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2020年9月の17件の記事

2020年9月29日 (火)

W.HOFFMANN プロフェッショナル WH114Pで、フィビヒ/『気分、印象そして追憶』から、op.47-138を

ベヒシュタインのセカンドブランド、ホフマンはチェコのベヒシュアイン・ヨーロッパで作られています。そのプロフェッショナルモデルWH114Pを、千歳烏山のベヒシュタイン・ジャパンで録りました。114cmはアップライトピアノでもかなり小さなタイプです。このような小さなアップライトピアノは入念な設計だけでなく製造工程でもしっかり気を遣わないとバランス良い楽器は産み出せない印象がありますが、さすがはベヒシュタインのブランド、現代的な楽器として適度にまとめられていました。

フィビヒ/『気分、印象そして追憶』から、op.47-138 Andantino
フィビヒはチェコの作曲家で、最近ようやく名前を耳にするようになってきました。376曲もの一大小品集『気分、印象そして追憶』の中から、牧歌的な雰囲気あふれる曲を選んでみました。

  *ピアノ工房ピアピット(千葉県印西市)のチャンネルです
  ピアノは本気で直せば古いピアノでも必ずよみがえります
  http://www.piapit.com/repair.html

2020年9月28日 (月)

Hugh Blair の「12 Short Voluntaries for the Organ, American Organ or Harmonium」から、『Introductory Voluntary』を、100年前の大型リードオルガンで

イギリスのオルガニストそして作曲家の Hugh Blair(1864-1932)が1909年に出版した「12 Short Voluntaries for the Organ, American Organ or Harmonium」から、『Introductory Voluntary』を、ボストン近郊の Bridgewater で1930年代始めまで頑張っていたパッカード社1905年製の大型棚つきリードオルガンで弾きました。

Hugh Blair はイギリスの Worcester(ウスター、ウスターソースのウスターです^^)の聖職者の家の生まれ、同郷の Elgar と親交があり、まだまだ無名だった頃の Elgar のオルガンソナタの初演者だったりします。この時代はまだまださまざまな鍵盤楽器が時と場合に応じて「普通の楽器」だった時代で、小さなオルガンのための作品集が星の数よりまだ多いwほどの作品が日々生み出されて出版されていたんですね〜。ということは玉石混交で石の方が多くなることもまた事実だったりして、ネット上の中古楽譜探索は常にバクチでありま〜す (`・ω・´)

「豊かさ」とは価格の軸だけでなく、多様性という軸でも考えて欲しいなぁといつも思います。初めての土地の食堂に入って見たことのないメニューを見たら、それを発注したくなりませんか? とは言え、チェコ語しか書いてないメニューで知らない単語のスープを発注したらナンの変哲もないクラムチャウダーが出てきた経験もございますのでコレもバクチな気もしますがw ヽ( ̄▽ ̄)ノ

2020年9月26日 (土)

夏目漱石著『鶉籠』春陽堂(明治四十年初版)入手!

某オクを覗いたらこんなモンが状態が良くないせいか適価で転がっているのを見つけてしまいましてな。そもそもコレにアクセスできた時点でヤフオクの覗き方として根本的に問題があることにはとりあえず触れないで欲しいのですが、まぁ見てしまったからには仕方がない、1100円増しで入札しておいたらナゼかそのまま落札してしまいましたとさ (*´-`)

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「坊っちやん」「二百十日」「草枕」の三篇所収、夏目漱石著『鶉籠』春陽堂(明治四十年初版)

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<住みにくき世から、住みにくき煩いを引き抜いて、有難い世界をまのあたりに寫すのが詩である、畫である。あるは音樂と彫刻である。こまかに云へば寫さないでもよい。只まのあたりに見れば、そこに詩も生き、歌も湧く。>

