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10月1日/沈黙は金・雄弁は銀 ACT.2@ソフィアザール駒込

「不要不急」というキーワードで全てが規制されてしまいがちなこのごろですが、ちょ〜っと待っていただきたい。人間という存在を単なる生き物でなく(この表現もチト語弊がありますが)人間たらしめているのは、他でもない「不要不急」ができる存在だからではないでしょうか。音楽活動に限りませんで、およそ全ての人間の活動は等しくそれぞれが自らの尊厳を守るために欠くことができないということ、皆が痛感させられてきたことでしょう。

今般の疫病に対して思うところはそれぞれに強〜烈にございましょうが、この状況についてネット上で文句を言ったところで自己満足のガス抜きにしかならない・・・のはサンザン経験してますよね〜。この国の状況に関わらず従来通りの活動が困難になってしまったのもまた確かですし、それなら範囲を絞った上で自分にできることを細々と続ける以外の選択肢は存在し得ないのではないでしょうか。この不要不急なwピアノ演奏会は10月1日の土曜日です。疫病な奴らは手を替え品を替え我々を試してきやがりますが、疫病があろうがなかろうが、音楽家ができるのは不要不急の音楽以外にはないのでありま〜す。

我々にはすでに感染防止の経験が1年半以上あるワケですから、勘所はかなり理解できているはずです。定員50名のところ半分の25名に減らし、時間も少しコンパクトに抑えての開催、くれぐれも無理はなさらずですが、おいでくだされば嬉しいです。少しでも体調に不安があれば当日でも遠慮なくキャンセルしていただきたく、入場料は当日精算にしてあります。受付でのやり取りを少しでも減らすため、お釣りのないように3000円ちょうどの準備をしていただければ幸甚に存じます。


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2022年10月1日(土)14時開演(13時半開場)
駒込、ソフィアザール
(JR駒込駅東口徒歩5分程度/北区中里1-26-10)
3000円(当日精算/25名限定、要予約)
共催 ソフィアザール
申し込み 03-3822-9677
               090-8348-1170(ソフィアザール:遠藤)
           bergheil69@me.com(筒井)

声高で乱暴な主張ばかりの世の中、疲れませんか?

20221001_leaflet_pianos

<プログラム>
 ベートーヴェン (1770-1827)
  ロンド ハ長調 op.51-1
 シューベルト (1797-1828)
  ピアノソナタ D664 第2楽章
 グリーグ (1843-1907)
  「抒情小品集」から
 フィビヒ (1850-1900)
  小品集「気分、印象そして追憶」から
 マスネ (1842-1912)
  いともゆるやかなワルツ
 ゴダール (1849-1845)
  田園に想ふ, op.43
 ヘルマン・ネッケ (1850-1912)
  夜のケーヒニス湖上遊覧, op.241
 デオダ・ド・セヴラック (1872-1921)
  おばあさまが撫でてくれる
                    (曲順不同)

*参考動画(本番の楽器はコレじゃないですよ〜)
デオダ・ド・セヴラック/おばあさまが撫でてくれる

2022年9月18日 (日)

マルセル・モイーズ『Tone Development through Interpretation』第78番を、100年前のフルートLouis Lotと1905年製プレイエルで

ベーム式フルートの押しも押されもせぬ名器である、20世紀前半のLouis Lotと1905年製のPleyel、という同時代の楽器を使った夢の協演です。
(Fl. 素来聡子 / Piano 筒井一貴)

「昔の楽器は現代の楽器とは違って・・・云々」とは普通〜に言われますが、我々現代人は現代に頭のてっぺんからつま先まで漬かっているワケで、現代の価値観を通した「曲解」になってしまうのは当然のこと。そしてそれを嘆いて「世の中は間違っている!」と憤慨されることもまた少なからず。考えてみれば、他の世界でも「新品vs中古」という相容れない対立wなんていくらでもありますよね〜。

ワタクシがワリと過激(いやフツ〜w)な「中古派w」なのはみなさまご存知とは思いますが、共演しているフルート教室ファルべのお二方が奏でる100年前のベーム式フルートもまた過激(いやフツ〜w)に当時の価値観を我々に投げかけてきて最っ高なんですね〜。そりゃもぅ高崎のアトリエミストラルで動画収録をしないワケには行きませんで、ひたすらに温かく美しい世界となりました(*´-`)

*フルート教室ファルべ:石井孝治&素来聡子
http://www.flutefarbe.com/

曲は、Bruneau(1857-1934)のオペラ『L'attaque du moulin』第2幕から、Dominiqueのアリア「Le jour tombe, 」です。これまたフルートの世界では忘れることは許されぬマルセル・モイーズ(1889-1984)による、さまざまなオーケストラのフレーズやオペラのフレーズなどからフルートの表現を学ぶための『Tone Development through Interpretation』という曲集がございまして、それに第78番として所収されています。



多種多様な情報がタダで手に入る現代、100年前の楽器を使う奏者こそ増えましたが、昔の楽器を使いさえすれば自動的に他人と異なる豊かな音楽表現がくっついてくるほど甘い世界ではございません。昔の楽器は現代の楽器と比べればある意味「不便」ですし、物理的に「限界が早い」のも当然のこと。それをも正面から受け入れて昔の楽器ならではの芸風で演奏できる奏者はごくごくごくごくw少数派で(実は受け入れた方が圧倒的に演奏しやすいことを知らぬ演奏者が圧倒的多数)、そんなお二人と共演できるのは何という光栄☺️
(現代風味で演奏したら昔の楽器を使う意味なんぞ全くないのですが、現代人は現代の人類wですから、ある意味当〜然の帰結ではあります😞)

2022年9月10日 (土)

遠州楽器制作株式会社、ENSCHU E121-P2 新品で、メリカント『ワルツ・レント, op.33』を

遠州楽器制作株式会社、ENSCHU E121-P2 新品で、メリカント『ワルツ・レント, op.33』を弾きました。

遠州楽器制作株式会社は、日本の新しいピアノメーカーです。かつて日本では浜松を中心として百社以上のピアノメーカーがありましたが、現在は最大手以外はほとんど全滅して日本のピアノ制作の伝統が途絶えてしまったかに見えますが、ぎりぎりのところで踏みとどまったのが何よりも嬉しいことと思います。MADE IN HAMAMATSU の誇りを持って、安かろう悪かろうでなく「柔らかく美しい音色のピアノ」を作り続けようというその意気や良し!
・遠州楽器制作株式会社: https://enschu-gakki.co.jp/

