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2020年7月13日 (月)

クレメンティ『ソナチネ op.36-4』から第2楽章を、100年前の大型リードオルガンで

ボストン近郊の Bridgewater で1930年代始めまで頑張っていたパッカード社1905年製の大型棚つきリードオルガンで、クレメンティ(1752-1832)の『ソナチネ op.36-4』から第2楽章を弾きました。

フレデリック・アーチャーの『アメリカンリードオルガン教本』(1889年)の第2巻には小品が70曲おさめられており、なかなか感じ良くリードオルガン用に編集されているように思えます。クレメンティの『ソナチネ op.36-4』の第2楽章をオリジナルの変ロ長調から変イ長調に移調して、オルガンで演奏するために効果的な変更を随所に行っているのがこの動画で弾いている第28番『Andante con espressione』です。

修復は例によって達人の渡邉祐治氏。腕の立つ職人たちが寄ってたかってきっちり作っていた昔の品物はやたらと長持ちするものですが、それをその通りに愚直なまでに丁寧に時間をかけて修復する根気は本邦随一とさえ思わされ圧倒させられます。

・リードオルガン修復:渡邉祐治
https://www.youtube.com/channel/UCSiix1iGPuO6XR54th_BjHw

2020年7月10日 (金)

R.D.Klaafman作曲(?)による『Communion』を「おぶせミュージアム・中島千波館」のヤマハ1923年製リードオルガンで

R.D.Klaafman作曲(?)による『Communion』を、YAMAHAの1923年製リードオルガンで弾きました。納品に立ち会って動画を録らないワタクシではございませんで (`・ω・´)

このリードオルガンは栗で全国的に有名な長野県小布施(おぶせ)町の「おぶせミュージアム・中島千波館」に2020年7月に納入された楽器で、例によって群馬県館林の渡邉祐治さんによって完全修復、見事によみがえっています。世の中にあまたある「大切な品物だから鍵をかけてしまっておく」という、管理側の都合ばかりを優先させて楽器としての意味を全く無視する姿勢ではなく、流行りのストリートピアノがごとく自由に音を出してもらって愉しんでほしい、というおぶせミュージアムの姿勢はまことに素晴らしく尊いと思います (`・ω・´)

この曲の作曲者の R.D.Klaafman は記録がほとんど残っていない作曲家で、唯一、1900年ごろにロンドンのナイチンゲール社が出版した『St. Paul’s Voluntaries for American Organ or Harmonium』4分冊の第2巻の作曲者としてのみ記録が残っているようです。ワタクシ、たまたまこのナイチンゲール社の第2巻を入手したのですが、なんと「Copyright, MDCCCXCIX, by Frank Dean & Co.」と別の出版社による1899年の著作権表記があります。なお、この動画の『Communion』は第2巻の第5曲です。

この R.D.Klaafman で検索をかけてみると、YouTube上に Peter Tyor 氏が『Communion』の次の第6曲『Pastorale』を上げた動画で興味深い説を展開しているのを発見できました。R.D.Klaafman という綴りはオランダ系に感じられますが、コレ、イギリス人オルガニストでやはり教会系のオルガン曲やピアノ曲を出版していた Frank Adlam(1785-1929) のアナグラムであり、おそらくは筆名であろうと。

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な〜るほど『St. Paul’s Voluntaries for American Organ or Harmonium』は、第2巻以外の3巻が全て Frank Adlam(1785-1929) の作曲、といういかにも不自然な姿ですし、なにやらイギリスらしい「この程度がわからないようぢゃネ、ふふふ」といういぢわるさwも感じられて、かなりの説得力を感じます。お説採用!(*´-`)



*参考 - Peter Tylor 氏による動画
“R. D. Klaafman (Frank Adlam), "Pastorale" - pipe organ, St Mewan Church” by Peter Tylor

2020年7月 8日 (水)

海沼ドライブインの奇跡のジンギスカン、そして通行止め回避の山越えw

さて、せっかく久々に遠出したからには、まっすぐ帰る選択肢はございません(`・ω・´)

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小布施から長野市を抜けて犀川沿いの国道19号を一路松本へ。そう、昨日来の豪雨で茶色い濁流と化した犀川の迫力はすさまじく、眺めるとクラっと吸い込まれそうな。信州新町の少し手前でダムから轟音とともに濁流が放たれているのを見て思わず真ん前のドライブインにクルマを停める渡邉さん、こりゃ〜とてもぢゃないけど映像では表現できないよなぁ〜と嘆息しつつ振り返ると、いかにも昭和なドライブインなたたずまいの「海沼ドライブイン」の看板発見〜。それにしてもこのあたりにやたらとジンギスカンが多いのには、何か由来があるのかしらん?(*´-`)

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*信州新町の「ジンギスカン街道」情報発見!
http://shin-machi.com/jingisukanroad/jingisukanstory.html

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おそらくすりおろしりんごをた〜っぷり使っていながらもスパイスをあまり使っていなさそうな、濃厚なのにまったく口にまとわりつかないジンギスカンだれの素晴らしさたるや、もはや奇跡ではなかろうかとさえw

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しかも温泉も宿泊もできるとのことで再訪を誓いつつ松本へクルマを転がしていくと、あろうことか電光掲示板に「土砂流出、R19通行止」でしかもガソリンが微妙。行けるとこまで行って篠ノ井線方面か大糸線方面に山越えだなぁとの楽観的(甘いw)判断のもと突き進むと、あんれまぁ、県道55号に抜ける少し手前で無情にも通行止😱、通行止め柵の写真を撮っていないほど余裕がなかった我々でございました。

