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2018年8月14日 (火)

J.S.Bach『カンタータ第106番』から「ソナティーナ」を、1954年製ヤマハ五号リードオルガンで

世の中はお盆、切支丹伴天連な音楽なので仏教にふさわしいかは微妙wですが、J.S.Bach によるカンタータ第106番『神の時こそいと良き時』(Gottes Zeit ist die allerbeste Zeit) の導入曲「ソナティーナ」をどうぞ。

カンタータ第106番は「哀悼行事(Actus Tragicus)」という通称と歌詞の内容から、死者を悼む行事の際に演奏するためのカンタータだろうと推測されている楽曲です。この動画は2018年5月13日に中野の Space 415 にて行った、古楽かふぇのイベント「触ろう&聴こう リードオルガン 〜古楽かふぇ 体験&コンサート〜」の実況、おなじみ渡邉祐治氏による丁寧な修復でよみがえった、1954年製ヤマハ五号リードオルガンで弾いています。

現代は電気式送風機wのおかげでオルガニストが風の送り方を考えずとも「音は出る」ようになりましたが、実はそれはオルガンが管楽器であることを無視しても大丈夫になったということでもあります(便利になると人間って退化しますからね〜w)。何百年も昔に電気が使えていたハズはなくw、本来はどんなに大きなパイプオルガンでも人間が風を送っていました。風の送り方は管楽器で言えば息の送り方ですから、人力送風のオルガンを知らないオルガニストが意外と少なくない現代って・・・実は大きな問題だったりします。とは言え、現代ではパイプオルガンで人力送風を体験するのは簡単ではなく、それならばリードオルガンを体験することに俄然意味が生まれるはず・・・と思ってはいますが、世間の風はなかなかに冷たかったりw

リードオルガンは現代ではほぼ忘れ去られてしまった楽器と言っても過言ではなく、よしんば楽器として認識されたとしても、昔の小学校でしか使われなかった楽器とかパイプオルガンの代用楽器としか感じてもらえないかわいそうな楽器になってしまっているのがまことに残念で。まぁ論より証拠、リードオルガンの表現力の幅広さをどうぞ体験してみてくださいませ! (`・ω・´)シャキーン

2018年8月13日 (月)

お盆休みな浅草

お盆休みで多少人が少なくなった浅草、作曲家の 三島元樹氏 としばしの暑気払い。

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首都圏はゲリラ豪雨でそこら中が水浸しになっていたようですが、凶悪な雨男のワタクシの神通力と相殺wされたか、浅草では大粒でも雨は弱くて暑さもそれなりに和らいでくれてホッ。

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有名なホッピー通りもまぁ歩きやすく、なかなか有意義な情報交換ができましたとさ(・o・ゞ

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2018年8月 8日 (水)

わたらせ渓谷鐵道の1コマ

昨日(8/7)、台風が少しずつ近づいて涼しくなったタイミングで、グンマーな奥地に出向いてきました。

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旧国鉄足尾線のわたらせ渓谷鐵道、観光路線として健闘ちぅですが、インスタ女子相手の情報発信はまだまだな様子。そもそもこのわたらせ渓谷鐵道の駅はどれもこれもエラく渋く、若者にとっては逆に新鮮なはずなんですが( ̄∇ ̄)

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この 水沼駅温泉センター 、車に頼らずに温泉に入れるのはグンマーにしてはホントに珍しく、ナニかもっといろいろ仕掛けられそうな気配濃厚。なにしろ、わたらせ渓谷鐵道入口の相老駅まで、浅草から東武のりょうもう号で2時間かからず2000円ちょいですからね〜(`・ω・´)

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・・・まぁ食堂が昔ながらの温泉宴会場なのがチト渋すぎる気もしますが、地元民らしきボトルキープも数十本あったのがオドロキ。写真撮り忘れたのが痛恨ですがσ^_^;

2018年8月 7日 (火)

中島みゆき 作詞/作曲『I love him』ピアノソロ:1894年ベーゼンドルファー社製ピアノ(ウィーン式アクション/85鍵)で

中島みゆきの『I love him』をアンティークピアノで弾きました。この『I love him』は1991年にシアターコクーンにて20公演行われた『夜会VOL.3 KAN(邯鄲)TAN』のラストを飾った、13分に及ぶ大曲です。『I love him』は1995年のアルバム《10 WINGS》にも収録されていますが、全く異なるアレンジになっています。「夜会」ファンにはこの『夜会VOL.3 KAN(邯鄲)TAN』のアレンジも根強い人気だそうで、ワタクシもこっちが好みでありま〜す(・o・ゞ

