中島みゆき 作詞/作曲『粉雪は忘れ薬』ピアノソロ:1894年ベーゼンドルファー社製ピアノ(ウィーン式アクション/85鍵)で
中島みゆきの『粉雪は忘れ薬』を、いつもの1894年製アンティークピアノで弾きました(*´-`)
『粉雪は忘れ薬』は2000年にリリースされたアルバム《短篇集》の一曲で、このアルバム《短篇集》発売一週間後から上演が始まった『夜会VOL.11 ウィンター・ガーデン』でラストを飾っている堂々たるバラードです。『夜会VOL.11 ウィンター・ガーデン』の舞台では、凍原でもはや還ってこない主人公の女(=谷山浩子)を想い続け帰りを待ち続ける犬(=中島みゆき)が唄っています。 #短篇集 #粉雪は忘れ薬 #中島みゆき
中島みゆきが青春を過ごしたのは北海道は帯広、パサパサに乾いて音も無く降り続ける粉雪で景色が見る見るうちに変わってしまう経験はごく普通のことだったでしょう。雪は夢のように穏やかな姿にとどまりませんで、北海道の地吹雪の凄まじさたるや、雪が上からも横からも下からも吹きつけてくるんですよ〜。ワタクシ、実は何度かマトモに巻き込まれたことがありまして、それこそ自分の目の前に伸ばした腕が途中で白い闇に消えてしまうほどで、これぞ「ホワイトアウト」でした。そりゃ、地吹雪のときにうかつに戸外に出たら、通い慣れた道でも迷ってしまって簡単に凍死しますぜよ。
<忘れなけりゃならないことを
忘れながら人は生きるよ
無理して笑っても 無理してふざけても
意地悪な風 意地悪な雨>
人間稼業を続けていれば、それなりに出会いも別れも経験するもんですな。まぁなんともさまざまな人と関わってきたなぁ、とあらためて気づいたりして。その全てを忘れて無かったこととしてしまえれば人生ラクなのでしょうけど、ひとの心とはなんとも甘くなく<意地悪な>雨風に満ちていますな。
<忘れさせて優しい日々を
忘れさせて楽しい人を
足音? 車の停まる音?
間違えながら待ってしまうから>
関わりが深かったからこそ忘れたい、無かったことにしたい、という経験は誰しもいくつか心に秘めているのではないでしょうか。この「未練」やら「後悔」とかいう感情ってば、なんとも御し難いですよね〜。<優しい日々>しかり<楽しい人>しかり、大切な関わりがあったひとは単なる<足音>でも<車の停まる音>であっても特別でしたもんね。
<粉雪は忘れ薬
すべての悲しみ消してくれるよ
粉雪は忘れ薬
すべての心の上に積もるよ>
なんという美しい表現・・・と感じるだけでなく、雪国の人たちにとって雪は厄介極まりない存在であることを忘れないでおきたいと思います。あっという間に全ての人間活動を停止させてしまう恐ろしい存在、かと思うと雪晴れの輝きに我を忘れさせられたりして、雪ってば<すべて>を雪色にしてしまう現象なのでありま〜す。なるほど、それをひとの心に拡張して<すべての悲しみ>を雪色に<消して>、<すべての心の上に積もって>雪色にするのが<粉雪>であって、それを<忘れ薬>とする切れ味、安定の中島みゆきでございます。そういえば、パウダースノーよりももっと細かくサラっっっサラな雪を「アスピリンスノー」って言うのでしたっけ。もはや死語な気もしますけどw
<忘れさせて 古い約束
忘れさせて 古い口癖
覚えておこうとしないのに
何かのはずみ 思い出して泣ける>
そうそうそう、<何かのはずみ>でなつかしきひとを思い出してじんわりくるこの切なさたるや、もう「未練」という言葉さえ甘く思えてしまうようなあふれる想いですよね〜。<古い約束>はともかくとして、ここではさらりと<思い出して泣ける>と流していますが、いやいやいや、<古い口癖>がよみがえってくるのはか〜なり危険であります。
<バスは雨で遅れてる
店は歌が 止まってる
ふっと聞こえる 口ぐせも
変わらないみたいね それがつらいわ>(『バス通り』1981年)
素敵な思い出であればあるほど逆にそれが思い出にすぎないことに気づいて<つらい>という感覚が沸き起こってきたりもします。そのきっかけは案外とどうってことのない<些細なこと>だったりして、それがまたたまらない心もちにさせられますな。どないせいっちゅ〜んじゃ。
<粉雪は忘れ薬
些細なことほど効き目が悪い>
ここに起承転結の「転」を「そう来やがったか〜」と言う絶妙〜なユーモア込みでぶっ込んでくるのも中島みゆきの心憎さなんでしょうね。北海道の<粉雪>は格別に軽いですから、せっかく真っ白になった雪景色がちょっとした陽射しやらちょっとした風やらで現実に戻ってしまうこともあったりしてwww
<思い出すなら 幸せな記憶だけを 楽しかった記憶だけを
辿れたらいいけれど>(『記憶』2000年)
<忘れてしまったのは 幸せな記憶ばかり 嬉しかった記憶ばかり
そうであってほしいけれど>(『記憶』2000年)
『夜会VOL.11 ウィンター・ガーデン』では、『粉雪は忘れ薬』がラストでその少し前に『記憶』が歌われました(なお、翌々年2002年の『夜会VOL.12 ウィンター・ガーデン』では『記憶』がラストのカーテンコール)。この<思い出すなら>もなるほどですし、<忘れてしまったのは>も両方ともナルホドですね。自分の心のうちであるのに、どうにもこうにも意のままにならぬのが思い出、<忘れ薬>が欲しいような欲しくないような。
この動画で使っているピアノは100年以上昔、1894年製のアンティークピアノ。このような楽器を使ってこのような曲を弾くのはまことに愉しいです。現代では世間で聞こえる音のほとんどは電気を通していますが、このころに世間で聞こえていた音は生音が主流でした。1877年にエジソンが蓄音機を実用化し、このピアノが作られた1894年にはSPレコードの大量生産ができるようになって、次第に「録音」というシロモノが世間に知られるようになった時代。こんな時代の楽器がどれほど豊かな音世界を伝えていたのか、この動画で使っている楽器は奇跡的にオリジナルほぼそのまま、まさに時代の生き証人です。
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