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2020年2月26日 (水)

『栄光の架橋 - ゆず』を、100年ちょい前の大型リードオルガンで

ゆずの『栄光の架橋(2004年)』を、100年ちょい前の1905年に北アメリカのパッカード社で作られた棚付きリードオルガンで弾いてみました。現代の音楽に100年前のリードオルガンをどこまで追随させられるか、どうぞお愉しみくださいませ!(`・ω・´)

リードオルガンやハルモニウム(足踏みオルガン)は19世紀後半から20世紀初頭にかけての音楽の一翼を担ったとも言うべき大切な存在なのですが、当然ながら現代的合理的な設計なんぞされておらず修復の労が「馬鹿馬鹿しいくらいに面倒」だったりします。そのためもあってかとりあえずどんなにごまかしであっても音が出てくれさえすれば良しとされて本来の西洋が全く発揮されていないことが少なからず、マトモな楽器とみなされず「懐かしくてイイ感じ〜」程度で強制終了wされてしまいがちなのがホントに残念でなりません。ですがチト待っていただきたい。19世紀後半から20世紀初頭にかけてはアコースティック全盛の時代で、そんな時代に隆盛を極めていた楽器がマトモでないはずがないことに、そろそろ気づいても良いのではないでしょうか!

同時に、とりわけ古いお道具な世界では「100%理想的な状態」というのが理想論でしかあり得ないことにも感づかれるかと思います。多かれ少なかれ限定された状況で「カタチにして仕上げる」ためにはやはり愚直で泥臭い作業に勝るものはなし、館林の渡邉祐治氏はそこを妥協せずに根本からやってのける希有の大職人です。渡邉氏の手にかかったリードオルガンを弾くたびに、深く正しい理解に基づいた的確な見立てこそが大切なんだなぁ・・・と痛感させられます。

2020年2月21日 (金)

上尾市、聖学院教会の Farrand & Voter 社1891年製リードオルガンで、Ernest A. Dicks(1865-1946) 作曲『Andantino』を

埼玉県上尾市にある聖学院大学のキャンパス内「緑聖伝道所・教会」に新しい聖堂ができたのは2004年とのこと、その際に当時の主任牧師が「教会の名物にする」との意気込みで古いリードオルガンを購入するも一度コンサートを開いたきりでお蔵入り・・・という、ワリとありそうな話がございまして。このオルガンは1891年デトロイトの Farrand & Votey 製の11ストップの堂々たる棚付きリードオルガン、いつものリードオルガン修理の達人、渡邉祐治氏が軽く手を加えただけで例によって化けたというタレコミwがあり、早速拝見して情報拡散のための動画を録るのはワタクシの役目でありま〜す (`・ω・´)

曲は、1909年にグラスゴーで出版された『Twelve Short Voluntaries - for the American Organ or Harmonium』から、第4曲「Andantino」です。作曲の Ernest Alfred Dicks (1865-1946) はイギリスのオルガニスト・作曲家、この当時のオルガニスト件兼作曲家らしく、精力的に作品を出版しております。いかにもオルガンらしく穏やかで滑らかな雰囲気は、この世界ならではの至福の時間ですよ〜 (*´-`)

この楽器の復活コンサートが2020年3月22日(日)14時半〜16時、この聖学院教会・緑聖ホールでございます。演奏は 大宮公園のバッハアカデミーの山田康弘 氏、レクチャーは当然ながら 渡邉祐治 氏です。「昔、学校の教室でブカブカ弾いていたよね〜」な世界とは全く異なる足踏みオルガンの世界、少しずつでも知っていただけたらなぁと思います。

2020年2月 8日 (土)

喜多見中学校「リラックスピアノコンサート」(11 Jan. 2020)

一ヶ月前の1月11日の昼前のひととき、世田谷区の喜多見中学校PTA企画の「リラックス・ピアノコンサート」の講師をつとめてしまいました (`・ω・´)

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家庭教育学級の<子どものために育もう 豊かな心と豊かな体>というコンセプトにぴったりな音楽と語りができる人材・・・と見込まれての登用だったのですが、なるほど、常日頃から心に留めていることを活かせるまたとない機会だったのが嬉しくて (*´-`)

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鍵盤という白黒が並んだ「デジタル操作盤」で楽器を操作するのが鍵盤楽器で、そこには歌詞もございませんからなにやら単調でつまらなく感じられてしまうことも少なくありません。ですが、演奏するのも聴くのも人間ですから、そこには必ず「やり取り」があり、暖かな感じとか凛とした感じとかいろいろ一言であらわせないほどにさまざまな雰囲気が自ずと生まれるものです。人と人との意外性に富んだ「やり取り」こそが個性を育んできたはずで、それはまだまだAIでは遠く及ばないところと思います。手前味噌ではありますが芸術の周辺こそが人類の精神的な豊かさを育んできたはずで、逆に、AIに取って代わられる程度の芸ごときは取って代わられればよろしいのですぞ ヽ( ̄▽ ̄)ノ

