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カテゴリー「音楽>メーカー>Bösendorfer」の32件の記事

2018年10月 7日 (日)

中島みゆき 作詞/作曲『愛から遠く離れて』ピアノソロ:1894年ベーゼンドルファー社製ピアノ(ウィーン式アクション/85鍵)で

中島みゆきの『愛から遠く離れて』を、いつもの1894年製アンティークベーゼンドルファーで弾きました。

この『愛から遠く離れて』は1998年の『夜会 VOL.10 海嘯』のために書き下ろされたオリジナル曲。夜会の舞台では中島みゆき扮する主人公が飛行機内で喀血して担ぎ込まれたハワイの結核療養所の場面の冒頭で唄われており、翌1999年のアルバム《月—WINGS》に最後の曲として収録されています。

海嘯(かいしょう)とは満潮時に海水が河を響きをともなってさかのぼる現象で、嘯く(うそぶく)という漢字は「吠える」「うなる」という意味を持っていることを考え併せると、およそ人間の力の及ばぬダイナミックかつ恐ろしい自然現象が想像できます。昔は津波のことも海嘯と言っていたそうですが、むべなるかな。なお、かの宮崎駿氏もコミック版『風の谷のナウシカ(1982〜)の中で王蟲の暴走のことを「大海嘯」と表しており、これまたなるほどな使い方ですね〜(・o・ゞ

『夜会 VOL.10 海嘯』は表面だけを見れば復讐を果たす寸前で果たせず自らの命をも失う、という普通の悲劇wなのですが、曲目には『夢を叶えて』『夢の代わりに』『叶わぬ夢』という3曲。最初に唄われるのが『夢を叶えて』ですが、この詩、のっけから飛ばしてますぞ。

 夢を叶えるまでに失くすものはいくつ
  夢を叶えるまでに奪うものはいくつ
  幸せな隣人のやり方を見習おう
  明日にはその席に誰が上手く座るだろう
  世界は椅子獲りゲームさ
  夢を叶えていつか違う明日へ行こう
  夢を叶えていつか違う席に着こう
『夢を叶えて』1998年)

「夢」の真実は他人を押しのけてその席に座ることで、自他ともに多大な犠牲を伴うもの・・・という恐るべき観点にはそう簡単にはたどり着けないでしょう。ですが『夜会 VOL.10 海嘯』の主人公の夢は復讐ですから、この観点が明白となります。復讐とは、本人以外にとっては「叶えて欲しくない夢」であり、本人にとっては「どのような犠牲を払ってでも叶えねばならぬ夢」。その過程で起こる大きな犠牲や軋轢を比喩として俯瞰的に捉えたのが、山が動く・・・ではなく海が動く『海嘯』というタイトルなのでしょうか。言わずもがなですが、海全体が動いて襲いかかってくる恐ろしさは、2011年3月11日の東日本大震災での大津波の映像を目の当たりにしてしまった我々には忘れようにも忘れられないところですね。

中島みゆきのライフワークたる「夜会」ですから、ただならぬ重層的なメッセージ性を備えているのは当然のこと。それなのにこの『愛から遠く離れて』の音楽、復讐があと少しで成就できると確信したときに機内で喀血して意識が戻った設定の第二幕の口開けにしては、妙な穏やかさというか諦念というか、緊迫感とは無縁の世界をかもし出しているように感じられます。死の淵をかいま見た主人公は、復讐の成就ばかりに多大な犠牲を払ってきた己の人生にフト疑問を感じたのでしょうか・・・

 愛から遥か遠く離れて生きる時は
  時計を海に捨てに行こう 永遠のリフレインに


このフレーズが5回登場します。題名にもなっている<愛から遠く離れて>に至っては7回。<>と<永遠>を関連づけて執拗に繰り返すことは凡百の作品でとっくにヤリ尽されているでしょうが、時計>といういわば永遠の時を区切る存在を織り込んでくるところがキラリと光ります。永遠の時を区切る存在を永遠の象徴たる海に捨てるのですから、主人公は過去の自分との決別だけでなく、自分自身を永遠の海に投げ出しているのです。<永遠のリフレイン>とは変化の無いこと、すはなち愛/夢の実現のために犠牲を払わなくなること、それは彼岸の地でしょう。

 一番好きな服を着て
  一番好きな私でいよう
  いつか或る日思いがけず船が出るかもしれないから


『夜会VOL.10 海嘯』のために書き下ろされた曲でなければ、この一節は<愛から遠く離れて>しまっても愛/夢の成就のために<一番好きな私でいよう>・・・というポジティブな解釈になるのが当然でしょうが、ここでの解釈は死出の旅への船出でしょう。しかも主人公はこの船出を一種の期待を持って静かに待っているのかも知れません。