「夜会」とは、コンサートでもなく、演劇でもなく、ミュージカルでもない「言葉の実験劇場」をコンセプトとして1989年に開始した舞台で、言葉の使い手である中島みゆきにとってライフワークとも言えましょう。中島みゆきはこの『夜会VOL.3 KAN(邯鄲)TAN』で中国の故事「邯鄲の夢」をテーマに、ある女性が夢の中で見た少女から老婆になるまでに至る一生を演じました。そのラストの曲が『I love him』であり、まさに邯鄲の<長い夢のあと>の<本当の願い>を高らかに唄い上げています。

 <それならば私は何も失わずに生きてゆけた
  でも何か忘れたことがある
  でも誰も愛したことがない
  それで生きたことになるの?
  それで生きたことになるの?
  長い夢のあと 本当の願いが胸の中 目を醒ます


「邯鄲の夢」は国語辞典などの記述に見るように「栄枯盛衰のはかないことのたとえ」とされるのが一般的なようですが、実はワタクシ昔っからそれには疑問をいだいておりまして。そして中島みゆきもまた、この『夜会VOL.3 KAN(邯鄲)TAN』で真意はそんな意味にとどまらないと伝えているように思えます。「己の人生にとっての<本当の願い>の前では、人生の栄華なんてはかなく表面的なもの。大切なのは己の生き方こそではないか?」というのが「邯鄲の夢」の問いかけでしょ・・・というメッセージを感じるんですね〜 (`・ω・´)シャキーン
・・・まぁ辞書などでは説明するのがヤヤこしいから「栄枯盛衰のはかないことのたとえ」という表現にせざるを得ないのかなぁ、とも思いますけど(・x・ゞ

「邯鄲の夢」の話として知られるのは、沈既濟(c.750 - c.800)によって中国唐代に書かれた『枕中記』という伝奇小説です。原文はこちらから:https://zh.wikisource.org/wiki/枕中記

神仙の術を心得た呂翁(りょおう)という道士が邯鄲への街道を行く途中、畑仕事に行くところだった地元の若者盧生(ろせい)と出会うところから『枕中記』は始まります。ここで盧生は呂翁にまだ田畑で働いている不遇の身をかこち、およそ男子に生まれたからには立身出世そして栄耀栄華が夢であるのにつらい・・・とこぼします。呂翁が、見たところ病気もしていないし問題なんてなさそうなのにつらいとは? と問うと・・・

生曰:“吾此苟生耳,何適之謂。” 翁曰:“此不謂適,而何謂適。”

生(=盧生)曰く、「吾は此れ苟(いやし)くも生くるのみ。何の適とか之れ謂わん」と。翁(=呂翁)曰く、「此れを適と謂わずして、何をか適と謂わんや」と。

ここで、呂翁は盧生の願う人生が<>であるかどうかを夢の中で体験させます。それは栄枯盛衰浮き沈みが激しく、結局は栄耀栄華を極めて齢80を超えて大往生・・・という人生でした。夢の前の導入部分、この小説が<>とは何かという話だよ、と示しているのではないでしょうか。そして夢のあとの終結部、まことに簡潔にスパッと終わらせていて小気味よいです。

盧生欠伸而悟,見其身方偃於邸舍,呂翁坐其傍,主人蒸黍未熟,觸類如故。生蹶然而興,曰:“豈其夢寐也。” 翁謂生曰:“人生之適,亦如是矣。” 生憮然良久,謝曰:“夫寵辱之道,窮達之運,得喪之理,死生之情,盡知之矣。 此先生所以窒吾欲也。敢不受教。” 稽首再拜而去。

盧生は欠伸して悟(さ)め、其の身の方(まさ)に邸舎に偃(ふ)し、呂翁は其の傍らに坐し、主人は黍を蒸して未だ熟せず、類に觸(触)るるに故(もと)の如きを見る。生(=盧生)は蹶然(けつぜん)として興(お)きて曰く、「豈(あ)に其れ夢寐(むび)なるか」と。翁(=呂翁)は生(=盧生)に謂いて曰く、「人生の適も亦た是くの如し」と。生(=盧生)は憮然たること良(やや)久しくして、謝して曰く、「夫れ寵辱の道、窮達の運、得喪の理、死生の情は、尽く之を知れり。此れ先生の吾が欲を窒(ふさ)ぐ所以なり。敢て教えを受けざらんや」と。稽首(けいしゅ)再拝して去りぬ。

