先日梅農家でないご家庭のお庭からせしめたフツーの無農薬無添加の梅の追熟がイイ感じで進んだので、傷ついてても穴が開いてても気にせずに18%の天日塩で梅干し用に漬け込みましたぞ😎
梅が3.9kgだったのでその18%=0.7kg=700gの天日塩で真っ白にしますが、この天日塩は92%塩化ナトリウム、そして重量%は特定成分の重量が総重量に占める割合ですから実はこの仕込み方で一般的に言われる「18%の濃度」というのは実は感覚的に過ぎて不正確なんですよね〜🫢
この配合で漬け込んだ梅の塩化ナトリウム濃度をちゃんと計算すると
(700g×0.92)÷(3900g+700g)=0.14=14%
となりますが、まぁ塩化ナトリウム濃度だとゲンジツ的過ぎるので「天日塩の比率」で計算すると
700g÷(3900g+700g)=0.1521 → 15.2%
でございました。まぁ干した後の梅干し内部がど〜なるかとは無関係ですし、単なるネタですけど🤣
どうも自分の塩の振り方だと少々水が上がりにくいようで(発酵白菜のときも同じ傾向なのよ)、今回は去年漬けた梅干しで出た白梅酢にゆっくりくぐらせて丁〜寧に漬けてみたところ、な〜んと一晩で半分以上梅酢が上がって、一日でバッチリ上までかぶりました。コレで一安心、発酵腐敗の心配はまぁまぁ怪避できたとみなして良いでしょうね〜✨

某柏木Vn教室の発表会の伴奏を一緒に手伝っているピアニスト嬢から、ご自宅の庭の無農薬梅をごっそり採ったけど梅仕事しないし近所にお裾分けしてもいつも余って捨ててるとのボヤきが。コジキ根性勿体無い精神旺盛なワタクシ、タダなら往復三時間半と交通費をかける価値があるでござるよ。いつものリュックにパンパンに詰め込んでアラカタ強奪、おそらく9kg近くせしめた模様😛
案外と黄色く熟しているのもあって、それはソッコーで茹で崩して梅ペーストにして、そこそこイイ感じのは氷砂糖と1:1にして梅シロップ用に。昨今は常温が高温になってしまっていて発酵するとイヤなので、冷蔵庫にin👌
ま〜だまだあるのでこれから梅味噌の仕込み(混ぜるだけなのでお手軽オススメよ)、残りはど〜んと昔ながらの塩分18%の梅干にする予定ですぞ(もはや容器が払拭している疑惑w)。ウチには平らな有効面積が非常〜に少ないので、130年前のベーゼンドルファーとクラヴィコードの上で梅仕事〜😅
中島みゆきの『孤独の肖像1st.』を、いつもの1894年製アンティークピアノで弾きました(*´-`)
*この編曲譜はこちらから入手できます
https://store.piascore.com/scores/419175
『孤独の肖像1st.』は、1993年にリリースされた中島みゆきのアルバム《時代 -Time goes around-》のラストから2曲めの曲です。
この曲、1985年に『孤独の肖像』としてシングル《孤独の肖像》A面とアルバム《miss M.》のA面ラストに収録された作品の元ネタです。1985年当時の中島みゆきには音楽として使えなかった音域があったとか、プロデューサーの意向と合わなかったとか情報が転がってますが、結果として同じ着想の歌詞で全く異なる曲が生まれたので良きことだったのではないでしょうか。ちなみにこの1993年のオリジナルバージョン『孤独の肖像1st.』の最高音はト音記号真ん中のB(シ)で、中島みゆきの声域として確かにか〜なり高いです😳
<悲しみは あなたを失くしたことじゃなく
もう二度と だれも信じられなくなることよ
どうせみんなひとりぽっち 海の底にいるみたい
だからだれかどうぞ上手な嘘をついて嘘をついて>
難解な歌詞が少なくない中島みゆきですが、最初の2行の設定がヒネっているのに巧みです〜っと心に沁みてきますね〜。それでいながら題名の『孤独の肖像』の「孤独」も「肖像」も歌詞に全く出現しないところがニクく、歌詞自体は一見わかりやすく感じられるのに同時に象徴のカタマリとなっているようです。否、そもそも「孤独」という形のないナニか(=抽象概念)に「肖像」が存在し得るとは考えづらく、題名がすでにナゾでござるな🧐
<あなたを失くしたこと>で<だれも信じられなく>なってしまった、という主人公の感覚はなかなかにネジくれているなぁと思いつつ、中島みゆきの歌詞にこのような主人公は頻繁に登場するワケで、こんな感覚になるヒトがいても不思議じゃないよなぁと思わせられてしまいます。この時点で中島みゆきの術中にハマっているのでしょうがw、このような芸風で半世紀も第一人者として続いているということは、その説得力が不特定多数を納得させられるだけのパワーに満ちている証左でありましょう。
主人公は<どうせみんなひとりぽっち>と物わかりの良いフリを装いつつ、やはりそれは耐え難いこと。それを癒してほしくて<だれか>に<上手な嘘をついて>という切なる叫びであります。
<いつも僕が側にいる、と
夢でいいから囁いて
それで少しだけ眠れる
本当の淋しさ忘れて
たぶん>
ココは主人公が求める<上手な嘘>の具体的内容ですね。主人公は<どうせみんなひとりぽっち>と物わかりの良いフリを装いつつ、求めているのはやはり側にいてくれる<だれか>なのでした。ですが、<嘘をついて>そして<夢でいいから>と願っている時点で主人公は<どうせみんなひとりぽっち>が真実であって<いつも僕が側にいる>のは真実ではない、と薄々気づいているワケで、このネジれこそが孤独の<本当の淋しさ>ですね〜。さらにダメ押しの<たぶん>がむちゃくちゃ効いているではございませんか。この<たぶん>で、結局は主人公は救済されぬままそれでも救済を切に願ってしまっている、というネジれの構造が強固になってしまいました。
さてこれを踏まえた2番。
<愛なんて何処にも無いと思えば気楽
はじめからないものはつかまえられないわ
隠している心の中 うずめている心の中
もう二度と悲しむのはこりごりだから暗闇の中へ>
イヤ、ちょっと、イジけ過ぎでしょうよ、と思う反面、中島みゆきの歌詞に出てくる主人公ですからこれこそが通常営業、安心してしまうのがファンのサガ😅
<いつも僕が側にいる、と
夢でいいから囁いて
それで少しだけ眠れる
本当の淋しさ忘れて>
主人公が救済されぬままそれでも救済を切に願っているこの部分を過ぎるとポピュラーの常套手段で変ホ長調から半音上げのホ長調に飛びますが、半音上げでありがちな無理やり感のカケラもない巧みな処理にウナらせられました。前のフレーズの<忘れて>の「て」が変ホ長調下属音の変イ(As)なのですが、それを異名同音のホ長調第3音の嬰ト(Gis)に読み替えて<消えないわ>の同音反復で乗り換えるという発想ですが、あれっと思う間もなくスルッと調性が半音上がるのがまことにお見事👀
<消えないわ心の中 消えやしないわ
消せないわ心の中 消せやしないわ
手さぐりで歩きだして暗闇の中
もう一度はじめから愛を探したい>
しかもこの部分では、一連の進行が<いつも僕が側にいる、と 夢でいいから囁いて それで少しだけ眠れる 本当の淋しさ忘れて>と全く同じに仕組まれており、中島みゆきが高らかに歌い上げている裏で同時に弦楽合奏に歌わせるという大技を決めています。コレをやられると鍵盤楽器ソロとして編曲する難易度がハネ上がってしまうのですが、クラシック鍵盤楽器を弾いている人間としては複旋律を弾けないなんて弱音を吐くなんて許されざること。いやはや、果たしてむちゃくちゃ難しい編曲になってしまったですわ〜😅💦
