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2021年4月23日 (金)

フォーレ『コンクール用小品』を、19世紀末のフルートとベーゼンドルファーで(フルート:石井孝治)

先日(4/17)、古き佳き時代の楽器の音色そして表現をことのほかお好みなだけでなく、正統的な現代の楽器演奏としてまとめられる実力者:フルートの素来聡子さんと石井孝治さんとの YouTube しぅろくを激狭の拙宅秘蔵の1894年製ウィーン式アクションのベーゼンドルファーを使って決行しましてな。

この動画で石井孝治さんの使っているフルートは19世紀末の仏蘭西はクロード・リーヴ/Claude Rive 製の銘器です。リーヴはルイ・ロットと並び立つ名工という評価ですが、工房を開いていたのが1877〜1895年までの20年足らずで初代で終わってしまったためか、残存する楽器は非常に少ないです。

フォーレ(1845-1924)のこの『コンクール用小品』は、1898年に作曲されたパリ音楽院の初見視奏のための問題として作曲された単なる教育用の実用曲です。なお、フォーレは1896年にパリ音楽院の作曲法と対位法の教授となっています。

19世紀末は、科学技術と人間の霊的な感性とがおそるべき融合を見せていた時代です。このような時代に作り上げられた曲と楽器から生み出される深い響きの世界をどうぞ味わってくださいませ!


Gabriel Fauré(1845-1924)
- Morceau de concours for Flute and Piano(1898)

Flute: Koji ISHII - Claude Rive(late 19c.)
Piano: Kazutaka TSUTSUI - Bösendorfer(1894, 85keys) with Viennese action

2021年4月22日 (木)

フォーレ『コンクール用小品』を、19世紀末のフルートとベーゼンドルファーで(フルート:素来聡子)

先日(4/17)、古き佳き時代の楽器の音色そして表現をことのほかお好みなだけでなく、正統的な現代の楽器演奏としてまとめられる実力者:フルートの素来聡子さんと石井孝治さんとの YouTube しぅろくを激狭の拙宅秘蔵の1894年製ウィーン式アクションのベーゼンドルファーを使って決行しましてな。

この動画で素来聡子さんの使っているフルートは19世紀末の仏蘭西はクロード・リーヴ/Claude Rive 製の銘器です。リーヴはルイ・ロットと並び立つ名工という評価ですが、工房を開いていたのが1877〜1895年までの20年足らずで初代で終わってしまったためか、残存する楽器は非常に少ないです。

フォーレ(1845-1924)のこの『コンクール用小品』は、1898年に作曲されたパリ音楽院の初見視奏のための問題として作曲された単なる教育用の実用曲です。なお、フォーレは1896年にパリ音楽院の作曲法と対位法の教授となっています。

19世紀末は、科学技術と人間の霊的な感性とがおそるべき融合を見せていた時代です。このような時代に作り上げられた曲と楽器から生み出される深い響きの世界をどうぞ味わってくださいませ!


Gabriel Fauré(1845-1924)
- Morceau de concours for Flute and Piano(1898)

Flute: Satoko SORAI - Claude Rive(late 19c.)
Piano: Kazutaka TSUTSUI - Bösendorfer(1894, 85keys) with Viennese action

2021年4月21日 (水)

ホープ軒本舗@大塚

本日は高円寺→駒込という都区内横断の午後、となれば使うきっぷはJRの『都区内パス』760円ナ〜リ。

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駒込19時終了ではウチの最寄りまでのんびり帰ると外食リミットの20時ギリギリになってしまうと気づいてヒラめいたのが、高校生の頃にたま〜に食していた大塚の『ホープ軒本舗』。山手線の車窓からなんとなく店が見えるので、なんだか小ぎれいになったなぁとは思えど、ここ20年くらいw気になっていたんですわ。

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おそらく前世紀以来の再訪、果たして、昔のようなどんぶりのフチはおろか外側まで背脂でギトギトだった昔日の面影はきれいさっぱりと滅菌消毒され洗い流されており、文化祭の食販がごとき「お願いします」やら「ごゆっくりどうぞ」やらいかにも過剰に「失礼」を畏怖する現代っ子っぽくお上品くさいwやり取りも、昔の大塚という土地ガラ(^x^;を知るオジさんにはむちゃくちゃ鼻につきましたが、現代の物販って全てがこうなってしまう運命でしょうからグチグチ言うのはココだけにしときましょか ヽ( ̄▽ ̄)ノ

