フォト

カテゴリー

カテゴリー「音楽>中島みゆき」の17件の記事

2018年2月23日 (金)

中島みゆきの生誕祭によせて『歌姫』を、1894年製ウィーン式アクションのベーゼンドルファーで

本日(2/23)は、中島みゆきの誕生日ですよ〜。
ウチの秘蔵っ子120年選手、ウィーンアクションの1894年製ベーゼンドルファーを使ったピアノソロで有名な『歌姫』をどうぞ(・o・ゞ

1982年発売のアルバム「寒水魚」の最後を飾るこの曲、稀代のストーリーテラーである中島みゆきの真骨頂の一つと言っても過言ではないでしょう。このアルバム「寒水魚」(タイトルは「熱帯魚」に対する中島みゆきの造語とのこと)およそ派手さとは無縁のアルバムですが、なんと1982年度のオリコンチャート1位を獲得しています。瞬間風速として1位にかするwことはあっても、このメンツ↓の中での1位とはハンパない価値ではないでしょうか。

 1位 寒水魚/中島みゆき ・・・ 75.7万枚
 2位 FOR YOU/山下達郎 ・・・ 69.7万枚
 3位 Nude Man/サザンオールスターズ ・・・ 69.6万枚
 4位 起承転結II/松山千春 ・・・ 66.6万枚
 5位 over/オフコース ・・・ 64.7万枚
 6位 パイナップル/松田聖子 ・・・ 58.5万枚

1980年の国勢調査によると日本の世帯数は3601万5000世帯、単純に割り算すると、当時はオリコン上位のレコードが1年間で2%程度の世帯=50世帯に1枚くらいの割合で行き渡る時代だったのですね〜。「寒水魚」のようにキャッチーさが少ないアルバムであっても、その中に秘められた中島みゆきの詩のパワーと歌唱力の高さあってのこの結果なのでしょうが・・・そんな曲をピアノという歌詞の無い楽器で弾こうとするワタクシ、我ながらアホな挑戦でございます(・x・ゞ

 <淋しいなんて 口に出したら
  誰もみんな うとましくて逃げ出してゆく
  淋しくなんかないと笑えば
  淋しい荷物 肩の上でなお重くなる


人とはすべて孤独を抱えている存在でしょうが、そんな姿を他人に見せたところで仕方ないですし、だいたい親しい友人であってもそんな「弱い自分」なんて簡単には見せられようはずがございませんね。それなのにこの1番の出だしで<淋しい>が3回も出てくるのは、刷り込みとしてかなりの効果と言えましょう。

 <南へ帰る船に遅れた
  やせた水夫 ハーモニカを吹き鳴らしてる
  砂にまみれた錆びた玩具に
  やせた蝶々 蜜をさがし舞いおりている


日本人の国民性を表しているであろう演歌は「北」志向が非常に強く、<北へ向かう>とか<北へ帰る>とかが非っ常〜にw多いです。対してこの2番の出だしの<南へ帰る>という表現は、その他歌謡曲系であっても滅多にお目にかからない印象があります。ここへ思い出してほしいのはアルバム名が「熱帯魚」ではなく「寒水魚」という、イメージとして南の温かい水ではなく北の冷たい水の中で生きている魚であること。さびれた港町の一角の荒涼と寒々しげな情景と相まって、どこか諦めのような空しさがつのるような気がします。

 <男はいつも 嘘がうまいね
  女よりも子供よりも 嘘がうまいね
  女はいつも 嘘が好きだね
  昨日よりも 明日よりも 嘘が好きだね


男は嘘がうまく、女は嘘が好き、それならば人生がみな<>になるのもむべなるかな。それでも人は嘘で塗り固めた己の人生を、空しくても諦めずに生き続けねばならぬワケでして。
・・・そういえば、かのベートーヴェンの最期の言葉とされているのは<諸君、喝采したまえ、喜劇は終わった(Plaudite, amici, comoedia finita est)>でしたっけ。
*ベートーヴェンの言葉はご多分に漏れず脚色されているそうで、正確には異なるとのことですがw

