2016年9月25日 (日)

ベートーヴェン/『バガテル集 op.126』より第1曲、を1913年製ベヒシュタイン model A で

いわゆる「楽聖」として名高いベートーヴェン、ともすればイメージとして偉大で力強く、気難しい・・・という一面ばかりが固定観念として植えつけられてしまっているように思えます。このような固定観念が出来あがるだけの理由はちゃぁんとあるのですが、ちょっと立ち止まっていただきたく。

どのような偉人であってもあくまでも一人の「にんげん」ですからさまざまな感情を持っていたに違いありませんし、まして、人類の歴史に燦然と輝く作曲家ですから、ベートーヴェンの感情は常人の想像を遥かに超える振れ幅の大きさだった・・・と想像するべきではないでしょうか。

力強さを表現するために力強さばかりを羅列してしまうと、飽きてしまって逆効果なのは誰でもおわかりになるでしょう。ステロタイプとしてのベートーヴェンのイメージは、それ以外のさまざまな面が存在してこそ作り上げられるはず!

ベートーヴェンはピアノのために『バガテル集』をいくつか書いており、op.126は32曲のピアノソナタを書き上げたさらに後の作品。「バガテル」とは、本来は「くだらぬもの」「ささやかなもの」の意味ですが、ベートーヴェンの「謎かけ」とも感じさせられます。この第一曲めは優しい雰囲気に満たされていると思いきや、さすがにベートーヴェンの後期の作品、一筋縄では行かぬ不思議な雰囲気があちこちから顔を出してくれます。

2016.9.23. さいたまピアノ工房にて、ベルリンのベヒシュタイン黄金期1913年製の model A で弾いています(盛大なピンボケ御免 σ(・o・ゞ)
http://saitama-piano.main.jp/

2016年9月20日 (火)

シベリウスの命日によせて、『抒情的瞑想, op.40』より第5曲「子守唄」を、プレイエル1843年製スクエアピアノで

今日(9/20)は、フィンランドの国民的大英雄な作曲家、シベリウス(1865-1957)の命日ですよ〜。
このところコレしか申し上げておらずマンネリで申し訳ございませんが、音楽には乱暴に分けて二つの方向があるなぁ・・・と思っておりまして。それは、ヴィルティオーゾ的な大向こうを唸らせるような方向と、親しみやすくしみじみと心安らぐような方向なのですが(・o・ゞ

大衆娯楽の必然として大演奏会でのヴィルティオーゾ的な演奏の方向ばかりが求められてしまうのは無理もないですが、世の中が強い刺激や変わった刺激ばかりになってしまうと、ただでさえそこら中で神経をすり減らさざるを得ない現代人はいったいどこでしみじみと心安らぐ時間を過ごすことができるのでしょう。

シベリウスがピアノ曲を確固たる理想をもって書き続けたようには思えぬwことは白状せねばなりませんが、このようなちょっとした曲にも珠玉ともいうべき作品が見つかります。「いいなぁ」と思う曲が時と場合で違ってくるのもまた楽しかったり。

Pensées Lyriques/抒情的瞑想, op.40』と名づけられた小品集より、第5曲「Berceuse/子守唄」を、プレイエル社1843年製のスクエアピアノを使って弾いてみました。

この楽器はシベリウスが生まれる四半世紀近く昔、ショパンが生きていた当時の楽器ですが、このころの楽器は圧倒的に「にんげん」に近いお道具でして、親しみやすくしみじみと心安らぐような方向を奏でるためにとってもよろしいのは論をまちません。
・・・いわば「人肌」の温もりを感じてくださると嬉しいです。

Sibelius - "Pensées Lyriques/抒情的瞑想, op.40" - No.5 'Berceuse' on a PLEYEL Square piano 1843

2016年9月11日 (日)

アズール弦楽合奏団本番直前〜(・o・ゞ

アズール弦楽合奏団のステリハしぅりょう〜( ´ ▽ ` )ノ

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本日のワタクシの席からの景色など。電子ピアノでないと、こんなマネはできませぬ_φ( ̄ー ̄ )

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開演は14時、みなさま豊洲にGO!!

