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2019年8月の16件の記事

2019年8月31日 (土)

《トリスタンとイゾルデ》第二幕、SP盤コンサート

久々に小渕沢まで、やっぱり高原は気持ち良いですわ〜。

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ヴァーグナーによる楽劇《トリスタンとイゾルデ》第二幕のオリジナル78回転盤(SPレコード)は17面あるのですが、それを全て大型蓄音機クレデンザで聴く、という唯一無二な(酔狂とも言うw)試み。藤森朗さんによる解説でございました。しかも盤は1928年に初めてバイロイトで全曲録音された盤・・・と来れば、出向かないワケにはいかないでしょう。ステレオなんて要らないとさえ思えるような呆れるほどの立体感そして臨場感、90年前の録音ってホントに凄かったんだなぁと(`・ω・´)

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クレデンザの写真なんて普通にあるでしょうから、この「南アルプスサロン」の様子でもお楽しみくださいませ〜(*´-`)

2019年8月25日 (日)

ヤナーチェク「草かげの小径にて 第一集」から第4曲『フリーデクの聖母マリア』を、EHRBAR/エアバーが1928年ころに作ったアップライトピアノで

チェコ東部モラヴィアの作曲家ヤナーチェクによる『草かげの小径にて 第一集』から第4曲「フリーデクの聖母マリア」を、ウィーンで1928年ころに作られたEHRBAR/エアバーのアップライトピアノで弾きました。Frýdek とはシレジアの町の名前で、ヤナーチェクが生まれた寒村 Hukvaldy の近くです。今は Frýdek-Místek と呼ばれ、町の中央を流れる Ostravice 川の東側がシレジアの Frýdek 、西側がモラヴィアの Místek です。このシレジアという地域はとてつもなく複雑で、とうてい一つの解釈ができるはずがないようです。

1928年はヤナーチェクが亡くなった年で、しかも、ヤナーチェクは1876年製のエアバーピアノを愛用していたとのこと。それならばこのピアノでヤナーチェクを弾いてみたくなるのは当然の成り行き。両者には50年のへだたりがあるのでそれがど〜したwなのも確かですが、なかなかに趣き深い結果になりました。この1928年製のエアバーは某超絶強烈変態wピアノヲタクな知り合い(特定できちまうかナwww)の持ちものでして、ボロボロな状態で店頭に放置されていたも同然なお道具を救出できてご満悦、そりゃ〜世の中に知らしめるために動画を録って差し上げるのが、友人としての当然の努めでありま〜す(・o・ゞ

EHRBAR/エアバーは今となってはほとんど知られていませんが実はその創業は非常に古く、なんと1801年でベーゼンドルファーより古いんですよ〜。ですが1930年ころを境に生産台数がガタ落ちになっており、大恐慌(1929年)の影響をいやでも感じずにはいられません。100年ぐらい昔のウィーン周辺にはピアノのメーカーがそれこそ100社やそこらはあったワケでして、知られざるメーカーもそれこそ星の数ほど。そして古い楽器は履歴の個体差こそがその楽器の個性、という一面もございます。唯一無二の響きをどうぞ!

2019年8月23日 (金)

よみがえる古き佳き響きの世界 〜 100年前のフルートとベヒシュタインピアノ 〜 モーツァルトのクラヴィコードとともに

こないだウチの地元で昭和な焼肉を愉しんだ 素来聡子さん & 石井孝治さん は、100年前の逸品フルートを素晴らしい音色で奏でる稀有の存在でしてな。

そのお二人とワタクシが奏く カーサ・モーツァルト 所蔵1920年代のベヒシュタインK型という、まさに同時代の楽器の共演です。これに加えて筒井所蔵のモーツァルトのクラヴィコードとの共演も聴ける、というお得感満載(?)の演奏会ですよ〜 (`・ω・´)

・*:..。o♬*゚・*:..。o♬*゚・*:..。o♬*゚・*:..。o♬*゚

よみがえる古き佳き響きの世界
100年前のフルートとベヒシュタインピアノ
モーツァルトのクラヴィコードとともに

フルート:
素来 聡子石井 孝治
ピアノ&クラヴィコード:筒井 一貴

2019年9月21日(土)15時開演(14時半開場)
4000円(全席自由/50名/要予約)
原宿、カーサ・モーツァルト(渋谷区神宮前1丁目10ー23 3階)