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『草枕』には漱石というか明治の強力極まりない知識人の教養がふんだんに散りばめられていて、読み味わうのがめっちゃ困難なんですわ。ですが、一流の人物がこれぞと心に決めて世間に発表した名作ってホントに良く作られておりまして、伏線やら本歌取りやらを知らなくても受け手のレベルに応じて姿を変えてくれるので、どんな受け手でも興味さえ持っていればそれなりに楽しめるようになっているように思います。真にメジャーになれる作品って、とてつもない過剰品質を全くそれと知られずにシレッと「そこにゐる」んですね〜。メジャーな作品は「通俗的」と貶められることが少なからずございますが、通俗的な一面なくしてメジャーになれるハズないですやん。『草枕』はメジャーな作品というには通好みに過ぎるとは思いますが、この『鶉籠』に収められた「坊っちやん」「二百十日」「草枕」の三篇の組み合わせって芸術作品の「見せ方」としてまことに興味深いです。

2020年9月24日 (木)

ハイドン『ソナタ Hob.XVI:6 ト長調』から第3楽章を、1894年ベーゼンドルファー社製ピアノ(ウィーン式アクション/85鍵)右ペダル踏みっぱなしで

いつもの1894年ベーゼンドルファー製ウィーンアクションのピアノで、ハイドン『ソナタ Hob.XVI:6 ト長調』から第三楽章を、最初っから最後まで右ペダルをベタ踏みしっぱなしで弾いてみました (`・ω・´)
*この曲、10月10日14時怪演のチェンバロ演奏会:バロック方面から風来たる ACT.2 で弾きますよ〜^^

ハイドンやモーツァルトの時代のフォルテピアノのダンパー機構はまだまだ「膝レバー」であったと信じられて疑いないようですが、実はかなりの割合でもっと古い「ハンドストップ(=手動式)」という機構だったのです。ということは細かいペダル操作は全く不可能で、ダンパーを上げるなら上げっぱなしで下げるなら下げっぱなし、という使い方しかできなかったのですよ〜。まぁそれを現代の楽器に無批判で使うのは愚の骨頂ではあるのですが、この1894年ベーゼンドルファー製ウィーンアクションのピアノは1820年代シューベルトの時代の雰囲気を十全に残しており、それならば試したくなる、ってぇのは悪知恵(悪ノリとも言うw)なオトコのコとして当然の姿でありま〜す。どうぞご期待くださいませ〜。

「ペダルは耳で踏め」とようやっと最近目にする機会が増えてきたように感じます。コレ、とっても大切な意識の持ち方なのですが、その肝心の耳の使い方というのは極めて個人的な感覚ですからそもそも伝えることが不可能であり、だからこそ抽象的な「ペダルは耳で踏め」という一見矛盾した珍しい言葉に教える方も教わる方もすがりたくなってしまうのではないでしょうか。気づいていない感覚に気づいてもらうためには美しさばかりを説いても意外と無駄で、「うへ〜、コレやっちゃダメだわ〜w」という気にさせて自力で工夫したくなるように仕向けるぐらいしかできないと思っておりまして、実はこの「右ペダル踏みっぱなしの刑」はペダリングを失敗したらどのように悲惨な状況に陥るかを伝えるために有効なのではないかなぁと思っております。まぁ良い子は真似しちゃいけませんw

いつだったかどなただったか忘れましたが、偉いピアニスト先生とご一緒して意気投合したとき、ナニかの曲でうっかり僭越にも「ココはこんな感じで少し濁らせた方が膨らんで聴こえますでしょ」と言い放ってしまったのですが、その大先生は「ワタシはアカデミックな立場だからそういうことはやらないんです」と仰り放ちwましてな。なんぢゃその日本でしか通じない薄っぺらいプライドは、と一気に興ざめしたワタクシはなんとなくフェイドアウトを成し遂げたのでありましたとさ |彡 サッ

2020年9月14日 (月)

旭川→羽田

遠軽から旭川へは豪華特急列車で2時間弱、旭川の隣の東川町(ひがしかわまち)で旧知の友だち7人が集まっての愉しいひとときを過ごして宿泊は旭川駅前にて税込3015円ナリ。

