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2021年2月23日 (火)

中島みゆき 作詞/作曲『進化樹』ピアノソロ:1894年ベーゼンドルファー社製ピアノ(ウィーン式アクション/85鍵)で

中島みゆきの誕生日は本日2月23日、これに合わせて『進化樹』を、いつもの1894年製アンティークピアノで弾きました。

『進化樹』は、テレビ朝日系『帯ドラマ劇場・やすらぎの郷』の続編として2019年4月9日から1年にわたって放送された『テレビ朝日開局60周年記念・帯ドラマ劇場 やすらぎの刻~道』主題歌の1曲です。『やすらぎの刻~道』は前作に引き続き老人ホーム「やすらぎの郷 La Strada」のその後を描く【郷】編と、山梨を舞台に昭和~平成を生き抜いた無名の夫婦の生涯を描いた【道】編の2層仕立て。当初は『進化樹』『離郷の歌』の2曲が主題歌に使われていましたが、【道】の物語が「平成」編に入るタイミングで『観音橋』『終り初物』の2曲が追加されています。

この一連の主題歌群はまず2019年にシングル盤《離郷の歌/進化樹》として2曲発売され、翌2020年の正月明け1月8日に発売が始まった中島みゆき43作めのアルバム《CONTRALTO》に全て収録されています。このアルバム発売開始と同じタイミングで中島みゆきは「最後の全国ツアー」と銘打って2020年の全国ツアーを1月12日にスタートしましたが折悪しく例の厄介な疫病の蔓延にともなう政府からのイベント開催自粛要請のため途中2月28日から中止を余儀なくされてしまいました。中島みゆきの68歳(!)の誕生日が2月23日で、直後2月26日の大阪公演を終えたタイミングでのツアー中止とは、なんだか自然が中島みゆきの全国ツアーを終わらせたくなかったんぢゃね? とすら思える展開に思えたことは白状しますが、う〜ん、まぁ、考えてみればコンサート自体ができなくなっているのでそれはどうなのよとw

 高い空 腕を伸ばして どこまでも咲こうとした
  めぐりあわせの儚さに まだ気づきもせず


『進化樹』はこのように始まります。すでに2行めで不穏な空気を漂わせてくれるところは、安定の中島みゆきクオリティ。この巨木は屋久杉か淡墨桜か、はたまた「この木なんの木」か、巨木って案外と近所の神社に「保存樹木」としてあったりしますね。環境省が「巨樹・巨木林データベース」を公開してますので、興味のある方はどうぞ。日本の巨木のトップクラスってクスノキやイチョウが多いんですよ〜。

 誰か教えて
  僕たちは今 ほんとうに進化をしただろうか
  この進化樹の最初の粒と
  僕は たじろがずに向きあえるのか


1番のサビはこうなっています。人類が個人でも集合体でもなにやらごちゃごちゃ頑張る営みって、時代が変わっても本質的にはな〜んにも変わってないんですよね〜。ホレ、中国の数千年昔の古文書に「最近の若いモノは」と書かれていたって言うぢゃあ〜りませんか(何か違うw)。それでも、自らの生を生き抜くためにもがき苦しみ、人との<めぐりあわせ>に活路を見出し、ウマく行ったと思ったらけつまづいたりして<儚さ>に涙する、ま〜なんとも人間って懲りない生きモノですわ ヽ( ̄▽ ̄)ノ

 踏み固めた道も薄れて また始めから荒れ野原
  人はなんて幼いのだろう 転ばなければわからない


同じ失敗を繰り返すのはアホだとはわかっていても、先人たちが身をもって懇切丁寧に道を示してくれていても、見えないときは見えないんですよね〜。転んだことにさえ気づかずにいることもままあったりしてほんっっっとにイヤになりますが、ここ10年くらいのSNSの興隆のおかげ/せいで、このような人間の愚かさそして醜さってつくづく無限大なんだなぁと思わされます。今般の厄介な疫病って、このようなおバカな人類に対する警告ではないかなぁと感じている人は少なくないと思うのですが、そこでどんなに崇高な人類愛を謳ったところで悪意ある権力/武力/経済力wに対しては無力なのもまた真実で。それだからこそ、せめて自らの近しい範囲でのささやかな幸福を愛でられるような心を大切にはぐくみたいものではございませんか。

 誰か聞かせて
  遥か昔へ 僕は 何を置いて来たのだろう
  何も知らずに 僕はひとりだ
  この樹の根は 何処に在ったのだろう


人類というこの懲りない存在をナゼ神は創り出したもうたのか、自分というこの醜く矛盾に満ちた存在がなんのために産み落とされたのか。人類が遥か昔へ置いて来てしまったのはナニか、<>は本当はナニモノなのか、これまた古来から優秀でメンドーな奴らが邪魔くさくw考え続けていることではございますが、いわゆる「業」やら「原罪」やらはそこを象徴的に提示しているんでしょうね。自らの根っこを見つけられたヒト、そしてその根っこを活かせたヒト、決して多くはいないと思いますが、中島みゆきがその中でもトップクラスの存在であることは疑いないでしょう。

