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2025年6月の5件の記事

2025年6月29日 (日)

中島みゆき 作詞/作曲『夜風の中から』ピアノソロ:1894年ベーゼンドルファー社製ピアノ(ウィーン式アクション/85鍵)で

中島みゆきの『夜風の中から』を、いつもの1894年製アンティークピアノで弾きました(*´-`)
*ワタクシの編曲譜はこちらから入手できます
https://store.piascore.com/scores/

『夜風の中から』は1976年10月にリリースされたアルバム《みんな去ってしまった》のB面2曲めに収録されています。アルバム《みんな去ってしまった》は中島みゆきのアルバム2作め、その先行シングルとして《夜風の中から/忘れられるものならば》が3ヶ月前にリリースされており、アレンジも節回しも微妙に違っているのが興味深いです。まだまだ駆け出しで自分の意見をアルバムに投影させてもらえなかった時期の作品ですが、いったいどんな意向があったのでしょうね〜。

この歌詞にはロクに描写されていませんが、なぁんだかホントにど〜しよ〜もない青春を送っている<おいら>と<お前>の縁(えにし)っぽいですね〜。ここで<夜風>といういかにも詩的なキーワードをどのように受け止めてやろうか・・・と頭をヒネってしまうのが怪釈好きの愉しきサガw

 夜風の中から お前の声が
  おいらの部屋まで 飛んでくる
  忘れてしまった 証拠のように
  笑っているわと 見せつける

  浮気でやくざな 女が今夜どこで
  どうしていようと 知った事じゃないが
  けれどそこいらは おいらが遠い昔
  住んでた路地だと お前は知らぬ>


SNS時代の現代ならフトしたきっかけで相手の動静を察してしまえることもあって風情もへったくれもなく、想い人がどうしてるかを想像するときに<夜風>という詩的な表現を使うには全く相応しくないでしょうがw、1976年はもはや50年近くも昔(!)ですからSNSという概念すら存在し得ない時代。この時代では、生活圏が物理的に遮断されてしまえば相手がナニしているかなんて皆目見当がつけられなくなるのが当たり前でしたよね。

主人公の<おいら>がいっときかなり熱をアゲていた(イヤ今でも)のが<お前>でしょう。この歌詞の状況証拠からして連絡を断たれて雲隠れをされたとかで、<浮気でやくざな 女が今夜どこで どうしていようと 知った事じゃない>ってぇことは、そりゃもぅ間違いなく、気になって夜も眠れない<おいら>なんですよ。そんな未練タラタラな主人公の<おいら>は、昔自分が住んでた路地のあたりで<お前>が暮らしているのを風の便りで知ってその巡り合わせの妙に胸をかきむしっており、この歌詞はそんな<おいら>の頭に去来している妄想の数々なのではないでしょうか💡

青春のにがい想い出を呼び起こす<夜風>は爽やかな風であっては断じてならず、ちょうど今ごろ、梅雨どきのジメジメした重っ苦しい風でなくてはなりませぬ。こんな寝苦しい夜をさらに息苦しくさせるのが<お前>の噂、おいらは<お前の声>なんかいっときたりとも忘れたことがないのに、連絡もよこして来ないってぇことはおいらのことなんて<忘れてしまった 証拠>なんだろうよ。しかもおいらが< 住んでた路地>のあたりに今お前が暮らしているなんて、一体全体どんな巡り合わせなんだよ、こんちくしょ〜〜〜〜。っとジタバタしている主人公の独り相撲がこの2段8行でしょかね。詩人の言葉選びってば、ホントにすごすぎますな😅

どうせ風の便りなので目撃された、程度だったとしても、<おいら>の独り相撲はネジくれた思いがために勝手に「ヨロしく」暮らしていると解釈をつけ加え、おいらのことなんて<忘れてしまった>とわざわざ思い込み、<お前>が<笑っている>に違いないと根拠もなく被害妄想に陥るのであります。あ〜、くっっっそメンドくさいヤツでしかないですが、案外とこんな思い悩みってば誰でも経験あるのではないでしょうか。いや、その、経験あってほしいぞ😤