一日中スマホやPCとだけつき合っていて「やり取り」をしなくても大丈夫なのが現代なのもまた確かですが、無駄とも思える「やり取り」を避けることで逆に私たちは妙に忙しくさせられて目に見えない大切なもの『星の王子さま』ですね)を失っているのではないでしょうか。だからこそ、せめて自分が弾く古い音楽の周りぐらいは優しさ温かさユルさに満ちた空間にしたいものだ、といつも思っています。今回、みなさんの反応がとても素敵でこちらも十二分にリラックスしてできたと思います。ありがとうございました!

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2020年2月 7日 (金)

中島みゆき 作詞/作曲『二隻の舟』(アルバム《10 WINGS》版)ピアノソロ:1894年ベーゼンドルファー社製ピアノ(ウィーン式アクション/85鍵)で

中島みゆきの『二隻の舟』を、いつもの1894年製アンティークベーゼンドルファーで弾きました。

『二隻の舟』は既に1992年のアルバム《EAST ASIA》の中に入っていましたが、1995年に発売されたアルバム《10 WINGS》ではリメイクされて冒頭を飾っています。『二隻の舟』はファン筋には言わずと知れた「夜会」のテーマソング。「夜会」とは、コンサートでもなく、演劇でもなく、ミュージカルでもない「言葉の実験劇場」をコンセプトとして1989年に始められた舞台で、言葉の使い手である中島みゆきにとってライフワークとも言える存在。そのテーマソングですからワタクシごときが軽々しく見解を述べるのもおこがましく思うのですが、まぁ弾いてしまったからには書かないワケにもいきませぬ。

 おまえとわたしは たとえば二隻の舟
  暗い海を渡ってゆくひとつひとつの舟
  互いの姿は波に隔てられても
  同じ歌を歌いながらゆく二隻の舟


この詩は<おまえとわたし>は<二隻>の<>に乗って<暗い海>を渡っている設定。「隻」という漢字は「ひとつの」という意味を持ち、すなわちそれぞれの舟は分かれておらず「二つでひとつ」という、1+1=1の世界が示されています。・・・という解説はそれこそそこら中にあふれていますね。この曲の歌詞の比喩は中島みゆきにしては異常なまでにwわかりやすく、同時に抽象性をも十全に兼ね備えています。それだけに聴き手それぞれにさまざまな感興を呼び起こすのでしょう。

 時は全てを連れてゆくものらしい
  なのにどうして寂しさを置き忘れてゆくの
  いくつになれば人懐かしさを
  うまく捨てられるようになるの


この曲のイントロはこれ。どんなに人生経験を積んでも<寂しさ>や<人懐かしさ>を捨て去るのは不可能ですもんね。だいたい、人間なんつ〜弱い存在は他者との関係が希薄だと不安に陥るwもので、孤独感とは他者から必要とされていないだけで生じるものではなく、他者を必要としないと思い込んでいるはずの「己」にも実はのしかかってくるんだよなぁ・・・と。

 ひとりでも私は生きられるけど
  でもだれかとならば 人生ははるかに違う
  強気で強気で生きてる人ほど
  些細な寂しさでつまずくものよ
『誕生』1992年)

だからこそ、真に心を通わせられる相手/対象が見つけられたヒトは無敵であります。しみじみと「いぃなぁ」と思わせられるような素敵な老夫婦に出会うたびに、「生涯の伴侶」という日本語は表面的な夫婦関係にとどまらず精神的なつながりをも表現しているんだろうなぁ、と思います。ですが、この『二隻の舟』の世界はあくまでも舟が「ふたつ」ですから、ちぃとばかし状況は異なるようです (´・ω・`)

 敢えなくわたしが波に砕ける日には
  どこかでおまえの舟がかすかにきしむだろう
  それだけのことでわたしは海をゆけるよ
  たとえ舫い綱は切れて嵐に飲まれても


『二隻の舟』とは、心を通わせているとは言えあくまでも他者どうしなのでわかり合えることは絶対にない他者どうしのつながりなのでしょうね。しかしその他者どうしは<互いの姿は波に隔てられても><同じ歌を歌いながらゆく>という、特別な関係の他者なのです。この両者の間には確固たる信頼感がありますが、そこに茫漠たる不安感と静かな覚悟が同居しており、なんとも言い表せぬ心持ちにさせられますね。まぁそもそも人間なんて全てが他者どうしですから、「わかり合う」とはなんぞや、と併せて考えたいかも。

