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2024年4月16日 (火)

天王寺駅北、阪和商店街

昨今「裏天王寺」とか言われてウケを取っているのがこの一角。天王寺駅は一大ターミナル駅ですが、北側のアーケード街にはなかなかの雰囲気が残っているんですよね〜。

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この古いアーケード街な雰囲気の中に新旧のお楽しみどころがごちゃごちゃとひしめいている感じ、さまざまな客層が集まりそうで元気なのも納得👌

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山王/助六

西成の朝メシ3軒めにしようと意気込んで訪ねたのですが・・・

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まさかの第3火曜日定休、と貼り増されていてノケゾリましたわ💦

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まぁ悔いが残ればまた訪ねたくもなるから、それはそれでまぁ良きかと😅

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動物園前商店街

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西成の商店街といえば、動物園前商店街ですね。

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今ではか〜なりシャッター街と化していますが、若者ノリの新しい(滅菌消毒されたw)ディープさを追求したテナントもちょこちょことあって、それはそれで悪くないのかなぁとかなんとか。

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見上げると「ディープ大阪ストリート」ののぼり、これが時代の移り変わりそして生き残り戦略なのは確かですが、お好み焼屋のおかんの寂しげな語りがよみがえってきてなんとも切なく。

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西成/大寅食堂

関西の玉子焼きは出汁巻き、これがなんとも優しくてイイお味なんですよね〜😝

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西成らしさはやはり最安の豚汁定食500円でなけりゃね〜。

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500円でコレなら松屋の朝定食の方が、と申されるのはヤボの極み。西成は日雇労務者の街から観光地に変わってしまったことをココでも実感できましたとさ。

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西成/きらく

昔の大迫力の雰囲気はほぼ消えてしまったとは言え、ところどころにその片鱗が残っているのが現代の西成。

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その中でもか〜なりディープなたたずまいを誇るのがココ。ホルモン煮込みをそばorうどんor中華そばに乗っけるだけなので一瞬で着丼💪

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450円では昔の日雇労務者には全く手が届かない金額だよなぁ・・・と時代が完全に変わってしまったことを述懐しつつ、このホルモンのなんとも味わい深いこと。

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主にフワ(肺ですね)らしきガッツリ煮込まれてしかも硬くなっていない内臓は、日雇労務者たちにとって欠くことのできないエネルギー源だったのでしょうね。

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2024年4月15日 (月)

新今宮、ホテル東洋

けっこう昔にたまに重宝していた、いわゆる「ドヤ」をイイ感じに塗り直したwであろう西成の安宿でござい。Booking.com 経由が安くて、予約時のレートで US$10.51(=1611円)でやったぜ。

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今となってはすっっっかりインターナショナルなゲストハウスに様変わり、な〜かなか活気に満ちていましたよ〜。

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3畳エアコンなしの簡易宿泊所でこれまた外国人ばかり(案外と欧米系多し😳)ではありますが、マナーは上々(足音はヤカましかったw)で小ぎれいならば無問題。

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扇風機とあんかが備え付けで無料なのもポイント高し、しかもフロント前には無料のウォーターサーバー、さらに驚くべきは無料Wi-Fiの存在。さぁすが、インターナショナルな方向性で成功しているところは知恵が違いますわ〜。

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西成/甘すぎてすみません

なんばの豪華ホテルも決して悪くないですが、やっぱりワタクシはこっちの方が好みでござる。

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西成の動物園前商店街のど真ん中、昔ながらの風情そのまんまのお好み焼屋さん「甘すぎてすみません」。

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おかんの髪型といいちこ&二階堂の瓶の風情は、まことに昭和の古き良き大阪。味つけが甘すぎることもなく、単なるシャレっ気でつけた屋号だとかw

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「このへんも寂しくなったわぁ、昔ながらの店がここ5年くらいでごっそりなくなってもうた。今では労務者の街でのうて観光地やからなぁ。」というおかんの語りがまっっっこと切なくて😭