呂翁が盧生に<人生の適も亦た是くの如し>と語るところ、人間の欲とは限りのないもので、その欲望をかなえていくことが本当に貴方にとっての<人生の適>であるのか、という問いかけでしょう。<生(=盧生)は憮然たること良(やや)久しくして>・・・この「憮然」は現代日本人が考える意味ではなく「茫然とする」ぐらいの意味、茫然としばらく考えて盧生はハタと悟るところがあったのでしょう。<此れ先生の吾が欲を窒(ふさ)ぐ所以なり>。人生において欲望を抱くのは避けられないことですが、それを制御できなければ結局は不幸なことになってしまうのはご存知の通り。すなはち、欲望を抑制することなしには<人生の適>にはたどり着き得ないのでした。『枕中記』は「<人生の適>とは何ぞや?」と問いかけて、この主題を伝えようとしているのだと思うんですね〜。

・・・さて『I love him』の歌詞にまいりましょう。

 <夢見続けた願いはいつも 愛されること愛してもらうこと
  それが人生の幸せだって いつも信じてた
  信じて待った 待って夢見た


人生の適」=<夢見続けた願い>をどこに求めるか・・・はそれぞれの価値観と直結するのでいちがいには決められませんが、このように自ら動かず欲して待つだけの人生に対して、中島みゆきは<それで生きたことになるの?>と突っ込みます。なかなかの破壊力ではないでしょうか。

 <与えられる愛を待つだけならば
  もらいそこねても悪くてもゼロ マイナスはない


まことに明〜快な損得勘定wで、さすがは中島みゆきの詩。傷つく怖れから自ら動くことを止めることもそれはそれで人生ではありましょうが、しかしやはりこのあとに<それで生きたことになるの?>と突きつけられます(^^;;;;;

 <I love him I love him I love him I love him
  I love him I love him 返される愛は無くても


返される愛は無くても>という表現が、いかにも中島みゆきらしくエラく切ないですね。損得勘定なんぞ抜きに自ら考え判断し行動してこその己の人生。中島みゆきは『枕中記』が投げかける「人生の適とは何ぞや?」という問いかけを踏まえたうえで、たとえ傷つこうとも自らの心の叫びに気づき自らの生を自ら生き抜け!・・・というメッセージを伝えているのではないでしょうか。実はこのメッセージ、中島みゆきの大きなテーマの一つなんですぞ。

 <ファイト!   闘う君の唄を
  闘わない奴等が笑うだろう
  ファイト!   冷たい水の中を
  ふるえながらのぼってゆけ
『ファイト!』1983年)

 <くり返す哀しみを照らす 灯をかざせ
  君にも僕にも すべての人にも
  命に付く名前を「心」と呼ぶ
  名もなき君にも 名もなき僕にも
『命の別名』1998年)

 <その船を漕いでゆけ おまえの手で漕いでゆけ
  おまえが消えて喜ぶ者に おまえのオールをまかせるな
『宙船(そらふね)』2006年)

 <がんばってから死にたいな  がんばってから死にたいな
  這いあがれ這いあがれと  自分を呼びながら 呼びながら
『重き荷を負いて』2006年)

2018年8月 5日 (日)

チェロ発表会お手伝い@音楽の友ホール

某チェロ教室の発表会しぅりょう(写真は打ち上げねw)

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ブラームスのチェロソナタ第1番第1楽章を充分な音量で弾ききり、さすが若者のやる気と実力ってスゴかったっす( ̄∇ ̄)

2018年8月 2日 (木)

縣神社@大網白里町

くっそ暑い日々が続きますが、100均で入手した白キャップをかぶってお出かけでございますε-(´∀`; )

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この(あがた)神社はなかなかの由緒とのことですが、入口がこれまたわかりにくくて閑静な佇まい。周辺は住宅開発が盛んですが、ここは鎮守の杜のおかげで鳥の声と蝉しぐれのみ。明らかに風が涼しいのは気のせいではなく、植物の蒸散作用のおかげですな( ̄∇ ̄)

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・・・千葉から大網白里町を経由して九十九里の白子海岸までの小湊鉄道の高速バス、最初の一区間30分のみ乗りましたが、まことに快適でございました(^^)

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2018年8月 1日 (水)