「初心忘るべからず」と申します。出逢ったときのえも言われぬワクワク感って、それが日常となるにしたがってどうしても薄れてしまうもの。ですが、我々が活躍を目にできるほどの大きな存在は新しいワクワク感を感じる豊かさが日常であって、いわゆる「怠惰な日常」とは無縁なんですね。だからこそ到達できた高みを凡人である我々が享受できる豊かさをかみしめつつ、自分がワクワクと出逢ったときの心持ちを折に触れて思い出したいですね〜 (*´-`)

2021年2月20日 (土)

スクリャービン『4つのプレリュード op.22』から第2曲を、1894年ベーゼンドルファー社製ピアノ(ウィーン式アクション/85鍵)で

スクリャービンの『4つのプレリュード op.22』から第2曲を、いつもの1894年ベーゼンドルファー製ウィーンアクションのピアノで弾きました。

このop.22は1898年の出版、ということはこのウィーンアクションのベーゼンドルファーと同じ時代に世に出された曲集だったりします。第2曲めのop.22-2は1分足らずですが。いかにもスクリャービンらしいネジくれた半音階の断片がそこら中にちりばめられていて、しかも2連符と3連符との入り混じり方もなかなか素敵に変態チックwだなぁと。2連符と3連符との同時進行ってピアノ弾きにとってはもはや空気のような存在で難しくはないと思われますが、それっぽい処理は案外と難物なんですよ〜。

真剣に生真面目に取ってしまうと単なる分数を通分した結果の無味乾燥な「たんたかたんw」になってリズムが錯綜した雰囲気がまるで出ませんし、なんとなくさらっと流してしまうとアタマ使っていない/使えていないのがモロバレになりますし、それっぽく弾こうとすると無理矢理そう作っている意図がにじみ出てしまったりして、なかなかに手ごわい相手でありま〜す。

しつこいですが基本として大切なのはやはり複旋律的な認識でして、それと同時に2連符と3連符の「密度の違い」がうねうねと目まぐるしく曲中を駆け巡ってくれてこそのネジくれたスクリャービンだと思います。初期のスクリャービンの根っこはなるほどショパンとリストだなぁと思いますが、同時にこの時代のピアノが持つ不思議な響きは必要不可欠だったのではないでしょうか。世紀末のウィーンの爛熟した文化の結実である1894年製ベーゼンドルファーと帝政末期のロシアに花開いたスクリャービンとのマリア〜ジュ、興味深い結果になりました (*´-`)

2021年2月12日 (金)

ベートーヴェン『ピアノソナタ第12番 op.26』から第1楽章を1894年ベーゼンドルファー社製ピアノ(ウィーン式アクション/85鍵)で

ベートーヴェン(1770-1827)の『ピアノソナタ第12番 op.26』から第1楽章を、いつもの1894年ベーゼンドルファー製ウィーンアクションのピアノで弾きました。

第1楽章が変奏曲になっているピアノソナタはモーツァルトのいわゆる「トルコ行進曲つきソナタ」に例がありますが、か〜なり珍しいです。変奏曲ってなかなか悩ましくて、あくまでも「変装」いや「変奏」ですからwあまりにもテンポや雰囲気を変えて主題がどこかにすっ飛んじまうのもどうかと思いますが、「変奏」とは元ネタの雰囲気をどう変えていくかがウデの見せどころでもあり、どないせぇっちゅ〜んじゃと。「変装」なら元ネタがバレちゃ失敗なんですけどw (*´-`)

だいたいこのピアノソナタの主題がクセモノでして、主題の中ですでに変奏してやがるワケですよ〜。同じ芸を二度見せるのは恥だったwでしょうから二度目にはちょっと変装いや変奏(しつこいw)を加えるのが当然だったにしても、このような多重構造っていわゆるドイツっぽい「構築性」の発露なんでしょうね〜。最後の第五変奏で主題の出だしの「カタチ」が二小節連続でベースに出て来るところ、あぁそう言えばこんな「カタチ」を何度も聞いたよなぁ・・・とナニか腑に落ちるような感覚にさせられませんかの?

