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2026年1月の6件の記事

2026年1月28日 (水)

中島みゆき 作詞/作曲『童話』ピアノソロ:1894年ベーゼンドルファー社製ピアノ(ウィーン式アクション/85鍵)で

中島みゆきの『童話』を、いつもの1894年製アンティークピアノで弾きました(*´-`)
*この編曲譜はこちらから入手できます
https://store.piascore.com/scores/391712

『童話』は中島みゆきの44作め(!)のアルバム《世界が違って見える日》のど真ん中に収録されています。

2020年に中島みゆきのラストツアーとして10都市11会場24公演が予定されていた『中島みゆき 2020 ラスト・ツアー《結果オーライ》』は新型コロナウイルスの拡大の影響で8公演のみで終了、幻のツアーとなってしまいました。その後人類はこの厄介極まる感染症に翻弄され続けましたが、ようやく付き合いがわかってきて世の中が落ち着いてきたタイミングの2023年3月にリリースされたアルバムが、この《世界が違って見える日》であります。このアルバムのタイトル《世界が違って見える日》から、戦争や感染症に翻弄された2020年以来数年間の人類世界を類推するのは容易でしょう。それでいながら中島みゆきの尋常ならざる洞察力は、このアルバムを前向きなものとして作ってのけたのです。

例によってですが、この曲の『童話』というタイトルから我々が単純に思い描ける程度の歌詞ではまっっったくナイところ、やはりやはり安定の中島みゆきでございますな。しかも、いかにも童話っぽいオルゴールの出だしで油断させられていきなりのロックな調子にガツンとヤラれるという瀬尾一三のアレンジもやはりむっちゃ冴えてますね〜。

 美しい物語 読み聞かせていた
  良い夢を見なさいと 寝かしつけていた
  おはなしのお終いは どれも必ず
  報われた幸せで 満ちあふれていた
  目を醒まして見るのは 片付かない結末
  どうして 善い人が まだ泣いているの
  童話は童話 世界は世界
  子供たちに何んと言えばいいのだろうか


この歌詞はヒネって読み解くようなモンじゃなく、単純にそのまま受け取るのが力量をストレートに感じ取れそうな気がします。否、いかにこの歌詞をヒネって読み解こうとしても、ここまで現実を冷酷に残酷に見据えられては、頷くより他ないでしょうね。最初の4行をひっくり返す次の2行のコントラストの強烈なことと言ったら、もう眩暈すらしますよ。実は、この5行めの<片付かない結末>の箇所で歌詞の方向性がガラッと変わると同時になかなか不思議な和音の使い方がされていまして、ここをカラオケで歌うのは至難でしょうね〜w

 勇ましい物語 悪者は倒されて
  囚われの人々は 救われて いだき合い
  穏やかな物語 長い旅路の果て
  たどり着くふるさとで 青い鳥が待っている
  目を醒まして見るのは 不思議な 現の闇
  泣き歩く人々が なぜまだ居るの
  童話は童話 世界は世界
  子供たちに何んと言えばいいのだろうか>


2番の歌詞もどストレートに現実をえぐってきますね〜。童話の中の「正義は勝つ」「戦いの果ての安寧」なんてぇのはゲンジツの人間社会のドロドロな不条理さの中では所詮は理想論にすぎず、ホント、空々しいったらありゃ〜しないですわよ。童話の中では悪は悪と決められていて正義は正義と決められていますがゲンジツにはさまざまな正義が入り乱れているワケで、両者ともに自分が信じる正義のために突き進んでいるんですよね。おりしも国会冒頭での衆議院解散で1月27日衆議院議員選挙公示、なかなかに エ ゲ つ な い 正 義 の 多 様 性 を目の当たりにして、否が応でも<童話は童話 世界は世界>だよなぁぁぁ、と感じさせられるワタクシ庶民でございますことよ😮‍💨

 童話は童話 世界は世界
  子供たちに何んと言えばいいのだろうか


結局、人間社会の中でそれぞれが生きていかねばならぬのですから、割り切るところは割り切って受け入れないとど〜しよ〜もないんですよね。現代はもはや幼いうちから社会の不条理も童話もわざわざ親から教わるまでもなく簡単に見聞きできる時代となりましたから、もはや童話を無批判に信じる子供なんて存在しないような気すらしますし、ひょっとしたら親世代よりも冷静にドライに社会の不条理を見据えているかも知れません。それはそれで親世代としては「親の心子知らず」で寂しいところですが、それでも温かい目線を若い世代に投げ掛けたいのが親世代でございますぞ。