 一番好きな人がいた
  一番好きな私がいた
  いつか全ての思い出が遥かな海へと変わるから


自分の過去の全てが永遠の<海へと変わる>・・・やはり彼岸の地の象徴であります。『夜会 VOL.10 海嘯』で主人公は復讐を果たせず津波に呑まれて命を落としますが、なんとそのタイミングで主人公が結核療養所で出会った身重の女性が出産します。この身重の女性と主人公の母とは名前が一緒であり主人公もまた結核療養所に産み落とされたことを勘案するに、ここで主人公の「転生/リセット」が行われたという解釈ができようかと思います。主人公は復讐をしなければならぬ生い立ちから死をもって解放されて、これから真の己の人生を歩めるのではないでしょうか。やはり中島みゆきが頻繁に投げかける「自らの生を自ら生き抜け!」というメッセージにつながったようです (`・ω・´)シャキーン

中島みゆきは『肩に降る雨』で、魂の死と再生を何度でも繰り返せ! と唄いました。中島みゆきの楽曲からはどのような形を取ろうとも生き続けろ! というメッセージを強く感じさせられることが少なくありませんが、『夜会 VOL.10 海嘯』ではさらに二歩も三歩も進めて「転生」という肉体の死と再生までに行き着いてしまった感があります。毎年開催していた「夜会」はこの第10回で一区切り、あとはおよそ2年ごとの開催になりましたが、この区切りの回ではここまでイッちまったのですね (((( ;゚Д゚)))

 肩に降る雨の冷たさは生きろと叫ぶ誰かの声
  肩に降る雨の冷たさは生きたいと迷う自分の声
『肩に降る雨』1985年)

・・・と思いきや、デビュー直後の『時代』にはこんな一節が!

 まわるまわるよ 時代はまわる
  別れと出会いをくり返し
  今日は倒れた旅人たちも 生まれ変って歩きだすよ
『時代』1975年)

2018年9月 7日 (金)

中島みゆき 作詞/作曲『36時間』ピアノソロ:1894年ベーゼンドルファー社製ピアノ(ウィーン式アクション/85鍵)で

中島みゆきの『36時間』を、いつもの1894年製アンティークベーゼンドルファーで弾きました。

この『36時間』は2015年のアルバム《組曲(Suite)》のトップを飾る曲ですが、キャッチーな曲調とは無縁なまことに穏やかな曲。ですが、出だしの<1日は36時間と決めたんです>という歌詞が実にキャッチーですわ。

 <出来ることが まだ間にあう し残したことが まだ間にあう

ここまでは「生き急ぐな」という万人に通ずるごく普通の指摘、ナニもいまさら中島みゆきが詠むまでもない、とっくに言い古されている歌詞に過ぎない・・・のですが・・・

 <ゆっくりゆっくり 悲しみは癒えるだろう
  大切に大切に 愛する人と歩くだろう
  おそるおそる 人は変わってゆけるだろう


このように「大切な人との時間そして関係をじっくり紡ぐこと」に意識を向けさせられるのが、やはり中島みゆきの歌詞でありま〜す。時を経ても変わらぬ関係は存在し得ないとは言え、それぞれがたとえゆっくりとでも、否、むしろ時間を充分にかけて修正し続けることこそが人生を生き続けることに他ならないのでしょう。ここで思い出させられるのが『慕情』の出だし。『慕情』《組曲(Suite)》の次のアルバム《相聞》のラストに入っていることと無関係ではなさそうな(・o・ゞ

 <愛より急ぐものが どこにあったのだろう
  愛を後回しにして何を急いだのだろう
『慕情』2017年)

確かに人生にはやらなきゃならんことがあふれていますが、自分の生についてしっかりと考えている人にとって、本当に心を注ぐべきは<愛>なんですよね。日々の些事にかまけてしまうことは本当に心を注ぐべき対象を見失うことに他ならず、それを見失ってしまったら心を失って自分が自分でなくなってしまいます。これこそが「生き急ぐこと」の恐ろしさなのではないでしょうか。

 <追いつめられた心たちよ 36時間に来ませんか

とは言え、現代社会を生きていれば生き急がぬ余裕なんぞ誰もが持てるハズもなく、心が追いつめられてしまっている方も少なからずでしょう。中島みゆきの慈愛に満ちたまなざし、まことに心に染みます。世の中の人すべての心に、少しでも余裕が生み出されますように。

 <1日の中に1年を詰め込む
  急ぎすぎる日々が欲望を蝕む
  隙も見せられない警戒の夜が
  いつか涙さえも孤立させてゆく
『泣いてもいいんだよ』2014年/唄:ももいろクローバーZ)