人の一生は<>みたいなもの、それを粛々と受け入れつつ生き続け、詩の各節の最後に高らかに唄いあげるのが・・・

 <夢も哀しみも欲望も 歌い流してくれ

これぞ神の一つの化身であろう『歌姫』に向かって投げかける、人生の代弁者である中島みゆきからの詩と唄を通した深く強いメッセージなのではないでしょうか。最後にやはり思い出したいのは、翌年1983年に発表されたアルバム「予感」のこれまた最後を飾る『ファイト!』というこれまたこれまた強い強〜い曲の各節の最後、皆に向かって投げつける力強いメッセージ。

 <ファイト!   闘う君の唄を
  闘わない奴等が笑うだろう
  ファイト!   冷たい水の中を
  ふるえながらのぼってゆけ


この『ファイト!』の導入部で語られる 私の敵は 私です という一言は、多少なりとも人生に揉まれた人物ならばぐっさりと突き刺さってくる刃ではないでしょうか。そして同時に最後の一節、キーをぐいっと上げて唄うのが・・・

 <ああ 小魚たちの群れきらきらと 海の中の国境を越えてゆく
  諦めという名の鎖を 身をよじってほどいてゆく


この閉塞感からの開放感、中島みゆきの詩の中でもとりわけ美しい表現なのではないでしょうか。中島みゆきの詩と唄に救われた人は想像以上に多いようですが、これら『歌姫』『ファイト!』の2曲だけでもなるほど・・・と思わされます。いやはや、恐るべし。

2018年1月22日 (月)

中島みゆき 作詞/作曲『霙の音』ピアノソロ:1894年ベーゼンドルファー社製ピアノ(ウィーン式アクション/85鍵)で

首都圏が大雪snowsnowsnowのこのタイミングですが、中島みゆきの『霙の音』をいつものウィーン式アクション1894年製ベーゼンドルファーで弾きました。

2015年発売のアルバム『組曲(Suite)』所収のこの曲、まず「みぞれ」を<霙>と漢字で表記しており、この字形と単語のモノモノしさからして、またいつものように「来る」だろうな、と身構えます。ですが、ここで中島みゆきはいつもの「失恋歌の女王」という方向wとは違う方向から主人公を唄っています。それにしても、この微妙すぎるほどの変化に満ちた歌声ときたら、ピアノという楽器でどないせぇっちゅ〜んぢゃ(・o・ゞ

 <聞きたい話じゃないでしょうけど
  好きな人ができたの私 少し前から

まさかの失恋ではなさそうな導入。しかし2番ではやはり「本命」がど〜〜〜〜〜〜しても好き、という「いつもの」主人公に。

 <本気で好きと心を決めてから
  あなたと似た声のせいだと気づいたの

まさかの導入のあとだけに、みな一様にホッとする箇所wではないでしょうか。そして実はつづく3番で、決定的な状況説明がががが。この詩、起承転結の典型例としても秀逸かと(・ω・ゞ

 <私は手札をテーブルの上に
  愚かに顕わに放り出し
  あなたは静かに窓の外を見てる
  静かに誰かを隠してる

この出口も救いもない孤独と絶望感を霙(みぞれ)と重ねあわせ、甘えたような諦めたような声色で淡々と
 <ねぇ 霙って音がするのね
と唄ってのける中島みゆきとは何者ぞ。もはや『霙の音』しか聞こえないではないか。

題名の「霙(みぞれ)」とは、雨でも雪でもない降水現象。しかも季節の変わり目という「はっきりしない」という状況ばかりでなくイレギュラーな状況をも示せる、という実に曖昧模糊とした一語ですね。中島みゆきの詩には「雨」も「雪」も極めて頻繁に登場しますが、この「霙」という<雨とも違う>そして<雪より寒い>という存在を、おそらく初めて2015年のアルバムに投下したのは・・・そっか、2015年は中島みゆきのデビュー40周年なんだなぁ・・・とかなんとか。

2017年12月 2日 (土)