さて、ここで全く別の切り口を提示しておきましょうか。この『二隻の舟』の世界は舞台人にとって「客席」と「舞台」であり、同時に「芸術の神」と「自分」であり、はたまた「自分」と「自分」なんですね〜。神はおのれの心の裡にあり (`・ω・´)

2020年2月 3日 (月)

『古き佳き独逸の銘器 1909年製ブリュートナー・ピアノのいぶし銀の輝き』盛会御礼

昨日の『古き佳き独逸の銘器 1909年製ブリュートナー・ピアノのいぶし銀の輝き』は、強〜烈な雨男のワタクシの演奏怪なのになんと穏やかな好天に恵まれてしまい、ナニが起きるか戦々恐々wでしたが、盛況のうち無事にしぅりょう致しました。

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チト集中力が持ちそうにもない心配さえあるシューベルト2曲プログラムでしたが、嬉しいことにみなさま充分に楽しんでくださいました。この1909年製ブリュートナーはなにやら凄いモノを「持っている」のでいつもなにかしらの形で返り討ちに遭うwのですが、今回はなんとかコントロールを保ちつつな演奏ができた手応えがございます (`・ω・´)

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小規模なコンサートならではの「楽器と演奏者そして聴衆との一体感」とはサロンコンサートを語る上での常套句ですが、嬉しいことに最近そのような会場が増えてきたような印象があります。このような場所でのサロンコンサートとは大ホールで行う大演奏会をそのままサロンに持ってくるだけでは全く成立しないので、それぞれが趣向を凝らした試みを行わねばですね。どうぞご期待くださいませ〜!(*´-`)

2020年1月24日 (金)

Lee Conklin Reed Organ Museum の Lyon & Healy 社製リードオルガンで、H.D.Hewitt 編曲『Wely’s Celebrated Offertoire』を

2019年の Reed Organ Society gathering が行われた、ミシガン州の小さな村:ハノーヴァーにある Lee Conklin Reed Organ Museum には100台ものリードオルガンが展示されており(日曜午後の4時間のみ;;;)、遠く遠くの日本からはるばる訪ねたよしみで(?)まとめて録画する時間を取らせてもらえました。

ウォルター・ヘンリー・ルイスの『休日の鍵盤愛好家のための曲集 〜あらゆる機会のために〜』(1914年)には小品が36曲おさめられておりますが、実は玉石混淆で弾き手の理解力が問われるのはココだけのハナシw。その中から、H.D.Hewitt 編曲による『Wely’s Celebrated Offertoire』を、シカゴで1887年から1907年にリードオルガンを作っていた Lyon & Healy で作られたリードオルガンで弾きました。

原曲は、Lefébure-Wély(1817-1869)の足鍵盤付きオルガンのために書かれた『Six Grands Offertoires pour l'Orgue, op.35』の第4曲ト長調で22ページに渡る大曲ですが、編曲者の H.D.Hewitt はこれをニ長調に移調して見開き2ページで収まるようにまるっとw簡略化しています。

オリジナル至上主義はそれはそれで意味がありますし、基本的にワタクシもその立場に立っておりますが、それだけが音楽の世界であると考えてしまってはそれは傲慢以外のナニモノでもありませんね。市井の人々の間にかつてあふれていた音楽はとにかく自由なものでちょっとした集会所のスクエアピアノやリードオルガンそしてハルモニウムの周りに生まれていたわけですし、そのような普通の人々のための曲集では長い曲をバッサリ切り詰めたり調号の少なく読みやすい調性に移調したりしてあるのがごく普通のことでした。考えてみれば、現代でも全く同じなんですけどね〜(・o・ゞ

2020年1月18日 (土)

柏木Vn教室新年会〜

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某柏木Vn教室の新年会、はじまりはじまり〜(*´-`)

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今年のワタクシの持ち寄りは、茹でて漬けるだけのお手軽鶏レバーのニンニク醤油漬けでした(`・ω・´)

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2020年1月17日 (金)

ダイソー300円スピーカー怪造、Bluetooth化

午前中にオーディオ用Bluetooth基板が届いたので、勢いがついているウチにサクっとBluetoothスピーカーにアップグレードの巻 (`・ω・´)

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お年賀でいただいたいつもの渡邉祐治さん謹製の専用木箱に組み込み、300円スピーカーの音声入力用ステレオミニプラグをBluetooth基板に接続、Bluetoothの電源は昨日改造した300円スピーカー用アンプの電源端子につなげれば、オリジナルのUSB給電と共用ができて、ハイできあがり〜(`・ω・´)