それにしても、慈愛に満ちたまなざしを見せるかと思えば『36時間』発表の前年にこんな歌詞を現代の忙しさそして生き急ぎの象徴たるアイドルグループに歌わせる中島みゆきって、辛辣なのか挑戦なのか揶揄なのか、いやはや、もう笑っちまいますね〜ヽ( ̄▽ ̄)ノ

2018年8月 7日 (火)

中島みゆき 作詞/作曲『I love him』ピアノソロ:1894年ベーゼンドルファー社製ピアノ(ウィーン式アクション/85鍵)で

中島みゆきの『I love him』をアンティークピアノで弾きました。この『I love him』は1991年にシアターコクーンにて20公演行われた『夜会VOL.3 KAN(邯鄲)TAN』のラストを飾った、13分に及ぶ大曲です。『I love him』は1995年のアルバム《10 WINGS》にも収録されていますが、全く異なるアレンジになっています。「夜会」ファンにはこの『夜会VOL.3 KAN(邯鄲)TAN』のアレンジも根強い人気だそうで、ワタクシもこっちが好みでありま〜す(・o・ゞ

「夜会」とは、コンサートでもなく、演劇でもなく、ミュージカルでもない「言葉の実験劇場」をコンセプトとして1989年に開始した舞台で、言葉の使い手である中島みゆきにとってライフワークとも言えましょう。中島みゆきはこの『夜会VOL.3 KAN(邯鄲)TAN』で中国の故事「邯鄲の夢」をテーマに、ある女性が夢の中で見た少女から老婆になるまでに至る一生を演じました。そのラストの曲が『I love him』であり、まさに邯鄲の<長い夢のあと>の<本当の願い>を高らかに唄い上げています。

 <それならば私は何も失わずに生きてゆけた
  でも何か忘れたことがある
  でも誰も愛したことがない
  それで生きたことになるの?
  それで生きたことになるの?
  長い夢のあと 本当の願いが胸の中 目を醒ます


「邯鄲の夢」は国語辞典などの記述に見るように「栄枯盛衰のはかないことのたとえ」とされるのが一般的なようですが、実はワタクシ昔っからそれには疑問をいだいておりまして。そして中島みゆきもまた、この『夜会VOL.3 KAN(邯鄲)TAN』で真意はそんな意味にとどまらないと伝えているように思えます。「己の人生にとっての<本当の願い>の前では、人生の栄華なんてはかなく表面的なもの。大切なのは己の生き方こそではないか?」というのが「邯鄲の夢」の問いかけでしょ・・・というメッセージを感じるんですね〜 (`・ω・´)シャキーン
・・・まぁ辞書などでは説明するのがヤヤこしいから「栄枯盛衰のはかないことのたとえ」という表現にせざるを得ないのかなぁ、とも思いますけど(・x・ゞ

「邯鄲の夢」の話として知られるのは、沈既濟(c.750 - c.800)によって中国唐代に書かれた『枕中記』という伝奇小説です。原文はこちらから:https://zh.wikisource.org/wiki/枕中記

神仙の術を心得た呂翁(りょおう)という道士が邯鄲への街道を行く途中、畑仕事に行くところだった地元の若者盧生(ろせい)と出会うところから『枕中記』は始まります。ここで盧生は呂翁にまだ田畑で働いている不遇の身をかこち、およそ男子に生まれたからには立身出世そして栄耀栄華が夢であるのにつらい・・・とこぼします。呂翁が、見たところ病気もしていないし問題なんてなさそうなのにつらいとは? と問うと・・・

生曰:“吾此苟生耳,何適之謂。” 翁曰:“此不謂適,而何謂適。”

生(=盧生)曰く、「吾は此れ苟(いやし)くも生くるのみ。何の適とか之れ謂わん」と。翁(=呂翁)曰く、「此れを適と謂わずして、何をか適と謂わんや」と。

ここで、呂翁は盧生の願う人生が<>であるかどうかを夢の中で体験させます。それは栄枯盛衰浮き沈みが激しく、結局は栄耀栄華を極めて齢80を超えて大往生・・・という人生でした。夢の前の導入部分、この小説が<>とは何かという話だよ、と示しているのではないでしょうか。そして夢のあとの終結部、まことに簡潔にスパッと終わらせていて小気味よいです。

盧生欠伸而悟,見其身方偃於邸舍,呂翁坐其傍,主人蒸黍未熟,觸類如故。生蹶然而興,曰:“豈其夢寐也。” 翁謂生曰:“人生之適,亦如是矣。” 生憮然良久,謝曰:“夫寵辱之道,窮達之運,得喪之理,死生之情,盡知之矣。 此先生所以窒吾欲也。敢不受教。” 稽首再拜而去。