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ここで少しは険しくなさそうな信濃大町方面に舵を切ったのは正怪でしたが、県道469号の存在に気づかず、めっっっちゃ細い山道な野平神社→八坂の経路を爆走wして信濃常盤のGSで給油完了。お騒がせしました〜σ^_^;

おぶせミュージアム 中島千波館、1923年製YAMAHAリードオルガン納入

1923年製のヤマハリードオルガンの納品に、栗で全国的に有名な長野県は小布施(おぶせ)町に行ってまいりました(`・ω・´)

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地元の篤志家の提供による、例によって渡邉祐治さんの丁寧極まりない修復で美しくよみがえった楽器。美術館のスペースにぴったりで鳴りも素晴らしく、流行りのストリートピアノ的に自由に弾けるような感じで公開していきたいとのこと、この国の文化行政の中にあって稀有な先進性と思います。

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愉しく大切な場所が一つ増えました(*´-`)

2020年7月 7日 (火)

中島みゆき 作詞/作曲『悪女(シングル版)』ソロ:モーツァルトの旅行用クラヴィコード(1763, J.A.Stein)の複製(2002年)で

中島みゆきの『悪女』を、かの神童モーツァルトが7歳のとき(1763年)に買ってもらったJ.A.シュタイン製の旅行用クラヴィコードの複製で弾きました。クラヴィコードはピアノ以前の鍵盤楽器のなかで最も大切とされていたフシがあり、現代古楽器界w周辺では「独りで音楽の神さまと向き合う」ための楽器とみなされて過度に神聖化wされていたりします。ですが、実は、そのような内なる世界は優しく親密な世界でもあるはずで、現代人にとって大切なのはむしろ後者の性格ですよね。なお、クラヴィコードの音量は世人の想像を超えて小さいですから、背景のノイズが気にならない程度の音量に抑えたうえで少〜し耳を澄ませてくださいませ。聴こえてきますよ〜(・o・ゞ

『悪女』は1981年10月発売のシングルA面、オリコン週間ヒットチャート第1位を飾ったまさに大衆的名曲です。どクラシックガチガチだったワタクシですら唄い出しの「んまぁりこのへぇやへぇ〜(チャカチャ~ン)、んでぇんわをかぁけてぇ〜(チャカチャ~ン)、」という独特の語り口が耳にこびりついているほど、それこそそこら中でかかっていましたモンね〜。『悪女』は1982年3月発売のアルバム《寒水魚》の冒頭にも収録されていますが、耳になじんだアレンジとちがって無理矢理悪ぶっている作りモノっぽさが耳について、ま〜る〜で〜聞いてられないんですよ〜。げに刷り込みとは恐ろしきものなり ( ̄ー ̄)

 マリコの部屋へ 電話をかけて
  男と遊んでる芝居 続けてきたけれど


う〜む、『悪女』というタイトルのワリには、この唄い出しからしていつものフラれて捨てられる中島みゆきのオンナじゃないですか〜σ^_^;

 帰れるあての あなたの部屋も
  受話器をはずしたままね 話し中


この感覚は現代のケ〜タイ時代には完っ全に滅んでしまいましたね〜。つ〜か、現代は音声通話すらしないでラインするんでしょね。あたしゃラインはしないから知らんけどw

 悪女になるなら 月夜はおよしよ
  素直になりすぎる
  隠しておいた言葉が ほろり
  こぼれてしまう 「行かないで」


これぞ有名な、あまりにも有名なサビ。中島みゆきの主人公のフラれ方パターンのひとつで「精一杯強がってみせるけど本音は・・・」ですね。『御機嫌如何』(1987年)が典型的でしょうか。

 涙も捨てて 情も捨てて
  あなたが早く私に 愛想を尽かすまで
  あなたの隠す あの娘のもとへ
  あなたを早く 渡してしまうまで


サビの部分で「ん?」と思った聴き手は2番のココでようやっと腑に落ちるようになっていますが、大ヒット曲の悲しさ、2番のココまでちゃんと歌詞を味わってもらえることは少なかったでしょうw。ワタクシも当〜然そのクチでして、そもそも歌詞に2番があったことすら気づいていなかったのでした。まぁコアなファンでなく流行りモンに乗っかる一般人wは、そもそもそんなもんですわな。

それにしてもこの『悪女』って、耳に残りやすく覚えやすい単純さと飽きさせない複雑さとが絶妙にブレンドされたメジャーちぅのメジャーだったんだなぁとあらためて感じさせられました。シングル販売80万枚オーバーの実力は伊達ぢゃなく、有名になってかつ記憶に残る作品にはやはりそれなりの必然性があるのでしょう。時間の淘汰とは残酷なモンで、「知られざる名作」なんつ〜のが常に探されて提案され続けておりますが、結局のところ残念ながらその圧倒的多数が「マニアックな作品」やら何やらの域を脱することができないワケで。そもそも「発掘されて提案されて主張されている」時点で何百周も遅れをとっているのが冷厳な事実で、そんな無理な主張せずに人それぞれの趣向が異なることを再確認しさえすれば、四海波静か(・x・ゞ

2020年7月 4日 (土)

デオダ・ド・セヴラック (1872-1921)『スコラ的小組曲〜ラングドックのカリヨンの主題による』から第4曲「メランコリックなカンティレーヌ」を、100年前の大型リードオルガンで

ボストン近郊の Bridgewater で1930年代始めまで頑張っていたパッカード社1905年製の大型棚つきリードオルガンで、デオダ・ド・セヴラック(1872-1921)の『スコラ的小組曲〜ラングドックのカリヨンの主題による』から第4曲「メランコリックなカンティレーヌ」を弾きました。

