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2019年6月の9件の記事

2019年6月30日 (日)

オーケストラ「☆の王子さま」@かつしかシンフォニーヒルズ

出身高校オーケストラ部の卒業生が多数参加しているアマオケ「☆の王子さま」の演奏会がご近所なのをイイことに、チラシの挟み込みっっっ (`・ω・´)

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若い楽員に「つついさん自ら挟み込みするなんてめっっっちゃシュール!」とウケが取れたので、目的の半分は達成されたかしらん。それはイイとしても、団長の某音楽準備室のマスターに「つついさん、髪(紙)が亡くなりました!!」とめっちゃ叫ばれたのも書いておかねば。てめ〜ぶっころすσ^_^;
・・・とゆワケで、7/27の バロック方面より風来たる ACT.1@高円寺、絶賛ご予約受付ちぅ〜(*´-`)

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そしてもいっちょ、9/21の よみがえる古き佳き響きの世界@原宿も興味深い催しですよ〜。フルートの 素来聡子さんと 石井孝治さん との三人で織りなす、いにしえの柔らかな響きの世界にどうぞ!(*´-`)

そして、10/5には こんな1927年製のベヒシュタインを使って 大宮公園の バッハアカデミー でピアノソロ怪催、そろそろ各方面の活動再怪ですぞ(`・ω・´)

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2019年6月29日 (土)

クラシックカフェ・バッハを聴く@ハダノ浪漫食堂

なにやらレギュラーメンバーになりかけているような、クラシックカフェ・バッハを聴く に参加〜(*´-`)

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神奈川県は 秦野の自家焙煎コーヒー店:えんぴつ猫 のマスター主催、みんなでおススメ音盤を持ち寄ってワイワイ和やかにという会。それにしても、今回のお題は バッハ というあまりにも広い範囲でどうしようかとσ^_^;

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さすがに J.C.Bach や C.P.E.Bach は避けてw、ハロルド・サミュエルのピアノに、サーストン・ダートのクラヴィコードに、デレク・アドラムのクラヴィコード、というナゾな布陣で攻め込みましたが、一定のウケは取れた模様でホッ(`・ω・´)

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会場は大正浪漫がコンセプトのとってもおしゃれな ハダノ浪漫食堂 の二階の一室となれば、主催者としてはランチを兼ねて参加者を和やかにさせるのは当然の策。いやはや、「松みどり」なる地元の日本酒がまっことウマかったでした(*´-`)

2019年6月28日 (金)

ピアノフリー@国分寺クラスタ

FB友だちによる企画「ピアノフリー」@国分寺クラスタに、ようやく参戦(`・ω・´)

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まさかというべきか、国分寺なので当然ともいうべきか、農工大の卒業生が4名集結。また別の知り合いにもお会いできて、いやはや楽しかったでした。

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それよりナニより、このフラットマンドリンにはぶっ飛びましたぞ。ギターの世界で有名なあのギブソンの1915年ごろの逸品、驚くまいことか、ギブソンはこの当時むしろマンドリンメーカーとして有名だった由。鉄弦ですがまったく「刺さらない」感じの音色が素晴らしく、姿にも惚れ惚れでございました(*´-`)

2019年6月25日 (火)

ロワイエ『クラヴサン組曲』から『Tambourin/タンブーラン』を、フレンチクラヴサンで

高円寺北口から10分程度の閑静な住宅地のど真ん中にある「ソフィアザール高円寺バロック」所蔵のフレンチクラヴサンを使って、ロワイエ(1705?-1755)の「クラヴサン曲集」から『Tamburin/タンブーラン』を弾きました。7月27日にはココでチェンバロ演奏会:バロック方面より風来たる ACT.1 ですよ〜。

このクラヴサンは多彩極まりない才人の 永野光太郎氏 が2018年末に納入した楽器でようやく半年経ったばかりですが、音響振動に対する反応が抜群に良く、いわゆるエージングが進むわ進むわでいつも仰天させられています。
・永野光太郎オフィシャルサイト:https://oratokoratok.jimdo.com

「Tambourin/タンブーラン」とはプロヴァンス地方に伝わる胴長の太鼓のこと。この太鼓を腰の位置に提げて片手に持ったばちでリズムを取りつつもう片方の手で笛を吹く、という演奏スタイルで、有名なビゼーの「アルルの女」の『ファランドール』はな〜んと実はこのオリジナルの旋律そのまんまを使っているんですね〜。この良く鳴り響くチェンバロではいささかエゲつないほどの鳴りが民族色を濃厚にしてくれている感あり、まことに愉しいです (`・ω・´)

ロワイエの「クラヴサン曲集」の出版は1746年・・・ということはJ.S.バッハの亡くなる4年前であると同時に、W.A.モーツァルトが生まれるたった10年前だったりします。おふらんすなバロック音楽が爛熟していた時代のクラヴサン音楽です。どうぞお楽しみくださいませ〜! ヽ( ̄▽ ̄)ノ

2019年6月22日 (土)

音楽準備室@東大宮、リードオルガン登場!