それにしても、若きベートーヴェン先生ってば、後期のピアノソナタ第30番の終楽章を彷彿とさせるような変奏曲を既にこの時点で書いているとはおそるべし。ベートーヴェン先生はあまたの天才の中でも超弩級の天才ですからその進化なんて我々凡人からはおよそ窺い知ることなんてできようはずもございませんが、そのような天才が世に出して良いと判断した大変なレベルの作品(=人類の宝ですよね〜)を自由に弾いて良いこの世界、ワリと捨てたモンじゃ〜ないなぁと思います (`・ω・´)

2021年1月28日 (木)

中島みゆき 作詞/作曲『無限・軌道』ピアノソロ:1894年ベーゼンドルファー社製ピアノ(ウィーン式アクション/85鍵)で

中島みゆきの『無限・軌道』を、いつもの1894年製アンティークピアノで弾きました。

『無限・軌道』のオリジナルは、2004年1月の《夜会VOL.13─24時着 0時発》のために作られ、第8場「法廷」で中島みゆき扮する“あかり”によって唄われています。そして、2005年発売のアルバム《転生(TEN-SEI)》にタイトルを『無限・軌道』と変えて新たに3番を追加して収録されています。なお、アルバム《転生(TEN-SEI)》は《夜会VOL.13─24時着 0時発》のオリジナル曲から11曲をセレクトしたもので、いわばサウンド・トラック盤ともいえるアルバムです。

 無限・軌道は真空の川  終わりと始めを繋ぐ『無限・軌道』2004年)
 今日は倒れた旅人たちも 生まれ変って歩きだすよ『時代』1975年)
 伝えておくれ故郷へ ここで生きてゆくと『麦の唄』2014年)

アルバム《転生(TEN-SEI)》のタイトルともなっている転生という思想は1989年から続く「夜会」すべてに関わっておりまして、中島みゆきの実質のデビュー曲である『時代』の世界観そして中島みゆきの音楽世界で頻繁に目にする思想でもあります。文字通り生まれ変わるのみならず、人生の転換点であっても時代の転換点であっても転生となり得るワケで、今般の厄介な疫病にさらされている我々はすなはち《転生(TEN-SEI)》の真っただ中にいるのかも知れませんね〜。タイトルが無限軌道ではなく『無限・軌道』ですから、軌道が無限に続くという単純なイメージではなく、自然界というか宇宙の果てしなさと人生の限りない可能性とを並列に感じてほしいのではないでしょうか。宮沢賢治の『銀河鉄道の夜』を思い起こす方も少なからずいらっしゃるのでは。

 本当のことは  無限大にある
  すべて失くしても  すべては始まる


『無限・軌道』はこのように始まりますが、これ、まさに今の時代にふさわしい語りかけではないでしょうか。厄介な疫病がためにあらゆる人が人生をひっくり返されてしまうほどの激動がとどまるところを知らないですが、厳しくも、始まりは<すべて失くした>ところだったりするんですよね〜。そして、ネタって実はそこいら中に転がっているはずで、それをどのように生活の糧とするか結局はアイディア勝負なのが突きつけられているという。まぁ実はコレって自分にとってはか〜なり厳しいんですけど。ど〜しましょw

 行く先表示のまばゆい灯りは
  列車の中から  誰にも見えない


この指摘はまことにわかりやすく、一瞬にして納得のたとえですね〜。このようなちょっとした視点の変化を使って印象深く語りかけてくるのは、言葉の使い手である中島みゆきのまさに真骨頂。まぁ列車に乗るときにゃ必ず行先表示を確認してから乗るでしょ〜、と突っ込むのはヤボですぜ、ヤボw

 誇らしくもなく  珍しくもなく
  普通の暮らしの一日のように
  或る朝  或る夜  君は乗るだろう
  懐かしいあの人々と  永遠をゆく鉄道の客となって


「夜会」版になくアルバムで追加されたのが、この一節です。そう言われてみると、詩的にも音楽的にもなんとな〜く唐突な印象もなきにしもあらずですが、一聴してそれとさとらせない技術はやはり一流であります。生きとし生けるもの全てその意思とは無関係に無限軌道の客であって、それを意識したタイミングからその人の人生が始まるんですね。それが2回目の『誕生』であり《転生》でもあるということは言い古されておりますが、いやはや、気づいたら最後、ず〜っと厳しくなるんですけどね〜 (`・ω・´)

2021年1月24日 (日)

Fischer の『アリアドネムジカ/Ariadne Musica』から「プレリュードとフーガ 第1 ハ長調」を、超低音16フィート付のジャーマンチェンバロで

いわき市の「いわきアリオス」所蔵、16フィート弦という超低音弦を搭載した珍しいチェンバロ(製作:Matthias KRAMER)動画シリーズ(というほどでもナイw)第二弾〜(*´-`)

J.S.バッハが学習した作曲の手本のなかでもかなり大切な位置を占めていると思われる、J.C.F.フィッシャー(1656-1746)の作品、組曲集『アリアドネムジカ/Ariadne Musica』は20曲の前奏曲とフーガおよび5曲のリチェルカーレからなるオルガン曲集で、バッハのいわゆる『平均律クラヴィア曲集』の先駆とも言える作品集です。その口開けの第1、ハ長調のプレリュード(Praeludium)とフーガ(Fuga)を弾きました。