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2016年9月 9日 (金)

うろこいち/小名浜

某ホールのチェンバロ弾き込みお手伝いのために福島県は浜通りまでの日帰り遠征。

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せっかくなので地元漁港の大衆食堂にて海鮮ランチ。

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海の親子丼はあちこちで食しておりますが、「親」が焼いてあるのは今回が初めて。

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魚市場も食堂もなかなかの賑わいで、震災後五年にしてようやく活気が戻ってきているようでした(・ω・)ノ

2016年9月 8日 (木)

ドヴォジャークの生誕祭によせて、『ユーモレスク op.101-7』をペトロフのアップライトピアノで

本日(9/8)は、チェコ(ボヘミア)の作曲家、ドヴォジャーク(1841-1904)の誕生日ですよ〜。
チェコと言えば音楽家の国ですが、とりわけ弦楽合奏は他国の追随を許さぬほど特別に素晴らしいと思います。

弦楽器とは、良〜く響く華奢な木の箱にさまざまな材質の弦を張って、それをなんらかの方法で振動させて楽器にしたものと大ざっぱに言えますが・・・あれ、ピアノもそうですよね〜(・o・ゞ

☆現代オーケストラで使われる弦楽器は木の箱に金属製の弦を張ってそれを弓に張った馬のしっぽの毛でこすって音を出します。
☆現代のピアノは木の箱に金属製の弦を張って固く巻き締めたフェルト製のハンマーで叩いて音を出します。


チェコにはペトロフ(PETROF)というピアノメーカーがあり、このメーカーは社会主義時代を乗り越えてしかも昔ながらの雰囲気が響きとして残されているピアノを作っている、奇跡的なメーカーです。しかもその良さは、白金台の技術者のペトロフ専門店:ピアノプレップ に匹敵するほど時間をかけた丁寧な調整でないと十全に発揮されないという(実はチェコの本社もピンと来ていないらしいw)。日本人の器用さ真面目さ、ココに極まれり!

さて、先日紹介したグリーグの動画のときにも書きましたが、音楽には乱暴に分けて二つの方向wがあるなぁ・・・と思っておりまして。それは、ヴィルティオーゾ的な大向こうを唸らせるような方向と、親しみやすくしみじみと心安らぐような方向かと。

現代のピアノがヴィルティオーゾ的な方向を向かざるを得ないのは無理もなく、それが金属的打楽器的衝撃的(同じにするなと言われそうですがw)な方向になってしまうのも既に言い古されています。論理を飛躍させますがw、現代人の心にとって意味のある方向は、実は親しみやすくしみじみとするような方向で、それは必ずや昔ながらのノスタルジックな雰囲気の中に!(`・ω・´)シャキーン

この動画で演奏している有名(すぎる)wな『ユーモレスク』はヴァイオリン独奏曲としてばかり知られていますが、もともとは『ピアノのためのユーモレスク集 op.101』として8曲セットでドヴォジャークが作曲した曲集の7曲めなのでありま〜す。これがさまざまな楽器のための編曲で流布しており、編曲者によってけっこう違っていてまことに楽しい愉しい。
このオリジナルのピアノ曲を、ペトロフの小型アップライトピアノ(高さ118cm)で弾きました。どうぞお楽しみいただければ!