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怒涛のディープオホーツクはこれにてしぅりょう、旭川空港の朝の気温は13℃でかなり寒かったですが、オホーツクの厳しさで少しは慣れたかも。

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なんと本日から二週間「旭川空港利用促進キャンペーン」とのことで、バス代630円が無料になりましたとさ(*´-`)

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2020年9月13日 (日)

居酒屋レストラン倖せ/中湧別

さ〜て、中湧別ではイチオシというココでイチオシな豪華カツカレーでござい(*´-`)

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北海道3日めにして、ようやっとマトモな時間に昼を食べられたというw

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国鉄湧網線中湧別駅跡のはす向かいという抜群の立地(?)ですが、発注して少し経ってからカツを揚げる音が厨房から聞こえていたって落ち着いてました。姿は日本伝統のカレーライスですが、スパイスがきっちり効いていて絶品でございました(*´-`)

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佐呂間湖畔鶴沼のアツケシソウ(サンゴ草)群落

強〜烈な雨男のワタクシですがナゼか晴れてしまい、サロマ湖西岸の最も有名でなさそうなアツケシソウ群落に突入〜(`・ω・´)

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入り口はわかりづらいわ、途中で細くてめっちゃガタガタな道になるわですからスレてないのも当然の場所でしたが、も〜渋さに大満足で(*´-`)

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有名な能取湖(のとろこ)の卯原内(うばらない)は全面真っ赤に染まるので有名になる必然がありますが、そこはまぁワタクシの仕事ではございませんでw

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木道はおろか護岸の整備すらされていない、ふつうに漁師さんの足跡だらけな一角にひっそりとまだらに赤く染まっているアツケシソウの群落、なんとも言えぬ美しさでありま〜す。

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瀬戸瀬(セトセ)温泉@遠軽

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遠軽からそれほど遠くなく、それなのに不安になるぐらいの道の奥にある(実際引返したり横道に入ったりなヒトも少なからずだとかw)昭和な昭和なセトセ温泉っ(`・ω・´)

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昭和な雰囲気満載ですから、観察すればそれなりのボロさは当然目に入ります。ですが整備はきちんと行き届いていて、昭和当時の温泉場よりよほど清潔に保たれている印象。弱アルカリ性単純泉で軽〜く肌がヌルヌルになるのがなんとも心地よくって。

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脱衣所のオブジェと化している体重計の目盛は外側が黒文字で「貫」で内側が赤文字で「kg」ですから、も〜たまらんです (*´-`)

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2020年9月12日 (土)

和風レストランみうら/紋別

さて本日も電波のないところが多かったので、食せたのは夕食のみ。しかも興部(おこっぺ)は軒並みコロナ短縮営業で、唯一営業していたところが大量に出前注文が入って二時間待ちというσ^_^;

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そこで検索にひっかけたのは、紋別の名店の誉れ高い「和風レストランみうら」。駐車場が満杯近くてちょっとだけビビったのですが、厨房も客席もエラく広くて全く問題なく。

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友人は唐揚げ定食でワタクシは天ぷら定食。どちらも素晴らしかったですが唐揚げ定食がウラやましかったのはココだけのハナシ。それにしても天ぷら定食の大根おろしが天つゆに投入してもちゃぁんと香ったのには、さすがにノケぞりましたぞ(*´-`)

興浜南線廃線跡@興部ー沢木

いたいけなw高校生のころ北海道の国鉄ローカル線撮影にかまけていたワタクシ、2年生の夏に念願の初北海道ひとり旅、当然すべて車中泊で・・・

 1日め午後:室蘭本線 礼文駅(れぶん)
 2日め午前:名寄本線 沙留駅(さる、町の名前は「さるる」)
 2日め午後:興浜南線 沢木駅(さわき)
 3日め  :宗谷本線 抜海駅(ばっかい)
 4日め午前:ガラにもなくw札幌市内見物