主催 音楽マネージメント ファルベ http://www.flutefarbe.com/
問合せ 044-572-0747(音楽マネージメント ファルベ)
           farbefl24.info@gmail.com(音楽マネージメント ファルベ)
bergheil69@me.com(筒井)  
後援 一般社団法人 日本フルート協会

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J. B.ルイエ (1680-1730)
 トリオソナタ op.II/12 ト長調(1725)
クヴァンツ (1697-1773)
 トリオソナタ 変ホ長調 QV 2:18(after 1720?)
モーツァルト (1756-1791)
 ヴァイオリンソナタ K.304 から、第2楽章
  (悲しみのメヌエット)(1778)
ゴーベール (1879-1941)
 ギリシャ風ディヴェルティスマン(1909)
 組曲(1921)
ハーティ (1879-1941)
 アイルランドにて(1918)
ヒンデミット (1895-1963)
 フルートソナタ(1936)

2019年8月22日 (木)

平和苑@金町南口

9/21に原宿の カーサ・モーツァルト で一緒に演奏会を開く、フルート教室ファルベ主宰の 素来さん & 石井さん との合わせ稽古をウチで行い、5分歩いてやって参りましたの焼肉でござい(`・ω・´)

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無煙なんてどこ吹く風な昔ながらの焼肉、一歩店に入れば昭和そのままの姿そして無敵な香り。これだけでメシが何杯も食えそうな(*´-`)

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19時ぐらいには地元の家族連れを含めてほぼ満席でしたが、1時間もするとサクッと引き上げるというめっちゃカジュアルで適価な焼肉なのも素晴らしく、まさに現代に生きる普通の焼肉でした。実はもう一軒あったのですが、半年ほど前に更地に(^^;;;;;

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2019年8月20日 (火)

Boëly(1785-1858) の教会用小品ホ短調を、100年前の大型リードオルガンで

ボストン近郊の Bridgewater で1930年代始めまで頑張っていたパッカード社1905年製の大型棚つきリードオルガンで、Alexandre-Pierre-François Boëly(1785-1858) の教会用小品を弾きました。リードオルガンの魅力は大向こうをウナらせるような超絶技巧ではなく、柔らかく優しい世界観にこそ。忙しすぎる現代人にこそ、この世界でユルんでいただきたいなぁと思ってやまないワタクシでありま〜す。

この手の大型棚つきリードオルガンは100年ちょい昔の北米にはごく普通にあった楽器です。見た目はパイプオルガンに匹敵するくらいに派手ですが、実は普通の箱型のリードオルガンの上に豪華な装飾棚(しかも意外と軽いw)を載せているだけなので、構造や機能自体は普通のリードオルガンと一緒と考えて差し支えないのでした。見た目で身構える必要は全〜然ないんですよ〜(・o・ゞ

曲は、日本の「基督教音楽出版」から出版された『教会オルガン前奏・間奏・後奏曲集(全音調による)オルガン・ブック』(木岡英三郎、1974)の第50曲です。原曲は1842年出版の『24のオルガン曲集 op.12』17曲め。この曲集 op.12 は5つの組曲に加えて独立した1曲のオッフェルトリウムからなり、その4つめの組曲ホ短調の第2曲がこの「Un poco lento, sur les jeux de fonds」です。足鍵盤つきの曲ですが、上記『オルガン・ブック』では和音を一ヶ所勝手に変えているだけでほぼそのまま手鍵盤用に書き直しています。

まぁこんなことはこの手の曲集にはわりかし頻繁にあることでして。市井の人々の間にかつてあふれていた音楽はとにかく自由なものでちょっとした集会所のスクエアピアノやリードオルガンそしてハルモニウムの周りに生まれていたわけですし、そのための音楽のための作曲家/編曲家もそれこそそこら中に存在していたようです。そのような普通の人々のための普通の曲集では長い曲をバッサリ切り詰めたり調号の少なく読みやすい調性に移調したりしてあるのもごく当たり前のこと、考えてみれば、現代の通俗曲でも全く同じことやってますよね〜。

2019年8月15日 (木)

フランソワ・クープラン《クラヴサン曲集第3巻》所収「第13オルドル」から『Les Lis naissans/百合の花ひらく』を、フレンチクラヴサンで

2019年7月27日に高円寺北口から10分程度の閑静な住宅地のど真ん中にある「ソフィアザール高円寺バロック」所蔵のフレンチクラヴサンを使って行った演奏会実況録画、フランソワ・クープラン(1668-1733)の《クラヴサン曲集第3巻》(1722年)所収「第13オルドル」から『Les Lis naissans/百合の花ひらく』です。