2016年9月 4日 (日)

グリーグの命日によせて、『抒情小品集』より第19曲「故郷にて」op.43-3を、プレイエル1858年製ピアニーノで

本日(9/4)は、ノルウェーの作曲家、グリーグ(1843-1907)の命日ですよ〜。

グリーグはピアノソロのための『抒情小品集』を生涯にわたって散文詩のごとく綴っており、これぞノルウェーの作曲家である自身の内面の独白集でありましょう。そして、このような作品を奏でるための楽器は仰々しい楽器ではなく、やはりリビングに普通に家具のごとく置いてあるような楽器がふさわしいと思います。

ワタクシ、音楽には乱暴に分けてw二つの方向があるなぁ・・・と思っておりまして。それは、ヴィルティオーゾ的な大向こうを唸らせるような方向と、親しみやすくしみじみと心安らぐような方向かと(・o・ゞ
この現代、どうしても大演奏会でのヴィルティオーゾ的な演奏の方向ばかりが注目されてしまいますが(まぁカッコいいですもんネ;;;)そればかりになってしまうと現代人はいったいどこでしみじみと自己の内面と向き合うことができるのでしょう。

プレイエル1858年製ピアニーノ(85鍵、鉄骨無し)を使って、グリーグの『抒情小品集』から「故郷にて」op.43-3(第19曲)を弾いてみました。このピアニーノはショパンが持っていたピアニーノと構造的にはほとんど変化がなくこの時代ではすでに古い機構の楽器でしたが、このような曲にはいかにもふさわしい楽器の一つと言えるのではないでしょうか。また、この楽器は非常に理解度が高い日本人技術者(!)の手で思想に忠実な修復がなされており、この楽器ならではの体験ができるかもしれません。
どうぞお楽しみいただければと思います。

2016年9月 1日 (木)

パッヘルベルの生誕(受洗)祭によせて、『アリエッタ へ長調』@国際クラヴィコードシンポジウム

本日(9/1)は、パッヘルベル(1653-1706)の誕生日もとい受洗日ですよ〜(遅刻するトコだったwww)。
北イタリアのマニャーノ(Magnano)で隔年で行われている、第11回国際クラヴィコードシンポジウム(2013.9.3.〜9.7.)にて弾いた『アリエッタ ヘ長調』です。・・・もう3年も前か〜(・o・ゞ

発表者が一人来られなくなって枠が一つ空いたということで新潟のチェンバロ&クラヴィコード製作家の高橋靖志さんの楽器のプレゼンが急遽決まり、ワタクシ楽譜もiPadも持って行っていたおかげで演奏することができたのでした。「国際クラヴィコードシンポジウム」で、日本人製作による1600年ぐらいに作られたクラヴィコードの複製楽器を、その譜面台にiPadを乗せて日本人:小池宏幸氏の作った楽譜アプリ:piaScoreを見て、日本人のワタクシが演奏する、ということ、また楽しからずや^^

クラヴィコードの音は生演奏で人間が『聴く意思』を持って聴いている場合には意外としっかり聴こえますが、録音では絶対的な物理量として捉えられるので「有効音量」が非常に小さく聴きづらいかも知れません。まぁここはひとつ、クラヴィコードに最適な場所の一つの雰囲気を味わっていただければと思います (`・ω・´)シャキーン

2016年8月28日 (日)

CD『Animo』販売開始!

ワタクシが1曲演奏している、三島 元樹 氏のCD『Animo』が本日(8/28)販売開始になりました!(・o・ゞ

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このCDに収録するために氏の処女作『voyage』の演奏を依頼されてちょうど一年前に筑波山北麓の 来楽庵 にPETROFのアップライトピアノを持ち込んで収録した、ちょ〜っと思い出深い録音です。

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取扱はインディーズCD専門店 Tokyo Future Music です。池袋にある店舗では、コーヒーを飲みながら店内にあるあらゆるCDを自由に試聴できるという、ちょっと隠れ家的で落ち着けるステキなお店。店頭でのご購入に加え通販も可能ですので、そちらをご利用されるのもよいかと。作品リストに「三島元樹」「Animo」があるのを確認し、リスト上部にある購入フォームからお届け先、アーティスト名、作品タイトル、購入枚数などを記入し送信・・・という流れです。

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三島元樹氏の関連ブログ記事も、どうぞご覧くださいませ! http://blog.monoposto.ciao.jp/?eid=1301529

2016年8月15日 (月)

筑波鉄道、最後の晩夏(1986年9月)

