フォト

カテゴリー

7月27日/バロック方面より風来たる@高円寺バロックザール

ここしばらくな〜んとなく調子がスグれず、ソロの演奏会は控えておりましたが、よ〜やっと活動再怪しますよ〜 (`・ω・´)

蓄音器なオトコのコも〜どで遊んでいただいていたソフィアザールのオーナー氏から「秋じゃ遅い、高円寺はわりかし空いてるんだからとっとと演奏会やって!」と尻を叩かれまして(いや、ホンマ、ありがとうございますw)、7月末という暑いさなかですがホールの中は涼しいですしwどうぞおいでくださいませ!

・*:..。o♬*゚・*:..。o♬*゚・*:..。o♬*゚・*:..。o♬*゚

2019年7月27日(土)14時開演(13時半開場)
高円寺、ソフィアザール高円寺バロック(バロックザール)
(JR高円寺駅北口徒歩10分程度/中野区大和町1-29-12)
4000円(当日精算/50名)
共催 ソフィアザール
申し込み 090-8348-1170(高円寺バロック:遠藤)
  bergheil69@me.com(筒井)

20190727_front

くれぐれも「バロック方面から風来坊ぢゃないっすよ(・ω・ゞ

<プログラム>
 フォルクレ (1699-1782)
 「クラヴサン曲集第4」抜粋
 フランソワ・クープラン (1668-1733)
 「クラヴサン組曲集」より、第6オルドル、第13オルドル
 J-N-P. ロワイエ (1705?-1755)
 「クラヴサン曲集」抜粋

2019年7月19日 (金)

王建中(1933-2016)《云南民歌五首》から第1曲『大理姑娘』を、100年前の豪華棚つきリードオルガンで

ボストン近郊の Bridgewater で1930年代始めまで頑張っていたパッカード社1905年製の大型棚つきリードオルガンを使って、主に上海音楽学院で活躍し、中国的なピアノ曲を数多く残した王建中/Wang Jianzhong(1933-2016)作曲の「云南民歌五首」から第1曲『大理姑娘/Dali Girl』を弾きました。

この手の大型棚つきリードオルガンは100年ちょい昔の北米にはごく普通にあった楽器です。これ、パイプオルガンに匹敵するくらいに派手に見えますが、実は普通のリードオルガンの上に豪華な装飾棚を載せているだけ(しかも意外と軽いw)なので、構造や機能自体は普通のリードオルガンと一緒と考えて差し支えないのでした。見た目で身構える必要は全〜然ないんですよ〜(・o・ゞ

Img_7468

中国のピアノ/鋼琴曲は各地に伝わる民謡を題材にしている曲がかなり多いようです。かの国の多様性がすさまじいのはご存知の通り、民謡の題材に事欠かないのは容易に想像できますね〜。その多種多様な民謡に20世紀の西洋音楽の一つの方向である色彩感にあふれる和声付けを行って、素朴な方向にしてみたり技巧を誇示した方向にしてみたり、なかなか素敵な世界なんですよ〜 (`・ω・´)

この「云南民歌五首」は中国南部山岳地帯の雲南省の民謡を題材に、文化大革命以前の1958年に編曲されました。この動画で弾いている第一曲『大理姑娘』は同じ旋律が現代にも伝承されています。大理は雲南省の交通の要衝、その昔に大理石の産地であり、それが漢字表記の「大理石」の語源になっているとのことです。

リードオルガンは足技で空気の送り方をけっこう自由にコントロールできる楽器で、一般的に不協和とされている2度の「ぶつかり」を強めたり弱めたり(こんな安直な表現じゃないんですがネw)して印象的に表現できます。この動画ではそれを活かすために指定のテンポより遅めに弾きました。こんな悪知恵を試してみるのは愉しい愉しい。

100年前の北米のリードオルガンで現代中国のピアノ曲を演奏する必然は全く全然これっぽっちもwございませんが。オリジナル絶対至上主義は偉大な方々wにお任せいたしましょう。どうぞお楽しみくださいませ〜! ヽ( ̄▽ ̄)ノ

2019年7月18日 (木)

川俣事件衝突の地&味処「いしづか」

本日(7/18)も渡邉祐治さんの秘密基地襲撃、当〜然正しい定食で正しい座敷に上がって日除けがブラインドでなかったことに改めて感銘を受けた(今までナンで気づかなかったんだろ?w)のですが、ついでに近くの史跡に詣でてみました。

