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2020年4月の11件の記事

2020年4月28日 (火)

ベートーヴェン『ピアノソナタ第2番 op.2-2』から第2楽章を1894年ベーゼンドルファー社製ピアノ(ウィーン式アクション/85鍵)で

世の中どこもかしこあっちもむこうも同じ話題ばっかりの世間からしばし離れて、ウチではごゆるりとなさってくださいましね〜 (*´-`)

ベートーヴェン(1770-1827)の『ピアノソナタ第2番 op.2-2』から第2楽章を、いつもの1894年ベーゼンドルファー製ウィーンアクションのピアノで弾きました。初期や中期のベートーヴェンの緩徐楽章ってか〜なり美しいメロディーに満ちていまして、実はシューベルトに並ぶほどのメロディーメーカーな気がしているワタクシでありま〜す。・・・とゆワケでベートーヴェン緩徐楽章の串刺しw怪始ですが、ベートーヴェンのピアノソナタって必ずしも緩徐楽章がはっきりしているものばかりでもなく、はてど〜しましょっかねぃ (`・ω・´)

ベートーヴェンの時代のピアノのアクションはウィーン式アクションイギリス式アクションに大別できてイギリス式アクションが現代のピアノと直結しているのですが、実はベートーヴェン自身はウィーン式アクションのピアノの方を好んでいたのです。この1894年製ベーゼンドルファーとベートーヴェンがまだ生きていた1820年代のウィーン式ピアノを同じ空間で弾き比べる機会があったのですが、なんと音も響きもそっくりでノケぞりました。さすがは時間が止まっているウィーン、いわゆる「ウィンナトーン」ってぇシロモノはシェーンベルク(1874-1951)が生まれ育った時代まであまり変わっていなかったんですね〜(・ω・ゞ

ゆっくりな曲や楽章が見過ごされがち・・・というのは、娯楽があり過ぎてナゼか忙しいwこの現代では無理もないことでしょう。そもそも芸術とは経験の蓄積の「質」がモノを言うものですから、ある意味当然のこと。ですが、同時に「音楽」とはめんどうな知識なんぞ関係なく直感で判断できる側面も兼ね備えていることも忘れてはならぬと思います。このピアノからベートーヴェンの時代の雰囲気をいささかなりとも感じ取っていただけると嬉しいです。まぁ何段階もの伝言ゲームwになっているのも確かですが、なんとなくの直感(結局ココに頼るw)でどうぞ!

2020年4月26日 (日)

マヌ34全自作、再怪(1)〜煙突&灰箱&安全弁

本日の不善(*´-`)
暖房車マヌ34初期型原型の総金属全自作、模型というヤツはだいたいの形になってからこそが時間をかける価値wのあるところでございまして、それさえできれば完成なんぞしなくてもイイのでありま〜す。イヤ、その、お高いパーツをそもそも買えないというのがゲンジツなのですがσ^_^;

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老眼がさらに進んだらどうしようかなんぞ考えずに、煙突は0.3mm厚真鍮板を直径3mmに丸め、灰箱(石炭焚きますからね)も0.3mm真鍮板の折り曲げ、安全弁(高圧蒸気を焚きますからね)は0.3mm径真鍮線に0.3mm厚0.5mm幅の真鍮帯板を巻いて二個(`・ω・´)

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ハンダづけは部品どうしの固定方法がなによりも経験がモノを言うトコなので、ほぼ腕前が滅んでしまったワタクシにはか〜なりツラいです。まぁ時間はいくらでも使えますが・・・ハゲそうσ^_^;

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2020年4月25日 (土)

ベートーヴェン『ピアノソナタ第1番 op.2-1』から第2楽章を1894年ベーゼンドルファー社製ピアノ(ウィーン式アクション/85鍵)で

世の中どこもかしこもあっちもむこうも同じ話題ばっかりで、も〜、それだけでハゲちまいますがな。まぁウチではごゆるりとなさってくださいましね〜 (*´-`)

ベートーヴェン(1770-1827)の『ピアノソナタ第1番 op.2-1』から第2楽章を、いつもの1894年ベーゼンドルファー製ウィーンアクションのピアノで弾きました。ベートーヴェンの時代のピアノのアクションはウィーン式アクションイギリス式アクションとに大別できてイギリス式アクションが現代のピアノと直結しているのですが、実はベートーヴェン自身はウィーン式アクションのピアノの方を好んでいたのです。この1894年製ベーゼンドルファーとベートーヴェンがまだ生きていた1820年代のウィーン式ピアノを同じ空間で弾き比べる機会があったのですが、なんと音も響きもそっくりでノケぞりました。さすがは時間が止まっているウィーン、いわゆる「ウィンナトーン」ってぇシロモノはシェーンベルク(1874-1951)が生まれ育った時代まであまり変わっていなかったんですね〜(・ω・ゞ