<消えないわ心の中 消えやしないわ
消せないわ心の中 消せやしないわ
手さぐりで歩きだして暗闇の中
もう一度はじめから愛を探したい>
主人公は<どうせみんなひとりぽっち>が真実で<いつも僕が側にいる>のは真実ではない、と薄々気づいてしまっていますから、そのような心のうちはどんなに<嘘>をつかれても<夢>を見せてもらっても<消えやしない>し<消せやしない>のであります。それでも主人公はけなげにも<暗闇の中>を<手さぐりで歩きだして>、<もう一度はじめから愛を探したい>と動こうとしています。このような主人公の姿は中島みゆきの歌詞には枚挙にいとまがございませんね。そっか、この『肩にふる雨』も『孤独の肖像』と同じアルバム《miss M.》に入っていたんですね💡
<肩に降る雨の冷たさは生きろと叫ぶ誰かの声
肩に降る雨の冷たさは生きたいと迷う自分の声>(『肩にふる雨』1985年)
さてと題名の「孤独」はともかく「肖像」とは何ぞや、というのが怪決できていませんが、コレはなっかなか難しいです。「肖像」とは人物に用いられる言葉ですが、そもそも抽象概念である「孤独」を具体的な人格や表情を示す「肖像」として描いているところがミソと思います。もちっと踏み込むと「肖像」には「顔がある」ワケで、『孤独の肖像』とは「孤独」そのものが主人公という人間の顔をして歩いている歌であるように思えてきます。
<Flame & Aqua 求めずにいられない
私たちは
あまりにひとりでは担い過ぎる炎と水>(『炎と水』1991年)
<どうせみんなひとりぽっち>だと薄々気づいていながら、それでも<求めずにいられない>主人公。その矛盾こそが、この『孤独の肖像1st.』という歌を暗闇の中で歩かせ続けているのかもしれません✨
この動画で使っているピアノは100年以上昔、1894年製のアンティークピアノ。このような楽器を使ってこのような曲を弾くのはまことに愉しいです。現代では世間で聞こえる音のほとんどは電気を通していますが、このころに世間で聞こえていた音は生音が主流でした。1877年にエジソンが蓄音機を実用化し、このピアノが作られた1894年にはSPレコードの大量生産ができるようになって、次第に「録音」というシロモノが世間に知られるようになった時代。こんな時代の楽器がどれほど豊かな音世界を伝えていたのか、この動画で使っている楽器は奇跡的にオリジナルほぼそのまま、まさに時代の生き証人です。
松本市内にある国宝の「旧開智学校校舎」の手前に水色に塗られた「旧松本カトリック教会司祭館」があり、ここにはいつからか小型というか簡易型のフランスはパリのロドルフ父子(Rodolphe fils.)によるハルモニウムが鎮座しており、一年ちょい前にタイミング良く予算がつけられ、いつもの渡辺祐治氏が依頼を受けてきちんと修復できたのでした。

この楽器を修復するためにご尽力くださったのが地元松本の(株)サウンドパートナー の小池和人氏、今年(2026年)創立70周年を迎えた松本ロータリークラブがこのハルモニウムのために小型の椅子を寄付するということで、お披露目としてこのハルモニウムの演奏会を企画していただけました。

さすがは国宝の旧開智学校校舎、日曜日ということもあってほとんど見学者が途切れず、演奏会には30名程度の方が足を止めてくださいました。偶然は重なるもので今年2026年は旧開智学校創設150周年、舞台装置として最高の場所で当時の楽器で当時の通俗曲を弾けたこと、無上の光栄でございましたことよ✨

1970年製 SCHWEIZERSTEIN/シュバイツァスタイン HU-200A で、ルドルフ・ハーゼの『春の花たち, Op.14』から、第3曲「Schlüsselblume/キバナノクリンザクラ」を弾きました。「Schlüsselblume」とは獨逸弁で「鍵の花」という意味、花が鍵の束のように見えることから名づけられたそうな。
*楽譜はこちらから入手できます
https://store.piascore.com/scores/402467
*ピアノ工房ピアピット(千葉県印西市)
ピアノは本気で直せば古いピアノでも必ずよみがえります
http://www.piapit.com/repair.html
SCHWEIZERSTEIN/シュバイツァスタインのHU-200Aは高さ133cmのアップライトピアノです。シュバイツァスタインは上前パネル右上にメーカーロゴを取り付けてあるのが特徴の一つですが、この個体はそれ以前のスタイルですね〜。このメーカーロゴ、ピアノが置いてあってもどこのメーカーかがわからないので一族の中森隆利氏が1970年ころから取り付けるようにしたという証言が得られました☝️
ルドルフ・ハーゼ(1841-1916) は、ケーテンの教会のオルガニストそして神学校の音楽教師を務めていました(・o・ゞ
Johannes Bernardus van Bree/ファン・ブレー『ノクターン第2番』を、1933年製のYAMAHA No.300(竪型300號) で弾きました。
*楽譜はこちらから入手できます
https://store.piascore.com/scores/412860
このYAMAHA No.300(竪型300號)は戦前1933(昭和8)年製、以前アップした1955年製のNo.300のご先祖さまに相当します。さすがの戦前日本の職人の魂で実に丹念に作られており、重ったるくなく見通しの良い低音そしていかにも古き佳き時代の中身の濃ゆい音色が鳴り響いてますよ〜(*´-`)
※1955年製 YAMAHA No.300 の動画はこちら
*ピアノ工房ピアピット(千葉県印西市)
ピアノは本気で直せば古いピアノでも必ずよみがえります
http://www.piapit.com/repair.html
ヨハネス・ベルナルドゥス・ファン・ブレー/Johannes Bernardus van Bree(1801-1857) は、オランダはアムステルダムの作曲家、ヴァイオリニスト、指揮者で、アムステルダム音楽振興協会の音楽学校の校長を務めていました。
中島みゆきの『ひとり遊び』を、かの神童モーツァルトが7歳のとき(1763年)に買ってもらったJ.A.シュタイン製の旅行用クラヴィコードの複製で弾きました。
*この編曲譜はこちらから入手できます
https://store.piascore.com/scores/412617
『ひとり遊び』は、1976年4月25日にリリースされた中島みゆきの初アルバム《私の声が聞こえますか》のB面2曲めに収録されているまことに寂しくちょっと不気味な曲です。2枚めのアルバム《みんな去ってしまった》のリリースは1976年10月25日、そして1976年12月27日に銀座ガスホールでコンサートを開催しています。このコンサートのタイトルは「ひとり遊び」だったようで、デビューまもない新星のコンサートタイトルとしてはまことに地味とも思えますが、初アルバム《私の声が聞こえますか》とセカンドアルバム《みんな去ってしまった》というタイトルの方向性を鑑みれば大アリでしょうな💡