16フィート弦つきのチェンバロに取り組んだ経験がある人物は、古楽器界でマニアックな方面でもいまだにごくごく少数派。パイプオルガンの足鍵盤がごとき重低音の支えがある豪壮なチェンバロってなかなか魅力的なのですが、ともすれば軽快なチェンバロ曲が鈍重になってしまうおそれもあり、どう使うかが演奏者の感覚そして理怪力の発露でありま〜す (`・ω・´)

この『アリアドネムジカ』の第1曲には足鍵盤の指定があってどうあがいても両手では弾けないwのですが、1オクターヴ下の音を重ねることで意外とそれっぽくなるもんでしたヽ( ̄▽ ̄)ノ

2021年1月19日 (火)

Georg Böhm の『組曲 へ短調』から「第4曲 チャコーナ/Ciacona」を、超低音16フィート付のジャーマンチェンバロで

昨日(1/18)の豪華ランチのついでに(おっとw)楽器の弾き込み仕事もしっっっかりとやってきまして、せっかくなので動画しぅろくのお願いをするところまでがテンプレでw

ココ、いわき市の「いわきアリオス」所蔵の大型チェンバロは16フィート弦という超低音弦を搭載したか〜なり珍しいチェンバロ(製作:Matthias KRAMER)でして、チェンバロに対する固定観念を吹っ飛ばしてくれる愉しい楽器です。記録が残っている楽器もきはめて数少ないので「キワモノ扱い」されるのもまた仕方ないこと。ですが、文化・芸術を醸成するにあたっては多様性こそが命。このような珍しい楽器をしかも弾き込みができる機会があれば率先して出向いて紹怪するのがワタクシの立場でありま〜す (`・ω・´)シャキーン

Georg Böhm(1661-1733) の『組曲 へ短調』から「第4曲 チャコーナ/Ciacona」です。Georg Böhm は J.S.バッハを教えた人物の一人、北ドイツはハンブルク近郊のリューネブルクの大オルガン奏者として一生を送りました。チェンバロのための組曲を何曲も書いており、どれもいかにも堅実で渋いドイツ風味な魅力にあふれていて素敵な曲集です。ここでは両手とも下鍵盤で4フィートと8フィート2本と16フィートとフルで重ねています。へ短調の厳しさと力強さを超低音の16フィート弦でがっつり増強させつつチャコーナの華やかさを4フィート弦で両立させよう、という目論見です。

2021年1月18日 (月)

ひさびさのいわき詣で:チーナン食堂/いわき

本日(1/18)はひさびさにいわき芸術文化交流館アリオス(いわきアリオス)の楽器弾きこみなお仕事(`・ω・´)

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ココは所蔵している楽器もヨいのですが、それより楽しみなのは豪華ランチでしてな。今日は弾きこみ要員はワタクシ1人だったので、いつも同乗させてもらっている調律師氏発案で海鮮丼ランチの次に地元の名店でラーメンという乱暴狼藉w

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この年季の入った普通のラーメンの味わい深さ、背脂が浮いていてこってり系かと思いきやまさかのあっさり系にまずビックリで。しかも絶妙な塩味に野菜っぽい甘みにベタつかない脂やら、複雑さにヤラれました。こりゃ毎日でも飽きないでしょね〜(*´-`)

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2021年1月14日 (木)

瀧 廉太郎(1879-1903)『メヌエット』を、1894年ベーゼンドルファー社製ピアノ(ウィーン式アクション/85鍵)で

瀧 廉太郎(1879-1903)のピアノ小品『メヌエット』を、いつもの1894年ベーゼンドルファー製ウィーンアクションのピアノで弾きました。楽譜は、自筆譜をもとに2014年にミューズテック音楽出版が出版した原典版を使っています。

瀧 廉太郎が生まれた1879年は明治12年という文明開化華やかなりしタイミング、その生涯はわずか23歳10ヶ月でしたが幼少期から絵画や音楽に大変な才能を発揮した天才でありました。東京藝術大学音楽学部の前身である東京音楽学校に最年少で入学、ドイツへの官費留学を控えた1900(明治33)年に『荒城の月』や『箱根八里』そしてこのピアノ曲『メヌエット』などを発表しています。

瀧 廉太郎が生きた時代は西洋の文物がなだれを打つかのように流入していた時代、日本近代の黎明期にこのような本格的な西洋音楽の作品が産み出されたのは奇跡的に思えますが、まぁ同時に必然であったような気もいたします。実は1900年はヤマハが第1号のピアノを作り上げた年でもあり、この時代の日本人はスピードにしても量にしても現代人である我々の想像を絶するレベルで新しい文化を吸収して咀嚼していたのでしょうね〜。なお新橋ー神戸の東海道本線が1889年にすでに全通、上野ー青森の日本鉄道奥州線も1891年に全通、日清戦争(1894-1895)後の1899年以降にようやく順次列国との不平等条約改正を成し得たとか、国が国として大きく動いていた時代だったのでした (*´-`)

