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カテゴリー「音楽>YouTube」の224件の記事

2019年7月11日 (木)

王建中(1933-2016)《云南民歌五首》から第2曲『跟哥』を、フレンチクラヴサンで

高円寺北口から10分程度の閑静な住宅地のど真ん中にある「ソフィアザール高円寺バロック」所蔵のフレンチクラヴサンを使って、主に上海音楽学院で活躍し、中国的なピアノ曲を数多く残した王建中/Wang Jianzhong(1933-2016)作曲の「云南民歌五首」から第2曲『跟哥/Follow Elder Brother』を弾きました。

このクラヴサンは多彩極まりない才人の 永野光太郎氏 が2018年末に納入した楽器でようやく半年経ったばかりですが、音響振動に対する反応が抜群に良く、いわゆるエージングが進むわ進むわでいつも仰天させられています。
・永野光太郎オフィシャルサイト:https://oratokoratok.jimdo.com

中国のピアノ/鋼琴曲は各地に伝わる民謡を題材にしている曲がかなり多いようです。かの国の多様性がすさまじいのはご存知の通り、民謡の題材に事欠かないのは容易に想像できますね〜。その多種多様な民謡に20世紀の西洋音楽の一つの方向である色彩感にあふれる和声付けを行って、素朴な方向にしてみたり技巧を誇示した方向にしてみたり、なかなか素敵な世界なんですよ〜 (`・ω・´)

この《云南民歌五首》は中国南部山岳地帯の雲南省の民謡を題材に、文化大革命以前の1958年に編曲されました。この動画で弾いている第二曲『跟哥』は、雲南省の弥渡地方に伝わる《送郎》が原曲とされていますが、ネット上にはそれらしき音源は見つけられていません。

この素直に鳴り響くチェンバロで8フィート弦と4フィート弦を重ねて試してみたところ、なかなかイイ感じの民謡な味わいが出ました。実は指定のテンポはもっと速いのですが、このチェンバロの豊かな響きを味わっていただきたく、遅めに弾きました。こんな悪知恵を試してみるのは愉しい愉しい。ヒストリカルなチェンバロで現代中国のピアノ曲を演奏する必然は全く全然これっぽっちもwございませんが。オリジナル絶対至上主義は偉大な方々wにお任せいたしましょう。どうぞお楽しみくださいませ〜! ヽ( ̄▽ ̄)ノ

2019年7月 7日 (日)

中島みゆき 作詞/作曲『鷹の歌』ピアノソロ:1894年ベーゼンドルファー社製ピアノ(ウィーン式アクション/85鍵)で

中島みゆきの『鷹の歌』を、いつもの1894年製ベーゼンドルファーで弾きました。

この『鷹の歌』は2010年に発売されたアルバム《真夜中の動物園》所収。中島みゆきにしてはかなり単純な曲調ですが、この曲調がむしろ堂々たる「鷹」のイメージに見事に合致していると思います。詩もかなり簡潔で、とても一部分を取り上げられるようなものではない気がします。

 あなたは杖をついて  ゆっくりと歩いて来た
  見てはいけないようで  私の視線はたじろいだ
  あなたはとても遅く  身体を運んでいた
  まわりの人はみんな  いたわりの手を差しのべた
  鷹と呼ばれていた人が
  這うように命を運ぶ
  「見なさい」  あなたの目が
  「見なさい」  私を見た
  「怖れるなかれ  生きることを」
  鷹の目が  見つめて来た


「鷹」を「誇り高き存在の象徴」と例えるのは、ごく普通のことでしょう。すなはち「老いた鷹」とは、身体こそ衰えて意のままにならなくなってしまっても誇りを失わずに堂々とした存在。周囲は限りないリスペクトを老いた鷹に捧げるも、悲しいかな、老いとは残酷なもの。

 鷹と呼ばれていた人が
  這うように命を運ぶ


大空を悠然と翔けていたはずなのに、今となっては<這うように>というありさまに。しかし、それを受け入れねばならぬのが人生。なんともやるせないことですが、死ぬまで<命を運ぶ>のがさだめ/運命ですね。ホント、この二行の印象の強さといったらもう、グッと来ますよ〜。しかも、その老いた鷹がたじろいだ私に<「見なさい」「怖れるなかれ 生きることを」>と、これは強烈ですね。中島みゆきは、老いを詠う詩の一つである『傾斜』で・・・