このクラヴサンは多彩極まりない才人の 永野光太郎氏 が2018年末に納入した楽器でようやく半年経ったばかりですが、音響振動に対する反応が抜群に良く、いわゆるエージングが進むわ進むわでいつも仰天させられています。本番にむけてわりと頻繁に鳴らし込みをさせてもらえたのですが、とにかく音が良〜く伸びるようになり、それとともに音が減衰する過程もまっこと上品にふわっと消える感じに。これぞエージングの醍醐味ですね〜 (`・ω・´)
・永野光太郎オフィシャルサイト:https://oratokoratok.jimdo.com

音楽は派手なだけでは成り立ちません。『Les Lis naissans/百合の花ひらく』はきわめて単純な曲ですが、少〜しずつ空気が変わって行く雰囲気は慎ましやかで上品なクラヴサン音楽の真骨頂の一つと思います。どうぞお楽しみくださいませ〜! ヽ( ̄▽ ̄)ノ

2019年8月13日 (火)

リスト『Nuages gris/灰色の雲』を、EHRBAR/エアバーが1928年ころに作ったアップライトピアノで

リスト(1811-1886)が最晩年(1881年)に作曲した『Nuages gris/灰色の雲(『暗い雲』と称されることも)』を、ウィーンで1928年ころに作られたEHRBAR/エアバーのアップライトピアノで弾きました。リスト(1811-1886)は大変な長命で、ブラームス(1833-1897)が亡くなったのがリストが亡くなった11年後というのはちょっと時空が歪んでいるような気さえしませんか?w

最晩年のリストのピアノ小品は調性を逸脱させようという実験的な試みがなされている・・・というような記述がそれこそそこら中にコピペされてそれで「以上、終了」な印象wを受けますが、ちょ〜っと待っていただきたい。かのワーグナー(1813-1883)が古典的機能和声の崩壊の端緒となったとされる『トリスタンとイゾルデ』を作曲したのは四半世紀も昔の1857年から1859年にかけてですし、リストはワーグナーの作品をさんざんピアノソロ編曲して熟知(我々凡人が想像すらできないレベルで「熟知」していたのも当然ですネ)していたに決まってますし、いまさらナニが「調性を逸脱させようという実験的な試み」だと思うわけで。とは言え、最晩年のピアノ曲はリストの曲としてよく知られている響きとは全く異なる響きに満ちているのもまた確かですけどね〜(・x・ゞ

EHRBAR/エアバーは今となってはほとんど知られていませんが実はその創業は非常に古く、なんと1801年でベーゼンドルファーより古いんですよ〜。ですが1930年ころを境に生産台数がガタ落ちになっており、大恐慌(1929年)の影響をいやでも感じずにはいられません。100年ぐらい昔のウィーン周辺にはピアノのメーカーがそれこそ100社やそこらはあったワケでして、知られざるメーカーもそれこそ星の数ほど。そして古い楽器は履歴の個体差こそがその楽器の個性、という一面もございます。唯一無二の響きをどうぞ!

2019年8月12日 (月)

関東鉄道常総線、北部田園地域の単行気動車たち

数年に一度ぐらい、撮り鉄の血な発作wに見舞われるワタクシ、かなり久々に顔を合わせた先輩から下館(しもだて)に住む農工大ピアノ部の1学年下を訪ねるよ〜、と言われて、こりゃ関東鉄道常総線の田園風景を撮りに来い、ってコトだなぁとかなんとか (`・ω・´)

最近は60年ほど昔のVoigtländerのレンズシャッター式一眼レフ用の鏡玉ばかり使っていたのですが、今回は盛夏の田園風景がカキ〜ンと写りそうな同時期Schneiderのレンズシャッター式一眼レフ用の鏡玉を一式携えて参りました(^^)//

関東鉄道常総線 中妻ー三妻 2019.8.10.
 Camera: SONY NEX-3 Lens: Schneider Retina-Xenon 50mm F1.9
Dsc08811s

関東鉄道常総線 中妻ー三妻 2019.8.10.
 Camera: SONY NEX-3 Lens: Schneider Tele-Arton 90mm F4
Dsc08835s

関東鉄道常総線 中妻ー三妻 2019.8.10.
 Camera: SONY NEX-3 Lens: Schneider Tele-Arton 90mm F4
Dsc08860s