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さっそくiPhoneをつないでみたところ、迫真の充実した音で大満足。・・・というか「とても300円とは思えない」というレベルをはるかに凌駕していてぶっ飛んだというのが本音でしてな。EQカーブ適正化音源の作成を去年の今ごろから始めていたこともあって、これなら他のシステムにお金をかける必要は全くなさそうで(*´-`)

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さて次なる課題はケーブルレスにするべく内部電源化ですが、中国大陸から部品が届くまでに時間がかかるのでしばしお休み。これから鳴らし倒してエージング (*´-`)

2020年1月16日 (木)

ダイソー300円スピーカー怪造、まずは小手調べ

ひっさびさの電子工作はいささか流行りに乗り遅れた感のある、DAISOの300円USBスピーカーの小改造〜。安くてそのワリにめっちゃ良い100均ネタは素材の宝庫、オトコのコにとっては宝の山ですからね〜(`・ω・´)

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今やネット上には優秀で親切な先駆者が洗いざらいネタを公開してくれているので、それらを精査してイイとこ取りをするのがニワカとしてのw処世術。そもそものアンプの設計が低音を抑えるようになっているそうで、入力コンデンサの容量を追加するだけでかなり低域が改善されるとのこと。現代ワリと耳にするやたらと「音圧」と称するナニかを重視する音源を、弱いプラスチックのケースをビリビリ言わせず鳴らすためには低音をカットする設計が必要なのでしょうね〜。2cm×4cmに実装された部品への細かいハンダ付けに挑戦でございました。

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いやはや、老眼がかなり進んでいるのを痛感させられましたが、なんとかでっち上げられましたわ。初心者丸出しの足長過ぎボテボテですが、昔やっていた鉄道模型製作を思い出すひとときでございました。ルーペつきの固定器具をフンパツしようとしてなんとか思いとどまったワタクシでございました(*´-`)

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2020年1月14日 (火)

今年最初のスマイル治療院&モッコリ豚/新座

いつもは年末に出向くのにサボっていた今年最初の身体いぢめ、スマイルくんの施術は相変わらずさすがのお手前で詰まっていた自覚症状が見事に消えてスッキリ。となると、施術後はやっぱり良質wな脂とタンパク質を摂取せねばならんワケでしてな(`・ω・´)

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ですが、なんと残念なことに今度の日曜で閉店、志木駅南口に屋号も変えて再出発とのこと。ココのニンニクトリプルそして醤油っぽくないスープは大ファンだったので残念至極。

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2020年1月10日 (金)

Lee Conklin Reed Organ Museum の Taber Organ 社1890年ごろのリードオルガンで、Lemmens『オルガン教本』で足鍵盤なしのオルガンのために編まれた第1部所収の『13 pièces diverses』第6曲『Sortie』を

2019年の Reed Organ Society gathering が行われた、ミシガン州の小さな村:ハノーヴァーにある Lee Conklin Reed Organ Museum には100台ものリードオルガンが展示されており(日曜午後の4時間のみ;;;)、遠く遠くの日本からはるばる訪ねたよしみで(?)まとめて録画する時間を取らせてもらえました。

フレデリック・アーチャーの『アメリカンリードオルガン教本』(1889年)の第2巻には小品が70曲おさめられており、なかなか感じ良くリードオルガン用に編集されているように思えます。その中の第8番、Jaak Nicolaas Lemmens(1823-1881) 作曲の『Alla Marcia』を、マサチューセッツ州はウォーチェスターの Taber Organ & Co. で作られたリードオルガンで弾きました。

この『Alla Marcia』のオリジナルは Lemmens が1862年に上梓した『オルガン教本』で足鍵盤なしのオルガンのために編まれた第1部所収の『13 pièces diverses』の第6曲め『Sortie』です。アーチャーはオリジナルの題名を『Alla Marcia』と変え、曲も後半部分をカットしていますが、気軽な普通の曲集ではそれが当たり前。現代となにも変わることはないのでありま〜す。

2020年1月 7日 (火)

