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カテゴリー「音楽>YouTube」の193件の記事

2018年7月14日 (土)

中島みゆき 作詞/作曲『ララバイSINGER』ピアノソロ:1894年ベーゼンドルファー社製ピアノ(ウィーン式アクション/85鍵)で

中島みゆきの『ララバイSINGER』を、いつもの1894年製アンティークベーゼンドルファーで弾きました。

この『ララバイSINGER』は2006年のアルバム《ララバイSINGER》のラストを飾る曲ですが、そもそも「ララバイ」とは子守唄のこと。子守唄をアルバム名そしてラストの曲にしてしまうというセンス。まぁ中島みゆきがタイトルとして選んでいるほどですから、この「ララバイ」は普通の意味での癒やしの「子守唄」であろうはずがございませんね。『ララバイSINGER』とは直訳wすれば「子守唄歌い」で、ヒネりは「子守唄」の解釈にありと見ます ヽ( ̄▽ ̄)ノ

 <歌ってもらえるあてがなければ  人は自ら歌びとになる
  どんなにひどい雨の中でも  自分の声は聞こえるからね


自分の歌は自分で歌うものですが、これは前向きの意思を示すだけでなく、歌うのは自分しかいない・・・という孤独をも同時に示すのですね。中島みゆきの楽曲からは、どのような形を取ろうとも生き続けろ! というメッセージを強く感じさせられることが少なくありません。それを一歩進めて(魂の)死と再生を何度でも繰り返せ! という形を取ったのが『肩に降る雨』でしょう。

 <肩に降る雨の冷たさは生きろと叫ぶ誰かの声
  肩に降る雨の冷たさは生きたいと迷う自分の声
『肩に降る雨』1985年)



・・・そう言えば、『拾われた猫のように』という救いようがなく孤独な曲にも、こんな一節がございます。

 <自分の声を子守歌にずっと生きてたから『拾われた猫のように』1995年)



どれほど孤独であっても、<自分の声>が聞こえないことは原理的にあり得ないこと。しかし表面的にはそうであっても自分とは当事者に他ならず、<自分の声>をバイアス少なく正確に聞くのは生半可でなく難しいです。中島みゆきは1995年、阪神大震災と地下鉄サリン事件が起きて間もなくの時期に大阪のコンサートで歌った『ファイト!』の導入でこう語りかけました。

 <夢は叶ったほうがいいです
  でも叶わない夢もあります
  どうしようもない 形を変えでもしない限り
  どうにもならない夢というものもあります

  だから
  どんなに姿かたちを変えながらでも
  どんなに傷つきながらでも
  いつかきっと あなたの夢が
  叶いますように


どんなに姿かたちを変えながらでも どんなに傷つきながらでも>見続けられる夢・・・もはや「業」と言うべきか・・・こそが真の<自分の声であり、そしてそれこそが「我々は何処から来て何処へ行くのか」を読み解く鍵でありましょう。一過性の夢ではなく生涯を通して見続けられる夢とはなんだ? というのが中島みゆきから我々へのメッセージに違いありません。

 <その船を漕いでゆけ おまえの手で漕いでゆけ
  おまえが消えて喜ぶ者に おまえのオールをまかせるな
『宙船(そらふね)』2006年)

この『宙船(そらふね)』も同じアルバム《ララバイSINGER》に収録されており、ここにもやはり変わらぬ強い意思を感じます。

 <ララバイ ララバイ 眠れ心  ララバイ ララバイ すぐ明日になる

睡眠と覚醒は、死と再生の一種とみなせるでしょう。死とは一種のやすらぎ、そして生きている我々にとっては睡眠こそがつかの間のやすらぎ。睡眠は手伝えても覚醒は手伝えない存在が子守唄歌いである中島みゆきであって、覚醒するのは個々人それぞれの生きる意思=生涯を通して追い続ける夢があってこそ。

