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7月27日/バロック方面より風来たる@高円寺バロックザール

ここしばらくな〜んとなく調子がスグれず、ソロの演奏会は控えておりましたが、よ〜やっと活動再怪しますよ〜 (`・ω・´)

蓄音器なオトコのコも〜どで遊んでいただいていたソフィアザールのオーナー氏から「秋じゃ遅い、高円寺はわりかし空いてるんだからとっとと演奏会やって!」と尻を叩かれまして(いや、ホンマ、ありがとうございますw)、7月末という暑いさなかですがホールの中は涼しいですしwどうぞおいでくださいませ!

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2019年7月27日(土)14時開演(13時半開場)
高円寺、ソフィアザール高円寺バロック(バロックザール)
(JR高円寺駅北口徒歩10分程度/中野区大和町1-29-12)
4000円(当日精算/50名)
共催 ソフィアザール
申し込み 090-8348-1170(高円寺バロック:遠藤)
  bergheil69@me.com(筒井)

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くれぐれも「バロック方面から風来坊ぢゃないっすよ(・ω・ゞ

<プログラム>
 フォルクレ (1699-1782)
 「クラヴサン曲集第4」抜粋
 フランソワ・クープラン (1668-1733)
 「クラヴサン組曲集」より、第6オルドル、第13オルドル
 J-N-P. ロワイエ (1705?-1755)
 「クラヴサン曲集」抜粋

2019年5月24日 (金)

麻辣誘惑/北池袋

自由学園明日館 で行う演奏会でいつもお世話になっている某氏と池袋北口のディープな地帯へ突入(`・ω・´)

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四川・東北料理とのことでとにかく赤い料理wがふんだんなこの店、日本語はあまり聞こえなかったのもポイント高し。また真っ赤で油もたっぷりなのにギトギト感がなく、イイ感じのスパイシーさが秀逸でした。

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まぁ・・・紹興酒と56度の白酒を同じ量(グラスになみなみw)出されたのには、さすがにノケぞりましたけどね〜σ^_^;

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2019年5月22日 (水)

チェンバロ鳴らし込み祭り@高円寺

7月27日14時開演、高円寺の ソフィアザール高円寺バロックで行う、 バロック方面より風来たる act.1 のためのチェンバロ鳴らし込み祭り、怪催ちぅ!

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完成してようやく半年の二段フレンチというコトもあって、音響振動をどんどん加えて成長させるべく、製作者の永野光太郎氏ともども悪業の限りを尽くしてますよ〜(`・ω・´)

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おっと・・・永野氏は悪業ではなかったかσ^_^;

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2019年5月18日 (土)

ヴァイオリン&ピアノライヴ@しずく会/小田原

半年に一度の恒例となった、小田原駅近の「しずく会」でのくされ縁wな柏木真樹師との日本酒ライヴ、はや3回めと相成りました(・o・ゞ

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電子ピアノの立奏もちゃっちゃとコナせるようになり、「電子ピアノってこんなにちゃんと音が出るんだ〜」という驚きの声もあったりして、まぁ嬉しい限りでございます。実はナマ楽器と合奏するとかなり「 手 伝 っ て も ら え る 」ので、電子ピアノでも充分にいろんな音が出ているように聴こえさせられるんですよ〜。これこそが合奏の不思議なところであり醍醐味でもあり、これができなきゃ意味が無いところでもありま〜す (`・ω・´)

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残念なのはここ1年でアルコールの処理能力がガタ落ちしてしまったことで、せっかくのウマい日本酒を十全に嗜めなくなってしまったこと。
・・・まぁそれでも一杯めのビールはウマい♪

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2019年5月14日 (火)

モンポウの『風景/Paisajes』から第一曲「泉と鐘/La fuonte y campana」を、バッハアカデミー(大宮公園)の1927年製ベヒシュタインL型(165cm)で

大宮公園の「バッハアカデミー」主宰の 山田康弘 氏が「ドミソを弾いただけで惚れ込んだ」・・・という、まさに運命的な出会いをした1927年製のベヒシュタインL型(165cm)を使って、モンポウの『風景/Paisajes』から第一曲「泉と鐘/La fuonte y campana」を弾きました。
・バッハアカデミー:http://www002.upp.so-net.ne.jp/bach/