 そこにはお前を そんなにいつも
  笑わす何かが 落ちているか
  おいらの顔など 見たくもないと
  夜風に手紙を 書いてくる>


主人公ってば、フラれたのはお前をいつも笑わせられなかったからだと思い込んでいるフシがありますな。そしてまたも、昔住んでた路地のあたりで<お前>が暮らしているのを風の便りで知っただけなのに、<お前>が<おいらの顔など 見たくもない>と思っているに違いない、と被害妄想全開になるのでありま〜す。今夜もジメジメして寝苦しい夜だけど、余計に眠れなくなるじゃねぇかい、こんちくしょ〜〜〜〜。とかなんとか😮‍💨

ほんっっっとにど〜しよ〜もなく情けないオトコの姿ですが、フラれてイジけて落ち込んでいるオトコなんてぇモンは、そんなモンでも取り立てて不思議ではないと思いますね〜。それと同時に<浮気でやくざな 女が今夜どこで どうしていようと 知った事じゃない>と強がって見せるのもまた、悲しきオトコのサガでござるよ。

 うらぶれ通りで お前が雨に
  ふるえているから 眠れな
  そこから曲がって 歩いた右に
  朝までやってる 店があるぜ


おつぎは<お前が雨に ふるえている>という妄想ですな。これも字義通りに受け取るのではオモシロくなく、<お前>は幸せにヨロしく暮らしているんだろうが(すでに妄想)、心は満たされずに<雨に>打たれているように<ふるえている>んじゃないか? ホレ、<おいら>が知ってる<朝までやってる 店>に行けば心が慰められるぜ、とかなんとか。この<朝までやってる >も実在の店ではなく象徴的表現上の店であって、<お前>が本来いるべき場所は今いるトコじゃないんだ、と伝えるのが<おいら>のお役目なんでしょなぁ。これぞ妄想全開。

 浮気でやくざな 女が今夜どこで
  どうしていようと 知った事じゃないが
  けれどそこいらは おいらが遠い
  住んでた路地だと お前は知らぬ


こう怪説してくると、<お前>が今<おいらが遠い昔 住んでた路地>にいるというのは、実は逆に主人公にとっての心の拠り所になっているのではないでしょうか。すなはち、お前はおいらをフって姿を消したくせに図らずも<おいらが遠い昔 住んでた路地>にいるってぇことは、お前はおいらの面影をどこかで求めているという証なんだ・・・という、これまたなかなか激しい妄想ですが、こんちくょ〜と後ろ向きな妄想ばかりが浮かんで来つつも生きていられるのは、この拠り所あってこそなのかもしれません。

この曲が生まれた1970年代半ばは夜はまだ暗いところが多くクーラーもようやく普及し始めた程度、ジメジメと寝苦しい夜に淋しく悶々と独り寝しているオトコなんて図は、これぞまさしく青春の苦い挫折と失意。この舞台装置の甘酸っぱいようなフクザツな懐かしさってば、もうじんわりたまらんですね〜。

 けれどそこいらは おいらが遠い昔
  住んでた路地だと お前は知らぬ




この動画で使っているピアノは100年以上昔、1894年製のアンティークピアノ。このような楽器を使ってこのような曲を弾くのはまことに愉しいです。現代では世間で聞こえる音のほとんどは電気を通していますが、このころに世間で聞こえていた音は生音が主流でした。1877年にエジソンが蓄音機を実用化し、このピアノが作られた1894年にはSPレコードの大量生産ができるようになって、次第に「録音」というシロモノが世間に知られるようになった時代。こんな時代の楽器がどれほど豊かな音世界を伝えていたのか、この動画で使っている楽器は奇跡的にオリジナルほぼそのまま、まさに時代の生き証人です。

2025年6月26日 (木)

1903年製 PLEYEL No.9 で、フローラン・シュミットの『言葉のないロマンス, Op.27-6』を

1903年製の PLEYEL No.9 アップライトピアノで、フローラン・シュミット『言葉のないロマンス, Op.27-6』を弾きました。この作品集 Op.27 は1895〜1903年に作曲されて1909年に出版されていますので、この1903年製のプレイエルと完璧に同じ時代の作品です。フローラン・シュミットはドイツ系フランス人の家庭に生まれ、1889年にパリ音楽院に入学してマスネやフォーレに学んでいます。