中島みゆき 作詞/作曲『時代』ピアノソロ:1894年ベーゼンドルファー社製ピアノ(ウィーン式アクション/85鍵)で

今日(12/2)は、ワタクシの51歳の誕生日ですよ〜(・ω・ゞ

去年の50歳の誕生日に『誕生』をアップしてからな〜んと月イチで1年間続けてしまった、1894年製ウィーン式アクションのベーゼンドルファーで弾く中島みゆきシリーズ、2年目の皮切りは名曲の誉れ高い『時代』ですぞ (`・ω・´)シャキーン

1975年10月の第10回ポピュラーソング・コンテストでグランプリ獲得、続いて11月に第6回世界歌謡祭でもグランプリ獲得。同年12月発売のセカンド・シングル所収(B面は『傷ついた翼』、そして翌1976年のファースト・アルバム『わたしの声が聞こえますか』所収。中島みゆきのデビュー曲は『アザミ嬢のララバイ』ですが、中島みゆきを世間に知らしめたのはこの『時代』と言ってよいでしょう。

この『時代』、名曲だけにさまざまなバージョンが入り乱れており、「どんな姿が本当の『時代』か」なんつ〜のは、もはや考えても仕方がない域かと。ここはやはり初期、シンプルで透き通った、だからこそなんとも言いようのない寂しさあふれるファースト・アルバム所収のバージョンを採りました。・・・ピアノソロで弾くためのハードルを好き好んで上げちまったのは言うまでもない(・x・ゞ

 <旅を続ける  人々は
  いつか故郷に 出逢う日を
  たとえ今夜は 倒れても
  きっと信じて ドアを出る

この2番の出だし、まさに厳しく切なく果てがない人生の現実。人生を<>とするのはごく普通の概念ですが、<故郷>は生まれたところで「帰る」場所なはずなのに、ひとたび人生という旅を始めてしまったら<いつか故郷に出逢う日を>と探し求め続けるのだ・・・というところまで展開させちまっています。すなはち、故郷>を「我々は何処から来て何処へ行くのか」の「何処」と重ね合わせており、単なる励ましの詩とは到底思えません。デビュー当時23歳の中島みゆきの心の中、一体全体どのような。

・・・そう言えば、『異国』という恐ろしい曲がこの5年後1980年のアルバム『生きていてもいいですか』に。しかもアルバムの最後という (((( ;゚Д゚)))ガクブル
 <百年してもあたしは死ねない
  あたしを埋める場所などないから
  百億粒の灰になってもあたし
  帰り仕度をしつづける

2017年11月14日 (火)

中島みゆき 作詞/作曲『休石』ピアノソロ:1894年ベーゼンドルファー社製ピアノ(ウィーン式アクション/85鍵)で

中島みゆきの『休石』を、いつものウィーン式アクション1894年製ベーゼンドルファーで弾きました。

2015年発売のアルバム「組曲(Suite)」所収のこの曲、いかにも晩秋・・・というような雰囲気の美しくどこか悲しげな曲想、郷愁とか追憶とかがとっても似合う曲ですね。ここで中島みゆきは例のごとく、このような歌詞に見せかけてw強い内容を詩に織り込んでいます(・o・ゞ

 <あなたは痛む足を引き上げ引き上げながら
  登って行った 見えなくなるまで登って行った

 <「もういいよ」 伝えれぱよかった言の葉が散っている
  私は両手に掻き集め 後悔坂を這い登る

 <待ってください 呼ぶ声は切れぎれに
  日の暮れがたに 石段は長い

「あなた」に伝える想いをつづるこの詩、音楽に乗せられて聞き流すのであればラクなのですが、文字で読んでみると慄然とさせられます。中島みゆきの詩の大きな方向性である「相手への届かぬ想い」は、この『休石』の中で何故届かぬのかと言うと・・・主人公にとって「あなた」がもはやこの世にいない存在となってしまったからではないでしょうか。まぁこのように決めてしまうのは中島みゆきの詩の読み方ではないとも思いますが。見えなくなるまで登って行ってしまった「あなた」に、伝えられなかった言葉を掻き集め、後悔の念を積み重ね(「坂」ですね)、決して届かぬ想いを「待ってください」と切れ切れに。

・・・ん〜と、でも、こう考えてみると「あなた」がこの世にいる存在かどうかなんて、関係ない気もしてくるんですけどね〜。実は、これこそが中島みゆきの世界観なのかも。あららら(・x・ゞ