・・・ベヒシュタインを弾きに行ったのに写真を撮り忘れて 小山屋の取材報告 になってしまったこともあり、動画収録をイイことにソッコー再襲撃してその足で 西川口で本格中華を食したw、というのはココだけのハナシ ヽ( ̄▽ ̄)ノ

つくづく思いますが、楽器って新しい古いに関わらず「出会った必然」を耳にすることが少なくなく、なんだかわからないですが「単なるモノ」ではない存在なんですよね〜。まぁ現代の工場で作るような楽器に比べれば、古い楽器の方が作り手が込める手の力そして意思の力ははるかに強かったであろうことは容易に想像できますし、古い楽器の方が「いろんな運命」を感じることが多いような気もしますが、電子楽器の周りであっても「出会いの感動」はちゃぁんと存在しているようです。

このベヒシュタインL型がバッハアカデミーにやってきたのは2018年4月だそうで、1年を経て空気にもなじんできたことでしょう、光栄にも動画を録らせていただけました。古いベヒシュタインですが古臭い音色ではなく、現代的に平板になりやすい(おっとw)わけでもない、という素晴らしい楽器です。ですが・・・それはとりもなおさず、まことに「教育的」な楽器である ということでもありまして、変な凸凹を作らず、かつさまざまな声部を弾き分け整理できるように心がけて一曲を弾くのは、なんとも大変なことでした。いやはや、止められませんわ〜 (`・ω・´)

2019年5月11日 (土)

天下一 新橋店/新橋

新橋駅西口から少し南に下った飲み屋街、さすがに最近は小ぎれいな店も増えてきましたが、昔ながらのごくごく普通な中華食堂も残っておりますね〜。

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土地柄と店の渋さを考慮すると決して安くないですが、高くて困ったなぁとも感じられないぐらいの絶妙な値段設定にヤラれました(褒めてもいないしケナしてもないw)

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内臓好きとしてついつい目が留まってしまったホルモンラーメンを発注、なるほど納得のごくごく普通にウマい麺でございました。

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2019年5月 8日 (水)

永野光太郎氏、地元来襲!

若き巨匠、永野光太郎氏、我が地元に来襲ちぅ(`・ω・´)

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まずは古くからの金物店に突入、鉄のマイナスネジを総ざらえする などの乱暴狼藉をハタラき、もうじき90歳の看板娘 にエラく気に入られてしまった模様(*´-`)

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まぁ実は二人して大盛り上がりで3時間半も居座って、なんと大工さんレベルに作られた3mmの鑿や、カチッとした非常に良い木材が使われている反りカンナ、そして初めて見たぞの蟻カンナ(さすがに買ってないw)などを発掘。興味のある方は、どうぞご連絡くださいね〜。

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さらに仰天したのは、板ネズミ捕りの新品が当時の価格で!
と思ったらヨドバシカメラの通販でも取り寄せで扱っていて、これまたビックリw

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そしてウチでは、おなじみモーツァルトの旅行用クラヴィコードの寸法取りなどなど、まことに愉しき一日でございました(・o・ゞ

2019年5月 7日 (火)

中島みゆき 作詞/作曲『誰のせいでもない雨が』ソロ:モーツァルトの旅行用クラヴィコード(1763, J.A.Stein)の複製(2002年)で

中島みゆきの『誰のせいでもない雨が』を、かの神童モーツァルトが7歳のとき(1763年)に買ってもらったJ.A.シュタイン製の旅行用クラヴィコードの複製で弾きました。ん? 歴史的楽器で現代の音楽を弾く必然性? 別に全っ然ございませんがナニか? ( ̄ー ̄)

クラヴィコードはピアノ以前の鍵盤楽器のなかで最も大切とされていたフシがあり、現代古楽器w周辺では「独りで音楽の神さまと向き合う」ための楽器とみなされて過度に神聖化wされていたりします。ですが、実は、そのような内なる世界は優しく親密な世界でもあるはずで、現代人にとって大切なのはむしろ後者の性格ですよね。なお、クラヴィコードの音量は世人の想像を超えて小さいですから、背景のノイズが気にならない程度の音量に抑えたうえで少〜し耳を澄ませてくださいませ。聴こえてきますよ〜(・o・ゞ

