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2020年12月 2日 (水)

中島みゆき 作詞/作曲『雪傘』ピアノソロ:1894年ベーゼンドルファー社製ピアノ(ウィーン式アクション/85鍵)で

中島みゆきの『雪傘』を、いつもの1894年製アンティークピアノで弾きました。

『雪傘』は2008年に発売された工藤静香のシングル《NIGHT WING/雪傘》のための1曲です。静かに独りつぶやくような淋しく切なくまことに哀しい唄で、中島みゆきは2010年発売の自身のアルバム《真夜中の動物園》でセルフコピーしています。『雪傘』《真夜中の動物園》ではラスト『愛だけを残せ』の前に置かれていますが、アルバムのラストへの道しるべとして秀逸な一曲と思います。この曲も転調の妙が素晴らしく、まずイントロがロ短調なのに一瞬でロ長調に変わる唄い出しが光ります。そこからニ長調に移るのはまぁ普通なのですが、ラストのラスト、ニ長調で万感の想いを込めて語り終わった刹那、後奏で「ふっ」とヘ長調にすべりこむのがもぅキュン死ですよ〜〜〜〜。

最初から最後まで人類が厄介な疫病の前に屈したこの2020年、こんなやるせない状況を自分の誕生日に語るためにふさわしい曲だと思って選曲したのですが、耳コピしていても弾く稽古をしていても沸き上がってくる無念さを抑えるのがことのほか難しく、たびたび中断を余儀なくされました。詩がしっくりきてしまうというのはなかなかに怖いことでしたが、それでもなにやら救われる感じにしてもらえるのは中島みゆきの力なのでしょうか、詩の力なのでしょうか、音楽の力なのでしょうか。是非ともこの『雪傘』『荒野より』とを併せて味わっていただければと思います。

 迷惑でなければ傍にいて  車を拾うまで雪の中
  これきりと心で決めている私の  最後のわがまま聞いてね
  灯り溢れる窓からは  疑いもしない歌がこぼれ来る
  「Happy Birthday 今日の主役は何処?」
  誰かが気づいて探しに来るまで
  雪傘の柄に指を添えて
  思い出を返しましょう


『雪傘』の1番です。雪の降る日、相手の誕生会にそっと別れを告げにきた主人公。限りない哀しみに満ちているのは確かですが、同時になんとも静かで美しい情景ですね。あくまでもひとときの情景に過ぎないのですがさまざまな感興を呼び起こしてくれますし、最後の<雪傘の柄に指を添えて 思い出を返しましょう>のまぁなんとも美しいこと。この情景からして<雪傘>とは相手が主人公にさしかけている傘のことで、その柄に指を添えるということは相手の手に指を添えているひとときに他ならないんですね。ちょ〜っとウルウル来ませんこと?

 足跡消しながら後ずさる  雪の上逃げる小ギツネみたいに
  小枝の代わりに嘘を抱いて  思い出消しながら遠ざかりましょう

  「Happy Birthday」
  今日を祝う人が居てくれたのなら  安心できるわ
  いつまで1人ずつなんて良くないことだわ  心配したのよ
  雪傘の柄に指を添えて
  ゆく時を聞いている


2番です。部屋の中にはすでに相手の誕生日を祝う人が居るのでしょう。それに対して<安心できるわ>と語るのは、主人公が最後まで相手を優しく思い遣る気持ち、否、精一杯の強がりなのでしょうね。<小枝の代わりに嘘を抱いて 思い出消しながら遠ざかりましょう>ですから、<思い出を消す>のも<安心できるわ>も、そして相手に別れを告げることも、全て主人公の嘘。そりゃまぁ当然のことで、このような状況で未練がなかろうハズがございませんわ。

 ありとあらゆる悲しいことから
  あなたが守ってくれていたんだね
  当たり前のように暮らした  あの頃
  アリガトって伝え忘れたね


3番、まさに起承転結の「転」のお手本のような一連ですね。大切ななにかこそ失ってはじめて存在の大きさを知る、というのは古来言い古されてきた真理ではありますが、それをこんなに短い一節に込められるとは。静かな静かな『雪傘』ですが、この短い一節に込められた激情たるや、まさに万感の想いというにも足りぬ、ほとばしり出る強い強い想いであります。

 「Happy Birthday」
  今日を祝う人が居てくれたのなら  安心できるわ
  いつまで1人ずつなんて良くないことだわ  心配したのよ
  雪傘の柄に指を添えて
  ゆく時を聞いている
  思い出全部  アリガト