ゆっくりな曲や楽章が見過ごされがち・・・というのは、娯楽があり過ぎてナゼか忙しいwこの現代では無理もないことでしょう。演奏者としても、ゆっくりな曲をじっくり味わってもらうためにどのようなスタンスをとるのか、目星をつけづらくなっているフシを多分に感じます。「クラシック音楽」の緩徐楽章はなかなかにとっかかりが難しい世界だとも思いますが、そもそも芸術とは経験の蓄積の「質」がモノを言うものですから、ある意味当然のこと。ですが、同時に「音楽」とはめんどうな知識なんぞ関係なく直感で判断できる側面も兼ね備えていることも忘れてはならぬと思います。

このピアノからベートーヴェンの時代の雰囲気をいささかなりとも感じ取っていただけると嬉しいです。まぁ何段階もの伝言ゲームwになっているのは確かですが、なんとなくの直感(結局ココに頼るw)でどうぞ!

2020年4月21日 (火)

マヌ34全自作、再怪(0.5)〜ハンダごて温度調節キット〜

本日の不善(*´-`)
いかにNゲージ1/150模型製作といえども、少し厚い真鍮板もハンダづけせねばなので家探し怪始。ものの30分で30年ぶりに80Wハンダごてが出土したのは夢か幻か。銅製の太いコテ先が真っ黒に焼けていて、そういえばコテ先が焼けすぎてロクにハンダがノらなかったようなかすかな記憶。そのためにスライダック(なんとコレ、東芝の商標なんだそうで)などの電圧可変装置をかませてコテ先の過熱を防ぐのですが、決して安くないしここで安く済ませるためにはやはり電子工作キット。ありましたありました、秋月電子のロングセラー「トライアック万能調光器キット(20Aタイプ)」600円ナ〜リ (`・ω・´)

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検索をかけてみると、あるわあるわいくらでも製作記事がヒット。やはりキットだけではちゃんとはでき上がらないとのことで、ナニを買い足すか慎っ重〜に検討。ケースと電源ケーブルは100均で充分、放熱器やらスイッチやらヒューズやらで結局+1000円もかからなかったのがナニよりも嬉しいことでございました。

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例のヤヤこしいヤツらのせいで秋月電子の実店舗は当分の間休業、通信販売が混んでいるので数日遅れるとありましたがナンのこともなく翌日に発送でホッ。部品の点数は少ないのに配線をど〜するかでモタモタしてしまうワタクシですが、な〜に時間は存分に使えるワケで。それでも半日で形になったのはちょっと慣れたのかなぁと。AC100Vを扱うので最初に電源をイレるときにはちょっと怖かったのですが、ヒューズが飛ぶコトもなく難なく完成〜。30年ぶりの模型製作なので腕前がニブったなんてぇナマやさしいハナシではないので、環境整備に心を使うのは非常〜に大切なのでありま〜す (*´-`)

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2020年4月20日 (月)

サティ『冷たい小品集/Pièces froides』から、第2集『3つのゆがんだ踊り/Danses de travers』の第1曲を1894年ベーゼンドルファー社製ピアノ(ウィーン式アクション/85鍵)で

サティ(1866−1925)による、3曲ずつからなる2集の計6曲からなる『冷たい小品集/Pièces froides』から、第2集『3つのゆがんだ踊り/Danses de travers』の第1曲を、いつもの1894年ベーゼンドルファー製ウィーンアクションのピアノで弾きました。

この『冷たい小品』は1897年に作曲されており、まさにウチの1894年ベーゼンドルファーと同時代の作品でありま〜す。ウィーンアクションのベーゼンドルファーでサティを弾く文献学的必然性は全くございませんが、この時代に押しも押されもせぬ一流メーカーとして名を馳せていたのがベーゼンドルファーですから、同じ時代の曲に大きな説得力を与えるのもまた必然と思います。

ジムノペディやグノシエンヌに見られるように、同じパターンを少しずつ変えて行く語法はいかにもサティっぽいですね。そして前触れもなくオモシロい展開をぶっこんできて知らん顔を決め込むところ、まさにサティの面目躍如ではないでしょうか。