・・・そして同時に睡眠とは「夢を見る時間」であって、これすなはち「自己の内面と独り静かに向き合う時間」の象徴にも感じられてきました。その時間に我々を導いてくれるのが、他ならぬ「子守唄歌い」である中島みゆきなのかもしれませんね。

2018年6月26日 (火)

6月23日ライブ動画/シューベルト『4つの即興曲D899』より、第1曲を1909年製ブリュートナー・ピアノで

世田谷の(信州ではございませぬぞw)松本記念音楽迎賓館にて6月23日に行った、1909年製ブリュートナー・ピアノ〜ブーニンをコンクール優勝に導いたピアノ〜には多数ご来場いただき、ありがとうございました。当時社会現象とまでになった、かの1985年ショパンコンクールの覇者:スタニスラフ・ブーニンが当時稽古に使っていた正真正銘の実物を使った演奏会でしたが、この楽器はそれだけでなく特別な来し方の楽器、この楽器を使えた光栄に感謝感激でした。

 次の演奏会は7月8日!
 その次は7月18日です!

ライプツィヒのピアノメーカー:ブリュートナーの手によるこのピアノは1909年製。ときのドイツ皇帝ヴィルヘルム2世が従妹のアレキサンドラ皇后(ロシア最後の皇帝ニコライ2世の妻)に贈ったものとされており、ロシア革命勃発の際にさる女官の手に渡り、その後1970年代末に彼女が亡くなるまで“聖なる遺品“として大切に保管されていた・・・という言い伝えのある、まことに高貴な楽器です。

「芸術」という摩訶不思議なシロモノのなかでも、音楽というヤツはとりわけ独特と思います。古今東西、お経や声明のような『呪文』に始まり、讃美歌も言うに及ばず音楽の一種。周囲の音環境が変わるとその場の雰囲気=空気が一変しますので、そこに呪術的な意味づけがなされ、そもそもが「神に近づくための手段」であった可能性を強く感じます。原初、神と近づくには肉声以外いさぎよしとせず…と考えられていたようですが、時代が進むにつれてやはり必然があったのでしょうか「楽器」といういわば「交信道具」も使えるようになり、それは当然ながら単なる道具でない特別なものとして畏敬の対象となっていました。多分に呪術的な意味合いの装飾が楽器に施されたり、また物理学や加工技術が進化してもそれを取り入れず合理的でない楽器が作り続けらたりしていた理由の一つに、「楽器とはそもそもが特別な存在である」という意味づけがあったのではなかろうかと想像します。

このような考え方にもとづけば「楽器をつくる」ということは「神と対話する道具をつくる」ことに他ならず、本来、現代的な「コストダウン」という考え方など生まれようはずがありません。そして「音楽を奏でる」ということは「神との対話」なのですから、生活のいたるところに神の存在を感じていた昔の人々にとって神聖であるだけでなく、同時にごく普通の身近なことでもあったでしょう。ですが、いかに身近であっても神と相対するときに手間を惜しむなんて罰当たりもイイとこwですから、楽器=お道具の物理的性質が不揃いであろうが調律が狂っていようがそんなことは些末な問題に過ぎず、今ここにあるお道具を使ってガタガタ言わずに(笑)自分の意志を神に伝えようと苦心惨憺せねばならぬのです(・o・ゞ

さて、ここで効いてくるのが「皇帝」や「王様」という存在であります。この存在は庶民にとってはあたかも「神」であるかのような特別な存在であり、皇帝に献上する品物を製作するというのはこの上も無い名誉であり、同時に大変なプレッシャーでもあったことでしょう。下々の者どもはその名誉を得るために尋常でない努力を惜しまなかったわけで、だからこそ「文化」とは皇帝の周辺で高く深く開花するのであります。この、ドイツ皇帝からロシア皇帝に渡った“聖なる遺品”を現代日本人である自分が演奏できたということ、演奏家として特別な感慨がございます。関係諸氏に厚く御礼申し上げます。

2018年6月12日 (火)