デオダ・ド・セヴラックは南フランス出身の作曲家で、音楽の学習こそパリで行いましたが、都会風な雰囲気にイマイチなじめなかったのでしょうか、故郷の村にひっこんで教会でオルガンを弾いていたとされています。ドビュッシーに「土の薫りのする素敵な音楽」と評されたところにその傾向の一端が現れているのでしょうね。

『スコラ的小組曲』は5曲からなる基本手鍵盤のみのオルガンのために書かれた曲で副題に「〜ラングドックのカリヨンの主題による」とあって、span style="color: #ff0000;">ラングドックのとある鐘の旋律を主題の元ネタとして曲を作り上げています。いずれもヘ短調のなにやら物憂げな雰囲気に満ちており、さらにこの第4曲は「メランコリックな」と形容されているだけに雰囲気満点であります。ですが、決して陰鬱にならないところがやはり南寄りの音楽なんだろうなぁ・・・とかなんとか。

セヴラックは作曲をダンディ、オルガンをギルマン、という当代一流の名手に師事しておりまして、どれもこれもなかなかどうして地味に複雑だったりします。できればそんなところばかりでなく。このセブラック節全開の雰囲気が伝わりますように(・o・ゞ

2020年7月 3日 (金)

シューベルト『3つのピアノ小品 D459A』から第1曲「Adagio」を、100年前の大型リードオルガンで

ボストン近郊の Bridgewater で1930年代始めまで頑張っていたパッカード社1905年製の大型棚つきリードオルガンで、シューベルト(1797-1828)の『3つのピアノ小品 D459A』から第1曲 Adagio を弾きました。

フレデリック・アーチャーの『アメリカンリードオルガン教本』(1889年)の第2巻には小品が70曲おさめられており、その中の第14番『Adagio』としてこの曲の一部分が所収されています。この楽章の随所に聴かれるシューベルトの「歌」は、いわゆる歌曲の歌心とは一風異なっており、いかにも鍵盤楽器に歌わせたい方向性の「歌」である気がしてならないんですわ。アーチャーがそのように感じたかどうかはともかくwとして、リードオルガン用の小品として良くできた編曲だと思います。

原曲のピアノ曲はシューベルトの遺作の例に漏れずに由来が少々ヤヤこしく、表記が一定しておりません。世間的には五楽章からなる『ピアノソナタ D459』の第3楽章、ということにされることが多い印象がありますが、そもそも五楽章からなる「ソナタ」でしかもスケルツォ楽章が2つ入っているってめっっっちゃ破格ではないですかぃ。シューベルトが自筆譜に『ソナタ』と明記していたのは『D459』の第1楽章と第2楽章のみで、シューベルトの没後に出版されたときには単なる『5つのピアノ曲』として出版されており、それはそれで立派な見識と思います。そのため現代のシューベルトの作品目録には『5つのピアノ曲』の第1曲と第2曲が『ピアノソナタ D459』とされており、残りの3曲は『3つのピアノ曲 D459A』とされております。これ以上いろいろと憶測するのはワタクシにとっては全く意味がないのでこれにてストップさせてくださいませ。

・リードオルガン修復:渡邉祐治
https://www.youtube.com/channel/UCSiix1iGPuO6XR54th_BjHw

2020年6月30日 (火)

シューベルト『Originaltänze D365(op.9)』から第1〜6曲を、1941年製ベーゼンドルファー200で

ひさびさにウチのピアノ以外で収録できました〜(*´-`)
若きシューベルト(と言っても31歳で早すぎる死を迎えているのですが)が1821年ウィーンで出版した舞曲集 op.9(D365)から第1〜6曲を、1941年製ベーゼンドルファー200で弾きました。この楽器は故イェルク・デムス大先生が日本での稽古用として持ってきていた楽器とされており、元はサローネ・クリストフォリ成城、今はサローネ・フォンタナで一般の用に供されています。

この楽器、スタイル自体は戦前のベーゼンドルファー200でかつ響板にあるシリアル番号も1941年製を示しているのにペダルが3本・・・というところから、故デムス大先生がご自分の稽古用として3本ペダルに改造させたのではないかなぁと邪推しています(それ以前に改造されている可能性もモチロンございますがw)。本体の塗装と脚の塗装が動画で見ても明らかに異なるところも、改造されたことを示しているように思えます。それはさておき、故デムス大先生はいわゆる「目利き」の権化のような御方でさまざまな逸話がございますが、さすがはご自身がお使いになるための楽器、素晴らしく優秀な戦前のベーゼンドルファー200です。今では多少暴れたり疲れたりしているところもなきにしもあらずですが、それはまぁ一般の用に供されている楽器ですから、多かれ少なかれ仕方がないところですね〜。

シューベルトの舞曲集は当時流行していた実用音楽の寄せ集め的な作品集と同じ性格でして、全曲を演奏会で通して演奏されるということは念頭に置かれていないと言えます。そもそもこの op.9(D365)はなんと36曲ものドイツ舞曲的な舞曲の集合体でして、さしものワタクシもこれを通して飽きさせずに弾き通す蛮勇は持ち合わしておりませんで。・・・繰り返しをほとんど省けばという考えが何度もアタマをよぎったことも白状しますけどw

この第2曲は1821年11月末に出版された op.9 の初版では『Trauerwalzer/哀しみのワルツ』という標題がつけられています。実はこの曲は出版前に既に詠み人知らずのままにウィーンで大流行しており、そこに目をつけてこの標題をつけたんだろうなぁ・・・と推測できます。さらに、op.9 出版の5年後の1826年、なんとまぁベートーヴェン作曲『Sehnsuchtswalzer/憧れのワルツ』としても出版されてしまったというオチすらございまして。1826年と言えばベートーヴェンもシューベルトもご存命のタイミング、著作権意識が牧歌的でのどかな時代だったという証ですね〜。ココであ〜でこ〜で善し悪しを申し上げるのは野暮というモンでしょうw(・o・ゞ