幼少期の中島みゆきは万事あまりにもマイペースに過ぎて、周囲とそれなりにうまくやっていくという、いわゆる「馴染む」という行動がま〜るでダメダメだったと自ら語っています。デビュー間もない1976年に放送された『ポプコン・アウトアンドイン』(FM大阪)にゲスト出演したとき、
<あんまり器用に仲間に入れなかったですね。女の子っていったら徒党を組むでしょ? あれになかなか入れなくてね。何て声をかけたらグループに入れてもらえるか分かんなくて、おたおたしてるうちに通り過ぎていったりね。だんだんそれが繰り返されると、声かけても入れなかったらどうしようって思っちゃうの。>
と語ったそうです。周囲の輪に入れない、という経験それ自体は取り立てて珍しくもないでしょうけれど、その経験から最後の
<だんだんそれが繰り返されると、声かけても入れなかったらどうしようって思っちゃうの。>
が導き出されるという頭脳構造は、昭和30年代の子供としてはよく言えば内向的な方向にむっちゃ早熟、単純に言い切ってしまえばむっちゃネジくれた個性であるように思わざるを得ませんね。この時代の北海道の産婦人科医の家庭ですから中島美雪嬢(本名)が育った家庭環境が周囲に比べて相当に「進んで」いたであろうことは想像に難くないですが、このような形で内向的早熟さが育まれたということは、家庭環境のみならず本人の素質なくしてはあり得なかったのではないでしょうか。まぁ、やはり天才は最初っから天才なんでしょう。月並みにすぎる表現にて御免w
さて1番です。
<もう長いこと あたしは ひとり遊び
独楽を回したり 鞠をついたりして
日も暮れるころ あたしは追いかけるよ
独楽を抱えた 影のあとをね>
あぁなるほど、『ひとり遊び』の歌詞は中島みゆき本人が語っている幼少期の姿と見事に重なっていますね〜。前半の<ひとり遊び>は単なる独白ですが、その前半から導き出された後半の不思議な情景にはゾクッとさせられます。後半は倒置法ですから
<日も暮れるころ 独楽を抱えた 影のあとを あたしは追いかけるよ>
となり、前半を考えれば<あたし>が独楽を回して<ひとり遊び>しているので、自分の影を追いかけるように家路につく情景がふんわりと立ち上がってきます。こまをわざわざ<独楽>と漢字にしているのも、ひとりで廻り続けるこまという存在を孤独の象徴と読みやすくしているのかも。
ときに、<影>とは物体が光を遮って光の反対側に生じる光の当たらない部分のことですが、自分の影が見えるということは光が差してくる方向を見ていないワケです。ちょ〜っと穿ち過ぎとも思いますが、主人公は光が差してくる方ではなく光が当たらない方を見ながら家路についているとも読めそうで、幼き主人公の孤独をことさらに重層的に象徴しているとも思われます。
<鬼さんこちら 手の鳴るほうへ
鬼さんこちら 手の鳴るほうへ
鬼さんこちら 手の鳴るほうへ
鬼さんこちら 手の鳴るほうへ
あたしの影を 追いかけて
あたしの影を 追いかけてよ…>
<鬼さんこちら 手の鳴るほうへ>をなんと4回も繰り返しており、極めて強い呼びかけとなっています。主人公は自分の影を追いかけているのに主人公を追いかけてくれる存在は人間界には存在しておらず、鬼でもいいから自分の影を一緒に追いかけてほしい、そして自分を追いかけてほしい、という切実な叫びですね。幼少期の中島美雪嬢(本名)が本当にこのような感覚を抱いていたかどうかはわかりませんし、正直どうでもイイですが、それにしても、この折り重なり積み重なる孤独はもはや現世ではなく「あちら側」とさえ思えます。デビューアルバム《私の声が聞こえますか》には中島みゆき本人の意向は全く反映されていなかったというのが公式な情報ですが、この『ひとり遊び』が入っていることと同時にまさかの1曲めの『あぶな坂』の存在を鑑みると、公式情報は物語として単純化されているんじゃないかなぁと思いませんか〜?
さて、2番です。
<もう長い影 果てない ひとり遊び
声は 自分の 泣き声ばかり
日も暮れ果てて あたしは追いかけるよ
影踏み鬼は 悲しい遊び>
<影踏み鬼>はお互いの影を踏み合う鬼ごっこで、鬼が逃げる人の影を足で踏めばその人が新たな鬼となって延々と遊び続けられる遊びです。ですが『ひとり遊び』の主人公はひとりですから遊び相手は自分の影しかおらず、自分で自分の影を追いかけて遊ぶことになり、孤独が孤独を呼び起こすなんともやるせない寂しく悲しい姿が現れてきます。まぁ自分の影を相手に<影踏み鬼>をするためには自分の影の影を踏む、もしくは自分の影が影自身を踏む、ことがゲームが成立する条件ですが、もはやワケわかりません。詩作はファンタジーですから厳密な論理性を求めること自体がズレた姿勢で、これぞ簡潔に孤独の極限を示すための詩作の妙ですね〜。
<鬼さんこちら 手の鳴るほうへ
鬼さんこちら 手の鳴るほうへ
鬼さんこちら 手の鳴るほうへ
鬼さんこちら 手の鳴るほうへ
あたしの影を 追いかけて
あたしの影を 追いかけてよ…>
ここで使っているクラヴィコードは筒井本人の所有、モーツァルトが7歳のとき(1763年)にアウグスブルクのシュタインの工房で父親のレオポルドに買ってもらって以後終生愛用した、旅行用クラヴィコード(現在、ブダペスト、ハンガリー国立博物館所蔵)の忠実な複製です。旅行用クラヴィコードは、18世紀の旅の空に生きる演奏家や作曲家によく使われていました。このモーツァルトが使っていた旅行用クラヴィコードはたった1m程度の幅しかありませんが意外と重く丈夫で、音域はなんと4オクターヴ半もあったのでした。
1999年製 ZIMMERMANN Z3 で、ミンナ・ブリンクマンの無言歌『彼方へ/In die Ferne』を弾きました。
*楽譜はこちらから入手できます
https://store.piascore.com/scores/407240
ZIMMERMANN社は1884年にLeipzigで創業された老舗で、戦後は旧東独の国営会社とされました。ベルリンの壁崩壊の少し後にBECHSTEIN社がザイフェナースドルフ工場を買収、1992年春からBECHSTEIN社の傘下となり、1999年頃には吸収合併となったようです。Z3は高さ116cmで、2000年代前半からBECHSTEINのアカデミーA3として継続販売されたとのことです。
*ピアノ工房ピアピット(千葉県印西市)
ピアノは本気で直せば古いピアノでも必ずよみがえります
http://www.piapit.com/repair.html
ミンナ・ブリンクマン/Minna Brinckmann(1831-1890) は、ドイツ語圏の女性作曲家という以外の情報は出てきませんが、それなりに作品を出版していたようです。
中島みゆきの『炎と水』を、いつもの1894年製アンティークピアノで弾きました(*´-`)
*この編曲譜はこちらから入手できます
https://store.piascore.com/scores/405080
『炎と水』は、1991年10月23日にリリースされた中島みゆきの19枚めのアルバム《歌でしか言えない》のラストを飾る大曲で、低くドスの効いた声質が大きな魅力である中島みゆきにとって異例に高い音域でサビを堂々と歌い上げていますが、なんとこれまで一度もステージで演奏されたことがない曲でもあります。
