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2019年12月の12件の記事

2019年12月30日 (月)

ユージン・セイヤーの『礼拝のための前奏曲 へ長調』を、1905(明治38)年ヤマハ製リードオルガンで

Eugene Thayer/ユージン・セイヤー(1824-1896)は、アメリカのオルガニスト・作曲家。1870年に『The Art of Organ Playing』5分冊を刊行し、さらに1874年から1877年まで『Organist’s Quarterly Journal』を刊行しています。この動画で弾いている『Service Prelude in F(礼拝のための前奏曲 へ長調)は、『The Art of Organ Playing』の補遺として自身を含む種々の作曲家の作品を集めて3分冊で刊行された『Organ Music for Church Service』の第1巻の第9番です。このような実用のための曲集はそれこそ星の数ほど出版されており、まことに深く複雑な世界でありま〜す (*´-`)

弾いている楽器は、おなじみ渡邉祐治氏による丁寧な修復を経てよみがえった1905(明治38)年ヤマハ製リードオルガンです。このリードオルガンが作られた5年前の1900年にようやくヤマハはアップライトピアノ第1号機を完成させたばかりで、まだまだ時代はリードオルガンの時代でした。この明治のリードオルガン、一種独特な低音の重く深い響きにシビれますよ〜(・ω・ゞ
・渡邉祐治氏YouTube:https://www.youtube.com/channel/UC6wktpotX7LAsEq-4diaaIA
・調律師「才気堂」:http://saikido.blog.jp/


2019年12月28日 (土)

オフィクレイド見学怪@音楽準備室

先日、出身高校から大量の管楽器を東大宮の音楽準備室に移動しましたが、さっそく情報が拡散して楽器見学の儀と相成りました (*´-`)

学習院大学オーケストラが来年5/31にメンデルスゾーンの『真夏の夜の夢』を演奏するということでオフィクレイドを使いたいと考えていたアンテナにピンポイントで引っかかったんですね〜。ワタクシのオフィクレイドは100年以上昔のオリジナルで、しかもアメリカの楽器店がきっちり修復して頑丈なハードケースつきで売り出していた逸品、現代楽器の中に入ってこそ生きる怪しい姿wは学生オケのネタとしてまことに愉しかろうと。

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合宿の夜がごとくご店主も含めて遊び倒しためっちゃカオスな数時間でこれから半年間貸し出すことでめでたく合意、有意義な年末のひとときとなりました ヽ( ̄▽ ̄)ノ

2019年12月24日 (火)

独逸はシュトゥットガルトの Ph.J.Trayser 社による1895年ごろのハルモニウムで、エルガーの「Vesper Voluntaries, op.14」から第4曲を

独逸はシュトゥットガルトの Ph.J.Trayser 社による1895年ごろ製と推定されるハルモニウムで、Elgar(1857-1934) の「Vesper Voluntaries, op.14」から4曲めを弾きました。この曲集は1曲めが「INTRODUCTION」なので4曲めを「第3曲」という表記をするのも正しく、チト混乱が生じるかもです ヽ( ̄▽ ̄)ノ

ハルモニウムもリードオルガンも足でふいごを踏んで風を送って音を出すオルガンなのですが、風を送る考え方が根本的に異なります。ハルモニウムは大オルガンと同じく空気を圧縮してそれが吹き出す勢いで風を送ります。リードオルガンは空気圧を下げてそこに空気を吸い込ませる勢いで風を送ります。そのためハルモニウムは「吹き出し式」と呼ばれ、リードオルガンは「吸い込み式」と呼ばれます。同じ足踏み式オルガンでも、世界は全く異なるんですよ〜。

このオルガンを修復しているカナダのオンタリオ在住の Rodney Janzi は、サイトトップに「Sharing the forgotten sounds of the reed organ」と記している通り、リードオルガンという忘れられた世界を信じられぬほど精力的に発信している第一人者です。本業のかたわら(!)リードオルガンに本格的に取り組み始めたのは2008年のこと、以前からの木工趣味が活かせたということもありましょうが、現象を細かく細かく切り分けるコンピューター技術者という本業がリードオルガンという未知の世界を切り拓くために極めて重要なポイントだったのだろうと思います。大規模なオルガンの修復場所は彼の本業のボスが好意で無料で使わせてくれている倉庫の二階とのことで、うむ、なるほど、そりゃ〜本業をストップするわけにもいかないですな(・x・ゞ
*Rodney Janzi Website: http://www.rodneyjantzi.com

