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2020年5月29日 (金)

ベートーヴェン『ピアノソナタ第5番 op.10-1』から第2楽章を1894年ベーゼンドルファー社製ピアノ(ウィーン式アクション/85鍵)で

ベートーヴェン(1770-1827)の『ピアノソナタ第5番 op.10-1』から第2楽章を、いつもの1894年ベーゼンドルファー製ウィーンアクションのピアノで弾きました。ベートーヴェンの緩徐楽章串刺しシリーズ第5作でございま〜す。

ベートーヴェンの前期って実は素晴らしく美しいメロディーに満ちておりまして、シューベルトと並び立つほどのメロディーメーカーだと密かに信じているワタクシでありま〜す。ですが、美しいメロディーというのは演奏する側にとっては実に厄介な魔物でありましてね。「美しいなぁぁぁ」とか「素晴らしいなぁぁぁ」とか感じながら演奏してしまうと、実は脳内補完が強〜烈に発動してしまって自己陶酔の世界へとまっしぐらに突入してしまうコトになってしまうんですね〜。録音を聴いてみて「こんなハズはない!」とショックを受けた経験は誰にでもあると思いますが、実演と録音とは全く異なることを大〜きく差し引いても、残念ながら悲しいことにそれが己の現実なのであります。とほほほ。

録音を聴いてショックを受け続けていると、脳内補完の恐ろしさというか素晴らしさというか、そのショックを麻痺させるような自己正当化という方向に走り始めます。自分のお金をつかって自分で愉しむのであればそれはそれで非常に結構なことでございますが、音楽を生業にしている身としてこんなドツボに陥ってしまうのは全くもって嬉しくない状況ですね。真面目に音楽をお勉強してしまうと「知識」というシロモノという諸刃の剣の怖さ、理解していなくても「正しさ」という権威にすがることで理論武装という自己正当化が可能になってしまうのであります。まぁ音楽に限ったハナシでもございませんが。

「分けること」と「分かること」とは似て非なること。目的も持たずにヤミクモにばらばらにしたところで理解できるハズはございません。対して、現代のネットはあまりにも親切になってしまっていて検索しさえすれば「分けるまでもなくw」たいていの場合「答え」が勝手に転がってきます。果たしてそれは「分かった」のでしょうかね?

この楽章、まことに美しいメロディーで始まりますが、ベートーヴェン先生ってばときたま妙に速い音符をぶっこんで来ます。速いアルペジオならばまだ楽なのですが、まさかの64分音符での12連符=8分音符のなかに64分音符12個という鬼畜ゾーンが待ち構えています。この箇所を打ち込みでやってみると、もう、めっっっちゃウケますぜ。物理的に音の高さや長さや大小などをヤミクモに再現することと機能和声にもとづいた意味を持たせて音の高さや長さや強弱などを表現することと、まぁなんともこれほどまでに残酷に差がつくモンかと驚かされます。いやホンマ、是非是非やってみてくださいませ!(`・ω・´)

楽譜に表示されているデジタル符号である音符をそのままデジタル操作盤である鍵盤の上にヤミクモに「置き直す」ことは単なる「変換」にすぎず、ワリと昔のコンピューター(AI以前ですよ)でも「打ち込み」という形で簡単にできましたしその方が圧倒的に正確に再現されます。まぁ現代では「打ち込み」の方がふさわしい曲が支配的になってしまった感がございますが、少なくともいわゆる「クラシック音楽と称される何か」な時代の音楽は断じてそうではありません。願わくば、打ち込みでは満足できないようなあなた自身の「ファジーな生き物としての感覚」を大切になさってくださいますように (*´-`)

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