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2020年5月の13件の記事

2020年5月31日 (日)

山椒の実、到着!

某所山奥から自生の旬の味覚がチルド便で届きましたよ〜(*´-`)

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枝やらトゲやらをパーフェクトに分けて送ってくださるとは感謝感激で、あとは湯がくだけでハイできあがり〜。旬の味覚が年間通しての味覚になりそうな雰囲気でございますな(`・ω・´)

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も〜、家の中じゅうが山椒の香りで、コレだけでメシが食えそうσ^_^;

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2020年5月29日 (金)

ベートーヴェン『ピアノソナタ第5番 op.10-1』から第2楽章を1894年ベーゼンドルファー社製ピアノ(ウィーン式アクション/85鍵)で

ベートーヴェン(1770-1827)の『ピアノソナタ第5番 op.10-1』から第2楽章を、いつもの1894年ベーゼンドルファー製ウィーンアクションのピアノで弾きました。ベートーヴェンの緩徐楽章串刺しシリーズ第5作でございま〜す。

ベートーヴェンの前期って実は素晴らしく美しいメロディーに満ちておりまして、シューベルトと並び立つほどのメロディーメーカーだと密かに信じているワタクシでありま〜す。ですが、美しいメロディーというのは演奏する側にとっては実に厄介な魔物でありましてね。「美しいなぁぁぁ」とか「素晴らしいなぁぁぁ」とか感じながら演奏してしまうと、実は脳内補完が強〜烈に発動してしまって自己陶酔の世界へとまっしぐらに突入してしまうコトになってしまうんですね〜。録音を聴いてみて「こんなハズはない!」とショックを受けた経験は誰にでもあると思いますが、実演と録音とは全く異なることを大〜きく差し引いても、残念ながら悲しいことにそれが己の現実なのであります。とほほほ。

録音を聴いてショックを受け続けていると、脳内補完の恐ろしさというか素晴らしさというか、そのショックを麻痺させるような自己正当化という方向に走り始めます。自分のお金をつかって自分で愉しむのであればそれはそれで非常に結構なことでございますが、音楽を生業にしている身としてこんなドツボに陥ってしまうのは全くもって嬉しくない状況ですね。真面目に音楽をお勉強してしまうと「知識」というシロモノという諸刃の剣の怖さ、理解していなくても「正しさ」という権威にすがることで理論武装という自己正当化が可能になってしまうのであります。まぁ音楽に限ったハナシでもございませんが。

「分けること」と「分かること」とは似て非なること。目的も持たずにヤミクモにばらばらにしたところで理解できるハズはございません。対して、現代のネットはあまりにも親切になってしまっていて検索しさえすれば「分けるまでもなくw」たいていの場合「答え」が勝手に転がってきます。果たしてそれは「分かった」のでしょうかね?

この楽章、まことに美しいメロディーで始まりますが、ベートーヴェン先生ってばときたま妙に速い音符をぶっこんで来ます。速いアルペジオならばまだ楽なのですが、まさかの64分音符での12連符=8分音符のなかに64分音符12個という鬼畜ゾーンが待ち構えています。この箇所を打ち込みでやってみると、もう、めっっっちゃウケますぜ。物理的に音の高さや長さや大小などをヤミクモに再現することと機能和声にもとづいた意味を持たせて音の高さや長さや強弱などを表現することと、まぁなんともこれほどまでに残酷に差がつくモンかと驚かされます。いやホンマ、是非是非やってみてくださいませ!(`・ω・´)

楽譜に表示されているデジタル符号である音符をそのままデジタル操作盤である鍵盤の上にヤミクモに「置き直す」ことは単なる「変換」にすぎず、ワリと昔のコンピューター(AI以前ですよ)でも「打ち込み」という形で簡単にできましたしその方が圧倒的に正確に再現されます。まぁ現代では「打ち込み」の方がふさわしい曲が支配的になってしまった感がございますが、少なくともいわゆる「クラシック音楽と称される何か」な時代の音楽は断じてそうではありません。願わくば、打ち込みでは満足できないようなあなた自身の「ファジーな生き物としての感覚」を大切になさってくださいますように (*´-`)