そういえば『孤独の肖像』という曲を収録するとき当時(1985年)の中島みゆきには高過ぎて音楽として使えなかった音域があって別バージョン『孤独の肖像』としてリリース、後年(1993年)オリジナルバージョンを『孤独の肖像1st.』としてリリースしたという情報が存在し、オリジナルバージョン『孤独の肖像1st.』の最高音はト音記号真ん中のB(シ)だったりします。
ふりかえって、この1991年リリースの『炎と水』ではどうかと言うと『孤独の肖像1st.』最高音のさらに半音上のC(ド)でサビを歌い上げたうえにB(シ)を伸ばしてサビを歌い終えており、歌い手にとって最高音を半音上げるというのは死活問題ということを考えると、ライヴで歌うにはリスクがあまりにも高過ぎる曲なのだろうなと感じさせられます。人間の肉体ってば消耗品という側面から逃れられることはできないワケで、ステージという常に「表現」と「やり過ぎ」とが車の両輪である場では、歌い手という職業人にとって生命線である声を損なう危険も常に伴っているワケです。まぁ、コレだけをステージで歌っていない理由と決めつけるのはいくらなんでも夢がなさすぎなんですけどねぇぇぇwww
<あなたは炎の大地を歩き 途切れた未来へ注ぎ込む者
けれども情の深さのあまり 己れを癒せず凍えゆく者
私は凍った大地を歩き 凍てつく昨日を暖める者
けれども思いの熱さのあまり 己れを癒せず身を焦がす者>
やはり対語法あっての詩作、しかもここでは対語法が重層的に絡み合わされており、なかなかにヤヤこしいです。そして<あなた>は<注ぎ込む者>ですから水を連想させて<私>は<暖める者>ですから炎を連想させていますが、困ったことに<注ぎ込む者>の前に<炎の大地>が配されて<暖める者>の前に<凍った大地>が配されているので歌詞をちょっと聞いただけでは判別しづらく、<あなた>と<私>のどちらが水なのか炎なのか確証しきれてない状態で歌が進行するようになっています。さらに、この段では対語法を絡み合わると同時に<あなた>も<私>も<己れを癒せず>というところでは共通性を持つ存在という設定にもされており、か〜なり脳ミソがかき混ぜられる歌い出しでございますことよ。
<Flame & Aqua なんて遠い者たち
私たちは互いに誰より遠い
Flame & Aqua なんて同じ者たち
いちばん遠い者が いちばん近いの>
な〜かなか哲学的に攻めてますよね〜。そっか、な〜るほど、<いちばん遠い者が いちばん近いの>という一節があることで、前段の<あなた>も<私>も<己れを癒せず>というところでは共通性を持つ存在、という設定が回収されているのでしたか。いわゆる「対極」を表す比喩は「車の両輪」とか「水と油」とか「光と影」とか「コインの裏表」とか枚挙にいとまがございませんが、一見すると正反対であるかのように見えてもそこに共通性を見出すことは可能だったりしますね〜。「愛」と「憎しみ」も正反対に見えますが、実は相手に対する強い感情がベースにあるという一点で共通性があるわけでして💡
さて短い間奏を挟んで2番です。
<私はあなたを傷つける者 誰よりあなたを傷つける者
けれども唯一 癒せるすべを それとは知らずに持っている者>
「あなたを傷つける私こそが唯一あなたを癒せる」とは相〜当に矛盾に満ちた状況ですが、1番のネジれた歌詞をふまえている聴き手にとっては、案外と素直に「あぁそうなのか」と受け入れてしまえそうです。<あなたを傷つける者>を単純に繰り返さずに<誰よりあなたを傷つける者>と<誰より>を加えていることで<炎と水>の両者が誰よりも近しい関係にあると示しており、このような両者だからこそ互いの影響力がきはめて強く、それが傷つける方向にも癒す方向にもなり得るのでしょうか。なお、歌っているのが女性である中島みゆきですから<あなた>が男性で<私>が女性、と解釈するのが普通でしょうが、そうしてしまうとせっかくの歌詞の抽象性を狭めてしまうようで、固定させない方に一票です。
<Flame & Aqua なんて遠い者たち
私たちは互いに誰より遠い
Flame & Aqua なんて同じ者たち
いちばん遠い者が いちばん近い>
1番のサビはここまででごく普通の声域でしたが、2番以降はさらにキーを上げて続きます。
<Flame & Aqua 互いから生まれあう
あなたが いなければ
私はまだ生まれていないような者>
これは強い強い強い。ここで中島みゆきはなんと4度もキーを上げて(開始音のA(ラ)をD(レ)まで上げてます)、ほぼ絶叫とすら思えるほどの歌いっぷりを見せています。<炎と水>はアリストテレスの四元素論の構成要素の2つですが、この元素どうしが<互いから生まれあう>とは、独立しているはずの元素どうしが実はともに必須であったのだ、と詩的に誇張しているわけです。これこそが詩作の妙、すなはち、<炎と水>とのつながりは原初的なつながりであって互いの存在にとってなくてはならぬ最も大切なつながりだったという、壮大な愛の抒情詩として歌い上げられているのですぞ✨
ここで金管アンサンブル的な音色をつかったカッコいい間奏が入り、3番に移ります。
<あなたがあなたになればなるほど
私が私になればなるほど
互いは互いが必要になる 誰から教えられることもなく>
<互いは互いが必要になる>とはいかにも壮大な愛の抒情詩らしい一連であると同時に、これまた哲学的ですな。確かに、<あなたがあなたになればなるほど>そして<私が私になればなるほど>に「らしさ」を突き詰めるということはともすれば他の存在を排除することにもなりかねず、それって実は独善という好ましからざる状態につながりかねない危険性も兼ね備えていますね。「こだわり」というものは何かを突き詰める原動力として必須なのは確かでしょうが、冷静にチトいぢわるく考えてみると「こだわり」とは「そのこだわりは無条件に正しいものとみなす」ことに他ならず、実は判断停止と表裏一体となり得る危険性をはらんでいるのでありました。うむむ、ナニやら壮大な愛の抒情詩から逸脱してきたような気もしますが、歌詞の怪釈は妄想をふくらませてナンボでござる😎
<Flame & Aqua あなたは一途な水
私たちの行方を指し示す者
Flame & Aqua 私は揺れる炎
私たちの行方を照らし出す者
Flame & Aqua 求めずにいられない
私たちは
あまりにひとりでは担い過ぎる炎と水>
この一連だけでも、アルバム《歌でしか言えない》のラストを飾るにふさわしい歌詞として完結していると思います。<水>が<行方を指し示す者>の象徴として用いられているのは流れる先が基本的に重力によって規定されることでw「水の流れ」が方向性や連続性そして不可逆性などの象徴として生み出されるからで、同時に<一途な>にもかけられていますね。そして<炎>が<私たちの行方を照らし出す者>の象徴として用いられているのは、炎は明るいですからこれは簡単、そして炎は揺れますから<揺れる>にもかけられるのも明白。
<炎と水>は<行方を照らし出す者>と<行方を指し示す者>ですからそれぞれが自己のアイデンティティを確立しているワケで、このような<炎と水>の関係性ならば歪んだ「共依存」関係に陥る危険は少なそうです。なるほど<互いは互いが必要になる>でしょうし、そりゃ〜<求めずにいられない>ですね。このような関係性を示す言葉は「無いものねだり」とか「相互補完」とかこれまた枚挙にいとまがありませんが、人生は<あまりにひとりでは担い過ぎる>ほどに不可解で豊かすぎる、という証左なのではないでしょうか💡