厄介な疫病のために人類が失ったものは計り知れず、それはあらゆる人が人生を根本からひっくり返されてしまったほどの衝撃で、今なおとどまるところを知らないですね。既に指摘されていることではありますが、これって実は、従来いわゆる「人類の繁栄」とされてきたシロモノがきわめて脆弱だったことが明るみに出たということではないでしょうか。いわゆる「人類の繁栄」とは基本的に経済的物質的な繁栄だった(過去形にしますぞ)と思いますが、そのような「目に見えやすい何か」は多分に表面的な存在であって儚いものだというのもず〜〜〜っと指摘され続けていますよね。

 かんじんなことは、目に見えないんだよ(サン・テグジュペリ『星の王子さま』1943年/内藤濯訳)

まことに僭越ではありますが、今般の厄介な疫病によって断ち切られてしまった全てのつながりそして「目に見えない大切な何か」のために、この演奏を贈りたいと思います。

 思い出全部  アリガト



もう一本、この厄介な疫病による混乱当初に出演したオンラインコンサート『OLOL2020』で、「目に見えない大切な何か」について中島みゆきの詩と音楽を借りて語りました。併せてご覧くださればと思います。

2020年11月30日 (月)

楽器系金属工作、本番終了

昨日(11/29)、めでたく本番を終えました。

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ナチュラルホルンで舞台に乗ったのは今回が初めて、ステリハ→本番と調子を上げて行く過程が全くできずにちょ〜っと悔しかったかなぁw

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まぁ偽チェンバロは普通にコナしましたけど(^o^;

2020年11月22日 (日)

楽器系金属工作、本番:11/29豊洲

昨日(11/21)、いつも電子ピアノでお手伝いしている「アズール弦楽合奏団」の本番に向けての追い込み稽古だったのですが、今回は電子ピアノだけでなく、ナチュラルホルンでも乗るという暴挙に出ましてな (`・ω・´)

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電子ピアノはヘンデルの合奏協奏曲 op.6-11 で、まぁこれはいつも通り。ナチュラルホルンはモーツァルトの交響曲第29番とヴァイオリン協奏曲第5番。いづれもイ長調という大変に華やかなプログラムで、モーツァルトの両端楽章は2曲ともにA管という現代のF管のホルンより短く華やかな音質の管が指定されておりますので、ナチュラルホルンを使う本質的な意味がございま〜す。

ココまではヨかったのですが、ヴァイオリン協奏曲の第2楽章になんとE管という指定があり、ウチのナチュラルホルンの替え管のない管種でさぁ困った・・・ということで楽器系金属工作をおっぱじめたのでありました(困ってないw)。

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F管を半音下げるための替え管(クルーク)の調子は上々、あとは演奏者がウマくなるのが至上命題なのですが、はてあと一週間、ど〜なることやら。今度の日曜日の11/29の14時開演、豊洲駅直上の豊洲シビックセンターホールで入場無料です。どうぞ賑やかしにおいでませ〜 (*´-`)

2020年11月19日 (木)

楽器系金属工作、接続部分の巻

楽器系金属工作、売るワケぢゃナイので管の内側のシワはとりあえずしゃ〜ないコトにして、接続部分の巻〜(`・ω・´)

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管楽器っちぅのは気密性が高くなければマトモな音なんぞ出せるハズもなく、テキトーにカタチだけつながっていてもハナシにならないのでありま〜す。木管楽器では管体のジョイント部分とキイの気密性、金管楽器では管体そしてマウスピース接続部分の気密性でして。

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管体は外径8mm厚さ0.5mmの真鍮パイプを使ったので、その外側は外径9mm厚さ0.5mmの真鍮パイプにすれば、内側のパイプを少しだけ薄くヤスればピッチリ合うはずだろうなと。そしてホルンのマウスピースは11mm程度差し込んだところで外径8mmなので、案外とイケそうな感触。

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結果、気密性はバッチリ、本当は銀ロウづけにしたいトコですが節約のためwハンダづけ。ミニバーナーであぶっておいてそこにハンダをチョンとつければあ〜ら不思議、熔けたハンダが一瞬でサササッと接合部分にまわってできあがり〜(*´-`)

2020年11月15日 (日)

楽器系金属工作、試行錯誤ちぅ

楽器系金属工作、現物合わせで試行錯誤ちぅ。こ〜ゆ〜のは寸法測ってアタマだけでこねくり回すよりも、とりあえず手ぇ動かして何度かコケた方が理怪も進みも速〜い(`・ω・´)

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素材は外径8mmで0.5mm厚の真鍮パイプ、パイプを曲げるのはガスコンロで焼きナマして砂詰めりゃできるという情報はネット上に転がってはございますが、実際には手ぇ動かして初めてわかることだらけなのが当然のこと。さすがにこの曲率だと1/3はそこそこキレイに曲げられてもそれ以上は内側にシワが寄ってしまうし、あわてたりウマく進んだと思って図に乗ったりするとす〜ぐヘコんでそこから折れてしまうのが発覚。要は「上手にならなきゃハナシにならん」という、しごく当ったり前のハナシでございましたσ^_^;