という、いかにも初心者の詰め込み過ぎな行程。まぁ今見てもなかなか上手に詰め込んでいて、当時の自分をホメてやりたい気もしますけどネw

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数年後1987年の国鉄民営化を控えて廃止がせまった路線の中でオホーツク沿いの興浜南線(こうひんなんせん)に目をつけて1/50000地形図で撮影地として目をつけたのが、興部(おこっぺ)ー沢木(さわき)の御西川(おにしがわ)河口部、オニシ沼をまたぐ鉄橋(`・ω・´)

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そもそも興浜南線は1日5往復ぐらいしか走っていない路線ですから撮影できたのは1本だったか2本だったか。しかも初めて雄大極まりないオホーツク海岸のまっっっただ中に一人で乗り込んだのですからマトモな判断が全くできなかったようで、絵にならない写真(ん?)しか撮れなかったのでした。東京に戻ってフィルムを現像に出して仕上がりを見て、ホントにガッカリしましたよ〜w
・・・まぁこのリベンジは廃止直前の3月に果たせたのですが。その記事はこちらから(^^)

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30数年ぶりに再訪すべくクルマを牧草地の中に転がしてもらって、歩きまわって来ましたよ〜。厳しいオホーツクの姿にときおり陽射しが降り注ぐという絶好のシチュエーション、そう簡単にお目にかかれないディープ北海道を満喫できました(*´-`)

オホーツクスカイタワー@紋別

少しは観光地に行ったアピールもしなくちゃ・・・とゆコトで、ちょこっと晴れ間がのぞいたタイミングでオホーツク展望塔でござい(*´-`)

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・・・コロナのせいもありましょうが、いかにも過疎地域の観光地らしくグダグダだったのは触れても仕方がないか〜σ^_^;

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中立牛&下立牛(紋別市)の神社

泊めてもらった友人宅は遠軽。ワリと近くの不気味な鴻ノ舞(こうのまい)金山跡を横目に抜けて、相当に草むしたクチャンナイ林道を必死で突破、かなりディープに道内を巡っているこの友人イチオシの中立(なかたて)神社へ。中立牛(なかたてうし)神社だと思ったら、鳥居に「中立神社」でビックリでした。

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氏の説明ではココは草むしたボロボロな廃神社のはずだったのに、きっちり草刈りしてあってクルマが何台も止まっていて一驚。なんと、これから年に一度の社日祭がちょうど始まるところでかなりの年配な方々が10人ほど、部外者なのに一緒に土の神さまを拝むことに。そこで伺ったのは、消防署とか公民館とかのところに同じ碑で馬頭観音が刻まれたものがあって、そこに建立時期が刻んであるとのこと。

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少し離れた下立牛(しもたてうし)地区でかつて公民館だったらしき建物をなんとか見つけたのですが、活用されなくなって久しい様子。すぐ目の前にかなり新しい農場だったか牧場だったかがあって、昔からの伝統とは全く切り離されている印象を受けざるを得ませんでした。

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ココにも確かに同じ形態の五角柱状の碑があってな〜んと「昭和11年9月23日 下立牛青年団」と。しかもすぐ隣の立牛小学校跡の碑には「開校 明治43年6月15日」とあり、この地区の入植がかなり古いことが判明してなかなかの感動でございました。

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午前中だけでお腹いっぱいですが、まだまだ続きますぞ〜(`・ω・´)

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2020年9月11日 (金)

途の駅ほっこう/置戸町

電波がないトコばかりにいたこともあって食堂なんぞに出会えるハズもなく、やっとこさの昼メシは17時半。

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なんとなく選んだ道沿いに見つけたのは地元の名店らしく、地元の玉ねぎをがっつりスライスしてど〜んと乗せた昔懐かしい少し甘めな醤油味のオニオンラーメンが絶品ちぅの絶品で。