この1894年製ウィーン式アクションのベーゼンドルファーは、「霊性を備えた楽器」という意味を十全に残していた時代のお道具ですから、とりわけこの曲のように不思議な曲では威力を存分に発揮してくれます。単純に音色の美しさというだけでなく、多彩に何層にも折り重なった響きの美しさを際立たせてくれるんですよ〜(・ω・ゞ

2020年4月19日 (日)

「2週間連続無観客コンサート:On Line / On Live 2020」YouTube公開継続ちぅ

「2週間連続無観客コンサート:On Line / On Live 2020」が幕を閉じてはや20日近くになりますが、ヤツらは鉾を収めるどころかますます元気になってきやがってど〜にもしぶといですよね〜。

こちらも手をこまねいているばかりではオモシロくないですが、ウイルスなくせにしぶとく物体表面で長く生きのびやがるヤツらが相手ですから、制圧するのはなかなかに困難だろうなと思わざるを得ません。やはり逆に考えて、我々人類の「価値観」「人生観」その他もろもろひっくるめた「生き方」にどでかい「?」が突きつけられた、と受け止めねばならぬのではないでしょうか。

ワタクシ、先の「2週間連続無観客コンサート:On Line / On Live 2020」ではこの考え方を根底に据えて、中島みゆきの詩のパワーを借りて目先の競争や勝ち負けばかりを見るようになってしまった現代人の姿に疑問を投げかけてみました。キーワードは「目に見えない大切なナニか」です(『星の王子さま』ですネ)出だしでマイクのスイッチを入れ忘れてw少々グダって、おまけに時間切れで尻切れなんとやらになってしまいましたwが、それなりのメッセージは伝えられたかと思います。

使ったのは愉しいことに、FAZIOLI の新品です。世の中に FAZIOLI 演奏は増えてはきましたが、FAZIOLI とはどのような楽器であるのか、というコンセンサスが全くできていないように感じてしまいます。いまだに未知な楽器であるのが FAZIOLI です。そこも含めてどうぞお楽しみくださいませ!

2020年4月18日 (土)

「ONLINE PARTY MARKET」支援:目黒「Bar Valse」

2017年秋にクラヴィコードライヴを行うなどお世話になっている目黒のクラシック音楽バー「Bar Valse」がご多聞にもれずに苦境に立たされておりまして、少しでも力になれればと情報を載せることにいたします。一人呑みの習慣が全くないワタクシなのですが、ここ Bar Valse には足を向けては寝られないんですよね〜(ナニか違うw)

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今、ヤツらのせいであらゆる業種が苦しくさせられてしまっていますが、実は忙しくし過ぎていた自分をゆっくり見つめ直す機会、とも捉えられるのではないでしょうか。もはや「経済成長」だとか、数を集めれば勝ち組だとか、アレもコレも手広く、という人間社会のあり方自体が持ちこたえられなくなっていることが、実はそこら中に噴出しているいわゆる「現代の歪み」などに象徴されているような気がしています。「ヤツらのせい」というだけで思考を止めてしまうのは、大事を誤ってしまうような気がしてなりません(`・ω・´)

そんな中で、それぞれが「ココは!」という場所をお持ちかと思います。数多くでなくてもイイですから、少しずつでも支援の動きを広めていきませんか?(*´-`)

・*:..。o♬*゚・*:..。o♬*゚・*:..。o♬*゚・*:..。o♬*゚

【ご支援ご協力のお願い】
 この度ONLINE PARTY MARKETに登録いたしました。

 https://tsurezure.theshop.jp/items/28127830

 こちらはオンライン飲み会用の背景画像(¥500)をご購入いただくことで、
 手数料などを引いた大半の売り上げが飲食店にまわるサイトです。
 当面の店舗維持費として使わせていただきたく
 当店でも選りすぐりの画像をご用意いたしました。
 ぜひご活用いただき、ご支援ご協力のほどよろしくお願い申し上げます。
               bar valse 齊藤容平

是非ともココからお立ち寄りくださいませ!

