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2024年10月の10件の記事

2024年10月30日 (水)

中島みゆき 作詞/作曲『あどけない話』ピアノソロ:1894年ベーゼンドルファー社製ピアノ(ウィーン式アクション/85鍵)で

中島みゆきの『あどけない話』を、いつもの1894年製アンティークピアノで弾きました(*´-`)
『あどけない話』は、1991年10月15日~27日にBunkamuraシアターコクーンで行われた、オンシアター自由劇場創立25周年記念公演「ラブミーテンダー」のための書き下ろし曲です。その劇中で歌った吉田日出子のシングル《あどけない話/歌姫》が1992年に発売され、中島みゆき本人は1993年にリリースしたアルバム《時代─Time goes around─》に収録しています。

 おとぎばなしを聞かせるなら
  「ありえないこと」と付け足しておいてよ
  おとぎばなしはみんなずるい
  どこにも日付を書いていない


『あどけない話』というタイトルで<おとぎばなし>ですからまぁフツーは他愛もない夢物語的な『あどけない話』なのでしょうけれど、中島みゆきの歌詞で<ありえないこと>に加えて<おとぎばなしはみんなずるい>とぶっ込まれると俄然怪釈が変わってきますね〜。

 昨日のこと、あさってのこと、おとといのこと
  それとも、いつ?

主人公は想いびとから(コレは既定路線ねw)おとぎばなし>=『あどけない話』=夢物語を聞かせられてそれが現実になることを期待=夢見ていますが、その話には<どこにも日付を書いていない>ワケで、現実になるのがいつなのか、はたまた現実にならないのか、確証が一切無いのでありま〜す。中島みゆきの歌詞にワリと登場する、「今のままで居続けたいし将来にも希望を持ちたいのに、未来に確証が持てないで不安になってしまう主人公」がここにも現れましたぞ👀

 船に乗り風に乗り
  どこまでもどこまでも
  私たち旅をゆく
  信じてる、迷いもなく


何やらことさらに未来をバラ色に(少し前に『バラ色の未来』も出しましたが👌)輝かせて、しかも最後にダメ押しで<信じてる、迷いもなく>ですから、これは主人公の未来に対する不安を打ち消したいがための姿勢だろうなぁと。人間というヤツらが本来的に100%誰もが未来に希望を抱くものなのかは知らんですが、この主人公のように未来に確証が持てなくなってしまうのは、期待していたのに裏切られた経験が少なくないからこそ、なのではないでしょうか💦

 おとぎばなしはみんなずるい
  どこにも日付を書いていない


ほ ら ね 。
人生なんつ〜のは、自分が望んでいるような良い未来はロクに起こらずに悪い未来ばかりが現実に起こりやがる、というモンですよね〜。かと言って・・・

 海鳴りよ 海鳴りよ
  今日も また お前と 私が 残ったね
『海鳴り』1978年)

永遠に変わらぬことを願いそのように行動したところで、逆にその結果変わらぬ自然現象である<海鳴り>と自分独り以外誰一人として残っていなくなったりもしますね。っっったく、な〜んでこうも人生は思い通りにならないんざんしょ😤

 「いつかおまえに見せてあげよう
  沈まない月も翼のある花も」
  終わることない夢のはなし
  いつまでも私 うなずきましょう


あくまでもあどけない空想の産物である<おとぎばなし>ですが、思い通りにならぬ人生に対してそれを積極的に肯定することなく「まぁそんなもんよね〜」とかなんとかうなずきながら生き続けるための方便としての意味、実は大変に大きいのだろうなぁと思わされます。現実逃避と申されるな(いやそうなんですがw)、よりどころがあらずして人生の荒波を泳ぎ切れる人物なんぞなかなかいるもんではございませぬ。<おとぎばなし>はオトナの先送りwとも思いますが、<いつまでも私 うなずきましょう>と人生をヤリ過ごすことができるならば、それはそれで名も知られぬ路傍の一介の石としてまことに立派な生き方でしょうぞ。

