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カテゴリー「音楽>メーカー>Bösendorfer」の18件の記事

2017年12月 2日 (土)

中島みゆき 作詞/作曲『時代』ピアノソロ:1894年ベーゼンドルファー社製ピアノ(ウィーン式アクション/85鍵)で

今日(12/2)は、ワタクシの51歳の誕生日ですよ〜(・ω・ゞ

去年の50歳の誕生日に『誕生』をアップしてからな〜んと月イチで1年間続けてしまった、1894年製ウィーン式アクションのベーゼンドルファーで弾く中島みゆきシリーズ、2年目の皮切りは名曲の誉れ高い『時代』ですぞ (`・ω・´)シャキーン

1975年10月の第10回ポピュラーソング・コンテストでグランプリ獲得、続いて11月に第6回世界歌謡祭でもグランプリ獲得。同年12月発売のセカンド・シングル所収(B面は『傷ついた翼』、そして翌1976年のファースト・アルバム『わたしの声が聞こえますか』所収。中島みゆきのデビュー曲は『アザミ嬢のララバイ』ですが、中島みゆきを世間に知らしめたのはこの『時代』と言ってよいでしょう。

この『時代』、名曲だけにさまざまなバージョンが入り乱れており、「どんな姿が本当の『時代』か」なんつ〜のは、もはや考えても仕方がない域かと。ここはやはり初期、シンプルで透き通った、だからこそなんとも言いようのない寂しさあふれるファースト・アルバム所収のバージョンを採りました。・・・ピアノソロで弾くためのハードルを好き好んで上げちまったのは言うまでもない(・x・ゞ

旅を続ける  人々は
 いつか故郷に 出逢う日を
 たとえ今夜は 倒れても
 きっと信じて ドアを出る

この2番の出だし、まさに厳しく切なく果てがない人生の現実。人生を<>とするのはごく普通の概念ですが、<故郷>は生まれたところで「帰る」場所なはずなのに、ひとたび人生という旅を始めてしまったら<いつか故郷に出逢う日を>と探し求め続けるのだ・・・というところまで展開させちまっています。すなはち、故郷>を「我々は何処から来て何処へ行くのか」の「何処」と重ね合わせており、単なる励ましの詩とは到底思えません。デビュー当時23歳の中島みゆきの心の中、一体全体どのような。

・・・そう言えば、『異国』という恐ろしい曲がこの5年後1980年のアルバム『生きていてもいいですか』に。しかもアルバムの最後という (((( ;゚Д゚)))ガクブル
百年してもあたしは死ねない
 あたしを埋める場所などないから
 百億粒の灰になってもあたし
 帰り仕度をしつづける

2017年11月14日 (火)

中島みゆき 作詞/作曲『休石』ピアノソロ:1894年ベーゼンドルファー社製ピアノ(ウィーン式アクション/85鍵)で

中島みゆきの『休石』を、いつものウィーン式アクション1894年製ベーゼンドルファーで弾きました。

2015年発売のアルバム「組曲(Suite)」所収のこの曲、いかにも晩秋・・・というような雰囲気の美しくどこか悲しげな曲想、郷愁とか追憶とかがとっても似合う曲ですね。ここで中島みゆきは例のごとく、このような歌詞に見せかけてw強い内容を詩に織り込んでいます(・o・ゞ

 <あなたは痛む足を引き上げ引き上げながら
  登って行った 見えなくなるまで登って行った

 <「もういいよ」 伝えれぱよかった言の葉が散っている
  私は両手に掻き集め 後悔坂を這い登る

 <待ってください 呼ぶ声は切れぎれに
  日の暮れがたに 石段は長い

「あなた」に伝える想いをつづるこの詩、音楽に乗せられて聞き流すのであればラクなのですが、文字で読んでみると慄然とさせられます。中島みゆきの詩の大きな方向性である「相手への届かぬ想い」は、この『休石』の中で何故届かぬのかと言うと・・・主人公にとって「あなた」がもはやこの世にいない存在となってしまったからではないでしょうか。まぁこのように決めてしまうのは中島みゆきの詩の読み方ではないとも思いますが。見えなくなるまで登って行ってしまった「あなた」に、伝えられなかった言葉を掻き集め、後悔の念を積み重ね(「坂」ですね)、決して届かぬ想いを「待ってください」と切れ切れに。