中島みゆき 作詞/作曲『India Goose』ピアノソロ:1894年ベーゼンドルファー社製ピアノ(ウィーン式アクション/85鍵)で

中島みゆきの『India Goose』を、いつもの1894年製ベーゼンドルファーで弾きました。

『India Goose』は2014年10月に発売されたアルバム《問題集》のラストを飾る曲、このアルバム《問題集》の2曲めはNHKの朝ドラ『マッサン』の主題歌の『麦の歌』で、覚えている方も少なくないのではないでしょうか。そして『India Goose』は翌月公開だった《夜会 VOL.18「橋の下のアルカディア」》のラストを締めくくる大曲でもあります。中島みゆきは《夜会 VOL.18「橋の下のアルカディア」》について、「今回は、テーマが"捨てる"なんです。"捨てる" "捨てられる"。その両方ですね」と語ったとのこと。何かを得るためには何かを失わなければならぬというのが冷厳な現実とはわかっているつもりですが、いざ自分の身に突きつけられると正面から向き合うのは至難の業。ワタクシのような凡人はどうしても逃げやごまかしに走りがちですが、なぁにかまいませんや。それでも死ぬまで生きていかねばならぬのが人生ですからね。今年こそ断捨離しなきゃと思って何年経ったことやらw

さて India Goose ってなんじゃらほい、と検索してもこの曲ばかりが出てくるのですがそれもそのはず、単に「インド」「雁または鵞鳥」と名詞が2つ並んでいるだけですからね。インド雁の学名は ‘Anser Indicus’ で Anser は「」、Indicus は「インドの」という意味なので英訳が Indian Goose となり、日本人向けwだし India Goose で・・・とゆ成り立ちと邪推できます。ちなみに英語ではインド雁のことを "Bar-headed goose" と言いまして、そりゃ検索に「インド雁」が出てこないのも当然でしょう。

さて、インド雁はモンゴル高原で繁殖して冬は越冬のためにインドで過ごします。その長い長〜い飛行の間には、そう、チベット高原とヒマラヤ山脈があるんですね〜 (`・ω・´)

1953年、ヒラリーとテムジンが世界で初めてエベレストに登頂しました。この時の登山隊の一人が「エベレストを越えていく雁を見た」と語ったとのこと(ヒマラヤじゃないの? と突っ込みたくもなりますがw)。8000mの高さでは気圧は平地の3分の1程度で、当然酸素の絶対量もそれに応じて少ないわけです。加えて空気の密度が低いので羽ばたいて揚力を得るのは困難を極めます。そのため空気の密度が高い夜に飛ぶことも多いとか。そう言えば、木曽御嶽山の噴火での救出作業のとき、高度3000mでホバリングできた日本のヘリコプター操縦技術が世界で神とあがめられたとかなんとか。

渡り鳥は年に2度の決死の旅を生涯続ける存在で「覚悟の象徴」とされるのは当然でしょう。それに加えてインド雁の渡りは薄い空気の中を何日も飛び続ける過酷なものですが、そこには「悲壮な決意」だけでなく「無限の勇気」をも感じますね。この唄もまことに強いこと強いこと。

 次の次の北風が吹けば 次の峰を越えてゆける
  ひとつひとつ北風を待って 羽ばたきをやめない


導入としてまことに簡潔な場面説明。インド雁の生態を知らない聴き手(ワタクシもそうでした;;;)にとっても峰を越す渡り鳥のことを詠んでいることがわかります。不特定多数に届けさせるためには一読しておおむねの意味が取れることと深読みしようと思えばできるという両側面を備えていないとならん、という好例と思います。

 さみしい心先頭を飛んで 弱い心 中にかばって
  信じる心いちばん後から 歌いながら飛ぶよ


強い強いこの詩の中でのこの2行、とりわけ美しく印象的と感じるのはワタクシだけでしょうか。中島みゆきはここで声音と語り方を優しげな雰囲気に変えていますが、いやホンマ、見事の一言に尽きます。えてして狭い世界に閉じこもりがちなクラシック音楽な方々も、このような総合力に驚ける程度の判断力を備えてほしいモノです。そして<歌いながら飛ぶよ>で締めるとは、なんというセンスでしょう!

 ほら次の雪風にあおられて
  小さな小さな鳥の列が なぎ払われる
  小さな小さな鳥の列が 組み直される
  飛びたて 飛びたて 戻る場所はもうない
  飛びたて 飛びたて 夜の中へ


この5行こそがサビですが、普通は偶数行数で構成されるところをあえて破格の奇数行にしているのが興味深いですね。また<なぎ払われる>→<組み直される>という行動が暗示するインド雁の不屈の魂はそれが<小さな小さな鳥の列>であることでさらに強い印象になっているように思えます。そう言えば、中島みゆきの「不屈の魂」に対する応援歌はまことに勇ましく力強く、そして愛情にあふれていますね。

 望みの糸は切れても  救いの糸は切れない
  泣き慣れた者は強かろう  敗者復活戦
『倒木の敗者復活戦』(2012年)