2020年5月25日 (月)

安直ムング豆カレー

完熟ちょい過ぎトマト4個100円をゲット、新玉ねぎもどデカいのが1個30円とくれば、テキトーに刻んで炒めてスパイスミックス入れて30分煮込むだけの安直カレーでござい。

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弾きこもりw用にひよこ豆とムング豆は某新大久保のイスラム横丁でごっそり買い込んであったので、豆の在庫は潤沢。玉ねぎ刻んで1ℓ450円だったかのオリーブ油で炒めて、常備菜wの醤油漬けニンニク刻んで放り込んで、一番熟れすぎたトマトを刻んでスパイスミックスと一緒に投入。

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トマトから出た水が少しトロっとしてきたら、ムング豆を浸けておいた水と一緒にザバッと入れてあとはひたすらぐつぐつぐつぐつ。美味しゅうございました(*´-`)

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2020年5月24日 (日)

マヌ34全自作、再怪(6)〜デッキ部手すり製作

本日の不善(*´-`)
ワリと佳境に入っているような暖房車マヌ34ですが、白眉とも言える両端部デッキの手すりの製作でございます(`・ω・´)

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本当なら0.4mm径の真鍮線でスッキリさせたいトコですが、ココは強度と目立とう精神wを重視して0.5mm径の真鍮線を使いました。実寸だと径7.5cmの手すりなのでか〜なりつかみづらいでしょね〜。

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床板が網目板なので精密に孔を開けるのは至難の業ですが、位置合わせを珍しくも慎重〜にやってみたら悪くない出来でビックリ。図に乗って80Wのハンダごてで瞬間急速加熱での点づけを試みてみたら、極少量のハンダが決まる決まる。位置決めがヘタなので時間はやたらとwかかりましたが、よ〜やっと昔のウデが戻ってきたような感触アリです。このへんでヤメなきゃな気もしますけどσ^_^;

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2020年5月21日 (木)

シューベルト『3つのピアノ小品 D459A』から第1曲「Adagio」を1894年ベーゼンドルファー社製ピアノ(ウィーン式アクション/85鍵)で

シューベルト(1797-1828)の『3つのピアノ小品 D459A』から第1曲 Adagio を、いつもの1894年ベーゼンドルファー製ウィーンアクションのピアノで弾きました。不善ばかり為しているワケではありませんぞ (*´-`)

この1894年製ベーゼンドルファーはオリジナルの状態が素晴らしく見事に残っており、しかもこのピアノとシューベルトが活躍していた1820年代のウィーン式ピアノを同じ空間で弾き比べる機会があったのですが、なんと音も響きもま〜るでそっくりでノケぞりました。さすがは時間が止まっているウィーンの楽器、いわゆる「ウィンナトーン」ってぇシロモノは、シューベルトの時代からシェーンベルク(1874-1951)が生まれ育った時代まであまり変わっていなかったんですね〜(・ω・ゞ

さてこの曲はシューベルトの遺作の例に漏れずに由来が少々ヤヤこしく、表記を決めるのがチトむつかしござりましてな。世間的には五楽章からなる『ピアノソナタ D459』の第3楽章、ということにされることが多い印象がありますが、そもそも五楽章からなる「ソナタ」でしかもスケルツォ楽章が2つ入っているってめっっっちゃ破格ではないですかぃ。シューベルトが自筆譜に『ソナタ』と明記していたのは『D459』の第1楽章と第2楽章のみで、シューベルトの没後に出版されたときには単なる『5つのピアノ曲』として出版されており、それはそれで立派な見識と思います。そのため現代のシューベルトの作品目録には『5つのピアノ曲』の第1曲と第2曲が『ピアノソナタ D459』とされており、残りの3曲は『3つのピアノ曲 D459A』とされております。まぁこの『3つのピアノ曲』というくくりもムリクリ感満載に思えてしまうのですが、いろいろ憶測するのはワタクシにとっては全く意味がないのでこれにてストップさせてくださいませ。