・・・ん〜と、でも、こう考えてみると「あなた」がこの世にいる存在かどうかなんて、関係ない気もしてくるんですけどね〜。実は、これこそが中島みゆきの世界観なのかも。あららら(・x・ゞ

さて、実は中島みゆきの曲には「語り」な部分が多くて、ピアノ弾きとしてはなかなかに難儀なんですわ。なにしろ、「語り」の表現はピアノ的には「16分音符の同音連打」となるワケで、この同音連打ちぅシロモノ、そもそもが鍵盤楽器にとってかなり難しいテクニック。

この『休石』で通常の指を替える同音連打をしてしまってはカツカツな超〜ピアニスティック打撃になってしまって、「あなた」に向けて届かぬ想いを切々と綴る曲調になろうハズもなく、基本的に一本指連打で弾いています。コレ、腕や手首が固まっているかどうかのチェックにもなりますので、どうぞお楽しみ、いや、お試しくださいましね〜(・ω・ゞ

2017年10月16日 (月)

中島みゆき 作詞/作曲『萩野原』ピアノソロ:1894年ベーゼンドルファー社製ピアノ(ウィーン式アクション/85鍵)で

昨日(10/15)アップしたブラームスのop.119-1と同じ1894年製ウィーン式アクションのベーゼンドルファーピアノで、中島みゆきの『萩野原』を弾きました。雰囲気の違いを是非にお楽しみいただければ(・ω・ゞ

1991年の夜会VOL.3「KAN(邯鄲)TAN」にて未発表曲として歌われ、翌年のアルバム「EAST ASIA」に収録されているこの曲。いかにも白日夢のような心象風景のような雰囲気の曲ですが、やはり中島みゆき、ノスタルジックな夢想ばかりではなく影の部分というか問いかけをきっちり詩に織り込んでいます(・o・ゞ

2番から3番にかけてのこの部分・・・
(ここで半音上げの転調をしているのもポイント高し!)

・2番結尾
 <目をさますと 暗い部屋で泣いています
  知らぬ人の腕の中で泣いています
  思い出せるあの人は いつも少年です


・3番初め
 <なつかしい野原は今もあるのでしょうか
  いつか私が帰ってゆく白い野原は
  その中に私は 住むことができるでしょうか
  何も起きない頃のように 笑うでしょうか


「現在=現実」と「過去=想い出=夢」を対比させる、ちぅ観点はまぁ珍しい観点ではないとは思いますが、このことさらに美しい音楽(そ〜言えば「宮城野の萩」は大変に美しい萩とのこと。仙台銘菓は「萩の月」)にこの観点が載せられてしまうと・・・寂しさというより諦念すらを感じてしまいますね〜。まぁ、そりゃ、大人が現在の現実に生きるとゆ〜コトは、大事な何かを忘れる、いやむしろ捨てるとゆ〜コトですからねぃ。

それでも主人公が少女時代の純真な心を捨てずに大切にしていることは、<あの人>を<少年>として<思い出せる>ことで象徴されています。しかしその純真な心は、大人として汚れた現実(=<目をさますと>以下に象徴)の中で生き続ける中で変質したのかも知れません。だからこその不安にみちた3番の歌詞。風にそよぐ萩の花のごとく、心が揺れるようになることが「心が成長する」ということではないでしょうか。そしてこの心の揺れを抑え込んで自分を欺いて「物わかりが良くなってしまう」のが、いわゆる「オトナになる」というコトですよねん(・x・ゞ

2017年10月15日 (日)