スイスホテル大阪難波

スペースクリストーフォリ堺の次回演奏者という待遇のおかげで、なんとなんと豪華(に見えるw)ホテルの体験wができました✨✨✨

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朝食バイキングも充実度ハンパなしで大行列でしたが、宿泊客はまぁ仕方ないとしても従業員ですら日本人はほぼ見かけられず、これぞ現代日本の凋落なんだなぁと思わざるを得ませんでした😮‍💨

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宿泊客にほとんど日本人がいないのであれば、英語が話せない日本人が従業員として雇ってもらえなくなるのは当然なんだろうなぁと。日本人が安くて従順な労働力としか見られなくなる時代を感じました😮‍💨

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2024年4月14日 (日)

スペースクリストーフォリ堺、25周年コンサート

南海電車の堺駅から北野田駅までのバス(45分ちょいかかるのですが)が宿院を通っておりまして、本日のお目当てのスペースクリストーフォリ堺まで40分弱かけての〜んびりと🐌

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演奏者の小林道夫さんは91歳にしてなんとも若々しく、そして新進気鋭の川口成彦さんが若々しいのはまぁ当然w
この演奏会のために山本宣夫さんが修復に奮闘された1805年製のウィーン式フォルテピアノ、美しく鳴っていましたよ〜✨

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というワケで、今年秋のスペースクリストーフォリ堺のコンサートは不肖/不詳ワタクシが仰せつかりました。楽器は泣く子もだまる山本宣夫さんの1726年製クリストーフォリピアノの完全複製、そしてモーツァルトの旅行用クラヴィコードでございます。日程未定ですので、続報お待ちくださいませ〜。

宿院/とん助

阪堺電車で宿院(しゅくいん)まで、お目当てはかろうじて生き残っている「銀ツバサ食堂」でしたが、日曜のせいかお休みで残念無念💦

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しかして、すぐ近くの「洋食専門 とん助」に転進。いかにも地元に愛されている洋食堂で、ご主人の「いらっしゃ〜い!!」の声のデカいことデカいこと。

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サービスランチのこの充実ぶりはさすが大阪ですねん✨

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阪堺電車、新今宮駅前駅

大阪の南側には古い雰囲気がまだまだ随所に残っていて、阪堺電車(はんかいでんしゃ)もその一つですよね〜。

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ガラが悪い地域と言われてきたこのあたりですが、現代ではずいぶんと薄められてきて「ディープスポット」という認識である種の「見どころ」となっているようで😉

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2024年4月12日 (金)

1968年製の YAMAHA U5 カスタム塗装仕上で、クラック「子ども時代の情景, op.62」から第7曲『海の上の小さな舟』を

1968年製の YAMAHA U5 カスタム塗装仕上で、クラックの「子ども時代の情景, op.62」から第7曲『海の上の小さな舟』を弾きました。

1968年は昭和43年ですからピアノ業界に限らず日本全体が活気に満ちており、ヤマハとカワイがゴリゴリにシノギを削っていた時代です。そんな時代にしっかり作られた個体ですが、さすがに45年も経てばオーバーホールするのが望ましく、さらに #ピアピット お得意の茶色系のカスタム塗装仕上ですよ〜(*´-`)

*ピアノ工房ピアピット(千葉県印西市)
ピアノは本気で直せば古いピアノでも必ずよみがえります
http://www.piapit.com/repair.html

クラック/Theodor Kullak(1818−1882)はポーランドに生まれ、ベルリン周辺で活躍しました。クラックの音楽学校はドイツ全土で最大の私立音楽学校であり、主にピアニストの養成に特化して名だたる名ピアニストを輩出しています。例えば、グリュンフェルト、モシュコウスキー、ニコライ・ルービンシュタイン、クサヴァー・シャルヴェンカなどそうそうたるメンバーですよね〜。

2024年4月11日 (木)