盧生は欠伸して悟(さ)め、其の身の方(まさ)に邸舎に偃(ふ)し、呂翁は其の傍らに坐し、主人は黍を蒸して未だ熟せず、類に觸(触)るるに故(もと)の如きを見る。生(=盧生)は蹶然(けつぜん)として興(お)きて曰く、「豈(あ)に其れ夢寐(むび)なるか」と。翁(=呂翁)は生(=盧生)に謂いて曰く、「人生の適も亦た是くの如し」と。生(=盧生)は憮然たること良(やや)久しくして、謝して曰く、「夫れ寵辱の道、窮達の運、得喪の理、死生の情は、尽く之を知れり。此れ先生の吾が欲を窒(ふさ)ぐ所以なり。敢て教えを受けざらんや」と。稽首(けいしゅ)再拝して去りぬ。

呂翁が盧生に<人生の適も亦た是くの如し>と語るところ、人間の欲とは限りのないもので、その欲望をかなえていくことが本当に貴方にとっての<人生の適>であるのか、という問いかけでしょう。<生(=盧生)は憮然たること良(やや)久しくして>・・・この「憮然」は現代日本人が考える意味ではなく「茫然とする」ぐらいの意味、茫然としばらく考えて盧生はハタと悟るところがあったのでしょう。<此れ先生の吾が欲を窒(ふさ)ぐ所以なり>。人生において欲望を抱くのは避けられないことですが、それを制御できなければ結局は不幸なことになってしまうのはご存知の通り。すなはち、欲望を抑制することなしには<人生の適>にはたどり着き得ないのでした。『枕中記』は「<人生の適>とは何ぞや?」と問いかけて、この主題を伝えようとしているのだと思うんですね〜。

・・・さて『I love him』の歌詞にまいりましょう。

 <夢見続けた願いはいつも 愛されること愛してもらうこと
  それが人生の幸せだって いつも信じてた
  信じて待った 待って夢見た


人生の適」=<夢見続けた願い>をどこに求めるか・・・はそれぞれの価値観と直結するのでいちがいには決められませんが、このように自ら動かず欲して待つだけの人生に対して、中島みゆきは<それで生きたことになるの?>と突っ込みます。なかなかの破壊力ではないでしょうか。

 <与えられる愛を待つだけならば
  もらいそこねても悪くてもゼロ マイナスはない


まことに明〜快な損得勘定wで、さすがは中島みゆきの詩。傷つく怖れから自ら動くことを止めることもそれはそれで人生ではありましょうが、しかしやはりこのあとに<それで生きたことになるの?>と突きつけられます(^^;;;;;

 <I love him I love him I love him I love him
  I love him I love him 返される愛は無くても


返される愛は無くても>という表現が、いかにも中島みゆきらしくエラく切ないですね。損得勘定なんぞ抜きに自ら考え判断し行動してこその己の人生。中島みゆきは『枕中記』が投げかける「人生の適とは何ぞや?」という問いかけを踏まえたうえで、たとえ傷つこうとも自らの心の叫びに気づき自らの生を自ら生き抜け!・・・というメッセージを伝えているのではないでしょうか。実はこのメッセージ、中島みゆきの大きなテーマの一つなんですぞ。

 <ファイト!   闘う君の唄を
  闘わない奴等が笑うだろう
  ファイト!   冷たい水の中を
  ふるえながらのぼってゆけ
『ファイト!』1983年)

 <くり返す哀しみを照らす 灯をかざせ
  君にも僕にも すべての人にも
  命に付く名前を「心」と呼ぶ
  名もなき君にも 名もなき僕にも
『命の別名』1998年)

 <その船を漕いでゆけ おまえの手で漕いでゆけ
  おまえが消えて喜ぶ者に おまえのオールをまかせるな
『宙船(そらふね)』2006年)

 <がんばってから死にたいな  がんばってから死にたいな
  這いあがれ這いあがれと  自分を呼びながら 呼びながら
『重き荷を負いて』2006年)

2018年8月 1日 (水)

メリカント『夏の夜の牧歌 op.16−2』を、ウィーン式アクションの1894年ベーゼンドルファーで

いやはや、あち〜〜〜っすね〜〜〜ε-(´∀`; )
北半球全体が暑いようなので涼しくなるかは保証の限りではございませんがw、北欧の作曲家、メリカント(1868-1924)の「夏の夜の牧歌 op.16-2」を、メリカントが生きていた時代1894年ベーゼンドルファー製のピアノで弾きました(・o・ゞ

メリカントはフィンランドの作曲家、かのシベリウスの3歳年下です。数多くの作品を作曲しましたが大作曲家のくくりには入らず、現代ではほとんどが忘れ去られてしまっています。「夏の夜の牧歌」は舘野泉氏が出版した曲集そして平行して発売された録音に入れられている曲です。