メリカント『夏の夜の牧歌 op.16−2』を、ウィーン式アクションの1894年ベーゼンドルファーで

いやはや、あち〜〜〜っすね〜〜〜ε-(´∀`; )
北半球全体が暑いようなので涼しくなるかは保証の限りではございませんがw、北欧の作曲家、メリカント(1868-1924)の「夏の夜の牧歌 op.16-2」を、メリカントが生きていた時代1894年ベーゼンドルファー製のピアノで弾きました(・o・ゞ

メリカントはフィンランドの作曲家、かのシベリウスの3歳年下です。数多くの作品を作曲しましたが大作曲家のくくりには入らず、現代ではほとんどが忘れ去られてしまっています。「夏の夜の牧歌」は舘野泉氏が出版した曲集そして平行して発売された録音に入れられている曲です。

ごくごく平凡な曲ですが、このような曲を弾くときこそクラシック音楽をクラシック足らしめる「音楽的常識」とも言うべき数々の決まりごとを厳しく守りつつそれを過不足なく曲に織り込まなければ、単調なツマラナイ演奏となってしまいます。生きものである人間の感覚の根源をえぐるがごとき面倒さをはらみつつ、平凡な曲であることが前面に出なければならぬ・・・というのは、コレ、実力マルハダカでエラいこっちゃ(・x・ゞ

2018年7月28日 (土)

巣鴨ときわ食堂駒込店@駒込

台風が近づく前にサクッと伴奏合わせ、8/5に控えた某チェロ君の発表会のお手伝いでございまする。ぶらぁむすのチェロソナタ第1番の第1楽章とは、まことにやる気も腕前もお見事(^^)

妙にみっちりな猛稽古になってしまい、そりゃ〜腹が減るのも道理。駒込での遅めのランチはやっぱり「ときわ食堂」でございま〜す。いわし焼定食990円ナリ、高ェな〜と思ったらまさかの二匹セットでビックリ(まぁそれでも正〜直お高いけどサ(・x・ゞ)

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ごちそうさまでした〜( ̄∇ ̄)

2018年7月23日 (月)

ニューヨーク・スタインウェイ long A 型お披露目会@茅場町

スタインウェイのA型ピアノは1890年から製造が開始され、最初期には85鍵で奥行きは185.5cm。その後数多くの改良が行われ、1913年からA3型という、奥行き194.3cm(英語圏では Long A 及び Stretch A とも呼ばれる)のA型が製造されました。このモデルはニューヨーク工場で1913年から1945年までに約4500台製造されたのみで、実は知られざるレアモデルだったりします。

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2018年7月27日(金)17時半開演
茅場町、グランドギャラリー東京
(中央区日本橋茅場町2-17-7 第三大倉ビル1階)
入場無料(20名)

使用楽器:
 ニューヨークスタインウェイ long A(A3)
申し込み(担当:榎本)
 enomoto@grandg.com
 03-6206-2212

月末の金曜日で、かの「ぷれみあむふらいで〜」ではございますが、そんなのは当初っからかけ声倒れwですね。みなさま、なんとか17時半スタートに間に合いますように!

2018年7月20日 (金)

ショパン『ノクターン第2番 op.9-2』を、ウィーン式アクション1820年製グレーバーで

2018年7月18日に行った『古典鍵盤楽器 徒然草 七』のアンコールで弾いた、ショパン(1810-1849)のノクターン第2番 op.9-2 です。op.9 の「3つのノクターン」の出版は1832年末のこと、カミーユ・プレイエル夫人に献呈されています。

19世紀ドイツ語圏で発行されていた雑誌『Allgemeine musikalische Zeitung (General music newspaper)』に、19世紀初頭のショパンが生まれたころのワルシャワに関する記事があり、<教育熱心なほとんど全ての家庭にはウィーン、ドレスデン、ベルリンそしてブレツラフ産のグランドピアノがあり、非常に達者に弾ける者も少なからず居る>というレポートが掲載されています。ショパンは1810年にワルシャワ近郊で生まれて1828年秋にベルリンに旅行(演奏旅行ではなかった)するまで、ポーランド以外を全く知りませんでした。そして、ワルシャワを発ったのが1830年11月2日、ウィーンを経てパリに1831年9月末に到着。パリで亡くなったのが1849年10月17日。1829年に大成功を収めたウィーンでの演奏会ではグラーフのピアノを選び、パリに赴いてからもグラーフのピアノは好んでいた、という資料も残っています。