KERN Switar 13mm F0.9 Dマウント & PENTAX Q@青山霊園

昨日のF0.9開放撮影に味をしめて、薄曇りかなぁということで青山霊園までちょっと盛りを過ぎた桜詣ででござい😎

青山霊園は実は初訪問、お寺の裏手に隠れるようにひっそりと暗い日本の墓地のイメージと全く異なる西洋的な明るくひらけた雰囲気は秀逸、桜を明るくにじませるには絶好のロケーションだったような✨

f0.9 1/5000sec. (ISO125) 2024.4.11.
 Camera: PENTAX Q
 Lens: KERN Switar 13mm F0.9
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f0.9 1/1600sec. (ISO125) 2024.4.11.
 Camera: PENTAX Q
 Lens: KERN Switar 13mm F0.9
Imgp7415s

KERN Switar 13mm F0.9(D-mount) & PENTAX Q
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2024年4月10日 (水)

KERN Switar 13mm F0.9 Dマウント & PENTAX Q@水元公園さくら土手

昨日は大雨に強風と荒れまくったので桜は全滅だろうなと思いつつ、穏やかな晴天だったので某業務スーパーまで買い出しついでに水元公園のさくら土手に寫眞機持って通りすがったところ、あ〜らビックリ😳
いつも通り8mmムービー用鏡玉、ひさびさにくっっっそ明るい KERN Switar 13mm F0.9 を絞り全開で。

f0.9 1/5000sec. (ISO125) 2024.4.10.
 Camera: PENTAX Q
 Lens: KERN Switar 13mm F0.9
Imgp7356s

f0.9 1/8000sec. (ISO125) 2024.4.10.
 Camera: PENTAX Q
 Lens: KERN Switar 13mm F0.9
Imgp7379s

f0.9 1/500sec. (ISO125) 2024.4.10.
 Camera: PENTAX Q
 Lens: KERN Switar 13mm F0.9
Imgp7383s

この鏡玉を光が存分にある状態で開放で撮ったのは確か初めて、こ〜んなに繊細だったっけ、と思わせられるような線の細さにオドロキでございました

KERN Switar 13mm F0.9(D-mount) & PENTAX Q
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2024年4月 7日 (日)

MEYER Kino Plasmat 12.5mm F1.5(c.1936) Dマウント & PENTAX Q@野川公園

ナゾな高温と朝晩の冷え込み、そして雨降るわ風吹くわの乱暴な天気なこのごろですが、奇跡的に穏やかに晴れた日曜日(むしろ暑かったですよねw)に野川公園に出撃〜✨

HUGO MEYER 社で1936年ころに作られた、8mmムービーカメラ(8mmビデオではナイですぞ)用の超〜クセ玉 Kino Plasmat 12.5mm F1.5 を、これまた微妙に古い PENTAX Q に装着して持ち出しました。この鏡玉、絞りを開けるとクセが際立つのでf1.5開放で、まぁボケ玉を活かすための表現手法がま〜るで思い浮かばないので苦し紛れなのですが💦

f1.5 1/2500sec. (ISO125) 2024.4.7.
 Camera: PENTAX Q
 Lens: MEYER Kino Plasmat 12.5mm F1.5(c.1936)
Imgp7277s

f1.5 1/3200sec. (ISO125) 2024.4.7.
 Camera: PENTAX Q
 Lens: MEYER Kino Plasmat 12.5mm F1.5(c.1936)
Imgp7287s

MEYER Kino Plasmat 12.5mm F1.5(c.1936) & PENTAX Q
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KERN Switar 12.5mm F1.5 Dマウント & PENTAX Q@野川公園

