ヤナーチェク「草かげの小径にて 第一集」から第4曲『フリーデクの聖母マリア』を、EHRBAR/エアバーが1928年ころに作ったアップライトピアノで
チェコ東部モラヴィアの作曲家ヤナーチェクによる『草かげの小径にて 第一集』から第4曲「フリーデクの聖母マリア」を、ウィーンで1928年ころに作られたEHRBAR/エアバーのアップライトピアノで弾きました。Frýdek とはシレジアの町の名前で、ヤナーチェクが生まれた寒村 Hukvaldy の近くです。今は Frýdek-Místek と呼ばれ、町の中央を流れる Ostravice 川の東側がシレジアの Frýdek 、西側がモラヴィアの Místek です。このシレジアという地域はとてつもなく複雑で、とうてい一つの解釈ができるはずがないようです。
1928年はヤナーチェクが亡くなった年で、しかも、ヤナーチェクは1876年製のエアバーピアノを愛用していたとのこと。それならばこのピアノでヤナーチェクを弾いてみたくなるのは当然の成り行き。両者には50年のへだたりがあるのでそれがど〜したwなのも確かですが、なかなかに趣き深い結果になりました。この1928年製のエアバーは某超絶強烈変態wピアノヲタクな知り合い(特定できちまうかナwww)の持ちものでして、ボロボロな状態で店頭に放置されていたも同然なお道具を救出できてご満悦、そりゃ〜世の中に知らしめるために動画を録って差し上げるのが、友人としての当然の努めでありま〜す(・o・ゞ
EHRBAR/エアバーは今となってはほとんど知られていませんが実はその創業は非常に古く、なんと1801年でベーゼンドルファーより古いんですよ〜。ですが1930年ころを境に生産台数がガタ落ちになっており、大恐慌(1929年)の影響をいやでも感じずにはいられません。100年ぐらい昔のウィーン周辺にはピアノのメーカーがそれこそ100社やそこらはあったワケでして、知られざるメーカーもそれこそ星の数ほど。そして古い楽器は履歴の個体差こそがその楽器の個性、という一面もございます。唯一無二の響きをどうぞ!
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