対して、初代プレイエルのイグナーツは1757年生まれ。ハイドン周辺で音楽を学び、全くの未経験からピアノ製造に手を染めたのは1805年のこと、現存最古のプレイエルピアノは1807年製、息子のカミーユに経営権を委譲したのが1813年。その後1829年にイグナーツの健康状態の悪化を機にカミーユがカルクブレンナーとともにPleyel & Co.を設立、ようやく1830年1月1日にプレイエル親子自身のサロンのこけら落としとしてプレイエルピアノを用いた演奏会を開いています。

これだけの史実からでも『ショパン=プレイエル』とまとめてしまうのがあまりにも皮相的に過ぎることに気づかれるかと思います。ここで使っているグレーバーピアノは1820年ごろのオリジナル楽器で6オクターヴウィーン式。グラーフのピアノもウィーン式であり、実はショパンの音楽的源泉を考える上で欠くべからざる楽器の一種でもありま〜す (`・ω・´)シャキーン

2018年7月17日 (火)

伊東食堂@東池袋

明日(7/18)池袋での 古典鍵盤楽器 徒然草 七 〜ウィーン式フォルテピアノでシューベルトとショパンを〜@池袋、自由学園明日館 の最終稽古のために某秘密基地へ。

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・・・と、その前に、食道楽でならす秘密基地親分とランチ。意外と行きづらく東池袋というにはかなり微妙な、それでもサンシャイン裏手、都電沿いのナゾの一角の食堂でござ〜い! 基本食材の全ての組み合わせを網羅するぞ、という意思を感じる壁のメニューが圧巻!( ゚д゚)

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明日の演奏会は19時開演、池袋とは思えぬ閑静な一角の重要文化財建築: 自由学園明日館 の教室、Room1921にて。1820年ごろのオリジナルフォルテピアノを間近に楽しんでくださいませ〜^^

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2018年7月14日 (土)

中島みゆき 作詞/作曲『ララバイSINGER』ピアノソロ:1894年ベーゼンドルファー社製ピアノ(ウィーン式アクション/85鍵)で

中島みゆきの『ララバイSINGER』を、いつもの1894年製アンティークベーゼンドルファーで弾きました。

この『ララバイSINGER』は2006年のアルバム《ララバイSINGER》のラストを飾る曲ですが、そもそも「ララバイ」とは子守唄のこと。子守唄をアルバム名そしてラストの曲にしてしまうというセンス。まぁ中島みゆきがタイトルとして選んでいるほどですから、この「ララバイ」は普通の意味での癒やしの「子守唄」であろうはずがございませんね。『ララバイSINGER』とは直訳wすれば「子守唄歌い」で、ヒネりは「子守唄」の解釈にありと見ます ヽ( ̄▽ ̄)ノ

 <歌ってもらえるあてがなければ  人は自ら歌びとになる
  どんなにひどい雨の中でも  自分の声は聞こえるからね


自分の歌は自分で歌うものですが、これは前向きの意思を示すだけでなく、歌うのは自分しかいない・・・という孤独をも同時に示すのですね。中島みゆきの楽曲からは、どのような形を取ろうとも生き続けろ! というメッセージを強く感じさせられることが少なくありません。それを一歩進めて(魂の)死と再生を何度でも繰り返せ! という形を取ったのが『肩に降る雨』でしょう。

 <肩に降る雨の冷たさは生きろと叫ぶ誰かの声
  肩に降る雨の冷たさは生きたいと迷う自分の声
『肩に降る雨』1985年)



・・・そう言えば、『拾われた猫のように』という救いようがなく孤独な曲にも、こんな一節がございます。

 <自分の声を子守歌にずっと生きてたから『拾われた猫のように』1995年)



どれほど孤独であっても、<自分の声>が聞こえないことは原理的にあり得ないこと。しかし表面的にはそうであっても自分とは当事者に他ならず、<自分の声>をバイアス少なく正確に聞くのは生半可でなく難しいです。中島みゆきは1995年、阪神大震災と地下鉄サリン事件が起きて間もなくの時期に大阪のコンサートで歌った『ファイト!』の導入でこう語りかけました。