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味も量も大満足というか、このラーメンとカツ丼のセット、両方とも普通に一人前にしか思えんし。年甲斐もなくまだまだ大食らいなワタクシですが、残り少なくなってからなかなか減らないという感覚に久々になれましたとさw(*´-`)

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勝北峠(しょうほくとうげ)へのアタック失敗

美利別滝(ピリベツの滝)で気を良くした我々、帯広の北の上士幌(かみしほろ)へ抜ける町道常呂川(ところがわ)本流線の勝北峠(しょうほくとうげ)を狙ったのですが、留辺蘂(るべしべ)からおけと湖、芽登(めとう)温泉へ抜けて本別(ほんべつ)までの道道88号線がバッチリ整備されて拡幅工事もどんどん進んでおり、ひょっとしたら勝北峠(しょうほくとうげ)は用済みとなってしまったのかもしれません。

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途中の景色はおよそどこからでもヒグマが出て来そうな怖い北の森でしたが、出会ったのは幸いにも鹿ばかりでした (*´-`)。最近は自分で好き勝手に遊ぶときでさえ上げ膳据膳でないと目もくれない傾向が強くなっているようで、こんな道に分け入ってあるかどうか確証のない景色を探すなんてぇのは酔狂の極みなのでしょうが、こんな素敵な景色に出会えましたよ〜。

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この一角だけ水が溜まっていて白樺が群生しているという、まぁ地形や水の流れの妙などがもたらした偶然の産物にすぎないのでしょうが、まさに厳しい北の大地の片隅にひそむ小さな輝きでした (`・ω・´)

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この先、抜けられるかなぁと期待したのもつかの間、無情にも通行止めと相成りました。残念無念っ。

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美利別滝(ピリベツの滝)@置戸町

本日は、置戸町(おけとちょう)の鹿ノ子(かのこ)ダムでつくられたダム湖「おけと湖」周辺の林道巡りっっっ(`・ω・´)

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ほぼ全てがダートなのは当然なのですがそれなりに走りやすい林道で、ダメ元で出向いてみた美利別滝(ピリベツの滝)が予想以上に素晴らしかったのが大収穫でした。携帯の電波なんぞ当然通じない山奥ですが、カーナビ地図にもちゃぁんと「美利別滝 400m」との表示が。周りはうっそうと茂った北海道の森で滝の音も聞こえなくてチト不安になった少し後、ようやっと看板を発見。あとで調べてみたところココはわりかし山ヤさんたちには知られている場所のようで定期的に整備されている場所で、クルマを止めるスペースもちゃぁんとありました (*´-`)

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靴は普通の靴ですが、いよいよクマザサの中に分け入ります。道しるべとしてピンクのリボンが木にしっかり結んであったので、迷うことなく滝の横に到着。見回すと少し急坂でしたが川に降りられそうな斜面を発見、ピンクのリボンもあったので昔取った杵柄で降りてしまったのは年寄りの冷や水だったかもw

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旭川空港→おけと湖(鹿ノ子ダム)

いつのまにか道民になって久しい某のクルマを遠軽から呼び出し、大ドライブ怪始〜(`・ω・´)
1988年の二輪車ツーリングマップを見ながら、道路がめっちゃ良くなっていることに隔世の感。峠道のほとんどが旧道だわ、かなりの温泉がなくなっているわ、地図の意味がなかったかも(*´-`)

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おけと湖に来たのはおよそ25年ぶり、このときは晴海埠頭からオフロードバイクを積んで釧路に入って上士幌のとほ宿(わかるヒトはわかるw)『かぶとむし』に泊まったんでしたっけ。

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このときに訪ねた湖畔の高台にあった温泉施設「メモリーハウスおけと」を再訪できるかなぁと期待していたのですが、2007年11月に運営会社が撤退、2008年5月に運営会社募集にも業者は現れず、それから12年ですから影も形も残っていませんでした。

