中島みゆき 作詞/作曲『ララバイSINGER』ピアノソロ:1894年ベーゼンドルファー社製ピアノ(ウィーン式アクション/85鍵)で
中島みゆきの『ララバイSINGER』を、いつもの1894年製アンティークベーゼンドルファーで弾きました。
この『ララバイSINGER』は2006年のアルバム《ララバイSINGER》のラストを飾る曲ですが、そもそも「ララバイ」とは子守唄のこと。子守唄をアルバム名そしてラストの曲にしてしまうというセンス。まぁ中島みゆきがタイトルとして選んでいるほどですから、この「ララバイ」は普通の意味での癒やしの「子守唄」であろうはずがございませんね。『ララバイSINGER』とは直訳wすれば「子守唄歌い」で、ヒネりは「子守唄」の解釈にありと見ます ヽ( ̄▽ ̄)ノ
<歌ってもらえるあてがなければ 人は自ら歌びとになる
どんなにひどい雨の中でも 自分の声は聞こえるからね>
自分の歌は自分で歌うものですが、これは前向きの意思を示すだけでなく、歌うのは自分しかいない・・・という孤独をも同時に示すのですね。中島みゆきの楽曲からは、どのような形を取ろうとも生き続けろ! というメッセージを強く感じさせられることが少なくありません。それを一歩進めて(魂の)死と再生を何度でも繰り返せ! という形を取ったのが『肩に降る雨』でしょう。
<肩に降る雨の冷たさは生きろと叫ぶ誰かの声
肩に降る雨の冷たさは生きたいと迷う自分の声>(『肩に降る雨』1985年)
・・・そう言えば、『拾われた猫のように』という救いようがなく孤独な曲にも、こんな一節がございます。
<自分の声を子守歌にずっと生きてたから>(『拾われた猫のように』1995年)
どれほど孤独であっても、<自分の声>が聞こえないことは原理的にあり得ないこと。しかし表面的にはそうであっても自分とは当事者に他ならず、<自分の声>をバイアス少なく正確に聞くのは生半可でなく難しいです。中島みゆきは1995年、阪神大震災と地下鉄サリン事件が起きて間もなくの時期に大阪のコンサートで歌った『ファイト!』の導入でこう語りかけました。
<夢は叶ったほうがいいです
でも叶わない夢もあります
どうしようもない 形を変えでもしない限り
どうにもならない夢というものもあります
だから
どんなに姿かたちを変えながらでも
どんなに傷つきながらでも
いつかきっと あなたの夢が
叶いますように>
<どんなに姿かたちを変えながらでも どんなに傷つきながらでも>見続けられる夢・・・もはや「業」と言うべきか・・・こそが真の<自分の声>であり、そしてそれこそが「我々は何処から来て何処へ行くのか」を読み解く鍵でありましょう。一過性の夢ではなく生涯を通して見続けられる夢とはなんだ? というのが中島みゆきから我々へのメッセージに違いありません。
<その船を漕いでゆけ おまえの手で漕いでゆけ
おまえが消えて喜ぶ者に おまえのオールをまかせるな>(『宙船(そらふね)』2006年)
この『宙船(そらふね)』も同じアルバム《ララバイSINGER》に収録されており、ここにもやはり変わらぬ強い意思を感じます。
<ララバイ ララバイ 眠れ心 ララバイ ララバイ すぐ明日になる>
睡眠と覚醒は、死と再生の一種とみなせるでしょう。死とは一種のやすらぎ、そして生きている我々にとっては睡眠こそがつかの間のやすらぎ。睡眠は手伝えても覚醒は手伝えない存在が子守唄歌いである中島みゆきであって、覚醒するのは個々人それぞれの生きる意思=生涯を通して追い続ける夢があってこそ。
・・・そして同時に睡眠とは「夢を見る時間」であって、これすなはち「自己の内面と独り静かに向き合う時間」の象徴にも感じられてきました。その時間に我々を導いてくれるのが、他ならぬ「子守唄歌い」である中島みゆきなのかもしれませんね。
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