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・・・模型じゃナイですし、知恵の輪でもナイですってばw

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2020年11月13日 (金)

北京飯店/板橋、仲宿商店街

JR板橋駅から本蓮沼まで45分のんびり歩きの途中、旧中仙道の仲宿商店街にひっそりとたたずむいかにも老舗な中華料理店発見〜(`・ω・´)

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町の老舗の中華料理店って黒光りしてベタベタな味わいがえも言われぬ郷愁をそそられるwことが多く、それはそれで大好きな方向性なのですが、ここは古いたたずまいですが丁寧に手入れされた落ち着いたたたずまいが素晴らしいです。レバニラそばなるメニューがあって迷わず発注wしてみたところ、果たしてレバニラ炒めが乗っかった中華そばで。中華料理店なのにメニューにカツ丼や親子丼があったのにもいたくそそられましたが、二品発注する胃袋はあってもお財布はございませんでw

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インタビューしてみたところ48年になるとのことで、日本伝統の中華料理wの落ち着きを十全に愉しめた一品でございました(*´-`)

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2020年11月12日 (木)

夢の図書館@東青梅

オトコのコの夢にあふれた古き佳き時代の雑誌を100年分2万冊(!)ほど所蔵している『夢の図書館』襲撃〜(`・ω・´)

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ここには日本の科学技術を培った歴史やら気概やら根性wやらが詰まっており、現代のデジタルを支えているのが他でもないこの時代なんだなぁぁぁ、という感慨が新たに。未整理な資料で部屋が大変なことになっているwのもまことに素晴らしく(*´-`)

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雑誌って、一流な著者がそれぞれの時代の最先端を手を替え品を替えwわかりやすくしかしレベルは下げずに惜しみなく伝えるもので、それが次の世代への良質な種蒔きになっていたんですよね〜。ということは、実は昔の技術雑誌を実用に供するのは懐古趣味にとどまらず資料としての価値が極めて高いワケで、いやしくも技術立国を標榜するならばアーカイブとして国家予算をかけて欲しいレベルの偉業ですがな😤

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ここは年会費わずか3000円で運営されているので、一人でも多くの賛同者に集まってほしいです。 是非ともご参集くださいませ〜!
夢の図書館: https://www.gijyutu-shounen.co.jp/Library/
夢の図書館会員募集ページ:
https://www.gijyutu-shounen.co.jp/Library/usage/partner/

2020年11月 2日 (月)

Bluetooth スピーカー、入力コンデンサ交換2発め

昨日のコンデンサ交換に味をしめて、こないだ作ってみたデジタルアンプ入りの Bluetooth スピーカーの入力コンデンサもさっそく ECPU コンデンサに再怪造の巻〜 (`・ω・´)

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この基板は昨日のアナログアンプ基板より少〜しスペースに余裕があるので、直接ハンダづけを敢行。低音増強のために後付けした緑色の電解コンデンサとその脚をハンダづけしてあるチップコンデンサを取り外してそこに ECPU コンデンサを付け直すという、まぁ普通の作業ですなw

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双方の端子にハンダメッキをしておいて ECPU コンデンサを軽くピンセットで押さえて23Wのハンダゴテの当てる角度を定めてチョンと当てればあ〜ら不思議。ハンダが熔けてキラッと光って0.1秒くらいで熔けたハンダが流れるのでそのタイミングでサッとハンダゴテを離せば瞬間接着完了な〜り。実はハンダづけが終わった後に「ECPU コンデンサ」を検索してみたら、商品として端子にすでにハンダメッキがしてあったのでコンデンサの方のハンダメッキは不要だったことが判明。加熱の一手間を増やしていたワケで、壊さずにハンダづけできたのは奇跡的でホッ。ハンダづけ技能の向上という、鉄道模型製作再怪の思わぬ副産物でございましたとさ (*´-`)

2020年11月 1日 (日)

Bluetooth スピーカー再怪造

スゴ腕の Facebook 友だち氏によるアンプ製作の数々をしばしば拝見、この方、1.6mm×0.8mmサイズのチップ抵抗などをひょいひょいと手ハンダしておられてマジ凄いわ〜・・・と思っていたワタクシ。今年の例の厄介な疫病のおかげwで細かいハンダづけ作業のリハビリはできているワケで、やってみたいなぁとは思っていたんですね〜。