2020年6月29日 (月)

チャイコフスキー『四季、ピアノによる12の絵画的描写 op.37bis』から6月「舟歌」を、1894年ベーゼンドルファー社製ピアノ(ウィーン式アクション/85鍵)で

チャイコフスキーの『四季、ピアノによる12の絵画的描写 op.37bis』の6月『舟歌』を、いつもの1894年製ウィーン式アクションのベーゼンドルファーで弾きました。な〜んとか6月中に間に合いました(^o^;

ときは1875年末からのこと、ペテルブルクで出版されていた月刊誌『ヌヴェリスト(短篇作家)』上に各月の風物にマッチした詩を選んでその詩の性格に合わせた曲を1年間続けて掲載するという、なかなかイキなコラボレーションがございました。したがって作曲は1875年12月から翌年の11月にかけてという計算になり、チャイコフスキーは毎月の締切に苦しんでいた・・・というのが定説で証言もあるのですが、なんとなんと実は実は1876年の5月に既に最後の12月までが完成されていたことがわかっています。ですからこの定説はくつがえされ、証言も偽りであった可能性が高いのでありま〜す(・o・ゞ

この12ヶ月分をまとめて出版したのが、この『四季、ピアノによる12の絵画的描写 op.37bis』で、チャイコフスキーの天才的な音楽での情景描写力がいかんなく発揮されている素晴らしい曲集だと思っています。嬉しいというか困ったというか、チャイコフスキー先生ってばさまざまな楽器の音色や表現力を一台のピアノに見事に詰め込みやがりましてw、その結果、極めて高度な色彩豊かな表現力が演奏者に強要されているのです。エラいこっちゃで(^^;;;;;

1876年当時ロシアはまだ旧暦を使っていたので現代の季節感と1ヶ月ずれているとのことですが、そもそも日本人であるワタクシにはペテルブルクの季節感なんぞ皆無なので逆に無問題。「舟歌」とくればクラシック音楽な世界ではヴェネツィアのゴンドラの歌と相場は決まっているwのですが、この曲はロシアの詩人が描いたロシアの風物に対して作られた曲ですから、ヴェネツィアのゴンドラを念頭に置きつつあくまでもロシアの岸辺がイメージされていることぐらいの妄想力はハタラかせたいものですね〜 ヽ( ̄▽ ̄)ノ

2020年6月25日 (木)

ひさびさのナマ演奏会@池袋、自由学園明日館講堂

久々のナマ演奏会、おなじみ池袋の自由学園明日館講堂にて、 国枝俊太郎 & 岡田龍之介 両氏による「いろんな笛」に焦点を当てた意欲的なプログラムでした。

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ワタクシはあくまでも後方支援、受付周りやら録音録画やら、主催の梅岡楽器サービスと感染防止対策を綿密に詰めた上での企画ができたのは、やっぱりホントに生きてて良かったなぁと(*´-`)

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以前のような形態に戻るのはひょっとしたら当分の間は無理なのかもしれませんが、それでも音楽(に限らず芸術)って、にんげんとして産まれたからには必要不可欠なんだなぁ・・・と改めて強く感じました(`・ω・´)

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これから7月15日まで5公演ございます。どれかに(ホントは全部ねw)足を運んでいただけると嬉しいです。「梅岡楽器サービス」のHPから「New message from 明日館」をたどってくださいませ!

・*:..。o♬*゚・*:..。o♬*゚・*:..。o♬*゚・*:..。o♬*゚

6月25日(木)19時  国枝俊太郎(R.Ft)+岡田龍之介(Cem)
〜様々な笛の音で綴るヨーロッパ諸国巡り

6月27日(土)17時  桐山建志+大西律子デュオリサイタル
〜フレンチバロックからドイツ古典派へ


7月7日(火)14時&18時半  川口成彦フォルテピアノリサイタル
〜グレーバーで聴く19世紀初期ピアノ名曲集 vol. 2


7月14日(火)19時  エルデーディ弦楽四重奏団コンサート
〜大きな転換となったベートーヴェン後期弦楽四重奏第2作と
  それに大きく影響を受けたメンデルスゾーンの傑作

7月15日(水)19時  榑谷(くれたに) 学 チェンバロリサイタル
〜英国の楽聖 ウイリアム・バードの深淵なる世界

2020年6月23日 (火)

Waňaus (1837-1893)『ハルモニウム教本 op.20』第2章「三声のための小練習曲集」から第12曲「コラール ハ短調」を、100年前の大型リードオルガンで

ボストン近郊の Bridgewater で1930年代始めまで頑張っていたパッカード社1905年製の大型棚つきリードオルガンで、ボヘミアの作曲家、Jan Waňaus(1837-1893) の『ハルモニウム教本 op.20』の第2章「三声のための小練習曲集」から第12曲「コラール ハ短調」を弾きました。この『ハルモニウム教本 op.20』は1879年にドイツの Braunschweig の Henry Litolff’s Verlag から出版されていますが、残念ながら作曲者の Waňaus(ワニャウス)についての詳細情報は生没年しか見つけられず。『ハルモニウム教本 op.20』所収の曲はあくまでも教則本用なので大半が非常に短いのですが、このハ短調のコラールは比較的充実しています。