さて、実は中島みゆきの曲には「語り」な部分が多くて、ピアノ弾きとしてはなかなかに難儀なんですわ。なにしろ、「語り」の表現はピアノ的には「16分音符の同音連打」となるワケで、この同音連打ちぅシロモノ、そもそもが鍵盤楽器にとってかなり難しいテクニック。

この『休石』で通常の指を替える同音連打をしてしまってはカツカツな超〜ピアニスティック打撃になってしまって、「あなた」に向けて届かぬ想いを切々と綴る曲調になろうハズもなく、基本的に一本指連打で弾いています。コレ、腕や手首が固まっているかどうかのチェックにもなりますので、どうぞお楽しみ、いや、お試しくださいましね〜(・ω・ゞ

2017年10月16日 (月)

中島みゆき 作詞/作曲『萩野原』ピアノソロ:1894年ベーゼンドルファー社製ピアノ(ウィーン式アクション/85鍵)で

昨日(10/15)アップしたブラームスのop.119-1と同じ1894年製ウィーン式アクションのベーゼンドルファーピアノで、中島みゆきの『萩野原』を弾きました。雰囲気の違いを是非にお楽しみいただければ(・ω・ゞ

1991年の夜会VOL.3「KAN(邯鄲)TAN」にて未発表曲として歌われ、翌年のアルバム「EAST ASIA」に収録されているこの曲。いかにも白日夢のような心象風景のような雰囲気の曲ですが、やはり中島みゆき、ノスタルジックな夢想ばかりではなく影の部分というか問いかけをきっちり詩に織り込んでいます(・o・ゞ

2番から3番にかけてのこの部分・・・
(ここで半音上げの転調をしているのもポイント高し!)

・2番結尾
 <目をさますと 暗い部屋で泣いています
  知らぬ人の腕の中で泣いています
  思い出せるあの人は いつも少年です


・3番初め
 <なつかしい野原は今もあるのでしょうか
  いつか私が帰ってゆく白い野原は
  その中に私は 住むことができるでしょうか
  何も起きない頃のように 笑うでしょうか


「現在=現実」と「過去=想い出=夢」を対比させる、ちぅ観点はまぁ珍しい観点ではないとは思いますが、このことさらに美しい音楽(そ〜言えば「宮城野の萩」は大変に美しい萩とのこと。仙台銘菓は「萩の月」)にこの観点が載せられてしまうと・・・寂しさというより諦念すらを感じてしまいますね〜。まぁ、そりゃ、大人が現在の現実に生きるとゆ〜コトは、大事な何かを忘れる、いやむしろ捨てるとゆ〜コトですからねぃ。

それでも主人公が少女時代の純真な心を捨てずに大切にしていることは、<あの人>を<少年>として<思い出せる>ことで象徴されています。しかしその純真な心は、大人として汚れた現実(=<目をさますと>以下に象徴)の中で生き続ける中で変質したのかも知れません。だからこその不安にみちた3番の歌詞。風にそよぐ萩の花のごとく、心が揺れるようになることが「心が成長する」ということではないでしょうか。そしてこの心の揺れを抑え込んで自分を欺いて「物わかりが良くなってしまう」のが、いわゆる「オトナになる」というコトですよねん(・x・ゞ

2017年9月11日 (月)

中島みゆき 作詞/作曲『夏土産』ピアノソロ:1894年ベーゼンドルファー社製ピアノ(ウィーン式アクション/85鍵)で

今年の夏、残暑はわりかしサクッと通り過ぎてくれたようで、いつの間にか空気はすっかり秋ですね〜。
この季節にふさわしい題名wの曲、中島みゆきの『夏土産』をいつもの1894年製ベーゼンドルファーで弾きました(・o・ゞ

普通、世間一般的な『夏土産』は、夏休みのお出かけ先からのちょいと気の効いたおみやげのはずなのですが、中島みゆきがそんな単純な内容の詩を書くハズがございませぬ。・・・あ、そっか、それでも『あたいの夏休み』の中でのお土産は
 <安物だけど 自分用じゃないもんね
でしたっけ。

