ブルクミュラー『25の練習曲, op.100』から第7曲「清い小川/La courant limpide』を、1894年ベーゼンドルファー社製ピアノ(ウィーン式アクション/85鍵)で
F.ブルクミュラー(1806−1874)の有名な『25の練習曲, op.100』から第7曲「清い小川/La courant limpide」を、いつもの1894年ベーゼンドルファー製ウィーンアクションのピアノで弾きました。
標題ってそれに縛られ過ぎると自分程度の狭い経験の範囲の内側に固まりがちになっていかがかとは思いますが、教育者にしても学習者にしてもその表題のイメージを「表現を考えるためにウマく使っている」ことがどれほどあるかが大いに疑問でしてな。この曲は「清い小川」ですからイメージはしやすいでしょうけれどそれをピアノ演奏でどのように「落とし込むか」って案外とやっかいで、しかもそのやっかいさが認識されているとは言い難い状況なのがオジさん歯がゆいですw
まずこの曲は Allegro vivace ですから、あくまでもさらさらと流れる動的なイメージが大前提。とゆ〜コトは、さらさらと流れる4/4拍子が左手でできることが大前提なワケです。そしてこの曲はA-B-Aの二部形式で、Aの部分の左手とBの部分の左手の音型がまことに教育的に変えられているところもポイント。音符にかじりつかずにちょっと離れて「楽譜の景色」を眺めて、Aの部分とBの部分とで「なんか雰囲気が違うなぁ→どうしてかなぁ?」と思えるようになることも基本として大切なところですぞ。とりあえずこの基本を明確に認識せずにどんなに高尚な思想wをこねくりまわしたってナンの音楽表現にもならないこと、もちっと理怪してほしいモンです (ノ-_-)ノ~┻━┻
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