この個体、いつものピアピットが数年前に行ったオーバーホールはかなり力を入れていてお高い弦に全弦交換までしたのですが、響板割れで再入院と相成ってしまいました。せっかくオーバーホールした舶来品なのに不運が重なってお気の毒でしたが、また健康体に甦ってホッ。その中にもそこはかとなくヴィンテージ楽器の味わいを感じ取れるような気がします。調律はだいたい A=435Hz 程度にしています。
*ピアノ工房ピアピット(千葉県印西市)
ピアノは本気で直せば古いピアノでも必ずよみがえります
http://www.piapit.com/repair.html

2025年6月24日 (火)

シュレーター(1753-1788) の「6つのソナタ Op.1」の第2番第1楽章を、1790年ごろルイ・デュルケン作のフォルテピアノの複製楽器で

イギリスでフォルテピアノが広まり始めた時代にロンドンで活躍していた、Johann Samuel Schröter(1753-1788) の「6つのソナタ Op.1」の第2番、第1楽章です。生没年が W. A. Mozart のちょうど3年ずつ早いところにご注目!

この動画で使っているフォルテピアノは、1790年頃 Louis Dulcken(1761-1835) 作の個体の複製楽器です。フォルテピアノの複製としては比較的早い時期である 1979年頃(もう45年経つのか!)、アメリカの Thomas & Barbara WOLF による意欲的な作品で、ウィーン式アクションの開祖 J. A. Stein が生涯こだわった木製カプセルをオリジナル通りに採用しながらも楽器構造としては亜米利加らしく頑強堅牢に作られている、というね。

2025年7月1日(火)に池袋の重要文化財の洋館<自由学園 明日館(みょうにちかん)>の教室でこのソナタ6曲全部をこのフォルテピアノを使って弾くこともあり、そのごく一部のご紹介です。題して<秘曲探索の愉しみ 壱>ですぞ〜🤗
*演奏会詳細はこちらです
https://bergheil.air-nifty.com/blog/2025/05/post-1a7189.html

2025年6月17日 (火)

梅ペースト作成成功〜

ヒキがめっっっぽう強い我が母親、見切品の梅を2袋1.3kg600円でゲット。

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くっそ暑かったけど、頑張って50℃ちょいで軽く煮て果肉を柔らかくぐしゃっとしてからも〜一度コトコト煮込んで、梅ペースト完成〜✨

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半分塩漬け白梅にしても良かったかも😅

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2025年6月13日 (金)

1979年製 KAWAI BL-61 で、ボルトキエヴィチの東洋的バレエ組曲『千夜一夜物語, op.37』から、第3曲『少女たちの踊り』を

カワイの1979年製 BL-61 で、ボルトキエヴィチの東洋的バレエ組曲『千夜一夜物語, op.37』から、第3曲『少女たちの踊り』を弾きました。
*楽譜はこちらから入手できます
https://store.piascore.com/scores/343405

例によってのピアピットによるクリーニング&再調整、そしてお得意のカスタム塗装で見違えるような個体になってビックリ(*´-`)

この時代はピアノの国内生産のピークで、統計によるとなななんと35万台超えが5年間続いていました。生産も品質も安定して余裕があった時代ではありましたがそれにかける人手に余裕があったハズもなく、手がかけきれずに機能を果たしていない個体も少なくなかったように見受けられます。コレ、国産ピアノの評価を下げている理由の一つで、チト悩ましいんですよね〜。

そのような個体にちゃぁんと手を入れればここまでなるんだ〜、と毎回驚き呆れさせられるwのがピアピットのオモシロさ、それにさらにお得意のカスタム塗装で見違えるような個体になってますぞ👌

*ピアノ工房ピアピット(千葉県印西市)
ピアノは本気で直せば古いピアノでも必ずよみがえります
http://www.piapit.com/repair.html

Sergei Bortkiewicz/ボルトキエヴィチ(1877-1952)は主にウィーンなどドイツ語圏で活躍したウクライナ生まれの作曲家で、10数年ほど前からようやく再評価されるようになってきました。二度の世界大戦そしてロシア革命に翻弄された激動の人生はすさまじいものですが、その音楽は実にロマンティックかつ濃厚な歌心に満ちています。

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