・・・ハナシがそれました(・_・ゞ

さて、この『夏土産』・・・だいたい1番の歌い出しがコレですから、穏やかではございませぬ。

 <今年は友だちと一緒に 海へ行く約束だから
  おまえも好きなところへ 友だちと行きなよって
  ついてる目つきぐらいわかるけど
  でもそれを言っても 時は止まらない

そして期待を裏切らないwのが2番の歌い出し。

 <仲間と騒いで来たんだと 嘘はまだ優しさなのね
  カメラを忘れていって なにも撮れなかったって
  とどいた私の友だちからの この写真の隅に
  偶然 写る二人

・・・これが『夏土産』かいっっっ! (ノ-_-)ノ~┻━┻

いかにも「バレ方」あるあるですが、考えてみれば、現代はSNSの(よけいなw)発達のおかげでこのような修羅場が昔なんぞ比べモノにならないほどそこら中で繰り広げられているかと思うと、ま〜ったく、人間の業、っちぅヤツは昔も今も変わらないんでしょうね〜(・x・ゞ

2017年8月 7日 (月)

中島みゆき 作詞/作曲『拾われた猫のように』ピアノソロ:1894年ベーゼンドルファー社製ピアノ(ウィーン式アクション/85鍵)で

中島みゆきには舞台で発表されたのみでアルバム化されていない曲が意外と存在し、その中に凄い曲があるとのこと。この『拾われた猫のように』は1995年の『夜会VOL.7 2/2』が初出、この曲そして歌詞の暗さ重さは尋常でなく、初めて聴いたときにはさすがにワタクシも身構えました。ですが、なにやら妙〜に共感できるところもあり、むろん楽譜は出ていないのでイキオイで耳コピまで・・・洗脳されてるよなぁぁぁ(・x・ゞ

・・・実はこの曲、ショパンがここぞという場所で使うめっちゃ印象的な和音を、これまた心を深〜くえぐってくるように使っているんですよ〜。

普通に考えれば、拾われた猫なら安心できるはずなのに・・・

 いつまで私をそばに置いてくれますか
  いつまた雨の中に 置き去りにするのですか

という「安心をいつ失うかと心配で、かえって不安が増大する」という、相当にヤバい感覚が示されていまして。コレ、中島みゆきの詩の重た〜い方向に一貫するテーマの一つですねん。

この曲はこの不安ばかりを執拗に表現を変えてぼそぼそと語っており、なるほど、啼き続ける猫・・・か。 あまりにもあんまりな歌詞で全て引用したくなるwのですが、まぁこのくらいで(・o・ゞ

 いつまた1人になるか知れないと
  ひねくれてた 愛したいくせに
  自分の声を子守歌にずっと生きてたから

・・・げに恐ろしかるは孤独。でも、み〜んな孤独な一面は持ってますよね〜。

2017年7月11日 (火)

中島みゆき 作詞/作曲『MERRY-GO-ROUND』を、1928年製の西川ベビーオルガンで

いよいよ夏本番、行楽地遊園地などがにぎわう夏休みももうすぐですねん。
実は昨日の館林襲撃は、この動画の収録がメインだったのでした。ふふふ(・x・ゞ

遊園地と言えばメリーゴーランドは必須アイテムでしょうcarouselpony(根拠ナシw)実はmerry-go-round=メリーゴーラウンドなのですが、まぁカタカナになった時点で細かくツッコむのは野暮でしょねぃ。基本はサーカステントのような大きなテントeventの下に馬や馬車が設置された騎乗式回転遊具、とのことで、回転すると同時に上下動があって馬の騎乗感を楽しめる、と。そこに流れている音楽は、そう、手回し式オルガンとかストリートオルガンとか称される、小型でぽ〜ぽ〜かわいらしい音のするオルガン音楽が伝統的。この曲『MERRY-GO-ROUND』はまさにこのイメージの曲調で、楽しい楽しい遊園地のさざめきでイントロが始まります。