アルバムのあとがきで中島みゆきはこう呼びかけました。これぞ親世代。

 ときには世界が180°絶望方向へ見えてしまうような
  出来事もあるけれど。
  それでも、きっと次の瞬間には、世界が180°希望方向へ
  見えて来るような出来事が、あなたにも、ありますように




この動画で使っているピアノは100年以上昔、1894年製のアンティークピアノ。このような楽器を使ってこのような曲を弾くのはまことに愉しいです。現代では世間で聞こえる音のほとんどは電気を通していますが、このころに世間で聞こえていた音は生音が主流でした。1877年にエジソンが蓄音機を実用化し、このピアノが作られた1894年にはSPレコードの大量生産ができるようになって、次第に「録音」というシロモノが世間に知られるようになった時代。こんな時代の楽器がどれほど豊かな音世界を伝えていたのか、この動画で使っている楽器は奇跡的にオリジナルほぼそのまま、まさに時代の生き証人です。

2026年1月25日 (日)

高橋HC(舟江斎)にて稽古

本日(1/25)は 来たる2月8日の クラヴィコード演奏会&試奏会 の稽古、江戸川区は船堀まで出張🍵

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やはり故高橋辰郎氏の楽器は天下一品、まぁ手ごわさも天下一品だったりもしますがw、丁寧に取り組んでいるウチに少しづつ心を開いてもらえてきているかなぁという感触はあります。

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な〜んと予定していた2台に加えてさらに2台のクラヴィコードが集結、寒い季節ですが4台のクラヴィコードが居並ぶアツいクラヴィコード祭りになりそうです✨✨✨

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2026年1月16日 (金)

BECHSTEIN 12b 1963年製 で、エスター・カーンの『舟歌』を

BECHSTEIN 12b 1963年製 で、エスター・カーンの舟歌を弾きました。例によってのピアピットの修理で、この個体は入庫したときにほとんど鍵盤が動かない状態でしたが、徹底したクリーニングと再調整とで往年の響きが見事によみがえりました。
*ピアノ工房ピアピット(千葉県印西市)
ピアノは本気で直せば古いピアノでも必ずよみがえります
http://www.piapit.com/repair.html

ベヒシュタインのアップライトピアノには定評があり、いかにもベヒシュタインという響きを十全に愉しめるアップライトが数多く世に出ています。そのような歴代の名器の中でもコンパクトな12nが特に有名で、この12bは12nの猫脚タイプです。

エスター・カーン/Esther Kahn(1877-1962)はオーストラリアの女性作曲家です。生まれはロンドンですが、5歳でピアニストとして公の場に登場してまもなく一家がオーストラリアに移住したため、オーストラリアで音楽を学んでいます。この『舟歌/Barcarolle』は1914年にシドニーで出版されています(・o・ゞ

2026年1月 8日 (木)

クラヴィコードコンサート&試奏会 ~ 名工・故高橋辰郎氏遺作クラヴィコード2台 ~

2月8日(日)15時開演@池袋、洋館でクラヴィコードの演奏会を行いますぞ (`・ω・´)

*:..。o♬*゚・*:..。o♬*゚・*:..。o♬*゚・*:..。o♬*゚

明日館クラヴィコードシリーズ

クラヴィコードコンサート&試奏会
〜名工・故高橋辰郎氏遺作クラヴィコード2台〜


クラヴィコードは良い楽器を生で体験する機会に
なかなか恵まれず、妙に神格化されているフシがあります。
クラヴィコードの身近で親密な一面を
フランク・ロイド・ライトによる重要文化財建築の美しさとともに!