今年2019年は2年に一回の Reed Organ Society gathering 開催の年。場所がミズーリ州デトロイトの近く(近くないw)と来れば、トロントに飛んでレンタカーを借りれば帰りに Rodney の家に寄れるぞ・・・というコトは盟友の渡邉祐治氏の運転に頼ってしまったのですが、まぁそれはともかく(ともかかないw)二人で存分に愉しんできたのでした。激安航空券を探したらなんと Aeromexico のメキシコシティ経由トロント便が73000円(ほんの数日だけだった模様www)だったので、まさかの中南米初体験も果たせたというおまけもつきました。これについては、このブログの10月をたどってみてくださいませ〜 (`・ω・´)
・リードオルガン修復:渡邉祐治
https://www.youtube.com/channel/UCSiix1iGPuO6XR54th_BjHw

2019年12月20日 (金)

ブルックナー(1824-1896)の『前奏曲 ニ短調 WAV130』を、1905(明治38)年ヤマハ製リードオルガンで

ブルックナー(1824-1896)は、長い長〜い交響曲や宗教曲の作曲家としての側面は非常に有名ですが、初めはオルガニストとして大成功していること、意外と知られてはいないように思えます。10歳にして早くも父親にかわって教会でオルガンを弾くようになり、1855年から1868年にはリンツ大聖堂のオルガニストをつとめていたんですよ〜。作曲を学び直し始めたのはようやくその1855年(31歳)のこと、交響曲第1番はその11年後の1866年の作曲ですから、作曲家としては非常に遅咲きと言ってよかろうと思います。

ブルックナーは生涯オルガニストとして活動して即興演奏の名手として名声を博していましたが、残念ながらオルガンのための大きな曲は遺しておらず手鍵盤のみの曲を10曲ほど遺しています。この「Vorspiel(前奏曲)ニ短調 WAB130」は作曲を学び直す前の1846年ごろの作曲とされています。自筆譜はなく楽器の指定もありませんが、おそらくはオルガン用であろうと推定されています。

弾いている楽器は、渡邉祐治氏による丁寧な修復を経てよみがえった1905(明治38)年ヤマハ製リードオルガンです。このリードオルガンが作られた5年前の1900年、ようやくヤマハはアップライトピアノ第1号機を完成させたばかりで、まだまだまだまだw時代はリードオルガンの時代でした。この明治のリードオルガン、一種独特な低音の重く深い響きにシビれますよ〜(・ω・ゞ

2019年12月17日 (火)

2月2日/1909年製ブリュートナー・ピアノ〜ブーニンをコンクール優勝に導いたピアノ〜

今年も残すところ2週間を切りました。もう鬼も笑わないでしょうからw世田谷の松本記念音楽迎賓館に保管されている由緒正しきピアノの演奏会のご案内でございます。

このピアノはドイツ皇帝が最後のロシア皇帝の皇后となった従妹に送ったブリュートナーピアノで、100年前に皇帝周辺に納める品物を作る職人たちの意気込みそしてプレッシャーたるや想像を絶するもので、果たしてこのピアノは楽器であって楽器でないかのような凄まじい「気」を持っています。演奏会は2月2日の日曜日、この楽器を使った恒例行事となりましたが、いつもいつもこちらの想像をはるかに上回るその「気」の芳醇さは心地よいと同時に恐ろしいです。



・*:..。o♬*゚・*:..。o♬*゚・*:..。o♬*゚・*:..。o♬*゚

古き佳き独逸の銘器 1909年製ブリュートナー・ピアノのいぶし銀の輝き
~ブーニンをロン=ティボーコンクール(1983)       
   そしてショパンコンクール(1985)優勝に導いたピアノ~


2020年2月2日(日)14時開演(13時20分開場)

世田谷、松本記念音楽迎賓館(世田谷区岡本2丁目32ー15)
4000円/全席自由(50名、要予約)
ブリュートナー・ピアノ演奏:筒井一貴
予約・問合せ:03-3709-5951(松本記念音楽迎賓館)
   bergheil69@me.com(筒井)