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もはや万事が中庸化された現代のヌルさに骨抜きにされてしまった時代の犠牲者なのでしょうか、味のパンチもま〜るで全然物足りなくなっており、少なくとも脂は多めにしてもらうべきだったなぁwと反省至極。ラーメン二郎やら横浜家系ラーメンがウケているこの時代、個性をウリにするのは難しいでしょうが、滅菌消毒されたお上品な背脂系ラーメンとはこれいかにw

2021年4月17日 (土)

二葉會館@金町

古き佳き時代の楽器の音色そして表現をことのほかお好みなだけでなく、正統的な現代の楽器演奏としてまとめられる実力者:フルートの素来聡子さんと石井孝治さんとのYouTubeしぅろくを激狭の拙宅秘蔵のウィーン式アクションのベーゼンドルファーを使って決行しましてな。

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まぁなんとか使えそうなテイクがそこそこまとめて録れてお気に入りの激安焼肉に電話したところなんと30分待ちとのことで、まさかこの地元でと思うような孤高な優良洋食:二葉會館サンセールの前にそれとなくご案内、果たしてまんまとw食いついてくださり、落ち着いたディナーと相成りましたとさ。葛飾な値段ゆえ圧倒的にリーズナブルなのもポイント高し (*´-`)

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ココ二葉會館は一昔前までは独立した結婚式場付の洋食で、昭和に一流を提供し続けるべく頑張っていた証がきっちり残っていましてね。このガラのわりぃw城東地区、こんな存在がポツポツと残っているのが七不思議かも。

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2021年4月12日 (月)

葛西神社、新緑にツツジの花

早いとは思いますが、それなりに今の季節らしく新緑満開wの葛西神社です。

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ですが、ツツジの花も咲いているのにはさすがに違和感が。新緑とツツジの花と藤の花とが一緒に見られてしまっては、季節感もへったくれもございませんね〜(^o^;;;

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2021年4月 7日 (水)

半田稲荷神社、藤の花

地元の某業務スーパーへ恒例の激安食材の買い出し、道すがらの古刹:半田稲荷神社に立ち寄ってオドロキましてな。

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藤棚がきっちりと紫色に染まっていたのですが、いくらなんでも4月上旬にこの状態ってナニかが根本的におかしくなっているような気がしてなりませんわ〜 (((( ;゚Д゚)))

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ツツジも咲いてますけど、ツツジは五月でフジは六月ぢゃ〜なかったでしたっけか?w

2021年4月 5日 (月)

ブルクミュラー『25の練習曲, op.100』から第7曲「清い小川/La courant limpide』を、1894年ベーゼンドルファー社製ピアノ(ウィーン式アクション/85鍵)で

F.ブルクミュラー(1806−1874)の有名な『25の練習曲, op.100』から第7曲「清い小川/La courant limpide」を、いつもの1894年ベーゼンドルファー製ウィーンアクションのピアノで弾きました。

標題ってそれに縛られ過ぎると自分程度の狭い経験の範囲の内側に固まりがちになっていかがかとは思いますが、教育者にしても学習者にしてもその表題のイメージを「表現を考えるためにウマく使っている」ことがどれほどあるかが大いに疑問でしてな。この曲は「清い小川」ですからイメージはしやすいでしょうけれどそれをピアノ演奏でどのように「落とし込むか」って案外とやっかいで、しかもそのやっかいさが認識されているとは言い難い状況なのがオジさん歯がゆいですw

まずこの曲は Allegro vivace ですから、あくまでもさらさらと流れる動的なイメージが大前提。とゆ〜コトは、さらさらと流れる4/4拍子が左手でできることが大前提なワケです。そしてこの曲はA-B-Aの二部形式で、Aの部分の左手とBの部分の左手の音型がまことに教育的に変えられているところもポイント。音符にかじりつかずにちょっと離れて「楽譜の景色」を眺めて、Aの部分とBの部分とで「なんか雰囲気が違うなぁ→どうしてかなぁ?」と思えるようになることも基本として大切なところですぞ。とりあえずこの基本を明確に認識せずにどんなに高尚な思想wをこねくりまわしたってナンの音楽表現にもならないこと、もちっと理怪してほしいモンです (ノ-_-)ノ~┻━┻

2021年4月 3日 (土)

ブルクミュラー『25の練習曲, op.100』から第3曲「牧歌/La pastorale』を、1894年ベーゼンドルファー社製ピアノ(ウィーン式アクション/85鍵)で

F.ブルクミュラー(1806−1874)の有名な『25の練習曲, op.100』から第3曲「牧歌/La pastorale」を、いつもの1894年ベーゼンドルファー製ウィーンアクションのピアノ(85鍵)で弾きました。

