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2015年12月 3日 (木)

粒を揃える? ニュアンスをつける?

自分にとって極めてしっくり来るのは、ベタではありますが、実はショパンの音楽の方向だったりします。ただ、ショパンは存命当時でさえも大多数に誤解されていたわけで、当然ながら現代のショパン演奏も存命当時の資料から浮かび上がってくる方向と異なっていることが少なくありません。
このトピック、かなり言い古されたトピックなのでワタクシごときが主張するまでもないなぁ・・・とも思いますが、当時の証言をネタにして自分なりの怪釈を開陳しようと思います。
しばらく連載していても突如として不定期ときどきのアップになってしまうかと思いますが、コレ、ワタクシの性格なので、ご勘弁くださいませ〜m(._.)m

◇すべてを粒の揃った音で弾くのが目的ではないのだ。私にとって完成されたメカニズムとは、美しい音を上手にニュアンスをつけて弾くことができる、ということなのだ(ショパン自身の言葉)

→ピアノ教育の場で頻繁に目にしたり耳にしたりする、「全ての音を鍵盤の底までキチンとしっかりしたタッチで弾く!」という弾き方は、少なくともショパンにとっては目的ではなかった・・・という解釈になろうかと思います。
自分の感覚では、「粒を揃える」という美名の下に、拍の表も裏もなくフレーズの最初の最後もなく全ての音が同質に並んでいるシロモノに「音楽」という名称をつけること自体に違和感が大アリ。しかしながら、バラバラになるほどにしてしまったら、逆におよそ意図を伝えられるはずのないシロモノになってしまうのもまた明らか。・・・どないせぇっちゅ〜んや(・o・ゞ

ここで重要なのは「どんな表現をしたいのか」という個々人の意図であり、それを聴き手に解ってもらうためにそれぞれが能動的に工夫することこそが価値を持ち、そうなって初めて本物の個性がにじみ出ます。個性とはそもそも簡単に貼りつけることはできないもので、どんなにいじくったとしても、自分自身が考え抜いていじくったのであれば個性は自然とにじみでてくるものだと思います。いじくることで出て来なくなるようなシロモノは、そもそも個性でもなんでもなく貼りつけただけのものだったのかも知れません。
現代音楽で狙われているのでなければ、「最初から最後まで全ての音が同質」という方向性にはさすがになりづらいと思います。では、どこまでがニュアンスと言えてどこからがバラバラになってしまうのか、結局は自分自身が批判的に考え抜く以外に解決はあり得ないでしょう!

もう一点、「均等に音を出せないのにニュアンスをつけるなんて百年早い!」というような指摘も蔓延していますが、コレは一見正しく思えてしまうだけに大問題です。人間は生物体なのですから、機械的均等均質な再現はそもそも非常に不得意。「均等に音を出すのが先!」とばかりに均等に音を出す努力ばかりを強制してしまうと、もともと生物体として自然に持っていた「ニュアンスを感じ取り判断する能力」に自らフタをして萎縮させてしまいます。子供の頃に生真面目に一所懸命に取り組めば取り組むほどフタの威力は絶大になり、大人になって気づいたころにはニュアンスを感じ取る能力が失われてしまって音楽が楽しめなくなっている・・・という悲劇は枚挙にいとまがありません。

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