なお、ロゴ周りの木目は例によってのピアピットの渡辺さんによるカスタム木目塗装仕上げですよ〜(・o・ゞ

2022年9月 7日 (水)

中島みゆき 作詞/作曲『かもめの歌』ピアノソロ:1894年ベーゼンドルファー社製ピアノ(ウィーン式アクション/85鍵)

中島みゆきの『かもめの歌』を、いつもの1894年製アンティークピアノで弾きました。

『かもめの歌』は、1993年発売のアルバム《時代 -Time goes around-》のラストに収録されています。もともとはフランスで活躍する歌手・バトリシア・カースの3rdアルバム《永遠に愛する人へ/je te disvous》の日本盤のボーナストラックのために書き下ろされた曲で、中島みゆき初の海外アーティストへの書き下ろし曲だったりします。

『かもめの歌』は重々しい3拍子で始まるのですが、歌が入ってきたときに異様に引きずるようにリズムが軋みます。ワタクシ中島みゆきはそれなりに聴いていますが、このような歌い方をしている曲はちょっと他に見当たらず、いつもの独特な節回しとも違うのでこりゃ困ったなぁ・・・と。まぁコレ何日かで怪決できたのですが、伴奏が3拍子で歌が2拍子としやがっているせいでリズムが軋んで、基本が3拍子という前進しやすい性格を2拍子の歌がムリヤリ引き戻すような効果を生んでいるんですね〜〜〜。実はアルバムでは少なからず混乱していたりしてますが、それが狙いなのかそうでないのかは判断不能です。・・・イヤ、コレ、ど〜やってピアノソロで弾きゃぁイイのよ!!www

1番です
 いつかひとりになった時に
  この歌を思い出しなさい
  どんななぐさめも追いつかない
  ひとりの時に歌いなさい
  おまえより多くあきらめた人の
  吐息をつづって風よ吹け
  おまえより多く泣いた人の
  涙をつづって雨よ降れ


「人は独りで生まれて独りで死ぬ」とは、めんどくさい連中にもそうでもない連中にもw古来ワリと言い古されていようかと思います。そのときに残った「何か」こそが自分が生きた証・・・ともめんどくさく説かれますが、ん〜、ワタクシそれなりに半世紀以上人生を歩んでいますが「あんときにこうしときゃ/しとかなきゃヨかった」という後悔ぐらいしか残ってないんですよね〜。とほほほ。

それでも世間はむっちゃ広いワケで、<おまえより多くあきらめた人>も必ずいるでしょうし、<おまえより多く泣いた人>もいくらでもいることでしょう。そしてそのような状況にならざるを得ない人たちが昨今の世間の混乱でどれほど増えてしまったことでしょう。政治に分断され、疫病に分断され、戦争に分断され、庶民はそれこそ踏んだり蹴ったりですが、そこにいささかなりともうるおいを差し出せるのは他でもない芸術ではないでしょうか。それを自らの歌で体現するのが歌手でして、中島みゆきがその頂点の一つであることは他でもない数字が証明していますね。

「音楽の力」とかなんとか言って安っぽく感動を誘いたがる風潮は以前からありますが、そんなのとは一線を画して(当然かw)この歌はここにあるだけでゆるぎなく広く聴き手を抱擁する力があるように思います。

 あらゆる藝術の士は人の世を長閑にし、人の心を豊かにするが故に尊とい。>(夏目漱石『草枕』1907(M40)年)

そしてサビの表現、好きなんですよ〜。

 生まれつきのかもめはいない
  あれは其処で笑ってる女
  心だけが身体をぬけて
  空へ空へと昇るよ


思い出すのも難しいほどにさまざまな経験をしたことで、煩悩の象徴である<身体>から解き放たれた<>だけで<イツモシヅカニワラッテヰル(宮澤賢治『雨ニモマケズ』1931年)ことがもしもできたとしたら、なんと嬉しいことでしょうか(反語w)。



この動画で使っているピアノは100年以上昔、1894年製のアンティークピアノ。このような楽器を使ってこのような曲を弾くのはまことに愉しいです。現代では世間で聞こえる音のほとんどは電気を通していますが、このころに世間で聞こえていた音は生音が主流でした。1877年にエジソンが蓄音機を実用化し、このピアノが作られた1894年にはSPレコードの大量生産ができるようになって、次第に「録音」というシロモノが世間に知られるようになった時代。こんな時代の楽器がどれほど豊かな音世界を伝えていたのか、この動画で使っている楽器は奇跡的にオリジナルほぼそのまま、まさに時代の生き証人です。

2022年9月 3日 (土)

BELTONのアップライトピアノFU33W(1976年製)で、シューベルト『ピアノソナタ D664 イ長調』から第2楽章を

シューベルトの「小さなイ長調ソナタ」として知られるピアノソナタ D664 から第2楽章を、昭和51年(=1976年)納入調律という調律カードが入ったBELTONのアップライトピアノFU33W(Serial No. 303xx)で弾きました。
実は音声の扱いをトチった状態で YouTubeにアップしていたので、アップし直しました💦)

このピアノ、形式が「FU33」でウォルナット仕上げなので「W」が付けられているんだろうなぁと推測。この個体は某教会の所有で、調律カードによると2002年までは数年おきに手を加えられていたようですがそれから20年近く放置されていた由。そのワリには状態がまともで調律しただけでそれなりに豊かな響きが蘇ったのが僥倖で、2022年9月3日にごく小規模で行ったミニコンサートの実況録画でございます。教会の礼拝堂で厳しい日本の夏を越えて調律がところどころアサッテに逝ってますがw、まぁご堪忍くださいませ〜(*´-`)