『誰のせいでもない雨が』は1983年のアルバム《予感》のB面最初に置かれた一曲。この全編に漂うなんとも寂しく悲しく孤独で切なくうすら寒い雰囲気と間奏部分のエレキギターの泣きったら、どうしてくれましょう。まぁ、そりゃ、雨が降ったらどんなに防護しても必ずどこかは濡れるwモノで、このときのなんとも言えぬ微妙な感覚って独特ですよね。難しいことを簡単な言葉で表現できてこその、一流の表現者でありま〜す。・・・まぁ単なる比喩の積み重ねなんですけどw

人の数ほど唯一無二の人生があります(これも中島みゆきのテーマの一つですね)が、<誰のせいでもない>というのは、とどのつまりはどうあがいても抗えない「決まりごと」であって、散るか諦めるか以外の選択肢はないのでしょう。だからこそ、その裏には言いようのない強烈な悲しみそして怒りその他もろもろ複雑な情緒が人の数ほど込められることになります。
そう思うと、この↓出だしって、むちゃくちゃ強烈と思いません?

 誰のせいでもない雨が降っている
  しかたのない雨が降っている

この詩の難解さは並みいる評論家諸氏の腕を鳴らすようですが、どうやらほぼ「学生運動の挫折と当事者の悲哀」という観点に基づく解釈で一致しているようです。・・・ですが、せっかく難解に詠まれた詩なのにそんなに直接的一意的に結論づけてしまってはもったいないと思いませんこと? 結論づけて「わかって」しまうと、下手するとそれ以上味わえなくなるかも知れないですぜ(・o・ゞ

 怒りもて石を握った指先は
  眠れる赤子をあやし抱き
  怒りもて罪を穿った唇は
  時の褥に愛を呼ぶ

東大紛争は1968〜1969年のこと、そして連合赤軍事件の数々は1971〜1972年のこと。中島みゆきは1952年生まれでデビューは1975年ですが、さまざまなコンテストに出場して「コンテスト荒らし」の異名をとっていたのはその少し前の学生時代、同世代が武装闘争で新聞紙上をにぎわせているときに中島みゆき(当時は本名の中島美雪ですな)は音楽で闘争していたのでありました。まぁここまで直接的に表現されれば、関連がないと見なす方に問題があるでしょうw

この『誰のせいでもない雨が』は、1983年発表の《予感》収録。このタイミングは武装闘争の闘士として(念のため賛否は表明しませんよ)活動していた二十台半ばの若者たちにとって干支が一回りして四十の声を聞くタイミング、そしてバブル経済前夜で社会全体がそんな時代を忘れかけていたタイミングなのだろうなぁと。当事者たちに限らず、己がアツかった青春時代を呼び覚ますような詩であったと同時に「あぁ、あいつらも四十に近づいているんだよなぁ」とも思われたでしょうね。「四十而不惑」は『論語』の一節。うぅぅむ。

 黒い枝の先ぽつりぽつり血のように
  りんごが自分の重さで落ちてゆく

人間稼業を重ねて来れば背負うものもまた重なり重くなってくるものでございまして、一人二人と血の涙を流しながら脱落(と言うのもいささかモンダイかも知れませんが(^^;)して社会に飲み込まれざるを得ないもの。ですが中島みゆきは前の年、こうも詠っています。己の業を忘れないことが良いのか、忘れちまうことが良いのか、人により時と場合により、そして都合にwよりますな。まぁそんなモンでしょうて ヽ( ̄▽ ̄)ノ

 としをとるのはステキなことです そうじゃないですか
  忘れっぽいのはステキなことです そうじゃないですか
  悲しい記憶の数ばかり
  飽和の量より増えたなら
  忘れるよりほかないじゃありませんか『傾斜』1982年)

詩的文学的な表現は多様な解釈を可能とさせることで逆に真意をおぼろげながら浮かび上がらせる、という側面があると思うのですが、それは比喩だったり抽象化だったりのレトリックのなせる技。そこにいきなり投下される<滝川と後藤>という人名にはびっくりさせられます。しかも<帰らなかったってね>ですから、全くもっておだやかぢゃございませんで、やはり投獄された闘士たちを思い起こさせられずにはいられませんが、主人公たちと違う世界に袂を分かったのかも知れませんし、はたまた冷たい水の底という怪釈もできなくはなさそうで(ちょっとヤバいかな(^^;)