Waňaus は Smetana の『売られた花嫁』の旋律を用いたハルモニウム編曲, op.24 (Prague, Urbánek, 1883) など、ハルモニウムのための曲を数多く書いており、また『子どもの頃から, op.17』など2台ピアノ用のオリジナル曲を少なくとも4曲書いていることはかろうじて突き止めました。ちょっとおもしろそうなのは『スメタナの主題による三重奏曲, op.30』で、なんと編成が、ヴァイオリン&ピアノ&ハルモニウムという。ですが、Waňaus は同じ編成の曲をもう一曲書いており、また、実は19世紀後半にはハルモニウムとピアノの両方を用いたオリジナル曲も編曲もかなりの量が出版されていることを考えれば、編成自体が珍しいワケではなかったことも間違いなさそうです(・o・ゞ

2020年6月19日 (金)

チャイコフスキー『子供のアルバム op.39』から第24曲「教会にて」を、100年前の大型リードオルガン&1894年製ベーゼンドルファーで

ウォルター・ヘンリー・ルイスの『休日の鍵盤愛好家のための曲集 〜あらゆる機会のために〜』(1914年)には小品が36曲おさめられておりますが、実は玉石混淆で弾き手の理解力が問われるのはココだけのハナシw。その中からチャイコフスキーの『In the Church』を、ボストン近郊の Bridgewater で1930年代始めまで頑張っていたパッカード社1905年製の大型棚つきリードオルガンで弾きました。

原曲はチャイコフスキーの『子供のアルバム op.39』の最後、第24曲「教会にて」です。この原曲の英訳題名は “In Church” で、編者はナゼか the を付け加えて "In the Church" としていますが他はとくに目立った改変は行っておらず、まぁおそらく伝言ゲームが発動されたにすぎないのかなぁと。

『子供のアルバム op.39』は、当時7歳の甥っ子に捧げられています。この曲集、教会に始まり教会に終わっているのがなるほどで、しかも7歳の子供が出会うであろうさまざまな日常の情景描写はさすがのチャイコフスキー、見事の一言です。この『教会にて』は教会ですから当然ながら徹頭徹尾オルガン的な表現にあふれており、響きの良い楽器で息をあまり使わずに静かに弾くと素晴らしい雰囲気が出ますよ〜(・o・ゞ

にしても、この楽器のてっぺんが顔文字に見えてしまって、しばらくニヤニヤが止められなかったワタクシってば(・x・ゞ



ピアノもリードオルガンも鍵盤楽器ではありますが、当然ながらそもそもの性格が異なりますから得意不得意も向き不向きもございます。そしてそこには弾き手という人間が必ず介在しますから、ハナシがやたらと複雑になりオカルトも介在しやすくなります。この複雑さこそが芸術の愉しさでして、「ピアノだから〜」とか「リードオルガンだから〜」とか単純に割り切ってしまうのはもったいないと思います。複雑な系を単純化することは理解するためにある意味必要ではありますが、その単純化の過程で必ずナニかが抜け落ちることを忘れてはならないでしょう。なかなか厄介な永遠の課題ですよね〜〜〜 (`・ω・´)

2020年6月16日 (火)

服部克久『Le Rhône 〜ル・ローヌ(河)〜』を1894年ベーゼンドルファー社製ピアノ(ウィーン式アクション/85鍵)で

つい先日2020年6月11日に83歳で亡くなった日本の音楽界のサラブレッド、服部克久(1936-2020)のおそらくは代表作の一つ『Le Rhône 〜ル・ローヌ(河)〜』を、いつもの1894年ベーゼンドルファー製ウィーンアクションのピアノで弾きました。合掌。

本当にデキる方々の仕事量そしてスタイルの使いわけの多彩さってハンパなく、コミックソングの範疇に入りそうな『すごい男の唄(1987年)』も服部克久の作曲だったのにノケぞった覚えがあります。この『Le Rhône』は服部克久のライフワークたる『音楽畑』シリーズ第3集(1986年)所収、インストゥルメンタルな心地良〜く優しい世界観は、自分にとってある意味理想の音楽の姿だったりします。

「なんとなく居心地が良い雰囲気」やら「雰囲気が一変する感じ」やら「敵が潜んでいるかもしれない雰囲気」やらを察知する能力って、数億年にわたって生き物の血に受け継がれてきた能力ですよね。単純に申し上げてそれに気づけなかった鈍クサいやつらは殺られてきたワケで、実は我々は等しくハンパでない感覚の持ち主だったりするのでありま〜す(・ω・ゞ

現代人は幸いにも自然界のマジで厳しい弱肉強食の世界に置かれていませんから、「見えない敵を雰囲気から察知する」という高度な空間能力を発揮せずとも生きのびられます。それならば、敵に襲われる心配なく「なんとなく居心地の良い雰囲気」をのんびりと愉しんでしまってもバチは当たらないかと。人間が「心地良い」と思う感覚って生き物が長い長い進化の過程で積み重ねてきたいわば「肌感覚」という「本能」レベルの感覚、いかにデジタルやらオンラインやらテレワークやらが進化したと言ってもそうそう簡単に置き換えられるようなものではないと思うんですね〜。この動画はあくまでもYouTubeで「ナマ」でないのがめっちゃ自己矛盾(つ〜かアタリマエw)なのですが、これがナマの世界をユルく愉しむきっかけの一つとなれば、こんなに嬉しいことはございません(*´-`)

2020年6月12日 (金)

Lee Conklin Reed Organ Museum の Worcester Organ 社製リードオルガンで、Charles Justin による『オルガン・ミサ第6番』の第2曲『après L’EPITRE』を

2019年の Reed Organ Society gathering が行われた、ミシガン州の小さな村:ハノーヴァーにある Lee Conklin Reed Organ Museum には100台ものリードオルガンが展示されており(日曜午後の4時間のみ;;;)、遠く遠くの日本からはるばる訪ねたよしみで(?)まとめて録画する時間を取らせてもらえました。ココは公共交通機関ではどうあがいてもたどり着けないので、いつもの 渡邉祐治 氏と一緒に出向いたからこそだったのでした(*´-`)

