詩的に見えて中身のない言葉の中でも最右翼に位置するようなめっちゃおバカなひとことだと思うんですが、この時代のいかにも取ってつけたようなハリボテ感を表現するのにウマく一役買ってますね。別荘地の華やかな舞台に立つことなんて見果てぬ夢なのは主人公には先刻承知でしょうが、やっぱりウラヤマシくてしょ〜がないんですよね〜〜〜(・x・ゞ

 だけど あたいちょっと この夏は 違うのよね
  ゆうべ買った 土産物屋のコースター
  安物だけど 自分用じゃないもんね
  ちょっと わけありで 今年の夏休み


自家用車で高原の別荘地(「リゾート」という概念が知られるためにはもう少し、数年後のバブルを待つタイミングですナ)アベック(死語)で出かけてしっぽり、というのが当時の若者の憧れのゴールでしたが(でしたよね!?www)、惜しくもちょ〜っと届いていない主人公。ユーミンのコンサートが派手でゴージャスな方向になり始めたのが1979年ごろからとか、世の中が華やかな方向に動き始めている中で主人公がようやく買えたのが従来型の安い観光地土産、というのが哀れと同時にひときわ共感を覚えます。そうそう、「アベック」が「カップル」に変化するきっかけ、1978〜1981年に少年マガジンに連載されていた『翔んだカップル』が重要なんじゃないかなぁと思いますが、どうなんでしょね?

 悲しいのは ドレスが古くなること
  悲しいのは カレーばかり続くこと
  だけど もっと悲しいことは ひとり泣き
  だから あたいきっと勝ってる夏休み


「別荘地アベックなお前らはいっときのかりそめで、あたいは町に帰ればイイ人がいるんだもんね〜」という主人公、華やかな舞台に乗れなかったことへの精一杯の強がりなのでしょうが、庶民のささやかな楽しみなんてそんなモン。それにしても、中島みゆきの数ある詩の中で、つき合い始めでこっそりニヤニヤしている主人公って他にいたかなぁ・・・と思えるほどレアではございませんか。イジけて自虐的なばかりでなくちっぽけな幸せをそっとかみしめるこの主人公、なんだかイイ感じと思いません?



ここで使っているクラヴィコードは筒井本人の所有、モーツァルトが7歳のとき(1763年)にアウグスブルクのシュタインの工房で父親のレオポルドに買ってもらって以後終生愛用した、旅行用クラヴィコード(現在、ブダペスト、ハンガリー国立博物館所蔵)の忠実な複製です。旅行用クラヴィコードは、18世紀の旅の空に生きる演奏家や作曲家によく使われていました。このモーツァルトが使っていた旅行用クラヴィコードはたった1m程度の幅しかありませんが意外と重く丈夫で、音域はなんと4オクターヴ半もあったのでした。

2021年9月27日 (月)

ゴダール『20の小品, op.58』から第2曲「バラード」を、1905年製プレイエル3bisピアノ(85鍵)で

ゴダール(1849-1895)の『20の小品, op.58』から第2曲「バラード」を、高崎の アトリエミストラル の1905年製85鍵のプレイエル 3bis(トロワビス)型ヴィンテージピアノで弾きました。

ゴダールは多作家の天才として鳴らし、かつては『ジョスランの子守唄』という誰もが知る通俗名曲の作曲者として知られていましたが、今では何曲かのフルート曲の作曲者としてそこそこ知られている程度の作曲家ではないでしょうか。この『ジョスランの子守唄』は、オペラ『Jocelyn, op.100』の中の一曲で、戦前にはフツーに蓄音機で聴かれていたんですよ〜、YouTubeにも昭和6年吹込で藤原義江が近藤朔風の詩に乗せて歌っている音源が上がっています。

『20の小品, op.58』は1881年の作曲です。よくある手ごろな小品集ではありますがどの曲も粒揃いで素敵な魅力に溢れており、この時代の作品集として秀逸なのではないかなぁとさえ思ってます。この第2曲「バラード」は音が少なく長さもたったの2ページですが、名に恥じない物語性をきっちり備えていますよ〜。



19世紀末から20世紀初頭にかけては現代的な科学技術が次々と花開いたタイミングで、ピアノに限らず人間の生活が大変に変化したタイミングでもありました。そしてこの時代に生み出された芸術もまた大きく変化したワケで、あまたの才能そして魑魅魍魎がそれこそうじゃうじゃと湧いていた時代なんですね〜。この時代はまだまだ「魔力」に満ちていて神秘的なナニかに対する感受性も相当に高かった時代で、この時代の独特な空気感は現代の明晰なピアノで弾いてしまうと雲散霧消してしまいがちなのですが、この アトリエミストラル の1905年製プレイエルは的確に手を加えられて適度に弾かれているためでしょうか、霊的な雰囲気を蘇らせることが充分に可能なのでありま〜す (`・ω・´)