Img_7504

安定の日替わりランチはかつ煮、紅生姜がついているのもまことに正しく、こりゃご飯がいくらでも進むw

Img_7503

この川俣の地は昔から利根川越えの宿場町として栄えていたのですが、ご多聞にもれずに鉄道の開通で衰退したところです。ここの少し上流に現在の渡良瀬遊水地があり、はい、かの有名な足尾銅山の鉱毒がこの地にも。にまつわるエピソードで有名なのが、この「川俣事件」です。この事件が起きたのは1900年とのこと、弾いているパッカードオルガンが1905年製なのはナニかの因縁? ま〜さかσ^_^;

Img_7505

2019年7月16日 (火)

渡邉祐治邸襲撃&味処「いしづか」

ひさびさに館林ちょっと手前の渡邉祐治さんの秘密基地を襲撃、100年前の大型リードオルガンを弾き倒してまいりました(`・ω・´)

Img_7468

このパッカードオルガン、ストップがいろいろあるように見えますが、実はかなり単純に16フィート一列を除いて普通の高さの8フィートで勝負するのがいさぎよい仕様。それだけに足技を工夫するのが楽しくて。

Img_7455

そんなワケで(どんなワケだw)腹が減ってはいくさができぬ、地元の正しい食堂で正しい日替わりランチ。アイスコーヒーが無料なのもまっこと正しいですねん(*´-`)

Img_7456

安定の日替わりランチは照り焼きチキン・・・このメシ屋にリードオルガンがあるワケぢゃございませんぞσ^_^;

2019年7月11日 (木)

王建中(1933-2016)《云南民歌五首》から第2曲『跟哥』を、フレンチクラヴサンで

高円寺北口から10分程度の閑静な住宅地のど真ん中にある「ソフィアザール高円寺バロック」所蔵のフレンチクラヴサンを使って、主に上海音楽学院で活躍し、中国的なピアノ曲を数多く残した王建中/Wang Jianzhong(1933-2016)作曲の「云南民歌五首」から第2曲『跟哥/Follow Elder Brother』を弾きました。

このクラヴサンは多彩極まりない才人の 永野光太郎氏 が2018年末に納入した楽器でようやく半年経ったばかりですが、音響振動に対する反応が抜群に良く、いわゆるエージングが進むわ進むわでいつも仰天させられています。
・永野光太郎オフィシャルサイト:https://oratokoratok.jimdo.com

中国のピアノ/鋼琴曲は各地に伝わる民謡を題材にしている曲がかなり多いようです。かの国の多様性がすさまじいのはご存知の通り、民謡の題材に事欠かないのは容易に想像できますね〜。その多種多様な民謡に20世紀の西洋音楽の一つの方向である色彩感にあふれる和声付けを行って、素朴な方向にしてみたり技巧を誇示した方向にしてみたり、なかなか素敵な世界なんですよ〜 (`・ω・´)

この《云南民歌五首》は中国南部山岳地帯の雲南省の民謡を題材に、文化大革命以前の1958年に編曲されました。この動画で弾いている第二曲『跟哥』は、雲南省の弥渡地方に伝わる《送郎》が原曲とされていますが、ネット上にはそれらしき音源は見つけられていません。

この素直に鳴り響くチェンバロで8フィート弦と4フィート弦を重ねて試してみたところ、なかなかイイ感じの民謡な味わいが出ました。実は指定のテンポはもっと速いのですが、このチェンバロの豊かな響きを味わっていただきたく、遅めに弾きました。こんな悪知恵を試してみるのは愉しい愉しい。ヒストリカルなチェンバロで現代中国のピアノ曲を演奏する必然は全く全然これっぽっちもwございませんが。オリジナル絶対至上主義は偉大な方々wにお任せいたしましょう。どうぞお楽しみくださいませ〜! ヽ( ̄▽ ̄)ノ

2019年7月 7日 (日)

中島みゆき 作詞/作曲『鷹の歌』ピアノソロ:1894年ベーゼンドルファー社製ピアノ(ウィーン式アクション/85鍵)で

中島みゆきの『鷹の歌』を、いつもの1894年製ベーゼンドルファーで弾きました。

この『鷹の歌』は2010年に発売されたアルバム《真夜中の動物園》所収。中島みゆきにしてはかなり単純な曲調ですが、この曲調がむしろ堂々たる「鷹」のイメージに見事に合致していると思います。詩もかなり簡潔で、とても一部分を取り上げられるようなものではない気がします。