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◎東急田園都市線「二子玉川駅」よりバスを利用(12:22, 12:47, 13:12)
 東急コーチ玉31成育医療センター行、または玉32美術館行
  停留所「もみじが丘」または「岡本三丁目」より徒歩5分程度
◎小田急線「成城学園前駅」よりバスを利用(12:36, 12:56, 13:19)
 東急バス都立01都立大学駅北口行
   停留所「岡本三丁目」より徒歩5分程度

共催:松本記念音楽迎賓館

ライプツィヒのピアノメーカー:ブリュートナーによる1909年製造のこのピアノは、
かつてのドイツ皇帝ヴィルヘルム2世が従妹のアレキサンドラ皇后
(ロシア最後の皇帝ニコライ2世の妻)に贈ったものと言われており、
ロシア革命勃発と共にある女官の手に渡り、その後1970年代末に彼女が亡くなるまで
“聖なる遺品“として大切に保管されていました。
1982年、このピアノが闇で売りに出された際、N・パステルナーク女史
(ノーベル文学賞のB・パステルナークの息子の嫁:ブーニンの名付け親)の援助の下、
ブーニンの手に入りました。ブーニンはこのピアノで練習を重ね、
パリのロン=ティボーコンクール(1983年)と
ワルシャワのショパンコンクール(1985年)の2つを制覇しました。

 

<プログラム>
シューベルト

  ピアノソナタ ハ長調 D840(未完)
        ピアノソナタ 変ロ長調 D960

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2019年12月15日 (日)

風琴音楽會 Vol.4 バッハとオルガン、盛況御礼

さてさて、12月14日のリードオルガン大集合 in アトリエミストラル@高崎、なんと快晴で穏やかな中、盛況でございました。ありがとうございました (*´-`)

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リードオルガンが「なつかしい」気にさせられるのは、リードオルガンの姿や音色が「なつかしく温かい気持ちにさせてくれる」からなんですね〜。現代人はなにかとギスギスしがちですが、だからこそ、このような「なつかしく温かい世界」を近くに持てる現代人はささやかな幸せへの切符を手にしているのではないでしょうか・・・手前ミソ御免w

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その世界の雰囲気を十全にお伝えするにはマトモに修復されたリードオルガンが不可欠で、なかなかそのような楽器は多くないようですが、少なくとも渡邉祐治さん周辺のリードオルガンはごまかしとは無縁です。これからもゆるゆるとですが発信していきますので、お運びいただければと存じます (`・ω・´)

2019年12月12日 (木)

出身高校のオーケストラ部から大量の管楽器回送

35年間つきあって来た出身高校のオーケストラ部の活動場所の音楽室から大量の管楽器を引き上げ、東大宮の音楽準備室に移動(`・ω・´)
これからは、ここにいらっしゃれば自由に珍しい管楽器で遊べますよ〜 (*´-`)

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今さらながら、ハイエースの収容能力の高さにビックリでございました。運び込んで一瞬愕然とするも、意外とそれなりにキレイに収まってホッ(*´-`)

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・・・ムキ出しの楽器が多いトコには触れないようにσ^_^;

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2019年12月11日 (水)

Lee Conklin Reed Organ Museum の Chicago Cottage Organ 社1893年製リードオルガンで、J.L.Battmann(1818-1886) 作曲『6つのセットからなる72の小品集 op.60』から、第2セット第7曲を

現代の日本ではリードオルガンと言ってもなかなか通じませんが、足踏みオルガンと言えばそれなりの年齢の方々(失敬w)には学校で遊び半分でいじっていた記憶がおありかと思います。ですが、100年以上昔に北米で隆盛を極めていたこのタイプのリードオルガンの世界は全〜然全く違う世界だったんですよ〜〜〜〜。 この時代はアメリカン・ドリーム華やかなりし時代ですから、それはそれは壮大で華麗で複雑な世界でして(`・ω・´)

シカゴ・コテージ・オルガン社が1893年ごろに作った大型棚つきリードオルガンで、Jacques Louis Battmann(1818-1886) の「6つのセットからなる72の小品集 op.60」から、第2セットの第7曲を弾きました。この曲集は12曲を1セットとした6つのセットで構成されており、その結果12曲×6セット=72曲となっています。その第2セットの7曲めですから、12曲×1セット+7曲め=第19番という計算となりま〜す。