 のぼれども のぼれども
  どこへも着きはしない そんな気がしてくるようだ
『傾斜』1982年)

と老いの一つの特質を衝いていますが、それでも、ひとりひとりの人生を裏打ちしているのは各人の「誇り」ではないでしょうか。まぁ無論、ホンモノの鷹を目の当たりにしてしまうとたじろいで視線をそらしてしまうのも無理はございませんが。ハイすんません、ワタクシにも思い当たるフシが数限りなく(・x・ゞ

さて二番。

 世界は変わってゆく  あなたはいつもそれの
  変えてはならないことを  つよく叫び続けて来た
  世界は変わってゆく  あなたを嘲笑いながら
  私はあなたの歌を  痛々しく聴き返す
  灰色の翼は痩せて
  かすれた鳴き声をあげて
  「見なさい」  あなたの目が
  「見なさい」  私を見た
  「命を超えて続くものを」
  鷹の目が  叫んでいた


いま現在、社会が加速度的に「おかしく」なっているような感覚を持っている人は少なくないだろうと思います。この違和感はあまりにも漠然としているために論理立てて説明するのは困難なこと、それがためにいわゆる「エビデンス」を求められたとたんに口をつぐまざるを得ないんですよね。コレ、自分が世界に嘲笑われた瞬間とも言えようかと思います。・・・はて、鷹が叫び続けてきた<変えてはならないこと>とは・・・そうです。命を超えて続くものに他なりませんね。

科学技術も医療も目覚ましい発達を始めたのはわずかに百数十年程度昔のこと、この動画で使っているベーゼンドルファーのピアノは1894年製ですから、まさにその時代の楽器です。まだまだ解明できないことだらけで音楽に呪術的な意味が多分に残っていた時代に作られた楽器ですからそもそも「持っているモノ」が現代の楽器とは全く異なり、入手してからけっこうな年月が経ちますが、いまだにこんなに不可思議な音が出てくるのか! と驚かされることが少なくありません。このベーゼンドルファーが作られた19世紀末のウィーンと言えば、クリムト(1862-1918)が活躍していた時代でもあり、その当時の美意識がこのピアノに吹き込まれていたのは想像に難くないでしょう。芸術や思想とはまさに<命を超えて続くもの>であり、それはゴッホ(1853-1890)の例を挙げるまでもなく、生前に世間に知られたかどうかとは無関係です!

 街は回ってゆく 人1人消えた日も
  何も変わる様子もなく 忙しく忙しく先へと
  ・・・(中略)・・・
  100億の人々が
  忘れても 見捨てても
  宇宙の掌の中
  人は永久欠番
『永久欠番』1991年)

老いた鷹は生涯の終わりが近いことを知っているのでしょう。老兵は消え去るのみとも申しますが、それでも自分の歩みを変えず(変えてもイイ気もしますがネw)に命を超えて続くものを伝え続けてこその「生き様」であります (`・ω・´)

 あなたは停まりもせず  そのまま歩いてゆく
  面倒な道ばかりを  あえて歩き続けてゆく
  私は自分を恥じる  あなたを思って恥じる
  ラクな道へ流れくだる  自分の安さを恥じる
  鷹と呼ばれていた人が
  這うように命を運ぶ
  「見なさい」  あなたの目が
  「見なさい」  私を見た
  「怖れるなかれ  生きることを」
  鷹の目が見つめて来た


面倒な道ばかりをあえて歩く>ことが尊くて<ラクな道へ流れくだる>ことが恥ずかしい、と他を断ずるのはしてはならぬと思います。なにしろ、人間という存在はみな誰しも後ろめたさを背負って生きているワケでして。むしろだからこそ、偉大な存在を目の当たりにしたときに起きた自分の変化をどのように扱うかこそが、その人の個性としてにじみ出てくるのではないでしょうか。個性とは作るものではなく、普段の習慣や癖などなどから隠そうにも隠しきれずににじみ出てくるものなのでありま〜す。

2019年7月 2日 (火)

リスト『En rêve/夢のなかで(ノクターン)』を1894年ベーゼンドルファー社製ピアノ(ウィーン式アクション/85鍵)で

リスト(1811-1886)が亡くなる前の年(1885年)に作曲した『En rêve/夢のなかで(ノクターン)』を、まさに同時代の1894年ベーゼンドルファー製ウィーンアクションのピアノで弾きました。同時代の楽器を使いさえすればその時代の雰囲気が自動的に生成wされるほど現実は甘くございませんが、現代のピアノとは全く異なる雰囲気がかもし出されているのは聴き取っていただけようかと思います。