 双子のように似ているふたつ
  誓うことと願うことは
  うそじゃないうそじゃない
  でも人は愛すると
  叶おうが無理だろうが、夢を聞かせたくなるわ


ふむ、出だしは倒置法ですな💡
 <誓うことと願うことは 双子のように似ているふたつ

思い通りにならぬ人生において、愛する方は誓って愛される方は願う、という図式を指摘しているのでしょうか。なるほどごもっともでございますが、な〜かなかに冷徹な観点ですな。愛する方が<夢を聞かせたくなる>のはまったくもってその通りで(特にオトコのコってばさw)、愛される方がたとえ<叶おうが無理だろうが>そうあってほしいと願ってうなずくこともまたその通りだろうなと思わされます。愛し愛される間柄は互いにあどけなく<おとぎばなし>を語り合うような関係で、人生のよりどころとして素晴らしく意味のある存在なのでしょう。嗚呼、それにしてもそれにしても、人生は邯鄲の夢のごとし💡

 終わることない夢のはなし
  いつまでも私 うなずきましょう




この動画で使っているピアノは100年以上昔、1894年製のアンティークピアノ。このような楽器を使ってこのような曲を弾くのはまことに愉しいです。現代では世間で聞こえる音のほとんどは電気を通していますが、このころに世間で聞こえていた音は生音が主流でした。1877年にエジソンが蓄音機を実用化し、このピアノが作られた1894年にはSPレコードの大量生産ができるようになって、次第に「録音」というシロモノが世間に知られるようになった時代。こんな時代の楽器がどれほど豊かな音世界を伝えていたのか、この動画で使っている楽器は奇跡的にオリジナルほぼそのまま、まさに時代の生き証人です。

2024年10月25日 (金)

EMERSON/エマーソン Cabinet Grand 147cm 1900年製 で、ノリスの「3つのピアノ曲, op.34」から、第1曲『Remembrance/追憶』を

1900年製の EMERSON/エマーソン Cabinet Grand 147cm で、ノリスの「3つのピアノ曲, op.34」から、第1曲『Remembrance/追憶』を弾きました。

EMERSON/エマーソン は米国はボストンのメーカーです。1849年に William P. Emerson により W. P. Emerson Piano Company として創業、創業者が1870年代後半に亡くなってから The Emerson Piano Company となりました。かなり成功したメーカーらしくネット上では何種類ものカタログが発見できますが、どれもこの個体の1900年と少〜し異なる時代のカタログで特に前パネルの形状に一致する機種が見当たらずでした。残念😅

なお、これは鶴見で戦後から頑張ってきた「大塚ピアノ社」がその昔貸しピアノとして活用していた個体です。1922年からの国産の名ブランドである「PRIMATONE/プリマトン」発売元であった横浜元町の「大塚ピアノ商会」で修行した先代:大塚功作氏が鶴見で「大塚ピアノ社」として独立した頃からの生き残りで、2024年秋の店じまいでピアピットが引き取りました🫡

*ピアノ工房ピアピット(千葉県印西市)
ピアノは本気で直せば古いピアノでも必ずよみがえります
http://www.piapit.com/repair.html

参考文献:三浦啓市『日本のピアノメーカーとブランド』
https://www.ankasha.com/books/books2

ノリス(1867−1940)はアメリカのオルガニストそして作曲家です。このop.34-1はボストンの Arthur P. Schmidt社から1915年に出版されており、だいたいこの個体と同じ時代の作品ですよ〜👌

2024年10月21日 (月)

GERSHWIN/ガーシュイン G-100 DELUXE 1979年製? で、ローデの「飛びゆく木の葉, op.36」から、第7曲『郷愁』を

製造番号上二桁からおそらく1979年製ではないかと推測できる GERSHWIN/ガーシュイン G-100 DELUXE で、ローデの「飛びゆく木の葉, op.36」から、第7曲『郷愁』を弾きました。例によっての ピアピット の入荷品、安価に提供するために軽い内部クリーニングと再調整のみでしたが案外とまとまってくれるもんで、日本の中堅メーカーの底力を目の当たりにできた気がしますぞ(*´-`)