BELTONは古き佳き時代の国産ピアノ、日本のピアノ製作のメッカであった浜松の冨士楽器/ベルトーンピアノ研究所で作られています。このベルトーンという名称は芸大教授でピアニストであったレオニード・クロイツァー/Leonid Kreutzer(1884-1953)氏によるもので、ピアノの鋳物フレームには誇らしげに<"BELTON" NAMED BY PROF. LEONID KREUTZER>と鋳込んであります。また、古い時代のBELTONの鋳物フレームで<MANUFACTURED SINCE 1937>と鋳込んである写真が複数転がっております。BELTONは「国産ピアノの中でとりわけ音色が良い」という定評はあるようですが、かたや「修復にエラく手がかかる」という評価もあるようで、まぁありがちなバラつきなんだろなぁというのがワタクシ個人の見怪でございます。とりわけ、楽器とはもともとの質よりもナニよりも「履歴の個体差」の方が圧倒的にモノを言いますからね〜。

なお、ロゴが「BELTON」であることからか「ベルトン」とカタカナ書きされることも少なくないようですが、調律師学校を卒業して最初に冨士楽器に就職して最後の数年間勤めた方から「カタカナ書きではベルトーンだった」という証言が得られました。

2022年8月27日 (土)

大型軽量三脚導入の巻

まだまだ若いモンには負けないつもりですが、あたしゃピアノより重いモノ持ったコトないし、持ち歩く重量は軽いに越したコトはナシ。とゆワケで、今世紀初めての豪華三脚の導入でござ〜い✌

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基本スマホでの動画撮影用なのでAmazonの数千円ので充分なのですが、男のコってば高スペックに弱くてウッカリ伸長2m近くのカーボンファイバー製なシロモノを捕捉、縮長45cmなら許容範囲で重さが驚きの0.5kg弱。みんな大好き中国大陸からの直輸入wで送料込9000円しないなら、そりゃポチりますってば、とほほほ😅💦
(実はライトスタンドなのは内緒よw)

2022年8月26日 (金)

YouTuber ぶどうさんに乱入セッションの巻

こないだピアピットで MATSUMOTO & SONS 12型 の収録をしましたが、ちょうどその直後のタイミングでYouTuberの「ぶどう」さんがピアピットを訪問、アツい若者らしくご同行の若い調律師氏ともども大興奮していたので、オジさんちょいといたづらをば(^^)

修復途中の140年ほど昔のプレイエルのピアニーノについて軽〜くご説明するなどの老害ぶりを発揮しつつ、彼が遠州ピアノでラフマニノフの協奏曲第2番を弾き出したので、同じスペースにあった MATSUMOTO & SONS 12型 でオケパートを合わせてノケぞらせましてな。ちなみにワタクシ、ラフマニノフのオケピアノはおそらく今世紀初めてw

敵もサルモノ、というか桐朋のピアノ科卒なので優秀なのは当然とも言えますが、しばらく合わせて止めたタイミングで「もっとヤリましょうよ〜」と仕掛けてきやがりましてw。ピアピットの渡邉さんも大張り切りで、急遽ピアノをささっと移動して2台アップライトピアノの打ち合わせ全くナシの一発合わせを収録してしまいましたとさ(*´-`)

YouTuberってナニが大変って実は動画の編集作業でして、この目に見えない苦労の甲斐あって、まことに愉しい回になってます。それにしても、ラスト前のオケの見せ場でワタクシが譜めくりトチって思いっきりヤラかしたのをカットしないとわ、ぶどうさんってば わ か っ て ら っ し ゃ る www
ぶどうとピアノ TouTubeチャンネルは、こちらですぜ

2022年8月20日 (土)

MATSUMOTO & SONS 12型(1955年頃?)(PIAPIT修復)で、ドヴォジャーク『8つのユーモレスク, op.101』から、第7曲を

MATSUMOTO & SONS はもともと日本のオルガン・ピアノ製造の先駆者のひとりである松本新吉(1865-1941)が創業、西川虎吉や山葉寅楠らとともに日本の楽器業界の黎明期を担っていました。やがて長男の広によるH.MATSUMOTOが月島で大量生産を始め、かたや新吉は六男の新治とともに郷里の君津でS.MATSUMOTOとして自らの理想とする<スウヰトトーン(心地よい音)>を目指すべくピアノを作り続けました。戦中に新吉と新治が相次いで亡くなりましたが、新治の妻の和子が1952(昭和27)年に工場を復興、長男の新一とともに MATSUMOTO & SONS として再興しました。和子の没後も新一と妻の衣子の二人三脚で2007(平成19)年の工場閉鎖まで少〜しずつ作り続けていました。

この楽器の鋳物フレームの左上に鋳込まれている新吉の生没年は(1685-1941)となっていてJ.S.バッハの生年と同じwになっていますがこれは6と8を逆にした単純ミス^^;、そして弦を引っ掛けるための「ヒッチピン」という部品の配置が極めてナゾで誤った位置に弦が掛けられていたことで駒ピンに無理がかかって割れていました。そこでさすがの ピアピット の 渡辺順一 さん、正しい位置を見つけ出して駒を作り直して弦を掛け直したところ、素晴らしい鳴りそして音色に大化けして一同仰天の一コマでした。松本新吉が目指した<スウヰトトーン(心地よい音)>の真髄が聴こえるかも知れませんよ〜(・o・ゞ

*ピアノ工房ピアピット(千葉県印西市)
ピアノは本気で直せば古いピアノでも必ずよみがえります
http://www.piapit.com/repair.html

ドヴォジャーク(1841-1904)の『ユーモレスク』はヴァイオリン独奏曲としてばかり知られていますが、もともとは『ピアノのためのユーモレスク集 op.101』として8曲セットで出版された曲集の7曲めなのでありま〜す。Dvořákの曲には弦楽器な感覚が随所にあり、ヴァイオリン版が有名になるのも頷けたりしますね〜。

2022年8月 7日 (日)

中島みゆき 作詞/作曲『Maybe』ピアノソロ:1894年ベーゼンドルファー社製ピアノ(ウィーン式アクション/85鍵)