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2026年2月8日(日)15時開演
(14時半開場・16時半終演予定)
池袋、自由学園明日館(みょうにちかん)Room1925
3000円(当日精算/要予約25名)
主催:梅岡楽器サービス
協賛:高橋HC
http://umeoka-gakki.music.coocan.jp/99_blank022.html

使用楽器
高橋辰郎 2021年作
  5オクターブ(61鍵)ブントフライクラヴィコード (2音のみ共有弦)
高橋辰郎 2019年作
  4オクターブ(51鍵)ゲブンデンクラヴィコード

プログラム
バッハ 小プレリュード BWV924, 925, 926, 927, 928, 930
アルベルティ 「8つのソナタ集 Op.1」から、第3番
モーツァルト グラスハーモニカのためのアダージョ K.356(617a)
フィッツウィリアム・ヴァージナル・ブック」から『散りゆく木の葉』
グリーク 「抒情小品集」から、ワルツ Op.38-7 感謝 Op.62-2
ショパン マズルカ Op.41-1, Op.24-1
ハイドン ソナタ Hob.XVI:13


演奏会後30分ほど希望者に試奏していただけます
(多少の制限ありますがご了承くださいませ)

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2026年1月 3日 (土)

DIAPASON 183E グランドピアノ特注フレンチモデル 1986年製 で、カール・ハインリヒ・デーリンクの『6つの旋律的な練習曲集, op.306』から、第4曲 ささやく波を

DIAPASON(ディアパソン)の1986年製 183E グランドピアノ特注フレンチモデル で、カール・ハインリヒ・デーリンク『6つの旋律的な練習曲集, op.306』から、第4曲 ささやく波を弾きました。
*楽譜はこちらから入手できます
https://store.piascore.com/scores/381074

例によってのピアピットによるオーバーホール&カスタム塗装品ですぜ(*´-`)
*ピアノ工房ピアピット(千葉県印西市)
ピアノは本気で直せば古いピアノでも必ずよみがえります
http://www.piapit.com/repair.html

DIAPASON(ディアパソン)はよく知られた国産ピアノで、天才技術者の誉れ高い大橋幡岩氏の高い志を実現すべく製造されたのが始まりです。この個体は1986年製ですので浜楽商事が販売していた時代の製品、この時代のカタログが出土して、特注品としてこの個体のような猫脚タイプを椅子(左側にチラッと映ってますぞ)とセットで「フレンチモデル」として販売していたことが判明しました。他にも木目仕上げや白塗装も特注品としてカタログに掲載されており、動画にカタログの一部を焼き込みましたので併せてご覧くださいませ〜。

カール・ハインリヒ・デーリンク/Karl Heinrich Döring(1834-1916)は1852年から1855年までライプツィヒ音楽院で学び、その後故郷ドレスデンに戻って1858年からはドレスデン音楽院で教鞭をとっていました。ピアノのための練習曲や練習曲、そしてアカペラ合唱曲を多数出版しています。

2026年1月 1日 (木)

中島みゆき 作詞/作曲『バクです』ピアノソロ:1894年ベーゼンドルファー社製ピアノ(ウィーン式アクション/85鍵)で

2026年、明けましておめでとうございます。今年もよろしくおつき合いのほどを。

中島みゆきの『バクです』を、いつもの1894年製アンティークピアノで弾きました(*´-`)
*この編曲譜はこちらから入手できます
https://store.piascore.com/scores/385285

『バクです』は2011年11月にリリースされたアルバム《荒野より》の一曲で、それに1ヶ月先立って『荒野より』とのカップリングのシングルが発売されています。2011年といえば3月11日にあの恐ろしい東日本大震災が起きた年、このアルバム《荒野より》にはそれを意識してメッセージが随所に込められているという解釈が少なくなく、それぞれに説得力ある論が展開されていて興味深いです。

この曲は中島みゆきのアレンジを長年任されて絶大なる信頼を置かれている瀬尾一三をイメージした曲とされています。瀬尾一三は1973年に『貘』というタイトルのソロアルバムを発表しており、「中島みゆきTOUR2010」のツアーパンフの「自分を動物に例えると?」という質問に「貘」と答えていたりもしますね〜。

「バク」とは漢字では「貘(獏)」で、人の悪夢を喰うといわれている想像上の動物です。もともと中国では貘が悪夢を喰うという記述はありませんが邪気を払うとはされており、それが日本に伝わったタイミングかどこかで「悪夢を喰う」と解釈されるようになったようで、室町時代末期には貘が「悪夢を喰う」という設定になっていたとのことです。いい初夢が見られるように七福神が乗る宝島の絵を枕の下に敷いて眠るという風習がありますが、江戸時代には悪い夢を喰ってくれる「貘」の字を宝島の帆の部分に書くことがあったとか。

 バクです バクです 今の今からバクになる
  バクです バクです バクになることに したんです


最初に主人公が<バクになることに したんです>と決意表明していますが、コレって悪夢を食べる存在になるという決意表明ですから、優しく無邪気そうな声色とは裏腹にちょ〜っと穏やかならざる雰囲気を感じてしまいませんか?