 <夢は叶ったほうがいいです
  でも叶わない夢もあります
  どうしようもない 形を変えでもしない限り
  どうにもならない夢というものもあります

  だから
  どんなに姿かたちを変えながらでも
  どんなに傷つきながらでも
  いつかきっと あなたの夢が
  叶いますように


どんなに姿かたちを変えながらでも どんなに傷つきながらでも>見続けられる夢・・・もはや「業」と言うべきか・・・こそが真の<自分の声であり、そしてそれこそが「我々は何処から来て何処へ行くのか」を読み解く鍵でありましょう。一過性の夢ではなく生涯を通して見続けられる夢とはなんだ? というのが中島みゆきから我々へのメッセージに違いありません。

 <その船を漕いでゆけ おまえの手で漕いでゆけ
  おまえが消えて喜ぶ者に おまえのオールをまかせるな
『宙船(そらふね)』2006年)

この『宙船(そらふね)』も同じアルバム《ララバイSINGER》に収録されており、ここにもやはり変わらぬ強い意思を感じます。

 <ララバイ ララバイ 眠れ心  ララバイ ララバイ すぐ明日になる

睡眠と覚醒は、死と再生の一種とみなせるでしょう。死とは一種のやすらぎ、そして生きている我々にとっては睡眠こそがつかの間のやすらぎ。睡眠は手伝えても覚醒は手伝えない存在が子守唄歌いである中島みゆきであって、覚醒するのは個々人それぞれの生きる意思=生涯を通して追い続ける夢があってこそ。

・・・そして同時に睡眠とは「夢を見る時間」であって、これすなはち「自己の内面と独り静かに向き合う時間」の象徴にも感じられてきました。その時間に我々を導いてくれるのが、他ならぬ「子守唄歌い」である中島みゆきなのかもしれませんね。

2018年7月13日 (金)

農工大ピアノ部レッスン会

本日(7/13)は農工大ピアノ部のレッスン日。この写真↓は農学部一般教養棟横の池のようす、おそらく、ワタクシが入学した1987年当時と全く変わっていないのではなかろうかと。

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ピアノ部室は昔ながらな府中の外気と同じというサイコーな環境wですが、それに負けているようぢゃオトコがすたるw

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例によってぶっ続け6人6時間のレッスンしぅりょう、いやはや、1.5玉の油そばが美味美味( ̄∀ ̄)

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2018年7月10日 (火)

7月18日演奏会リハ

次なる演奏会は7月18日の水曜、久々に池袋の 自由学園明日館 にて、シューベルト時代のオリジナルフォルテピアノを使って『古典鍵盤楽器 徒然草 七 〜ウィーン式フォルテピアノでシューベルトとショパンを〜』です(・ω・)ノ

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8日の押上から切り替えるべく稽古に某秘密基地に出向くと、やはり6オクターブのオリジナルはなんとも麗しく(*゚▽゚)ノ
秘密基地ブログはこちら〜♪

ショパンと言えばプレイエルピアノですが、実は初代プレイエルはモーツァルトの一歳年下でハイドンの知遇を得たウィーンの作曲家でした。シューベルトとショパンは一見関係なさそうですが、ウィーン式フォルテピアノという糸でつながっているのです!

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東日本大震災復興支援コンサート with 明日館
古典鍵盤楽器 徒然草 七
ウィーン式フォルテピアノでシューベルトとショパンを


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2018年7月18日(水)19時開演(18時半開場)
池袋、自由学園明日館(みょうにちかん)Room1921
3500円(当日精算/要予約30名)
http://concerts.clavichord.jp/fortepiano/Message.html

使用楽器
Johann Georg Gröber 製作(1820年オリジナル ウィーン式6オクターヴ)
プログラム
シューベルト (1797-1828)
6つの楽興の時 D780 (op.94)
ショパン (1810-1849)
2つのノクターン op.55(第15,16番)
3つのワルツ op.64(第6〜8番)
3つのマズルカ op.50

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2018年7月 9日 (月)

7月8日演奏会@押上文庫 盛会御礼!

昨日(7/8)の押上猫庫(おしあげにゃんこ)での演奏会はつつがなくしぅりょう、やはりココの1959年製スタインウェイは昔々の楽器が備えていたであろう「オカルトな魔力」に満ちておりました( ̄∀ ̄)

 次の演奏会は7月18日です!