 きのう滝川と後藤が帰らなかったってね
  今ごろ遠かろうね寒かろうね
  誰かあたしのあの人を救けてよと
  (はだし)の女が雨に泣く

とは言え、この詩は「学生運動の挫折と当事者の悲哀」を詠ったもの、と小さくまとめてしまうにはチト惜しいと思います。あくまでも「学生運動の挫折と当事者の悲哀」は主要題材に過ぎず、誰しも社会的生活を送っている限りは必ず直面するであろう「理想と現実とのはざまでの葛藤」の方を詠んでいるとしたいワタクシでありま〜す。

 もう誰一人気にしてないよね
  早く 月日すべての悲しみを癒せ
  月日すべての悲しみを癒せ

このフレーズがサビとして繰り返されますが、なんという痛切なメッセージでしょう。悲しみを癒せ>と叫んでいるのですから、主人公にとって<悲しみ>は月日の力をもってしてもいまだ癒されていないのです。それなのに現実世界では<もう誰一人気にしてない>という不条理。生きることとは不条理を受け入れることだとも思いますが、この<悲しみ>は底知れず深く冷たい。しかもそれが<誰のせいでもない>という表現によって、強烈な光を放ちます。なるほど、レコードのB面のトップに置かれるべくして置かれた一曲なんでしょうね。

2019年5月 4日 (土)

柏木真樹Vn教室、大発表会@すみだトリフォニー(小)

柏木 真樹 (Maki Kashiwagi) 師のVn.教室の大発表会、始まりま〜す。

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チェンバロも見えますが、ワタクシはチェンバロは弾かず、スタインウェイのフルコンで伴奏し倒しですぞ(`・ω・´)

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2019年4月29日 (月)

グリーグ『抒情小品集』から「フランス風セレナード op.62-3」を、バッハアカデミー(大宮公園)の1927年製ベヒシュタインL型(165cm)で

大宮公園の「バッハアカデミー」主宰の 山田康弘 氏が「ドミソを弾いただけで惚れ込んだ」・・・という、まさに運命的な出会いをした1927年製のベヒシュタインL型(165cm)を使って、グリーグの『抒情小品集』から「フランス風セレナーデ op.62-3」を弾きました。
・バッハアカデミー:http://www002.upp.so-net.ne.jp/bach/

・・・ベヒシュタインを弾きに行ったのに写真を撮り忘れて 小山屋の取材報告 になってしまったこともあり、動画収録をイイことにソッコー再襲撃してその足で 西川口で本格中華を食したw、というのはココだけのハナシ ヽ( ̄▽ ̄)ノ

つくづく思いますが、楽器って新しい古いに関わらず「出会った必然」を耳にすることが少なくなく、なんだかわからないですが「単なるモノ」ではない存在なんですよね〜。まぁ現代の工場で作るような楽器に比べれば、古い楽器の方が作り手が込める手の力そして意思の力ははるかに強かったであろうことは容易に想像できますし、古い楽器の方が「いろんな運命」を感じることが多いような気もしますが、電子楽器の周りであっても「出会いの感動」はちゃぁんと存在しているようです。

このベヒシュタインL型がバッハアカデミーにやってきたのは2018年4月だそうで、1年を経て空気にもなじんできたことでしょう、光栄にも動画を録らせていただけました。古いベヒシュタインですが古臭い音色ではなく、現代的に平板になりやすい(おっとw)わけでもない、という素晴らしい楽器です。ですが・・・それはとりもなおさず、まことに「教育的」な楽器である ということでもありまして、変な凸凹を作らず、かつさまざまな声部を弾き分け整理できるように心がけて一曲を弾くのは、なんとも大変なことでした。いやはや、止められませんわ〜 (`・ω・´)

2019年4月28日 (日)

王府景/西川口

西川口でアツい本格中華を安価で食い倒そうのピアノ関係者(ざっくり過ぎるくくりだなぁw)怪、いつの間にかなんとなく定期的に怪催されるようになった模様 (`・ω・´)

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本日は、いろんな地方の料理があってなんだかわからんけど普通にウマいはずだよね〜・・・ってことで「王府景」なる店に突入。今回はおなじみ渡邉祐治氏に加えて、ピアノ調律師その他音楽企画な宮城賢太氏、そして上海出身で日本で働いている若き調律師の文天氏、といういよいよナゾな怪合の様相を呈してまいりましたw