1894年製のベーゼンドルファーは瀧 廉太郎が生きていた時代のピアノで、かつ日本製のピアノがまだ影も形も存在していなかった時代のピアノです。当時は全てのピアノは舶来品で、蓄音器も普及する前で西洋音楽を耳にする機会なんぞあるハズもなし、音が合っているとか合っていないとか、揃っているとか揃っていないとかすら新しい知識であって、あらゆることが驚きに満ちていたことでしょう。そして、個人が入手できる記録装置なんぞ筆と紙ぐらいだったですから、この時代に「学ぶ」ということは現代とは全く異なる作業だったでしょう。「情報にたどりつく」ためにはまず自分が求める情報が何なのかを決めねばならぬワケで、まさに人生を賭けていたというか人生そのものだったんですね。

・・・まぁ我々はなんでも現代から昔を見て「大変だっただろうなぁ」とかなんとか思いますが、当時はあらゆる人が人生として直接観察して書物をひもといて、そして自分の手で書いて作ってみて失敗して苦心惨憺して習得していたんですね〜。いやはや、現代人ってばホントにラクさせてもらって、というか、ぬるま湯に漬けられてますわ〜(・ω・ゞ

2021年1月11日 (月)

鏡開き〜♪

本日(1/11)は鏡開きの日ですが、ウチに鏡餅を飾る場所なんぞあるハズもなくw

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例によって母親のヒキの強さ、去年11月に賞味期限切れ一ヶ月後で400g4袋が100円だった無添加表示な中国製つぶあんこしあんセット。ちょっと水を加えて塩ひとつまみで煮立たせれば、誰でもカンタンなお汁粉かぜんざいか。

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ん? 賞味期限切れてるだろって? 滅法おいしかったので無問題〜(*´-`)

2021年1月 8日 (金)

上尾市、聖学院教会の Farrand & Votey 社1891年製リードオルガンで、Odoardo Barri (1844-1920) 作曲『Melodia Spagnuola』を

埼玉県上尾市にある聖学院大学のキャンパス内「緑聖伝道所・教会」に新しい聖堂ができたのは2004年とのこと、その際に当時の主任牧師が「教会の名物にする」との意気込みで古いリードオルガンを購入するも一度コンサートを開いたきりでお蔵入り・・・という、ワリとありそうな話がございまして。このオルガンは1891年デトロイトの Farrand & Votey 製の11ストップの堂々たる棚付きリードオルガン、いつものリードオルガン修理の達人、渡邉祐治氏が軽く手を加えただけで例によって柔らかく美しい音色を奏でる存在に化けたというのが100年前のリードオルガンあるあるでありま〜す (`・ω・´)

曲は、Odoardo Barri 作曲による『Melodia Spagnuola』です。Odoardo Barri は Edward Slater (1844-1920) のペンネームとされています。Slater はアイルランドはダブリン生まれ、イタリアやスペインで音楽教師や歌手として活躍したのちにロンドンで音楽学校を開いています。

この曲は1889年ごろに《The Vesper Voluntaries, Book 13》としてロンドンで出版されたうちの第6曲です。スペインに暮らしていれば、このような雰囲気のメロディーはそれこそそこら中にあふれていたんでしょうね〜。この時代の楽器は小さな音量でも全体が柔らかにふわっと共鳴するものが多く、この曲のように低音を意識的に使っていない曲のす〜〜〜っという魅力が際立ちます (*´-`)

2021年1月 3日 (日)

あけました謹賀新年

今年も2020年にしてほしい年明けですが、みなさまそれなりに心地よいお正月を迎えられたようでよかったでした。っっったく、地球全体で去年はなかったことに決めればイイのにサ(・3・)

人類はつながりを育む存在だと思うのですが、それを自らの意思を持って制限せねばならぬのがツラかったですね〜。それと同時に、従来いわゆる「人類の繁栄」と称されてきた物質的経済的な発展の脆さがはからずも露呈したような気もしますね。

まぁワタクシ自身は弾き/引きこもりな自分の一面を発見できて我ながら意外wでしたけど、それでも舞台に触れるたびにえも言われぬ「切望感」のような何かを強く感じました。

2021

芸術そして学問(同じかw)を求める心こそが人間を人間たらしめているのであって、物質的経済的な充足って実は単なる生存のための欲求の延長に過ぎないんですよね〜。ただこ〜ゆ〜感覚は収奪する側からすると厄介なワケで、だいたい封殺されますナ。

歴史上、音楽がどれほど弾圧され、またプロバガンダに使われてきたか、神さまと交信するときにナゼ通常と異なる声色を使うのか・・・音響振動空間には、人間の遺伝子に仕組まれている何かを覚醒させる力があるのでしょうね。

どうかこの夢か現かわからぬ不思議な世界を末長く感じ続けられるよう、錯綜する情報に右往左往させられずにいられますように。

2020年12月29日 (火)