ブルクミュラーは1806年生まれで1832年以降パリに居住していたということは、ショパンやリストより数歳年上であって同じ時期にパリで活動していたのでありました。この1894年ウィーン製のピアノでブルクミュラーを弾くというコトに対しての文献学的必然性は皆無ですが、うっせぇわw、鍵盤楽器って妄想力次第で案外と「交換可能」ですからやってみりゃイイんですよ〜 (*´-`)

2021年4月 2日 (金)

いわき詣での一日

本日は穏やかな晴天に恵まれて、ひさびさのいわき芸術文化交流館アリオス(いわきアリオス) にて楽器弾き込み隊でございました。

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楽器は4台で相手にとっては不足なしですが、こちらに出向いたからにはやっぱり美味い海鮮でございまして、まずは四ツ倉まで足を伸ばしましたぞ(*´-`)

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ホールすぐ脇の桜並木もほぼ満開で、部屋の中で楽器なんぞ弾いているバヤイではなかったかもw

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楽器の写真がないところにツッコミがないことを祈るw

2021年4月 1日 (木)

ブルクミュラー『25の練習曲, op.100』から第1曲「素直な心/La candeur』を、モーツァルトの旅行用クラヴィコード(1763, J.A.Stein)の複製(2002年)で

F.ブルクミューラー(1806−1874)の有名な『25の練習曲, op.100』から第1曲「素直な心/La candeur」を、かの神童モーツァルトが7歳のとき(1763年)に買ってもらったJ.A.シュタイン製の旅行用クラヴィコードの複製で弾きました。考えてみたら、せっかくこのクラヴィコードを持っていながら最近は中島みゆきばかりを弾いていたワケで、な〜にやってんだか(^◇^;;;;;

ブルクミュラーは1806年生まれで1832年以降パリに居住していたということは、ショパンやリストより数歳年上であって同じ時期にパリで活動していたのでありました。この時代でもクラヴィコードは個人的な音楽の友としてワリと普通に使われていたフシがありまして、現代ピアノ以外でブルクミュラーを体験するのはなかなか興味深かろうと思います。当然ながら文献学的必然性は皆無ですが、鍵盤楽器って妄想力次第で案外と「交換可能」ですからやってみりゃイイんですね〜 (*´-`)

2021年3月31日 (水)

中島みゆき 作詞/作曲『ホームにて』ピアノソロ:1894年ベーゼンドルファー社製ピアノ(ウィーン式アクション/85鍵)で

中島みゆきの『ホームにて』を、いつもの1894年製アンティークピアノで弾きました。

『ホームにて』は、1977年のアルバム《あ・り・が・と・う》のB面の2曲めという落ち着いた位置に収録されています。また、有名なシングル《わかれうた》のB面でもありますね〜。《あ・り・が・と・う》は中島みゆきのようやく3作めのオリジナルアルバム、いまだ20歳台半ばの若者が「ふるさと」に対する切ないだけでない心持ちをこれほどまで複雑に唄えるのかと驚かされます。まぁ優れた芸術家は年齢なんぞ無関係におそるべき能力を持っているんだなぁ、と絶望感さえ抱かせてくれますわ〜。

 ふるさとへ 向かう最終に
  乗れる人は 急ぎなさいと
  やさしい やさしい声の 駅長が
  街なかに 叫ぶ


もう、この唄い出しからして謎に満ちていますね〜。<乗れる人>という不可思議な表現、「故郷に錦を飾る」という古い言葉がありますが、成功者だけが胸を張って故郷に凱旋できた時代の感覚でしょうか。成功できなかった人物は「負け犬」としてさげすまれましたし、昭和の時代には「ご近所に顔向けできない」という表現もごく普通でしたし。このような感覚って現代でも案外と色濃く残っていて古くさい、ふざけんな、という目でみられますが、なんだかんだ言って結局、人よりもナニかしら優れた一面がなければ社会では「使えない」ヤツとみなされてしまって生き抜くのは難しいではございませんか。このような世間を渡りづらいヒトを差別してしまうのは古くさい感覚というだけでなく、はなはだ遺憾ながら残酷な真理を示している感覚のような気がします。まぁこれって裏を返せば、実は弱肉強食な生き物の世界では到底生き抜けなかった「使えない」存在をも許容してくれる、という人間社会の厳しくも不思議な一面をもあらわしているとも言えようかと思います。