ごくごく平凡な曲ですが、このような曲を弾くときこそクラシック音楽をクラシック足らしめる「音楽的常識」とも言うべき数々の決まりごとを厳しく守りつつそれを過不足なく曲に織り込まなければ、単調なツマラナイ演奏となってしまいます。生きものである人間の感覚の根源をえぐるがごとき面倒さをはらみつつ、平凡な曲であることが前面に出なければならぬ・・・というのは、コレ、実力マルハダカでエラいこっちゃ(・x・ゞ

2018年7月14日 (土)

中島みゆき 作詞/作曲『ララバイSINGER』ピアノソロ:1894年ベーゼンドルファー社製ピアノ(ウィーン式アクション/85鍵)で

中島みゆきの『ララバイSINGER』を、いつもの1894年製アンティークベーゼンドルファーで弾きました。

この『ララバイSINGER』は2006年のアルバム《ララバイSINGER》のラストを飾る曲ですが、そもそも「ララバイ」とは子守唄のこと。子守唄をアルバム名そしてラストの曲にしてしまうというセンス。まぁ中島みゆきがタイトルとして選んでいるほどですから、この「ララバイ」は普通の意味での癒やしの「子守唄」であろうはずがございませんね。『ララバイSINGER』とは直訳wすれば「子守唄歌い」で、ヒネりは「子守唄」の解釈にありと見ます ヽ( ̄▽ ̄)ノ

 <歌ってもらえるあてがなければ  人は自ら歌びとになる
  どんなにひどい雨の中でも  自分の声は聞こえるからね


自分の歌は自分で歌うものですが、これは前向きの意思を示すだけでなく、歌うのは自分しかいない・・・という孤独をも同時に示すのですね。中島みゆきの楽曲からは、どのような形を取ろうとも生き続けろ! というメッセージを強く感じさせられることが少なくありません。それを一歩進めて(魂の)死と再生を何度でも繰り返せ! という形を取ったのが『肩に降る雨』でしょう。

 <肩に降る雨の冷たさは生きろと叫ぶ誰かの声
  肩に降る雨の冷たさは生きたいと迷う自分の声
『肩に降る雨』1985年)



・・・そう言えば、『拾われた猫のように』という救いようがなく孤独な曲にも、こんな一節がございます。

 <自分の声を子守歌にずっと生きてたから『拾われた猫のように』1995年)



どれほど孤独であっても、<自分の声>が聞こえないことは原理的にあり得ないこと。しかし表面的にはそうであっても自分とは当事者に他ならず、<自分の声>をバイアス少なく正確に聞くのは生半可でなく難しいです。中島みゆきは1995年、阪神大震災と地下鉄サリン事件が起きて間もなくの時期に大阪のコンサートで歌った『ファイト!』の導入でこう語りかけました。

 <夢は叶ったほうがいいです
  でも叶わない夢もあります
  どうしようもない 形を変えでもしない限り
  どうにもならない夢というものもあります

  だから
  どんなに姿かたちを変えながらでも
  どんなに傷つきながらでも
  いつかきっと あなたの夢が
  叶いますように


どんなに姿かたちを変えながらでも どんなに傷つきながらでも>見続けられる夢・・・もはや「業」と言うべきか・・・こそが真の<自分の声であり、そしてそれこそが「我々は何処から来て何処へ行くのか」を読み解く鍵でありましょう。一過性の夢ではなく生涯を通して見続けられる夢とはなんだ? というのが中島みゆきから我々へのメッセージに違いありません。

 <その船を漕いでゆけ おまえの手で漕いでゆけ
  おまえが消えて喜ぶ者に おまえのオールをまかせるな
『宙船(そらふね)』2006年)

この『宙船(そらふね)』も同じアルバム《ララバイSINGER》に収録されており、ここにもやはり変わらぬ強い意思を感じます。

 <ララバイ ララバイ 眠れ心  ララバイ ララバイ すぐ明日になる

睡眠と覚醒は、死と再生の一種とみなせるでしょう。死とは一種のやすらぎ、そして生きている我々にとっては睡眠こそがつかの間のやすらぎ。睡眠は手伝えても覚醒は手伝えない存在が子守唄歌いである中島みゆきであって、覚醒するのは個々人それぞれの生きる意思=生涯を通して追い続ける夢があってこそ。

・・・そして同時に睡眠とは「夢を見る時間」であって、これすなはち「自己の内面と独り静かに向き合う時間」の象徴にも感じられてきました。その時間に我々を導いてくれるのが、他ならぬ「子守唄歌い」である中島みゆきなのかもしれませんね。