中島みゆき 作詞/作曲『肩に降る雨』ピアノソロ:1894年ベーゼンドルファー社製ピアノ(ウィーン式アクション/85鍵)で

中島みゆきの『肩に降る雨』をアンティークピアノで弾きました。

この『肩に降る雨』は1985年のアルバム《miss M.》のラストを飾る・・・というにはあまりにも落ち着いており、それでいながら歌詞のどん底ぐあいがけっこう激しい曲。しかもそれを悲しいとか苦しいとか恨むとかの言葉を一切使わずに表現しており、繰り返される<肩に降る雨の冷たさ>がさらに拍車をかけているような。中島みゆきの筆力、恐るべし。

 <肩に降る雨の冷たさにまだ生きてた自分を見つけた

ならまだカワイイもんで、その先ではこうですからどん底もどん底、冗談じゃないっす (´・_・`)

 <あの人がくれた冷たさは薬の白さよりなお寒い

この「白い薬」は覚せい剤でもまして風邪薬でもござらずw、睡眠薬ですね。そういえば、中島みゆきにはこのようなとんでもない歌詞がありましたっけ。しかもコレ、曲の出だしですぜ (((( ;゚Д゚)))ガクブル

 <自殺する若い女が この月だけ急に増える
  それぞれに男たち 急に正気に返るシーズン
  大都会の薬屋では 睡眠薬が売り切れる
  なけなしのテレビでは 家族たちが笑っている
『十二月』1988年)

こりゃいくらなんでもクリスマスシーズンである12月を題名とした曲の出だしとして、あまりにもあんまり。ですが、凄惨さを織り込むところこそが中島みゆきの歌詞で、この不思議な魔力は一体全体なんとしたことでしょう。

 <遠くまたたく光は遙かに私を忘れて流れてゆく流れてゆく

一度でも「絶望」を体験すれば、漢字二文字ごときで表現できるようなナマヤサシイ状況ではないのは自明の理。主人公は一筋の光明さえも見出だせなくなってしまい、魂が肉体を離れてしまったかのような感覚に陥ってしまったようです。このあとの間奏(1:40)〜が茫然自失な雰囲気を実に巧みに描き出しており、ワタクシ、この曲の隠れた名場面と思っています。

 <幾日歩いた線路沿いは行方を捨てた闇の道
  なのに夜深く夢の底で耳に入る雨を厭うのは何故


光明がない<行方を捨てた闇の道>ですが、主人公が<耳に入る雨を厭う>という行動を取ったのは・・・無意識のうちに何かメッセージを聞きたかったのでしょうか。そして、とぼとぼ力なく歩むテンポ感を前向きに変え、キーも半音上げて(3:23)〜力強く唄い出すのがこの一節。

 <肩に降る雨の冷たさは生きろと叫ぶ誰かの声
  肩に降る雨の冷たさは生きたいと迷う自分の声


誰かの声>がメッセージとして<生きろ>と聴こえ、それをきっかけとして<生きたいと迷う>自分の内なる声に気づいた主人公。ひょっとしたら気づかぬ(=死ぬ)方が楽だったのかも知れませんが、やはり「生き抜く」ことこそが人間。(魂の)死と再生を何度でも繰り返せ! という中島みゆきからのメッセージなのか。

 <肩に降る雨の冷たさも気づかぬまま歩き続けてた
  肩に降る雨の冷たさにまだ生きてた自分を見つけた


ふむ・・・『肩に降る雨』のもう一つの姿は、万物を芽吹かせ再生させる慈雨なのかも。しかし冷たい雨なので人生が甘くないことは変わらず、慈雨であってもぬるま湯につからせてはくれませんね〜 ヽ( ̄▽ ̄)ノ

2018年5月31日 (木)

メリカント『ワルツ・レント op.33』を、ウィーン式アクションの1894年ベーゼンドルファーで

北欧の佳曲、メリカント(1868-1924)の『ワルツ・レント op.33』を、メリカントが生きていた1894年ベーゼンドルファー製のピアノで弾きました(・o・ゞ