GERSHWINは昭和28年の大岡楽器製作所から脈々と続くブランドで、大岡楽器製作所→白鳥楽器製作所→スワン楽器製造株式会社→ガーシュインピアノ株式会社→東日本ピアノ製造株式会社→株式会社バロックへと受け継がれています。この個体の1979年製という推測が当たっていれば、東日本ピアノ製造株式会社の時代となりますね〜。

*ピアノ工房ピアピット(千葉県印西市)
ピアノは本気で直せば古いピアノでも必ずよみがえります
http://www.piapit.com/repair.html

参考文献:三浦啓市『日本のピアノメーカーとブランド』
https://www.ankasha.com/books/books2

作曲のローデ(1828−1883)は、ドイツのハレに生まれてベルリンで亡くなった作曲家、オルガン奏者です。150曲ほどを出版していますが、例によって忘れ去られていますね〜(・o・ゞ

2024年10月20日 (日)

「エレピアン」新発売の新聞広告

先日カタログ類を多数救出した鶴見の「大塚ピアノ社」の大量の資料の中に日本コロムビアが発売した「エレピアン」のカタログ類がございまして、その一冊に1962年11月6日朝日夕刊、エレピアン新発売の広告が挟まっておりましたぞ😳

19621106bws

挟まっていた元のカタログはコレで、コレまた古いものでした。掲載機種は以下の通りです。
*CEP-612D<61鍵>
 真空管2本、トランジスタ3個、ダイオード2個
*CEP-615<61鍵>
 真空管2本、トランジスタ3個、ダイオード2個
*CEP-753F<75鍵>
 真空管5本、トランジスタ2個、ダイオード2個
*CEP-753<75鍵>
 真空管5本、トランジスタ2個、ダイオード2個

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2024年10月18日 (金)

ELINGTON/エリントン U-200E 1977年製 で、ヤーダスゾーンの「さすらいの音画, op.122」から、第4曲『出会い』を

1977年製の ELINGTON/エリントン U-200E で、ヤーダスゾーンの「さすらいの音画, op.122」から、第4曲『出会い』を弾きました。例によっての ピアピット の入荷品、安価に提供するために軽い内部クリーニングと再調整のみでしたが案外とまとまってくれるもんで、日本の中堅メーカーの底力を目の当たりにできた気がしますぞ(*´-`)

ELINGTONは、数多くのブランドの生産をしていた浜松の大成(たいせい)ピアノの主要ブランドの一つで、ピアノ工具や部品販売の渡辺商店が製造委託していました。

*ピアノ工房ピアピット(千葉県印西市)
ピアノは本気で直せば古いピアノでも必ずよみがえります
http://www.piapit.com/repair.html

参考文献:三浦啓市『日本のピアノメーカーとブランド』
https://www.ankasha.com/books/books2

作曲のヤーダスゾーン(1831−1902)は、ヨーロッパ専門の歴史家たちが恐れをなすほどヤヤこしいとされるシレジア地方の生まれのユダヤ人作曲家です。当時ユダヤ人ということもあってか紆余曲折の末に母校ライプツィヒ音楽院の職を得て、グリーグなど名だたる作曲家を育成して名声を博していたのですが・・・ま〜忘れ去られていますね。なんと、瀧廉太郎が留学先のライプツィヒ音楽院で最晩年(1901年)のヤーダスゾーンの授業を受けた様子を手紙に残していたりします(・o・ゞ

2024年10月16日 (水)

農工大ピアノ部、ピアノ改善大作戦始動

おそらく大学生時代ぶりで、午前中の農工大農学部キャンパス襲撃。早起きは三文の得でな〜んとも心地良い武蔵野の空気感、まことに佳き環境ですぞ〜🍵

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農工大ピアノ部の学生たちが一念発起して使い倒しすぎてボロボロなピアノを改善しようとしているのを聞いたのは夏前、総勢100名を優に超える団体を運営陣がじわじわと動かして、ようやく一台をむちゃくちゃ消耗しているのに驚くほどの高値で売っ払えたのでした😎

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引取現場で査定額が下げられる場合があるとのコトで、ウルサそうなオジさんが顔を見せて圧をかけるのが良かろうと提案したのが運のつきでの早起きでございましたよ🤣