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ど〜も狙い撃ちwされたか、入力信号が最初に通る場所のコンデンサの精度を上げるとめっちゃ音が酔くwなるとの解説を拝読、しかもそのコンデンサは25個以上にすれば一個39円送料280円(25個未満でも一個49円だったけどw)とのコトでとっとと25個発注。アンプに音楽信号を送り込む最初って抵抗とコンデンサを組み合わせた回路を通すのですが、そのコンデンサの容量をアップさせて低音を充実させる怪造はすでにしていたのですわ。新たにハンダづけしたコンデンサと元の基板についていたチップコンデンサの両方を外したうえで、チップよりちょい大きい程度の ECPU コンデンサに付け直すという再怪造の巻〜(`・ω・´)

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いやはや、モトの電気信号の精度が上がりゃ出てくる情報量は増えるのが道理でございまして。今まででも充分に楽しめていたのですが、ハッキリと音楽が滑らかにキメ細かくなってくれた印象で一驚。またまた愉しみが増えてしまいました。ECPU コンデンサはこの↓大きさでチップコンデンサより一回り大きいので取り外したチップコンデンサーのスペースから少しハミ出るワケで脚もハンダづけせにゃならず、少し手こずったのも愉しみでございました。とほほほ(*´-`)

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2020年10月30日 (金)

中島みゆき 作詞/作曲『荒野より』ピアノソロ:1894年ベーゼンドルファー社製ピアノ(ウィーン式アクション/85鍵)で

中島みゆきの『荒野より』を、いつもの1894年製アンティークピアノで弾きました。

『荒野より』は2011年に発売されたアルバム《荒野より》の口開けの曲です。アルバムの1曲めにふさわしい、前向きな推進力と堂々たる決意表明とを併せ持った歌詞なのですが、コレ、音楽的に両立させるのはなかなか厄介でして。ここでポイントになるのは強〜烈に揺るぎないテンポ設定で、これぞスタジオミュージシャンたちの面目躍如。CDで聴ける決してスピード感を前面に出さずに完璧にメトロノーム的なテンポ設定は見事の一言で、少しでもスピードが速くても遅くても速くなっても遅くなってもこの揺るぎなく堂々と厳しくたゆまず進み続ける雰囲気はにじみ出なくなってしまいます。コレって〜、ユルく揺らぎだらけな音楽ばかりやっているワタクシにとって〜、めっちゃ鬼門なんですね〜ヽ( ̄▽ ̄)ノ

 僕は走っているだろう  君と走っているだろう
  あいだにどんな距離があっても
  僕は笑っているだろう  君と笑っているだろう
  あいだにどんな時が流れても


サビへの導入のこの部分、加速度的に社会的分断が進んでいるところに厄介な疫病が蔓延している2020年現在の我々にズバッと刺さってきますね〜。会いたい人に会えず、仲間と集まろうとしても集まれず、というこの状況がいつまで続くか見当もつかない現在、人と人との間にあるのはつながりではなく、果てしない<距離>と<>ばかりになってしまいました。それでも<>は<>と共に走り共に笑っているという、この姿はまことに美しく気高いですね。中島みゆきの音楽は毒なばかりwでなく、強い強いメッセージなのです。

 望みは何かと訊かれたら  君がこの星に居てくれることだ
  力は何かと訊かれたら  君を想えば立ち直れることだ


『荒野より』の出だしはこのように始まります。<君がこの星に居てくれる>だけが望みで、<君を想う>だけで力が湧いてくるとは、なんといういさぎよさでしょうか。果てしない距離と時が間に立ちふさがっていても、このように強い信頼そして愛があればこその人間の強さではないでしょうか。ただ単純に「強い」だけではそれよりも強い何かに脆くも負けてしまいますが、真に意識を共有できる対象の象徴たる<>がいれば、そこに「粘り」という不思議な助太刀が現れるのでしょうね。はて、みなさんにとって、<>とは? 人とは必ずしも限らないですよね〜。

 朝陽の昇らぬ日は来ても  君の声を疑う日はないだろう
  誓いは嵐にちぎれても  君の声を忘れる日はないだろう


2番はこのように始まります。君の声>に対する無限の信頼そして愛、この閉塞しきって人間が我を失ってしまっている今を生き抜かねばならぬ我々に向けられた輝かしいメッセージですよね〜。我々に生命がある限りこの厄介な疫病から逃れるすべはございませんで、そのため少しでも他者とのつながりを薄くしなければならぬ・・・というそもそもの人間活動を否定されている現在の状況、まさに<朝陽の昇らぬ日>であり<誓いが嵐にちぎれた>状況であるように思えます。それでも疑わないのは<君の声>で、忘れないのも<君の声>。<君の声>とはこのように信頼できる存在の象徴であって、その存在さえあれば人は無敵になれるのではないでしょうか。ここで思い出すのは、やはり『二隻の舟』の一節。