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反応も上々、音楽演奏を念頭に置いた空間での演奏会はきょうびいくらでもございますが、異空間での複雑怪奇な音楽世界もなかなか悪くなかったようでございます。みなさま、ありがとうございました!m(._.)m

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来年のどこかのタイミングで、サティの『星たちの息子全曲版』をココでやらなきゃなぁ・・・というヒラメキが。相当にヤバい世界になること請け合いですぞ(*゚▽゚)ノ

2018年6月29日 (金)

7月8日演奏会@押上文庫

まさかの梅雨明けの関東地方、一気に暑くなってすっきりと日本酒を嗜みたい気候に。でもどうしてもガツンと濃ゆい趣向の日本酒になっちまうワタクシ(・o・ゞ

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一週間後にせまったココ:押上文庫での演奏会、文人酔客相乱れるw墨東地域の一筋縄では行かぬ多様な魅力を十全に愉しんでいただきたく、変化球気味のプログラムにしております。そしてここの1959年製スタインウェイもまた、弾き手の悪知恵w次第でいくらでも多彩な表現の引き出しを見せてくれる恐るべき名器。

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大きなコンサートホールでは絶対に体験できぬ、身近な音楽体験です。いざ東京スカイツリーのお膝元においでくださいませ!m(._.)m



・*:..。o♬*゚・*:..。o♬*゚・*:..。o♬*゚・*:..。o♬*゚

墨東押上発 スタインウェイ・サロン ACT.2
2018年7月8日(日)14時開演(13時半開場)
押上、押上猫庫(墨田区押上3ー10ー9/押上駅B3出口より徒歩約8分)
4000円/全席自由要予約、茶菓付

予約・問合せ
 Tel : 03-3617-7471(押上文庫・押上猫庫)
 E-mail : oshiagenyanko@gmail.com

サティ(1866-1925)     ゴシック舞曲
グリーグ(1843-1907)    抒情小品集より
シューマン(1810-1856)   アラベスク op.18
ベートーヴェン(1770-1827) ピアノソナタ第17番 op.31-2(テンペスト)


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2018年6月26日 (火)

6月23日ライブ動画/シューベルト『4つの即興曲D899』から、第1曲を1909年製ブリュートナー・ピアノで

世田谷の(信州ではございませぬぞw)松本記念音楽迎賓館にて6月23日に行った、1909年製ブリュートナー・ピアノ〜ブーニンをコンクール優勝に導いたピアノ〜には多数ご来場いただき、ありがとうございました。当時社会現象とまでになった、かの1985年ショパンコンクールの覇者:スタニスラフ・ブーニンが当時稽古に使っていた正真正銘の実物を使った演奏会でしたが、この楽器はそれだけでなく特別な来し方の楽器、この楽器を使えた光栄に感謝感激でした。

 次の演奏会は7月8日!
 その次は7月18日です!

ライプツィヒのピアノメーカー:ブリュートナーの手によるこのピアノは1909年製。ときのドイツ皇帝ヴィルヘルム2世が従妹のアレキサンドラ皇后(ロシア最後の皇帝ニコライ2世の妻)に贈ったものとされており、ロシア革命勃発の際にさる女官の手に渡り、その後1970年代末に彼女が亡くなるまで“聖なる遺品“として大切に保管されていた・・・という言い伝えのある、まことに高貴な楽器です。

「芸術」という摩訶不思議なシロモノのなかでも、音楽というヤツはとりわけ独特と思います。古今東西、お経や声明のような『呪文』に始まり、讃美歌も言うに及ばず音楽の一種。周囲の音環境が変わるとその場の雰囲気=空気が一変しますので、そこに呪術的な意味づけがなされ、そもそもが「神に近づくための手段」であった可能性を強く感じます。原初、神と近づくには肉声以外いさぎよしとせず…と考えられていたようですが、時代が進むにつれてやはり必然があったのでしょうか「楽器」といういわば「交信道具」も使えるようになり、それは当然ながら単なる道具でない特別なものとして畏敬の対象となっていました。多分に呪術的な意味合いの装飾が楽器に施されたり、また物理学や加工技術が進化してもそれを取り入れず合理的でない楽器が作り続けらたりしていた理由の一つに、「楽器とはそもそもが特別な存在である」という意味づけがあったのではなかろうかと想像します。

このような考え方にもとづけば「楽器をつくる」ということは「神と対話する道具をつくる」ことに他ならず、本来、現代的な「コストダウン」という考え方など生まれようはずがありません。そして「音楽を奏でる」ということは「神との対話」なのですから、生活のいたるところに神の存在を感じていた昔の人々にとって神聖であるだけでなく、同時にごく普通の身近なことでもあったでしょう。ですが、いかに身近であっても神と相対するときに手間を惜しむなんて罰当たりもイイとこwですから、楽器=お道具の物理的性質が不揃いであろうが調律が狂っていようがそんなことは些末な問題に過ぎず、今ここにあるお道具を使ってガタガタ言わずに(笑)自分の意志を神に伝えようと苦心惨憺せねばならぬのです(・o・ゞ