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さて帰り道、10/13から来春まで中央線快速のグリーン車運用開始の移行期間で無料とのコトで、国分寺から東京まで快速での〜んびりと。ほぼほぼ満席なのはまぁ当然ですが、慣れぬ早起きした身には沁みた沁みた✨

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2024年10月10日 (木)

鶴見、大塚ピアノ社店じまい

戦後まもなくから鶴見の地でず〜っとピアノ調律・修理などなど全般をこなしてきた「大塚ピアノ社」が年齢と健康上の理由で店じまいするとのことで、例によってピアピットの渡辺順一氏が漢気を発揮、進駐軍が置いていって修理しながら使い続けてきた古いアップライトピアノ3台と工具の数々を引き取ると聞いて、そりゃ〜古いカタログなどの貴重な文書資料も多数残っているに違いないぞと踏んでご連絡(要はハイエナですわw)

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いかにも古いしっかりした仕事場で、想像以上に大量のカタログ類の数々と大量のホコリwにお出迎えされましてな。ヤマハとカワイが半分以上なのは当然ですが、凄かったのはそれ以外のいわゆる第3メーカーのカタログの数々。ベルトーン、シュベスター、アトラス、アポロ、は当然として、プリマトン、プルツナー、モルゲンスターン、ヴァンブロード、ドルファーなどなど、三浦啓市氏による名著『日本のピアノメーカーとブランド』でしかお目にかかったことのないブランドの資料がごっそり救出できました😳

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それと同じくらいかそれ以上に貴重と思われるのは、初期の電気式鍵盤楽器のカタログの数々。昭和40年頃の最初期のエレクトーンD1-Bが載ったカタログ、ローランドのカタログにエレピアンのカタログなどなど。

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12月までに大塚ピアノ社は店じまいを終えるおつもりですので、興味のある方はワタクシまでどうぞご連絡くださいませ!

2024年10月 8日 (火)

1950年ごろ製造 ALEXANDER HERRMANN/アレキサンダー ヘルマンで、レナルド・アーンの『Mirage/幻影』を

レナルド・アーン(1874-1947) の独り語りとも言えそうな玄妙な小品集『Le rossignol éperdu/思い惑う夜鶯』から第26曲『Mirage/幻影』を、戦後おそらく1950年前後と思われる アレキサンダー ヘルマン(福山ピアノ社、Material Made in Germany)で弾きました。

ALEXANDER HERRMANN/アレキサンダー ヘルマンは20世紀初頭創業のドイツは Sangerhausen(ザンガーハウゼン、旧東ドイツ地域)のメーカーですが、この個体は銘板に「Material Made in Germany」と明記されていまして、実は日本の福山ピアノ社がドイツの本家から部品を輸入して日本で製作していたブランドのようです。まぁこの銘板そのものは英語表記でかつ動詞の「made」まで大文字始まりの「Made」になっているので、日本の職人お得意のコピー技術で本家をマネた可能性大と思いますけどね〜w

フツーに考えればこれはいわゆる「ニセモノ」とか「パチモン」とかで終わってしまいそうなシロモノですが、ちょ〜っと待っていただきたい。少なくともこの個体は曲を弾いた際の余韻がおよそ日本のピアノ製作伝統からかけ離れているとさえ思わせられるような繊細さを持ち合わせていてビックリ、福山ピアノ社が直接指導を受けたうえでその通り真面目に製作していた可能性すら想像できそうな素晴らしさでした😳

動画内にも載せましたが、この福山ピアノ社カタログの ALEXANDER HERRMANN の項に<独逸最堅牢アレキサンダーヘルマンスケールにより製作せる最高級品><独逸ローイスレンナー会社へ特別注文せる世界的内部弊社直輸入製作品>という表現があり、また福山ピアノ社は1946年に国際水準到達を目標に10年計画を立ててブリュートナーの徹底的な研究・分析に着手したとのことで、あながち伊達や酔狂による誇大広告でもなさそうに思えます(同時に誇大広告華やかなりし時代でもあるので、ナンとも判断しづらいのもホンネw)