 あなたは杖をついて  ゆっくりと歩いて来た
  見てはいけないようで  私の視線はたじろいだ
  あなたはとても遅く  身体を運んでいた
  まわりの人はみんな  いたわりの手を差しのべた
  鷹と呼ばれていた人が
  這うように命を運ぶ
  「見なさい」  あなたの目が
  「見なさい」  私を見た
  「怖れるなかれ  生きることを」
  鷹の目が  見つめて来た


「鷹」を「誇り高き存在の象徴」と例えるのは、ごく普通のことでしょう。すなはち「老いた鷹」とは、身体こそ衰えて意のままにならなくなってしまっても誇りを失わずに堂々とした存在。周囲は限りないリスペクトを老いた鷹に捧げるも、悲しいかな、老いとは残酷なもの。

 鷹と呼ばれていた人が
  這うように命を運ぶ


大空を悠然と翔けていたはずなのに、今となっては<這うように>というありさまに。しかし、それを受け入れねばならぬのが人生。なんともやるせないことですが、死ぬまで<命を運ぶ>のがさだめ/運命ですね。ホント、この二行の印象の強さといったらもう、グッと来ますよ〜。しかも、その老いた鷹がたじろいだ私に<「見なさい」「怖れるなかれ 生きることを」>と、これは強烈ですね。中島みゆきは、老いを詠う詩の一つである『傾斜』で・・・

 のぼれども のぼれども
  どこへも着きはしない そんな気がしてくるようだ
『傾斜』1982年)

と老いの一つの特質を衝いていますが、それでも、ひとりひとりの人生を裏打ちしているのは各人の「誇り」ではないでしょうか。まぁ無論、ホンモノの鷹を目の当たりにしてしまうとたじろいで視線をそらしてしまうのも無理はございませんが。ハイすんません、ワタクシにも思い当たるフシが数限りなく(・x・ゞ

さて二番。

 世界は変わってゆく  あなたはいつもそれの
  変えてはならないことを  つよく叫び続けて来た
  世界は変わってゆく  あなたを嘲笑いながら
  私はあなたの歌を  痛々しく聴き返す
  灰色の翼は痩せて
  かすれた鳴き声をあげて
  「見なさい」  あなたの目が
  「見なさい」  私を見た
  「命を超えて続くものを」
  鷹の目が  叫んでいた


いま現在、社会が加速度的に「おかしく」なっているような感覚を持っている人は少なくないだろうと思います。この違和感はあまりにも漠然としているために論理立てて説明するのは困難なこと、それがためにいわゆる「エビデンス」を求められたとたんに口をつぐまざるを得ないんですよね。コレ、自分が世界に嘲笑われた瞬間とも言えようかと思います。・・・はて、鷹が叫び続けてきた<変えてはならないこと>とは・・・そうです。命を超えて続くものに他なりませんね。

科学技術も医療も目覚ましい発達を始めたのはわずかに百数十年程度昔のこと、この動画で使っているベーゼンドルファーのピアノは1894年製ですから、まさにその時代の楽器です。まだまだ解明できないことだらけで音楽に呪術的な意味が多分に残っていた時代に作られた楽器ですからそもそも「持っているモノ」が現代の楽器とは全く異なり、入手してからけっこうな年月が経ちますが、いまだにこんなに不可思議な音が出てくるのか! と驚かされることが少なくありません。このベーゼンドルファーが作られた19世紀末のウィーンと言えば、クリムト(1862-1918)が活躍していた時代でもあり、その当時の美意識がこのピアノに吹き込まれていたのは想像に難くないでしょう。芸術や思想とはまさに<命を超えて続くもの>であり、それはゴッホ(1853-1890)の例を挙げるまでもなく、生前に世間に知られたかどうかとは無関係です!

 街は回ってゆく 人1人消えた日も
  何も変わる様子もなく 忙しく忙しく先へと
  ・・・(中略)・・・
  100億の人々が
  忘れても 見捨てても
  宇宙の掌の中
  人は永久欠番
『永久欠番』1991年)

老いた鷹は生涯の終わりが近いことを知っているのでしょう。老兵は消え去るのみとも申しますが、それでも自分の歩みを変えず(変えてもイイ気もしますがネw)に命を超えて続くものを伝え続けてこその「生き様」であります (`・ω・´)

 あなたは停まりもせず  そのまま歩いてゆく
  面倒な道ばかりを  あえて歩き続けてゆく
  私は自分を恥じる  あなたを思って恥じる
  ラクな道へ流れくだる  自分の安さを恥じる
  鷹と呼ばれていた人が
  這うように命を運ぶ
  「見なさい」  あなたの目が
  「見なさい」  私を見た
  「怖れるなかれ  生きることを」
  鷹の目が見つめて来た