しばらくぶりに古き佳き鉄道ネタでもどうぞ〜(・o・ゞ

筑波鉄道 酒寄ー紫尾 1986.9.26.
 Camera: Canon EF Lens: NewFD50mm F1.2L
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ときは1986年9月の2浪めの秋でしたがあくまでもマイペースのワタクシ、筑波山麓を常磐線の土浦駅から水戸線の岩瀬駅までをコトコト走っていた筑波鉄道が年度末で廃止になるという情報は入っており、この際(どの際だかw)写真を押さえておくべきだよなぁ・・・とヒラめいてしまったのが運の尽き。

筑波鉄道 酒寄ー紫尾 1986.9.26.
 Camera: Canon EF Lens: NewFD50mm F1.2L
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土浦から筑波(現:筑波山口)まではそれなりに列車本数が多かったので当然ながらwそれより奥に照準を定めるも、列車撮影のための資料があるはずもなく、地形図を頼りにしつつ何駅か歩けばなんとかなるだろ〜・・・と結局9月4日と9月26日の二日間訪ねてしまったのでありました。今となってはなかなかお目にかかれない、昭和の日本のごくごく普通な田舎の風景をどうぞ!

筑波鉄道 上大島駅 1986.9.4.
 Camera: Canon EF Lens: NewFD50mm F1.2L
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・・・そして時は流れに流れて去年(2015年)の8月末、作曲家の 三島 元樹 氏 のCD録音のためにまさにこのすぐそばの筑波山北麓を訪ねることになろうとは、偶然とは言えなかなかの出来事でした(◎_◎ゞ
そのときの記事、コチラ↓からどうぞ!
http://bergheil.air-nifty.com/blog/2015/08/post-cf46.html

このときの録音が結実しているので、みなさん、是非ともご覧くださいませ。最後の曲がワタクシの演奏なのが、チトこそばゆい(*^^*)
http://monoposto.ciao.jp/pg49.html

2016年8月12日 (金)

ヤナーチェクの命日によせて、『草かげの小径にて 第一集』より、第10曲「ふくろうは飛び去らなかった」

本日(8/12)は、チェコ(モラヴィア)の作曲家、ヤナーチェク(1854-1928)の命日ですよ〜。
2016年1月31日、高崎のアトリエミストラルで行った『森と音楽の国 チェコからの贈りもの 〜ペトロフ アップライトピアノの豊かな響き〜』ライヴ録画から、ヤナーチェクの珠玉の小品集『草かげの小径にて 第一集』より、第10曲「ふくろうは飛び去らなかった」です。

モラヴィアには<ふくろうは瀕死の人の家のそばに来て、飛び去らない>という言い伝えがあります。

ヤナーチェクが『草かげの小径にて』に取り組み始めてほどなく一人娘のオルガが助からぬ病に侵されていることを知り、曲想もまた暗く沈み込むような方向に変わって行きます。それが第4曲の『フリーデクの聖母マリア』あたりから、という解釈が支配的であるようですが、確かに納得できます。第10曲はこの曲集の最後の曲であり、モラヴィアの死の象徴である「ふくろう」と助からぬ娘オルガの存在とを結びつけるのは自然な解釈でしょう。なお、ふくろうはモラヴィア以外でも死の象徴とされているフシがありますが、ふくろうには申し訳ないですが・・・さもありなん(・x・ゞ

クラシック音楽の世界でアップライトピアノの特性を積極的に使おう、という方向は一顧だにされていませんが、なんでもかんでも超有名メーカーのフルコンサートグランドピアノばかりがもてはやされる、という風潮には大いに疑問を持っています。

もちっと音楽自体の多様性に即した楽器選びができるような環境、そうしたいと切望する演奏者、そしてそのような音楽が聴きたいと願う聴衆が整うとすんごく愉しいだろうなぁ・・・と思ってのアップライトピアノ演奏会でした。大艦巨砲主義はとっくに終わりを告げてますぞ(・o・ゞ

ヤナーチェク(1854-1928)
 『草かげの小径にて 第一集』より、第10曲「ふくろうは飛び去らなかった」
2016.1.31. 高崎、アトリエミストラル
 2014年製 ペトロフ P118D1アップライトピアノ:筒井 一貴

2016年8月 6日 (土)

浜松市楽器博物館訪問!