2018年6月12日 (火)

中島みゆき 作詞/作曲『肩に降る雨』ピアノソロ:1894年ベーゼンドルファー社製ピアノ(ウィーン式アクション/85鍵)で

中島みゆきの『肩に降る雨』をアンティークピアノで弾きました。

この『肩に降る雨』は1985年のアルバム《miss M.》のラストを飾る・・・というにはあまりにも落ち着いており、それでいながら歌詞のどん底ぐあいがけっこう激しい曲。しかもそれを悲しいとか苦しいとか恨むとかの言葉を一切使わずに表現しており、繰り返される<肩に降る雨の冷たさ>がさらに拍車をかけているような。中島みゆきの筆力、恐るべし。

 <肩に降る雨の冷たさにまだ生きてた自分を見つけた

ならまだカワイイもんで、その先ではこうですからどん底もどん底、冗談じゃないっす (´・_・`)

 <あの人がくれた冷たさは薬の白さよりなお寒い

この「白い薬」は覚せい剤でもまして風邪薬でもござらずw、睡眠薬ですね。そういえば、中島みゆきにはこのようなとんでもない歌詞がありましたっけ。しかもコレ、曲の出だしですぜ (((( ;゚Д゚)))ガクブル

 <自殺する若い女が この月だけ急に増える
  それぞれに男たち 急に正気に返るシーズン
  大都会の薬屋では 睡眠薬が売り切れる
  なけなしのテレビでは 家族たちが笑っている
『十二月』1988年)

こりゃいくらなんでもクリスマスシーズンである12月を題名とした曲の出だしとして、あまりにもあんまり。ですが、凄惨さを織り込むところこそが中島みゆきの歌詞で、この不思議な魔力は一体全体なんとしたことでしょう。

 <遠くまたたく光は遙かに私を忘れて流れてゆく流れてゆく

一度でも「絶望」を体験すれば、漢字二文字ごときで表現できるようなナマヤサシイ状況ではないのは自明の理。主人公は一筋の光明さえも見出だせなくなってしまい、魂が肉体を離れてしまったかのような感覚に陥ってしまったようです。このあとの間奏(1:40)〜が茫然自失な雰囲気を実に巧みに描き出しており、ワタクシ、この曲の隠れた名場面と思っています。

 <幾日歩いた線路沿いは行方を捨てた闇の道
  なのに夜深く夢の底で耳に入る雨を厭うのは何故


光明がない<行方を捨てた闇の道>ですが、主人公が<耳に入る雨を厭う>という行動を取ったのは・・・無意識のうちに何かメッセージを聞きたかったのでしょうか。そして、とぼとぼ力なく歩むテンポ感を前向きに変え、キーも半音上げて(3:23)〜力強く唄い出すのがこの一節。

 <肩に降る雨の冷たさは生きろと叫ぶ誰かの声
  肩に降る雨の冷たさは生きたいと迷う自分の声


誰かの声>がメッセージとして<生きろ>と聴こえ、それをきっかけとして<生きたいと迷う>自分の内なる声に気づいた主人公。ひょっとしたら気づかぬ(=死ぬ)方が楽だったのかも知れませんが、やはり「生き抜く」ことこそが人間。(魂の)死と再生を何度でも繰り返せ! という中島みゆきからのメッセージなのか。

 <肩に降る雨の冷たさも気づかぬまま歩き続けてた
  肩に降る雨の冷たさにまだ生きてた自分を見つけた


ふむ・・・『肩に降る雨』のもう一つの姿は、万物を芽吹かせ再生させる慈雨なのかも。しかし冷たい雨なので人生が甘くないことは変わらず、慈雨であってもぬるま湯につからせてはくれませんね〜 ヽ( ̄▽ ̄)ノ

2018年5月31日 (木)

メリカント『ワルツ・レント op.33』を、ウィーン式アクションの1894年ベーゼンドルファーで

北欧の佳曲、メリカント(1868-1924)の『ワルツ・レント op.33』を、メリカントが生きていた1894年ベーゼンドルファー製のピアノで弾きました(・o・ゞ

メリカントはフィンランドの作曲家、かのシベリウスの3歳年下です。数多くの作品を作曲しましたが大作曲家のくくりには入らないという、まぁ普通の作曲家。残念ながら現代では作品のほとんどが忘れ去られてしまっています。『ワルツ・レント』はその中での白眉とも言うべき作品で、ピアノ弾きにはこの一曲だけでメリカントの名は知られている・・・と申しても過言ではないような気がいたします。