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この写真のように↑湖畔のスペースにもそれなりに施設があった形跡はありますが利用されている形跡はなく(今年はコロナの奴のせいでなおさら)、ボート乗り場への階段は赤錆びて穴が開く寸前。まぁここに人が集まるのは年に何回かの週末程度でしょうから大丈夫とも言えますが、いやいや、それって大丈夫じゃないから(^^;;;;; 北海道の過疎化は想像以上のスピードで進んでいるようです。

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おけと湖南側にはダート道が通じており、鹿の家族に普通に3〜4回出会ったでござるよ (`・ω・´)

2020年9月 7日 (月)

中島みゆき 作詞/作曲『ほうせんか』ピアノソロ:1894年ベーゼンドルファー社製ピアノ(ウィーン式アクション/85鍵)で

中島みゆきの『ほうせんか』を、いつもの1894年製アンティークピアノで弾きました。

『ほうせんか』は1978年に発売されたシングルLP《おもいで河/ほうせんか》のB面の曲で、なんとオリジナルアルバムには収録されていません。A面の『おもいで河』もオリジナルアルバムに収録されていないのはなんの因果か。『ほうせんか』はいかにもこの時期の中島みゆきの失恋ソングの体をなしていますが、実は前年の1977年にわずか37歳で急死したディレクター竹田健二への追悼曲とのことです。松山千春を育てた名ディレクターの突然の死を、いつフラれるかわからない心と重ねるという、まぁよくあるネタとも言えるかなぁと。

 悲しいですね 人は誰にも
  明日 流す涙が見えません
  別れる人とわかっていれば
  はじめから 寄りつきもしないのに

いやはや、のっけからめっっっちゃ中島みゆきですね〜。失恋の悲しく淋しい心持ちを軽快なギターのリズムにのせて決して重くなく唄うスタイルは1974年山本コウタローとウィークエンドのシングル『岬めぐり』とカブりますが、関係ありやなしや。

 悲しみ深く 胸に沈めたら
  この旅終えて 街に帰ろう『岬めぐり』1974年/山本コウタローとウィークエンド)

この一節、一人旅をしょっちゅうしていたワタクシにとってけっこうハマる感覚でしてね。ここで<>は当然一人旅ですから孤独の象徴で、<>は人とのつながりの象徴。極めて平易な語法ですが、なにやら妙に心に残るんですよ〜。これこれ、しょっちゅう失恋していたからだろうって、そ〜ゆ〜コトは思っていても言わないようにw

 後姿のあの人に幸せになれなんて 祈れない
  いつか さすらいに耐えかねて 私をたずねて来てよ

コレまためっっっちゃ中島みゆきで、徹頭徹尾恨み節でありたいのに結局は戻ってきてほしいという屈折した主人公がどれだけ詠まれてきたことか。自分から追いかける元気も勇気もなく独り淋しく恨み節を重ねて戻ってこない相手を待ち続けるという、コレ、客観的に記述するとかなりコワい状況だなぁと思いつつ、このような人たちって表に現れないだけで決して少なくないだろうなとも感じさせられます。中島みゆきの詩の「闇」の世界は芝居がかっているとか作り過ぎているとか指摘されることがありますが、そのように感じるのは「闇」な世界とは無縁な「幸せな方々」なんだろうなぁと。いや、それが悪いワケでもなんでもなく、モチロン喜ばしいことなんですがね。

 ほうせんか 私の心
  砕けて 砕けて 紅くなれ
  ほうせんか 空まであがれ
  あの人に しがみつけ

最後の<あの人に しがみつけ>の一文、光ってますね。ググってみたら、ホウセンカは今でも普通に小学校で教材として使われることが多いみたいで。種をいっぱいにためた「さや」が熟するとちょっとの刺激ではじけて種を飛ばすという、なんともホントにヨくデキた仕組みに素直に感心していた時代もあったんですよ、ワタクシw

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