 おまえとわたしは たとえば二隻の舟
  暗い海を渡ってゆくひとつひとつの舟
  互いの姿は波に隔てられても
  同じ歌を歌いながらゆく二隻の舟
『二隻の舟』1992年)

世の中が<荒野>となってしまった現在、一人の人間としてどのように敵(=疫病だけではなく、疫病に惑わされて我を失ってしまっている世間の姿)に屈せずに自らの尊厳を守り続けられるのかが問われていると思います。厳しいと言えばあまりにもあんまりにも厳しいのですが、その厳しい環境の居心地を少しでもわずかでも良くできるのは、ひたすらに藝術であります。我田引水とおっしゃらないでネw

 あらゆる藝術の士は人の世を長閑にし、人の心を豊かにするが故に尊とい。(夏目漱石『草枕』1907(M40)年)

『荒野より』は、現在を生きる我々へ中島みゆきそして藝術が向けてくれた、強く厳しく愛にあふれる応援歌です (`・ω・´)

 荒野より君に告ぐ  僕の為に立ち停まるな
  荒野より君を呼ぶ  後悔など何もない


2020年10月26日 (月)

Samuel Jackson (1818-1885)『38 Voluntaries, op.122』の第4巻の第4曲を、1900年ごろカナダはベル社の豪華棚付きリードオルガンで

わたらせ渓谷鐵道の神戸(ごうど)駅から2km程度、群馬県みどり市「童謡ふるさと館」所蔵のカナダはベル社の1900年ころの豪華棚付きリードオルガン(17ストップ!)を使った動画4発めです。10/14の上州行脚はなかなか効率良かった模様(^^)v

イングランドからアメリカに移ったオルガニスト、Samuel Jackson (1818-1885) による4巻からなる『38 Voluntaries, op.122』の第4巻の第4曲を弾きました。このベル社のリードオルガンは長い(=低い)16フィートのストップが低音側だけでなく全音域にわたって使えるのが特徴で、この曲では16+8+4フィートで豪華に鳴らしてみました(・o・ゞ

Jackson は7歳でアメリカに渡り、今でも続いている大手出版社シャーマーの校正係として結構長い間勤めていました。なお。この『38 Voluntaries, op.122』はシャーマーから出版されています。この時代は世の中に存在する音のうち蓄音機以外のほぼ全てが生音であり、生楽器の需要は現代とは考えられないほど多かったのでした。ということは、この時代は Jackson のような「普通の」音楽家がそれこそそこら中で活躍していた時代で、機械に人間が使い倒されるばかりの現代とは違って人それぞれが個性的な能力に応じて幅広く活躍できた時代だったんですね〜 (*´-`)

このベル社のリードオルガンは1900年前後に北米で隆盛を極めていた豪華棚付きリードオルガンの生き残り。小学校低学年の授業で使われていた程度の楽器、というリードオルガンのイメージとは全く異なる堂々たる楽器です。管楽器や歌唱のイメージは「レガート」という表現に取り組む上で必要不可欠。リードオルガンは管楽器かつ持続音を得意とする楽器で、しかも空気を足踏みペダルで送るのですから工夫次第で強弱表現が可能、というかなり楽しい楽器です。素直で温かくしかも演奏者の悪知恵w次第で管楽器としての多種多彩な表現ができる魅力は、一部の世界だけに留めさせるにはあまりにも惜しい世界です。

2020年10月25日 (日)

『長岡鉄男のスピーカー製作合宿』参加

オトコのコって〜ヤツらは、突発的に工作好きも〜どに入るときがございまして、『長岡鉄男のスピーカー製作合宿』に参加〜。
ウチはくっそ狭くてこないだ作った Bluetooth スピーカーぐらいしか置けないので製作はしませんでしたが、例によって例の如しで 渡邉祐治 氏の企画ですし参加することに意義があるワケでありま〜す。しかもこの週末はこのワタクシが出かけるのに穏やかな好天に恵まれたというまさかの事態によっぽどワタクシ以外の参加者がマトモだったのでしょうナ(・o・ゞ

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場所は成島町の『しぜん教育研究学園』という、これまた素晴らしい公然の秘密w基地。意識が高く実践的かつ理知的な園長氏が作り上げた、滅菌消毒された環境でなければ生きていけない現代人に対する挑戦とも言うべき場所。ここでは学童保育も行なっており、遊びまわり駆けまわる子どもたちのなんとも生き生きとのびのびしていること。現代の別天地の一つかもしれません。

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材料のシナベニヤ板の切断と孔あけはなんと全て渡邉氏にやってもらえているので、参加者はとにかく部材を貼りつけて貼りつけてスピーカーの配線をちょちょっとやれば完成という、むちゃくちゃにお得な会だったんですよ〜。みんなが作っているのを見ていたら当〜然ながら自分も作りたくなってしまうワケですが、置けないモノを作っても意味ないどころかロクなことにならないので我慢我慢我慢我慢。