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本日の白眉は、コーンの揚げ物というかコーンをかき揚げのようにして砂糖をかけて食する、玉米烙(ゆぃみ〜らお)という一品。そう言えば、中国大陸では冷やしトマトに砂糖をかけて食する文化も存在しているんだよなぁ・・・と妙に納得したワタクシでありました。砂糖とトマト、意外と合うんですよ〜 ヽ( ̄▽ ̄)ノ

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2019年4月24日 (水)

小山屋/大宮公園

某所に1927年製のベヒシュタインL-165が入って1年ちょい、どんどん活かさねば、とのことで勇んで訪問。古臭いワケでもなく現代的に変えられてしまったワケでもない素晴らしい楽器でめっちゃ盛り上がってしまって、おいとましてすぐに楽器の写真を撮り忘れたのが発覚σ^_^;

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さすがに戻るワケにも行かずw、そんなタイミングの信号待ちでフト横を見たらこんな店が手招きしておりまして、そりゃ〜取材しないワケにはいきませんで(`・ω・´)

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看板メニューの「なす汁うどん」を発注、なんとも太い麺はしっかりしていて極楽極楽(*´-`)

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「手打ちうどん」と銘打ってはいますが、昔ながらのうどん屋さんですから中華メニューも充実、当然ながら定食も大充実、さらに酒のつまみもめっちゃウマそうでしかも適価。いやいや、日本もまだ捨てたモンぢゃございませんな〜♪

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2019年4月13日 (土)

ハダノ浪漫食堂/秦野

ショパンの録音を持ち寄りで聴き倒す会、12時からのランチから延々と延々と、結局19時過ぎまで。ショパンですから(まぁショパンに限らずw)1日や1週間や1ヶ月で終わるハズもないんですがね〜(`・ω・´)

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ウチから秦野は二時間かかりますが、スピーカーで録音を集中的に聴く機会はついぞなかったこともあって、いやはや楽しかった。数日前の冷え込みで富士山も再度雪化粧。聴いたシステムどころか部屋の写真すら撮り忘れましたが、まいっか(*´-`)

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この会場の「ハダノ浪漫食堂」は比較的ゆったりしていて雰囲気もさすがにピカイチ、ランチも多彩で目移りしましたが、がっつりと生姜焼き定食に。これまためっっっちゃ美味しぅございました!

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2019年4月 9日 (火)

ソフィアザール高円寺バロック with 永野光太郎氏

ソフィアザール高円寺バロックの二段フレンチチェンバロを製作した演奏家(言っとくが断じてキットではござらぬぞ!)の永野光太郎氏が楽器の調整にいらっしゃるとのことで、急遽通りすがりまして(`・ω・´)

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演奏はピアノもチェンバロもできるわ、チェンバロは材料選定からできるわ、チェンバロの蓋の内側の絵も自分で描くわ、に止まりそうにない永野氏の多彩さ聡明さたるや恐るべし。才能ある若手って脅威以外のナニモノでもないwのですが、なんとも愉しい時間を過ごせました。

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・・・いやはや、完成して半年以内で既に鳴らし込んだかのように素直で伸びやかな箱の響き、ちょっとハンパなさそうな楽器な印象。自分でも弾きたいかも(*´-`)

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2019年4月 7日 (日)

中島みゆき 作詞/作曲『グッバイ ガール』ソロ:モーツァルトの旅行用クラヴィコード(1763, J.A.Stein)の複製(2002年)で

中島みゆきの『グッバイ ガール』を、かの神童モーツァルトが7歳のとき(1763年)に買ってもらったJ.A.シュタイン製の旅行用クラヴィコードの複製で弾きました。ん? 歴史的楽器で現代の音楽を弾く必然性? 別に全っ然ございませんがナニか? ( ̄ー ̄)

『グッバイ ガール』は1988年のアルバム《グッバイ ガール》の収録曲と思うのが当然でしょうが、なんとまぁ、このアルバムには入っていないどころかこの『グッバイ ガール』の発売は1989年のシングル盤のみ、しかも2曲めとしてリリースされているというオチ。なのでこの「曲」をWebで検索するのは案外と面倒なのですが、中島みゆきにはもっと手強い相手がおりまして。《グッバイ ガール》と同じ1988年に《中島みゆき》というアルバムを発売していやがって、なんとまぁ検索しづらいことw