この楽章の随所に聴かれるシューベルトの「歌」は、いわゆる歌曲の歌心とは一風異なっているように感じます。まぁナンだかよくワカランのですが、いかにも鍵盤楽器に歌わせたい方向性の「歌」である気がしてならないんですわ。これがベートーヴェンだったらもう少しカキッとした表現にしたいのですが、この曲はあくまでもシューベルトなので、できる限り滑〜ら〜か〜なレガ〜〜〜〜トwにしたいのです。コレ、ピアノという鍵盤楽器にとってはきはめて難儀な表現なのですが、あたしゃヤリたいのですからヤルしかないのでありま〜す(`・ω・´)

2020年5月20日 (水)

マヌ34全自作、再怪(5)〜炭庫&水槽ステップ取付

本日も不善(*´-`)
あ〜も変わらずチマチマと暖房車マヌ34のディテール工作、エラく面倒ですが丁寧を心がければ心がけただけの結果(自己満足ともいうw)がついてくる、手スリというかステップの取付でございます。

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Nゲージは1/150なので3cmがたったの0.2mm、イヤ確かにそうするとスッキリと決まるのですが、それを扱うのは1/1の人間ですから強度も必要なので径0.3mmのステンレス線を使用。・・・ですが、ステンレスは模型に使うにはチト頑丈すぎで、0.5mm厚の真鍮板で冶具を作りましたが0.7mm幅でカッチリ直角に折り曲げるのは無理でしたσ^_^;

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ハンダ固定用にステンレス用のフラックスを買っておいたのですが、細いコテ先を用意しておらずに頓挫。こんなコトでイキオイが削がれるとまた30年放置することになりそうwなので、えぇいままよでセメダインスーパーXをブチ込んで固めました。エポキシ接着剤を使ったほうがヨかったかもなぁ(´-`).。oO

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2020年5月18日 (月)

マヌ34全自作、再怪(4)〜床下機器

本日の不善(*´-`)
だらだらグダグダですが、暖房車なマヌ34の床下機器の取付。床下機器を全部作るのはさすがに難儀すぎるのでヤフオクで首尾よく旧型客車用の床下機器をゲット、ですが空気タンクの配置と蓄電池箱の形状が違〜うσ^_^;

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空気タンクは大小セットでモールドされているのを切り離せば無問題、蓄電池箱は・・・1mm厚の真鍮角材を4枚重ねて0.2mm厚0.5mm幅の帯板を貼って作りましたよ〜。せっかくまぁまぁウマくまとめられたのに、床板にハンダづけするときに熱がまわって帯板がズレちまいましたわい(´-`).。oO

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その他の床下機器はABS樹脂なので、真鍮の床板に接着剤でつけるのは相〜当に不安。チト面倒ですが、径0.8mmの孔を開けて真鍮線を刺したうえでエポキシ接着剤で固定。それっぽくまとまった模様です(*´-`)

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2020年5月15日 (金)

ベートーヴェン『ピアノソナタ第4番 op.7』から第2楽章を1894年ベーゼンドルファー社製ピアノ(ウィーン式アクション/85鍵)で

ベートーヴェン(1770-1827)の『ピアノソナタ第4番 op.7』から第2楽章を、いつもの1894年ベーゼンドルファー製ウィーンアクションのピアノで弾きました。

ベートーヴェンの緩徐楽章って、ところどころに顔を出す「sf」の処理がきわめて厄介ですよね〜。その中でこの曲のこの楽章はかなりわかりやすくて助かるのですが、それ以外のところが死ぬほど難しいのが困りモノでして。変イ長調(フラット4つですね)になった中間部、右手が「sempre ten.」で左手が「sempre stacc.」なのはまぁよくあるコトだとは思いますが、それに加えて右手が単音でなくかなり密なオルガン的なテヌートが求められているのが鬼畜極まりない。つまりはピアノという減衰音の楽器で弦楽四重奏で上の3声に加えて旋律をオクターヴで重ねた音型を右手で徹頭徹尾テヌートで弾かされたうえに(下にw)、ベースのチェロはピチカートがごとく徹頭徹尾スタッカートでしかも立体的に弾くことを強制されるんですよ〜〜〜〜!