この手の大型棚つきリードオルガンは100年ちょい昔の北米にはごくごく普通にあった楽器です。見た目はパイプオルガンに匹敵するくらいに派手ですが、実は普通の箱型のリードオルガンの上に豪華な装飾棚(しかも意外と軽いw)を載せているだけなので、構造や機能自体は普通のリードオルガンと一緒と考えて差し支えないのでした。見た目で身構える必要は全〜然ないんですよ〜(・o・ゞ

Jacques Louis Battmann/ジャック・ルイ・バトマン(1818-1886)はフランスのオルガニストです。とてつもない多作家で作品番号は456に及び、それに加えて教則本や学校のための音楽までを作り倒してwいたとのこと。これほどまでに曲を作っていたら粗製濫造になってしまうのが当然と思いますが、弾いてみるとどれも小ぢんまりとまとまっていて悪くないのがこれまた恐るべし(どれも似たような感じなのもまた確かなのですがw)。周辺にこのように分厚い中堅作曲家の層があってこそ、人類史上に燦然と輝く大作曲家を生み出せるのでしょうね。高くそびえる山のすそ野は広いのでありま〜す。

2019年12月 7日 (土)

12月14日『風琴音楽會 Vol.4 バッハとオルガン』準備ちぅ!

さてさて、12月14日のリードオルガン大集合 in アトリエミストラル@高崎、着々と準備が進んでますぞ(`・ω・´)


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リードオルガンって本当は楽器としてまともな存在であることはなかなか体験できませんが、今回は中身を熟知した達人:渡邉祐治氏の手による良い状態の楽器を存分に体験できます。


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加えて、会場の アトリエミストラル の響きは欧米の石造りの建物のそれとかなり似ており、日本でこの経験ができる機会はなかなかございませんよ〜(*´-`)

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さすがに少し寒くなってまいりましたが、年の瀬に向けて温かい雰囲気を体験できます。どうぞ「休日おでかけパス」2720円または「青春18きっぷ」5日間有効を使って高崎までお出かけくださいませ〜。ともにJR各駅の指定席自動販売機でサクッとお求めになります (*´-`)

2019年12月 4日 (水)

スタインウェイB型(211cm)ハンブルク製とニューヨーク製の弾き比べ動画公開

10月29日に一気に収録したお仕事 が公開されました (*´-`)

スタインウェイB型(211cm)のハンブルク製とニューヨーク製の弾き比べです。もちろん楽器は一台一台個性がありますし、ある程度古い楽器だとそれに加えて「履歴の個体差」もかなり効いてくるので、これがハンブルク製とニューヨーク製の違いでござい! と声高に言い放つのははばかられます。

それにしてもなかなか興味深いところがありますぞ。どうぞご覧になってくださいませ〜(・o・ゞ

2019年12月 3日 (火)

12月14日/風琴音楽會 Vol.4「バッハとオルガン」

ワタクシの生誕祭にはとくにナニもございませんでしたが、もうじき高崎でリードオルガン大集合でございます。いつもの渡邉祐治さんの手になるリードオルガンを何台も体験できる機会はなかなかございませんぞ!

・*:..。o♬*゚・*:..。o♬*゚・*:..。o♬*゚・*:..。o♬*゚

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風琴音楽會 Vol.4「バッハとオルガン」

2019年12月14日(土)14時開演(13時半開場)
アトリエミストラル(高崎市下小鳥町312-4)
一般3000円/高校生以下2000円(手作り焼き菓子とドリンク付)
シャンパンとチーズも!(課金制)

主催 アトリエミストラル 090-8047-3757(櫻井)
協力 才気堂(渡邉祐治)


開催にあたって

明治期に日本に導入後、童謡・唱歌の伴奏として独特の発展を遂げた「リードオルガン」。ペダルを足で踏んで送風しリードを震わせ音にするため
「足踏みオルガン」の名称でなじみ深く、「懐かしい」と形容されることが多い。

今回のコンサートで使用するのは、リードオルガンの黄金期(1850~1950年ごろ)である1905年に製造されたアメリカ Packard社(シカゴ)製の大型の棚付きオルガン。日本国内ではその外観を目にすることはもちろん、音を聴くことも非常に珍しい。送風の強弱による音量の変化が自在なリードオルガンは、大型なるほど豊かな響きとなり金管のファンファーレや木管のアンサンブルなどを彷彿とさせる。