面倒な道ばかりをあえて歩く>ことが尊くて<ラクな道へ流れくだる>ことが恥ずかしい、と他を断ずるのはしてはならぬと思います。なにしろ、人間という存在はみな誰しも後ろめたさを背負って生きているワケでして。むしろだからこそ、偉大な存在を目の当たりにしたときに起きた自分の変化をどのように扱うかこそが、その人の個性としてにじみ出てくるのではないでしょうか。個性とは作るものではなく、普段の習慣や癖などなどから隠そうにも隠しきれずににじみ出てくるものなのでありま〜す。

2019年7月 2日 (火)

リスト『En rêve/夢のなかで(ノクターン)』を1894年ベーゼンドルファー社製ピアノ(ウィーン式アクション/85鍵)で

リスト(1811-1886)が亡くなる前の年(1885年)に作曲した『En rêve/夢のなかで(ノクターン)』を、まさに同時代の1894年ベーゼンドルファー製ウィーンアクションのピアノで弾きました。同時代の楽器を使いさえすればその時代の雰囲気が自動的に生成wされるほど現実は甘くございませんが、現代のピアノとは全く異なる雰囲気がかもし出されているのは聴き取っていただけようかと思います。

19世紀末の爛熟期のヨーロッパといえど科学技術が発展をはじめてあまり時間が経っていないころですから、人類の周りには理由が解らずに畏敬の念を呼び覚まさせられる存在に満ちていたでしょうし、そのような世界は、まだまだ夢のようであり、天界のようであり、言い知れぬ哀しみのようでもあり、魔界のようでもあったことでしょう。この動画で使っているウィーン式アクションのベーゼンドルファーも「神と対話するための楽器」という意味を十全に残していた時代のお道具ですから、とりわけこの曲のような不思議な曲では呪術的な威力を存分に発揮してくれます。単純に音色の美しさというだけでなく、多彩に何層にも折り重なった響きの美しさを際立たせてくれるんですよ〜(・ω・ゞ

『En rêve/夢のなかで(ノクターン)』が作曲された1885年は明治18年、日本ではようやく太政官制度に代わって内閣制度が創始された年です。ネット上には初代総理大臣の伊藤博文がこの数年前に西園寺公望と渡欧したときにリストの演奏を聴いて感銘を受け「あの者を日本に招くことはできないか」と思ったという記述が複数見られますがどれも出典が明示されておらず、不勉強ですみませんがウラも取れていないので、現時点では信憑性には難ありと言わざるを得ないなぁ・・・というのが正直な感想ですw

2019年6月30日 (日)

オーケストラ「☆の王子さま」@かつしかシンフォニーヒルズ

出身高校オーケストラ部の卒業生が多数参加しているアマオケ「☆の王子さま」の演奏会がご近所なのをイイことに、チラシの挟み込みっっっ (`・ω・´)

Img_7258

若い楽員に「つついさん自ら挟み込みするなんてめっっっちゃシュール!」とウケが取れたので、目的の半分は達成されたかしらん。それはイイとしても、団長の某音楽準備室のマスターに「つついさん、髪(紙)が亡くなりました!!」とめっちゃ叫ばれたのも書いておかねば。てめ〜ぶっころすσ^_^;
・・・とゆワケで、7/27の バロック方面より風来たる ACT.1@高円寺、絶賛ご予約受付ちぅ〜(*´-`)

20190727_front



そしてもいっちょ、9/21の よみがえる古き佳き響きの世界@原宿も興味深い催しですよ〜。フルートの 素来聡子さんと 石井孝治さん との三人で織りなす、いにしえの柔らかな響きの世界にどうぞ!(*´-`)

そして、10/5には こんな1927年製のベヒシュタインを使って 大宮公園の バッハアカデミー でピアノソロ怪催、そろそろ各方面の活動再怪ですぞ(`・ω・´)

» 続きを読む

2019年6月29日 (土)

クラシックカフェ・バッハを聴く@ハダノ浪漫食堂

なにやらレギュラーメンバーになりかけているような、クラシックカフェ・バッハを聴く に参加〜(*´-`)

Img_7252

神奈川県は 秦野の自家焙煎コーヒー店:えんぴつ猫 のマスター主催、みんなでおススメ音盤を持ち寄ってワイワイ和やかにという会。それにしても、今回のお題は バッハ というあまりにも広い範囲でどうしようかとσ^_^;