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部材を貼りつけるだけですから土曜日の日没までに全員箱として完成、夜は太田市の温泉がてら夕食に出向いて帰宿後は各自持ち寄りのダラダラ鑑賞会しながらテキトーにスピーカーの配線取付、日曜日の午前中に少しヤヤこしく面倒な『光琳』スピーカーを寄ってたかって完成させて大視聴会。この『光琳』スピーカーの迫真の聴こえ方には参加者一同大満足でございました。製作ってスペースに余裕があると気持ちにも余裕ができますし、この合宿は万人にオススメですよ〜 (*´-`)

2020年10月21日 (水)

Bluetooth スピーカーでっち上げ2台め

中華な小さい Bluetooth 基板をひとつかみw直輸入してあったのをフト思い出して、半年以上放ってあった簡易型スピーカー怪造(バラしてスピーカーを使っただけですがネw)ネタを無線化の巻〜。

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オリジナルのアナログアンプから変えた中華デジタルアンプは紫色の基板で、緑色のコンデンサー増量で低域アップ済。接続端子があるのに Bluetooth 基板(黒い方ね)と配置が違いやがったwので、テキトーにぐいっと曲げてサクッとハンダづけ (`・ω・´)

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スピーカーボックスは、例によって 渡邉 祐治 氏の特製木製で、このカチッと作られた木箱があってこその自然で素直な鳴り。激安でペラッペラな材料を使いつつ迫力を感じさせねばならぬ使命を持つ、現代の既製品の悲しき無理やり感wとは一線を画する生音っぽさが秀逸で、なにげに知り合い筋に気に入られて買ってもらえているのが嬉しいです。コレ、眼の間隔が広いので、ダメオヤジスタイルですね〜(*´-`)

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2020年10月20日 (火)

Salomé (1834-1896) 『Pendant l’office』を構成する「8 Offices ordinaires」の中の第2「8 Offertoires」の第1曲を、1900年ごろカナダはベル社の豪華棚付きリードオルガンで

わたらせ渓谷鐵道の神戸(ごうど)駅から2km程度、群馬県みどり市「童謡ふるさと館」所蔵のカナダはベル社の1900年ころの豪華棚付きリードオルガン(17ストップ!)を使って、パリの作曲家、Théodore César Salomé (1834-1896) の『Pendant l’office』を構成する「8 Offices ordinaires」の中の第2「8 Offertoires」の第1曲を弾きました。かなりヤヤこしい構成ですんません(・o・ゞ

Pendant l’office』は100曲からなるハルモニウムや小型オルガンのための小品集で、大きく2つのセット「8 Offices ordinaires」と「2 Offices funèbres」がメインとして構成されています。

・前半に「8 Offices ordinaires」が、それぞれ8曲からなる5つのセットPréludes d'entrée」「Offertoires」「Elévations」「Communions」「Sorties」で合計8×5=40曲
 それに加えてそれぞれ5曲からなる小品集ハ長調、ニ長調、変ホ長調、へ長調、ト短調、ハ短調、ニ短調、ホ短調、が8集で合計5×8=40曲

・後半も「2 Offices funèbres」が、それぞれ2曲からなる5つのセット「Préludes d'entrée」「Offertoires」「Elévations」「Communions」「Sorties」で合計2×5=10曲
 それに加えて3曲からなる小品集イ短調、2曲からなる小品集ホ短調、3曲からなる小品集ト短調、2曲からなる小品集ニ短調で合計3+2+3+2=10曲

その結果、40曲+40曲+10曲+10曲で100曲、めでたしめでたし (*´-`)

このベル社のリードオルガンは1900年前後に北米で隆盛を極めていた豪華棚付きリードオルガンの生き残り。小学校低学年の授業で使われていた遊び程度の楽器、というリードオルガンのイメージ(ですよね?w)とは全く異なる堂々たる楽器です。管楽器や歌唱のイメージは「レガート」という表現に取り組む上で必要不可欠。リードオルガンは管楽器かつ持続音を得意とする楽器で、しかも空気を足踏みペダルで送るのですから工夫次第で強弱表現が可能、というかなり楽しい楽器です。素直で温かくしかも演奏者の悪知恵w次第で管楽器としての多種多彩な表現ができる魅力は、一部の世界だけに留めさせるにはあまりにも惜しい世界です。

2020年10月17日 (土)

