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2015年4月10日 (金)

「ピアノの誕生は1709年」が誤りである根拠

日本では「ピアノの誕生は1709年」というのが相変わらず通説ですが、これが誤解にもとづく誤りであることを年代を追って示していきます。

1698年、ボローニャとフィレンツェで作曲家兼オルガニストであった宮廷音楽家:マンヌッチ(Francesco Maria Mannuci)が日記の中で、クリストフォリと出会ったときのことを回想している、との報告があります。1698年春にマンヌッチはクリストフォリと出会い、このときに「ハンマーメカニックが取りつけられた鍵盤の模型」を見せられた、と書いている、という主張です。これが研究論文として初めて明らかにされたのは1964年、ファッブリ(Mario Fabbri)のイタリア語論文の一部分でした。ただし、マンヌッチの日記の自筆が提出されておらず、この Fabbri の主張の信憑性は極めて疑わしいとされています。

Cristofori 一方、最も確実性の高い資料は、1700年に編纂されたメディチ家の所蔵楽器目録です。この中に「クリストフォリの手による、ハンマーアクションを備えて強弱のつけられるアルピチェンバロ」の記載があることから、ピアノの誕生が遅くとも1700年であることは疑いありません。この記載を翻訳すると(英語文献からの孫翻訳なので不正確な可能性があります/原文:イタリア語)

バルトロメオ・クリストフォリの新しい発明による、強弱のつけられるアルピチェンバロ(Arpicembalo)1音は同じピッチの(=ユニゾンの)2つの弦からなり、響孔(=ローズ)のないサイプレス材の響板を持ち、ケースの側面と湾曲部分(=ベントサイド)は黒檀の帯で象眼され、弦に触れるところに赤い布がつけられたダンパーと、強弱を可能にするハンマーを持っている。メカニック全体は黒檀で象眼されたサイプレス材で覆われ、ナチュラルキーはツゲ材、シャープキーは分割鍵盤になっておらず黒檀材で、下のCから始まって49の黒鍵と白鍵を経て上のcで終わる。鍵盤の両端には黒い木のブロックがついており、その上部に黒いつまみがついている。楽器の長さは217.6cmで、幅は98.6cm、譜面台はサイプレス材で、外ケースは白ポプラ材、そして赤い革のカバーは緑色の布地(タフタ)で裏打ちしてあり、金のリボンで縁取りされている。

このあと、マッフェイ(Scipione Maffei)侯爵による有名な紹介記事があらわれます。これは、1711年にヴェニスで出版された『イタリア文人誌(Giornale de' letterati d'Italia)』紙上に発表されたもので、マッフェイが1709年にクリストフォリと会って実際に楽器を見て書いた紹介記事です。この中で、マッフェイは「彼はすでに3台の普通サイズの新しい楽器を作っていた」と書いています。すなわち、1709年の段階で既にクリストフォリは少なくとも3台のピアノを作り上げていたという記述しかされていないのに、これが誤解されて(ありそうなことではありますが)、1709年にピアノが発明された、という誤った認識が広がったのです。

古いまとめですが、このページにまとめています。ご興味があればご一読くださいませ!m(._.)m

補)最初期の鍵盤楽器について資料/図面が1440年ごろに存在し(この記事を参照)、そこに「打弦式アクション」が既に記載されています。そこから1700年のクリストフォリのピアノまで数百年のあいだ研究も実験もされていなかった・・・と考えるのは、いくら楽器が残っていないからと言ってもかなり乱暴な決めつけではなかろうかと思います。結局「ピアノの誕生」は定義づけの問題に過ぎない、とも言えますが、それであっても「1709年」という解釈はあり得ぬでしょう。

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