そして今回のテーマは「バッハ」。大ホールの遥か上方から降り注ぐパイプオルガンとは違う目の前で繰り広げられる豊かで温かい音色と響きをお楽しみいただければ嬉しい。オルガン修復の達人、才気堂 渡邉祐治氏の完全修復を終えたこの114歳のリードオルガンが鍵盤楽器の達人である筒井一貴という弾き手を得たとき、どのような音を響かせるのであろうか。

もはやリードオルガンは「懐かしい」楽器ではない。
企画・主催:アトリエミストラル 櫻井紀子

2019年12月 2日 (月)

中島みゆき 作詞/作曲『十二月』ソロ:モーツァルトの旅行用クラヴィコード(1763, J.A.Stein)の複製(2002年)で

さぁいよいよ年の瀬が見えてくる12月2日は不肖ワタクシの誕生日でございます。この年齢になっても誕生日はそれなりに嬉しいモノでありますが、折り返し地点をとっくに過ぎたんだなぁ・・・とも思わざるを得ないフクザツな日とも。まぁワタクシ一回しか折り返さないつもりは毛頭ございませんがね〜 (`・ω・´)

さて、この記念すべき(?)日に全くふさわしくないw曲、中島みゆきの『十二月』を、かの神童モーツァルトが7歳のとき(1763年)に買ってもらったJ.A.シュタイン製の旅行用クラヴィコードの複製で弾きました。クラヴィコードはピアノ以前の鍵盤楽器のなかで最も大切とされていたフシがあり、現代古楽器界w周辺では「独りで音楽の神さまと向き合う」ための楽器とみなされて過度に神聖化wされていたりします。ですが、実は、そのような内なる世界は優しく親密な世界でもあるはずで、現代人にとって大切なのはむしろ後者の性格ですよね。なお、クラヴィコードの音量は世人の想像を超えて小さいですから、背景のノイズが気にならない程度の音量に抑えたうえで少〜し耳を澄ませてくださいませ。聴こえてきますよ〜(・o・ゞ

『十二月』は1988年発売のアルバム《グッバイ ガール》のA面ラストに収録されておりますが、二番の歌詞のあまりの鋭さにアルバムではカットしてしまったといういわくつきのとんでもない曲だったりするんですわ。なお、この「幻の二番」込みのフルバージョンは、アルバムリリース翌年1989年の『夜会』第一回と1997年のコンサート『パラダイス・カフェ』で披露されています。ニワカなもんで1番と2番のつなぎがどう処理されていたのかは知らないのですが、安直につなげて(おっと(^x^;)疑似的フルバージョンに仕立ててみました。なお、このアルバム《グッバイ ガール》と同じ題名の楽曲『グッバイ ガール』はこのアルバムには収録されておらずにシングルのみであるとか、このアルバムはCD時代になってからのLPアルバムのラストなのでプレス枚数が少なく中古市場では高値で取引されているとか、いろいろと余計なハナシもございまして。最近ちょっと値が下がったので某ヤフオクでウッカリ落札してしまったというのもココだけのハナシ(・x・ゞ

 自殺する若い女が この月だけ急に増える
  それぞれに男たち 急に正気に返るシーズン
  大都会の薬屋では 睡眠薬が売り切れる
  なけなしのテレビでは 家族たちが笑っている


・・・イヤ、そもそも、ダメでしょ、この唄い出し。新年を控えた歳末にあらためて現実を整理して省みるというごく普通のことを、現実を家庭に置き換えて男たちが急に正気に・・・という表現のネタにするとはかなりのアタマのキレっぷり。しかもその家庭には<なけなしのテレビ>でテレビの中で<家族たちが笑っている>のですからね〜。《グッバイ ガール》が発売された1988年といえばバブル期まっただ中そして20年にわたるスキーブームの終末期、前年の1987年には映画『わたしをスキーに連れてって』の封切りもございました。そういえば『わたしをスキーに連れてって』の音楽はユーミンで『恋人がサンタクロース』が主題歌を凌駕して大当たりしましたね〜。そんな年のスキーシーズンが始まる時期の11月16日に、『十二月』をA面ラストそして『吹雪』をB面ラストに据えたアルバム《グッバイ ガール》をリリースするなんて、よくもまぁヤッたもんで。販売サイドでキラキラなユーミン vs ダークな中島みゆきという図式があったのかもしれませんが、バブル期でパワーが半端なかった時代とはいえいくらナンでも真っ黒に振らせ過ぎでしょw