・・・閑話休題、クラヴィコードはピアノ以前の鍵盤楽器のなかで最も大切とされていたフシがあり、現代古楽器周辺では「独りで音楽の神さまと向き合う」ための楽器とみなされて過度に神聖化wされていたりします。ですが、実は、そのような内なる世界は優しく親密な世界でもあるはずで、現代人にとって大切なのはむしろ後者の性格ですよね。なお、クラヴィコードの音量は世人の想像を超えて小さいですから、背景のノイズが気にならない程度の音量に抑えたうえで少〜し耳を澄ませてくださいませ。聴こえてきますよ〜(・o・ゞ

 グッバイガール 何とでも 私のことを
  他人は語るがいいさ
  グッバイガール はじめから さよなら目当て
  そんなふうに 語るがいいさ


中島みゆきは「失恋歌の女王」とまで称されますし事実その通りだと思いますが、最初っっっから<さよなら目当て>と言われる主人公が登場するこの曲は、のっけからなかなかシビれますわな。「ふられぐせ」がついてしまったがごとき主人公ですが、今回ばかりは未練たっぷりで大変なようです。

 あの人は恋 私には恋
  誰も信じなくても だけど
  あの人は恋 私には恋
  あの人も信じないけど


この<あの人も信じないけど>が、ホントに切ないですね〜。主人公は自虐的になっているようなそぶりこそ見せて自分をも欺こうとしているようですが、この切なさはそれを突き抜けて心に刺さります。

 あの人は恋 私には恋
  いつでも忘れがたい だけど
  あの人は言う 街角で言う
  別れやすい奴だってさ


主人公が切々と恋いこがれているのに<あの人>と言ったら、まっっったくも〜。ですが、恋愛に限らずですが、強く強く想えば想うほど案外と自分一人で盛り上がってしまっていてナニも伝えられていないことが少なくない・・・と思いませんか? 態度に出しているつもりで全っ然出せていなかったとか、言葉に出したつもりなのに婉曲に過ぎてポカ〜ンとされちまうとか (´・ω・`)

 汚れてゆく雪のようです 女たちの心は
  汚れながら春になります 不埒でしょうか


もろもろのモヤモヤを吹き飛ばすような、締めくくりのこの二行。美しいだけでない、このナンとも言い難い雰囲気は一体どうしたことでしょうか。雪国で春が近づいて雪が溶け始めたときの凄まじい泥んこぐあいは札幌生まれ帯広育ちの中島みゆきですからイヤというほど経験しているわけで、そのような悲惨な泥んこぐあいがなければ<>は訪れない、と強く刷り込まれていることでしょう。中島みゆきにしては解りやすい比喩ではありますが、<汚れながら春になります>という表現ができるかどうかとはまた別なモンダイですね。まことに美しい表現でありますが・・・いやいや、泥んこで凄まじい汚れっぷりなんですけどw

さて、この動画で使っているクラヴィコードという鍵盤楽器の音は極めて小さく、弾き手の注意力は自然に研ぎ澄まされます。それがために「独りで音楽の神さまと向き合う」楽器とされるのでしょうが、その向き合い方は求道者のごとく禁欲的な姿だけではございません。クラヴィコードを弾くと世の中がいかに多種多彩な音に満ちているかにはっとさせられますし、それはとりもなおさず、自分が今まで気づかなかった外界の動きに気づかされる機会が与えられたことに他なりません。神さまとは実は身近な存在で、どれくらい身近かというと、自分の感性の中におはしまするぞ (`・ω・´)シャキーン

2019年4月 4日 (木)

魚力/大津港

久々の遠征は、いわきアリオスのチェンバロ弾き込み隊でござい(`・ω・´)

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その前に欠かせないのは、やはり海鮮ランチ〜。ご飯は二杯まで味噌汁は一杯までサービスで、しっかりと恩恵にあずかったのはココだけのハナシσ^_^;

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ここ五浦の地は、かの岡倉天心が最後の10年間居を構えた土地。店からの海の眺めも秀逸で極楽極楽(*´-`)