フレデリック・アーチャーの『アメリカンリードオルガン教本』(1889年)の第2巻には小品が70曲おさめられており、なかなか感じ良くリードオルガン用に編集されているように思えます。その中の第11番、A.Justin 作曲という表記の『Moderato』を、マサチューセッツ州はウォーチェスター(ホントはウスターという発音デス;;;)の Worcester Organ Co. で作られたリードオルガンで弾きました。このオルガンのシリアル番号は302とのことで、当時のオルガンメーカーがとんでもない数の楽器を量産していたことを考えると、会社創業の1883年とか翌年とかに作られた可能性が高いと想像します。この楽器、すばらしく柔らかく優しい音色ですよ〜。

ミスプリントやら記憶違いやら写し間違いやらは人間の活動ですからどこかに必ず紛れ込むもので、この『Moderato』の作曲者は A.Justin ではなく、19世紀半ばに活躍していたとされている Charles Justin です。そしてこの『Moderato』のオリジナルは、C.Justin による『オルガン・ミサ第6番』の第2曲『après L’EPITRE』です。アーチャーはオリジナルの題名を発想記号である『Moderato』と変えていますが音符には手を加えておらず、強弱記号以外はオリジナルを守っています。

2020年6月 7日 (日)

中島みゆき 作詞/作曲『時刻表』ピアノソロ:1894年ベーゼンドルファー社製ピアノ(ウィーン式アクション/85鍵)で

中島みゆきの『時刻表』を、いつもの1894年製アンティークピアノで弾きました。

『時刻表』は1982年に発売されたアルバム《寒水魚》のB面後半にさしかかる位置づけであろう佳曲。あくまでも地味な曲調ですが、ひっそりとしかし確固たる何かを秘めている曲に思えてなりません。アルバム《寒水魚》のラストに向かって、この『時刻表』→『砂の船』→『歌姫』という流れ、ホントに見事の一言なんですよ〜。

 きのう午後9時30分に そこの交差点を渡ってた
  男のアリバイを証明できるかい
  あんなに目立ってた酔っぱらい 誰も顔は思い浮かばない
  ただ そいつが迷惑だったことだけしか
  たずね人の写真のポスターが 雨に打たれてゆれている

この空虚きわまりない「日常」の描写、散文の醍醐味ですよね〜。現代社会の「日常」とはこんな感じの雑然としているのに空虚な時間をひたすらくぐり抜けるだけで過ぎ去ってしまうだけのもので、その中では一人一人の存在感なんぞ皆無という。<あんなに目立っていた酔っぱらい>でも<顔は思い浮かばない>ワケで、そんな中では<たずね人の写真のポスター>なんて意味を持つはずもなく、<雨に打たれてゆれている>ばかりなり。

 海を見たといっても テレビの中でだけ
  今夜じゅうに行ってこれる海はどこだろう
  人の流れの中で そっと時刻表を見上げる

そんな虚しい中であっても、自分が生きているという実感さえ持てればそこがかけがえのない居場所となって、ありふれた日常に少しの輝きを見出だすことができます。否、そうでないと人生なんてひたすら空虚なだけになってしまいます(まぁそれでも別にイイっちゃイイんですけどねw)。主人公はそこに気づいており、<テレビの中でだけ>しか見ていない<>を実際に見て空虚さを埋めるべく、「日常」の象徴たる<人の流れ>に抗って<そっと時刻表を見上げる>んですね〜。海は全てを包む大いなる存在であって、そこに行けばいささかなりとも安心が得られるのかもしれませんが、主人公はその<>の場所をまだ見つけていないようです。

 満員電車で汗をかいて肩をぶつけてるサラリーマン
  ため息をつくなら ほかでついてくれ
  君の落としたため息なのか 僕がついたため息だったか
  誰も電車の中 わからなくなるから
  ほんの短い停電のように 淋しさが伝染する

そう。現代の日常とは虚しく淋しいものなのです。そんな日常での他人とのやり取りは満員電車の中でのため息のやり取りばかり、ってなかなかの虚無感ではございませんか。しかもそこに満ちる<淋しさが>無関係な他人どうしであるのに<伝染>して共有できてしまうというのは、社会全体がけっこう華やかだったはずの1982年の初めに出たアルバムとして、けっこう異色な着眼点だったのではないでしょうか。このアルバム《寒水魚》の言葉の切れ味の鋭さは相当なモンですよ〜。

 誰が悪いのかを言いあてて どうすればいいかを書きたてて
  評論家やカウンセラーは米を買う
  迷える子羊は彼らほど賢い者はいないと思う
  あとをついてさえ行けば なんとかなると思う
  見えることとそれができることは 別ものだよと米を買う

自らは一般人とは違うと勘違いwしている存在を<評論家やカウンセラー>として示す皮肉、最高ではございませんか。今現在の新型コロナ騒動の中にあって、このような<評論家やカウンセラー>はそれこそうじゃうじゃ跋扈しておりますが、なんのことはない、一般人とは違うとうぬぼれている彼らとて<米を買う>存在であるという意味では一人一人の顔が見えない一般人とナニ一つ変わらないのでありま〜す。実はワタクシ、おそらく小学生の頃から「ガクシキケイケンシャ」というワケわからない存在にえも言われぬ嫌悪感を抱いておりまして、ど〜せ机上の空論な連中だぜぃとかなんとか軽蔑していたのでした。あ、進歩がないのはワタクシだったのかw