 あんたの 悪い夢を喰っちまいます
  あんたの 怖い夢を喰っちまいます
  あんたの つらい夢を喰っちまいます
  あんたの 泣いた夢を喰っちまいます


これぞ中島みゆきによる悪夢諸相、これら全部(いや、もっといろいろ)を<喰っちまう>存在になろうとしているのですから、実はなみなみならぬ悲壮な覚悟だったりするのですぞ。バクは悪夢を喰う設定な想像上の動物ですが、それだけに終わらせずに悪夢を喰ったバクがどうなるのかに眼差しを向けるところ、も〜いかにも中島みゆきならではの穿ちかたですね〜。

 <バクはまったく平気なんです 痛くもかゆくもないんです

ほらね。いくらバクが夢を喰う想像上の動物でも、バクになった主人公が<あんた>の悪夢全てを喰い続けて<痛くもかゆくもない>ハズはございません。<痛くもかゆくもないんです>ってわざわざ言うってぇコトは一種の自己暗示、まぁかゆくはないかもしれませんがw、ホントはすっっっごく痛いんですよ〜💦

 腹いっぱいになりすぎたなら ふわりふわりと浮きそうだ
  そしたらバクは夢を見るんだ そしたらバクは夢を見るんだ
  笑ってるあんたの夢を見る


バクになった主人公は<あんたの>悪夢を喰ってすっっっごく怖く、つらく、泣きたいはずなのに、<ふわりふわりと浮きそうだ>と。こりゃ〜カラ元気でしょうが、<腹いっぱいになりすぎたなら>眠くなってふわりふわりと夢の世界にいざなわれることもまた確かですな。それでいながらバクになった主人公の見る夢は<笑ってるあんたの夢>なのですから、<ふわりふわりと>軽く実態感のない夢の中であっても、ど〜しようもなく寂しい。あんたの悪夢を喰って<笑ってるあんた>を実際に見ているのではなく<笑ってるあんた>を夢の中で見ているのですから、その<笑ってるあんた>は夢から覚めたら消えてしまうんですよ〜〜〜😭

だいたいそもそも、夢を喰らうバクが夢を見るところからしてめっちゃネジくれてまして、この『バクです』でバクが見ている夢は実は寝ている時に見る夢であると同時に、「あんたのバク」になろうと決意した主人公の「あんた」へ向ける切なる願い、とも読めます。「夢」とはこのように二面性を備える単語で、「願い」を「夢」と読み替えるとき、往々にしてその願いが叶う可能性は低いワケです。主人公から<あんた>への切なる願いは<>ですから、叶う可能性はかなり低いのです。いやはや、ホントに、泣けますね。

そういえば、中島みゆきは《CONCERT'95 LOVE OR NOTHING》の舞台で

 <夢は、叶った方がいいです。でも叶わない夢もあります。
  姿を変えでもしない限り、叶いようのない夢もあります。
  だからどんなに、姿形を変えようとも、どんなに傷ついてでも、
  あなたの夢がいつか叶いますように>


と言ってましたっけ。1995年は阪神・淡路大震災と地下鉄サリン事件が立て続けに起こった年、この言葉が呼び覚ましてくれる何かはただひたすらに大きいです。それにとどまらず、2011年の東日本大震災があって最初にリリースしたのが『荒野より』と『バクです』とのカップリングのシングルですから、ここにも深く重いメッセージを感じます。一流の芸術家は常人の浅知恵が及びもしないほどの関連づけ・意味づけを行う存在ですから、これが偶然であろうハズがないのではないでしょうか。

 あんたの 悲しいことを喰っちまいます
  あんたの 寂しいことを喰っちまいます
  あんたの 苦しいことを喰っちまいます
  あんたの 痛いことを喰っちまいます


2番ですが、1番を「あんたのバク」になろうと決意した主人公の心の痛みの現れと読んでしまうと、<悲しい><寂しい><苦しい><痛い>と繰り返されるだけで胸が締めつけられます。<こと>は「夢」をさらに抽象化させており、ここで「夢」を「願い」と置き換えると

 <あんたの 悲しい願いを喰っちまいます
  あんたの 寂しい願いを喰っちまいます
  あんたの 苦しい願いを喰っちまいます
  あんたの 痛い願いを喰っちまいます>