ペダルを十二分に稽古することは誰もが考えるでしょうが、コレでイイかなと思って録音して聞き直してみて弦楽四重奏とは似ても似つかぬ「がんばっておけいこしました!」で止まっている惨状に愕然とするのがスタートライン。右手のたゆたうような抑揚をもって長〜く流れる雰囲気と、左手のピチカートで示されているコード進行とがベツモノであることに気づいて欲しいと思います。そもそもこの部分はピアノという一つの楽器で弾くのはどだい不可能なのですが、幸か不幸かベートーヴェン先生が「このように弾け!」と強要してくるのですからヤラねばなりませぬ (`・ω・´)

楽譜に表示されているデジタル符号である音符をそのままデジタル操作盤である鍵盤の上にヤミクモに「置き直す」ことは単なる「変換」にすぎず、ワリと昔のコンピューター(AI以前ですよ)でも「打ち込み」という形で簡単にできましたしその方が圧倒的に正確に再現されます。まぁ現代では「打ち込み」の方がふさわしい曲が支配的になってしまった感がございますが、少なくともいわゆる「クラシック音楽と称される何か」な時代の音楽は断じてそうではありません。願わくば、打ち込みでは満足できないようなあなた自身の「ファジーな生き物としての感覚」を大切になさってくださいますように (*´-`)

2020年5月14日 (木)

Verdi - La traviata(椿姫)前奏曲、リードオルガン用編曲

去年の10月にいつもの渡邉祐治氏とメキシコシティ経由でトロントに降り立ってレンタカーで出向いた、2019 gathering of Reed Organ Society in Hanover, Michigan

このときの「farewell party」で20分ちょい演奏したのですが、ヴェルディの『椿姫』の前奏曲の自編譜面に Reed Organ Society 会長の Michael Hendron 氏が思いっきり食いついてきたのでプレゼントしたのでした。会長はこの写真↓の右隅ですね〜。

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今になって(忘れたころにw)、ご自身で弾いて YouTube にアップしてくれたのにビックリ。どうぞご覧くださいませ〜(*´-`)

2020年5月11日 (月)

マヌ34全自作、再怪(3)〜屋内ボイラーでっち上げ

本日の不善(*´-`)
暖房車マヌ34には休車ちぅだったSL:2120型(B6として有名な機種ですね)のボイラーを流用して暖房用の蒸気を焚いていたのですが、外からはほぼ全く見えないので作るつもりはなかったのでした。

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なのになのに、時間はあるしリハビリwにもなるしでウッカリでっち上げてしまいました。仕上げるつもりがなくなってきたかも。とほほσ^_^;

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室内の資料なんぞナイので、なんとなくテキト〜に。0.3mm真鍮板を直径9mm程度に丸めてボイラーっぽい感じに、そして同じく0.3mm真鍮板から取付座っぽいのを切り出してハンダづけ〜。

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2020年5月 7日 (木)

中島みゆき 作詞/作曲『PAIN』(アルバム《月-WINGS》版)ピアノソロ:1894年ベーゼンドルファー社製ピアノ(ウィーン式アクション/85鍵)で

中島みゆきの『PAIN』を、いつもの1894年製アンティークピアノで弾きました。

『PAIN』は1996年に上演された『夜会 VOL.8 問う女』の最終編を飾ったハンパでないスケールの楽曲、1999年のアルバム《月-WINGS》に収録されています。アルバム《日-WINGS》とアルバム《月-WINGS》は同時発売されており、『夜会 VOL.7 2/2』『夜会 VOL.8 問う女』『夜会 VOL.9 2/2(再演)』『夜会 VOL.10 海嘯』で歌われた楽曲から19曲をセレクト、全てアルバム収録のために録り直されています。『PAIN』の音に指揮者の息遣いがしっかり入っていて珍しいなぁと思っていたのですが、なんとロサンゼルスでフルオーケストラとの一発レコーディングを敢行したとのこと。編集を考えればオーケストラと別室でヘッドフォンを装着して合わせるのが当然ですが、ナマ派の自分としては考えられないですよ〜。

