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2017年12月27日 (水)

鷲見五郎 作曲『前奏曲 イ短調』を、1954年製ヤマハ5号リードオルガンで

音楽産業の最大手YAMAHAの始まりは、創業者の山葉寅楠が足踏みオルガンであるリードオルガンを製作したところから・・・とご存知の方は特にピアノな方々には相当に少ないのではないでしょうか。明治維新ごろのいわゆる「洋楽導入」から第二次大戦後しばらくまでの長い間、市井の人々の音楽の大切な部分をリードオルガンが占めていたことも、なんと100万台を超す楽器が世に出ていたことも、現代ではすっかり忘れ去られてしまいました。

現代は電気モーターのおかげでオルガニストは「風の送り方」を考えずに音が出せるようになりましたが、実はそれはオルガンが管楽器であることを無視しても大丈夫になったということです。何百年も昔に電気が使えていたハズはなくw、本来はどんなに大きなパイプオルガンでも人間が風を送っていました。風の送り方は管楽器で言えば息の送り方、すなはち自力で「音楽を活かせる風の送り方」ができてはじめてオルガン音楽が理解できることに他ならず、足踏みオルガンを知らないオルガニストが少なくない現代って幸せな時代であるのか・・・実は大問題だったりします(・x・ゞ

・・・まぁここまで難しく言わなくても、単純にリードオルガンの素直で温かくしかも演奏者の悪知恵w次第で多種多彩な表現ができる魅力は、一部の世界だけに留めさせるにはあまりにも惜しい素敵な世界、ということなのですが(・o・ゞ

このリードオルガンの世界に大中寅二とともに大きな意義を感じていたのが鷲見五郎(1916-2000)です。氏の作曲による『前奏曲 イ短調』を、おなじみ渡邉祐治氏による丁寧な修復を経てよみがえった、1954(昭和29)年ヤマハ製5号オルガンで弾きました。木部が合板でなく無垢材だった最後の世代の楽器、堂々とした鳴りっぷりにシビれますよ〜(・ω・ゞ

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