ベートーヴェン『ピアノソナタ第11番 op.22』から第2楽章を1894年ベーゼンドルファー社製ピアノ(ウィーン式アクション/85鍵)で

もう今週末は来年ですよね〜。せっかくのベートーヴェン生誕250年なのにこんな年になってしまったのが残念でならず、せっかくピアノソナタの緩徐楽章串刺しネタを始めたのにだらだらしてロクに進めなかったのも残念でなりません。・・・とゆコトでw、ベートーヴェン(1770-1827)の『ピアノソナタ第11番 op.22』から第2楽章を、いつもの1894年ベーゼンドルファー製ウィーンアクションのピアノで弾きました。

この楽章、9/8拍子かつ Adagio con molta espressione という例によってベートーヴェン先生の容赦ないところ全開wでありま〜す。拍子には「単純拍子」と「複合拍子」があって云々…というのを現代でも音楽の授業で習うかどうかは知りませんが、9/8拍子が「複合拍子」であって単純に3/8拍子が連なっているワケではないこと、専門家スジでもコロッと忘れられることが案外と多い印象がございます。いちにぃさんにぃにっさんさんにっさん」という大きな3拍子で捉えないといかんワケなのですが、コレを Adagio でたゆまずダレずに行い続けるのはなかなか難儀ですよね〜。しかもベートーヴェン先生ってば、この楽章やたらと長く書きやがったしw

そしてさらに con molta espressione ですから、どないせぇっちゅんじゃと。左手の伴奏音型が基本的に同音連打で9/8拍子をキープしつつの con molta espressione ですから、縛りとして相当なモンですね。しかも、タダでさえテンポが揺れるとなんだか「サマにならなく」なってしまうのがベートーヴェン先生の緩徐楽章ですから、なんとも困ったモンです(困ってないw)。それでも金科玉条なのは基本の基本として四声体で書かれていることで、どこでテンポをキープしてどこで con molta espressione な表現をするのかを考えさせてくれる、というまことに教育的な存在でございますね〜 (*´-`)

長い長い時間の淘汰を乗り越えてきた「古典」という人類の財産は、多少の味つけの偏りなんぞモノともしない堅固な「型」を備えていますが、同時にわずかな味つけの偏りでもバレてしまうような「シビアさ」をも備えています。このような楽章を「それっぽくできるかどうか」こそが音楽の理解力の試金石なのであって、指がまわるとか音がそろえられるとかは理解した音楽を楽器で奏でるための「方便」にすぎないのでありま〜す(`・ω・´)

2020年12月26日 (土)

酸菜完成〜♪

クリスマスのタイミングで、めでたく酸菜ができました♪

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少し塩が強かったので食い過ぎないようにしなきゃと思えど、ウマいウマい。年末まで持つかしらん?w

2020年12月25日 (金)

上尾市、聖学院教会の Farrand & Votey 社1891年製リードオルガンで、Alfred Hollins (1865-1942) 作曲『Evening』を

昨日(12/24)の『Morning』に引き続き『Evening』ですよ〜(^^)v

埼玉県上尾市にある聖学院大学のキャンパス内「緑聖伝道所・教会」に新しい聖堂ができたのは2004年とのこと、その際に当時の主任牧師が「教会の名物にする」との意気込みで古いリードオルガンを購入するも一度コンサートを開いたきりでお蔵入り・・・という、ワリとありそうな話がございまして。このオルガンは1891年デトロイトの Farrand & Votey 製の11ストップの堂々たる棚付きリードオルガン、いつものリードオルガン修理の達人、渡邉祐治氏が軽く手を加えただけで例によって柔らかく美しい音色を奏でる存在に化けたというのが100年前のリードオルガンあるあるでありま〜す (`・ω・´)

曲は、Alfred Hollins (1865-1942) 作曲による『Evening』です。この曲は1899年に『Morning』と2曲セットでロンドンで出版されており、両方収録しました。現代は夜でさえ雪でも積もらない限りは静まりかえることは少ないですが、電気が限られた範囲にしかなかった時代のし〜んと静まりかえっていた夜の雰囲気を彷彿とさせる深い響きの曲です。この時代の楽器は全体がふわっと共鳴するものが多いのですが、アメリカの棚付きリードオルガンも全く同じでして、このような楽器は少ない風量で低音を丁寧に鳴らすとえも言われぬ深い響きに包まれるんですね〜。今年(2020年)ならでは(?)の落ち着いたクリスマスになりますように (*´-`)

Hollins はイギリス中部東海岸のキングストン・アポン・ハルに生まれてエディンバラで活躍した盲目のオルガニストとして知られています。ベルリンでピアノをかのハンス・フォン・ビューロー(1830-1894)に師事し、コンサートオルガニストそしてピアニストとしてコンサートツアーも行った由。即興演奏にも長けていて華やかなショウマンシップがウケていましたが、出版された曲はそのような卓越した即興演奏との連関なく単純な構造で喜びに満ちたものがほとんどでした。