 その船を漕いでゆけ おまえの手で漕いでゆけ
  おまえが消えて喜ぶ者に おまえのオールをまかせるな
『宙船』(2006年)

 暗い水の流れに打たれながら 魚たちのぼってゆく
  光ってるのは傷ついて はがれかけた鱗が揺れるから
  いっそ水の流れに身を任せ 流れ落ちてしまえば楽なのにね
  やせこけて そんなにやせこけて魚たちのぼってゆく
『ファイト!』(1983年)

さて第二番、ここでようやっと「逆風」というキーワードが出てきます。冷静に考えるとヒマラヤをインドに向けて越えるときは北風では逆風にならないのですが、まぁそこはイメ〜ジっつことで。消されるかな (((( ;゚Д゚)))

 強い鳥は雪が来る前に 既に峰を越えて行った
  薄い羽根を持つ鳥たちは 逆風を見上げる
  いつの風か約束はされない いちばん強い逆風だけが
  高く高く峰を越えるだろう 羽ばたきはやまない


空気の密度の低い超高度を翔る<小さな小さな鳥>たちですから、逆風を巧みに使わないと<高く高く峰を越える>のは困難。ですが、あくまでも逆風ですから先に進めないというリスクと向かい合わせ(隣り合わせではナイw)なんですよね〜。弱く小さき者たちであるからこそ宿命に立ち向かわざるを得ない場面に頻繁に遭遇するものでして、まぁ、なんつ〜か、やるっきゃないんですわな。とほほ。

 負けんもんね  負けんもんね
  負けとる場合じゃないんだもんね
『負けんもんね』(2010年)

 

2020年1月 5日 (日)

激安アボカド納豆パスタ

8個50円で完熟少し行き過ぎたアボカドをゲット、と来れば、切って混ぜるだけなアボカド納豆パスタ。パスタが5kg500円でごっそり仕入れてあるのもポイント高〜し(`・ω・´)

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常備してあるニンニク醤油大さじ一杯のみですじゃ。アボカドと混ぜるので二杯でも三杯でも塩辛くは感じないでしょうが、塩分が心配なオトシゴロ。

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・・・切って混ぜて撮るだけで投稿できたし(*´-`)

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2019年12月30日 (月)

ユージン・セイヤーの『礼拝のための前奏曲 へ長調』を、1905(明治38)年ヤマハ製リードオルガンで

Eugene Thayer/ユージン・セイヤー(1824-1896)は、アメリカのオルガニスト・作曲家。1870年に『The Art of Organ Playing』5分冊を刊行し、さらに1874年から1877年まで『Organist’s Quarterly Journal』を刊行しています。この動画で弾いている『Service Prelude in F(礼拝のための前奏曲 へ長調)は、『The Art of Organ Playing』の補遺として自身を含む種々の作曲家の作品を集めて3分冊で刊行された『Organ Music for Church Service』の第1巻の第9番です。このような実用のための曲集はそれこそ星の数ほど出版されており、まことに深く複雑な世界でありま〜す (*´-`)

弾いている楽器は、おなじみ渡邉祐治氏による丁寧な修復を経てよみがえった1905(明治38)年ヤマハ製リードオルガンです。このリードオルガンが作られた5年前の1900年にようやくヤマハはアップライトピアノ第1号機を完成させたばかりで、まだまだ時代はリードオルガンの時代でした。この明治のリードオルガン、一種独特な低音の重く深い響きにシビれますよ〜(・ω・ゞ
・渡邉祐治氏YouTube:https://www.youtube.com/channel/UC6wktpotX7LAsEq-4diaaIA
・調律師「才気堂」:http://saikido.blog.jp/


2019年12月28日 (土)

オフィクレイド見学怪@音楽準備室

先日、出身高校から大量の管楽器を東大宮の音楽準備室に移動しましたが、さっそく情報が拡散して楽器見学の儀と相成りました (*´-`)

学習院大学オーケストラが来年5/31にメンデルスゾーンの『真夏の夜の夢』を演奏するということでオフィクレイドを使いたいと考えていたアンテナにピンポイントで引っかかったんですね〜。ワタクシのオフィクレイドは100年以上昔のオリジナルで、しかもアメリカの楽器店がきっちり修復して頑丈なハードケースつきで売り出していた逸品、現代楽器の中に入ってこそ生きる怪しい姿wは学生オケのネタとしてまことに愉しかろうと。

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合宿の夜がごとくご店主も含めて遊び倒しためっちゃカオスな数時間でこれから半年間貸し出すことでめでたく合意、有意義な年末のひとときとなりました ヽ( ̄▽ ̄)ノ

2019年12月24日 (火)