19世紀末の爛熟期のヨーロッパといえど科学技術が発展をはじめてあまり時間が経っていないころですから、人類の周りには理由が解らずに畏敬の念を呼び覚まさせられる存在に満ちていたでしょうし、そのような世界は、まだまだ夢のようであり、天界のようであり、言い知れぬ哀しみのようでもあり、魔界のようでもあったことでしょう。この動画で使っているウィーン式アクションのベーゼンドルファーも「神と対話するための楽器」という意味を十全に残していた時代のお道具ですから、とりわけこの曲のような不思議な曲では呪術的な威力を存分に発揮してくれます。単純に音色の美しさというだけでなく、多彩に何層にも折り重なった響きの美しさを際立たせてくれるんですよ〜(・ω・ゞ

『En rêve/夢のなかで(ノクターン)』が作曲された1885年は明治18年、日本ではようやく太政官制度に代わって内閣制度が創始された年です。ネット上には初代総理大臣の伊藤博文がこの数年前に西園寺公望と渡欧したときにリストの演奏を聴いて感銘を受け「あの者を日本に招くことはできないか」と思ったという記述が複数見られますがどれも出典が明示されておらず、不勉強ですみませんがウラも取れていないので、現時点では信憑性には難ありと言わざるを得ないなぁ・・・というのが正直な感想ですw

2019年6月25日 (火)

ロワイエ『クラヴサン組曲』から『Tambourin/タンブーラン』を、フレンチクラヴサンで

高円寺北口から10分程度の閑静な住宅地のど真ん中にある「ソフィアザール高円寺バロック」所蔵のフレンチクラヴサンを使って、ロワイエ(1705?-1755)の「クラヴサン曲集」から『Tamburin/タンブーラン』を弾きました。7月27日にはココでチェンバロ演奏会:バロック方面より風来たる ACT.1 ですよ〜。

このクラヴサンは多彩極まりない才人の 永野光太郎氏 が2018年末に納入した楽器でようやく半年経ったばかりですが、音響振動に対する反応が抜群に良く、いわゆるエージングが進むわ進むわでいつも仰天させられています。
・永野光太郎オフィシャルサイト:https://oratokoratok.jimdo.com

「Tambourin/タンブーラン」とはプロヴァンス地方に伝わる胴長の太鼓のこと。この太鼓を腰の位置に提げて片手に持ったばちでリズムを取りつつもう片方の手で笛を吹く、という演奏スタイルで、有名なビゼーの「アルルの女」の『ファランドール』はな〜んと実はこのオリジナルの旋律そのまんまを使っているんですね〜。この良く鳴り響くチェンバロではいささかエゲつないほどの鳴りが民族色を濃厚にしてくれている感あり、まことに愉しいです (`・ω・´)

ロワイエの「クラヴサン曲集」の出版は1746年・・・ということはJ.S.バッハの亡くなる4年前であると同時に、W.A.モーツァルトが生まれるたった10年前だったりします。おふらんすなバロック音楽が爛熟していた時代のクラヴサン音楽です。どうぞお楽しみくださいませ〜! ヽ( ̄▽ ̄)ノ

2019年6月 7日 (金)

中島みゆき 作詞/作曲『傾斜』ピアノソロ:1894年ベーゼンドルファー社製ピアノ(ウィーン式アクション/85鍵)で

中島みゆきの『傾斜』を、いつもの1894年製アンティークベーゼンドルファーで弾きました。

この『傾斜』は1982年に発売されたアルバム《寒水魚》のA面2曲め。死ぬまで長く長く一歩一歩歩み続けねばならぬ人生を「限りなき道程」に例えるのはごく普通の発想ですね。徳川家康の御遺訓が<人の一生は重荷を負ふて遠き道を行くが如し>で始まることを知っておられる方も少なからずと思います。
・東照公御遺訓:https://www.toshogu.or.jp/about/goikun.php

中島みゆきも、そのまんま『重き荷を負いて』という曲を2006年のアルバム《ララバイSINGER》に収録していたりします。この曲の歌詞もなかなかシビれるんですが、また今度(^o^;