<Flame & Aqua なんて遠い者たち
私たちは互いに誰より遠い
Flame & Aqua なんて同じ者たち
いちばん遠い者が いちばん近い>
この動画で使っているピアノは100年以上昔、1894年製のアンティークピアノ。このような楽器を使ってこのような曲を弾くのはまことに愉しいです。現代では世間で聞こえる音のほとんどは電気を通していますが、このころに世間で聞こえていた音は生音が主流でした。1877年にエジソンが蓄音機を実用化し、このピアノが作られた1894年にはSPレコードの大量生産ができるようになって、次第に「録音」というシロモノが世間に知られるようになった時代。こんな時代の楽器がどれほど豊かな音世界を伝えていたのか、この動画で使っている楽器は奇跡的にオリジナルほぼそのまま、まさに時代の生き証人です。
1924(大正14)年製の山葉風琴、全音域にわたって4, 8, 16フィートを備えた13ストップの堂々たる第拾九號で、フロール・ペーテルス/Flor Peeters(1903-1986) 作曲による「Sixty Short Pieces」の第12曲『エレジー』を弾きました。 ストップは8フィート2列と4フィート1列を使っています。
フロール・ペーテルス/Flor Peeters(1903-1986) はベルギーの作曲家、オルガニスト、学術教師でした。彼はベルギーのアントワープ音楽院の院長を務め、1923年から1986年に亡くなるまで聖ロンバウツ大聖堂のオルガニストでした。
この山葉風琴第拾九號には国産リードオルガンでは珍しく楽器の天板を開けて楽音が前に出てくる仕掛けが備えられており、この動画でもちゃんと開けて弾きました。
1909(明治42)年の共益商社楽器店のカタログに<新製第拾九號>と記載があり、説明には
<當拾九號形風琴ハ曩(さき)ニ東京音樂學校ノ御考案ニ基キ日本樂器製造株式會社ニ於テ種々工夫ヲ凝シ製造納附セシ處該校(該校=東京音樂學校)ヨリ風琴トシテ此ニ過グルモノナシトノ御讃辭ヲ博シタルモノニシテ音色善美音量壮大製作マタ堅固ナレバ中等已上(中等以上)ノ學校教授用ニハ尤モ適當ノモノニ御座候>と。
(訳)当19号形リードオルガンはさきに東京音楽学校(現:東京藝術大学)の考案にもとづいて日本楽器で種々工夫を凝らして製造納入したところ東京音楽学校よりリードオルガンとしてこれに過ぎるものなしと御賛辞を博したもので、音色善美音量壮大かつ堅固に作られておりますので中等以上の学校教育用には最も適当なもので御座います。
なるほど、確かにこの躯体全体の豊かで多彩な響きっぷりは素晴らしく、なによりもこの個体の音色はおよそ本邦産とは思えず、ひょっとしたらリードが国産ではなく舶来品なのではないかとすら感じさせられました。まともなオルガンはストップ操作の結果、単純に違う音高の複数の音が重なるだけでなく音色自体がちゃぁんと変化するのですが、この第拾九號ではまさにこのような音色変化を実感できました。大正から昭和ヒト桁くらいまで、実は日本では相当なレベルの文化が花開いていたんだなぁと今さらながら思わされましたぞ。
この個体は女子聖学院中学校・高等学校で生徒向けに開放されているもので、ご縁をいただき演奏することができました。御年100歳超えで普段は積極的には弾かれていないようですが、しっかり丁寧に空気を送って音響振動がしみ込むように弾いたところ、ものの10分程度で素晴らしい響きが甦りました。ただそれはあちこちの部材が動き出していることに他ならず、ともすればビビり振動を引き起こしてしまいますが、ご老体ですからそれをも受け入れるのが弾き手としての御作法でございます。
まともに楽器として機能しているリードオルガンは、小学校低学年の授業で使われていた程度の楽器、という足踏みオルガンのイメージとは全く異なる堂々たる楽器です。管楽器や歌唱のイメージは「レガート」という表現に取り組む上で必要不可欠。リードオルガンは管楽器かつ持続音を得意とする楽器で、しかも空気を足踏みペダルで送るのですから工夫次第で強弱表現が可能、というかなり楽しい楽器です。素直で温かくしかも演奏者の悪知恵w次第で管楽器としての多種多彩な表現ができる魅力は、一部の世界だけに留めさせるにはあまりにも惜しい世界です。
1982年製 YAMAHA F102 で、アレンスキー『アラベスク集, Op.67』から、第4曲を弾きました。
*楽譜はこちらから入手できます
https://store.piascore.com/scores/401887
YAMAHAのF102は高さ121cmのアップライトピアノ、高級木目ピアノとして外装に高級家具等に用いられる美しい縦縞が特徴のサペリ材を使用したモデルです。日本のピアノ製造が元気だった時代ならではのさすがの逸品ですよ〜☝️
*ピアノ工房ピアピット(千葉県印西市)
ピアノは本気で直せば古いピアノでも必ずよみがえります
http://www.piapit.com/repair.html
Arensky/アレンスキーは天才肌の作曲家で、ペテルブルク音楽院ではリムスキー=コルサコフに、モスクワ音楽院ではチャイコフスキーに高く評価されていました(・o・ゞ
1924(大正14)年製の山葉風琴の動画2本め、全音域にわたって4, 8, 16フィートを備えた13ストップの堂々たる第拾九號です。国産リードオルガンでは珍しく楽器の天板を開けて楽音が前に出てくる仕掛けが備えられており、この動画でもちゃんと開けて弾きました。
1909(明治42)年の共益商社楽器店のカタログに<新製第拾九號>と記載があり、説明には
<當拾九號形風琴ハ曩(さき)ニ東京音樂學校ノ御考案ニ基キ日本樂器製造株式會社ニ於テ種々工夫ヲ凝シ製造納附セシ處該校(該校=東京音樂學校)ヨリ風琴トシテ此ニ過グルモノナシトノ御讃辭ヲ博シタルモノニシテ音色善美音量壮大製作マタ堅固ナレバ中等已上(中等以上)ノ學校教授用ニハ尤モ適當ノモノニ御座候>と。
(訳)当19号形リードオルガンはさきに東京音楽学校(現:東京藝術大学)の考案にもとづいて日本楽器で種々工夫を凝らして製造納入したところ東京音楽学校よりリードオルガンとしてこれに過ぎるものなしと御賛辞を博したもので、音色善く美しく音量壮大かつ堅固に作られておりますので中等以上の学校教育用には最も適当なもので御座います。
なるほど、確かにこの躯体全体の豊かで多彩な響きっぷりは素晴らしく、なによりもこの個体の音色はおよそ本邦産とは思えず、ひょっとしたらリードが国産ではなく舶来品なのではないかとすら感じさせられました。まともなオルガンはストップ操作の結果、単純に違う音高の複数の音が重なるだけでなく音色自体がちゃぁんと変化するのですが、この第拾九號ではまさにこのような音色変化を実感できました。大正から昭和ヒト桁くらいまで、実は日本では相当なレベルの文化が花開いていたんだなぁと今さらながら思わされましたぞ。