Eugene Thayer(1824-1896)『礼拝のための前奏曲 へ長調』を、1900年ごろカナダはベル社の豪華棚付きリードオルガンで

わたらせ渓谷鐵道の神戸(ごうど)駅から2km程度、群馬県みどり市「童謡ふるさと館」では、カナダはベル社の1900年ころの豪華棚付きリードオルガン(17ストップ!)が入館料(200円)だけで弾き放題です。自治体関連のハコモノに納入された少し珍しい楽器はえてして担当が変わるたびに疎まれる存在となり、いつしか見て見ぬ振りをされて人知れず朽ち果てる・・・という残念な現実があります。「童謡ふるさと館」の鍵盤楽器たちも似たような状況でしたが、運良く識者に再発見されて2018年前半に2台がなんとか復活を遂げました。

このベル社のリードオルガンは1900年前後に北米で隆盛を極めていた豪華棚付きリードオルガンの生き残り。小学校低学年の授業で使われていた程度の楽器、というリードオルガンのイメージとは全く異なる堂々たる楽器です。管楽器や歌唱のイメージは「レガート」という表現に取り組む上で必要不可欠。リードオルガンは管楽器かつ持続音を得意とする楽器で、しかも空気を足踏みペダルで送るのですから工夫次第で強弱表現が可能、というかなり楽しい楽器です。素直で温かくしかも演奏者の悪知恵w次第で管楽器としての多種多彩な表現ができる魅力は、一部の世界だけに留めさせるにはあまりにも惜しい世界です。

Eugene Thayer/ユージン・セイヤー(1824-1896)は、アメリカのオルガニスト・作曲家。1870年に『The Art of Organ Playing』5分冊を刊行し、さらに1874年から1877年まで『Organist’s Quarterly Journal』を刊行しています。この動画で弾いている『Service Prelude in F(礼拝のための前奏曲 へ長調)』は、『The Art of Organ Playing』の補遺として自身を含む種々の作曲家の作品を集めて3分冊で刊行された『Organ Music for Church Service』の第1巻の第9番です。

2020年10月15日 (木)

Waňaus (1837-1893)『ハルモニウム教本 op.20』第2章「三声のための小練習曲集」から第20曲「コラール ロ長調」を、1900年ごろカナダはベル社の豪華棚付きリードオルガンで

昨日(10/14)ひさびさに出向いた、わたらせ渓谷鐵道の神戸(ごうど)駅から2km程度、群馬県みどり市「童謡ふるさと館」所蔵のカナダはベル社の1900年ころの豪華棚付きリードオルガン(17ストップ!)を使って、ボヘミアの作曲家、Johann Waňaus(1837-1893) の『ハルモニウム教本 op.20』の第2章「三声のための小練習曲集」から第20曲「コラール ロ長調」を弾きました。この『ハルモニウム教本 op.20』は1879年にドイツの Braunschweig の Henry Litolff’s Verlag から出版されていますが、残念ながら作曲者の Waňaus(ワニャウス)についての詳細情報は生没年しか見つけられず。『ハルモニウム教本 op.20』所収の曲はあくまでも教則本用なので大半が非常に短いのですが、このロ長調のコラールは比較的充実しています。

Waňaus は Smetana の『売られた花嫁』の旋律を用いたハルモニウム編曲, op.24 (Prague, Urbánek, 1883) など、ハルモニウムのための曲を数多く書いており、また『子どもの頃から, op.17』など2台ピアノ用のオリジナル曲を少なくとも4曲書いていることはかろうじて突き止めました。ちょっとおもしろそうなのは『スメタナの主題による三重奏曲, op.30』で、なんと編成が、ヴァイオリン&ピアノ&ハルモニウムという(・o・ゞ

このベル社のリードオルガンは1900年前後に北米で隆盛を極めていた豪華棚付きリードオルガンの生き残り。小学校低学年の授業で使われていた程度の楽器、というリードオルガンのイメージとは全く異なる堂々たる楽器です。管楽器や歌唱のイメージは「レガート」という表現に取り組む上で必要不可欠。リードオルガンは管楽器かつ持続音を得意とする楽器で、しかも空気を足踏みペダルで送るのですから工夫次第で強弱表現が可能、というかなり楽しい楽器です。素直で温かくしかも演奏者の悪知恵w次第で管楽器としての多種多彩な表現ができる魅力は、一部の世界だけに留めさせるにはあまりにも惜しい世界です。

言い古されたハコモノ行政の問題、自治体関連のハコモノに納入された楽器はえてして担当が変わるたびに疎まれる存在となり、売りつけたw業者の方も面倒なので売ったらほったらかし、いつしか見て見ぬ振りをされて人知れず朽ち果てる・・・という残念な現実があるようで。まぁこれは行政に限らず、同じように放置されて朽ちるに任されている楽器は決して少なくないようです。「童謡ふるさと館」の鍵盤楽器たちも似たような状況でしたが、運良く識者に再発見されて2018年前半に2台がなんとか復活を遂げました。この機会に音色を紹介できることを光栄に思います! (`・ω・´)