中島みゆきの『Maybe』を、いつもの1894年製アンティークピアノで弾きました。

『Maybe』は、1991年発売のアルバム《歌でしか言えない》に収録されています。この曲はその前年1990年の『夜会』で最初にお披露目されたときには「都会で働く孤独な女性が強がっている」という場面で歌われていました。なお翌年の『邯鄲 夜会1991』(幻冬舎文庫)のシナリオによると、このシーンは<ここまでのストーリーが、急速に早送りのように総括されます>との由。なるほどラストから2曲めですもんね〜。『夜会』は1989年に始まっていますので1990年は第2作め、そして『Maybe』は1995年に発売された『夜会』の曲を集めたアルバム《10 WINGS》にも収録されており《歌でしか言えない》《10 WINGS》とではま〜るでアレンジが異なっています。どちらも魅力があって捨て難いのですが、今回は強がりを全面に押し出したアレンジの《10 WINGS》の方を採用(?)しました。

1番です
 雲の流れは西から東 4つの季節をつないでゆく
  今日も地上に吹きつける風は 左から右 右から左
  1秒毎に気が変わる 予測のつかない癇癪持ち
  1つのビルの角を曲がる度に意外な向きで吹きつけて来る
  私は唇かみしめて胸をそらして歩いてゆく
  なんでもないわ 私は大丈夫 どこにも隙がない
  なんでもないわ 私は大丈夫 なんでもないわ どこにも隙がない
  Maybe 夢見れば Maybe 人生は
  Maybe つらい思いが多くなるけれど
  Maybe 夢見ずに Maybe いられない
  Maybe もしかしたら


情景描写が非常にわかりやすくて、これなら『夜会』の内容を知らなくてもな〜んか「都会で働く孤独な女性が強がっている」という感じが伝わってきますね〜。<>がポイントの一つでして、まぁ単純な<>ではなく「逆風」であるのも簡単にわかりますね。コレ、仕事に対する逆風であるばかりでなくて人生を送る上で必ず立ちはだかってくる「予想外の展開」なんだよなぁ・・・と思ってしまったソコのアナタ、もはや面倒っちぃオトナになってますネ(・o・ゞ

それにしても、サビの

 Maybe 夢見れば Maybe 人生は
  Maybe つらい思いが多くなるけれど
  Maybe 夢見ずに Maybe いられない
  Maybe もしかしたら


って、たまらないですね〜。<Maybe>を執拗に挟み込むという歌唱に特有なレトリック、そして倒置と省略技法が盛り込まれており、つまりは

 人生は 夢みれば つらい思いが多くなるけれど
  もしかしたらと 夢見ずに いられない


がメインで伝えたいことなんだろうなぁと。そうなのです、「夢」なんかに関心なくてただただ日々を過ごしてしまいたい人も実は決して少なくないのが現実社会ですが、そのような人たちでも、否、そのような人たちだからこそ「逆風」には人一倍さらされたくなく、それこそが「夢」というか「切なる願い」なのではないでしょうか。大それた「夢」ではなく、日々のちょっとしたほんのささやかな幸せを願いつつ社会にその存在を一切知られずに一生を送る圧倒的多数の人たちを直撃したのは、昨今流行りのこの国の政治不信でもなんでもなく、遠く離れた国の争いに端を発した物流の停滞に伴う大〜幅な物価高です。夢見ればつらい思いが多くなるのはある意味予測できる逆風ですけれど、夢見てないのに逆風にさらされるのってむっちゃくちゃに理不尽ですぞ。あ、ハナシがそれました。

2番です
 弱気になった人たちは 強いビル風に飛ばされる
  私は髪をきつく結いあげて大きなバッグを持ち直す
  思い出なんか何ひとつ私を助けちゃくれないわ
  私をいつも守ってくれるのはパウダールームの自己暗示
  感情的な顔にならないで 誰にも弱味を知られないで
  なんでもないわ 私は大丈夫 どこにも隙がない
  なんでもないわ 私は大丈夫 なんでもないわ どこにも隙がない
  Maybe 夢見れば Maybe 人生は
  Maybe つらい思いが多くなるけれど
  Maybe 夢見ずに Maybe いられない
  Maybe もしかしたら


どんな頑丈な鎧を着ていても、どんなに強い人であっても、その裏側には必ずや弱い自分を隠しているのであります。コロナ禍があってもなくても戦争があってもなくても人生には逆風がついてまわりますが、それに飛ばされないためにはやはり個々人のささやかな自分だけの満足感が必要不可欠なのではないでしょうか。強い自分も弱い自分も、正直な自分も嘘つく自分も、嬉しい自分も悲しい自分も、それらがどんなに矛盾だらけであっても全てが自分そのものですね。それは自分こそが最も痛切に感じているモノで、そりゃ〜偽りたくなるのも当〜然ですよね〜。

 思い出なんか何ひとつ私を助けちゃくれないわ
  私をいつも守ってくれるのはパウダールームの自己暗示


思い出に浸っていても逆風は止みませんし先送りになってしまうのがオチでしょうが、自分だけの密かな「推し」の存在があれば、それこそが心を支えてくれるのではないでしょうか。こうなってくると「推し」が夢か現実か思い出かなんて些細なことなのかも知れないとさえ思います。いやはや、この2行、ワタクシ的には『Maybe』の最大のポイントなんですね〜(*´-`)



この動画で使っているピアノは100年以上昔、1894年製のアンティークピアノ。このような楽器を使ってこのような曲を弾くのはまことに愉しいです。現代では世間で聞こえる音のほとんどは電気を通していますが、このころに世間で聞こえていた音は生音が主流でした。1877年にエジソンが蓄音機を実用化し、このピアノが作られた1894年にはSPレコードの大量生産ができるようになって、次第に「録音」というシロモノが世間に知られるようになった時代。こんな時代の楽器がどれほど豊かな音世界を伝えていたのか、この動画で使っている楽器は奇跡的にオリジナルほぼそのまま、まさに時代の生き証人です。

2022年8月 5日 (金)