この個体は女子聖学院中学校・高等学校で生徒向けに開放されているもので、ご縁をいただき演奏することができました。御年100歳超えで普段は積極的には弾かれていないようですが、しっかり丁寧に空気を送って音響振動がしみ込むように弾いたところ、ものの10分程度で素晴らしい響きが甦りました。ただそれはあちこちの部材が動き出していることに他ならず、ともすればビビり振動を引き起こしてしまいますが、ご老体ですからそれをも受け入れるのが弾き手としての御作法でございます。
曲はビーズリー/James Charles Beazley(1850-1929)作曲による「The Vesper Voluntaries Book 4」の第2曲『ゆるやかな楽章』です。 ストップは8フィート2列で+16フィート1列で弾きました。
*楽譜はこちらから入手できます
https://store.piascore.com/scores/399492
ビーズリー/James Charles Beazley(1850-1929)はイングランド最南部のワイト島(the Isle of Wight)に生まれています。「The Vesper Voluntaries for the Organ, Harmonium, or American Organ」の Book 40 も Beazley の手によるものらしいですが、それ以外の情報は見つけられていません。
まともに楽器として機能しているリードオルガンは、小学校低学年の授業で使われていた程度の楽器、という足踏みオルガンのイメージとは全く異なる堂々たる楽器です。管楽器や歌唱のイメージは「レガート」という表現に取り組む上で必要不可欠。リードオルガンは管楽器かつ持続音を得意とする楽器で、しかも空気を足踏みペダルで送るのですから工夫次第で強弱表現が可能、というかなり楽しい楽器です。素直で温かくしかも演奏者の悪知恵w次第で管楽器としての多種多彩な表現ができる魅力は、一部の世界だけに留めさせるにはあまりにも惜しい世界です。
1924(大正14)年製の山葉風琴、全音域にわたって4, 8, 16フィートを備えた13ストップの堂々たる第拾九號です。国産リードオルガンでは珍しく楽器の天板を開けて楽音が前に出てくる仕掛けが備えられており、この動画でもちゃんと開けて弾きました。
1909(明治42)年の共益商社楽器店のカタログに<新製第拾九號>と記載があり、説明には
<當拾九號形風琴ハ曩(さき)ニ東京音樂學校ノ御考案ニ基キ日本樂器製造株式會社ニ於テ種々工夫ヲ凝シ製造納附セシ處該校(該校=東京音樂學校)ヨリ風琴トシテ此ニ過グルモノナシトノ御讃辭ヲ博シタルモノニシテ音色善美音量壮大製作マタ堅固ナレバ中等已上(中等以上)ノ學校教授用ニハ尤モ適當ノモノニ御座候>と。
(訳)当19号形リードオルガンはさきに東京音楽学校(現:東京藝術大学)の考案にもとづいて日本楽器で種々工夫を凝らして製造納入したところ東京音楽学校よりリードオルガンとしてこれに過ぎるものなしと御賛辞を博したもので、音色善く美しく音量壮大かつ堅固に作られておりますので中等以上の学校教育用には最も適当なもので御座います。
なるほど、確かにこの躯体全体の豊かで多彩な響きっぷりは素晴らしく、なによりもこの個体の音色はおよそ本邦産とは思えず、ひょっとしたらリードが国産ではなく舶来品なのではないかとすら感じさせられました。まともなオルガンはストップ操作の結果、単純に違う音高の複数の音が重なるだけでなく音色自体がちゃぁんと変化するのですが、この第拾九號ではまさにこのような音色変化を実感できました。大正から昭和ヒト桁くらいまで、実は日本では相当なレベルの文化が花開いていたんだなぁと今さらながら思わされましたぞ。
この個体は女子聖学院中学校・高等学校で生徒向けに開放されているもので、ご縁をいただき演奏することができました。御年100歳超えで普段は積極的には弾かれていないようですが、しっかり丁寧に空気を送って音響振動がしみ込むように弾いたところ、ものの10分程度で素晴らしい響きが甦りました。ただそれはあちこちの部材が動き出していることに他ならず、ともすればビビり振動を引き起こしてしまいますが、ご老体ですからそれをも受け入れるのが弾き手としての御作法でございます。
曲はヘインズ/William Haynes(1829-1901) 作曲による「The Vesper Voluntaries Book 3」の第3曲『プレリュード』です。 ストップは最初は8フィート2列で、途中から低音域に16フィートを加えて弾きました。
*楽譜はこちらから入手できます
https://store.piascore.com/scores/321860
ヘインズ/William Haynes(1829-1901)はイギリスの作曲家・オルガニストで、Malvernの「Great Malvern Priory」のオルガニストを1850年から1893年の43年(!)務めていました。
まともに楽器として機能しているリードオルガンは、小学校低学年の授業で使われていた程度の楽器、という足踏みオルガンのイメージとは全く異なる堂々たる楽器です。管楽器や歌唱のイメージは「レガート」という表現に取り組む上で必要不可欠。リードオルガンは管楽器かつ持続音を得意とする楽器で、しかも空気を足踏みペダルで送るのですから工夫次第で強弱表現が可能、というかなり楽しい楽器です。素直で温かくしかも演奏者の悪知恵w次第で管楽器としての多種多彩な表現ができる魅力は、一部の世界だけに留めさせるにはあまりにも惜しい世界です。
1985年製 KAWAI KL-11WI で、レビコフ『忘れられた書きさし/Pages d’un manuscrit oublié』から、第3曲を弾きました。
*楽譜はこちらから入手できます
https://store.piascore.com/scores/394762
KAWAIのKL-11WIは高さわずか110cmのコンパクトなインテリアモデル。KL-11のWIは直脚タイプでKFは猫脚タイプです。ピアピットのみんなに台車から下ろすよと言ってもらえましたが、モノは試しでそのまま踵を上げたままペダルを踏んでみたら案外とイケたのでそのまま弾きました😛
*ピアノ工房ピアピット(千葉県印西市)
ピアノは本気で直せば古いピアノでも必ずよみがえります
http://www.piapit.com/repair.html
ウラジミール・レビコフ/Vladimir Rebikov(1866-1920) は、ロシアの作曲家・ピアニストです。ロシア帝国のみならずプラハやフィレンツェ、パリなどでも音楽活動に携わっていました。ピアノ小品の数々はなかなか興味深く、昨今ようやく知られるようになってきました。
本日2月23日は中島みゆきの誕生日ですよ〜。『愛だけを残せ』を、いつもの1894年製アンティークピアノで弾きました(*´-`)
*この編曲譜はこちらから入手できます
https://store.piascore.com/scores/397265
『愛だけを残せ』は2009年11月14日公開の映画『ゼロの焦点』の主題歌として書き下ろされ、映画公開の10日前の11月4日に中島みゆきの41枚めのシングルのA面としてリリースされました。なおB面は『闘りゃんせ』。そして2010年発売の37枚めのアルバム《真夜中の動物園》に優しいスローバラードのアルバムバージョンとして収録、2013年発売のシングルコレクションアルバム《十二単 〜Singles 4〜》にはリミックスバージョンで収録、2020年発売のベストアルバム《ここにいるよ》にもリミックスバージョンが収録されました。この結果『愛だけを残せ』のシングルバージョンは2026年現在でもアルバム未収録となっていますが、コレ、うっかり聴けてないのが痛恨💦