JR烏山線 滝ー烏山 2019.8.11.
 Camera: SONY NEX-3 Lens: Schneider Curtagon 28mm F4
Dsc08908s

Schneider DECKEL-mount lenses(1960s) & SONY NEX-3
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 左:Curtagon 28mm F4(c.1968)
 中:Tele-Arton 90mm F4(c.1969)
 右:Retina-Xenon 50mm F1.9(c.1965)

2019年8月11日 (日)

大宝八幡宮@下妻市

本日の北関東ドライブ、おしまいは昨日行きそびれた、大宝元年(701年)創建の関東最古の八幡さま。なんでもココは金運成就で有名なだけでなく、実際にかなり宝クジを当ててくる実力の持ち主(?)だそうで(`・ω・´)

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さすがに由緒正しきお社で雰囲気は秀逸、狛犬がとにかくたくさんあったのにはビックリでしたね〜。

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宝クジは買わないワタクシσ^_^;

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大谷資料館(大谷石採掘場跡)

広い広〜い大谷石採掘場跡、洞窟の中の気温は20度を割り込むほどでこのくっそ暑い日には最高の涼しさ・・・だったのですが、出口が近づくととたんに蒸し暑くなりやがってσ^_^;

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当時の過酷な労働環境が再現されているワケではなく、アートな空間としての見せ方趣好なのは納得。実にクールな空間でカッコ良いですね〜。

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龍門の滝@烏山線沿線

昨日(8/10)は下館に宿泊(国内で泊まるのは実はか〜なり久しぶりだったりw)して、農工大ピアノ部の古い卒業生3人でま〜さ〜か〜の北関東ドライブはじまり〜(*´-`)

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さすがに充実の「龍門の滝」ですが、意外と風が抜けずに蒸し暑かったのは、やはり普段のワタクシの行いがゆえなのかもw

2019年8月10日 (土)

関東鉄道常総線、北部地域の田園風景

ひっさびさの遠出は関東鉄道常総線の北部地域、ウチから一時間半(遠出でもないかw)でこんな田園風景が広がるのですから、関東平野ってなかなかのポテンシャルなんですよね〜(*´-`)

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つくばエクスプレスとのジャンクションの守谷駅周辺はがっつりw開発が進んでいますが、30分も北に上がればそこここにこんな田園風景が広がっているんですよ〜。

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このあたりは2015年9月の鬼怒川氾濫で大きな被害を受けたところで、関東鉄道常総線も路線の1/3もが被害をこうむって大変だったのは記憶に新しいですね。

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本日のランチはギリッギリで浸水を免れた中妻駅近くの「ママの店」にて、おすすめのしょうがたっぷりなしょうが焼き定食。全く安くはございませんでしたがσ^_^;・・・さすが納得のお味でございました。

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2019年8月 7日 (水)

中島みゆき 作詞/作曲『愛が私に命ずること』ピアノソロ:1894年ベーゼンドルファー社製ピアノ(ウィーン式アクション/85鍵)で

中島みゆきの『愛が私に命ずること』を、いつもの1894年製ベーゼンドルファーで弾きました。

この『愛が私に命ずること』は2008年に公開されたミュージカル『SEMPO~日本のシンドラー杉原千畝物語』のために書き下ろされ、翌年2009年に発売されたアルバム《DRAMA!》の5曲めに収録されています。このアルバム《DRAMA!》は、ミュージカル『SEMPO 〜日本のシンドラー 杉原千畝物語〜』に提供した曲から選んだ前半6曲と、夜会 VOL.15『〜夜物語〜元祖・今晩屋』(2008年 - 2009年)、夜会 VOL.16『〜夜物語〜本家・今晩屋』(2009年)で歌われた書き下ろし曲から選んだ後半7曲との計13曲からなっています。

 すべて愛が私たちに命ずることなら
  ためらいはしない
  怖れもなく 後も見ず 歩いてゆけるだろう

朗々とした唄い出しにふさわしく、強靭で格好イイ決意表明ですね〜。他の者の言いなりにならず、あくまでも<>のみに従う、と。字面だけでも充分に格好イイのですが、この曲はミュージカルのための音楽ですから、主人公の人となりを併せて怪釈しなくちゃです (`・ω・´)