ナゾな高温と朝晩の冷え込み、そして雨降るわ風吹くわの乱暴な天気なこのごろですが、奇跡的に穏やかに晴れた日曜日(むしろ暑かったですよねw)に野川公園に出撃〜✨

KERN社の、8mmムービーカメラ(8mmビデオではナイですぞ)用の鏡玉 Switar 12.5mm F1.5 を、これまた微妙に古い PENTAX Q に装着して持ち出しました。Macro-Switarは四半世紀も昔から名玉のほまれ高い玉ですが、な〜んのなんのSwitarもイカしますぞ😎

f5.6 1/640sec. (ISO125) 2024.4.7.
 Camera: PENTAX Q
 Lens: KERN Switar 12.5mm F1.5
Imgp7228s

f5.6 1/200sec. (ISO125) 2024.4.7.
 Camera: PENTAX Q
 Lens: KERN Switar 12.5mm F1.5
Imgp7234s

f5.6 1/320sec. (ISO125) 2024.4.7.
 Camera: PENTAX Q
 Lens: KERN Switar 12.5mm F1.5
Imgp7250s

KERN Switar 12.5mm F1.5 & PENTAX Q
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2024年4月 6日 (土)

1932年製のSCHILLER/シラー Style H, Hepplewhite Design で、ラフマニノフ「7つのサロン風小品, op.10」から第6曲『ロマンス』を

SCHILLER/シラー Style H, Hepplewhite Design 1932年製 で、ラフマニノフ「7つのサロン風小品, op.10」から第6曲『ロマンス』を弾きました。

例によっての渡辺順一さんのピアピットによる徹底的なオーバーホール品です。ボロボロガタガタだったのをとにかく新品当時に戻すべく、徹底的に観察してガッツリ手を加えてのオーバーホールでじっくりと一年、寸法資料はおろか SCHILLER/シラー社が求めていた楽器としての方向性もナニもかも誰も知らないワケで、無数の部品をイイ感じで機能させるための詳細な観察そしてバランス調整は想像を絶する世界だなぁと思わされました。いやはや、どんな分野でも、多面的重層的に理解している技術者たちってばホントに凄まじい存在ですね〜😳

SCHILLER/シラーは米国イリノイ州はオレゴンのメーカー、1890年頃から1936年まで独立経営でその後 Cable Company と合併し、SCHILLERブランドは最高級品という位置づけとされてさまざまなスタイルによる「アートケース・ピアノ」も数多く生産していました。ネット上で合併前1929年のカタログが発見でき、細部は異なりますが奥行5フィート2インチ(=158cm弱)のStyle H, Hepplewhite Design であろうと判断しました。

この1929年のカタログでSCHILLER/シラー社は「音響業界がラジオや蓄音機のおかげで著しく発展しているのにピアノ業界は半世紀昔のまま旧態依然としており、唯一、我が社だけが例外的に最先端の知見を援用している」という宣伝をしています。

 <最新のラジオや蓄音機の開発で顕著な発展をもたらしたものと同じ原理が Schiller Super Grand の発音部分にも援用されています。
  他社のグランドピアノとは異なり、シラー社のグランドピアノの響板の振動部分はケースから独立しています。 (ラジオのスピーカーユニットの振動板にも同じアイデアが見られます。)
  その結果、信じられないほどの深みと歌唱力を備えた音色が生まれました。響板がケースとの接触から解放されて振動することで、わずかなタッチに瞬時に反応すると同時に持続的な共鳴が得られています。>
(Schiller社カタログ、1929年)


*ピアノ工房ピアピット(千葉県印西市)
ピアノは本気で直せば古いピアノでも必ずよみがえります
http://www.piapit.com/repair.html

・Sergei Rachmaninoff(1873−1943)作曲
「7つのサロン風小品, op.10」から第6曲『ロマンス』
言わずと知れた大ラフマニノフ、とかく超絶技巧な一面ばかりに耳が向けられがちですが、実は歌唱的な伸びやかさそして陰影に富んだ複雑な響きの移り変わりの美しさもこたえられないですね〜。このSchiller社のピアノは繊細に響く弱音のふくよかさが絶品で、この曲の魅力を十全に伝えてくれている気がします👌