 田舎からの手紙は 文字がまた細くなった
  今夜じゅうに行ってこれる海はどこだろう
  人の流れの中でそっと 時刻表を見上げる

若い日々を過ごした「ふるさと」=<田舎>は居場所としてふさわしい存在の一つになるのかも知れませんが、それは自ら探し出した場所ではなく両親から与えられたにすぎない場所。両親が亡くなればもはやそこは戻る場所ではなくなり、居場所でもなくなってしまうのです。<文字がまた細くなった>というのは、それを現実のものとして主人公に突きつけているような、まことに秀逸なレトリックだなぁと。やはり自らの意思で<人の流れのなかでそっと 時刻表を見上げる>ことこそが、己の人生に向き合うことなんですよね。主人公は<評論家やカウンセラー>のように良くお出来になる方々ではない名も無い普通の人物ですから、あくまでも<そっと>と己の人生と向き合うのが「身の丈」なのでしょう。『時刻表』とは<>に行くための経路を探すための手段ですから論理的には「路線図」が正しいのでしょうが、それでは詩にならんwww。はてさて・・・あなたの<>はどこにありますか?

2020年6月 5日 (金)

マヌ34全自作、再怪(7)〜屋根上点検蓋&通風器

本日の不善(*´-`)
屋根上の点検蓋として0.1mm厚の真鍮板をハンダづけ、プラ製の通風器をエポキシ接着剤でつけたのでおおむね鋼体完成までコギつけたと思われます(`・ω・´)

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30年間の酸化膜wを剥がすべく、丁〜寧にサンドペーパーかけちぅ。実は本体は真鍮ではなく0.2mm厚の洋白なので、銀色に輝く車体はなかなか見ごたえがございますよ〜。

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2020年6月 4日 (木)

ベートーヴェン『ピアノソナタ第7番 op.10-3』から第2楽章を1894年ベーゼンドルファー社製ピアノ(ウィーン式アクション/85鍵)で

ベートーヴェン(1770-1827)の『ピアノソナタ第7番 op.10-3』から第2楽章を、いつもの1894年ベーゼンドルファー製ウィーンアクションのピアノで弾きました。

ベートーヴェンの初期ピアノソナタって、実は最高限度を超えた盤石のメカニックと楽曲の「まとめ方」についての複合的重層的なこれまた最高限度を超えた理解力とを併せ持っていないと全く歯が立たない存在なんですよね〜。中期や後期ならばまだ音が多いので少々理解が浅くてもなんとか聴き手と同時に自分もゴマかせる可能性があるwのですが、初期はシンプルかつ清潔な姿なのにとにかく容赦無く音を暴れまわらせにゃならんのでキツいキツい。リストなどの技巧はまだ「人間が弾ける」ことを意識しているのでなんとかできそうな気にさせてもらえるのですが、ベートーヴェンのピアノ曲に求められる技巧は「機械のように弾かねばならぬ」がごときエゲつなさに満ちているのでありま〜す(`・ω・´)

それでいながら、いわゆる「人間的な感覚」もまた最高限度を超えた(しつこいw)繊細かつ大胆なレベルで表出できないと単なる「がんばっておけいこしましたね〜」以外のナニモノでもなくなってしまうので、ベートーヴェンの音楽に取り組むというのは、もはや難行苦行というか我慢大会に他ならず。しかししかし、少しでもできるとそれがちゃぁんと音楽の充実に直結してくれるのが嬉しくて飽くなき探求の日々に。弾きこもりってこんなに充実していてイイのでしょうかしらん?(*´-`)

ベートーヴェンの作品とは時間の淘汰なんてモノともしない古典ちぅの古典ですので、多少の味つけの偏りなんぞモノともしない堅固な「型」と同時にわずかな味つけの偏りでもバレてしまうような「シビアさ」をも備えています。速い楽章は指の稽古を重ねて音を当てられるようになるだけで充実感を得られてしまいがちですが、遅い楽章はそうは行きません。ベートーヴェンの緩徐楽章を「それっぽくできるかどうか」は音楽の理解力の試金石なのではないでしょうか。

ベートーヴェンの時代のピアノのアクションはウィーン式アクションとイギリス式アクションに大別できてイギリス式アクションが現代のピアノと直結しているのですが、実はベートーヴェン自身はウィーン式アクションのピアノの方を好んでいたのです。この1894年製ベーゼンドルファーとベートーヴェンがまだ生きていた1820年代のウィーン式ピアノを同じ空間で弾き比べる機会があったのですが、なんと音も響きもそっくりでノケぞりました。さすがは時間が止まっているウィーンの楽器、いわゆる「ウィンナトーン」ってぇシロモノはシェーンベルク(1874-1951)が生まれ育った時代まであまり変わっていなかったんですね〜(・ω・ゞ

2020年6月 1日 (月)

ベートーヴェン『ピアノソナタ第6番 op.10-2』から第2楽章を1894年ベーゼンドルファー社製ピアノ(ウィーン式アクション/85鍵)で

ベートーヴェン(1770-1827)の『ピアノソナタ第6番 op.10-2』から第2楽章を、いつもの1894年ベーゼンドルファー製ウィーンアクションのピアノで弾きました。

この第2楽章は Largo でも Adagio でもなく、Allegretto です。すなはち「小さなAllegro」であって、Allegroの「快適なスピード感」ほどではないのですがあくまでも「遅い楽章ではない」ところが心地よい気がします。3/4拍子というところで舞曲的な要素が加味されやすいのも確かでしょうが、この楽章の雰囲気だとメヌエットというにはチト違うような(まぁ実際メヌエットとは題されてないのであたり前w)

