中島みゆき 作詞/作曲『あぶな坂』ピアノソロ:1894年ベーゼンドルファー社製ピアノ(ウィーン式アクション/85鍵)
中島みゆきの『あぶな坂』を、いつもの1894年製アンティークピアノで弾きました(*´-`)
前回の動画で最新2023年リリースのアルバム《世界が違って見える日》のラストを飾る『夢の京(みやこ)』を弾いたのはイイですが、曲があまりにも充実していたので次の選曲にハタと行き詰まりましてな。かくなる上は、1976年リリース一番最初のアルバム《私の声が聞こえますか》の最初の曲『あぶな坂』にしようという苦し紛れw
それにしてもこの『あぶな坂』の歌詞の怪しさたるやなかなかなモンでして、デビューアルバムの最初の曲をコレにするなんて当時のヤマハのプロデューシングはど〜なっていたのかしらん。ただ考えてみれば1970年前後はアングラ演劇が盛んで、その旗手であった寺山修司プロデュースの浅川マキがレコードを一通りリリースしたタイミングでもあったりするんですね〜。中島みゆきはコンクール優勝後のインタビューでレパートリーを「130曲」と即答しており、単なる「ポプコン出身の女性シンガー」にとどまらぬ幅の広さを見せようとしていたのなら慧眼とも思いますが、それにしても、ねぇwww
<あぶな坂を越えたところに
あたしは住んでいる
坂を越えてくる人たちは
みんな けがをしてくる>
という、のっけからめっちゃ屈折して詩の不可思議さ全開な歌い始めでござる。
<橋をこわした おまえのせいと
口をそろえて なじるけど
遠いふるさとで 傷ついた言いわけに
坂を落ちてくるのが ここからは見える>
「故郷を出て夢破れて戻ってきたのか」と思いきや、<遠いふるさとで 傷ついた>ですからさらに謎は深まります。まぁこのテの怪しげな世界wでは「坂」とか「橋」とかは結界のような意味を持つ、という認識で充分なのかなぁと。そしてここでの「坂」と「橋」が同じ結界であるかどうかも定かではござらぬ。<遠いふるさとで 傷ついた>のが<橋をこわした おまえのせい>だと<坂を落ちてくる>人たちが<口をそろえて なじる>という読み方もできるのではないでしょうか。
さて2番。
<今日もだれか 哀れな男が
坂をころげ落ちる
あたしは すぐ迎えにでかける
花束を抱いて
おまえがこんな やさしくすると
いつまでたっても 帰れない
遠いふるさとは おちぶれた男の名を
呼んでなどいないのが ここからは見える>
ふるさととなるべき居場所に呼ばれぬまま人生に<おちぶれた男>たちは、おちぶれたのはおまえのせいだとなじる相手が欲しいのです。そしてけがをしたのも自分が至らなかったせいではなく、坂を落ちてきたせいなのです。みっともないと申されるな、思い通りに生きられぬ当の本人にとってはそれも含めて他でもないてめぇの人生、そしてその逆風はあらゆる人にとっていつ何時降りかかってきてもおかしくないことなのです。そのような苛烈な人生においてのささやかな安らぎの場所があるのなら、それが<あぶな坂を越えたところ>なのではないでしょうか。
3番です。
<今日も坂は だれかの痛みで
紅く染まっている
紅い花に魅かれて だれかが
今日も ころげ落ちる
おまえの服があんまり紅い
この目を くらませる
遠いかなたから あたしの黒い喪服を
目印にしてたのが ここからは見える>
<あぶな坂>は人生の荒野そのもの、という読み方もできそうな。ささやかな安らぎの後の再出発が「けがが癒えた男たちを見送る」とかなんとかで描写されていないところが沁みます。「少し休んでまた頑張ろう!」とかいう現代的でわかりやすいキャッチフレーズがこの怪しい世界にあってたまるかwww
<行路難 行路難 多岐路 今安在>(『行路難』李白 745年)
人生行路は困難だ 困難だ 分かれ道ばかりで 自分はいったい何処にいるのか
この動画で使っているピアノは100年以上昔、1894年製のアンティークピアノ。このような楽器を使ってこのような曲を弾くのはまことに愉しいです。現代では世間で聞こえる音のほとんどは電気を通していますが、このころに世間で聞こえていた音は生音が主流でした。1877年にエジソンが蓄音機を実用化し、このピアノが作られた1894年にはSPレコードの大量生産ができるようになって、次第に「録音」というシロモノが世間に知られるようになった時代。こんな時代の楽器がどれほど豊かな音世界を伝えていたのか、この動画で使っている楽器は奇跡的にオリジナルほぼそのまま、まさに時代の生き証人です。
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