 誰を責めるつもりもない 誰に語るつもりもない
  横たわる口元は 周到な愛を笑っている
  膝を抱えた掌が 力尽きて凍えていく
  開かれたアドレスは 連絡先がひとつもない
    何万人の女たちが あたしはちがうと思いながら
    何万人の女たちと 同じと気がついてしまう月
   人の叫びも 鴃(もず)の叫びも
   風の叫びも 警笛(ふえ)の叫びも
   みんな似ている みんな似ている
   人恋しと泣け 十二月


かの「幻の二番」がコレ。う〜ん、別に自主規制するほどの内容かな〜と思いますし、逆に昨今はやりの「自己責任」という決まり文句wとは次元の違う覚悟の強さを感じてしまうのはワタクシだけでしょうか。とは言え<開かれたアドレスは 連絡先がひとつもない>のはバブル期にあってはむちゃくちゃに淋しい状況ですし、いづれにせよ酷い歌詞ですわ (´・_・`)

一般的な十二月の景色はクリスマス・年の瀬・正月という華やかな景色で、しかも1988年当時はバブルまっただ中ですから年がら年中「華やか」だったところに上乗せされた華やかさでしたね。まぁ世間がそうであってもごくごく普通の人の日常とは華やかさとは無縁で世間に触れてもらえない部分で、そして世間に乗れていなかった人々こそがバブル崩壊を乗り切れたであろうことにも眼を向けたいと思います。タピオカは台湾では昔っから日常ですが、日本でのブームはいつまで続くんでしょうね〜w

 人よ信じるな けして信じるな
  見えないものを
  人よ欲しがるな けして欲しがるな
  見果てぬものを
   形あるものさえも あやういのに
    愛よりも夢よりも 人恋しさに誘われて
    愛さえも夢さえも 粉々になるよ
『愛よりも』1988年)

《グッバイ ガール》B面2曲めがこの『愛よりも』ですが、まさにバブルに浮かれていた時代を見極めていたかのようなこの1番の歌詞。そしてB面ラスト=アルバムのラストに置かれた『吹雪』の最後の最後で浮かれた雰囲気にとどめを刺されます。

 疑うブームが過ぎて 楯突くブームが過ぎて
  静かになる日が来たら 予定どおりに雪は降る
    どこから来たかと訊くのは 年老いた者たち
    何もない闇の上を 吹雪は吹くだろう
『吹雪』1988年)

<愛さえも夢さえも粉々に>なって<ブームが過ぎて静かになる日が来たら><何もない闇の上を 吹雪は吹くだろう>・・・と部分を切り取って物語を作りなおすwのもどうかとは思いますが、はやりすたりと無縁の「変わらぬもの」ってなんでしょうね。思春期を帯広で過ごした中島みゆきですから、一夜にして周囲を一変させる存在であって解けてしまえばウソのように元通りになる「雪」という自然現象に特別の感覚を持ち、はやりすたりと無縁の「変わらぬもの」を人間の力の及ばぬほど強大な自然の営みに例える感覚を育んでいたのかもしれません。「雪は天から送られた手紙である」と遺したのは雪の結晶の研究で名高い物理学者の中谷宇吉郎博士(1900-1962)ですが、中島みゆきはこの言葉を手がかりとして雪と氷の不思議な世界を『夜会VOL.11 ウィンター・ガーデン』で表現しようとしたとのこと。『夜会VOL.11 ウィンター・ガーデン』が上演されたのは2000年、<中谷博士が生まれてちょうど百年目の年の冬>であります。どうぞ『六花』の怪説もご覧になってくださいませ。

『六花』ピアノソロ:1894年ベーゼンドルファー社製ピアノ(ウィーン式アクション/85鍵)で

 好きになるのも 信じきるのも
  待ちわびるのも 思い切るのも
  みんな自由だ みんな自由だ
  人恋しと泣け 十二月


中島みゆきの詩の中でも指折りの酷さを誇るこの『十二月』の唯一の救いはここでしょうか。はてさて、自由とは。

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