久々に浜松市楽器博物館へ(・o・ゞ
日本クラヴィア協会によるクラヴィコード公開レクチャーコンサート、それに伴ってクラヴィコードを紹介するスペシャルミュージアムサロン、そして展示されている古典鍵盤楽器のガイドツアー。そりゃ、関係者として訪れないのはモグリwでありま〜す。

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・・・やはり、オリジナル鍵盤楽器の真骨頂は、軽い共鳴箱の複雑な響き。それを何台か体験できたのは無上の光栄でした。

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某氏の車で東京ー浜松日帰り、という強行軍でしたが、現代のコピー楽器とオリジナル楽器とでは、そもそもの「価値観」が異なる・・・という、考えてみれば当たり前のことの再確認の連続。「価値観の違い」と一つの言葉で表現してもその内容には無限のバリエーションがあります故、何度体験しても足りないんですね〜(・o・ゞ

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実は、まさかの当日いきなりピンチヒッターで1830年ごろのプレイエルを事前に全く触らずに弾く、というアラワザをこなしたワタクシでありま〜す (`・ω・´)シャキーン

2016年8月 5日 (金)

メリカントの生誕祭によせて、『ワルツ・レント op.33』

本日(8/5)は、北欧はフィンランドの作曲家、オスカル・メリカント(1868-1924)の誕生日ですよ〜。
北欧系の作曲家のピアノ音楽になんとな〜く感じられる方向性として、素直で親しみやすくスッキリ・・・というような雰囲気があるような気がするのは自分だけではないと思うのですが(・o・ゞ

この雰囲気は、大演奏会を開くようなヴィルティオーゾ・ソロイスティックなピアノの方向を是として発展してきた現代のピアノの方向とは異なる方向で、なかなかどうして「それらしく伝える」のが難儀になってしまいました。
ほんの一世紀ほど昔の音楽の世界ではそれこそ星の数ほどのサロン的小品が生まれては消えていたわけで、その中にはヴィルティオーゾな方向の作品と同時に親しみやすく心安らぐような方向の作品もまた大切な一群でありました。
ごく一般の楽器をたしなむ人々にとっては、当然ながら親しみやすい小品をみずから奏で味わうことが人生の大切な楽しみだったわけです。

メリカントの作品はお世辞にも知られているとは言えませんが、そのなかで珠玉の逸品『ワルツ・レント op.33』をどうぞ。敢えて現代のフルコンサートグランドピアノで弾いています(性格悪くて御免w)。

2016年7月31日 (日)

リストの命日によせて、『詩的で宗教的な調べ』より、第6曲「眠りから覚めた御子への賛歌」を1843年プレイエル製スクエアピアノで

本日(7/31)は、リスト(1811-1886)の命日ですよ〜。
これまた言わずと知れた大リスト、ではありますが、どうしても極めて一面的な理解しかされない不幸な大芸術家だなぁ、と思わざるを得ません。
(そんなこと言ったら大芸術家なんてみんなそうぢゃん、というツッコミは無しねw)

ピアノをとてつもないショウマンシップで華麗に弾きまくる・・・というレッテルが強烈に貼られてしまっているのは無理もないことですが、それだけで説明できる程度の人物が当時のパリで芸術家としてしかも尊敬/畏敬の対象になれようハズがないではございませぬか。

リストはさまざまな方面の芸術文化に通じるだけでなくそのどれもが相当なレベルであったようで、各分野の芸術家から「リストにかかったらど〜しようもねぇ」というような怖れすら抱かれていたフシがあります。そのような恐るべき大芸術家を一面だけで語るのは、語っている人物のお里が知れるwだけのおハナシですよね〜(・x・ゞ