さて、ここで効いてくるのが「皇帝」や「王様」という存在であります。この存在は庶民にとってはあたかも「神」であるかのような特別な存在であり、皇帝に献上する品物を製作するというのはこの上も無い名誉であり、同時に大変なプレッシャーでもあったことでしょう。下々の者どもはその名誉を得るために尋常でない努力を惜しまなかったわけで、だからこそ「文化」とは皇帝の周辺で高く深く開花するのであります。この、ドイツ皇帝からロシア皇帝に渡った“聖なる遺品”を現代日本人である自分が演奏できたということ、演奏家として特別な感慨がございます。関係諸氏に厚く御礼申し上げます。

2018年6月21日 (木)

ブリュートナー・ピアノ、慣らし運転

いよいよ明後日(6/23)は1909年製ブリュートナー・ピアノを使った演奏会本番でございます。本日(6/21)は会場の松本記念音楽迎賓館(信州ではなく世田谷ですヨ!)にて直前稽古。不承ワタクシ、幸いにもさまざまな銘器を本番で使えておりますが、どんなに経験を積んだとは言っても本番当日まで全く触らないのは危険かつ大変な不敬でありま〜す。

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このブリュートナー・ピアノはこの4月初めに本番利用があったそうですが、それまで1年以上音出しをされていなかった楽器ですから、そう簡単に本調子に復帰できようはずもなく。人間も機械も同じで、動かさねばならぬところを1年以上も放置していればあちこちが「凝る」のは理の当然。しかもご老体ですからいきなり激しく動かすのも気が引けるわけで、「慣らし運転」を含めての3時間の音出しでございました。

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慣らし運転は無事成功、2時間で地響きがするような豪快な鳴りを復活させられ、その後1時間弾き込みができて手応え充分です。願わくば、演奏会にご来場賜りますように。

・*:..。o♬*゚・*:..。o♬*゚・*:..。o♬*゚・*:..。o♬*゚

2018年6月23日(土)14時開演(13時20分開場)
世田谷、 松本記念音楽迎賓館 (世田谷区岡本2丁目32ー15)
4000円/全席自由(50名、要予約)
ブリュートナー・ピアノ演奏: 筒井 一貴
共催:松本記念音楽迎賓館
予約・問合せbergheil69@me.com(筒井)

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2018年6月20日 (水)

国分寺南口すた丼&ラーメン英二

久々に農工大ピアノ部に出向いてレッスンな一日。昼メシは恒例の我がソウルフードの一つ、国分寺南口のスタ丼(しかも安定の雨男で肉増しサービスget)でしたが、レッスン後の食事会ではお目当ての昭和な洋食屋が満席で、まさかのラーメン英二に転進(・o・ゞ

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二郎インスパイア系は偏愛しているというほどではございませぬが、そこにあればご挨拶申し上げるのが男子のタシナミ。レッスンは20時までなのでたいていは麺切れやらスープ切れやらで涙を飲んでいましたが、今日はピアノ部現役と合わせて9人席確保。目出度く辛口でニンニク増し増し野菜増し発注と相成りました( ゚д゚)

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かくして、昼メシがスタ丼で夕飯が二郎インスパイア系、という兇悪な一日となりましたとさ( ̄∀ ̄)
・・・レッスンはどこ行った?σ^_^;

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2018年6月19日 (火)

梅酒仕込み〜♪

なんと 和歌山県は古座川の某やまんば から、み な べ 町 の 極 上 南 高 梅 が到着。梅シロップにしようかと思えど、思い直して梅酒にしようと。

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焼酎はこのさいフンパツして、奄美の黒糖焼酎を使用。けっこう貴重な「 龍 宮 」 の 4 0 度 が池袋の銘店:升新商店に入荷していたのをギリギリで確保できたのが嬉しくて(*゚▽゚)ノ

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甘すぎる梅酒はちょっとな〜と思えど、梅のエキス分をしっかり出すには外側が濃いめでないと。梅は1.3kg程度だったので氷砂糖1kgで無難そうな比率になったかなぁと。楽しみ楽しみ!

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«ふくろ@池袋西口

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