ブリュートナー 121cm 1934年製(PIAPIT修復)で、ブルッフ『6つの小品, op.12』から、第6曲を

こだわりのピアノ工房 ピアピット によるいつもながら気合の入ったオーバーホール済の 1934年製ブリュートナー 121cm で、ブルッフ/『6つの小品, op.12』から、第6曲を弾きました。

ブリュートナーは、スタインウェイが世界を席巻する前にはベヒシュタインと並び立つ一流メーカーでした。古い楽器らしさを残すために外装には手をかけず、バキバキだった響板の修復そして駒の一部作り直しという大工事を経てよみがえりました。音を出すハンマーはオリジナルで少しだけ表面を剥いたことで若々しい音色になってビックリ。

*ピアノ工房ピアピット(千葉県印西市)
ピアノは本気で直せば古いピアノでも必ずよみがえります
http://www.piapit.com/repair.html

作曲のブルッフ(1838-1920)は今では『ヴァイオリン協奏曲第1番 ト短調』程度でしか知られていないですが、魅力的なメロディーの小品など様々な作品を精力的に出版していたドイツの中堅作曲家です。このブリュートナーは高さが121cmしかないアップライトピアノですが、充実した低音の響きにシビれましたぞ(・o・ゞ

2022年7月28日 (木)

グノー『Prélude/プレリュード』を、1905年製プレイエル3bisピアノ(85鍵)で

グノー(1818-1893) の『Prélude/プレリュード』を1905年製85鍵のプレイエル 3bis(トロワビス)型ヴィンテージピアノで弾きました。

グノーの作品で知られているのは超〜有名な『アヴェ・マリア』ぐらいでしょうが、それなりに有名な作曲家ですから他に作品を描いていないハズはございませんでして。この『Prélude/プレリュード』は1877年の出版ですからこの動画で弾いているプレイエル3bis より少し昔の曲です。取り立てて魅力に満ちているワケでもないフツーの小品ですが、やはり同じ時代のピアノの音色で弾いてみると魅力百倍。まぁ地味であることには変わりないですけどね〜 (*´-`)



19世紀末から20世紀初頭にかけては現代的な科学技術が次々と花開いたタイミングで、ピアノに限らず人間の生活が大変に変化したタイミングでもありました。そしてこの時代に生み出された芸術もまた大きく変化したワケでして、あまたの才能そして魑魅魍魎がそれこそうじゃうじゃと湧いていた時代なんですね〜。この時代はまだまだ「魔力」に満ちていて神秘的なナニかに対する感受性も相当に高かった時代でしょうから、たかが現代日本人がこの時代のピアノを使ったところでそれを強く強く念頭に置いて弾かないと一発で返り討ちされるのが怖く、またオモシロいのでありま〜す (`・ω・´)

2022年7月21日 (木)

BECHSTEIN K 1932年製(PIAPIT修復)で、マスネ『いともゆるやかなワルツ/Valse très lente』を

おなじみ印西市のピアピットでピン板交換という大手術を敢行したBECHSTEIN K(1932年製)で、マスネ『いともゆるやかなワルツ/Valse très lente』を弾きました。

ベヒシュタインK型は現代は製造されていない小さなグランドピアノです。古い楽器らしさを残すために外装には手をかけず、調律の「持ち」に不安があってボディーの一部をえぐってピン板を取り替えるという大手術を敢行、古い楽器の味わいを残しつつ健康的な音色が見事によみがえりました。カール・ベヒシュタインが修行したのはパリですから、実はベヒシュタインってドイツで作られていても系統・血筋としてはフランスのピアノなんですね〜。

*ピアノ工房ピアピット(千葉県印西市)
ピアノは本気で直せば古いピアノでも必ずよみがえります
http://www.piapit.com/repair.html

マスネ(1842-1912)は今でこそヴァイオリンの通俗名曲『タイスの瞑想曲』でしか知られていませんが、実はオペラを中心とする当代一流の超人気作曲家でした。ベヒシュタインはフランスのピアノ製作の伝統を受け継いでいる楽器ですから、このいかにもおふらんすなしなやかで美しい世界がドンピシャに似合っていますよ〜(・o・ゞ



同じ曲を アトリエミストラル の1905年製プレイエルでも弾いています。こちらもどうぞご賞味くださいませ〜 (`・ω・´)

2022年7月15日 (金)

マルセル・モイーズ『Tone Development through Interpretation』第37番を、100年前のフルートClaude Roveと1905年製プレイエルで

ベーム式フルートの押しも押されもせぬ名器である、19世紀後半のClaude Riveと1905年製のPleyel、という同時代の楽器を使った夢の協演です。
(Fl. 石井孝治 / Piano 筒井一貴)

「昔の楽器は現代の楽器とは違って・・・云々」とは普通〜に言われますが、我々現代人は現代に頭のてっぺんからつま先まで漬かっているワケで、現代の価値観を通した「曲解」になってしまうのは当然のこと。そしてそれを嘆いて「世の中は間違っている!」と憤慨されることもまた少なからず。考えてみれば、他の世界でも「新品vs中古」という相容れない対立wなんていくらでもありますよね〜。

ワタクシがワリと過激(いやフツ〜w)な「中古派w」なのはみなさまご存知とは思いますが、共演しているフルート教室ファルべのお二方が奏でる100年前のベーム式フルートもまた過激(いやフツ〜w)に当時の価値観を我々に投げかけてきて最っ高なんですね〜。そりゃもぅ高崎のアトリエミストラルで動画収録をしないワケには行きませんで、ひたすらに温かく美しい世界となりました(*´-`)

*フルート教室ファルべ:石井孝治&素来聡子
http://www.flutefarbe.com/

曲は、Delibes(1836-1891)のオペラ『Lakmé』第3幕から、Lakméのアリア「Tu m'as donné le plus doux rêve」です。これまたフルートの世界では忘れることは許されぬマルセル・モイーズ(1889-1984)による、さまざまなオーケストラのフレーズやオペラのフレーズなどからフルートの表現を学ぶための『Tone Development through Interpretation』という曲集がございまして、それに第37番として所収されています。