ですが、作詞作曲が中島みゆきなワケですから、曲調どおりに楽しい歌詞を乗っける手合いではございませぬ。のっけから・・・

 <MERRY-GO-ROUND, MERRY-GO-ROUND  後ろ姿と涙たち
 <MERRY-GO-ROUND, MERRY-GO-ROUND  いついつまでも

となんとまぁ、ど〜こが楽しいんだかw。メリーゴーラウンドには楽しみたいから乗るのに、客それぞれの距離は絶っ対に縮まることがなく、しかもみんな進行方向を見るので別の客の<後ろ姿>しか見られない。近づけない相手の背中を追いかける、という同じことを<いついつまでも>繰り返すのが『MERRY-GO-ROUND』の真実。人生をメリーゴーラウンドに例えることは少なくないとは言え・・・勘弁してくれぃwww

さて・・・ここで使っている足踏み式オルガンは戦前(1928年)の西川オルガン改め日本楽器横浜工場製、普通よりもはるかに小さく音域はわずか4オクターヴ。おまけに鍵盤も狭く小さい、いわゆる「ベビーオルガン」と呼ばれているものです。こと楽器に関して言うならば「大は小を兼ねず」が正しく、この反応がよく軽い感じの雰囲気はベビーオルガンでしか出せない素敵な性格。この『MERRY-GO-ROUND』の曲調に合うに違いねぇ・・・というヒラメキがどんぴしゃに当たったのは嬉しいですね〜 (`・ω・´)シャキーン

2017年6月 6日 (火)

中島みゆき 作詞/作曲『水』ピアノソロ:1894年ベーゼンドルファー社製ピアノ(ウィーン式アクション/85鍵)で

気象庁は6日午前11時、「九州北部と山口県、それに九州南部が梅雨入りしたと見られる」と発表しました。もうそんな季節かぁぁぁ・・・とゆワケで、ほぼ月イチの120歳ウィーン式アクションのベーゼンドルファーを使った中島みゆき、今月は『水』です。

いかに中島みゆきと言えど、作品のすべてが人気曲であるハズもなく、この『水』は所収のアルバム《ララバイSINGER》の中でもはじっこで地味な曲wとのこと。・・・ですがこの曲、響きがかなり美しく、試しにピアノソロでじっくり弾いてみたら、なにやらピアノ曲として成り立ってしまったような気配 (`・ω・´)シャキーン

この曲の歌詞は実に読みづらくて難儀するのですが・・・
最初の最初に
 <水を探していた  ずっと探していた
 <水の形を探してみて  水に形のないことを知る

という「探しているものが本当に探しているものなのかがわからぬ不安」が示されていまして。コレ、中島みゆきの詩の重た〜い方向に一貫するテーマの一つですねん(・o・ゞ

2017年5月 1日 (月)

中島みゆき 作詞・作曲『風の笛』ピアノソロ:1894年ベーゼンドルファー社製ピアノ(ウィーン式アクション/85鍵)使用

5月になりました。今年の1/3が過ぎ去って・・・きゃ〜(^^;;;;;
ほぼ月イチの中島みゆきonアンティークベーゼンドルファー、今回は《常夜灯》に収録されている『風の笛』です。

風がさわやかなこの季節は絶好の行楽シーズン。タイトルの『風の笛』はいかにもそんなイメージなのですが、当然ながら、中島みゆきの詩がそんなに単純であるハズがございませぬ(・x・ゞ

 <言葉に出せば通じることもある
  言葉に出せばこじれることもある
人と人とのコミュニケーションの簡単さ難しさ/単純さ複雑さを易しく/優しく語ると、まぁ意外とこんなもんですよね。「言葉」とは人類にのみ許されたのかも知れないとてもとても大切なお道具ですが、これほどまでに使い方がバラバラなお道具も他にないのでは・・・と思うときすらあります。方向は違えど、音楽もなかなかバラバラだとも思います。

 <言葉に出せない思いの代りに ささやかに吹け風の笛
想いが強過ぎると言葉にならない・・・という経験は誰しもあると思いますが、この詩はそれをうたっているわけではありませんね。
どうしても言葉が伝わらずに説明すればするほどいわゆる「真意」から離れてしまうことが度重なると、それよりは沈黙を選ぶ・・・というかなり厳しい状況が世の中には少なからず。さらには、自分の思いを言葉にするのがそもそも苦手なひとも少なからずなはず。言葉でなく風にのって伝わったらいいのにね・・・