だいたい、この時代にひときわ高くそびえていた大巨人の人となりをたかが一人の現代人が理解できる、なんておこがましいにも程があります。「歪んだリスト観」の最たるもの<技巧だけで内容がない>という譏りがいまだにありますが、この譏りは実は、そのような観点でしかリストを見られない狭量な人物こそが生み出しているのでありま〜す。

リストの『詩的で宗教的な調べ』より、第6曲「眠りから覚めた御子への賛歌」を、リストもショパンも生きていた1843年プレイエル製のスクエアピアノ(個人蔵)でどうぞ!

2016年7月29日 (金)

シューマンの命日によせて、『アラベスク op.18』

本日(7/29)は、シューマン(1810-1856)の命日ですよ〜。
シューマンもロマン派時代の芸術家のご多分に漏れずにファンタジーの世界の住人でしたが、シューマンのファンタジーの方向はおよそ常軌を逸していたのではないかなぁ・・・とすら思えるほどに独特かつ精妙そして病的である気がします

シューマンの音楽はどの楽器のための音楽でも妙に弾きづらい箇所が必ず存在し、このことは、シューマンにとっては楽器の性能や性格よりも自身の頭の中に描かれたファンタジーの方がはるかに大切であった、と思えてなりません。このようなシューマンの音楽を演奏するとき、楽譜を「正確に読む」だけでなく楽器の周りの空間で起きるまことに不可思議な現象(音響現象から想起される不思議な空間感覚・・・とでも申しましょうか)を多面的重層的に(実際のところはなんとな〜く、なのですがwww)感じ取りたい! という姿勢が不可欠でしょう。

ともすれば、現代人の演奏は「・・・のような表現をする」という明快な方向になりがちですが、そのような姿勢ではシューマンの妄想wの世界の入り口の扉を叩くことすら不可能。現実世界はとにかく不思議なことに満ち満ちており、それをとにかく<不思議で魅力的な姿>として大まかに感じ取ろうという姿勢、既に現代人にはもはや困難な姿勢とも言えましょうが、これこそがファンタジーの世界に遊ぶ姿勢でありま〜す (`・ω・´)シャキーン

人類はあくまでも生き物の世界の一員ですから、他の動植物のような<感覚>も心の奥底にかならず潜んでいます。生存のためには全く必要でない「芸術」がインフラが発達した現代でも消え去らないのは、このような<原初的な感覚>を呼び起こしているからこそではないでしょうか。

シューマンの『アラベスク op.18』を、1909年ライプツィヒのブリュートナー製、かつてのドイツ皇帝ヴィルヘルム2世が従妹のアレキサンドラ皇后(ロシア最後の皇帝ニコライ2世の妻)に贈ったものと言われている、特別なピアノでどうぞ!

2016年7月28日 (木)

J.S.バッハの命日によせて、『パルティータ第1番 BWV825』より「サラバンド」

本日(7/28)は、J.S.バッハ(1685-1750)の命日ですよ〜。
言わずと知れた大バッハ、その大バッハが初めて鍵盤楽器のための作品を出版物として世に問うたのが、いわゆる『パルティータ集 BWV825-830』です。
1726年に第1番、そして毎年一曲ずつ自費出版を続け、ついに1731年にこれまた自費出版で『クラヴィーア練習曲集 作品番号1』として6曲まとめて出版したのでした。
その最初の『パルティータ第1番 BWV825』より「サラバンド」をチェンバロでどうぞ!