ですが、この手の伝記資料は真偽が定かでない単なる「言い伝え」である可能性を常に頭において置かねばなりません。検索してみたら、やはり出てきました。さすがの「レファレンス協同データベース」で、これによると・・・
<この遺訓は家康が言ったという証拠はなく、徳川美術館館長徳川義宣氏の研究成果として、「いま流布している家康遺訓の底本は伝水戸光圀作「人のいましめ」『天保会記』1830年に見える)であったようである」と書かれています。>
とのことで、チト驚かされたでござる(・ω・ゞ
・細かくはこちらからどうぞ:http://crd.ndl.go.jp/reference/detail?page=ref_view&id=100009052

さて・・・『傾斜』の歌詞の一部分を切り取るのはチト面倒なので、1番の歌詞を。

 傾斜10度の坂道を
  腰の曲がった老婆が 少しずつのぼってゆく
  紫色の風呂敷包みは
  また少しまた少し 重くなったようだ
  彼女の自慢だった足は
  うすい草履の上で 横すべり横すべり
  のぼれども のぼれども
  どこへも着きはしない そんな気がしてくるようだ

  冬から春へと坂を降り 夏から夜へと坂を降り
  愛から冬へと人づたい
  のぼりの傾斜は けわしくなるばかり

  としをとるのはステキなことです そうじゃないですか
  忘れっぽいのはステキなことです そうじゃないですか
  悲しい記憶の数ばかり
  飽和の量より増えたなら
  忘れるよりほかないじゃありませんか


ワタクシ何十年も馬齢を重ねてきましたが、いろいろと重ねて来て思うのは、経験を重ねるということは実は何かをつかむってぇコトだけじゃないような気がするんですね。まぁ「経験」それ自体は「何かをつかむこと」なのでしょうが、その経験を重ねて行くうちに、こだわってしがみついている何かから解放されてラクになるときが何度となくあったんですわ。それと同時に加齢に伴って「老化」というこれまた避けづらい現象を突きつけられるのが残念なのですが、それもまたしゃ〜ないこと。

経験の多い少ないばかりを重視してしまうと、<風呂敷包みは また少しまた少し 重くなって>しまいますし、せっかく<自慢だった足>も長年の酷使ですり減ってしまった<うすい草履の上で 横すべり横すべり>してしまいます。そりゃ〜、<のぼれども のぼれども どこへも着きはしない そんな気がしてくる>に決まってますがな。そもそも<傾斜10度の坂道>は緩い上りにしか思えないかも知れませんが、スキーなら自然停止できないほどの急傾斜(中島みゆきは北海道出身!)であることにも気づいていただきたいです。傾斜10度の坂道>をずっっっと踏みしめながら上り続けるって、めっちゃキツいんですよ〜。

 足元の石くれをよけるのが精一杯
  道を運ぶ余裕もなく  自分を選ぶ余裕もなく
  目にしみる汗の粒をぬぐうのが精一杯
  風を聴く余裕もなく  人を聴く余裕もなく
『重き荷を負いて』2006年)

ですが、この『傾斜』の詩には素晴らしい救いの文言がありますね〜。

 としをとるのはステキなことです そうじゃないですか

この部分から、吹っ切れた感じどころかむしろ諦めを感じさせさえする明るさに楽曲の雰囲気が劇的に変貌しますが、この「経験の蓄積に伴う解放」「加齢に伴うほにゃららw」との間の葛藤がまことにウマいこと表現されているなぁと感服させられます。
「量より質」とは昨今のご時世では「ご無理ごもっとも」と受け取られるようになってしまったwフシもございますが、量ばかりを重視しているのは経験がロクに使えていない証拠。経験の量を忘れるほどに当たり前にできてこそ、その経験が自分の血となり肉となるのですぞ。逆にそうでないと記憶なんぞ簡単に<飽和の量>まで達してしまうワケで、それでは本当に<忘れるよりほかない>というチトもったいない状況に陥ってしまうと思いませんか? 量をどうやって質に転化させるか、情報過多というにも程があるほどの恐ろしい現代に生きる我々にこそ大切な視点であるはずでしょう (`・ω・´)
・・・ワタクシが人一倍物忘れがヨいことの言い訳とも言いますが(・x・ゞ