となり、「あんたのバク」になろうと決意した主人公は、願いを果たせなかった<あんた>の痛みを自らの痛みとして受け入れる存在となったのです。

 バクはまったく悪もの喰いで 何んでも彼んでも喰うんです
  心配されても その心配さえ うまいうまいと喰いそうだ
  バクは1人で喰い続けてる バクは1人で喰い続けてる
  笑ってるあんたの夢を見るまで


2度繰り返される<バクは1人で喰い続けてる>がめ〜っちゃグッときますね。主人公は<あんた>の痛みを自らの心の痛みとして受け入れて、それだけでなく願いを果たして<笑ってるあんた>になって欲しいと切に願い続けているのでしょう。この一連の最後は倒置法で、平易に直すと
 笑ってるあんたの夢を見るまで
  バクは1人で喰い続けてる


ですね。1番では腹いっぱいになって笑ってるあんたの夢を見るだけですが、2番では<笑ってるあんたの夢を見るまで><1人で喰い続けてる>のですから、このバクの寂しさたるやいかばかりでしょう。

 バクの上に夢よ降り積め あんたの捨てたい夢よ降れ

三好達治の『雪』ですね。『雪』はたった2行だけの詩ですが、この一度見たら忘れられない強い印象は一体全体ナンなんでしょうね。1927年の発表ですから、な〜んと100年前😳

 <太郎を眠らせ、太郎の屋根に雪ふりつむ。
  次郎を眠らせ、次郎の屋根に雪ふりつむ。>
(三好達治『雪』1927年)

バクの上に降り積むのがあんたの悪夢であってそれを腹いっぱいに喰ったバクが寝るのですから、ここでは三好達治の『雪』を<>に読み替えて読み手の妄想をふくらませているのかも。それにしても、この<あんたの捨てたい夢よ降れ>を『バクです』の歌詞の中にどう位置づけるかの難しいこと難しいこと😅

 <あんたの捨てたい悪夢よ バクの上に降れ、降り積もれ>
を倒置法を交えて詩的に表現して、悪夢より抽象的かつ二面性を備える<夢>を用いることで<あんたの捨てたい夢>を「あんたが果たせなかった願い」と読ませるのでしょうか。「あんたのバク」になった主人公は、<あんた>が願いを果たせるまでただひたすらに待ち続ける存在なのでしょう。中島みゆきの楽曲には聴き手に対して力強くエールを送る歌詞が多いですが、この『バクです』はただひたすらに待つことで<あんた>が象徴する聴き手ひとりひとりにエールを送る曲なんですね。傷つきながらも優しく無邪気そうな声色でただひたすらに待つ存在、なるほど、ひとの悪夢を喰ってくれるバクに相応しいです。

さて、今さらですが、『バクです』を瀬尾一三との連関として読み直してみましょう。
アレンジャー/プロデューサーとは欠くことができない大切な立ち位置であると同時に、創作者であって創作者ではないという微妙な立ち位置でもあります。1973年にソロアルバム『貘』を出すも必ずしも商業的成功は得られずにアレンジャー/プロデューサーに転身して大成功を収めた瀬尾一三、なるほど、中島みゆきという創作者が笑えるまでとことんその<>=願いを喰い続けてくれる「」ですね。ただ寂しく待つだけでない、能動的にあんたの夢を喰い続ける「貘」が瀬尾一三なのでしょう。

 バクは1人で喰い続けてる バクは1人で喰い続けてる
  笑ってるあんたの夢を見るまで


実は、クラシック音楽を演奏するってぇコトも基本的には他人の創作物を演奏するのですから、創作者であって創作者でない立ち位置なんですぜ💡

今年(2026年)もよろしくお願いします。さぁ、あんたの初夢が悪くなくても喰っちまいましょかね😎



この動画で使っているピアノは100年以上昔、1894年製のアンティークピアノ。このような楽器を使ってこのような曲を弾くのはまことに愉しいです。現代では世間で聞こえる音のほとんどは電気を通していますが、このころに世間で聞こえていた音は生音が主流でした。1877年にエジソンが蓄音機を実用化し、このピアノが作られた1894年にはSPレコードの大量生産ができるようになって、次第に「録音」というシロモノが世間に知られるようになった時代。こんな時代の楽器がどれほど豊かな音世界を伝えていたのか、この動画で使っている楽器は奇跡的にオリジナルほぼそのまま、まさに時代の生き証人です。

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