「夜会」とは、コンサートでもなく、演劇でもなく、ミュージカルでもない「言葉の実験劇場」をコンセプトとして1989年に始められた舞台で、言葉の使い手である中島みゆきにとってライフワークとも言える存在。『夜会 VOL.8 問う女』の内容はこんな感じ:ラジオ局でのDJを勤める綾瀬まりあに中島みゆきが扮しています。その番組で自分の男を奪った女に酷い言葉を投げかけて復讐したつもりが同姓同名の別人であり、それを知って自暴自棄になったまりあは夜の歓楽街をさまよいます。酔いつぶれたまりあは東南アジアから来た一人の売春婦に出会い、その「ニマンロクセンエン」という日本語しか言えない彼女との心のつながりが、まりあの人生を大きく変えることになります。

『夜会 VOL.8 問う女』のテーマは「言葉の大切さそして重さ」とされています。ラジオ局のDJが発する言葉は、発しているのはDJであっても実はDJ本人の言葉ではないのかも知れません。同じ言葉が、受け手の置かれている状況次第で正反対の意味になることも珍しくはありません。そして言葉を発した結果が他でもない自分に跳ね返ってくるという、言葉とは人間にとってこの上もなく便利な存在でありますが、同時に大変に危険な存在でもあるんですよね〜。この真実は言葉が通じない人物が登場することで浮き彫りにさせられるという、やはり中島みゆきの作品はアタマを使わせて来るなぁと。

 誰からも傷つけられず
  身を守るため傷つけた


主人公にとって言葉とは身を守る道具であり、防御だけでなく攻撃にまで踏み越えることもあったのでしょう。盤石の防御は攻撃側に致命傷を与え得るもので、まさに「攻撃は最大の防御」でありま〜す。インターネットは個人が簡単に世界中に情報発信ができるという画期的なツールですが、それは同時に世界中に攻撃を仕掛けられるということですね。しかしチト考えていただきたい。『夜会 VOL.8 問う女』には『誰だってナイフになれる』という詩がありますが、それによると<人が幸せ見せるとき 人が背中を見せるとき>だけでなく、<自分を嫌いになるとき>にもヒトはナイフになれるのだそうです。「人を呪わば穴二つ」と申しますが、やはり先人が遺した言葉って尊いです。この言葉が現代に残っているということは、いかにみんなが懲りずに「ヤラかして」いるかwということでもありまして、今まさにそこら中で起こっている自分にとって都合のイイ情報ばかりをあつめた脊髄反射的な主張と反論といがみ合いの数々は必然で、まぁしょ〜がないんでしょうね。人間なんて所詮はそんなモンで、「隣の芝生は青い」ですし「他人の不幸は蜜の味(コレは違うかw)」ですが、同時に「人間万事塞翁が馬」でもあり「覆水盆に返らず」でもあります。なんのこっちゃw

 傷つき汚れても 人はまだ傷つく
  痛まない人などあるだろうか
  見えるだろう
  心の中には淋しさの手紙が
  宛名を書きかけてあふれている


ふと我に返って自分の心を見つめ直してみたとき、<淋しさの手紙>が山となっていることに気づけるひとは幸せなのかも知れません。やはり人間なんて懲りないヤツで、苦い経験こそがその人を形作っているのでしょう。進化や適応の過程では、生命を豊かにするような経験を重ねるよりも生命の危機につながるような危険な経験を決して忘れないことこそが、生き残るための大前提ですからね。ですが同時に、いやしくも人間としてこの世に生を受けたからには苦い経験ばかりでなく快い経験もしたいモンじゃぁございませんか。淋しさの手紙>と共に「愉しさの手紙」も束にしたいという心がそれぞれが内に秘めている「何か」であって、それこそが芸術の源泉なのではないでしょうか。あらゆるひとは芸術家なんですよ〜 (`・ω・´)