中島みゆきはこの『傾斜』発表から22年後(!)の2004年に別アルバム《いまのきもち》に違うアレンジで収録しており、<としをとるのはステキなことです>以降でも劇的に変化させず、全体を軽いサウンドに仕立てています。《いまのきもち》は中島みゆきのデビュー30年めのアルバム、それまで自分が横すべりすながらも少しずつのぼってきた傾斜を「ん〜、いろんなことがあったよね〜」てな一種の感慨をもって振り返っているのでしょうね〜。ココは深読みしなくてヨいでしょ(・o・ゞ

2019年5月14日 (火)

モンポウの『風景/Paisajes』から第一曲「泉と鐘/La fuonte y campana」を、バッハアカデミー(大宮公園)の1927年製ベヒシュタインL型(165cm)で

大宮公園の「バッハアカデミー」主宰の 山田康弘 氏が「ドミソを弾いただけで惚れ込んだ」・・・という、まさに運命的な出会いをした1927年製のベヒシュタインL型(165cm)を使って、モンポウの『風景/Paisajes』から第一曲「泉と鐘/La fuonte y campana」を弾きました。
・バッハアカデミー:http://www002.upp.so-net.ne.jp/bach/

・・・ベヒシュタインを弾きに行ったのに写真を撮り忘れて 小山屋の取材報告 になってしまったこともあり、動画収録をイイことにソッコー再襲撃してその足で 西川口で本格中華を食したw、というのはココだけのハナシ ヽ( ̄▽ ̄)ノ

モンポウの作品にしばしば見られる不思議な響きは、鐘作り職人の家に生まれたと知れば容易に納得できようかと。ピアノという楽器は弦楽器的な性格と打楽器的な性格とを兼ね備えているとは先刻ご承知でしょうが、モンポウはその両面に神秘性を加えて大変な世界を描き出していますね〜。「静寂の音楽」とはモンポウを語る枕詞になっておりますが、この作品は極めて絵画的なこともあって、この一見相反する「音で静寂を表現する」意味がわかりやすくなっている気がします。

このベヒシュタインL型がバッハアカデミーにやってきたのは2018年4月だそうで、1年を経て空気にもなじんできたことでしょう、光栄にも動画を録らせていただけました。古いベヒシュタインですが古臭い音色ではなく、現代的に平板になりやすい(おっとw)わけでもない、という素晴らしい楽器です。ですが・・・それはとりもなおさず、まことに「教育的」な楽器である ということでもありまして、変な凸凹を作らず、かつさまざまな声部を弾き分け整理できるように心がけて一曲を弾くのは、なんとも大変なことでした。いやはや、止められませんわ〜 (`・ω・´)

2019年5月 7日 (火)

中島みゆき 作詞/作曲『誰のせいでもない雨が』ソロ:モーツァルトの旅行用クラヴィコード(1763, J.A.Stein)の複製(2002年)で

中島みゆきの『誰のせいでもない雨が』を、かの神童モーツァルトが7歳のとき(1763年)に買ってもらったJ.A.シュタイン製の旅行用クラヴィコードの複製で弾きました。ん? 歴史的楽器で現代の音楽を弾く必然性? 別に全っ然ございませんがナニか? ( ̄ー ̄)

クラヴィコードはピアノ以前の鍵盤楽器のなかで最も大切とされていたフシがあり、現代古楽器w周辺では「独りで音楽の神さまと向き合う」ための楽器とみなされて過度に神聖化wされていたりします。ですが、実は、そのような内なる世界は優しく親密な世界でもあるはずで、現代人にとって大切なのはむしろ後者の性格ですよね。なお、クラヴィコードの音量は世人の想像を超えて小さいですから、背景のノイズが気にならない程度の音量に抑えたうえで少〜し耳を澄ませてくださいませ。聴こえてきますよ〜(・o・ゞ

『誰のせいでもない雨が』は1983年のアルバム《予感》のB面最初に置かれた一曲。この全編に漂うなんとも寂しく悲しく孤独で切なくうすら寒い雰囲気と間奏部分のエレキギターの泣きったら、どうしてくれましょう。まぁ、そりゃ、雨が降ったらどんなに防護しても必ずどこかは濡れるwモノで、このときのなんとも言えぬ微妙な感覚って独特ですよね。難しいことを簡単な言葉で表現できてこその、一流の表現者でありま〜す。・・・まぁ単なる比喩の積み重ねなんですけどw

人の数ほど唯一無二の人生があります(これも中島みゆきのテーマの一つですね)が、<誰のせいでもない>というのは、とどのつまりはどうあがいても抗えない「決まりごと」であって、散るか諦めるか以外の選択肢はないのでしょう。だからこそ、その裏には言いようのない強烈な悲しみそして怒りその他もろもろ複雑な情緒が人の数ほど込められることになります。
そう思うと、この↓出だしって、むちゃくちゃ強烈と思いません?