この曲、実は『ワルツ・レント』に仕立てるためのテンポ設定が非っ常〜に難しく、たいていは間が持たずに普通のワルツ的になってしまいます。かと言って遅くしさえすれば事足りるかというとこ〜れまた難しく、この曲の音の少なさそして単調さのためでしょう、どうしても停滞してしまってワルツの雰囲気がにじみ出てこないんですね〜。むりやりワルツっぽくさせようとテンポを揺らしてしまうと、コ レ が ま た エ ラ く あ ざ と く な っ ち ま い ま す し w メカニック的には単純だからか子供用の曲とされているようですが、この曲の音楽としての魅力をピアノから引き出すのは至難のワザでありま〜す(・x・ゞ

2018年5月23日 (水)

中島みゆき 作詞/作曲『愛詞(あいことば)』ピアノソロ:1894年ベーゼンドルファー社製ピアノ(ウィーン式アクション/85鍵)で

中島みゆきの『愛詞(あいことば)』をアンティークピアノで弾きました。

この『愛詞(あいことば)』は2013年に中島美嘉に中島みゆきが提供した曲で、MBS・TBS系テレビアニメ『宇宙戦艦ヤマト2199』のエンディングテーマに採用されました。そして中島みゆき自身も翌2014年にアルバム《問題集》でセルフカバーしています。しかも1曲めという特別な位置でしてね

中島みゆきは自身の詩の解釈を徹底して読み手に任せて「黙して語らず」の姿勢を貫いていますが、この『愛詞(あいことば)』では英語の題名『PASSWORD OF LOVE』のおかげで大変に怪釈wしやすくなっている気がします。

・1番のラスト
 わかる人にしかわからない それでいい愛詞(あいことば)

・2番のラスト
 心の扉の鍵になれ ひと粒愛詞(あいことば)

なるほど、まさに<PASSWORD>ですね。このささやかな愛は厳にあなたとわたしだけのもの、他人にはわかってほしくない・・・という気持ちを表現するために<PASSWORD=愛詞(あいことば)>という語を使うとは、今さらですが中島みゆきの尋常ならざる言語センスに慄然とします。心のうちに秘めつつ相手を想いつづける苦しみはまことに厄介ですが、ま〜、これがまた甘美なんですよね〜(・x・ゞ

 ありふれた男と ありふれた女が
  群像の中で 突然の中で 特別な人になる


『愛詞(あいことば)』をひとたび交わした間柄になると、どんなに混沌とした状況でも常に<特別な人>として心の中に居続けてくれるということ、誰もが身に覚えがあることでしょう。まぁそうでない「片想い」という状況も勝手に相手を<特別な人>に仕立ててしまうモンですが、それはさておきw、恋とはそれこそ前触れもなく襲いかかってくるシロモノで、<突然の中で>「落ちる」ものでありま〜す(・o・ゞ

 願いごと増えました 独りなら願わない

この対句法のな〜んとまぁ巧みなことでしょう! だいたい、人間なんつ〜弱い存在は他者との関係が希薄だと不安に陥るwもので、孤独感とは他者から必要とされていないだけで生じるものではなく、他者を必要としないと思い込んでいるはずの「己」にも実はのしかかってくるんだよなぁ・・・と。

 ひとりでも私は生きられるけど
  でもだれかとならば 人生ははるかに違う
  強気で強気で生きてる人ほど
  些細な寂しさでつまずくものよ
『誕生』1992年)

 もしもあなたが全て正しくて とても正しくて 周りを見れば
  世にある限り全てのものは あなた以外は間違いばかり
  つらいだろうね その1日は
  嫌いな人しか 出会えない
  寒いだろうね その1生は
  軽蔑だけしか いだけない
『NOBODY IS RIGHT』2007年)

強がりは孤独の裏返し、そして、強がりは自己洗脳。あらゆるひとに<心の扉の鍵>は天から等しく用意されているはずですが、この鍵をどうやって見つけ、そしてどのように使うのかは結局は「己」次第だ!

2018年4月27日 (金)

中島みゆき 作詞/作曲『慕情』ピアノソロ:1894年ベーゼンドルファー社製ピアノ(ウィーン式アクション/85鍵)で

中島みゆきの『慕情』をアンティークピアノで弾きました。

『慕情』は、2017年のテレビ朝日系『帯ドラマ劇場・やすらぎの郷』の主題歌。2017年に発売された中島みゆきの2年ぶり通算42枚め(!)のフルオリジナルアルバム『相聞』のラストを飾る曲です。

『やすらぎの郷』は、脚本家の倉本聰が「夜のゴールデンタイムに若者向けのドラマが数多く放送され、大人の観るドラマが少ない」として企画。昭和世代にテレビの世界で活躍した人物だけが入居する老人ホーム「やすらぎの郷 La Strada」を舞台に、“家族の絆”・“友情”・“愛情”・“死”などがテーマ。テレビドラマでありながら現代のテレビのあり方に対する痛烈な皮肉や風刺に満ちていたとのこと、大重鎮たる倉本聰だからこそできたのでしょうね〜(・x・ゞ