メリカントはフィンランドの作曲家、かのシベリウスの3歳年下です。数多くの作品を作曲しましたが大作曲家のくくりには入らないという、まぁ普通の作曲家。残念ながら現代では作品のほとんどが忘れ去られてしまっています。『ワルツ・レント』はその中での白眉とも言うべき作品で、ピアノ弾きにはこの一曲だけでメリカントの名は知られている・・・と申しても過言ではないような気がいたします。

この曲、実は『ワルツ・レント』に仕立てるためのテンポ設定が非っ常〜に難しく、たいていは間が持たずに普通のワルツ的になってしまいます。かと言って遅くしさえすれば事足りるかというとこ〜れまた難しく、この曲の音の少なさそして単調さのためでしょう、どうしても停滞してしまってワルツの雰囲気がにじみ出てこないんですね〜。むりやりワルツっぽくさせようとテンポを揺らしてしまうと、コ レ が ま た エ ラ く あ ざ と く な っ ち ま い ま す し w メカニック的には単純だからか子供用の曲とされているようですが、この曲の音楽としての魅力をピアノから引き出すのは至難のワザでありま〜す(・x・ゞ

2018年5月23日 (水)

中島みゆき 作詞/作曲『愛詞(あいことば)』ピアノソロ:1894年ベーゼンドルファー社製ピアノ(ウィーン式アクション/85鍵)で

中島みゆきの『愛詞(あいことば)』をアンティークピアノで弾きました。

この『愛詞(あいことば)』は2013年に中島美嘉に中島みゆきが提供した曲で、MBS・TBS系テレビアニメ『宇宙戦艦ヤマト2199』のエンディングテーマに採用されました。そして中島みゆき自身も翌2014年にアルバム《問題集》でセルフカバーしています。しかも1曲めという特別な位置でしてね

中島みゆきは自身の詩の解釈を徹底して読み手に任せて「黙して語らず」の姿勢を貫いていますが、この『愛詞(あいことば)』では英語の題名『PASSWORD OF LOVE』のおかげで大変に怪釈wしやすくなっている気がします。

・1番のラスト
 わかる人にしかわからない それでいい愛詞(あいことば)

・2番のラスト
 心の扉の鍵になれ ひと粒愛詞(あいことば)

なるほど、まさに<PASSWORD>ですね。このささやかな愛は厳にあなたとわたしだけのもの、他人にはわかってほしくない・・・という気持ちを表現するために<PASSWORD=愛詞(あいことば)>という語を使うとは、今さらですが中島みゆきの尋常ならざる言語センスに慄然とします。心のうちに秘めつつ相手を想いつづける苦しみはまことに厄介ですが、ま〜、これがまた甘美なんですよね〜(・x・ゞ

 ありふれた男と ありふれた女が
  群像の中で 突然の中で 特別な人になる


『愛詞(あいことば)』をひとたび交わした間柄になると、どんなに混沌とした状況でも常に<特別な人>として心の中に居続けてくれるということ、誰もが身に覚えがあることでしょう。まぁそうでない「片想い」という状況も勝手に相手を<特別な人>に仕立ててしまうモンですが、それはさておきw、恋とはそれこそ前触れもなく襲いかかってくるシロモノで、<突然の中で>「落ちる」ものでありま〜す(・o・ゞ

 願いごと増えました 独りなら願わない

この対句法のな〜んとまぁ巧みなことでしょう! だいたい、人間なんつ〜弱い存在は他者との関係が希薄だと不安に陥るwもので、孤独感とは他者から必要とされていないだけで生じるものではなく、他者を必要としないと思い込んでいるはずの「己」にも実はのしかかってくるんだよなぁ・・・と。

 ひとりでも私は生きられるけど
  でもだれかとならば 人生ははるかに違う
  強気で強気で生きてる人ほど
  些細な寂しさでつまずくものよ
『誕生』1992年)

 もしもあなたが全て正しくて とても正しくて 周りを見れば
  世にある限り全てのものは あなた以外は間違いばかり
  つらいだろうね その1日は
  嫌いな人しか 出会えない
  寒いだろうね その1生は
  軽蔑だけしか いだけない
『NOBODY IS RIGHT』2007年)

強がりは孤独の裏返し、そして、強がりは自己洗脳。あらゆるひとに<心の扉の鍵>は天から等しく用意されているはずですが、この鍵をどうやって見つけ、そしてどのように使うのかは結局は「己」次第だ!