2020年10月14日 (水)

はやぶさ食堂/水沼駅前

本日(10/14)鉄道記念日の上州行脚の真の目的はひさびさに神戸(ごうど)の童謡ふるさと館の大型棚つきリードオルガンだったのですが、昨日に引き続き楽器の写真を撮り忘れましてなw。まぁ動画は撮ったのでそちらで御免σ^_^;

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帰りはいつも通りにわたらせ渓谷鉄道の水沼駅隣接の温泉センターでひとっ風呂浴びて夕食・・・と思いきや、オーダーストップが早まっていてビックリ。

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仕方なくw駅前の普通の地元メシ屋に入ったところ、またまた大充実なラーメンどんぶりにど〜んと入ったカツカレーでございました。ごはんいっぱい、おなかいっぱい(`・ω・´)

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佐野屋/大間々

上毛電鉄で赤城駅に着いたらわたらせ渓谷鐵道の大間々駅まで1kmほどの歩きでしたが、お目当のカレーうどんの名店は水曜定休で残念。ですが大間々は昔は大変に栄えていた土地で遺構があちこちに残っており、昔は商店街でにぎわっていたに違いない街道沿いに「佐野屋」という、いかにも老舗なうどん屋さんを発見して迷わずに突入(*´-`)

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まずお茶が異様に美味しく座敷には床の間そして掛け軸が二本、座布団は分厚く柔らかさも完璧だったので一驚。ワタクシ肉南蛮うどんを発注したのですが、つゆの味がかなり濃いのに塩辛さをほぼ感じないことにも仰天しまして。そう言えば、館林の「恵比寿屋」のうどんも同じような丁寧なつゆで色が濃いのに塩辛くなかったっけ。きっと、上州地域独特の味つけなんでしょうね〜。

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ヒヤリングしたところ、なんと、この地で100年以上の老舗ちぅの老舗で四代目とのこと。味も昔のまま守っていて全てを手作りでまかなっているそうで、古き佳き日本がてんこ盛りの名店発見の巻〜(`・ω・´)

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上毛電鉄/西桐生駅

本日(10/14)は鉄道記念日、ということで元鉄道少年でピアノ調律師&リードオルガン修復の渡邉祐治氏と上州行脚。まぁ足尾線のC12蒸気機関車廃止50年で桐生で写真展が開かれているという情報を見つけたのがワタクシだったのは内緒ねw

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鉄道少年ちぅのはむちゃくちゃにワガママですよって、別々に予定を立てても一緒に予定を立ててもwロクなことにならないのは必定。逆に、時間もナニも調べずになんとなくの土地勘を持った上でついていきさえすれば充実の1日になるのも必定ですので、ま〜ラクなもんです。桐生駅隣接の写真展会場は地元自治体の会議室だったのですが、いきなり「あら〜、渡邉さ〜ん!」と職員から声をかけられていて、やっぱりそこら中で悪事をハタラいている奴は違うなぁと。

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桐生駅から上毛電鉄の西桐生駅までは数百m、この駅の渋さもなかなかなモンでして、やはり先達はあらまほしきことなり。30年前に京王井の頭線を走っていた車両がほぼそのまま走っているのもまた香ばしく。

2020年10月13日 (火)

大型クラヴィコード試奏&手打ちうどん永井&ふじみ野市立福岡河岸記念館

武蔵野うどんの名店を訪ねるついでに珍しい大型クラヴィコードの試し弾きができる(逆だったかもw)とのことで、池袋から川越街道をくだって目的地はココ。公称15時までの営業でも麺がなくなったらおしまいという、まぁ普通のうどん屋さんですが、さすがの充実度。

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肉汁うどんの肉汁だけでも充分一人前になりそうなつゆと、歯ごたえしっかりでつやっつやのうどんに大満足。

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時間調整で新河岸川の舟運で栄えた舟問屋が見事に残されているふじみ野市立福岡河岸記念館を見学。美しい飾りガラスの数々、意匠を凝らした明かりとり、木道三階建の部分は一月ちょっとに一回解説員つきで見学できる機会があるそうです。

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やはり郷土資料館の類ってリキの入り方がハンパないんですね。いやはや、明治時代の建築がこれほどまでに残されていて入館料100円とは、ノケぞりましたわ〜(*´-`)

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肝心のクラヴィコードは音出しにかまけて写真を撮り忘れましたw(こちらに記事あり)が、二段鍵盤&足鍵盤つきという豪華な楽器。四年前に製作者の工房に伺ったときにたまたま出来立てを賞味wして以来の再怪でございました。

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