その他のカテゴリー

イベント・演奏会 | グルメ・クッキング | ファッション・アクセサリ | 写真>Instagram | 写真>昔のレンズ/カメラ | 学問・資格 | 文化・芸術 | 旅行>アメリカ | 旅行>ヨーロッパ | 旅行>中国 | 旅行>台湾 | 旅行>韓国 | 旅行>香港 | 旅行・地域 | 日記・コラム・つぶやき | 書籍・雑誌 | 鉄道 | 音楽 | 音楽>Soundcloud | 音楽>YouTube | 音楽>アンドレ・ギャニオン | 音楽>クリストフォリピアノ | 音楽>ピアノなど鍵盤楽器の歴史 | 音楽>メーカー>BECHSTEIN | 音楽>メーカー>Blüthner | 音楽>メーカー>Broadwood | 音楽>メーカー>Bösendorfer | 音楽>メーカー>DIAPASON | 音楽>メーカー>FAZIOLI | 音楽>メーカー>Grotrian | 音楽>メーカー>Gröber | 音楽>メーカー>NISHIKAWA | 音楽>メーカー>PETROF | 音楽>メーカー>Pleyel | 音楽>メーカー>Steinway | 音楽>メーカー>YAMAHA | 音楽>中島みゆき | 音楽>作曲家>Alberti | 音楽>作曲家>Alkan | 音楽>作曲家>Bach | 音楽>作曲家>Beethoven | 音楽>作曲家>Boëllmann | 音楽>作曲家>Brahms | 音楽>作曲家>Burgmüller | 音楽>作曲家>Cage(1912-1992) | 音楽>作曲家>Chopin | 音楽>作曲家>Couperin | 音楽>作曲家>Czerny | 音楽>作曲家>Debussy | 音楽>作曲家>Dubery(1948- ) | 音楽>作曲家>Dvořák | 音楽>作曲家>Fibich | 音楽>作曲家>Field | 音楽>作曲家>Fischer | 音楽>作曲家>Franck | 音楽>作曲家>Frescobaldi | 音楽>作曲家>Froberger | 音楽>作曲家>Galuppi | 音楽>作曲家>Giustini | 音楽>作曲家>Granados | 音楽>作曲家>Grieg | 音楽>作曲家>Haydn | 音楽>作曲家>Händel | 音楽>作曲家>Janáček | 音楽>作曲家>Liszt | 音楽>作曲家>Marcello | 音楽>作曲家>McDowell | 音楽>作曲家>Mendelssohn | 音楽>作曲家>Merikanto | 音楽>作曲家>Mompou | 音楽>作曲家>Monti | 音楽>作曲家>Mozart | 音楽>作曲家>Pachelbel | 音楽>作曲家>Royer | 音楽>作曲家>Rubinstein | 音楽>作曲家>Satie | 音楽>作曲家>Scarlatti | 音楽>作曲家>Schubert | 音楽>作曲家>Schumann | 音楽>作曲家>Scriabin | 音楽>作曲家>Sibelius | 音楽>作曲家>Suk | 音楽>作曲家>Séverac | 音楽>作曲家>Wagner | 音楽>作曲家>三島元樹 | 音楽>作曲家>吉松隆 | 音楽>作曲家>大中寅二 | 音楽>作曲家>鷲見五郎 | 音楽>楽器>アップライトピアノ | 音楽>楽器>クラヴィコード | 音楽>楽器>スクエアピアノ | 音楽>楽器>チェンバロ | 音楽>楽器>フォルテピアノ | 音楽>楽器>リードオルガン | 音楽>楽器>鍵盤ハーモニカ | 音楽>楽譜作成(lilypond) | 音楽>蓄音器 | 音楽>高橋靖志ハープシコード&クラヴィコード | 音楽に思うこと

2018年2月
        1 2 3
4 5 6 7 8 9 10
11 12 13 14 15 16 17
18 19 20 21 22 23 24
25 26 27 28      

最近のコメント

無料ブログはココログ