 走りだせば 間に合うだろう
  かざり荷物を ふり捨てて
  街に 街に挨拶を
  振り向けば ドアは閉まる

なりふり構わず人生を急ぎ走ればふるさとに帰る資格をもてるかもしれない、しかし無情にも、今度の仕事でも芽が出なかったなぁとため息をつく主人公でしょうか。まぁ誰しもこのような感覚は身に覚えがあろうかと思います。我々がふだん目にする人物は成功者ですから、世の中のみんなうまく行っているのにどうして自分だけはうまく行かないのさ、と絶望感にうちひしがれて涙にくれる日々もありますよね〜。それほどでもないにしても、取り立てて取り柄もなく立身出世なんぞ関係なく、静かに人生をやり過ごしたいだけのひとも世の中にはたくさんいるに違いありません。それでも世間様とおつき合いしているとどうしても「成功しなければ失敗」という評価にさらされてしまうワケで、そのような世の中って煩わしいだけでしょう。この主人公、ただ単純にふるさとに帰りたい気持ちがあるだけなのに社会の目にさらされて迷い、諦めざるを得ないひとりなのかも知れませんね。

 ふるさとは 走り続けた ホームの果て
  叩き続けた 窓ガラスの果て
  そして 手のひらに残るのは
  白い煙と乗車券


人生は成功という汽車に乗るためのプラットホーム、失敗を許容してくれて長い目で見てくれるのは一見優しいかのように錯覚させられますが、実はいつまでも失敗や挫折しか経験できないひとを本当に救ってはいないのかもしれません。この一節はまことに美しくさらりと流してしまいそうになりますが、そのようなひとの心に寄り添い共感してくれる珠玉の一節であるように感じました。中島みゆきは取り立てて取り柄もなく目立たない普通の存在に光を当てると言われますし事実そうだとも思いますが『地上の星』2000年)、本当に目立たない普通の存在は光を当てられて世間の目にさらされたら煩わしいとしか感じないでしょう。この一節を味わってみると、中島みゆきの光の当て方が人目にさらすような当て方とは全く異なることに気づかされます。『ホームにて』のリリースは1977年で中島みゆきはようやく20歳台半ば、人生に対する徒労感や虚無感をみごとに表現したこの一節には慄然とさせられますわ〜。

 涙の数 ため息の数 溜ってゆく空色のキップ
  ネオンライトでは 燃やせない
  ふるさと行きの乗車券


1968年のいしだあゆみの《ブルー・ライト・ヨコハマ》ではないですが、青白く光る蛍光灯や赤くてもシャープで白熱灯のそれとは全く異なるネオンライトは都会の象徴。ふるさとこそが主人公の失敗や挫折の数々を癒せるのでしょうが、ふるさとという存在は同時に負け犬をさげすむ場所でもありましたね。主人公の傷を癒す場所はいったいどこにあるのでしょうか。

2021年3月29日 (月)

薄暮の桜/茅場町

すっかり弾きこもってwますが、ひさびさに茅場町のグランドギャラリー東京に年度末のご挨拶(*´-`)

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すぐ近くの亀島川にかかる霊岸橋のたもとの桜は早くも散り始めてましたとさ。

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薄暮の時間帯でしたが、旧 iPhone SE のカメラはなかなか優秀でございました(*´-`)

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2021年3月27日 (土)

LED電球断線?

二年だったか前にちょいと心配しながら風呂場に導入したLED照明がまさかというかやはりwの断線、どこかでなんとなく見たようなと思って昔の電球を探してみたところ、ありましたありました。少し口金がサビていますが、問題なく点灯してホッ(*´-`)

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昭和48年11月7日購入の60W白熱球、50年昔で140円だったって、今でも値段がほぼ変わってないのにはノケぞりましたわぃ。つ〜か、今ではLED電球が100均で売ってますから恐ろしきデフレ時代な感なきにしもあらず(^x^;

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当時の経済状況を調べてみたところ、昭和48年2月14日から円ドルが変動相場制に移行したという、なかなかヤヤこしいタイミング。さらに昭和48年10月から第1次オイルショックだったので、この電球は父親がとりあえず買っておいてくれたんだろうかなぁ・・・と、ちょっとしみじみ。

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物価の指標としてなかなか有効な国電の初乗りが30円、うどん・そばは150円程度の時代だったということは、当時の物価はだいたいいまの5分の1くらいだったようですね〜。

2021年3月18日 (木)

Mario Tarenghi (1870-1938) 『Song of the Fisherman, op.47-1』を、1894年ベーゼンドルファー社製ピアノ(ウィーン式アクション/85鍵)で