この動画のアレンジ元は、リミックスバージョンを踏襲しながらアルバムではか〜なり強〜かった声色を和らげて歌われた、2024年1月19日から2024年5月31日にかけて行われたコンサート『歌会 Vol.1』としました。映画の原作は松本清張の小説『ゼロの焦点』で、紆余曲折を経て1958~1960年に連載されています。それではいつもの妄想怪説を怪陳しますが、この『愛だけを残せ』の歌詞は詩的な表現が得意とする、論理的展開をあえて無視して自由に飛躍するテクニックを存分に使っていますので、ワタクシの芸風な論理的怪析が通じなくて参りましたわ〜w
<愛だけを残せ 壊れない愛を
激流のような時の中で
愛だけを残せ 名さえも残さず
生命の証に 愛だけを残せ>
『愛だけを残せ』は歌い出しからサビを高らかに歌い上げて始まります。ここはアルバムでは中島みゆきが歌っていますが、『歌会 Vol.1』ではバックコーラスが歌っています。このサビはこのままでも充分に意味が通りますが、倒置法を鑑みてわかりやすく再構成すると・・・
「激流のような時の中で 愛だけを残せ・・・壊れない愛を
生命の証に 名さえも残さず 愛だけを残せ」
てな感じでしょうか。<激流のような時>には一介の人間ごときが抗うことなんぞできぬ、自分の名前とか形の決まったナニかとして歴史的に記録されたところで跡形もなく流されてしまう。だからこそ<激流のような時>を泳ぎ抜こうともがき続ける我々のつながりである<愛だけを残せ>、<壊れない>強固な<愛>こそが我々が<激流のような時>に流されずに残り得る<生命の証>なのだ。ま〜、いつもながらほんっっっとに見事なサビだよなぁと嘆息しかないですわよ✨
<やむにやまれぬ人生は綱渡りだ
選ぶつもりで選ばされる手品だ>
<綱渡り>とは危ういバランスの象徴であると同時に、行き先が綱の向こう側と規定されていますね。このような<綱渡り>の性格を、<選ぶつもりで選ばされる手品>とより具体的に言い直しています。確かに確かに、それなりに長く人生を泳いでいると、後から考え直してみると線が一本につながって必然だったのかなぁ、とか運命だったのかなぁ、とか思わされることって少なくないですもんね。若かりしころの想い出がかなりの年月が経ってからつながって、これは最初っから仕組まれていた運命だったのかとすら思えてじ〜んと来たことなど、程度の差こそあれ誰しも経験しているのではないでしょうか。ねぇ、そうですよね?
<闇の中の風のように
突然に愛は居どころを求める>
<突然に>を<闇の中の風のように>と直喩するセンスよ。しかも<闇の中>を使うことで、前段で<綱渡り><手品>と象徴されていた<人生>がより具体的に象徴し直されることとなり、人生の当事者である我々にとっては<人生>ってば<闇の中>なんだよなぁ、とも納得させられてしまいます。なるほど、このような多層的な仕掛けを随所に仕込めてこそ言葉の使い手である優秀な詩人なんでしょうね〜。それにしても、歌い出しで<名さえも残さず><愛だけを残せ>と歌い上げておきながら、その<愛>自体が形ある<居どころを求める>とはいかに。
<弱き者汝の名を名乗れ しなやかに
強き者汝の名を名乗れ ささやかに>
この2行はいかにも詩的なテクニックで、明確な意味を取るのが困難かつ明確化する必要もない、前後と関係しないリズミカルな対語法による挿入句と見えます。ですが同時に<名を名乗れ>とは自己の存在を他に意識させよ、ということに他ならず、しかも<しなやかに><ささやかに>ですから自己の存在を声高には主張するな、というメッセージであるとも読めます。これは冒頭のサビで歌い上げた<名さえも残さず><愛だけを残せ>と異なるメッセージですから、読み手の意識がか〜なり混乱させられる箇所でもあります。
ここはホントに難しくて、<愛>という概念の複雑さを浮かび上がらせていると思います。冒頭のサビで歌い上げたように<名さえも残さず>に<愛>という抽象的な関係性をどんなに残そうとしたところで、その関係性ってばそもそもが個々人という<名>を持つ存在どうしの関係性でありますからして、具体的に形のあるきっかけナシには<愛>なんぞ生まれようがないのであります。すなはち、突然に<愛>が求めた<居どころ>とは個々人という<名>を持つ存在であって、それを<汝の名>で象徴しているのではないでしょうか。
<地上にある星を誰も覚えていない
人は空ばかり見てる>
<名立たるものを追って 輝くものを追って
人は氷ばかり掴む>(『地上の星』2000年)
人ってばともすれば自己の名を歴史に刻もうとしてしまいますが、<激流のような時>の中ではそんなモンは無力。そのように自己の存在を声高に主張するのではなく、<名さえも残さず><愛だけを残せ>。わざわざ<汝の名>という普段使わない強い表現を使いながら、それを<しなやかに><ささやかに>と和らげる巧みさが輝いてますぞ。
<みんな儚くて みんな愛しくて
振り返ってしまうから
愛だけを残せ 壊れない愛を
激流のような時の中で
愛だけを残せ 名さえも残さず
生命の証に 愛だけを残せ>
<愛>なる概念は決まった形あるナニかではございませんが、同時にナニかとナニかとの関係性があってはじめて生み出され得る概念でもありますから、歌詞の中で<愛>が二面的に語られることはある意味当然の帰結なのではないでしょうか。そして<愛>を生み出すナニかは<みんな儚くて みんな愛しくて>、中島みゆきはそのような<愛>を生み出す存在それぞれに温かな眼差しを注いでいると読もうではありませんか💡 中島みゆきが映画『ゼロの焦点』の台本を読んで監督がサスペンスなストーリーばかりでなくむしろ主人公の女性たちの生き方に眼を向けていることを知ってようやく『愛だけを残せ』作詞作曲の糸口が見出せたとのこと、この怪説とそれなりに符合していてホッとしました。
<形のないものに 誰が
愛なんて つけたのだろう 教えてよ>(『あした』1989年)
さて2番です。
<思いがけない幻に誘われて
思いがけない風向きに運ばれて
偶然の朝 偶然の夜
我々は何も知らされず 踏み出す
縁は不思議 それと知らぬ間に探し合う
縁は不思議 それと知りながら迷い合う>
1番を頑張って読み解いてくると、これらはそのまんまスッと心に沁みてきますね〜。
<みんな哀しくて みんな恋しくて
立ち止まってしまうから
愛だけを残せ 壊れない愛を
激流のような時の中で
愛だけを残せ 名さえも残さず
生命の証に 愛だけを残せ>
この動画で使っているピアノは100年以上昔、1894年製のアンティークピアノ。このような楽器を使ってこのような曲を弾くのはまことに愉しいです。現代では世間で聞こえる音のほとんどは電気を通していますが、このころに世間で聞こえていた音は生音が主流でした。1877年にエジソンが蓄音機を実用化し、このピアノが作られた1894年にはSPレコードの大量生産ができるようになって、次第に「録音」というシロモノが世間に知られるようになった時代。こんな時代の楽器がどれほど豊かな音世界を伝えていたのか、この動画で使っている楽器は奇跡的にオリジナルほぼそのまま、まさに時代の生き証人です。