多種多様な情報がタダで手に入る現代、100年前の楽器を使う奏者こそ増えましたが、昔の楽器を使いさえすれば自動的に他人と異なる豊かな音楽表現がくっついてくるほど甘い世界ではございません。昔の楽器は現代の楽器と比べればある意味「不便」ですし、物理的に「限界が早い」のも当然のこと。それをも正面から受け入れて昔の楽器ならではの芸風で演奏できる奏者はごくごくごくごくw少数派で(実は受け入れた方が圧倒的に演奏しやすいことを知らぬ演奏者が圧倒的多数)、そんなお二人と共演できるのは何という光栄☺️
(現代風味で演奏したら昔の楽器を使う意味なんぞ全くないのですが、現代人は現代の人類wですから、ある意味当〜然の帰結ではあります😞)

2022年6月30日 (木)

中島みゆき 作詞/作曲『愛よりも』ピアノソロ:1894年ベーゼンドルファー社製ピアノ(ウィーン式アクション/85鍵)

中島みゆきの『愛よりも』を、いつもの1894年製アンティークピアノで弾きました。

『愛よりも』は、1988年発売のアルバム《グッバイ ガール》に収録されています。《グッバイ ガール》はちょうど音楽業界がLPからCDへとそれこそ雪崩をうったかのように総転換したタイミングで、LPはプレミア価格になってしまっているというイワクツキのアルバムでもありま〜す。え? ワタクシ? 数年ちょい前でしたが、うっかりほぼ新品同様のLP盤を手に入れてしまいましたよ〜。とほほほwww

閑話休題、この詩、ちょっと一筋縄では行かぬ強さそして厳しさを感じさせられます。ナニしろ、出だしからしてこうですからね〜。1番をどうぞ。

 人よ信じるな けして信じるな
  見えないものを
  人よ欲しがるな けして欲しがるな
  見果てぬものを
   形あるものさえも あやういのに
    愛よりも夢よりも 人恋しさに誘われて
    愛さえも夢さえも 粉々になるよ


人間社会なんつ〜シロモノは生き馬の目を抜くがごとき権謀術数に満ちておるのはみなさまよ〜くご存知の通りでございまして、いわゆる<>として象徴される<見えないもの>を撹乱しようと手ぐすねひいて待ち構えているんですよね〜。ですが、ちょ〜っと待っていただきたい。それならば<形あるもの>って一体全体ナンなんざんしょ???

立場や条件が変われば解釈が変わる・・・なんつ〜のは政治屋連中の手のひら返しを思い出すwまでもなく、これまたみなさまよ〜くご存知の通りでございまして、っつ〜コトは、実は、我々が信じている<形あるもの>こそが<見えないもの>であったり<見果てぬもの>であったりするのではないでしょうか。さぁさぁ、ワカラナクなってまいりましたw

2番をどうぞ。

 嘘をつきなさい ものを盗りなさい
  悪人になり
  傷をつけなさい 春を売りなさい
  悪人になり
   救いなど待つよりも 罪は軽い
    愛よりも夢よりも 人恋しさに誘われて
    愛さえも夢さえも 粉々になるよ


期待を裏切らぬ中島みゆきらしい毒な表現ですよね〜。ココでカギなのかなぁと思うのは<救いなど待つよりも 罪は軽い>の一節。<形あるもの>をよりどころとして待ちの姿勢で<救い>を願ったところで、そんなモンは所詮は<見果てぬ>夢なのではないでしょうか。1番で<信じるな>そして<欲しがるな>と喝破したにもかかわらず、2番では信じさせる側そして欲しがらせる側という<悪人>になりなさいと説く中島みゆき、わからんでもないですが、どないせぇっちゅ〜んじゃとwww

つまりは、ナニも考えず判断もしないままに漫然と生を送っていながら口だけは一丁前に「救いがねぇ」と文句ばかり垂れるような存在ではなく、たとえそれが世間から悪とされるようなことであっても自分が今信じるナニかに向かって突き進め、というめっちゃ厳しいエールなのではないだろうかなと。まぁコレってナニげにワタクシ自身にめっちゃ突き刺さってくるというのは内緒ヨwww

3番をどうぞ。

 星を追いかけて 月を追いかけて
  どこまでも行け
  黄金(かね)を追いかけて 過去を追いかけて
  どこまでも行け
   裏切らぬものだけを 慕って行け
    愛よりも夢よりも 人恋しさに誘われて
    愛さえも夢さえも 粉々になるよ


>そして<>とは、1番の<見えないもの>そして<見果てぬもの>の隠喩でしょうね。さすれば、<黄金(かね)>そして<過去>とは、1番の<形あるもの>の隠喩でしょう。それらを追いかけてどこまでも行くときに慕うべき<裏切らぬもの>というのは、結局のところは世間一般的に正しかったり常識的だったり道徳的だったりする滅菌消毒された正論的存在な定型文w(書いててムシズが走るぞw)なんかではなく、それぞれが引き起こす間違いや過ちというそのひと独自の体験を支える矛盾に満ちたナニかなのではないでしょうか。

このように考えてみると実は、ナニも考えず判断もしないままに漫然と生を送るというのは案外と難しいような気がしますね〜。ただ現代ってホントにヨく仕組まれていて、全てを他人の判断に任せて自分にとって都合の良い「真実」だけを見ていても一生を過ごせるんですよね〜。所詮は一人で生まれてきた弱い人間ですから<人恋しさ>から逃れるのはなかなか難しいワケで、そこにつけ込まれると弱い自分なんぞ簡単に見失わさせられてしまうのでしょう。それにしても、この現代の状況を35年も昔の1988年に予見していたかのような詩を書いた中島みゆきが凄まじいのか、人間が懲りない存在なのか、まぁ両方なんでしょうね(*´-`)

 愛よりも夢よりも 人恋しさに誘われ
  愛さえも夢さえも 粉々になるよ




この動画で使っているピアノは100年以上昔、1894年製のアンティークピアノ。このような楽器を使ってこのような曲を弾くのはまことに愉しいです。現代では世間で聞こえる音のほとんどは電気を通していますが、このころに世間で聞こえていた音は生音が主流でした。1877年にエジソンが蓄音機を実用化し、このピアノが作られた1894年にはSPレコードの大量生産ができるようになって、次第に「録音」というシロモノが世間に知られるようになった時代。こんな時代の楽器がどれほど豊かな音世界を伝えていたのか、この動画で使っている楽器は奇跡的にオリジナルほぼそのまま、まさに時代の生き証人です。