このような楽章ってイイ感じで「雰囲気を出す」のがなかなか難儀でして、ともすれば何かを表現しているように自らをゴマかすためにテンポを揺らしてしまったりするんですよね〜。「曲の全体像を捉える」とかいう言葉を使いさえすれば理解した気になりやすいのは確かですが、このような抽象的な言葉を使ったところで出てくる音楽が変化しないのであれば実はナニも理解していないのがバレバレ。音楽って誰もが等しく取り組めるものですし、そうでなければならないのですが、それだけにちょっとした味のかたよりで「なんか違う感じ〜」という感想が出てきてしまうのがなかなか怖いです。

長い長い時間の淘汰を乗り越えてきた「古典」という人類の財産は、多少の味つけの偏りなんぞモノともしない堅固な「型」を備えていますが、同時にわずかな味つけの偏りでもバレてしまうような「シビアさ」をも備えています。このような楽章を「それっぽくできるかどうか」こそが音楽の理解力の試金石なのであって、指がまわるとか音がそろえられるとかは理解した音楽を楽器で奏でるための「方便」にすぎないのでありま〜す(`・ω・´)

ベートーヴェンの時代のピアノのアクションはウィーン式アクションとイギリス式アクションに大別できてイギリス式アクションが現代のピアノと直結しているのですが、実はベートーヴェン自身はウィーン式アクションのピアノの方を好んでいたのです。この1894年製ベーゼンドルファーとベートーヴェンがまだ生きていた1820年代のウィーン式ピアノを同じ空間で弾き比べる機会があったのですが、なんと音も響きもそっくりでノケぞりました。さすがは時間が止まっているウィーンの楽器、いわゆる「ウィンナトーン」ってぇシロモノはシェーンベルク(1874-1951)が生まれ育った時代まであまり変わっていなかったんですね〜(・ω・ゞ

2020年5月31日 (日)

山椒の実、到着!

某所山奥から自生の旬の味覚がチルド便で届きましたよ〜(*´-`)

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枝やらトゲやらをパーフェクトに分けて送ってくださるとは感謝感激で、あとは湯がくだけでハイできあがり〜。旬の味覚が年間通しての味覚になりそうな雰囲気でございますな(`・ω・´)

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も〜、家の中じゅうが山椒の香りで、コレだけでメシが食えそうσ^_^;

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2020年5月29日 (金)

ベートーヴェン『ピアノソナタ第5番 op.10-1』から第2楽章を1894年ベーゼンドルファー社製ピアノ(ウィーン式アクション/85鍵)で

ベートーヴェン(1770-1827)の『ピアノソナタ第5番 op.10-1』から第2楽章を、いつもの1894年ベーゼンドルファー製ウィーンアクションのピアノで弾きました。ベートーヴェンの緩徐楽章串刺しシリーズ第5作でございま〜す。

ベートーヴェンの前期って実は素晴らしく美しいメロディーに満ちておりまして、シューベルトと並び立つほどのメロディーメーカーだと密かに信じているワタクシでありま〜す。ですが、美しいメロディーというのは演奏する側にとっては実に厄介な魔物でありましてね。「美しいなぁぁぁ」とか「素晴らしいなぁぁぁ」とか感じながら演奏してしまうと、実は脳内補完が強〜烈に発動してしまって自己陶酔の世界へとまっしぐらに突入してしまうコトになってしまうんですね〜。録音を聴いてみて「こんなハズはない!」とショックを受けた経験は誰にでもあると思いますが、実演と録音とは全く異なることを大〜きく差し引いても、残念ながら悲しいことにそれが己の現実なのであります。とほほほ。

録音を聴いてショックを受け続けていると、脳内補完の恐ろしさというか素晴らしさというか、そのショックを麻痺させるような自己正当化という方向に走り始めます。自分のお金をつかって自分で愉しむのであればそれはそれで非常に結構なことでございますが、音楽を生業にしている身としてこんなドツボに陥ってしまうのは全くもって嬉しくない状況ですね。真面目に音楽をお勉強してしまうと「知識」というシロモノという諸刃の剣の怖さ、理解していなくても「正しさ」という権威にすがることで理論武装という自己正当化が可能になってしまうのであります。まぁ音楽に限ったハナシでもございませんが。

「分けること」と「分かること」とは似て非なること。目的も持たずにヤミクモにばらばらにしたところで理解できるハズはございません。対して、現代のネットはあまりにも親切になってしまっていて検索しさえすれば「分けるまでもなくw」たいていの場合「答え」が勝手に転がってきます。果たしてそれは「分かった」のでしょうかね?

この楽章、まことに美しいメロディーで始まりますが、ベートーヴェン先生ってばときたま妙に速い音符をぶっこんで来ます。速いアルペジオならばまだ楽なのですが、まさかの64分音符での12連符=8分音符のなかに64分音符12個という鬼畜ゾーンが待ち構えています。この箇所を打ち込みでやってみると、もう、めっっっちゃウケますぜ。物理的に音の高さや長さや大小などをヤミクモに再現することと機能和声にもとづいた意味を持たせて音の高さや長さや強弱などを表現することと、まぁなんともこれほどまでに残酷に差がつくモンかと驚かされます。いやホンマ、是非是非やってみてくださいませ!(`・ω・´)

楽譜に表示されているデジタル符号である音符をそのままデジタル操作盤である鍵盤の上にヤミクモに「置き直す」ことは単なる「変換」にすぎず、ワリと昔のコンピューター(AI以前ですよ)でも「打ち込み」という形で簡単にできましたしその方が圧倒的に正確に再現されます。まぁ現代では「打ち込み」の方がふさわしい曲が支配的になってしまった感がございますが、少なくともいわゆる「クラシック音楽と称される何か」な時代の音楽は断じてそうではありません。願わくば、打ち込みでは満足できないようなあなた自身の「ファジーな生き物としての感覚」を大切になさってくださいますように (*´-`)

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