独逸はシュトゥットガルトの Ph.J.Trayser 社による1895年ごろのハルモニウムで、エルガーの「Vesper Voluntaries, op.14」から第4曲を

独逸はシュトゥットガルトの Ph.J.Trayser 社による1895年ごろ製と推定されるハルモニウムで、Elgar(1857-1934) の「Vesper Voluntaries, op.14」から4曲めを弾きました。この曲集は1曲めが「INTRODUCTION」なので4曲めを「第3曲」という表記をするのも正しく、チト混乱が生じるかもです ヽ( ̄▽ ̄)ノ

ハルモニウムもリードオルガンも足でふいごを踏んで風を送って音を出すオルガンなのですが、風を送る考え方が根本的に異なります。ハルモニウムは大オルガンと同じく空気を圧縮してそれが吹き出す勢いで風を送ります。リードオルガンは空気圧を下げてそこに空気を吸い込ませる勢いで風を送ります。そのためハルモニウムは「吹き出し式」と呼ばれ、リードオルガンは「吸い込み式」と呼ばれます。同じ足踏み式オルガンでも、世界は全く異なるんですよ〜。

このオルガンを修復しているカナダのオンタリオ在住の Rodney Janzi は、サイトトップに「Sharing the forgotten sounds of the reed organ」と記している通り、リードオルガンという忘れられた世界を信じられぬほど精力的に発信している第一人者です。本業のかたわら(!)リードオルガンに本格的に取り組み始めたのは2008年のこと、以前からの木工趣味が活かせたということもありましょうが、現象を細かく細かく切り分けるコンピューター技術者という本業がリードオルガンという未知の世界を切り拓くために極めて重要なポイントだったのだろうと思います。大規模なオルガンの修復場所は彼の本業のボスが好意で無料で使わせてくれている倉庫の二階とのことで、うむ、なるほど、そりゃ〜本業をストップするわけにもいかないですな(・x・ゞ
*Rodney Janzi Website: http://www.rodneyjantzi.com

今年2019年は2年に一回の Reed Organ Society gathering 開催の年。場所がミズーリ州デトロイトの近く(近くないw)と来れば、トロントに飛んでレンタカーを借りれば帰りに Rodney の家に寄れるぞ・・・というコトは盟友の渡邉祐治氏の運転に頼ってしまったのですが、まぁそれはともかく(ともかかないw)二人で存分に愉しんできたのでした。激安航空券を探したらなんと Aeromexico のメキシコシティ経由トロント便が73000円(ほんの数日だけだった模様www)だったので、まさかの中南米初体験も果たせたというおまけもつきました。これについては、このブログの10月をたどってみてくださいませ〜 (`・ω・´)
・リードオルガン修復:渡邉祐治
https://www.youtube.com/channel/UCSiix1iGPuO6XR54th_BjHw

2019年12月20日 (金)

ブルックナー(1824-1896)の『前奏曲 ニ短調 WAV130』を、1905(明治38)年ヤマハ製リードオルガンで

ブルックナー(1824-1896)は、長い長〜い交響曲や宗教曲の作曲家としての側面は非常に有名ですが、初めはオルガニストとして大成功していること、意外と知られてはいないように思えます。10歳にして早くも父親にかわって教会でオルガンを弾くようになり、1855年から1868年にはリンツ大聖堂のオルガニストをつとめていたんですよ〜。作曲を学び直し始めたのはようやくその1855年(31歳)のこと、交響曲第1番はその11年後の1866年の作曲ですから、作曲家としては非常に遅咲きと言ってよかろうと思います。

ブルックナーは生涯オルガニストとして活動して即興演奏の名手として名声を博していましたが、残念ながらオルガンのための大きな曲は遺しておらず手鍵盤のみの曲を10曲ほど遺しています。この「Vorspiel(前奏曲)ニ短調 WAB130」は作曲を学び直す前の1846年ごろの作曲とされています。自筆譜はなく楽器の指定もありませんが、おそらくはオルガン用であろうと推定されています。

弾いている楽器は、渡邉祐治氏による丁寧な修復を経てよみがえった1905(明治38)年ヤマハ製リードオルガンです。このリードオルガンが作られた5年前の1900年、ようやくヤマハはアップライトピアノ第1号機を完成させたばかりで、まだまだまだまだw時代はリードオルガンの時代でした。この明治のリードオルガン、一種独特な低音の重く深い響きにシビれますよ〜(・ω・ゞ

2019年12月17日 (火)