イタリアのピアニスト&作曲家、Mario Tarénghi (1870-1938) は結構な数のピアノ曲や劇音楽を作曲したようですが、ネット上の資料が乏しくて往生してます。故郷ベルガモの出版社だけでなくドイツの出版社による楽譜がちらちら見つかり、この動画の「Song of the Fisherman, op.47-1」は1909年に例によってニューヨークのシャーマー社から『Four Drawing-Room Pieces』として出版された第1曲めです。ちなみに、2曲めは「A Lullaby」3曲めは「In Fantastic Mood」4曲めは「Improvisation, op.53-1」なのですが、2曲めと3曲めの楽譜が出てこないんですね〜。このシャーマー版楽譜の表紙には、Boston では The Boston Misic Co. そして、Milano と Leipzig では Carisch & Jänishen が出版している旨の記載があり、当時は Tarenghi の作品がしっかりと出版されていたことがうかがえますね〜。

この『Song of the Fisherman, op.47-1』はいかにも舟歌な6/8拍子でメランコリックな歌がまことに好ましく、同じ時代のベーゼンドルファーにぴったりな佳作と思います (*´-`)

2021年3月10日 (水)

上尾市、聖学院教会の Farrand & Votey 社1891年製リードオルガンで、Otto von Booth(1842-1923) 作曲による『Album leaflet No.2』を

埼玉県上尾市にある聖学院大学のキャンパス内「緑聖伝道所・教会」に新しい聖堂ができたのは2004年とのこと、その際に当時の主任牧師が「教会の名物にする」との意気込みで古いリードオルガンを購入するも一度コンサートを開いたきりでお蔵入り・・・という、ワリとありそうな話がございまして。このオルガンは1891年デトロイトの Farrand & Votey 製の11ストップの堂々たる棚付きリードオルガン、いつものリードオルガン修理の達人、渡邉祐治氏が軽く手を加えただけで例によって柔らかく美しい音色を奏でる存在に化けたというのが100年前のリードオルガンあるあるでありま〜す (`・ω・´)

曲は、K.E.Otto von Booth(1842-1923) 作曲による『Album leaflet No.2』です。Karl Edmund Otto von Booth はドイツ生まれでドイツで教育を受け、早くも11歳のときバーミンガムでヴァイオリニストとして活動を始め、14歳でロンドンに定住しました。ヴァイオリニスト、オルガニストそしてピアニストとして活躍しており、さまざまな作品を出版しております。この曲は《Album Leaflets - Six Pieces for the Harmonium or American Organ》としてロンドンで出版されたうちの第2曲めです。

2021年3月 5日 (金)

ベートーヴェン『ピアノソナタ第12番 op.26』から第3楽章を1894年ベーゼンドルファー社製ピアノ(ウィーン式アクション/85鍵)で

ベートーヴェン(1770-1827)の『ピアノソナタ第12番 op.26』から第3楽章を、いつもの1894年ベーゼンドルファー製ウィーンアクションのピアノで弾きました。

この op.26 のピアノソナタ、実はソナタ形式の楽章がないんですよね〜。モーツァルトの例の「トルコ行進曲つきソナタ」もソナタ形式の楽章がなく、第1楽章が変奏曲であるという類似点から「ベートーヴェンはモーツァルトのこのソナタを意識して作曲したのであろう」とまとめる論調が散見されますが、いやいやいや待ってくだせぇ、トルコ行進曲つきソナタには葬送行進曲はないですってばさ。まぁ、よしんば「意識して作曲した」のが真実だったとしても、それってどんな作曲家でも珍しいことぢゃございませんで、それがナニか?ですなw

閑話休題、この第3楽章は葬送行進曲で副題として「MARCIA FUNEBRE sulla morte d’un Eroe/ある英雄の死を悼む葬送行進曲」とされており、この「英雄」が誰なのかは気になりますね。ベートーヴェンで英雄といえばナポレオンが最初に浮かびますが、このソナタが作曲されていた時期のナポレオンはまさに破竹の勢いでしたからそのセンはなさそうな気がします。このソナタが出版されたのは1802年、ベートーヴェンは二十代後半から自身の聴力障害を意識したとされており、有名な『ハイリゲンシュタットの遺書』が1802年ですから、ひょっとしたら自身の「音楽的な死」のための葬送行進曲だったのかも・・・と想像するのはさほど難しくはないでしょう。まぁそれがナニか?w

このタイミングのベートーヴェンは作曲家として順風満帆でこのソナタも変イ長調らしいさわやかな温かさ(主観ですヨw)に満ちているように思えますが、どうしたことか第3楽章だけが葬送行進曲、しかもこの当時としてはかなりぶっ飛んだ調性であるフラット7個の変イ短調とはこれいかに。順風満帆である人生の中に一点現れた音楽家にとって致命的な耳疾の衝撃たるや、フラット7個の変イ短調こそふさわしかったのかも。このピアノソナタはソナタ形式を持たないと最初に書きましたが、強烈な革新者変革者たるベートーヴェン自身を描いた曲だったのかも知れませんね (`・ω・´)