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*資料提供:三浦啓市

*ピアノ工房ピアピット(千葉県印西市)
ピアノは本気で直せば古いピアノでも必ずよみがえります
http://www.piapit.com/repair.html

基礎文献:三浦啓市『日本のピアノメーカーとブランド』
https://www.ankasha.com/books/books2

Reynaldo Hahn(1874-1947)は歌曲方面で渋い人気wを博していますが、まさか歌曲だけなハズもなくピアノ曲を書いておりまして。この『Le rossignol éperdu/思い惑う夜鶯』は1912年の出版で古典的なかたちをしていながら随所にこの時代のおふらんすな響き満載、そして新しい時代への萌芽ともいうべき難しい響きもあり、やはりこのような魅力は同世代のピアノで魅力百倍。まぁ地味っちゃ地味ですけどね〜✨

2024年10月 6日 (日)

墨東押上発 スタインウェイ・サロン ACT. 1 盛会御礼

10月5日(土)の『墨東押上発 スタインウェイ・サロン ACT. 1』はおかげさまで大盛況、皆さまありがとうございました!

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押上文庫の1959年製ハンブルク・スタインウェイはいささかお疲れでしたが適切な修繕で見事に復活、昔の楽器にしばしば宿る魔力のみならず、清潔感や透明感をも兼ね備えた素晴らしい楽器となりました。

またやってねの声も多く、年に数回できればイイかなぁと思っております。どうぞご期待くださいませ〜👌

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2024年10月 4日 (金)

戦前 H.Matsumoto/エチ松本ピアノ 十號 で、シャミナードの『目覚まし時計 op.87-1』を

戦前の H.Matsumoto/エチ松本ピアノ 十號 で、シャミナードの『目覚まし時計 op.87-1』を弾きました。

H.Matsumoto/エチ松本ピアノは、日本のピアノ製作の先駆者である松本新吉の長男である広(ひろし)の個人経営として、月島で関東大震災の翌年から東京大空襲で全焼させられるまで製造されていました。H.Matsumoto/エチ松本ピアノは当時高まっていたピアノの需要に応えるための大量生産であり、創業者である新吉と六男:新治による音づくりの信念である「スヰートトーン」とは異なる方向ですが、このような「量」と「質」のせめぎ合いはどんな時代でも避けられないんですよね〜🧐
*「エチ松本」はカタログの表記そのままで、「エイチ松本」ではございませんぞ!

*ピアノ工房ピアピット(千葉県印西市)
ピアノは本気で直せば古いピアノでも必ずよみがえります
http://www.piapit.com/repair.html

基礎文献:三浦啓市『日本のピアノメーカーとブランド』
https://www.ankasha.com/books/books2

動画内にも載せているこのエチ松本ピアノカタログ(印刷年不詳)には高さ4フィート2インチ(=127cm)の「十號」と「十一號」が併記(ステッカーによる修正)されており、「十號」は85鍵で「十一號」は88鍵となっています。この現物は高さ実測125cmですが、まぁ「十號」と判断して差し支えなかろうと思います。

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*資料提供:三浦啓市

Cécile Chaminade(1857−1944)は、経済的に自立した最初の女性作曲家とされています。サロン風な曲を数多く出版しており、数々の小洒落たピアノ曲はなかなか素敵です。この『目覚まし時計』は「6 Pièces humoristiques/6つのユーモラスな作品集, Op.87」の第1曲め、お聴きになると、なんか「なるほど〜」って感じですよ〜✨

まさにシャミナードの時代の1874年にフランスの発明家アントワーヌ・レディエが調節可能な機械式目覚まし時計の特許を取得して、さまざまなメーカーが目覚まし時計の開発に乗り出すようになった由。目覚まし時計が庶民一般に普及するのはもう少し後になって1930年台あたりかららしいですが、この「ユーモラスなピアノ曲集, op.87」が出版された19世紀終わり頃には既にその在り方は知れ渡っていたのではないでしょうか。

目覚まし時計って、ヒトを遅刻しないようにさせてくれる本来なら感謝されてしかるべき存在なのに、同時に毎朝毎朝エラく憎まれる存在だったりもしますからね〜。シャミナードが「ユーモラスなピアノ曲集, op.87」の一曲めに『目覚まし時計』をぶっ込んできたのはまことに愉しいことではございませんか😝

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