Img_7255

さすがに J.C.Bach や C.P.E.Bach は避けてw、ハロルド・サミュエルのピアノに、サーストン・ダートのクラヴィコードに、デレク・アドラムのクラヴィコード、というナゾな布陣で攻め込みましたが、一定のウケは取れた模様でホッ(`・ω・´)

Img_7254

会場は大正浪漫がコンセプトのとってもおしゃれな ハダノ浪漫食堂 の二階の一室となれば、主催者としてはランチを兼ねて参加者を和やかにさせるのは当然の策。いやはや、「松みどり」なる地元の日本酒がまっことウマかったでした(*´-`)

2019年6月28日 (金)

ピアノフリー@国分寺クラスタ

FB友だちによる企画「ピアノフリー」@国分寺クラスタに、ようやく参戦(`・ω・´)

Img_7244

まさかというべきか、国分寺なので当然ともいうべきか、農工大の卒業生が4名集結。また別の知り合いにもお会いできて、いやはや楽しかったでした。

Img_7249

それよりナニより、このフラットマンドリンにはぶっ飛びましたぞ。ギターの世界で有名なあのギブソンの1915年ごろの逸品、驚くまいことか、ギブソンはこの当時むしろマンドリンメーカーとして有名だった由。鉄弦ですがまったく「刺さらない」感じの音色が素晴らしく、姿にも惚れ惚れでございました(*´-`)

2019年6月25日 (火)

ロワイエ『クラヴサン組曲』から『Tambourin/タンブーラン』を、フレンチクラヴサンで

高円寺北口から10分程度の閑静な住宅地のど真ん中にある「ソフィアザール高円寺バロック」所蔵のフレンチクラヴサンを使って、ロワイエ(1705?-1755)の「クラヴサン曲集」から『Tamburin/タンブーラン』を弾きました。7月27日にはココでチェンバロ演奏会:バロック方面より風来たる ACT.1 ですよ〜。

このクラヴサンは多彩極まりない才人の 永野光太郎氏 が2018年末に納入した楽器でようやく半年経ったばかりですが、音響振動に対する反応が抜群に良く、いわゆるエージングが進むわ進むわでいつも仰天させられています。
・永野光太郎オフィシャルサイト:https://oratokoratok.jimdo.com

「Tambourin/タンブーラン」とはプロヴァンス地方に伝わる胴長の太鼓のこと。この太鼓を腰の位置に提げて片手に持ったばちでリズムを取りつつもう片方の手で笛を吹く、という演奏スタイルで、有名なビゼーの「アルルの女」の『ファランドール』はな〜んと実はこのオリジナルの旋律そのまんまを使っているんですね〜。この良く鳴り響くチェンバロではいささかエゲつないほどの鳴りが民族色を濃厚にしてくれている感あり、まことに愉しいです (`・ω・´)

ロワイエの「クラヴサン曲集」の出版は1746年・・・ということはJ.S.バッハの亡くなる4年前であると同時に、W.A.モーツァルトが生まれるたった10年前だったりします。おふらんすなバロック音楽が爛熟していた時代のクラヴサン音楽です。どうぞお楽しみくださいませ〜! ヽ( ̄▽ ̄)ノ

2019年6月22日 (土)

音楽準備室@東大宮、リードオルガン登場!

大宮公園のバッハアカデミー主宰の 山田康弘氏 による、1927年製ベヒシュタインL-165を使った演奏会に参上後、デフォルトで東大宮の音楽準備室襲撃っ(`・ω・´)

Img_7173

そしたらなんと山田さんご本人が音楽準備室に御降臨、しかもリードオルガン貸出のため館林の渡邉さんもいらっしゃり、さっそく大盛り上がりになりましたとさ(*´-`)

Img_7188

このリードオルガンは家庭用の量産楽器ですが、渡邉さんがスケルトンに改造したので本来は見られない足踏み機構が赤裸々にw見える実に教育的な楽器に生まれ変わったのでした。

Img_7194

さっそくご店主もリードオルガン遊び、リードオルガンは頑張り過ぎずにテキト〜に遊べる楽器なんですね〜。ストイックにくっっっそマジメに取り組むだけが鍵盤楽器ではございませぬぞ!