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楽器弾き込みの写真がございませんが、ちゃぁんと3人で3種類がっつり弾き込みできましたぞ。最近は楽器が「起きてくる」までの時間が短くなってきて、定期的な弾き込みの成果は上々なようです(^^)v

2019年4月 2日 (火)

ポンセ『間奏曲第1番』を1894年ベーゼンドルファー社製ピアノ(ウィーン式アクション/85鍵)で

メキシコの作曲家、ポンセ(1882-1948)の「間奏曲第1番」を、ポンセが生きていた時代の1894年ベーゼンドルファー製のピアノで弾きました。ベーゼンドルファーはメキシコではなくウィーンのピアノですが、まぁそこはご堪忍(・o・ゞ

ポンセはメキシコに生まれて幼くして大変な才能を発揮、メキシコからヨーロッパに一度ならず二度までも出向いて研鑽を積んだという、メキシコの西洋的調性音楽のいわば斬り込み隊長的な存在です。とりわけ有名なのは作詞も自身で行ったという「エストレリータ」でしょうね。

ポンセの作品の作曲年はあまり明確ではなく紛失してしまった作品も少なくないようですが、この「間奏曲第1番」は1909年ごろの作曲とされています。1905年に初めてヨーロッパに渡って1907年にメキシコに戻ってから作曲された作品で、物憂げでいながら悩ましい、といういかにもラテンな曲調はもっともっと人気が出てしかるべき曲ではないでしょうか。まぁどこにでもありそうなラテンなノリの軽〜い曲、という見方もできなくもないwかも知れませんが、それはそれで人気が出るために大切な要素の一つですよね〜。

2019年3月26日 (火)

異種格闘技戦@ソフィアザール駒込

本日も蓄音器持ってないのに蓄音器なオトコのコ全怪も〜どにて御免っσ^_^;

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このタイミングでソフィアザール駒込にてオーナー氏による異種格闘技戦wが繰り広げられると聞けば、参加しなくてはオトコがすたる(`・ω・´)

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サラサーテ自作自演の『ツィゴイネルワイゼン』と『タランテラ』の復刻CDのイコライジングをいぢってオリジナルの蓄音器再生音に近づけてしまえ〜・・・という悪事を参考出品、一定の評価は得られた模様でござ〜い(*´-`)


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SP盤はもはや再生産されないであろう「過去の遺物」ではありますが、それは同時に100年も昔に世人を驚かせ感動させていた大人物たちが寄ってたかって世に問うた貴重な品物でもあります。SP盤の中には当時の技術者そして音楽家たちの怨念wがギッシリ詰め込まれているワケで、どんなに尊敬しても足りないのではないでしょうか。まぁ全てではないでしょうけどw・・・SP盤に限らず、昔の人の仕事を粗末に扱うとバチが当たりますぞ!(`・ω・´)

そしてワインを頂いた状態でフられて青息吐息でまさかの暗譜演奏をするワタクシでありましたとさ(^o^;;;;;

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2019年3月20日 (水)

ソフィアザール高円寺バロック訪問

なんだか妙〜に蓄音器づいている最近、高円寺北口からしばらく歩いた住宅地のど真ん中の「ソフィアザール高円寺バロック」に闖入(`・ω・´)

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ランチタイムピアノコンサートに引き続いての蓄音器などなど談義が愉しくて、ついつい時を忘れるオトコのコたちでございました(・ω・)

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蓄音器はHMV194、大型で音量は充分でしかもこの素直な鳴りは・・・う〜ん、なんなんでしょうね〜。

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2019年3月14日 (木)

出井 則太郎 & 出井 愛 ホワイトデーイヴコンサート(3/13)

チェコ関係ではおなじみの 出井 愛 & 出井 則太郎 ご夫妻による、共演10周年記念演奏会に出向いてまいりました〜。

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会場の駒込ソフィアザールは閑静な住宅地のど真ん中、しかも蓄音器が二台あるというこれまた素敵にキケンなスペース。会場の全体写真を撮り忘れたのが痛恨σ^_^;

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チェコな出井くんのイタリア歌曲とはなかなかレア、その他硬軟取り混ぜた自在なプログラムはやはりさすがでございました(`・ω・´)
・・・出井くんになぜか(当たり前とも言うw)無茶ぶりされての即席合奏、やっぱり愉しい愉しい(*´-`)

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