 誰のせいでもない雨が降っている
  しかたのない雨が降っている

この詩の難解さは並みいる評論家諸氏の腕を鳴らすようですが、どうやらほぼ「学生運動の挫折と当事者の悲哀」という観点に基づく解釈で一致しているようです。・・・ですが、せっかく難解に詠まれた詩なのにそんなに直接的一意的に結論づけてしまってはもったいないと思いませんこと? 結論づけて「わかって」しまうと、下手するとそれ以上味わえなくなるかも知れないですぜ(・o・ゞ

 怒りもて石を握った指先は
  眠れる赤子をあやし抱き
  怒りもて罪を穿った唇は
  時の褥に愛を呼ぶ

東大紛争は1968〜1969年のこと、そして連合赤軍事件の数々は1971〜1972年のこと。中島みゆきは1952年生まれでデビューは1975年ですが、さまざまなコンテストに出場して「コンテスト荒らし」の異名をとっていたのはその少し前の学生時代、同世代が武装闘争で新聞紙上をにぎわせているときに中島みゆき(当時は本名の中島美雪ですな)は音楽で闘争していたのでありました。まぁここまで直接的に表現されれば、関連がないと見なす方に問題があるでしょうw

この『誰のせいでもない雨が』は、1983年発表の《予感》収録。このタイミングは武装闘争の闘士として(念のため賛否は表明しませんよ)活動していた二十台半ばの若者たちにとって干支が一回りして四十の声を聞くタイミング、そしてバブル経済前夜で社会全体がそんな時代を忘れかけていたタイミングなのだろうなぁと。当事者たちに限らず、己がアツかった青春時代を呼び覚ますような詩であったと同時に「あぁ、あいつらも四十に近づいているんだよなぁ」とも思われたでしょうね。「四十而不惑」は『論語』の一節。うぅぅむ。

 黒い枝の先ぽつりぽつり血のように
  りんごが自分の重さで落ちてゆく

人間稼業を重ねて来れば背負うものもまた重なり重くなってくるものでございまして、一人二人と血の涙を流しながら脱落(と言うのもいささかモンダイかも知れませんが(^^;)して社会に飲み込まれざるを得ないもの。ですが中島みゆきは前の年、こうも詠っています。己の業を忘れないことが良いのか、忘れちまうことが良いのか、人により時と場合により、そして都合にwよりますな。まぁそんなモンでしょうて ヽ( ̄▽ ̄)ノ

 としをとるのはステキなことです そうじゃないですか
  忘れっぽいのはステキなことです そうじゃないですか
  悲しい記憶の数ばかり
  飽和の量より増えたなら
  忘れるよりほかないじゃありませんか『傾斜』1982年)

詩的文学的な表現は多様な解釈を可能とさせることで逆に真意をおぼろげながら浮かび上がらせる、という側面があると思うのですが、それは比喩だったり抽象化だったりのレトリックのなせる技。そこにいきなり投下される<滝川と後藤>という人名にはびっくりさせられます。しかも<帰らなかったってね>ですから、全くもっておだやかぢゃございませんで、やはり投獄された闘士たちを思い起こさせられずにはいられませんが、主人公たちと違う世界に袂を分かったのかも知れませんし、はたまた冷たい水の底という怪釈もできなくはなさそうで(ちょっとヤバいかな(^^;)

 きのう滝川と後藤が帰らなかったってね
  今ごろ遠かろうね寒かろうね
  誰かあたしのあの人を救けてよと
  (はだし)の女が雨に泣く

とは言え、この詩は「学生運動の挫折と当事者の悲哀」を詠ったもの、と小さくまとめてしまうにはチト惜しいと思います。あくまでも「学生運動の挫折と当事者の悲哀」は主要題材に過ぎず、誰しも社会的生活を送っている限りは必ず直面するであろう「理想と現実とのはざまでの葛藤」の方を詠んでいるとしたいワタクシでありま〜す。