 歌え雨よ 笑え雨よ
  救いのない人の 愚かさを
  歌え雨よ 笑え雨よ
  限りのない 人の哀しさを


中島みゆきの描く<>は冷たく陰鬱な存在の象徴であることが少なくない『肩に降る雨』なんてもうね)ですが、この『PAIN』の<>は違いますね。『夜会 VOL.8 問う女』では『PAIN』『RAIN』も唄われており、実はこの二曲の詩はほとんどカブっています。この二曲で唄われる雨はともに優しく包み込んでもらえるような慈雨であり、慈雨とはおよそ全ての生き物にとって欠くことのできない水分の源。「痛み」や「淋しさ」はひとを形作る「何か」でしょうが、それが「慈雨」に包み込まれてこそひとは萎縮することなく育まれるのではないでしょうか。中島みゆきの詩には突き刺してくるようなトゲや傷をえぐるような厳しい表現が少なくないですが、それなのに中島みゆきが40年以上もトップアーティストとして受け入れられ続けているのはそれと同時に「共感」という形をした「慈雨」が常に降り注いでいるからなのでしょう。厳しさにはフォローが不可欠なのであります。

2020年5月 3日 (日)

ベートーヴェン『ピアノソナタ第3番 op.2-3』から第2楽章を1894年ベーゼンドルファー社製ピアノ(ウィーン式アクション/85鍵)で

ベートーヴェン(1770-1827)の『ピアノソナタ第3番 op.2-3』から第2楽章を、いつもの1894年ベーゼンドルファー製ウィーンアクションのピアノで弾きました。

やっとこさベートーヴェンの op.2 のピアノソナタ3曲セットの緩徐楽章串刺しwができました。この作品は1795年に出版されていまして、このベーゼンドルファーのちょうど100年前の曲なんですよね〜。ベートーヴェン青年は血気盛んな25歳、まぁこの時代の人類の寿命を考えればもはや「青年」ではないでしょうし、ベートーヴェン先生は常に血気盛んだったに違いありませんがね〜

緩徐楽章って、一音一音に水も漏らさぬごとく細心の注意をはらって弾いているのがバレてしまいがちですが、そうなってしまうといわゆる「がんばっておけいこしました!」で止まってしまいます。まぁそれ自体はほほえましいで済むのですが、問題は、それが細心過ぎる注意であるがゆえに「均質」になってしまいがちなところにございます。機能和声な楽曲には必ず濃いところと薄いところがありますし、重いところと軽いところもありますし、詰まったところと詰まってないところもありますので、実はそれを均質に表現してしまうと大変な問題が生じてしまいます。簡単にいえば「つまらなく」なってしまい、音を外していないのに異様なまでに「ヘタクソ」に聞こえちまうんですよ〜。これはそこらじゅうで耳にしますし、本人は懸命に必死に頑張っているのに、ホントにホントにもったいないです (´・_・`)

『木を見て森を見ず』とはまことにウマい表現だと思います。願わくば、近視眼的にならないようにザッとテキト〜に音楽を感じるご自分を大切になさってくださいますように (*´-`)

2020年5月 1日 (金)

マヌ34全自作、再怪(2)〜車端部ステップ取り付け

本日の不善(*´-`)
暖房車マヌ34には連結面に二段のステップがございまして、この表現がキモの一つなんですね〜。

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ステップは階段ですからパーツの大きさも形も揃えねば階段にはならないワケで、そのためには真鍮板を4枚重ねてハンダで留めたうえで切断してハンダを外せばよろしい。

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糸ノコの刃の厚みが0.3mm弱なのが幸いで、床板をまっすぐ切り込むだけでキレイに差し込めたのには助かりましたぞ。

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ステップの踏板は網目板なのでハンダで留めると網目が埋まってしまうので、一つ一つ糸ノコで切り出し。当然ながら網目側はギザギザしていて照準が狂いやすいので、平らな裏側から切り込むのがポイント(`・ω・´)

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ステップ中段のハンダ付け冶具は割り箸の先を細くしたものでOK。上段を付けるにはひっくり返して作業台に押しつければヨろしい。

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接合部の両面をハンダの融点以上に加熱した上でごくごく少量のハンダを流すのが最っ高〜に難儀なところで、まだまだよちよち歩きでございま〜す。まぁなんとか形になったとは思いますσ^_^;

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