ブラームス『間奏曲 op.119-1』を、1894年製ウィーン式アクションのベーゼンドルファーで

ブラームス(1833-1897)は、最晩年の1892年にop.116〜119のピアノ小品集をまとめて書いていまして。そのラスト『4つの小品 op.119』より第1曲「間奏曲/Intermezzo」を、まさに同じ時期に作られた1894年製ウィーン式アクションのペーゼンドルファー(85鍵)で弾きました。

ブラームスは「分厚すぎ」とか「暑苦しい」とか評されることがかなり多いように感じますが、本当にそうだったのか、非常〜に疑問に思っているワタクシでして。ブラームスの音の使い方はまぁ確かに独特で、さらに普通のピアノ曲とは異なる跳躍技法に満ちていることも原因でしょう、現代のピアノでひたすらに頑張ってしまうと変わり果てた姿になりやすいような気がします。

ところが実は、ブラームスはピアノを弾くときにはショパン同様に「柔らかさ」を常に要求していた作曲家で、このことだけでもブラームスのピアノ演奏の方向は「ひたすらに頑張る」という方向でないことは明らか。これを、現代のピアノよりもはるかに「柔らかさ」を表現しやすいブラームスの時代のピアノで感じ取っていただけると嬉しいです!(・o・ゞ

2017年9月11日 (月)

中島みゆき 作詞/作曲『夏土産』ピアノソロ:1894年ベーゼンドルファー社製ピアノ(ウィーン式アクション/85鍵)で

今年の夏、残暑はわりかしサクッと通り過ぎてくれたようで、いつの間にか空気はすっかり秋ですね〜。
この季節にふさわしい題名wの曲、中島みゆきの『夏土産』をいつもの1894年製ベーゼンドルファーで弾きました(・o・ゞ

普通、世間一般的な『夏土産』は、夏休みのお出かけ先からのちょいと気の効いたおみやげのはずなのですが、中島みゆきがそんな単純な内容の詩を書くハズがございませぬ。・・・あ、そっか、それでも『あたいの夏休み』の中でのお土産は
 <安物だけど 自分用じゃないもんね
でしたっけ。

・・・ハナシがそれました(・_・ゞ

さて、この『夏土産』・・・だいたい1番の歌い出しがコレですから、穏やかではございませぬ。

 <今年は友だちと一緒に 海へ行く約束だから
  おまえも好きなところへ 友だちと行きなよって
  ついてる目つきぐらいわかるけど
  でもそれを言っても 時は止まらない

そして期待を裏切らないwのが2番の歌い出し。

 <仲間と騒いで来たんだと 嘘はまだ優しさなのね
  カメラを忘れていって なにも撮れなかったって
  とどいた私の友だちからの この写真の隅に
  偶然 写る二人

・・・これが『夏土産』かいっっっ! (ノ-_-)ノ~┻━┻

いかにも「バレ方」あるあるですが、考えてみれば、現代はSNSの(よけいなw)発達のおかげでこのような修羅場が昔なんぞ比べモノにならないほどそこら中で繰り広げられているかと思うと、ま〜ったく、人間の業、っちぅヤツは昔も今も変わらないんでしょうね〜(・x・ゞ

2017年8月 7日 (月)

中島みゆき 作詞/作曲『拾われた猫のように』ピアノソロ:1894年ベーゼンドルファー社製ピアノ(ウィーン式アクション/85鍵)で

中島みゆきには舞台で発表されたのみでアルバム化されていない曲が意外と存在し、その中に凄い曲があるとのこと。この『拾われた猫のように』は1995年の『夜会VOL.7 2/2』が初出、この曲そして歌詞の暗さ重さは尋常でなく、初めて聴いたときにはさすがにワタクシも身構えました。ですが、なにやら妙〜に共感できるところもあり、むろん楽譜は出ていないのでイキオイで耳コピまで・・・洗脳されてるよなぁぁぁ(・x・ゞ