 もう誰一人気にしてないよね
  早く 月日すべての悲しみを癒せ
  月日すべての悲しみを癒せ

このフレーズがサビとして繰り返されますが、なんという痛切なメッセージでしょう。悲しみを癒せ>と叫んでいるのですから、主人公にとって<悲しみ>は月日の力をもってしてもいまだ癒されていないのです。それなのに現実世界では<もう誰一人気にしてない>という不条理。生きることとは不条理を受け入れることだとも思いますが、この<悲しみ>は底知れず深く冷たい。しかもそれが<誰のせいでもない>という表現によって、強烈な光を放ちます。なるほど、レコードのB面のトップに置かれるべくして置かれた一曲なんでしょうね。

2019年4月29日 (月)

グリーグ『抒情小品集』から「フランス風セレナード op.62-3」を、バッハアカデミー(大宮公園)の1927年製ベヒシュタインL型(165cm)で

大宮公園の「バッハアカデミー」主宰の 山田康弘 氏が「ドミソを弾いただけで惚れ込んだ」・・・という、まさに運命的な出会いをした1927年製のベヒシュタインL型(165cm)を使って、グリーグの『抒情小品集』から「フランス風セレナーデ op.62-3」を弾きました。
・バッハアカデミー:http://www002.upp.so-net.ne.jp/bach/

・・・ベヒシュタインを弾きに行ったのに写真を撮り忘れて 小山屋の取材報告 になってしまったこともあり、動画収録をイイことにソッコー再襲撃してその足で 西川口で本格中華を食したw、というのはココだけのハナシ ヽ( ̄▽ ̄)ノ

つくづく思いますが、楽器って新しい古いに関わらず「出会った必然」を耳にすることが少なくなく、なんだかわからないですが「単なるモノ」ではない存在なんですよね〜。まぁ現代の工場で作るような楽器に比べれば、古い楽器の方が作り手が込める手の力そして意思の力ははるかに強かったであろうことは容易に想像できますし、古い楽器の方が「いろんな運命」を感じることが多いような気もしますが、電子楽器の周りであっても「出会いの感動」はちゃぁんと存在しているようです。

このベヒシュタインL型がバッハアカデミーにやってきたのは2018年4月だそうで、1年を経て空気にもなじんできたことでしょう、光栄にも動画を録らせていただけました。古いベヒシュタインですが古臭い音色ではなく、現代的に平板になりやすい(おっとw)わけでもない、という素晴らしい楽器です。ですが・・・それはとりもなおさず、まことに「教育的」な楽器である ということでもありまして、変な凸凹を作らず、かつさまざまな声部を弾き分け整理できるように心がけて一曲を弾くのは、なんとも大変なことでした。いやはや、止められませんわ〜 (`・ω・´)

2019年4月 7日 (日)

中島みゆき 作詞/作曲『グッバイ ガール』ソロ:モーツァルトの旅行用クラヴィコード(1763, J.A.Stein)の複製(2002年)で

中島みゆきの『グッバイ ガール』を、かの神童モーツァルトが7歳のとき(1763年)に買ってもらったJ.A.シュタイン製の旅行用クラヴィコードの複製で弾きました。ん? 歴史的楽器で現代の音楽を弾く必然性? 別に全っ然ございませんがナニか? ( ̄ー ̄)

『グッバイ ガール』は1988年のアルバム《グッバイ ガール》の収録曲と思うのが当然でしょうが、なんとまぁ、このアルバムには入っていないどころかこの『グッバイ ガール』の発売は1989年のシングル盤のみ、しかも2曲めとしてリリースされているというオチ。なのでこの「曲」をWebで検索するのは案外と面倒なのですが、中島みゆきにはもっと手強い相手がおりまして。《グッバイ ガール》と同じ1988年に《中島みゆき》というアルバムを発売していやがって、なんとまぁ検索しづらいことw

・・・閑話休題、クラヴィコードはピアノ以前の鍵盤楽器のなかで最も大切とされていたフシがあり、現代古楽器周辺では「独りで音楽の神さまと向き合う」ための楽器とみなされて過度に神聖化wされていたりします。ですが、実は、そのような内なる世界は優しく親密な世界でもあるはずで、現代人にとって大切なのはむしろ後者の性格ですよね。なお、クラヴィコードの音量は世人の想像を超えて小さいですから、背景のノイズが気にならない程度の音量に抑えたうえで少〜し耳を澄ませてくださいませ。聴こえてきますよ〜(・o・ゞ