ミュージカル『SEMPO~日本のシンドラー杉原千畝物語』で描かれている杉原千畝(すぎはらちうね/1900-1986)は、第二次世界大戦中リトアニアに赴任していた際に、ナチスの迫害により欧州各地から逃れてきた難民たちに外務省からの訓令に反して1940年7月から8月にかけて大量の通過査証を発給したことで知られています。官僚組織とはどんなに冷酷な決定でも官僚個々人の罪悪感なしに粛々とコナせてしまう、という一面がありますよね。まぁそれぞれにお立場もご都合もございますし、それに対する評価をとやかく申し上げるのはヤボ。少なくとも、当時の杉原千畝氏にとっては本省からの「行先国の入国許可手続を完了し、旅費および本邦滞在費などの携帯金を有する者にのみに査証を発給せよ」という指示は<愛と違うものが命ずること>だったのでしょう。そして難民に対する人道的感情が<愛が私に命ずること>であったのでしょう。2番の唄い出しはナルホドさすがな対語法(・o・ゞ

 もしも愛と違うものが命ずることなら
  従いはしない
  立ち塞がる悲しみや痛みを見据えても

誰しも好き好んで難民になるはずはございません。同じく、本省の官僚も単なる意地悪で難民に対する通過査証の発給を拒絶したはずもなく、ただ発給条件の通りにせよという指示をしただけだったことでしょう。万人に等しく絶対的な正義は存在しませんし、同時に万人に等しい愛も与えるのは不可能であります。かなりの紆余曲折を経て、杉原千畝氏の日本政府による公式の名誉回復はようやく2000年のこと。生誕100年の節目であったのは偶然でしょうか。

 ある朝 誰の国と名付けられても
  王冠は日暮れには転がるもの

島国日本にいる我々にとってこの感覚は普通ではないと思いますが、多民族入り乱れ混血も進んでいる大陸では当たり前の感覚です。絶対的な安全も正邪もそもそも存在しないのであれば絶対的な規範もまた存在しないこととなり、これはめっっっちゃ不安ですよね〜。そのため、例えば自分の中に規範を設けようとしてそれが「愛」となったり、自分の外に規範を設けようとしてそれが「神」となったりするのではないでしょうか(そこに「権力」という奴がひそむとヤヤこしいのですが、それは別のハナシw)規範がブレて他の者の甘い言葉についノってしまうと残念な結果になる・・・こんな例には枚挙にいとまがありませんが、それでも人間ってヤツは弱いモンでしてねぃ。う〜む(・o・ゞ

 さまよう民となって離れるときも
  2つのかけら遠く呼び合うだろう
  誰の救けもらえたなら 私たちは寄り添うだろう

たとえ難民となって祖国を離れても、心は常に祖国とともにあり。かのショパン(1810-1849)は祖国ポーランドを離れて二度と戻れませんでしたが、ショパンの音楽は強烈な愛国心に満たされたものでした。大国のはざまで翻弄され続けたポーランドの民の愛国心とは、日本人にはおよそ想像を絶するほど強く固いものであったことでしょう。まさに強靭な<>そのものであります。<ショパンの作品は、花のかげに隠れた大砲である(シューマン)

それと同時に、この<2つのかけら遠く呼び合うだろう>は、中島みゆきのライフワークである『夜会』のテーマ曲とされている『二隻の舟』の世界観に直結しています。

 敢えなくわたしが 波に砕ける日には
  どこかでおまえの舟が かすかにきしむだろう
  それだけのことで わたしは海をゆけるよ
  たとえ舫い綱は切れて 嵐に飲まれても『二隻の舟』1989年)

このように「ともに歩めなくても艱難辛苦を超えて幸せに!」と相手の幸せを願い続けるには、それぞれを大きく包み込み結びつけて「より大きく幅広いひとつ」にするなにかが共有できていないと不可能なこと(そう言えば「隻」という漢字は「ひとつの」という意味を持っていますね)それはそれで素晴らしく尊いのですが、やはりそれだけでなく物理的wに寄り添いたいと願うのが人情。そのためには、やはりなにかしらの<救け(たすけ)>が必要なのがいわゆる社会というものなんだろうなぁと。現代に生きる我々にとって、この<救け>ってますます大切になってきている気がしませんか?