・・・実はこの曲、ショパンがここぞという場所で使うめっちゃ印象的な和音を、これまた心を深〜くえぐってくるように使っているんですよ〜。

普通に考えれば、拾われた猫なら安心できるはずなのに・・・

 いつまで私をそばに置いてくれますか
  いつまた雨の中に 置き去りにするのですか

という「安心をいつ失うかと心配で、かえって不安が増大する」という、相当にヤバい感覚が示されていまして。コレ、中島みゆきの詩の重た〜い方向に一貫するテーマの一つですねん。

この曲はこの不安ばかりを執拗に表現を変えてぼそぼそと語っており、なるほど、啼き続ける猫・・・か。 あまりにもあんまりな歌詞で全て引用したくなるwのですが、まぁこのくらいで(・o・ゞ

 いつまた1人になるか知れないと
  ひねくれてた 愛したいくせに
  自分の声を子守歌にずっと生きてたから

・・・げに恐ろしかるは孤独。でも、み〜んな孤独な一面は持ってますよね〜。

2017年6月 6日 (火)

中島みゆき 作詞/作曲『水』ピアノソロ:1894年ベーゼンドルファー社製ピアノ(ウィーン式アクション/85鍵)で

気象庁は6日午前11時、「九州北部と山口県、それに九州南部が梅雨入りしたと見られる」と発表しました。もうそんな季節かぁぁぁ・・・とゆワケで、ほぼ月イチの120歳ウィーン式アクションのベーゼンドルファーを使った中島みゆき、今月は『水』です。

いかに中島みゆきと言えど、作品のすべてが人気曲であるハズもなく、この『水』は所収のアルバム《ララバイSINGER》の中でもはじっこで地味な曲wとのこと。・・・ですがこの曲、響きがかなり美しく、試しにピアノソロでじっくり弾いてみたら、なにやらピアノ曲として成り立ってしまったような気配 (`・ω・´)シャキーン

この曲の歌詞は実に読みづらくて難儀するのですが・・・
最初の最初に
 <水を探していた  ずっと探していた
 <水の形を探してみて  水に形のないことを知る

という「探しているものが本当に探しているものなのかがわからぬ不安」が示されていまして。コレ、中島みゆきの詩の重た〜い方向に一貫するテーマの一つですねん(・o・ゞ

2017年5月31日 (水)

ハイドンの命日によせて『ソナタ ハ短調 Hob.XVI/20』より第1楽章を、1978年製ベーゼンドルファー170cmで

今日(5/31)は、ハイドン(1732-1809)の命日ですよ〜。

ハイドンはピアノ弾きにとって単なる行きずりの作曲家wになってしまうことが少なくなく、あの「ソナチネアルバム」や「ソナタアルバム」で限られた数曲に触れるだけ、というおつき合いが少なからず。まぁそれも人生ですが・・・古い人間としてはお節介をしたくなるモンでございま〜す(・o・ゞ

実にロマンティックな傑作『ソナタ ハ短調 Hob.XVI/20』の第1楽章を、これまたはんなりと魅力的な音色の1978年製のベーゼンドルファー170cmモデルで弾いた動画です。この楽章のラスト、左手に前触れもなくオクターヴの連打が出現しますが、この処理次第で演奏の生死が分かれるほどに大切な部分ですよ〜 (`・ω・´)シャキーン

この1978年製170cmモデルはヤマハに買収される前のベーゼンドルファーの日本総代理店:日本ベーゼンドルファーに在籍していた福田夫妻が切り盛りする、掛川市の「Gala工房」の楽器で、ベーゼンドルファー独特の風情がとっても心地良いピアノでした。・・・4年前でチト恥ずかしいのですがσ(^_^;;;

Gala工房:http://gala-kobou.jp/
Gala工房経営者インタビュー:http://www.business-plus.net/interview/1207/364711.shtml

2017年5月 1日 (月)