2019年6月19日 (水)

農工大ピアノ部レッスン会、梅雨の晴れ間

農工大ピアノ部、今期のレッスン怪スタートです。きょ〜れつな雨男なワタクシにしては珍しく晴れましたが、特筆すべきハプニングもなくw

Img_7093

昔と変わらぬ農工大農学部のたたずまい、今となっては大学としてまことに珍しい存在なのかもw

Img_7095

あ〜変わらず濃ゆいメンバー6名ぶっ続けの6時間、楽しい楽しい(`・ω・´)

Img_7096

終了後はひさびさに晴見町商店街の昭和な洋食店『アポロ』のチキンカツカレー。店名の由来はアポロの月面着陸 と今回初めて伺ってなるほど。開店当初の店は商店街の真ん中あたりで、今の場所に移って36年とのこと。なかなかの衝撃でございましたw

2019年6月18日 (火)

三島元樹氏録音セッション応援@東戸塚、Sala MASAKA

折に触れてご一緒している作曲家の 三島元樹氏マイク宣伝&録音セッションのお手伝い。

Img_7085

今回は、ここ Sala MASAKA(東戸塚)の素晴らしいペトロフのグランドピアノ(194cm)を使ってのセッション。ピアノプレップ の山内氏の技術も入って万全の状態でのスタート。

Img_7082

ワタクシはお手伝いといっても、煮詰まりかけたタイミングで休ませるといった、いわばテンションマネージメント担当でございま〜す。

Img_7086

まぁ実はハプニングが起きてスタートが4時間遅れたのですが、その間にワタクシがこれまたの〜んびりとピアノ慣らしをしたのもまた意味があった模様 (`・ω・´)

Img_7038

・・・それにしても、こんなのが手に入ったのは行き掛けの駄賃にしては大変な収穫でありましたw

2019年6月14日 (金)

治療院スマイルlabo@新座

この5月末に新装なった新座の 治療院スマイルlabo にひさびさに出向いて、身体のリセット(`・ω・´)

Img_7032

相変わらず呆れるほどに見事な腕前ですが、来るたびに強〜力にパワーアップしているのが実に頼もしく。血行がめっっっちゃ良くなるのでしょうね、温泉に入った後のような心地よ〜い疲労感が(*´-`)

Img_7034

・・・眠くなるのはヨいにしても、帰りの武蔵野線で座ったが最後爆睡も〜どσ^_^;

Img_7036

2019年6月 7日 (金)

中島みゆき 作詞/作曲『傾斜』ピアノソロ:1894年ベーゼンドルファー社製ピアノ(ウィーン式アクション/85鍵)で

中島みゆきの『傾斜』を、いつもの1894年製アンティークベーゼンドルファーで弾きました。

この『傾斜』は1982年に発売されたアルバム《寒水魚》のA面2曲め。死ぬまで長く長く一歩一歩歩み続けねばならぬ人生を「限りなき道程」に例えるのはごく普通の発想ですね。徳川家康の御遺訓が<人の一生は重荷を負ふて遠き道を行くが如し>で始まることを知っておられる方も少なからずと思います。
・東照公御遺訓:https://www.toshogu.or.jp/about/goikun.php

中島みゆきも、そのまんま『重き荷を負いて』という曲を2006年のアルバム《ララバイSINGER》に収録していたりします。この曲の歌詞もなかなかシビれるんですが、また今度(^o^;

ですが、この手の伝記資料は真偽が定かでない単なる「言い伝え」である可能性を常に頭において置かねばなりません。検索してみたら、やはり出てきました。さすがの「レファレンス協同データベース」で、これによると・・・
<この遺訓は家康が言ったという証拠はなく、徳川美術館館長徳川義宣氏の研究成果として、「いま流布している家康遺訓の底本は伝水戸光圀作「人のいましめ」『天保会記』1830年に見える)であったようである」と書かれています。>
とのことで、チト驚かされたでござる(・ω・ゞ
・細かくはこちらからどうぞ:http://crd.ndl.go.jp/reference/detail?page=ref_view&id=100009052

さて・・・『傾斜』の歌詞の一部分を切り取るのはチト面倒なので、1番の歌詞を。

 傾斜10度の坂道を
  腰の曲がった老婆が 少しずつのぼってゆく
  紫色の風呂敷包みは
  また少しまた少し 重くなったようだ
  彼女の自慢だった足は
  うすい草履の上で 横すべり横すべり
  のぼれども のぼれども
  どこへも着きはしない そんな気がしてくるようだ

  冬から春へと坂を降り 夏から夜へと坂を降り
  愛から冬へと人づたい
  のぼりの傾斜は けわしくなるばかり

  としをとるのはステキなことです そうじゃないですか
  忘れっぽいのはステキなことです そうじゃないですか
  悲しい記憶の数ばかり
  飽和の量より増えたなら
  忘れるよりほかないじゃありませんか