2021年9月23日 (木)

モーツァルト『6つのウィーンソナチネ』から第1番第1楽章を、モーツァルトの旅行用クラヴィコード(1763, J.A.Stein)の複製(2002年)で

モーツァルト作曲とされる「6つのウィーンソナチネ」第1番から第1楽章を、モーツァルトが7歳のときにモーツァルト家が入手した旅行用クラヴィコードの完全複製で弾きました。ナゼかこの動画のときだけ撮影アプリがバグって派手なフリッカーが発生してしまったのが残念至極!

モーツァルト没後の19世紀初頭(1805年とされています)のウィーンで、モーツァルト作曲によるクラヴィーアソロ用の「6つのウィーンソナチネ」なる楽譜が Artaria 社の Plate 1644-1645 として2分冊で出版されました。手頃で親しみやすい曲集でかなりの好評を博したようで現代でもさまざまな楽器用に編曲されていますが、この手の作品は成り立ちが怪しいものが少なからずなのもまた事実。オリジナルはケッヘル目録第6版でK.439b の「3本のバセットホルンまたはバセットホルンとファゴットのための5つのディヴェルティメント, K.Anh.229(439b)」とされていますが、なんとなんと、この「6つのウィーンソナチネ」では編集者によって5つの曲も楽章もバラバラにして6曲に再構成されていたりします。

この動画で弾いている「6つのウィーンソナチネ」第1番から第1楽章はもとは「ディヴェルティメント第4番」の第1楽章で、再現部に絶妙なカットが入れられてクラヴィーアソロ用として編曲されています。この「6つのウィーンソナチネ」の編曲者は知られていませんが、再構成の見事な手腕とあわせて考えるとかなりの実力者だったのではないかなぁと思わざるを得ませんね〜。



ここで使っている楽器は筒井本人の所有、モーツァルト家の3年半に及ぶ「西方大旅行」の最初(1763年8月、ヴォルフガング7歳)にアウグスブルクのシュタインの工房で父レオポルドが入手した旅行用クラヴィコード(現在、ブダペスト、ハンガリー国立博物館所蔵)の忠実な複製です。

モーツァルト『K.2』(いわゆる「メヌエット へ長調」)を、モーツァルトの旅行用クラヴィコード(1763, J.A.Stein)の複製(2002年)で

1762年1月にザルツブルク(?)にて作曲、とされる当時6歳になるかならないかのモーツァルト(誕生日が1月27日ですからね〜)による「ヘ長調の小品 K.2」を、その1年半後の8月にアウグスブルクでモーツァルト家が入手した旅行用クラヴィコードの完全複製で弾きました。

この「ヘ長調の小品 K.2」は一般的には「メヌエット K.2」とされていますが、この時代の小品のほとんどはタイトルや速度表記がつけられていないので「メヌエット」と決めつけてしまうのはちぃとばかし疑問があるんだけど・・・まぁいっかw。この曲はもともと父レオポルドが姉ナンネルの楽譜帳に書きつけたものと一応はされていますがこの曲のページ(とあとK.5の1ページ)は後年に誰かに贈られて失われており、唯一1828年に発行された資料にのみ記載がある、という厳密にはちょ〜っとだけ悩ましいシロモノだったりします。

神童時代(なんとな〜く12歳ぐらいまでかなぁ)の幼きヴォルフガング周辺の鍵盤楽器に「ピアノ」という楽器は含まれていなかったというのは資料に裏づけられた史実ですが、どうも見落とされがちなのが残念でなりません。実はこの時代のヴォルフガングに関係する資料で「ピアノ」という新しい鍵盤楽器とのつながりを示すものは皆無で、当時の状況を勘案すれば見た可能性ありという見解は推測以外のナニモノでもないんですよ〜。ピアノ以外ならナニ? と言われれば、そりゃもぅチェンバロであり、オルガンであり、そしてクラヴィコードでありま〜す。ザルツブルクのモーツァルト家にフォルテピアノが入ったのはようやく1780年ころ、なんとヴォルフガング20代前半というけっこう遅いタイミングだったことはなかなかに衝撃的ですぞ(・o・ゞ



ここで使っている楽器は筒井本人の所有、モーツァルト家の3年半に及ぶ「西方大旅行」の最初(1763年8月、ヴォルフガング7歳)にアウグスブルクのシュタインの工房で父レオポルドが入手した旅行用クラヴィコード(現在、ブダペスト、ハンガリー国立博物館所蔵)の忠実な複製です。

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