2018年5月21日 (月)

ブクステフーデ『パッサカリア ニ短調 BuxWV161』を、1954年製ヤマハ五号リードオルガンで

ブクステフーデ(c.1637-1707)の有名な『パッサカリア ニ短調 BuxWV161』を、おなじみ渡邉祐治氏による丁寧な修復でよみがえった、1954年製ヤマハ五号リードオルガンで弾いています。この動画は2018年5月13日に中野の Space 415 にて行った、古楽かふぇのイベント「触ろう&聴こう リードオルガン 〜古楽かふぇ 体験&コンサート〜」の実況です。

ご存知、この曲はもとは足鍵盤付の大〜きなパイプオルガン用の作品ですが、10年ほど昔に4オクターヴの小〜さなチェンバロ用(!;;;)に編曲する機会があり、その楽譜が発掘できたのが演奏するきっかけでしたw。構成自体をオリジナルと変えている箇所もありますので、YouTube上の原曲にあたって比べてみるのもまた一興かと(・o・ゞ

現代は電気式送風機wのおかげでオルガニストは「風の送り方」を考えずとも「音は出る」ようになりましたが、実はそれはオルガンが管楽器であることを無視しても大丈夫になったということでもあります(便利になると人間って退化しますからね〜)。何百年も昔に電気が使えていたハズはなくw、本来はどんなに大きなパイプオルガンでも人間が風を送っていました。風の送り方は管楽器で言えば息の送り方ですから、人力送風のオルガンを知らないオルガニストが意外と少なくない現代って・・・実は大きな問題だったりします。とは言え、現代ではパイプオルガンで人力送風を体験するのは簡単ではなく、それならばリードオルガンを体験することに俄然意味が生まれるはず・・・と思ってはいますが、世間の風はなかなかに冷たかったりw

2018年5月10日 (木)

Scotson Clark『Opening Voluntary』を、100年ほど昔のHILLIER社製16ストップ、棚付きリードオルガンで

おそらく100年ほど昔のロンドンはHILLIER社製16ストップ、鍵盤の音域5オクターヴの棚付きリードオルガンを弾きました。実はこのような豪華棚付きのリードオルガンは日本でもあちこちに埋もれているようですが、修復するにも捨てるにもお金が少なからずかかるためでしょうか、放置されて朽ちるに任せている楽器が少なくないようです。この楽器は個人蔵で入手経緯も不明ながら優秀な修復のおかげでほぼ完調、数十分音出しするだけで素晴らしい音色を奏でてくれました。

曲は、Theodor Presser Co. から出版された「The Reed Organ Player - A Collection of Pieces for all Occasions(1914)」所収、Scotson Clark(1840-1883)による『Opening Voluntary』です。残念ながら原曲は不明、まぁこんなことは、この手の曲集にはわりかし頻繁にあることでして。市井の人々の間にかつてあふれていた音楽はとにかく自由なものでちょっとした集会所のスクエアピアノやリードオルガンそしてハルモニウムの周りに生まれていたわけですし、そのための音楽のための作曲家もそれこそそこら中に存在していたようです。そのような普通の人々のための普通の曲集では長い曲をバッサリ切り詰めたり調号の少なく読みやすい調性に移調したりしてあるのもごく普通のこと。考えてみれば、現代の通俗曲でも全く同じですよね〜(・o・ゞ

リードオルガンの魅力は大向こうをウナらせるような超絶技巧では断じてなく、柔らかく優しい世界観にこそ。忙しすぎる現代人こそ、こんな世界に浸れる時間があって欲しいよなぁ・・・と願ってやまないワタクシでありま〜す。

2018年5月 3日 (木)

