中島みゆき 作詞/作曲『バス通り』ピアノソロ:1894年ベーゼンドルファー社製ピアノ(ウィーン式アクション/85鍵)
中島みゆきの『バス通り』を、いつもの1894年製アンティークピアノで弾きました(*´-`)
『バス通り』は1981年にリリースされたアルバム《臨月》の一曲で、B面のトップを飾っています。爽やかな曲調でいかにもこの時代なの歌詞は未練タラタラのオンナの独り語り・・・という、さぁすが失恋ソングの女王っぷりを如何なく発揮している秀作と思います。この『バス通り』の歌詞ってば語感がやたらと美しく、失恋のほろ苦さがより一層際立っているような気がするんですね〜。
<昔の女を だれかと噂するのなら
辺りの景色に気をつけてからするものよ>
爽やかなイントロからこの穏やかならざる歌い出しで一瞬で聴き手の期待感をガッツリつかむのがさすが、B面のトップを飾っているのもナルホドであります。
<まさかすぐ後ろの ウィンドウのかげで
いま言われている 私が
涙を流して すわっていることなんて
あなたは 夢にも思っていないみたいね>
も〜なんと言うかね、期待を裏切らない安定の失恋シチュエーションですな。この中島みゆきの場面設定の妙、偶然を装っているにしても、マジひでぇやwww
<バスは雨で遅れてる
店は歌が 止まってる
ふっと聞こえる 口ぐせも
変わらないみたいね それがつらいわ
ここで情景がはっきりしますね〜。バス停の横の喫茶店、主人公は店の中、主人公をフッたオトコが今の彼女と遅れているバスを待ちながら主人公の噂話をしているのが店のBGMが止まっているせいで丸聞こえ・・・ですか、う〜む。
<時計をさがして あなたが店をのぞくまで
私は無理して 笑顔になろうとしてる>
そう、1981年当時には携帯電話なんぞ影も形も存在せず、腕時計かそのへんの店をのぞいて時間を知るという時代でした。この表現、店をのぞいて欲しい気持ちとなかなか笑顔になれない気持ち、という主人公の未練と寂しさがないまぜになってなんとも複雑な心持ちですね〜。
さて2番。
<古びた時計は 今でも 昔のように
あなた待ちわびて 十時の歌を歌いだす>
次第にフラれた時のシチュエーションが鮮明になってきました。彼はひょっとしたら九時の待ち合わせに来なかったのかも知れないですな。
<小指をすべらせて ウィンドウをたたく
ねえ 一年半遅刻よ
あの日はふたりの時計が違ってたのよね
あなたはほんとは待っていてくれたのよね>
フラれたのは一年半前のこと。喫茶店の中と外で内側からしかも小指でウィンドウを叩いても外側に聞こえるハズもなし、時計の合わせ違いというシチュエーションを無理やり作ってしまう主人公、これは哀しいぞ切ないぞ。
<バスは雨で遅れてる
店は歌が流れだす
雨を片手でよけながら
二人ひとつの上着 かけだしてゆく>
遅れていたバスが見えたのでしょうね。ふたりがいかにも仲が良さそうにバス停に駆け出す様子で、一年半前の「あの日」への想いに耽っていた主人公に現実が突きつけられた瞬間。情景が目に浮かぶような寂しくも美しい一節ではございませんか。
<ため息みたいな 時計の歌を 聴きながら
私は ガラスの指輪をしずかに落とす>
「ガラス」で「落とす」ものと言えば、なんといってもシンデレラの靴であります。シンデレラの靴は自分を探してもらう手がかりのために落とされた存在ですが、この『バス通り』で最後に主人公が落とすのが<ガラスの指輪>とはこれまた切ない。指輪とはつながりの象徴で<ガラスの指輪>は落とせば壊れてしまうのは当然の成り行き、<時計の歌>が<ため息>に聴こえてしまう主人公の静かな諦めの気持ちが二重にせまってきますね。それにしてもなんてことのないフツーの言葉からこのような美しい情景を紡ぎ出せるのは、やはり才能のきらめきでしょう。それだけに哀しさ切なさが一層際立つ、B面の佳曲としての存在感バツグンですね〜。
この動画で使っているピアノは100年以上昔、1894年製のアンティークピアノ。このような楽器を使ってこのような曲を弾くのはまことに愉しいです。現代では世間で聞こえる音のほとんどは電気を通していますが、このころに世間で聞こえていた音は生音が主流でした。1877年にエジソンが蓄音機を実用化し、このピアノが作られた1894年にはSPレコードの大量生産ができるようになって、次第に「録音」というシロモノが世間に知られるようになった時代。こんな時代の楽器がどれほど豊かな音世界を伝えていたのか、この動画で使っている楽器は奇跡的にオリジナルほぼそのまま、まさに時代の生き証人です。
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