DIAPASON(ディアパソン)の1999年製 171BG グランドピアノ で、フェルディナント・ヒラー「諸相のピアノ小品集, op.66」第1集から、第2曲『ゆりかごの歌』を弾きました。例によってのピアピットによるクリーニング&再調整ですぜ(*´-`)
*楽譜はこちらから入手できます
https://store.piascore.com/scores/387279
DIAPASON(ディアパソン)はよく知られた国産ピアノで、天才技術者の誉れ高い大橋幡岩氏の高い志を実現すべく製造されたのが始まりです。この個体は1999年製ですので浜楽商事が株式会社ディアパソンに社名変更した後の製品であり、ディアパソン独自の製造ラインでなくカワイの製造ラインでディアパソンの設計に従い製造し、ディアパソン社では最終調整のみを行っていた時代の個体です。
*ピアノ工房ピアピット(千葉県印西市)
ピアノは本気で直せば古いピアノでも必ずよみがえります
http://www.piapit.com/repair.html
フェルディナント・ヒラー/Ferdinand Hiller(1811-1885)はフランクフルト生まれの音楽家で、その人当たりの良さから、ショパン、リスト、シューマン、メンデルスゾーン、アルカン、ベルリオーズなど、パリの社交界で数え切れないほどの友人を作っています。これら著名人との書簡は当時を知る上で大変に重要な資料となっています。
中島みゆきの『童話』を、いつもの1894年製アンティークピアノで弾きました(*´-`)
*この編曲譜はこちらから入手できます
https://store.piascore.com/scores/391712
『童話』は中島みゆきの44作め(!)のアルバム《世界が違って見える日》のど真ん中に収録されています。
2020年に中島みゆきのラストツアーとして10都市11会場24公演が予定されていた『中島みゆき 2020 ラスト・ツアー《結果オーライ》』は新型コロナウイルスの拡大の影響で8公演のみで終了、幻のツアーとなってしまいました。その後人類はこの厄介極まる感染症に翻弄され続けましたが、ようやく付き合いがわかってきて世の中が落ち着いてきたタイミングの2023年3月にリリースされたアルバムが、この《世界が違って見える日》であります。このアルバムのタイトル《世界が違って見える日》から、戦争や感染症に翻弄された2020年以来数年間の人類世界を類推するのは容易でしょう。それでいながら中島みゆきの尋常ならざる洞察力は、このアルバムを前向きなものとして作ってのけたのです。
例によってですが、この曲の『童話』というタイトルから我々が単純に思い描ける程度の歌詞ではまっっったくナイところ、やはりやはり安定の中島みゆきでございますな。しかも、いかにも童話っぽいオルゴールの出だしで油断させられていきなりのロックな調子にガツンとヤラれるという瀬尾一三のアレンジもやはりむっちゃ冴えてますね〜。
<美しい物語 読み聞かせていた
良い夢を見なさいと 寝かしつけていた
おはなしのお終いは どれも必ず
報われた幸せで 満ちあふれていた
目を醒まして見るのは 片付かない結末
どうして 善い人が まだ泣いているの
童話は童話 世界は世界
子供たちに何んと言えばいいのだろうか>
この歌詞はヒネって読み解くようなモンじゃなく、単純にそのまま受け取るのが力量をストレートに感じ取れそうな気がします。否、いかにこの歌詞をヒネって読み解こうとしても、ここまで現実を冷酷に残酷に見据えられては、頷くより他ないでしょうね。最初の4行をひっくり返す次の2行のコントラストの強烈なことと言ったら、もう眩暈すらしますよ。実は、この5行めの<片付かない結末>の箇所で歌詞の方向性がガラッと変わると同時になかなか不思議な和音の使い方がされていまして、ここをカラオケで歌うのは至難でしょうね〜w
<勇ましい物語 悪者は倒されて
囚われの人々は 救われて いだき合い
穏やかな物語 長い旅路の果て
たどり着くふるさとで 青い鳥が待っている
目を醒まして見るのは 不思議な 現の闇
泣き歩く人々が なぜまだ居るの
童話は童話 世界は世界
子供たちに何んと言えばいいのだろうか>
2番の歌詞もどストレートに現実をえぐってきますね〜。童話の中の「正義は勝つ」「戦いの果ての安寧」なんてぇのはゲンジツの人間社会のドロドロな不条理さの中では所詮は理想論にすぎず、ホント、空々しいったらありゃ〜しないですわよ。童話の中では悪は悪と決められていて正義は正義と決められていますがゲンジツにはさまざまな正義が入り乱れているワケで、両者ともに自分が信じる正義のために突き進んでいるんですよね。おりしも国会冒頭での衆議院解散で1月27日衆議院議員選挙公示、なかなかに エ ゲ つ な い 正 義 の 多 様 性 を目の当たりにして、否が応でも<童話は童話 世界は世界>だよなぁぁぁ、と感じさせられるワタクシ庶民でございますことよ😮💨
<童話は童話 世界は世界
子供たちに何んと言えばいいのだろうか>
結局、人間社会の中でそれぞれが生きていかねばならぬのですから、割り切るところは割り切って受け入れないとど〜しよ〜もないんですよね。現代はもはや幼いうちから社会の不条理も童話もわざわざ親から教わるまでもなく簡単に見聞きできる時代となりましたから、もはや童話を無批判に信じる子供なんて存在しないような気すらしますし、ひょっとしたら親世代よりも冷静にドライに社会の不条理を見据えているかも知れません。それはそれで親世代としては「親の心子知らず」で寂しいところですが、それでも温かい目線を若い世代に投げ掛けたいのが親世代でございますぞ。
アルバムのあとがきで中島みゆきはこう呼びかけました。これぞ親世代。
<ときには世界が180°絶望方向へ見えてしまうような
出来事もあるけれど。
それでも、きっと次の瞬間には、世界が180°希望方向へ
見えて来るような出来事が、あなたにも、ありますように>
この動画で使っているピアノは100年以上昔、1894年製のアンティークピアノ。このような楽器を使ってこのような曲を弾くのはまことに愉しいです。現代では世間で聞こえる音のほとんどは電気を通していますが、このころに世間で聞こえていた音は生音が主流でした。1877年にエジソンが蓄音機を実用化し、このピアノが作られた1894年にはSPレコードの大量生産ができるようになって、次第に「録音」というシロモノが世間に知られるようになった時代。こんな時代の楽器がどれほど豊かな音世界を伝えていたのか、この動画で使っている楽器は奇跡的にオリジナルほぼそのまま、まさに時代の生き証人です。
本日(1/25)は 来たる2月8日の クラヴィコード演奏会&試奏会 の稽古、江戸川区は船堀まで出張🍵
やはり故高橋辰郎氏の楽器は天下一品、まぁ手ごわさも天下一品だったりもしますがw、丁寧に取り組んでいるウチに少しづつ心を開いてもらえてきているかなぁという感触はあります。
な〜んと予定していた2台に加えてさらに2台のクラヴィコードが集結、寒い季節ですが4台のクラヴィコードが居並ぶアツいクラヴィコード祭りになりそうです✨✨✨
最近のコメント