2020年4月17日 (金)

マヌ34全自作、再怪(0)〜暖房車とは〜

本日の不善(*´-`)
その昔、電化そしてディーゼル化が少しずつ進められていた時代に「暖房車」ちぅ存在がございまして。暖房熱源としての蒸気を各戸に供給するセントラルヒーティングシステムは古くから使われており、鉄道でも蒸気機関車から捨てられるだけの豊富な高圧蒸気を客車の暖房用に使えばエエやん、という発想はごくごく自然なことだったのでしょうね。ですが、時代が進んで客車を引っ張る機関車が一部の区間で電気orディーゼル機関車に変えられると、さぁ困った。暖房用蒸気の発生源がなくなりますから、機関車に蒸気発生装置を積むか、機関車のすぐ後ろに蒸気発生装置を積んだ車両を連結するかの二択を迫られるワケです。

後者のための車輛が「暖房車」と言われるシロモノで、暖房用の高圧蒸気を発生させるだけのために乗務員が重労働を強いられたという、電気暖房が当たり前になった今となってはおよそ想像もできぬ存在だったんですね〜。形式を示す称号は、ヌクい/ヌクめるヤツ ってことで「ヌ」でした(たぶんね)マヌ34とは、重さが「:42.5t以上~47.5t未満」の「」クいヤツの「3:一般型客車(3〜5)」「4:2軸ボギー車(0〜7)」ちぅ意味になりま〜す。

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(1958(昭和33)年5月1日米原のマヌ34たち、wikiから拝借)

昭和24年6月1日に東海道本線浜松電化、同年9月15日のダイヤ改正で戦争で中断されていた特急運転が再開され、そのときの特急『へいわ』の先頭に立ったのが暖房装置未搭載のEF55です。この時期にはEF57も牽引機として使われていた可能性あり、EF57は一応は重油式の蒸気暖房装置を積んでいましたが、重油不足やら故障やらで暖房車のお世話になったことも少なくなかったそうで。マヌ34は同じ年の昭和24年12月中旬に一気に前期型(1〜7)ができているので時代がピッタリ(というかめっちゃピンポイントw)復活特急『へいわ』の浜松までの冬姿を編成で揃えようと思った若気の至りが30年ちょい昔でございました。特急『へいわ』は決して良くはない状況での国鉄の矜持たる特急列車の復活運行だったようで客車は一般型の寄せ集め、東京ー大阪の所要時間は戦前の超特急『燕』の8時間より1時間多く9時間かかっていました。

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(『時刻表』1949(昭和24)年9月)

この時代の初期型原型マヌ34を、あろうことかNゲージの金属製全自作で挑戦怪始、上回りの形だけがどうやらできたところで力尽きて長い長〜い眠りにつかされてしまったかわいそうな我がモデルよ。まぁ、暖房車なしでイイから特急『へいわ』の編成をとりあえず揃えようとは考えなかったワケは、実は『へいわ』は3ヶ月半ときわめて短命な特急で翌1950年1月1日から公募により特急『つばめ』と改称されてしまったので日和ったという。なぁ、なんつ〜か、それなりの分別はあったのかなぁとも思います(^x^;

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昔の客車列車で冬に周りから蒸気が出ていたのをなんとなく覚えている方もいらっしゃるのではないでしょうか。その蒸気が暖房用の蒸気で、機関車から床下の暖房管を通って車内に導かれていたんですね〜。電気機関車なのにこんな感じで蒸気を吹いていたのは、暖房用の蒸気を焚いていたからだったのでした。

京都駅 1979.3.31.
 Camera: FUJICA ST-701 Lens: FUJINON 55mm F1.8
1979033117s

2020年4月13日 (月)

小人閑居して不善をなすw

外出を控え始めてはや数週間、それはそれでとっても居心地がよろしくて交通費も圧縮できてなにげに助かっているのですが、ついついヤフオクやらメルカリやらを眺める時間が増えた顛末でございま〜す(*´-`)

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まさかまさか、最初期の鐵道模型趣味(TMS)が合本でまとまって出品されてるなんて、我がヒキの強さに唖然呆然。当時は敗戦後数年のタイミング。細かいパーツはおろか模型製作のための基本的な材料や工具さえも潤沢とは程遠かったワケで、その中で各自が工夫をがっつりこらしていたことの凄さ、というか、当時はそれが当たり前だったんですね〜(*´-`)

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ヤフオクでぽちって済ませるとわ・・・小人閑居して不善をなすσ^_^;

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2020年4月 7日 (火)

中島みゆき 作詞/作曲『スクランブル交差点の渡り方』ソロ:モーツァルトの旅行用クラヴィコード(1763, J.A.Stein)の複製(2002年)で

中島みゆきの『スクランブル交差点の渡り方』を、かの神童モーツァルトが7歳のとき(1763年)に買ってもらったJ.A.シュタイン製の旅行用クラヴィコードの複製で弾きました。少し前にマイクと録音機の間に装着して音量レベルを上げる魔法のジョイントを自作しましたが、今回はそのデビュー。それなりの効果があった模様です(・o・ゞ