鷲見五郎 作曲『前奏曲 ト短調』を、1954年製ヤマハ5号リードオルガンで

音楽産業の最大手YAMAHAの始まりは、創業者の山葉寅楠が足踏みオルガンであるリードオルガンを製作したところから・・・とご存知の方は意外とおられないのではないでしょうか。明治維新ごろのいわゆる「洋楽導入」から第二次大戦後しばらくまでの長い間、市井の人々の音楽の大切な部分をリードオルガンが占めていたことも、なんと100万台を超す楽器が世に出ていたことも、現代ではすっかり忘れ去られてしまいました。

このリードオルガンの世界に対して、かの大中寅二とともに大きな意義を感じていたのが鷲見五郎(1916-2000)です。氏の作曲による『前奏曲 ト短調』を、おなじみ渡邉祐治氏による丁寧な修復を経てよみがえった、1954(昭和29)年ヤマハ製5号オルガンで弾きました。木部が合板でなく無垢材だった最後の世代の楽器、堂々とした鳴りっぷりにシビれますよ〜(・ω・ゞ

現代は電気モーターのおかげでオルガニストは「風の送り方」を考えずとも音は出せるようになりましたが、極論すればそれはオルガンが管楽器であることを無視しても大丈夫になってしまったということでもあります。何百年も昔に電気が使えていたハズはなくw、本来はどんなに大きなパイプオルガンでも人間が風を送っていました。風の送り方は管楽器で言えば息の送り方ですから、足踏みオルガンを知らないオルガニストが意外と少なくない現代って・・・実は大きな問題だったりします。音楽を活かせる風の送り方を体得せずして、ど〜しますねん(・x・ゞ

・・・まぁ難しく言わなくても単純に、リードオルガンの素直で温かくしかも演奏者の悪知恵w次第で多種多彩な表現ができる魅力は、一部の世界だけに留めさせるにはあまりにも惜しい素敵な世界、ということなのですが(・o・ゞ



さて、5月13日(日)に、この楽器を含めて3台のリードオルガンを使った体験会&演奏会&懇親会:触ろう&聴こう リードオルガン を中野の Space415 にて行います。オルガンの豊かにふわっと拡がる空間感はなかなか録音には入りづらいもので、是非ともナマで体験していただきたく!m(._.)m

・*:..。o♬*゚・*:..。o♬*゚・*:..。o♬*゚・*:..。o♬*゚

2018年5月13日(日)13時〜19時(予定)
Space 415 (中野区新井2-48-12 2F/中野駅北口徒歩12分)
終日4000円(要予約当日精算30名)
13:00〜 リードオルガン体験会(3台あります!)     
 ※譜面をお持ちになり、ご自由に音を出してみてください   
15:00〜 リードオルガンコンサート             
17:00〜 リードオルガンとともにフリータイム(持込歓迎w)

演奏:筒井 一貴/解説:渡邉 祐治
主催:古楽かふぇ リードオルガン提供:渡邉祐治

予約 kcafe@dream.jp(古楽かふぇ)
   bergheil69@me.com(筒井)
※参加者募集ページの申込み用フォームからもお申込みいただけます。
  http://www.kokuchpro.com/event/kcafe20180513/

20180513_reedorgan_leaflet1

2018年4月27日 (金)

中島みゆき 作詞/作曲『慕情』ピアノソロ:1894年ベーゼンドルファー社製ピアノ(ウィーン式アクション/85鍵)で

中島みゆきの『慕情』をアンティークピアノで弾きました。

『慕情』は、2017年のテレビ朝日系『帯ドラマ劇場・やすらぎの郷』の主題歌。2017年に発売された中島みゆきの2年ぶり通算42枚め(!)のフルオリジナルアルバム『相聞』のラストを飾る曲です。