中島みゆき 作詞・作曲『風の笛』ピアノソロ:1894年ベーゼンドルファー社製ピアノ(ウィーン式アクション/85鍵)使用

5月になりました。今年の1/3が過ぎ去って・・・きゃ〜(^^;;;;;
ほぼ月イチの中島みゆきonアンティークベーゼンドルファー、今回は《常夜灯》に収録されている『風の笛』です。

風がさわやかなこの季節は絶好の行楽シーズン。タイトルの『風の笛』はいかにもそんなイメージなのですが、当然ながら、中島みゆきの詩がそんなに単純であるハズがございませぬ(・x・ゞ

 <言葉に出せば通じることもある
  言葉に出せばこじれることもある
人と人とのコミュニケーションの簡単さ難しさ/単純さ複雑さを易しく/優しく語ると、まぁ意外とこんなもんですよね。「言葉」とは人類にのみ許されたのかも知れないとてもとても大切なお道具ですが、これほどまでに使い方がバラバラなお道具も他にないのでは・・・と思うときすらあります。方向は違えど、音楽もなかなかバラバラだとも思います。

 <言葉に出せない思いの代りに ささやかに吹け風の笛
想いが強過ぎると言葉にならない・・・という経験は誰しもあると思いますが、この詩はそれをうたっているわけではありませんね。
どうしても言葉が伝わらずに説明すればするほどいわゆる「真意」から離れてしまうことが度重なると、それよりは沈黙を選ぶ・・・というかなり厳しい状況が世の中には少なからず。さらには、自分の思いを言葉にするのがそもそも苦手なひとも少なからずなはず。言葉でなく風にのって伝わったらいいのにね・・・

2017年3月27日 (月)

中島みゆき 作詞/作曲『桜らららら』&『ただ・愛のためにだけ』ピアノソロ:1894年ベーゼンドルファー社製ピアノ(ウィーン式アクション/85鍵)で

ウチの秘蔵っ子120年選手、ウィーンアクション85鍵の1894年製ベーゼンドルファーを使ったピアノソロで、中島みゆきの『桜らららら』と『ただ・愛のためにだけ』をどうぞ〜。

桜の季節は卒業/入学の季節とカブります。中島みゆきで卒業の季節と言えばなんと言っても『春なのに』ですが、同じように心に秘めた想いをそっと切なく語る詩が『桜らららら』でございます。そして切れ目なく続くのが『ただ・愛のためにだけ』。収録アルバムのララバイSINGER通り、この2曲を続けて録りました(・o・ゞ

この2曲のようにアコースティックギターの徹頭徹尾シンコペーションな伴奏っつ〜のをピアノで弾くのはなかなか困難で、ど〜してもイモくさくwなってしまうんですね〜。いや、まぁ、シンコペーションを「正確に刻む」こと自体は訓練でどうにかなりそうなモンですが、リズム感というシロモノは「時を正確に刻む」だけで自然発生してくれるような生やさしいモノではございませぬ。しかもこの2曲、シンコペ伴奏でありながら決して跳ねないはしゃがない、という恐ろしさを持っていることにオリジナルを聴きこんでみて初めて気づいたワタクシ。イヤ苦労しましたです ヽ( ̄▽ ̄)ノ

『ただ・愛のためにだけ』の一節、
 <これが始まりでも、これでおしまいでも
  ただ愛のためにだけ、生きてると言おう
なにやら「愛」という存在を大きく重く感じさせられてしまいますね〜(イヤ実際その通りですけどw)。ギター伴奏な軽いフォークソング的なノリに見せておきながら、決して跳ねないはしゃがない音楽にしているのも、むべなるかな。そ〜言えば『岬めぐり』なんつ〜フォークソングもあったなぁ・・・とか思い出したり。

余談ながら<ただ愛のためにだけ、生きてると言おう>の箇所のコード進行は、『麦の唄』の<麦は泣き 麦は咲き 明日(あした)へと育ってゆく>の箇所と同じですよ〜(・x・ゞ

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