『スクランブル交差点の渡り方』は2012年発売のアルバム《常夜灯》に収録されています。全12曲の8曲めという地味な配置の曲で、曲調も諦めに満ちた独白調。でありながら、ギスギスして生きづらくなってしまっている現代、そしてやはり他者との関係なしでは生きていけない人間への鋭い指摘に満ちています。

 初めて渡ったときは気分が悪くなり
  しばらく道の隅で休んでいました


この出だしで「ちょっとメンタル弱過ぎぢゃね?」と思う方は、少なくとも現代の感覚に順応できている方でしょう。多少の無理を感じつつも順応できるだけの心の強さ、そして同時に鈍さ(少し前に「鈍感力」って流行りましたよね〜)を兼ね備えている、いわば「普通の現代人」なんですね。しかし残念ながらこの主人公は、現代を生き抜くにはいささかナイーヴに過ぎるのです。それなら人がいないところが自分の居場所・・・と思うのは当然ですが、な〜んと、2番はこうなっています。

 信号のない島に行ったりしました
  誰も来ない道は  道と呼べませんでした
  3つ隣の  中くらいの島に着いて
  信号の灯に喜んだのは確かでした


他者がいないと勝手にできて楽だろうなぁと思うのは無理もございませんが、それは早計。人間は多かれ少なかれ「自分が存在しているという実感」を求めるもので、それこそが自分が生きている証=灯りなんですね。この<信号の灯>を他者との関わりを示す象徴としているところ、さらりとアタマに入ってくるのがやはり流石の中島みゆきであります。この詩で「喜び」を表現しているのはただ一ヶ所この部分だけなのが印象的ですが、主人公は他人のように醒めた目で<喜んだのは確かでした>と。この行き場の無い閉塞感はいたたまれないほどだと思われませんか? 主人公が感じた世間とは・・・

 おそろしく沢山な敵ばかりでした

であり、そして、コレ。

 あまりにも複雑な競い合いでした

このような厳しい世間を渡れない人たちは弱者という枠に追いやられてしまい、表には出られなくなってしまいます。いや、このような人たちは、自分のできる範囲だけをひっそり続けられる居場所さえあれば充分で、表に出られないこと自体が問題なワケではございません。ですが現代の抜け目ない効率ってぇヤツは、そのようなささやかな願いさえも搾取の対象としやがります。こうして「標準」と称される「都合の良い定型」から外れる人の居場所は狭くなる一方なんですよ〜。それぞれ一連の最後に吐き出されるつぶやきが心に刺さります (´・_・`)

 私には向いていないと思いました

「住めば都」と申しますが、この主人公にとっての「都」って一体どこなんでしょう? <中くらいの島>ならハナシは単純ですが、どうやらそうではなさそうです。3番にこんな一節がございます。

 人と違うほうへ出ようとするから
  人とぶつかるばかりだったんです
  人の後ろに付けばいいんだと知りました
  スクランブル交差点では  渡り方にコツが要る


やはり主人公はスクランブル交差点にとっての「都合の良い定型」から外れていますね。スクランブルといえども一定の秩序があり、それを乱すのは邪魔者に他ならず。そのような者には居場所なんぞあるハズがないようです。小さな一個人のささやかな願いさえも世間の空気を読まねば叶えられない、そんな場所が偉そうにも万物の霊長たるとはほざく人間の社会であってイイのでしょうか? (`ω´)

 それでも時折  意外な所へ着いてしまったりもするので
  人の行く先を予測するのが大事です


うぅむ、そんな世知辛い現代社会にあってなんとか一個人の願いを叶えるためには、やはりそれなりの悪知恵がないとなかなか厳しいらしいですな (`・ω・´)

2020年4月 2日 (木)

On Line / On Live 2020:2週間連続無観客コンサート支援のクラウドファンディング、本日(4/2)まで!

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3/28に行った生配信初体験は、On Line / On Live 2020:2週間連続無観客コンサートの一環だったのですが、本日で終了です。コレ、実は、主催者による全額持ち出しにも関わらず主催者に一銭も収入がないことが大問題でして。持ち出しは決して少ない金額ではなく、具体的に・・・

・出演者への謝礼 計50万円👀
・コンサート運営費用(主にスタッフへの謝礼、会場利用料) 計51万円💦
・配信機材の費用 計60万円😵

しかもクラウドファンディング自体、迅速な対応が難しかったとのことで、始まったのがようやく数日前だったりします。あらゆる業種が大幅な縮小を余儀なくされていますが、なにとぞご支援を賜りたく思います。まずは、ココにお立ち寄りくださいませ!

https://silkhat.yoshimoto.co.jp/projects/1261

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