2024年4月 3日 (水)

松本記念音楽迎賓館、春雨にけぶる五分咲きの桜

ひさびさに楽器怪説なおしごとで世田谷は岡本の松本記念音楽迎賓館に出撃なれど、安定の雨男は御健在な〜り🤣

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まぁ逆に屋内と屋外の明るさが少なくなってくれて、屋内のチェンバロ&グランドピアノと屋外の桜がイイ感じに合わせられましたぞ✨✨✨

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で、宣伝宣伝。
ちょっと前に ピアピット で収録していた番組がいよいよテレ東の「お直しJAPAN」で今度の日曜4月7日(日)18:30〜のどこかのコマでオンエアです。渡辺順一さんの技が20分くらい放送〜✨

*ピアノ工房ピアピット(千葉県印西市)
ピアノは本気で直せば古いピアノでも必ずよみがえります
http://www.piapit.com/repair.html

ワタクシもちょっとだけ顔出し&演奏で賑やかしてるハズなので、まぁお楽しみくださいましね〜☝️

2024年4月 2日 (火)

1986年製のATLAS AL30-A で、リンコ「3つのバガテル, op.13」から第2曲を

1986年製の ATLAS AL30-A で、リンコの「3つのバガテル, op.13」から、第2曲を弾きました。

アトラスは1960年代から1970年代にかけての押しも押されもせぬド中堅ピアノメーカー、1980年代にはピアノ業界への逆風にマトモにさらされていましたがさすがの生産経験の蓄積、クリーニングと再調整で落ち着いた鳴りが甦っています。カスタム塗装は光が当たるとバッチリ立体的に見えるという凝りすぎネタwですが、動画ではよくわからんのが悔しいです😅

*ピアノ工房ピアピット(千葉県印西市)
ピアノは本気で直せば古いピアノでも必ずよみがえります
http://www.piapit.com/repair.html

リンコ/Ernst Fredrik Linko(1889−1960)はフィンランドのピアニストそして作曲家、シベリウスアカデミーのピアノ教授として長く働き、1936年から1959年まで同アカデミーの所長を務めていました。この作品、いかにも北欧な透明感とちょっと不思議な近代的な雰囲気がイイ感じで融合してますよ〜👌

2024年3月29日 (金)

中島みゆき 作詞/作曲『野ウサギのように』ピアノソロ:1894年ベーゼンドルファー社製ピアノ(ウィーン式アクション/85鍵)で

中島みゆきの『野ウサギのように』を、いつもの1894年製アンティークピアノで弾きました(*´-`)

『野ウサギのように』は1988年にリリースされたアルバム《グッバイ・ガール》の最初の曲です。このアルバム《グッバイ・ガール》は全曲のアレンジを瀬尾一三が手掛けた第1作目で、現在2024年に至るまでアレンジャーはず〜っと変わらずというところ、か〜なり意味のあるアルバムなんでしょね。1980年代半ばから新たな音楽の可能性を模索してきた中島みゆきですが(いわゆる「御乱心の時代」ですね)、瀬尾一三と出会ったこともあってこの時代は終焉を迎えた、というのが一般的理解だそうです。なお、このアルバム《グッバイ・ガール》はCD時代になってからのLPアルバムのラストなのでプレス枚数が少なく、中古市場では高値で取引されているとかいろいろと余計なハナシもございまして。ちょっと値が下がったタイミングで某ヤフオクでウッカリ落札してしまった(美品でバンザイ)というのもココだけのハナシ✌️ #グッバイ・ガール #野ウサギのように #中島みゆき

 いい男は いくらでもいるから
  そばにいてよね いつでもいてよね
  誰にだって いいとこはあるから
  とかく ほろりと ほだされたりするわ


いい男は いくらでもいる>のに、その時々でいつも<そばにいてよね いつでもいてよね>と願う女心、な〜かなかオトコのコにとってはムツカシござる。それでも<いいとこ>を見せるのが上手で女子を<ほろりと>その気にさせやがるオトコもちゃぁんといるワケで、まっっっことにケシカランですな😑