ワタクシ何十年も馬齢を重ねてきましたが、いろいろと重ねて来て思うのは、経験を重ねるということは実は何かをつかむってぇコトだけじゃないような気がするんですね。まぁ「経験」それ自体は「何かをつかむこと」なのでしょうが、その経験を重ねて行くうちに、こだわってしがみついている何かから解放されてラクになるときが何度となくあったんですわ。それと同時に加齢に伴って「老化」というこれまた避けづらい現象を突きつけられるのが残念なのですが、それもまたしゃ〜ないこと。

経験の多い少ないばかりを重視してしまうと、<風呂敷包みは また少しまた少し 重くなって>しまいますし、せっかく<自慢だった足>も長年の酷使ですり減ってしまった<うすい草履の上で 横すべり横すべり>してしまいます。そりゃ〜、<のぼれども のぼれども どこへも着きはしない そんな気がしてくる>に決まってますがな。そもそも<傾斜10度の坂道>は緩い上りにしか思えないかも知れませんが、スキーなら自然停止できないほどの急傾斜(中島みゆきは北海道出身!)であることにも気づいていただきたいです。傾斜10度の坂道>をずっっっと踏みしめながら上り続けるって、めっちゃキツいんですよ〜。

 足元の石くれをよけるのが精一杯
  道を運ぶ余裕もなく  自分を選ぶ余裕もなく
  目にしみる汗の粒をぬぐうのが精一杯
  風を聴く余裕もなく  人を聴く余裕もなく
『重き荷を負いて』2006年)

ですが、この『傾斜』の詩には素晴らしい救いの文言がありますね〜。

 としをとるのはステキなことです そうじゃないですか

この部分から、吹っ切れた感じどころかむしろ諦めを感じさせさえする明るさに楽曲の雰囲気が劇的に変貌しますが、この「経験の蓄積に伴う解放」「加齢に伴うほにゃららw」との間の葛藤がまことにウマいこと表現されているなぁと感服させられます。
「量より質」とは昨今のご時世では「ご無理ごもっとも」と受け取られるようになってしまったwフシもございますが、量ばかりを重視しているのは経験がロクに使えていない証拠。経験の量を忘れるほどに当たり前にできてこそ、その経験が自分の血となり肉となるのですぞ。逆にそうでないと記憶なんぞ簡単に<飽和の量>まで達してしまうワケで、それでは本当に<忘れるよりほかない>というチトもったいない状況に陥ってしまうと思いませんか? 量をどうやって質に転化させるか、情報過多というにも程があるほどの恐ろしい現代に生きる我々にこそ大切な視点であるはずでしょう (`・ω・´)
・・・ワタクシが人一倍物忘れがヨいことの言い訳とも言いますが(・x・ゞ

中島みゆきはこの『傾斜』発表から22年後(!)の2004年に別アルバム《いまのきもち》に違うアレンジで収録しており、<としをとるのはステキなことです>以降でも劇的に変化させず、全体を軽いサウンドに仕立てています。《いまのきもち》は中島みゆきのデビュー30年めのアルバム、それまで自分が横すべりすながらも少しずつのぼってきた傾斜を「ん〜、いろんなことがあったよね〜」てな一種の感慨をもって振り返っているのでしょうね〜。ココは深読みしなくてヨいでしょ(・o・ゞ

2019年5月26日 (日)

SPレコードコンサート@神保町

本日(5/26)は蓄音器なオトコのコも〜どにて、神保町は富士レコード社によるSP盤コンサート。

Img_6909

かの サクラフォン でマニアック極まりない(褒め言葉)復刻CD制作を精力的に続けている 夏目久生氏 による『SPレコードで聴くレシェティツキの弟子たち』となれば、馳せ参じなければバチが当たる(`・ω・´)

Img_6908

定期的に調整されているクレデンザの威力、電気再生であってもキョーレツでございました(*´-`)

Img_6911

2019年5月24日 (金)

麻辣誘惑/北池袋

自由学園明日館 で行う演奏会でいつもお世話になっている某氏と池袋北口のディープな地帯へ突入(`・ω・´)

Img_6898

四川・東北料理ですが、なにしろ店名が 麻 辣 誘 惑 ですからとにかく赤い料理wがふんだんなこの店、日本語はあまり聞こえなかったのもポイント高し。また真っ赤で油もたっぷりなのにギトギト感がなく、イイ感じのスパイシーさが秀逸でした。この料理は「水煮雙色豆腐」で、この「雙色」というのが「二色」という意味。白いのがいわゆる豆腐でもう片方はメニューによると「血豆腐」すなはち血を固めた食材、鍋料理の具として普通の食材ですね。日本人にとってはギョッとするかもしれない食材ですが、コレが全くクセがなくて少し物足りないくらいのシロモノ。ビックリしたのは、ここの血豆腐にはちゃんと味が染みていたこと。いや、美味しゅうございました。