2月2日/1909年製ブリュートナー・ピアノ〜ブーニンをコンクール優勝に導いたピアノ〜

今年も残すところ2週間を切りました。もう鬼も笑わないでしょうからw世田谷の松本記念音楽迎賓館に保管されている由緒正しきピアノの演奏会のご案内でございます。

このピアノはドイツ皇帝が最後のロシア皇帝の皇后となった従妹に送ったブリュートナーピアノで、100年前に皇帝周辺に納める品物を作る職人たちの意気込みそしてプレッシャーたるや想像を絶するもので、果たしてこのピアノは楽器であって楽器でないかのような凄まじい「気」を持っています。演奏会は2月2日の日曜日、この楽器を使った恒例行事となりましたが、いつもいつもこちらの想像をはるかに上回るその「気」の芳醇さは心地よいと同時に恐ろしいです。



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古き佳き独逸の銘器 1909年製ブリュートナー・ピアノのいぶし銀の輝き
~ブーニンをロン=ティボーコンクール(1983)       
   そしてショパンコンクール(1985)優勝に導いたピアノ~


2020年2月2日(日)14時開演(13時20分開場)

世田谷、松本記念音楽迎賓館(世田谷区岡本2丁目32ー15)
4000円/全席自由(50名、要予約)
ブリュートナー・ピアノ演奏:筒井一貴
予約・問合せ:03-3709-5951(松本記念音楽迎賓館)
   bergheil69@me.com(筒井)

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◎東急田園都市線「二子玉川駅」よりバスを利用(12:22, 12:47, 13:12)
 東急コーチ玉31成育医療センター行、または玉32美術館行
  停留所「もみじが丘」または「岡本三丁目」より徒歩5分程度
◎小田急線「成城学園前駅」よりバスを利用(12:36, 12:56, 13:19)
 東急バス都立01都立大学駅北口行
   停留所「岡本三丁目」より徒歩5分程度

共催:松本記念音楽迎賓館

ライプツィヒのピアノメーカー:ブリュートナーによる1909年製造のこのピアノは、
かつてのドイツ皇帝ヴィルヘルム2世が従妹のアレキサンドラ皇后
(ロシア最後の皇帝ニコライ2世の妻)に贈ったものと言われており、
ロシア革命勃発と共にある女官の手に渡り、その後1970年代末に彼女が亡くなるまで
“聖なる遺品“として大切に保管されていました。
1982年、このピアノが闇で売りに出された際、N・パステルナーク女史
(ノーベル文学賞のB・パステルナークの息子の嫁:ブーニンの名付け親)の援助の下、
ブーニンの手に入りました。ブーニンはこのピアノで練習を重ね、
パリのロン=ティボーコンクール(1983年)と
ワルシャワのショパンコンクール(1985年)の2つを制覇しました。

 

<プログラム>
シューベルト

  ピアノソナタ ハ長調 D840(未完)
        ピアノソナタ 変ロ長調 D960

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2019年12月15日 (日)

風琴音楽會 Vol.4 バッハとオルガン、盛況御礼

さてさて、12月14日のリードオルガン大集合 in アトリエミストラル@高崎、なんと快晴で穏やかな中、盛況でございました。ありがとうございました (*´-`)

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リードオルガンが「なつかしい」気にさせられるのは、リードオルガンの姿や音色が「なつかしく温かい気持ちにさせてくれる」からなんですね〜。現代人はなにかとギスギスしがちですが、だからこそ、このような「なつかしく温かい世界」を近くに持てる現代人はささやかな幸せへの切符を手にしているのではないでしょうか・・・手前ミソ御免w

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その世界の雰囲気を十全にお伝えするにはマトモに修復されたリードオルガンが不可欠で、なかなかそのような楽器は多くないようですが、少なくとも渡邉祐治さん周辺のリードオルガンはごまかしとは無縁です。これからもゆるゆるとですが発信していきますので、お運びいただければと存じます (`・ω・´)

2019年12月12日 (木)

出身高校のオーケストラ部から大量の管楽器回送

35年間つきあって来た出身高校のオーケストラ部の活動場所の音楽室から大量の管楽器を引き上げ、東大宮の音楽準備室に移動(`・ω・´)
これからは、ここにいらっしゃれば自由に珍しい管楽器で遊べますよ〜 (*´-`)

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今さらながら、ハイエースの収容能力の高さにビックリでございました。運び込んで一瞬愕然とするも、意外とそれなりにキレイに収まってホッ(*´-`)

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・・・ムキ出しの楽器が多いトコには触れないようにσ^_^;

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«Lee Conklin Reed Organ Museum の Chicago Cottage Organ 社1893年製リードオルガンで、J.L.Battmann(1818-1886) 作曲『6つのセットからなる72の小品集 op.60』から、第2セット第7曲を

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