 思いも寄らぬ女になって
  変わったねって 哄われるだけ
  野ウサギのように 髪の色まで変わり
  みんな あんたのせいだからね


1988年ごろは髪の毛を染めていたのはせいぜい悪役女子レスラーぐらいしかおらず、不良というイメージが定着しかけていた程度だったような感じがします。確か茶髪も1990年代半ばごろから流行り始めたような気がしますが、そのような時代に<髪の色まで変わり>という表現を使うのはか〜なり強い印象(というかかなりの違和感)を持たれたのではないでしょうか。まぁ野ウサギの体毛は夏は茶色で冬には白く生え変わるというのが一般常識だった時代でしょうから、この違和感はウマいこと中和されたのだろなぁ・・・と思いつつ、<みんな あんたのせいだからね>に全部持っていかれるのでありましたwww

 あたしの言うことは 男次第
  ほらね 昨日と今とで もう違う


イヤ、だから、それ、ダマされてるってば💦
それがわかっていてもくっついてしまうのが男女の仲で、あれれと思う間もなく離れてしまうのもまた男女の仲なのかなぁ。これってステディがいないワケでとっても不安定なのですが、主人公はそれに気づいているからこそ・・・

 悪気のない人は みんな好きよ
  “好き”と“嫌い”の間がないのよ


と自分の判断をことさらに正当化してしまうのでしょうね。第三者から見たらま〜るで正当化なんかできてないのですが、コレ、やはり、強がりのなせる一種の自己洗脳wでありま〜す。

 見そこなった愛を 逃げだして
  また新しい烙印が 増える
  野に棲む者は 一人に弱い
  蜃気楼(きつねのもり)へ 駈け寄りたがる


男女の仲での切ったはった、これすなはち<烙印>ですが、男女の仲にしても人間社会にしてもそこに棲む者が一人に弱いのは誰でもわかっていること。キツネがウサギを狩ることはイメージとしてまだ現代でもそれなりに普通と思いますが、「蜃気楼」の別称が「狐の森」であることを教養として知っている人材は1988年当時ですらかなりの少数派だったのではないでしょうか。「蜃気楼」とは密度の異なる空気層の間での光の屈折で「そこにないものが見える」という現象ですが、それを「安定した愛が見える」と錯覚する意味にかけるのはさすがの中島みゆきのセンス。安定した愛を求めて主人公の野ウサギ(女性)が蜃気楼に駆け寄ってもそこには安定した愛なんぞなく、しかも蜃気楼の正体は狐の森ですから、野ウサギがキツネに狩られてしまうのは当然の成り行きですな。多重構造な掛け言葉の切れ味、恐るべし😳

この曲では中島みゆきのはすっぱな歌いっぷりが野ウサギ(女性)の不安定なふらふら感を倍化させており、実はこのアルバム《グッバイ・ガール》の次の曲が『ふらふら』なのが関係ありやなしや。多かれ少なかれパートナー次第で男も女も変わりますが、やはり中島みゆきの歌詞では強がっているオンナが恨み節をサラッとつぶやくコレですよね〜。

 みんな あんたのせいだからね



この動画で使っているピアノは100年以上昔、1894年製のアンティークピアノ。このような楽器を使ってこのような曲を弾くのはまことに愉しいです。現代では世間で聞こえる音のほとんどは電気を通していますが、このころに世間で聞こえていた音は生音が主流でした。1877年にエジソンが蓄音機を実用化し、このピアノが作られた1894年にはSPレコードの大量生産ができるようになって、次第に「録音」というシロモノが世間に知られるようになった時代。こんな時代の楽器がどれほど豊かな音世界を伝えていたのか、この動画で使っている楽器は奇跡的にオリジナルほぼそのまま、まさに時代の生き証人です。

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