・Morning

2020年12月24日 (木)

上尾市、聖学院教会の Farrand & Votey 社1891年製リードオルガンで、Alfred Hollins (1865-1942) 作曲『Morning』を

埼玉県上尾市にある聖学院大学のキャンパス内「緑聖伝道所・教会」に新しい聖堂ができたのは2004年とのこと、その際に当時の主任牧師が「教会の名物にする」との意気込みで古いリードオルガンを購入するも一度コンサートを開いたきりでお蔵入り・・・という、ワリとありそうな話がございまして。このオルガンは1891年デトロイトの Farrand & Votey 製の11ストップの堂々たる棚付きリードオルガン、いつものリードオルガン修理の達人、渡邉祐治氏が軽く手を加えただけで例によって柔らかく美しい音色を奏でる存在に化けた(というか少し復活したw)というのが100年前のリードオルガンあるあるでありま〜す。

このリードオルガンは今年(2020年)の2月に軽〜く修復されて3月に復活コンサートが行われましたが、年度替りで担当牧師が交代したうえに例の厄介な疫病のために人を集めることもできず、再度お蔵入りになりそうな心配もなきにしもあらずなのですが(^^;;;;;

曲は、Alfred Hollins (1865-1942) 作曲による『Morning』です。この曲は1899年に『Evening』と2曲セットでロンドンで出版されており、両方収録しました。朝の静かで澄んだ空気を彷彿とさせる穏やかな曲、いかにも手鍵盤の足踏みオルガンらしく穏やかで滑らかな雰囲気は、この世界ならではの至福の時間ですよ〜。爽やかなイヴになりますように (*´-`)

Hollins はイギリス中部東海岸のキングストン・アポン・ハルに生まれてエディンバラで活躍した盲目のオルガニストとして知られています。ベルリンでピアノをかのハンス・フォン・ビューロー(1830-1894)に師事し、コンサートオルガニストそしてピアニストとしてコンサートツアーも行った由。即興演奏にも長けていましたが、出版された曲はそのような卓越した即興演奏との連関のないものがほとんどでした。



・Evening

2020年12月21日 (月)

中島みゆき 作詞/作曲『クリスマスソングを唄うように』ソロ:モーツァルトの旅行用クラヴィコード(1763, J.A.Stein)の複製(2002年)で

中島みゆきの『クリスマスソングを唄うように』を、かの神童モーツァルトが7歳のとき(1763年)に買ってもらったJ.A.シュタイン製の旅行用クラヴィコードの複製で弾きました。クラヴィコードはピアノ以前の鍵盤楽器のなかで最も大切とされていたフシがあり、現代古楽器界w周辺では「独りで音楽の神さまと向き合う」ための楽器とみなされて過度に神聖化wされていたりします。ですが、実は、そのような内なる世界は優しく親密な世界でもあるはずで、現代人にとって大切なのはむしろ後者の性格ですよね。なお、クラヴィコードの音量は世人の想像を超えて小さいですから、背景のノイズが気にならない程度の音量に抑えたうえで少〜し耳を澄ませてくださいませ。聴こえてきますよ〜(・o・ゞ

『クリスマスソングを唄うように』は1986年12月18〜21日に両国国技館でのライヴ『歌暦Page86 -恋歌-』で歌われ、それを収録したライヴCD《歌暦》の第6曲めに置かれています。ギターの音を軽く確かめつつ「クリスマス、もうすぐだね」の一言に続いてイントロが始まり、中島みゆきによるギター弾き語りソロとなっています。「中島みゆきがアマチュア時代に作った唯一のクリスマスソング」という曲でなかなか耳にする機会はないのですが、それにしてもそれにしても、クリスマスソングほど中島みゆきに合わないネタはないじゃないのよ〜・・・というのは誰もが納得できるツッコミではないでしょうか ( ̄ー ̄)

 クリスマスソング唄うように 今日だけ愛してよ
  暦変われば他人に戻る


出だしからして、あぁ、納得の中島みゆきでありました。ここでホッとしてしまうのってなかなかのヒネくれ具合だとも思いますが、中島みゆきの世界に引きずり込まれていればしゃ〜ないんですよね〜w(・x・ゞ

 急に慈悲深くなった人々と
  そして 変わらずに すげない貴方(ひと)


すげない=素気ない=素っ気ない、ですね。この季節、街の人々はみんな「クリスマス、楽しんでね〜」というのが挨拶代わりになりますが、それなのにただ一人だけ変わらずに<すげない>のが主人公の想い人であります。う〜ん、これでこそ中島みゆきですなww

中島みゆきにはクリスマスを歌った曲がもう一曲『LOVERS ONLY』がございますが、コレ、恋人たち「ONLY」という題名なんですね〜。それじゃ恋人になっていない主人公はどないせぇっちゅんじゃ・・・というどころか、クリスマスには二人で幸せになろうと言われた相手にフラれている設定なんですから、も〜、これでこそ中島みゆきwww