2019年8月 3日 (土)

ヤナーチェク「草かげの小径にて 第一集」から第1曲『われらの夕べ』を、EHRBAR/エアバーが1928年ころに作ったアップライトピアノで

チェコ東部モラヴィアの作曲家ヤナーチェク(1854−1928)による「草かげの小径にて 第一集」から第1曲『われらの夕べ』を、ウィーンで1928年ころに作られた、EHRBAR/エアバーのアップライトピアノで弾きました。

1928年はヤナーチェクが亡くなった年で、しかも、ヤナーチェクは1876年製のエアバーピアノを愛用していたとのこと。それならばこのピアノでヤナーチェクを弾いてみたくなるのは当然の成り行き。両者には50年のへだたりがあるのでそれがど〜したwなのも確かですが、なかなかに趣き深い結果になりました。このEHRBAR/エアバーは某超絶強烈変態wピアノヲタクな知り合い(特定できちまうかナwww)の持ちものでして、ボロボロな状態で店頭に放置されていたも同然なお道具を救出できてご満悦、そりゃ〜世の中に知らしめるために動画を録って差し上げるのが、友人としての当然の努めでありま〜す(・o・ゞ

EHRBAR/エアバーは今となってはほとんど知られていませんが実はその創業は非常に古く、なんと1801年でベーゼンドルファーより古いんですよ〜。ですが1930年ころを境に生産台数がガタ落ちになっており、大恐慌(1929年)の影響をいやでも感じずにはいられません。100年ぐらい昔のウィーン周辺にはピアノのメーカーがそれこそ100社やそこらはあったワケでして、知られざるメーカーもそれこそ星の数ほど。そして古い楽器は履歴の個体差こそがその楽器の個性、という一面もございます。唯一無二の響きをどうぞ!

2019年8月 2日 (金)

ひさびさの久保田彰チェンバロ工房訪問

ひっさびさに久保田彰親方じきじきに呼び出しをくらいw、新座まで楽器見学な午後(`・ω・´)

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スタッフの牧田氏による古い時代のクラヴィコードと、シュレーターの発案で図面のみ現存のタンゲンテンフリューゲルとは、なんとも素敵に無敵に濃ゆい組み合わせ (((o(*゚▽゚*)o)))


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両方ともかなり愉しい出来栄えで、いろいろと悪事をハタラきたくなったのはココだけのハナシ。それにしても、ココ、何台楽器が転がっているんでしょ(*´-`)

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2019年8月 1日 (木)

Rinck(1770-1846) の教会用小品ハ長調を、100年前の大型リードオルガンで

ボストン近郊の Bridgewater で1930年代始めまで頑張っていたパッカード社1905年製の大型棚つきリードオルガンで、Christian Heinrich Rinck(1770-1846) の教会用小品を弾きました。

この手の大型棚つきリードオルガンは100年ちょい昔の北米にはごく普通にあった楽器です。見た目はパイプオルガンに匹敵するくらいに派手ですが、実は普通の箱型のリードオルガンの上に豪華な装飾棚(しかも意外と軽いw)を載せているだけなので、構造や機能自体は普通のリードオルガンと一緒と考えて差し支えないのでした。見た目で身構える必要は全〜然ないんですよ〜(・o・ゞ

曲は、日本の「基督教音楽出版」から出版された『教会オルガン前奏・間奏・後奏曲集(全音調による)オルガン・ブック』(木岡英三郎、1974)の第8曲です。Rinckは1770年生まれということはベートーヴェンと同い年ですが、バッハのような対位法音楽や教会音楽の方向に当時の新しい響きを取り入れたというなかなかに独自な方向性の音楽を作っていたそうです。それにしても、76歳まで生きたというのは当時としてはかなりの長命だったんですね〜。

残念ながら原曲は不明、まぁこんなことはこの手の曲集にはわりかし頻繁にあることでして。市井の人々の間にかつてあふれていた音楽はとにかく自由なものでちょっとした集会所のスクエアピアノやリードオルガンそしてハルモニウムの周りに生まれていたわけですし、そのための音楽のための作曲家/編曲家もそれこそそこら中に存在していたようです。普通の人々のための普通の曲集では長い曲をバッサリ切り詰めたり調号の少なく読みやすい調性に移調したりしてあるのもごく当たり前のこと、考えてみれば、現代の通俗曲でも全く同じことやってますよね〜。

リードオルガンの魅力は大向こうをウナらせるような超絶技巧では断じてなく、柔らかく優しい世界観にこそ。忙しすぎる現代人にこそ、この世界でユルんでいただきたいなぁと思ってやまないワタクシでありま〜す。

・リードオルガン修復:渡邉祐治
https://www.youtube.com/channel/UCSiix1iGPuO6XR54th_BjHw

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