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2015年4月16日 (木)

ピアノ発明への起爆剤:パンタレオン・ヘーベンシュトライト(c.1668-1750)の演奏会用大型ダルシマー

ピアノはイタリアのクリストフォリによって1700年少し前ごろに発明されたということになっていますが、それのみでなく、この時期ヨーロッパでは打弦式鍵盤楽器の萌芽が複数生じています。
イタリアのBartolomeo Cristofori(1655-1731)、ドイツのChristoph Gottlieb Schröter(1699-1782)そしてGottfried Silbermann(1683-1753)、フランスのJean Marius(c.1660?-1720)・・・などなど。この時代にはインターネットはおろかw電話すらあったはずもなく、まさか情報共有ができていたハズがないのにまるで打ち合わせたかのように彼らが打弦式鍵盤楽器に取り組み始めたのにはナニか理由がありそうだなぁ・・・と推理したくなりませんか?

そのいわば起爆剤として極めて重要な役割を果たしたとされているのが、パンタレオン・ヘーベンシュトライトPantaleon Hebenstreit(1668-1750)による演奏会用大型ダルシマーの超人的な名人芸です。
ヘーベンシュトライトは若い頃に借金を背負い身を隠さざるを得ない事情があり、そのときに隠れ住んだ田舎の村でダルシマー(ドイツ語でハックブレット)という楽器に出会い、これを大改良して超大型の演奏会用楽器として仕立て上げたのでした(怪我の功名と言うべきか)。ヘーベンシュトライトの演奏会用大型ダルシマーは、長さは9フィート以上(=3メートル近く)で2枚の響板を持ち、186本もの弦を張ったシロモノでした。この楽器はジャイアントダルシマーとかモンスターダルシマーとか言われることがありますが、ヘーベンシュトライト自身がこの楽器をどのように呼んでいたかは残念ながらわかっていないようです。

ヘーベンシュトライトはヨーロッパ各地で名声を馳せ、ついには1705年に太陽王ルイ14世がそのあまりの名人芸に感服して、以後、その楽器をパンタレオンPantaleonと呼ぶがよい、と仰せになった、と伝えられています。そして彼の名声は止まるところを知らず、1714年にドレスデンの宮廷付パンタレオニストとして召し抱えられたのでした。

さて、ジルバーマンSilbermannは極めつけに優れたオルガン製作家であったのみならず、数々の鍵盤楽器やその他新しい楽器の開発にも精力的でした。驚くべきことに、実は1727年ごろまでヘーベンシュトライトの演奏会用ダルシマー(「パンタレオン」と言うべきか)を製作していたのもまたジルバーマンその人であったのでした。対して、シュレーターSchröterは1717年にドレスデンでピアノを発明したと主張していますが、その開発はヘーベンシュトライトの実演に接して感銘を受けたからだと言及しています。さらに、マリウス(マリユス)Mariusは1716年にフランス王立アカデミーにclavecin à maillets(=マレット付クラヴサン=ハンマー付チェンバロ)の図面を4種類提出していますが、ヘーベンシュトライトとの関係はつまびらかではないようです( à maillets という表現をヘーベンシュトライトと関連づける見解もあるようですが、そこまで特別な表現ではないように筒井は思っています)

後年、18世紀の中ごろにはパンタロンPantalonと称する楽器(パンタレオンの「訛り」、他に何種類もあります)が特にドイツ語圏で流行と言えるほどに多数出回りますが、これがまさに「鍵盤付パンタレオン」のことで、ダンパーが存在しない楽器、そしてダルシマー同様に上から弦を叩く機構の楽器も存在していました。また、初期のピアノやスクエアピアノの手動ダンパー上げ装置のことを「パンタレオン(パンタロン)ストップ」と呼ぶこともあり、さらにはクラヴィコードにも音を伸ばす特殊な手動機構を備える個体が存在し、この機構も「パンタレオン(パンタロン)ストップ」と呼ばれます。そして何よりも、ジルバーマンの現存する3台のピアノには高音部と低音部が分けられた手動ダンパー上げ装置がつけられているのです。

ここで思い出していただきたいのは、ダルシマーにはダンパーが存在せず、音が長〜く伸ばされて共鳴箱の中で渾然一体と鳴り響くという特徴です。これと同じ効果を狙った装置が各種鍵盤楽器に備えられ、その装置に共通してパンタレオンに類する名前がつけられていたこと、実に象徴的です。すなわち、パンタレオン・ヘーベンシュトライトの大型ダルシマー演奏が鍵盤楽器演奏に与えたインパクトは非常に大きいもので、ダルシマー演奏の特質でもあるダンパーのない響きの効果、言いかえれば「響きっぱなし」的な効果を積極的に活かした演奏が鍵盤楽器でも普通に行われていたと考えられます。

これら手動のダンパー上げ装置(=長〜く響かせて音を混ぜる効果を狙った装置)が多くの鍵盤楽器に備えられていたことから、現代の「ペダリング」のような演奏中の細かい切替操作はそもそも概念として存在していなかったことが伺えます。そして、それは鍵盤楽器の音色のパラダイムの一つとなり、モーツァルトそしてベートーヴェン、さらにはシューマンやショパンそれ以降にまでも脈々と受け継がれて来ているのであります。その明白な例がリストのハンガリー狂詩曲集で、まさにツィンバロン演奏を模している場面が非常に多いです。また、ムソルグスキーの『展覧会の絵』の終曲には大伽藍に響き渡るかのような鐘の音を模している場面、ドビュッシーの『沈める寺』全編に渡る空気感の表現・・・などなど、枚挙にいとまがありません。

鍵盤楽器とは、良く響くように作られた木の箱に良く響く弦を張り、なんらかの方法で弦を振動させて音楽を奏でる楽器です(オルガンは管楽器であることに注意!)。そのある意味ファジーな「木の箱の響き」を心地良く聴かせるにはどのように耳と頭を(同じですが)使えばより愉しいのか、現代的に「こうすれば→こうなる」と決めつけないことこそが豊かな発想につながるのではないでしょうか。

昔のピアノでごく普通であった「響きっぱなし」状態の心地良さ、いささか危険な世界ではありますが、本質的に「良い耳」を強制的に育むwことにも直結しますし、非常に魅力的な世界ですヨ。

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