大宮公園のバッハアカデミー主宰の 山田康弘氏 による、1927年製ベヒシュタインL-165を使った演奏会に参上後、デフォルトで東大宮の音楽準備室襲撃っ(`・ω・´)

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そしたらなんと山田さんご本人が音楽準備室に御降臨、しかもリードオルガン貸出のため館林の渡邉さんもいらっしゃり、さっそく大盛り上がりになりましたとさ(*´-`)

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このリードオルガンは家庭用の量産楽器ですが、渡邉さんがスケルトンに改造したので本来は見られない足踏み機構が赤裸々にw見える実に教育的な楽器に生まれ変わったのでした。

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さっそくご店主もリードオルガン遊び、リードオルガンは頑張り過ぎずにテキト〜に遊べる楽器なんですね〜。ストイックにくっっっそマジメに取り組むだけが鍵盤楽器ではございませぬぞ!

2019年6月19日 (水)

農工大ピアノ部レッスン会、梅雨の晴れ間

農工大ピアノ部、今期のレッスン怪スタートです。きょ〜れつな雨男なワタクシにしては珍しく晴れましたが、特筆すべきハプニングもなくw

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昔と変わらぬ農工大農学部のたたずまい、今となっては大学としてまことに珍しい存在なのかもw

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あ〜変わらず濃ゆいメンバー6名ぶっ続けの6時間、楽しい楽しい(`・ω・´)

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終了後はひさびさに晴見町商店街の昭和な洋食店『アポロ』のチキンカツカレー。店名の由来はアポロの月面着陸 と今回初めて伺ってなるほど。開店当初の店は商店街の真ん中あたりで、今の場所に移って36年とのこと。なかなかの衝撃でございましたw

2019年6月18日 (火)

三島元樹氏録音セッション応援@東戸塚、Sala MASAKA

折に触れてご一緒している作曲家の 三島元樹氏マイク宣伝&録音セッションのお手伝い。

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今回は、ここ Sala MASAKA(東戸塚)の素晴らしいペトロフのグランドピアノ(194cm)を使ってのセッション。ピアノプレップ の山内氏の技術も入って万全の状態でのスタート。

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ワタクシはお手伝いといっても、煮詰まりかけたタイミングで休ませるといった、いわばテンションマネージメント担当でございま〜す。

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まぁ実はハプニングが起きてスタートが4時間遅れたのですが、その間にワタクシがこれまたの〜んびりとピアノ慣らしをしたのもまた意味があった模様 (`・ω・´)

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・・・それにしても、こんなのが手に入ったのは行き掛けの駄賃にしては大変な収穫でありましたw

2019年6月14日 (金)

治療院スマイルlabo@新座

この5月末に新装なった新座の 治療院スマイルlabo にひさびさに出向いて、身体のリセット(`・ω・´)

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相変わらず呆れるほどに見事な腕前ですが、来るたびに強〜力にパワーアップしているのが実に頼もしく。血行がめっっっちゃ良くなるのでしょうね、温泉に入った後のような心地よ〜い疲労感が(*´-`)

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・・・眠くなるのはヨいにしても、帰りの武蔵野線で座ったが最後爆睡も〜どσ^_^;

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2019年6月 7日 (金)

中島みゆき 作詞/作曲『傾斜』ピアノソロ:1894年ベーゼンドルファー社製ピアノ(ウィーン式アクション/85鍵)で

中島みゆきの『傾斜』を、いつもの1894年製アンティークベーゼンドルファーで弾きました。

この『傾斜』は1982年に発売されたアルバム《寒水魚》のA面2曲め。死ぬまで長く長く一歩一歩歩み続けねばならぬ人生を「限りなき道程」に例えるのはごく普通の発想ですね。徳川家康の御遺訓が<人の一生は重荷を負ふて遠き道を行くが如し>で始まることを知っておられる方も少なからずと思います。
・東照公御遺訓:https://www.toshogu.or.jp/about/goikun.php

中島みゆきも、そのまんま『重き荷を負いて』という曲を2006年のアルバム《ララバイSINGER》に収録していたりします。この曲の歌詞もなかなかシビれるんですが、また今度(^o^;