2021年2月23日 (火)

中島みゆき 作詞/作曲『進化樹』ピアノソロ:1894年ベーゼンドルファー社製ピアノ(ウィーン式アクション/85鍵)で

中島みゆきの誕生日は本日2月23日、これに合わせて『進化樹』を、いつもの1894年製アンティークピアノで弾きました。

『進化樹』は、テレビ朝日系『帯ドラマ劇場・やすらぎの郷』の続編として2019年4月9日から1年にわたって放送された『テレビ朝日開局60周年記念・帯ドラマ劇場 やすらぎの刻~道』主題歌の1曲です。『やすらぎの刻~道』は前作に引き続き老人ホーム「やすらぎの郷 La Strada」のその後を描く【郷】編と、山梨を舞台に昭和~平成を生き抜いた無名の夫婦の生涯を描いた【道】編の2層仕立て。当初は『進化樹』『離郷の歌』の2曲が主題歌に使われていましたが、【道】の物語が「平成」編に入るタイミングで『観音橋』『終り初物』の2曲が追加されています。

この一連の主題歌群はまず2019年にシングル盤《離郷の歌/進化樹》として2曲発売され、翌2020年の正月明け1月8日に発売が始まった中島みゆき43作めのアルバム《CONTRALTO》に全て収録されています。このアルバム発売開始と同じタイミングで中島みゆきは「最後の全国ツアー」と銘打って2020年の全国ツアーを1月12日にスタートしましたが折悪しく例の厄介な疫病の蔓延にともなう政府からのイベント開催自粛要請のため途中2月28日から中止を余儀なくされてしまいました。中島みゆきの68歳(!)の誕生日が2月23日で、直後2月26日の大阪公演を終えたタイミングでのツアー中止とは、なんだか自然が中島みゆきの全国ツアーを終わらせたくなかったんぢゃね? とすら思える展開に思えたことは白状しますが、う〜ん、まぁ、考えてみればコンサート自体ができなくなっているのでそれはどうなのよとw

 高い空 腕を伸ばして どこまでも咲こうとした
  めぐりあわせの儚さに まだ気づきもせず


『進化樹』はこのように始まります。すでに2行めで不穏な空気を漂わせてくれるところは、安定の中島みゆきクオリティ。この巨木は屋久杉か淡墨桜か、はたまた「この木なんの木」か、巨木って案外と近所の神社に「保存樹木」としてあったりしますね。環境省が「巨樹・巨木林データベース」を公開してますので、興味のある方はどうぞ。日本の巨木のトップクラスってクスノキやイチョウが多いんですよ〜。

 誰か教えて
  僕たちは今 ほんとうに進化をしただろうか
  この進化樹の最初の粒と
  僕は たじろがずに向きあえるのか


1番のサビはこうなっています。人類が個人でも集合体でもなにやらごちゃごちゃ頑張る営みって、時代が変わっても本質的にはな〜んにも変わってないんですよね〜。ホレ、中国の数千年昔の古文書に「最近の若いモノは」と書かれていたって言うぢゃあ〜りませんか(何か違うw)。それでも、自らの生を生き抜くためにもがき苦しみ、人との<めぐりあわせ>に活路を見出し、ウマく行ったと思ったらけつまづいたりして<儚さ>に涙する、ま〜なんとも人間って懲りない生きモノですわ ヽ( ̄▽ ̄)ノ

 踏み固めた道も薄れて また始めから荒れ野原
  人はなんて幼いのだろう 転ばなければわからない


同じ失敗を繰り返すのはアホだとはわかっていても、先人たちが身をもって懇切丁寧に道を示してくれていても、見えないときは見えないんですよね〜。転んだことにさえ気づかずにいることもままあったりしてほんっっっとにイヤになりますが、ここ10年くらいのSNSの興隆のおかげ/せいで、このような人間の愚かさそして醜さってつくづく無限大なんだなぁと思わされます。今般の厄介な疫病って、このようなおバカな人類に対する警告ではないかなぁと感じている人は少なくないと思うのですが、そこでどんなに崇高な人類愛を謳ったところで悪意ある権力/武力/経済力wに対しては無力なのもまた真実で。それだからこそ、せめて自らの近しい範囲でのささやかな幸福を愛でられるような心を大切にはぐくみたいものではございませんか。