『やすらぎの郷』は、脚本家の倉本聰が「夜のゴールデンタイムに若者向けのドラマが数多く放送され、大人の観るドラマが少ない」として企画。昭和世代にテレビの世界で活躍した人物だけが入居する老人ホーム「やすらぎの郷 La Strada」を舞台に、“家族の絆”・“友情”・“愛情”・“死”などがテーマ。テレビドラマでありながら現代のテレビのあり方に対する痛烈な皮肉や風刺に満ちていたとのこと、大重鎮たる倉本聰だからこそできたのでしょうね〜(・x・ゞ

 甘えてはいけない 時に情は無い
  手離してならぬ筈の何かを 間違えるな


この一節、普遍的な真実を語っているように思えます。この曲について言われる「人生を振り返りつつ、 改めて人を愛することの大切さを歌った歌詞」に留まらず、テレビという媒体、否、それどころかおよそ人の生き方全てに打ち込まれる一節ではないでしょうか。まぁ自分の生き方を振り返ってみても、刹那的な愉しみや惰性に流されてばかりでめっっっちゃとほほwなのですが、その結果・・・

 振り向く景色はあまりに遠い

んですよね〜〜〜〜 (´・ω・`)ショボーン

時による淘汰こそが真に残酷で情け容赦がなく、ヤマハのポプコンで賞を獲ったような選ばれしスターたちですら、だれもが中島みゆきのように40年以上もトップを走り続けられるはずもなし。しかし、賞なぞ獲ってもいないごくごく普通の人々の中にこそ手離してならぬ筈の何かをつかみ続けている真の「人生の職人」が当たり前のようにひしめいていることは、『地上の星』を例に出すまでもなくみなさんご存知でしょう。個人が残らなくとも継承されてきた「ナニか」こそが、技術であり文化であり伝統でありま〜す。

 地上にある星を誰も覚えていない
  人は空ばかり見てる
『地上の星』2000年)

星の数ほど存在するのが人生で、その圧倒的多数が手離してならぬ筈の何かに気づくことがかなわず、地上にある星にすらなれずに一生を終えてしまうのかも知れません。まぁしかし、それ自体は確かに嘆かわしいのでしょうが、ご無理ごもっともw。それであっても素敵に輝き得るのは、やはり「人を愛する」ことなのかなぁと。コレ、恋愛に限ったハナシではございませんですね。

 限りない愚かさ 限りない慕情

人生なんて綺麗事なんかでなく、それぞれが置かれた状況の狭間で悩みもがき傷つき苦しみ葛藤するもの。しかし・・・生きねばならぬ!

 ファイト!   闘う君の唄を
  闘わない奴等が笑うだろう
  ファイト!   冷たい水の中を
  ふるえながらのぼってゆけ
『ファイト!』1983年)

2018年4月25日 (水)

ショパン『ワルツ(遺作)イ短調』を、1843年製シュトライヒャーで

ショパン(1810-1849)の遺作の『ワルツ イ短調 BI150』を、個人蔵のシュトライヒャー1843年製オリジナルフォルテピアノで弾きました。

ショパン=プレイエルピアノ、という図式は既にでき上がっておりますが、チト待っていただきたく。ショパンがプレイエルを本格的に使い始めたのはパリに移り住んでからのことですから、実は後半生のこと。ショパンの音楽的源泉を育んだピアノがプレイエルより少し前のピアノである・・・ということを忘れてはなりませぬぞ! (`・ω・´)シャキーン

この遺作のワルツはショパン没後の1860年に、シャルロット・ド・ロチルド/Charlotte de Rothschild(1825-1899)の『4つのピアノ曲』のうちの一曲として出版されており(IMSLPに転がってますよ〜w)、おそらくこの周辺にショパンが個人的にプレゼントしたものであろうとされています。ロチルド=Rothschild=ロートシルト=ロスチャイルド・・・と発音を変えてみれば、パリの上流階級なつながりを見いだすのは容易ですね(・o・ゞ

ショパンの手稿譜は1901年にロスチャイルド家からパリ音楽院に寄贈され、現在はパリ国立図書館の所蔵となっています。なお、シャルロット・ド・ロチルドはショパンから『バラード第4番 op.52』と『3つのワルツ op.64』をも献呈されています。

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