ですが、この手の伝記資料は真偽が定かでない単なる「言い伝え」である可能性を常に頭において置かねばなりません。検索してみたら、やはり出てきました。さすがの「レファレンス協同データベース」で、これによると・・・
<この遺訓は家康が言ったという証拠はなく、徳川美術館館長徳川義宣氏の研究成果として、「いま流布している家康遺訓の底本は伝水戸光圀作「人のいましめ」『天保会記』1830年に見える)であったようである」と書かれています。>
とのことで、チト驚かされたでござる(・ω・ゞ
・細かくはこちらからどうぞ:http://crd.ndl.go.jp/reference/detail?page=ref_view&id=100009052

さて・・・『傾斜』の歌詞の一部分を切り取るのはチト面倒なので、1番の歌詞を。

 傾斜10度の坂道を
  腰の曲がった老婆が 少しずつのぼってゆく
  紫色の風呂敷包みは
  また少しまた少し 重くなったようだ
  彼女の自慢だった足は
  うすい草履の上で 横すべり横すべり
  のぼれども のぼれども
  どこへも着きはしない そんな気がしてくるようだ

  冬から春へと坂を降り 夏から夜へと坂を降り
  愛から冬へと人づたい
  のぼりの傾斜は けわしくなるばかり

  としをとるのはステキなことです そうじゃないですか
  忘れっぽいのはステキなことです そうじゃないですか
  悲しい記憶の数ばかり
  飽和の量より増えたなら
  忘れるよりほかないじゃありませんか


ワタクシ何十年も馬齢を重ねてきましたが、いろいろと重ねて来て思うのは、経験を重ねるということは実は何かをつかむってぇコトだけじゃないような気がするんですね。まぁ「経験」それ自体は「何かをつかむこと」なのでしょうが、その経験を重ねて行くうちに、こだわってしがみついている何かから解放されてラクになるときが何度となくあったんですわ。それと同時に加齢に伴って「老化」というこれまた避けづらい現象を突きつけられるのが残念なのですが、それもまたしゃ〜ないこと。

経験の多い少ないばかりを重視してしまうと、<風呂敷包みは また少しまた少し 重くなって>しまいますし、せっかく<自慢だった足>も長年の酷使ですり減ってしまった<うすい草履の上で 横すべり横すべり>してしまいます。そりゃ〜、<のぼれども のぼれども どこへも着きはしない そんな気がしてくる>に決まってますがな。そもそも<傾斜10度の坂道>は緩い上りにしか思えないかも知れませんが、スキーなら自然停止できないほどの急傾斜(中島みゆきは北海道出身!)であることにも気づいていただきたいです。傾斜10度の坂道>をずっっっと踏みしめながら上り続けるって、めっちゃキツいんですよ〜。

 足元の石くれをよけるのが精一杯
  道を運ぶ余裕もなく  自分を選ぶ余裕もなく
  目にしみる汗の粒をぬぐうのが精一杯
  風を聴く余裕もなく  人を聴く余裕もなく
『重き荷を負いて』2006年)

ですが、この『傾斜』の詩には素晴らしい救いの文言がありますね〜。

 としをとるのはステキなことです そうじゃないですか

この部分から、吹っ切れた感じどころかむしろ諦めを感じさせさえする明るさに楽曲の雰囲気が劇的に変貌しますが、この「経験の蓄積に伴う解放」「加齢に伴うほにゃららw」との間の葛藤がまことにウマいこと表現されているなぁと感服させられます。
「量より質」とは昨今のご時世では「ご無理ごもっとも」と受け取られるようになってしまったwフシもございますが、量ばかりを重視しているのは経験がロクに使えていない証拠。経験の量を忘れるほどに当たり前にできてこそ、その経験が自分の血となり肉となるのですぞ。逆にそうでないと記憶なんぞ簡単に<飽和の量>まで達してしまうワケで、それでは本当に<忘れるよりほかない>というチトもったいない状況に陥ってしまうと思いませんか? 量をどうやって質に転化させるか、情報過多というにも程があるほどの恐ろしい現代に生きる我々にこそ大切な視点であるはずでしょう (`・ω・´)
・・・ワタクシが人一倍物忘れがヨいことの言い訳とも言いますが(・x・ゞ

中島みゆきはこの『傾斜』発表から22年後(!)の2004年に別アルバム《いまのきもち》に違うアレンジで収録しており、<としをとるのはステキなことです>以降でも劇的に変化させず、全体を軽いサウンドに仕立てています。《いまのきもち》は中島みゆきのデビュー30年めのアルバム、それまで自分が横すべりすながらも少しずつのぼってきた傾斜を「ん〜、いろんなことがあったよね〜」てな一種の感慨をもって振り返っているのでしょうね〜。ココは深読みしなくてヨいでしょ(・o・ゞ

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