 誰か聞かせて
  遥か昔へ 僕は 何を置いて来たのだろう
  何も知らずに 僕はひとりだ
  この樹の根は 何処に在ったのだろう


人類というこの懲りない存在をナゼ神は創り出したもうたのか、自分というこの醜く矛盾に満ちた存在がなんのために産み落とされたのか。人類が遥か昔へ置いて来てしまったのはナニか、<>は本当はナニモノなのか、これまた古来から優秀でメンドーな奴らが邪魔くさくw考え続けていることではございますが、いわゆる「業」やら「原罪」やらはそこを象徴的に提示しているんでしょうね。自らの根っこを見つけられたヒト、そしてその根っこを活かせたヒト、決して多くはいないと思いますが、中島みゆきがその中でもトップクラスの存在であることは疑いないでしょう。

「初心忘るべからず」と申します。出逢ったときのえも言われぬワクワク感って、それが日常となるにしたがってどうしても薄れてしまうもの。ですが、我々が活躍を目にできるほどの大きな存在は新しいワクワク感を感じる豊かさが日常であって、いわゆる「怠惰な日常」とは無縁なんですね。だからこそ到達できた高みを凡人である我々が享受できる豊かさをかみしめつつ、自分がワクワクと出逢ったときの心持ちを折に触れて思い出したいですね〜 (*´-`)

2021年2月20日 (土)

スクリャービン『4つのプレリュード op.22』から第2曲を、1894年ベーゼンドルファー社製ピアノ(ウィーン式アクション/85鍵)で

スクリャービンの『4つのプレリュード op.22』から第2曲を、いつもの1894年ベーゼンドルファー製ウィーンアクションのピアノで弾きました。

このop.22は1898年の出版、ということはこのウィーンアクションのベーゼンドルファーと同じ時代に世に出された曲集だったりします。第2曲めのop.22-2は1分足らずですが。いかにもスクリャービンらしいネジくれた半音階の断片がそこら中にちりばめられていて、しかも2連符と3連符との入り混じり方もなかなか素敵に変態チックwだなぁと。2連符と3連符との同時進行ってピアノ弾きにとってはもはや空気のような存在で難しくはないと思われますが、それっぽい処理は案外と難物なんですよ〜。

真剣に生真面目に取ってしまうと単なる分数を通分した結果の無味乾燥な「たんたかたんw」になってリズムが錯綜した雰囲気がまるで出ませんし、なんとなくさらっと流してしまうとアタマ使っていない/使えていないのがモロバレになりますし、それっぽく弾こうとすると無理矢理そう作っている意図がにじみ出てしまったりして、なかなかに手ごわい相手でありま〜す。

しつこいですが基本として大切なのはやはり複旋律的な認識でして、それと同時に2連符と3連符の「密度の違い」がうねうねと目まぐるしく曲中を駆け巡ってくれてこそのネジくれたスクリャービンだと思います。初期のスクリャービンの根っこはなるほどショパンとリストだなぁと思いますが、同時にこの時代のピアノが持つ不思議な響きは必要不可欠だったのではないでしょうか。世紀末のウィーンの爛熟した文化の結実である1894年製ベーゼンドルファーと帝政末期のロシアに花開いたスクリャービンとのマリア〜ジュ、興味深い結果になりました (*´-`)

2021年2月12日 (金)

ベートーヴェン『ピアノソナタ第12番 op.26』から第1楽章を1894年ベーゼンドルファー社製ピアノ(ウィーン式アクション/85鍵)で

ベートーヴェン(1770-1827)の『ピアノソナタ第12番 op.26』から第1楽章を、いつもの1894年ベーゼンドルファー製ウィーンアクションのピアノで弾きました。

第1楽章が変奏曲になっているピアノソナタはモーツァルトのいわゆる「トルコ行進曲つきソナタ」に例がありますが、か〜なり珍しいです。変奏曲ってなかなか悩ましくて、あくまでも「変装」いや「変奏」ですからwあまりにもテンポや雰囲気を変えて主題がどこかにすっ飛んじまうのもどうかと思いますが、「変奏」とは元ネタの雰囲気をどう変えていくかがウデの見せどころでもあり、どないせぇっちゅ〜んじゃと。「変装」なら元ネタがバレちゃ失敗なんですけどw (*´-`)

だいたいこのピアノソナタの主題がクセモノでして、主題の中ですでに変奏してやがるワケですよ〜。同じ芸を二度見せるのは恥だったwでしょうから二度目にはちょっと変装いや変奏(しつこいw)を加えるのが当然だったにしても、このような多重構造っていわゆるドイツっぽい「構築性」の発露なんでしょうね〜。最後の第五変奏で主題の出だしの「カタチ」が二小節連続でベースに出て来るところ、あぁそう言えばこんな「カタチ」を何度も聞いたよなぁ・・・とナニか腑に落ちるような感覚にさせられませんかの?