Img_6901

まぁ・・・紹興酒と56度の白酒を同じ量(グラスになみなみw)出されたのには、さすがにノケぞりましたけどね〜σ^_^;

Img_6903

2019年5月22日 (水)

チェンバロ鳴らし込み祭り@高円寺

7月27日14時開演、高円寺の ソフィアザール高円寺バロックで行う、 バロック方面より風来たる act.1 のためのチェンバロ鳴らし込み祭り、怪催ちぅ!

Img_6892

完成してようやく半年の二段フレンチというコトもあって、音響振動をどんどん加えて成長させるべく、製作者の永野光太郎氏ともども悪業の限りを尽くしてますよ〜(`・ω・´)

Img_6894

おっと・・・永野氏は悪業ではなかったかσ^_^;

Img_6891

2019年5月18日 (土)

ヴァイオリン&ピアノライヴ@しずく会/小田原

半年に一度の恒例となった、小田原駅近の「しずく会」でのくされ縁wな柏木真樹師との日本酒ライヴ、はや3回めと相成りました(・o・ゞ

Img_6871

電子ピアノの立奏もちゃっちゃとコナせるようになり、「電子ピアノってこんなにちゃんと音が出るんだ〜」という驚きの声もあったりして、まぁ嬉しい限りでございます。実はナマ楽器と合奏するとかなり「 手 伝 っ て も ら え る 」ので、電子ピアノでも充分にいろんな音が出ているように聴こえさせられるんですよ〜。これこそが合奏の不思議なところであり醍醐味でもあり、これができなきゃ意味が無いところでもありま〜す (`・ω・´)

Img_6870

残念なのはここ1年でアルコールの処理能力がガタ落ちしてしまったことで、せっかくのウマい日本酒を十全に嗜めなくなってしまったこと。
・・・まぁそれでも一杯めのビールはウマい♪

Img_6875

2019年5月14日 (火)

モンポウの『風景/Paisajes』から第一曲「泉と鐘/La fuonte y campana」を、バッハアカデミー(大宮公園)の1927年製ベヒシュタインL型(165cm)で

大宮公園の「バッハアカデミー」主宰の 山田康弘 氏が「ドミソを弾いただけで惚れ込んだ」・・・という、まさに運命的な出会いをした1927年製のベヒシュタインL型(165cm)を使って、モンポウの『風景/Paisajes』から第一曲「泉と鐘/La fuonte y campana」を弾きました。
・バッハアカデミー:http://www002.upp.so-net.ne.jp/bach/

・・・ベヒシュタインを弾きに行ったのに写真を撮り忘れて 小山屋の取材報告 になってしまったこともあり、動画収録をイイことにソッコー再襲撃してその足で 西川口で本格中華を食したw、というのはココだけのハナシ ヽ( ̄▽ ̄)ノ

モンポウの作品にしばしば見られる不思議な響きは、鐘作り職人の家に生まれたと知れば容易に納得できようかと。ピアノという楽器は弦楽器的な性格と打楽器的な性格とを兼ね備えているとは先刻ご承知でしょうが、モンポウはその両面に神秘性を加えて大変な世界を描き出していますね〜。「静寂の音楽」とはモンポウを語る枕詞になっておりますが、この作品は極めて絵画的なこともあって、この一見相反する「音で静寂を表現する」意味がわかりやすくなっている気がします。

このベヒシュタインL型がバッハアカデミーにやってきたのは2018年4月だそうで、1年を経て空気にもなじんできたことでしょう、光栄にも動画を録らせていただけました。古いベヒシュタインですが古臭い音色ではなく、現代的に平板になりやすい(おっとw)わけでもない、という素晴らしい楽器です。ですが・・・それはとりもなおさず、まことに「教育的」な楽器である ということでもありまして、変な凸凹を作らず、かつさまざまな声部を弾き分け整理できるように心がけて一曲を弾くのは、なんとも大変なことでした。いやはや、止められませんわ〜 (`・ω・´)

«7月27日/バロック方面より風来たる@高円寺バロックザール

2019年7月
  1 2 3 4 5 6
7 8 9 10 11 12 13
14 15 16 17 18 19 20
21 22 23 24 25 26 27
28 29 30 31      

最近のコメント

無料ブログはココログ