2022年6月25日 (土)

日本酒ライブ@小田原/しずく会

本日のリハの一コマ@小田原

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いつもあ〜変わらずお世話になりっぱなしの 柏木 真樹 氏との日本酒ライブ。二人とも立奏なのがポイントか😎

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最近の電子ピアノって案外と表現力豊かで、楽しい楽しい☺️

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2022年6月23日 (木)

デュフリ《クラヴサン曲集第3集》から『Les grâces/三美神』を、フレンチクラヴサンで

高円寺北口から10分程度の閑静な住宅地のど真ん中にある「ソフィアザール高円寺バロック」所蔵のフレンチクラヴサンを使って2022年5月28日に行った演奏会『バロック方面より風来たる ACT.4』のアンコール、デュフリ(1715-1789)《クラヴサン組曲第3集》から『三美神』です。

ここ「ソフィアザール高円寺バロック」のクラヴサンは多彩極まりない才人の永野光太郎氏が2018年末に納入した楽器でようやく3年半経った程度ですが、音響振動に対する反応が抜群に良く、いわゆるエージングが進むわ進むわでいつも仰天させられています。使い倒されるわけではない楽器でそれは非常に好ましいこと、そして反応が良いということはしばらくお休みしていてもとにかく「目覚める」のが抜群に速いワケで、あっという間に豪快な鳴りが戻ってくるのがたまりませんですわ〜 (`・ω・´)

・永野光太郎オフィシャルサイト
  https://oratokoratok.jimdo.com
・永野光太郎(Keyboard)&對馬佳祐(Violin)YouTubeチャンネル
  https://www.youtube.com/channel/UClZJOmnOvq_VoBxW9G1e5Tw

この動画で弾いているクラヴサンのモデルはパスカル・タスカンが1769年に製作した楽器でデュフリ晩年というタイミングの楽器、実はJ.S.バッハが亡くなったあとに作られているんですね〜。この時代のパリは既にジルバーマンタイプのピアノやスクエアピアノなど最初期のピアノが少なからず存在していまして、4年前の1765年には齡9歳の神童モーツァルトの手による『ヴァイオリンの助奏を伴うクラヴサンのためのソナタ」が op.1(K.6 & K.7) そして op.2(K.8 & K.9) として父レオポルドの手で出版されていたりします。

デュフリの《クラヴサン組曲第3集》の出版は1756年でなんとモーツァルトが生まれた年、デュフリの生きたパリはなんとも複雑な時代で、語り出すとエラいこっちゃなのでまぁこの辺でヽ( ̄▽ ̄)ノ

2022年6月 5日 (日)

BELTONのアップライトピアノFU33W(1976年製)で、メリカント『ワルツ・レント, op.33』を

フィンランドの作曲家、Oscar Merikanto(1868-1924)による『ワルツ・レント/Valse Lente, op.33』を、昭和51年(=1976年)納入調律という調律カードが入ったBELTONのアップライトピアノFU33W(Serial No. 303xx)で弾きました。

このピアノ、形式が「FU33」でウォルナット仕上げなので「W」が付けられているんだろうなぁと推測。この個体は某教会の所有で、調律カードを読み解くと2002年までは数年おきに手を加えられていたようですがそれから20年近く放置されていた由。そのワリには状態がまともで調律しただけでそれなりに豊かな響きが蘇ったのが僥倖で、2022年6月4日にごく小規模で行ったミニコンサートの実況録画でございます(*´-`)

BELTONは古き佳き時代の国産ピアノ、日本のピアノ製作のメッカであった浜松の冨士楽器/ベルトーンピアノ研究所で作られています。このベルトーンという名称は芸大教授でピアニストであったレオニード・クロイツァー/Leonid Kreutzer(1884-1953)氏によるもので、ピアノの鋳物フレームには誇らしげに<"BELTON" NAMED BY PROF. LEONID KREUTZER>と鋳込んであります。また、古い時代のBELTONの鋳物フレームで<MANUFACTURED SINCE 1937>と鋳込んである写真が複数転がっております。BELTONは「国産ピアノの中でとりわけ音色が良い」という定評はあるようですが、かたや「修復にエラく手がかかる」という評価もあるようで、まぁありがちなバラつきなんだろなぁというのがワタクシ個人の見怪でございます。とりわけ、楽器とはもともとの質よりもナニよりも「履歴の個体差」の方が圧倒的にモノを言いますからね〜。

なお、BELTONというロゴから「ベルトン」とカタカナ書きされることが少なくないようですが、最後期に働いていた方からカタカナ書きが「ベルトーン」だったという証言が得られました。皆さま、歴史は正しく伝えていただきたく存じます(*´-`)



2022年5月30日 (月)

中島みゆき 作詞/作曲『熱病』ソロ:モーツァルトの旅行用クラヴィコード(1763, J.A.Stein)の複製(2002年)で

中島みゆきの『熱病』を、かの神童モーツァルトが7歳のとき(1763年)に買ってもらったJ.A.シュタイン製の旅行用クラヴィコードの複製で弾きました。

『熱病』は、1985年発売のアルバム《miss M.》に収録されています。《miss M.》はいわゆる中島みゆきの「ご乱心期」のアルバムですが、少し落ち着きも見られる存在なのかなぁとは思っています。この歌詞は論理的に考えると支離滅裂であるかのように思えますがテクニックとしては比較的簡単で、若さそして青春という「期待と不安に満ちていて、だからこその危うい輝きに満ちた一時期」のことを、それに連関する言葉を紡ぐことで象徴的に謳っているのではないだろうかと。

青春の危うい魅力については古来それこそ星の数よりまだ多いwほどの表現がされていますが、単純に過ぎ去った昔を懐かしむというばかりではなく、果たせなかった夢に対して何やらチクチクするようななんとも言えない感覚が入り込むことが多いような印象があります。後悔とはちょ〜っと違うのがまたフクザツなんですよね〜。

コレは2番ですが、前半が鋭く美しく冴えわたっていると思いませんかの?