それにしても、若きベートーヴェン先生ってば、後期のピアノソナタ第30番の終楽章を彷彿とさせるような変奏曲を既にこの時点で書いているとはおそるべし。ベートーヴェン先生はあまたの天才の中でも超弩級の天才ですからその進化なんて我々凡人からはおよそ窺い知ることなんてできようはずもございませんが、そのような天才が世に出して良いと判断した大変なレベルの作品(=人類の宝ですよね〜)を自由に弾いて良いこの世界、ワリと捨てたモンじゃ〜ないなぁと思います (`・ω・´)

2021年1月28日 (木)

中島みゆき 作詞/作曲『無限・軌道』ピアノソロ:1894年ベーゼンドルファー社製ピアノ(ウィーン式アクション/85鍵)で

中島みゆきの『無限・軌道』を、いつもの1894年製アンティークピアノで弾きました。

『無限・軌道』のオリジナルは、2004年1月の《夜会VOL.13─24時着 0時発》のために作られ、第8場「法廷」で中島みゆき扮する“あかり”によって唄われています。そして、2005年発売のアルバム《転生(TEN-SEI)》にタイトルを『無限・軌道』と変えて新たに3番を追加して収録されています。なお、アルバム《転生(TEN-SEI)》は《夜会VOL.13─24時着 0時発》のオリジナル曲から11曲をセレクトしたもので、いわばサウンド・トラック盤ともいえるアルバムです。

 無限・軌道は真空の川  終わりと始めを繋ぐ『無限・軌道』2004年)
 今日は倒れた旅人たちも 生まれ変って歩きだすよ『時代』1975年)
 伝えておくれ故郷へ ここで生きてゆくと『麦の唄』2014年)

アルバム《転生(TEN-SEI)》のタイトルともなっている転生という思想は1989年から続く「夜会」すべてに関わっておりまして、中島みゆきの実質のデビュー曲である『時代』の世界観そして中島みゆきの音楽世界で頻繁に目にする思想でもあります。文字通り生まれ変わるのみならず、人生の転換点であっても時代の転換点であっても転生となり得るワケで、今般の厄介な疫病にさらされている我々はすなはち《転生(TEN-SEI)》の真っただ中にいるのかも知れませんね〜。タイトルが無限軌道ではなく『無限・軌道』ですから、軌道が無限に続くという単純なイメージではなく、自然界というか宇宙の果てしなさと人生の限りない可能性とを並列に感じてほしいのではないでしょうか。宮沢賢治の『銀河鉄道の夜』を思い起こす方も少なからずいらっしゃるのでは。

 本当のことは  無限大にある
  すべて失くしても  すべては始まる


『無限・軌道』はこのように始まりますが、これ、まさに今の時代にふさわしい語りかけではないでしょうか。厄介な疫病がためにあらゆる人が人生をひっくり返されてしまうほどの激動がとどまるところを知らないですが、厳しくも、始まりは<すべて失くした>ところだったりするんですよね〜。そして、ネタって実はそこいら中に転がっているはずで、それをどのように生活の糧とするか結局はアイディア勝負なのが突きつけられているという。まぁ実はコレって自分にとってはか〜なり厳しいんですけど。ど〜しましょw

 行く先表示のまばゆい灯りは
  列車の中から  誰にも見えない


この指摘はまことにわかりやすく、一瞬にして納得のたとえですね〜。このようなちょっとした視点の変化を使って印象深く語りかけてくるのは、言葉の使い手である中島みゆきのまさに真骨頂。まぁ列車に乗るときにゃ必ず行先表示を確認してから乗るでしょ〜、と突っ込むのはヤボですぜ、ヤボw

 誇らしくもなく  珍しくもなく
  普通の暮らしの一日のように
  或る朝  或る夜  君は乗るだろう
  懐かしいあの人々と  永遠をゆく鉄道の客となって


「夜会」版になくアルバムで追加されたのが、この一節です。そう言われてみると、詩的にも音楽的にもなんとな〜く唐突な印象もなきにしもあらずですが、一聴してそれとさとらせない技術はやはり一流であります。生きとし生けるもの全てその意思とは無関係に無限軌道の客であって、それを意識したタイミングからその人の人生が始まるんですね。それが2回目の『誕生』であり《転生》でもあるということは言い古されておりますが、いやはや、気づいたら最後、ず〜っと厳しくなるんですけどね〜 (`・ω・´)

«Fischer の『アリアドネムジカ/Ariadne Musica』から「プレリュードとフーガ 第1 ハ長調」を、超低音16フィート付のジャーマンチェンバロで

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