チェンバロは「強弱がつけられない」とか「表現力が劣っていた」とかいうレッテルをいまだに貼られているフシがありますし、当時でも「チェンバロでの歌うような表現はなかなか難しい」とされていたのも事実ですが、まぁ、どうかお聴きくださいましな (`・ω・´)シャキーン

ピアノの誕生は1700年少し前ごろ、と言う理解が現時点では概ね正しいのですが、チェンバロはさらに300年ほど昔にまで歴史をさかのぼれる楽器です。そのような楽器にマイナス方向のレッテルを貼ることには、少なくとも自分としては意味を感じません。・・・まぁ「身びいき」ってぇヤツでしょか〜(・o・ゞ

2016年7月23日 (土)

ドメニコ・スカルラッティの命日によせて、ソナタ K.30 / L.499(猫のフーガ)

本日(7/23)は、ドメニコ・スカルラッティ(1685-1757)の命日ですよ〜。
ドメニコ・スカルラッティは鍵盤楽器音楽の大家として知られており、現代のピアノでも比較的頻繁に演奏されることが多いと言えましょう。
ドメニコはナポリに生まれ、リスボンに移ってポルトガル王女バルバラに音楽を教え、バルバラがスペイン王家に嫁ぐとともにマドリードに移住、そのまま後半生を過ごしています。

ドメニコの周辺に響いていたチェンバロの音色は基本的にイタリアのそれで、情緒的な表現をすると、飾りっけのない素朴な響きとそれを支えるバリっとした低音、そして甘く優しく歌う高音かなぁと。
新潟は三条市の旧下田(しただ)村在住のチェンバロ&クラヴィコード製作家:高橋靖志氏による、17世紀イタリアのスタイルに基づくオリジナル設計の1段チェンバロで、K.30 / L.499 のいわゆる「猫のフーガ」と言われているフーガをどうぞ。
このフーガの主題はなにやら奇妙で、まるで猫が鍵盤の上を歩いて適当に出てきた音列wのようだ・・・ということで「猫のフーガ」という俗称がついたとのことです。現代人にとってはナンのこともない旋律にも思えますが、300年ほど昔の人にとってはさぞや斬新だったでしょうね〜。

なお、スペイン王室には同時にピアノの発明者とされているクリストフォリの弟子であるフェリーニの手によるピアノもあり、ピアノとの関わりも深かったのは確実。数々のピアニストがあまたの録音を残していますが、ワタクシの好みは Horowitz を別格として、イチ推しは Marcelle Meyer 女史ですね〜。
・・・ココだけのハナシ、女史の録音があればチェンバロの録音は Scott Ross 以外には要らないような気すら致します。おっとブーメラン(・x・ゞ

2016年7月22日 (金)

7月24日/ペトロフの「木の響き」とギターとの邂逅〜Novecento:もう一つの20世紀

明後日(7/24)は、久々に白金台のペトロフ専門店「ピアノプレップ」でのサロンコンサート。共演はギターの西垣林太郎氏。

古来、鍵盤楽器とギターなどの撥弦楽器とは
「交換可能」とされていましたが、
昨今、これを知る人も少なくなりました。
ペトロフピアノの真骨頂は「木の響きの心地良さ」
ギターとの合奏が「しっくり来る」ピアノです。
「交換可能」であることもむべなるかな!


ギターとペトロフが贈る「木の響き」…モラヴィアワインの芳醇な味わいとともにどうぞ。残席僅少! ワタクシ、20世紀イタリアネタを弾くのは今回が初めて。
相〜当〜にレアですよ〜(・o・ゞ

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2016年7月24日(日)15時半開演(15時開場)
2500円 ♪モラヴィアワイン付♪
ギター:西垣林太郎/ピアノ:筒井一貴
チェコ製ピアノ「ペトロフ」専門店:ピアノプレップ 白金台サロン
港区白金台2-6-12(明治学院大学すぐそば)
予約・問合せ:03-6721-9613(ピアノプレップ)

<プログラム>
Franco MARGOLA (1908-1992)
 Omaggio a de Falla "Preludio" (Gt solo)
 Fantasia (Gt & Pf)
Virgilio MORTARI (1902-1993)
 Studio galanti (Pf solo)
Enzo BORLENGHI (1908-1995)
 Fantasia (Gt & Pf)
Elsa Olivieri SANGIACOMO (1894-1996)
 Due canzoni italiane (Pf solo)
Carlo MOSSO (1931-1995)
 Fantasia (Gt & Pf)
 Tre canzoni piemontesi (Gt solo)
Adriano LINCETTO (1936-1996)
 Divertimento a due (Gt & Pf)