 グッバイガール 何とでも 私のことを
  他人は語るがいいさ
  グッバイガール はじめから さよなら目当て
  そんなふうに 語るがいいさ


中島みゆきは「失恋歌の女王」とまで称されますし事実その通りだと思いますが、最初っっっから<さよなら目当て>と言われる主人公が登場するこの曲は、のっけからなかなかシビれますわな。「ふられぐせ」がついてしまったがごとき主人公ですが、今回ばかりは未練たっぷりで大変なようです。

 あの人は恋 私には恋
  誰も信じなくても だけど
  あの人は恋 私には恋
  あの人も信じないけど


この<あの人も信じないけど>が、ホントに切ないですね〜。主人公は自虐的になっているようなそぶりこそ見せて自分をも欺こうとしているようですが、この切なさはそれを突き抜けて心に刺さります。

 あの人は恋 私には恋
  いつでも忘れがたい だけど
  あの人は言う 街角で言う
  別れやすい奴だってさ


主人公が切々と恋いこがれているのに<あの人>と言ったら、まっっったくも〜。ですが、恋愛に限らずですが、強く強く想えば想うほど案外と自分一人で盛り上がってしまっていてナニも伝えられていないことが少なくない・・・と思いませんか? 態度に出しているつもりで全っ然出せていなかったとか、言葉に出したつもりなのに婉曲に過ぎてポカ〜ンとされちまうとか (´・ω・`)

 汚れてゆく雪のようです 女たちの心は
  汚れながら春になります 不埒でしょうか


もろもろのモヤモヤを吹き飛ばすような、締めくくりのこの二行。美しいだけでない、このナンとも言い難い雰囲気は一体どうしたことでしょうか。雪国で春が近づいて雪が溶け始めたときの凄まじい泥んこぐあいは札幌生まれ帯広育ちの中島みゆきですからイヤというほど経験しているわけで、そのような悲惨な泥んこぐあいがなければ<>は訪れない、と強く刷り込まれていることでしょう。中島みゆきにしては解りやすい比喩ではありますが、<汚れながら春になります>という表現ができるかどうかとはまた別なモンダイですね。まことに美しい表現でありますが・・・いやいや、泥んこで凄まじい汚れっぷりなんですけどw

さて、この動画で使っているクラヴィコードという鍵盤楽器の音は極めて小さく、弾き手の注意力は自然に研ぎ澄まされます。それがために「独りで音楽の神さまと向き合う」楽器とされるのでしょうが、その向き合い方は求道者のごとく禁欲的な姿だけではございません。クラヴィコードを弾くと世の中がいかに多種多彩な音に満ちているかにはっとさせられますし、それはとりもなおさず、自分が今まで気づかなかった外界の動きに気づかされる機会が与えられたことに他なりません。神さまとは実は身近な存在で、どれくらい身近かというと、自分の感性の中におはしまするぞ (`・ω・´)シャキーン

2019年4月 2日 (火)

ポンセ『間奏曲第1番』を1894年ベーゼンドルファー社製ピアノ(ウィーン式アクション/85鍵)で

メキシコの作曲家、ポンセ(1882-1948)の「間奏曲第1番」を、ポンセが生きていた時代の1894年ベーゼンドルファー製のピアノで弾きました。ベーゼンドルファーはメキシコではなくウィーンのピアノですが、まぁそこはご堪忍(・o・ゞ

ポンセはメキシコに生まれて幼くして大変な才能を発揮、メキシコからヨーロッパに一度ならず二度までも出向いて研鑽を積んだという、メキシコの西洋的調性音楽のいわば斬り込み隊長的な存在です。とりわけ有名なのは作詞も自身で行ったという「エストレリータ」でしょうね。

ポンセの作品の作曲年はあまり明確ではなく紛失してしまった作品も少なくないようですが、この「間奏曲第1番」は1909年ごろの作曲とされています。1905年に初めてヨーロッパに渡って1907年にメキシコに戻ってから作曲された作品で、物憂げでいながら悩ましい、といういかにもラテンな曲調はもっともっと人気が出てしかるべき曲ではないでしょうか。まぁどこにでもありそうなラテンなノリの軽〜い曲、という見方もできなくもないwかも知れませんが、それはそれで人気が出るために大切な要素の一つですよね〜。

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