 甘えてはいけない 時に情は無い
  手離してならぬ筈の何かを 間違えるな


この一節、普遍的な真実を語っているように思えます。この曲について言われる「人生を振り返りつつ、 改めて人を愛することの大切さを歌った歌詞」に留まらず、テレビという媒体、否、それどころかおよそ人の生き方全てに打ち込まれる一節ではないでしょうか。まぁ自分の生き方を振り返ってみても、刹那的な愉しみや惰性に流されてばかりでめっっっちゃとほほwなのですが、その結果・・・

 振り向く景色はあまりに遠い

んですよね〜〜〜〜 (´・ω・`)ショボーン

時による淘汰こそが真に残酷で情け容赦がなく、ヤマハのポプコンで賞を獲ったような選ばれしスターたちですら、だれもが中島みゆきのように40年以上もトップを走り続けられるはずもなし。しかし、賞なぞ獲ってもいないごくごく普通の人々の中にこそ手離してならぬ筈の何かをつかみ続けている真の「人生の職人」が当たり前のようにひしめいていることは、『地上の星』を例に出すまでもなくみなさんご存知でしょう。個人が残らなくとも継承されてきた「ナニか」こそが、技術であり文化であり伝統でありま〜す。

 地上にある星を誰も覚えていない
  人は空ばかり見てる
『地上の星』2000年)

星の数ほど存在するのが人生で、その圧倒的多数が手離してならぬ筈の何かに気づくことがかなわず、地上にある星にすらなれずに一生を終えてしまうのかも知れません。まぁしかし、それ自体は確かに嘆かわしいのでしょうが、ご無理ごもっともw。それであっても素敵に輝き得るのは、やはり「人を愛する」ことなのかなぁと。コレ、恋愛に限ったハナシではございませんですね。

 限りない愚かさ 限りない慕情

人生なんて綺麗事なんかでなく、それぞれが置かれた状況の狭間で悩みもがき傷つき苦しみ葛藤するもの。しかし・・・生きねばならぬ!

 ファイト!   闘う君の唄を
  闘わない奴等が笑うだろう
  ファイト!   冷たい水の中を
  ふるえながらのぼってゆけ
『ファイト!』1983年)

2018年3月16日 (金)

中島みゆき 作詞/作曲『春なのに』ピアノソロ:1894年ベーゼンドルファー社製ピアノ(ウィーン式アクション/85鍵)で

世の中は卒業式シーズン、定番ちぅの定番、中島みゆきの『春なのに』をいつもの1894年製ベーゼンドルファーで弾きました。

この曲はもともと1983年に当時17歳だった柏原芳恵のために書かれた曲。そして中島みゆき自身は、1989年のセルフ・カバーアルバム第3弾「回帰熱」の最後に『春なのに』を入れています。今さら指摘するまでもない、卒業式の情景そして青春まっただ中の揺れる心情を、ストレートであると同時に美しくつづった名曲ですね。卒業式で幾度となく繰り返されてきているごく当たり前のある意味陳腐な題材でしょうが、中島みゆきの手にかかると陳腐どころか時代が進んでも色あせない輝きを放ちますね〜。

 <記念にください ボタンをひとつ
  青い空に捨てます


いやはや・・・この一節、一度聞いたら忘れられぬくらいに強烈な一節。1983年と言えばワタクシは高校一〜二年生(同世代だeye)、歌謡曲なんぞ全く聞いていなかったのですが、これは妙〜にアタマに残っています(*´-`)



さて、柏原芳恵の唄う『春なのに』はYouTube上に数多くアップされておりますが、とりわけこの動画が秀逸と思います。



ここで柏原芳恵は「相手が自分のことを友だちとしてしか思っていなかった」という複雑なそして誰もが体験しているであろう思いを、目線の動きとフレーズ後半をため息まじりにすることで素晴らしく表現しています。このころ、柏原芳恵は詩の主人公とほぼ同じ年齢で説得力は無限大、そしてこの時代のアイドルたちって、歌手としても舞台人としても上手だったんだなぁ・・・と(・x・ゞ

対して中島みゆきのアルバム「回帰熱」版はアコーディオンによる哀愁を帯びた前奏で、なんとなく「成長してあとから思い返している」ような感覚にさせられます。日本中で毎年「卒業式」シーズンには青春の一コマを象徴する悲喜こもごもが。ワタクシのこの動画は「回帰熱」バージョンに合わせて編曲しました。

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