2016年7月20日 (水)

7月18日/1909年製ブリュートナー・ピアノ〜ブーニンをコンクール優勝に導いたピアノ〜より、シューマン/アラベスク op.18

先日7月18日の『古き佳き独逸の銘器、いぶし銀の輝き:1909年製ブリュートナー・ピアノ 〜ブーニンをコンクール優勝に導いたピアノ〜』の前半ラストで弾いた、シューマンの『アラベスク op.18』の動画をどうぞ(・o・ゞ

シューマンの現世を飛び越えた夢うつつの世界、そしてひょっとしたら音楽づくりを手伝ってくれていたかも知れぬこびとさんたちのうごめきが、マイクに入っているかも知れません!

この『アラベスク op.18』の冒頭にシューマンは独逸弁で<Leicht und zart>という指示をしておりまして。すなはち<軽くそして優しく>しかもメトロノーム記号はなんと四分音符が152とかなり速い!
・・・そう、この曲のメイン主題で粘ったり引きずったりする解釈には異を唱えたいワタクシでありま〜す (`・ω・´)シャキーン

シューマン(1810-1856)『アラベスク op.18』
2016.7.18. 世田谷、松本記念音楽迎賓館
 1909年製 ブリュートナー グランドピアノ:筒井 一貴
 かつてのドイツ皇帝ヴィルヘルム2世が従妹のアレキサンドラ皇后(ロシア最後の皇帝ニコライ2世の妻)に贈ったものと言われているピアノです

2016年7月17日 (日)

7月18日/1909年製ブリュートナー・ピアノ〜ブーニンをコンクール優勝に導いたピアノ〜

98年前の本日:1918年7月17日の早朝、ロシア三月革命で退位していたロマノフ家の皇帝ニコライ2世と、ドイツ出身の皇后アレクサンドラほか一家7人と4人の従者が幽閉されていた西シベリアのエカテリンブルクでときの共産党政権の手で銃殺されましたが、政権は皇帝の処刑のみ、という偽りの発表をしました。

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1991年にソヴィエト連邦が崩壊。それまで口を閉ざしてきた人々が真実を語り始めました。銃殺隊のメンバーだった人物の証言が決定的となり、その証言通りに複数の遺体が沼地で発見され、DNA鑑定の結果皇帝一族のものと判明。

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明日(7/18)世田谷の松本記念音楽迎賓館で行う演奏会は、他ならぬ皇后アレクサンドラの“聖なる遺品“である1909年ブリュートナー製ピアノを使う栄誉に浴しており、本日は祈りの日となります。 三連休の最終日ではございますが。願わくば、演奏会にご来場賜りますように。

2016年7月18日(月祝)14時開演
世田谷、 松本記念音楽迎賓館 (世田谷区岡本2丁目32ー15)
4000円/全席自由(50名、要予約)
ブリュートナー・ピアノ演奏: 筒井 一貴
共催:松本記念音楽迎賓館
予約・問合せ:bergheil69@me.com(筒井)

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2016年7月 8日 (金)

農工大ピアノ部のレッスン&「だいもん」国分寺店

農工大ピアノ部、夏コンに向けてのレッスンしぅりょう( ´ ▽ ` )ノ

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30年前からお世話になっている「だいもん」の先代が住宅地の一角に新しく作った店、初訪問〜♪(*^^)o∀*∀o(^^*)♪

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農工大農学部から北府中に歩いて行く途中、府中市晴見町「だいもん」の雰囲気も変わらず。こちらはお子さんたちでばっちり切り盛りしているとのこと。「あ〜先生、お世話になってます〜」と言われ、微妙に面映い気分に(・o・ゞ

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«ヤナーチェク生誕祭によせて、『草かげの小径にて 第一集』より「散りゆく木の葉」

2016年9月
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