 街じゅうが今夜だけのために 何もかも変わろうとする夜
  ほんのひと月前の別れも 昔のことと許される夜
  幸せにならなきゃならないように 人は必ず創られてると
  あの日あなたに聞いたのに
『LOVERS ONLY』2001年)

それにしても、この『クリスマスソングを唄うように』の音楽の切ないこと切ないこと。

 クリスマスを理由に
  雪を理由に
  云えない思いを 御伽噺


中島みゆきは、誰もが簡単に見えるような表面的な華やかさではなくその片隅にひっそりとしかしけなげに息づいている存在に眼を向けます。クリスマスシーズンは華やかで浮き立つような季節ではありますが、今年2020年のクリスマスシーズンは例の厄介な疫病のために様変わりさせられてしまっていますね。それでも人それぞれの心の中にはいつも通りの感覚が残っているに相違なく、見てくれの華やかさではない「目に見えない何か」に満たされていることでしょう。それと同時に無念さに満ちたこの2020年を振り返って、<云えない想い>を少しでも少しでも次につなげられることを祈ります。

2020年12月15日 (火)

激安白菜で酸菜の仕込み

寒〜くなったタイミング、なぜか一玉120円の安〜い白菜が2つ入荷。わが母親の引きの強さにはホントに助かるんですね〜(*´-`)

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ひさびさに、塩だけで漬けて乳酸発酵させる中国東北部風の酸菜の仕込みでございま〜す。・・・と言っても、半分に裂いて塩をばばばと擦り込んで重ねて詰め込んで重しをして10日ぐらい放置するだけなんですがね〜(`・ω・´)

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おいしくな〜れ!

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2020年12月11日 (金)

Caleb Simperによる「17 Voluntaries for the Organ, American Organ or Harmonium」シリーズの第7巻から、第5曲『Aria』を、100年前の大型リードオルガンで

リードオルガンやハルモニウムな時代だった120年ほど昔は「市井の作曲家」がどこにでも活躍できた時代で、その作品のほとんどはひっそりと楽譜棚の奥にしまい込まれているんですよね〜。

そんな作曲家のひとり、イギリスのオルガニストそして作曲家のカレブ・シンパー/Caleb Simper(1856-1942)の「17 Voluntaries for the Organ, American Organ or Harmonium」シリーズの第7巻から、第5曲『Aria』を、ボストン近郊の Bridgewater で1930年代始めまで頑張っていたパッカード社1905年製の大型棚つきリードオルガンで弾きました。

カレブ・シンパーは普通の愛好家にとって親しみやすく平易な作品を数多く作曲しており、それこそ何万冊の単位でむちゃくちゃに「売れて」いたんですね〜。この「17 Voluntaries for the Organ, American Organ or Harmonium」だけでも12冊出版されておりまして、その第7巻の第5曲がこの『Aria』です。実はこの「17 Voluntaries for the Organ, American Organ or Harmonium」はオマケが入っているものが5冊もあるという、多作家ってぇヤツはホントにスゴいんだなぁと。この第7巻もオマケが1曲入っています。

2020年12月 9日 (水)

手抜きお手軽鶏レバーのニンニク醤油漬け

100g18円という破格の鶏レバーを1.2kg捕獲、しかもかなり素敵につやつやしたお姿。レバーの臭みは味のうちですし、ハツ内部に残った血のりも良質の栄養源(^o^;;;ゆえ、下処理は軽〜く塩水にさらしてハツについている筋をむしり取るだけでおしまい〜(この季節、水が冷たいしねw)

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あとは、ぐらぐら沸騰させたお湯にど〜んと投入して、温度が下がったところで再加熱。量が多いので再沸騰までに数分かかりますが、それが逆になんちゃって低温調理っぽくできるんですね〜。アク取り? そんなのレバーらしさを減らすだけなのでヤリませんぜ。もったいないし。

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あとは拙宅常備のニンニク醤油に一晩漬けるだけ、手抜きお手軽鶏レバーのニンニク醤油漬けの完成でございま〜す(`・ω・´)

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2020年12月 7日 (月)

だあしゑんか/四谷三丁目

昨日(12/6)の蓮田の オーディオ ギャラリー Café 新空間 からの帰り道。上野東京ラインの小田原行きだったので品川まで一本だなぁとヒラめいたのが百年目w、高輪台の ピアノプレップ にご挨拶に伺うのは当〜然の礼儀。

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それならと、かねてからの懸案(?)の四谷三丁目のチェコ料理店の『だあしゑんか』に向かうのも、まぁ当〜然の礼儀で。

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金曜日に開けてなんと残っていたピルスナーウルケルの樽をきっちり賞味できたのは僥倖でございました。神サマはちゃ〜んとご覧になっておられたらしい(*´-`)

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