 僕たちは熱病だった 知恵が身につく寸前だった
  熱の中でみんな白紙のテスト用紙で空を飛んでいた
  僕たちは氷の海へ 上着のままで飛び込んでいた
  ずるくなって腐りきるより阿呆のままで昇天したかった
  でも Ha Ha Ha 春は扉の外で
  でも Ha Ha Ha 春は誘いをかける
  教えて教えて 秘密を教えて  いっそ熱病




ここで使っているクラヴィコードは筒井本人の所有、モーツァルトが7歳のとき(1763年)にアウグスブルクのシュタインの工房で父親のレオポルドに買ってもらって以後終生愛用した、旅行用クラヴィコード(現在、ブダペスト、ハンガリー国立博物館所蔵)の忠実な複製です。旅行用クラヴィコードは、18世紀の旅の空に生きる演奏家や作曲家によく使われていました。このモーツァルトが使っていた旅行用クラヴィコードはたった1m程度の幅しかありませんが意外と重く丈夫で、音域はなんと4オクターヴ半もあったのでした。

2022年5月21日 (土)

デュフリ《クラヴサン曲集第1集》所収「組曲第1番」から『Rondeau/ロンドー』を、フレンチクラヴサンで

高円寺北口から10分程度の閑静な住宅地のど真ん中にある「ソフィアザール高円寺バロック」所蔵のフレンチクラヴサンを使った、デュフリ(1715-1789)《クラヴサン組曲第1集》の《組曲第1番》から、ロンドー。組曲第1番にはロンドーが2つありますが、その2つめです。2022年5月28日に行う演奏会 バロック方面より風来たる ACT.4 のネタバレ(宣伝ともいう)動画だったりしますがw
くれぐれも「バロック方面から風来坊ぢゃないっすよ(・ω・ゞ

 

20220528_leaflet_cembalo


ここ「ソフィアザール高円寺バロック」のクラヴサンは多彩極まりない才人の永野光太郎氏が2018年末に納入した楽器でようやく3年半経った程度ですが、音響振動に対する反応が抜群に良く、いわゆるエージングが進むわ進むわでいつも仰天させられています。使い倒されるわけではない楽器でそれは非常に好ましいこと、そして反応が良いということはしばらくお休みしていてもとにかく「目覚める」のが抜群に速いワケで、あっという間に豪快な鳴りが戻ってくるのがたまりませんですわ〜 (`・ω・´)

・永野光太郎オフィシャルサイト
  https://oratokoratok.jimdo.com
・永野光太郎(Keyboard)&對馬佳祐(Violin)YouTubeチャンネル
  https://www.youtube.com/channel/UClZJOmnOvq_VoBxW9G1e5Tw

この動画で弾いているクラヴサンのモデルはパスカル・タスカンが1769年に製作した楽器でデュフリ晩年というタイミングの楽器、実はJ.S.バッハが亡くなったあとに作られているんですね〜。この時代のパリは既にジルバーマンタイプのピアノやスクエアピアノなど最初期のピアノが少なからず存在していまして、4年前の1765年は齡9歳の神童モーツァルトの手による『ヴァイオリンの助奏を伴うクラヴサンのためのソナタ』が op.1(K.6 & K.7) そして op.2(K.8 & K.9) として父レオポルドの手で出版されていたりします。

デュフリの《クラヴサン組曲第1集》の出版は1744年でモーツァルトが生まれる前、デュフリの生きたパリはなんとも複雑な時代で、語り出すとエラいこっちゃなのでまぁこの辺でヽ( ̄▽ ̄)ノ

 

2022年5月 3日 (火)

LESTER/レスター No.200 1958年製(PIAPIT修復)で、デオダ・ド・セヴラック『休暇の日々から』第1集から「おばあさまが撫でてくれる」を

昨日(5/2)ピアピットでしぅろくした、LESTER/レスター No.200 1958年製 です。中身が新品状態なまでのオーバーホール完了、象牙白鍵の漂白はこれからですね〜。あたしゃ漂白しない方が好きですけど🤭

レスターピアノは、浜松の大和(だいわ)楽器製造株式会社で作られていたピアノです。このNo.200は昭和33年製、この頃は浜松にピアノ製造会社がた〜くさんあって盛り上がっていた時代でした。日本のメーカーのピアノはともすれば批判されやすいですが、そりゃ〜50年とか昔に作られたピアノで10年以上放置されていたなんてザラですから、マトモに再整備された状態を知らずに頭ごなしに批判するのはいかがなモンかと。このレスター、ちょっと驚くほどの能力を秘めていてビックリでした。

象牙の移動に厳しい制限が課されるようになって白鍵の象牙を剥がして貼り替えてまで海外に輸出するのは現実的でなくなり、このような国内高級モデルはま〜だまだ残っています。古くなると手放してしまう方が多いのは無理もないですが、こういうピアノこそ実は日本の財産なのではないでしょうか。

*ピアノ工房ピアピット(千葉県印西市)
ピアノは本気で直せば古いピアノでも必ずよみがえります
http://www.piapit.com/repair.html

曲は、デオダ・ド・セヴラック(1872-1921)の『休暇の日々から』第1集のメインとなる組曲『お城で、そして公園で』から、第1曲「おばあさまが撫でてくれる」です。デオダ・ド・セヴラックは南フランス出身の作曲家で、音楽の学習こそパリで行いましたが、都会風な雰囲気にイマイチなじめなかったのでしょうか、故郷の村にひっこんで教会でオルガンを弾いていたとされています。ドビュッシーに「土の薫りのする素敵な音楽」と評されたところにその傾向の一端が現れているのでしょうね。デオダ・ド・セヴラックは当代一流の名手に師事していて作品はどれもこれも地味に複雑だったりしますが、その中でこの『休暇の日々から第1集』は優しく素直なくつろぎがふんだんに聴こえてきますよ〜☝️

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